「おい――おい、相棒」
「…………」
「おい、ったらよ!!」
その言葉で、剣心は我に返った。
「っ……俺は……」
「『拙者』だろうが。相棒」
後ろでデルフが呆れたように鍔を鳴らす。剣心はハッとして辺りを見渡した。
そこにあるのは、散々たる光景だった。
散りばめられた酒瓶、斬られ粉々になって乱雑している机や椅子。
いつもはどんなことでも動じない給仕の女の子達は、恐怖で身体を震わせ、涙を流しながら抱きしめ合っていた。
「――さん、お父さん!!」
そしてそのすぐ足元には、斬られて倒れているスカロンと、涙ながらに叫ぶジェシカの姿があった。
剣心は直ぐに動き出し、スカロンの介抱に移った。幸いにも切り傷は深いわけではなく、何とか命に別状はなさそうだった。
「スカロン殿! 大丈夫でござるか!!?」
手際よく緊急手当する剣心は、そうスカロンに呼びかける。暫くして、ううっ……と小さな呻き声を漏らした。
「ケンシン……ちゃん、あいつは……っ?」
「……逃げたでござる」
「そう、他の子達に怪我……は?」
「大丈夫、無事でござるよ」
剣心は給仕の女の子を見渡してそう言った。怯えてこそいるものの、外傷を負った子はなんとかいなかった。
それを聞いて、心底安堵したかのような表情でスカロンは呟く。
「そう、良かった……うっ……」
そしてグッタリと、その目を閉じていった。
「お父さん!!?」
「スカロン殿!!」
二人は慌てて叫ぶが、もじゃもじゃした胸が上下しているところを見ると、ただ気絶しているだけのようだ。
ほっ……としたのも束の間、今度は銃士隊の連中が慌ただしく店の中へと入ってきた。
「無事か!?」
先頭切ってアニエスがそう呼びかける。剣心は、介抱しているスカロンの方を向いて言った。
「彼以外は取り敢えず……」
「そうか……、救護班! 急げ!!」
アニエスもまた、スカロンの状態を確かめると、銃士の一人に救護を要請した。
「それで、黒笠はどうなった?」
「済まない。逃がした」
一言、呻くように剣心は告げる。その顔はどこか深刻そうで、そして辛そうだった。
「そうか……。ところで女王陛下はどうした? 確かお前の元に行くと仰られていたが」
アニエスは、アンリエッタの計画と所在を知るたった一人の忠臣だ。彼女が剣心と一緒にいないことに疑問を持ったのだろう。
「ここは危ないから、代わりにタバサ殿に王宮に送り届けるよう伝えておいたのでござるが、まだ到着してないでござるか?」
「……どういうことだ?」
二人は話し合っていて、大きなズレを感じた。そして同時に徐々に、嫌な予感を膨らましつつあった。
「……っ、こうしてはおれん、すぐに探しに行くぞ!!」
踵を返し、アニエス率いる銃士隊は店を出る。剣心は、ゆっくり立ち上がってもう一度『魅惑の妖精』亭を見渡した。
「…………」
こうやって彼女達が傷ついたのも、全ては自分の不甲斐なさ故。しかも今までお世話になってきた恩人達だからこそ、余計に辛い感情が心を苛んでいく。
「……ジェシカ殿」
剣心は、父を看たまま動かないジェシカに向かって、声をかける。……が、彼女もまた、蹲ったまま氷のように固まったまま。
あれだけ快活で好奇心旺盛な彼女でも、目の前で父親が斬られるのを見たのはかなりショックだった筈だ。
この時の様子が、かつての『人誅』にて警察署長邸での惨状を嫌でも思い出し、剣心の気持ちを一層暗くしてしていった。
そう、自分と関わったばっかりに……。
「……済まぬ」
剣心は、絞り出すような声でそう言うと、店の外へと向かおうとした。
「……って」
ゆっくりと歩を進める中、呟きのような言葉が店内に小さく響く。
「……待ってよ! 待ちなさい!!」
次の瞬間、ジェシカは、顔を上げて剣心にそう叫んだ。剣心は足を止めて、そのまま立ち尽くした。
恨まれる覚悟なら、出来ている。
しかし、ジェシカは心から振り絞るかのような声で、剣心に言った。
「あなたが、あなた達が何を抱えているのか、わたしは知らないわ。でも、あなたはわたし達を守ってくれたじゃないの!! なのにどうしてそんなにしんみりするの!?」
それを聞いて、剣心は思わずジェシカの方を振り返った。
「けど……拙者は……」
「けども何も無い! 死人が出なかったんだもの! 店なんて壊れてもまたやり直せるんだから。だから……、そんな苦しそうな顔はやめてよ!」
ジェシカの叫びに、ほかの女の子達も頷き合う。それを見て、剣心は顔を上げた。
「相棒、少しは頭が冷えたか?」
「……デルフ」
「相棒は何でもかんでも後ろ向きに考えすぎんだあね。もう少し前を見てもいいんじゃねえかな?」
デルフの言葉を聞いて、剣心は改めてジェシカの、その顔を見る。
「誰も相棒が考えている程、恨んじゃいねえ筈さ」
涙が溜まって、怒ったような表情をしていたジェシカだったが、それは恨みとかどうとかというより、言葉の通り、剣心が悲しそうな目をしているのに対して、という感じであった。
「おい、何をやっている!? 急ぐぞ!!」
遠くで、アニエスの声が聞こえた。恐らく立ち尽くしている剣心を見かねたのだろう。
剣心はそれに反応すると、急いでアニエスたちの後を追った。
「帰ってきなさいよ。絶対に……」
遠くなっていく彼らの背中を見て、ジェシカはポツリと、そう呟いた。
アンリエッタの警護を、剣心から任されたタバサは、一刻も早く王宮に送り届けようと、王宮への最短の細道を通っていた。
「お姉さま、こっちなのね!!」
先に行って先導しているシルフィードが、手を振ってタバサに道を教える。それにならってアンリエッタとタバサは走っていく。
その道中、どこか不思議そうな目でアンリエッタはタバサを見ていた。
「あの……」
「何?」
どこか言い淀むような口調だったアンリエッタだったが、意を決めたのか、タバサにおずおずと話しかける。
「ずっと考えておりましたけど。あなた……、やはりどこかでお会いしたことは?」
何だろう? 彼女とは何故か初めて会った気がしないのだ。
あれは確か、かのガリアの『魔法人形大祭』に呼ばれたことがあって。そこで、綺麗な青髪をした女の子といろんなところに遊びに行ったことがあった。
表情こそ違うが、あの髪の色はそうそう忘れることはない。恋と執務ですっかり忘れていたが、まさか――――。
「あなたはもしかして、『あの時』の、オルレアン公の――――」
「――――っ!」
その言葉を聞いた瞬間、タバサは目の色を変えて、アンリエッタを風の魔法で吹き飛ばした。
「きゃあ!」
風に煽られ、身体を浮かすアンリエッタのすぐ目の前に、突如石でできたゴーレムが襲いかかってきたのだ。
アンリエッタを捕まえようと上から飛び降りてきたその石の人形は、タバサが放った魔法によって阻止された格好だ。
「お、お姉さま!」
「もう追っ手が来た」
慌てるシルフィードをよそに、タバサは冷静に分析する。
相手の連携は相当なものだろう。剣心のいない隙を的確についてきた。タバサは気を引き締め、辺りを見渡した。
既に周りには、地面から這い出てくるように多数のゴーレムによって取り囲まれてしまっていた。
「あなたは女王をお願い」
「り、了解なのね!」
アンリエッタをシルフィードに預けると、すぐ様タバサは向かってくるゴーレムを抜刀術の要領で薙ぎ払う。だが斬ろうが吹き飛ばそうが、直ぐにまた新しい石の人形が地面から精製されていく。これではキリがない。
(やはり、これらを操る術者を叩かなければ、終わりはないか)
ならば、やることは一つ。
「ラナ・デル・ウィンデ!!」
タバサは素早く『エア・ハンマー』を、『龍巻閃』の如く回りながら撃ち放ち、周辺にいるゴーレム全てを壁に叩きつけた。
再稼働を始める前に、タバサは次いで『フライ』の呪文を詠唱、屋根の上へと飛び上がる。
屋根の上には、先程までゴーレムを操っていたであろう、一人の男の影があった。
「はあっ!!」
この男が襲撃をしてきた犯人であることを確信したタバサは、そのまま躊躇いなく、見様見真似で得た『龍槌閃』を、『エア・ハンマー』と同時に打ち下ろす。
突風の勢いに任せた杖の一撃。それを男は寸前で回避すると、タバサに向かって拳を繰り出してきた。
「――――っ!!」
それをタバサは紙一重の体術で避けると、一旦距離を取りながら『ウィンディ・アイシクル』を相手目掛けて放つ。
しかし男は、それに対して避ける素振りすら見せず、何と氷の矢の嵐の中、堂々と佇んだまま動こうとはしなかった。
「えっ!?」
流石にその行為に呆然としたタバサは、今頃串刺しになったであろう男の姿を見て……、さらに唖然とした。
なんと、あれだけの手応えがあったにも関わらず、男は傷一つ負ってはいなかったからだ。
(何故……?)
何があの攻撃を防いだのか……、思考を張り巡らせるタバサの前に、数体のゴーレムが取り囲む。
それらはタバサに向かって颯爽と襲いかかってくるが、一瞬のタイミングを見計らってタバサは再び上空に逃げ込んだ。
エア・カッター+龍巻閃・旋
宙に浮かせた身体を錐揉み回転しながら、タバサは風の呪文をゴーレム達に向けて放つ。
隙のない反撃に対し、それをゴーレムが反応できるはずもなく、直ぐ様バラバラになって吹っ飛んでいった。
瓦礫の山と化した屋根の上に、タバサは優雅に着地する。
「――――っ!!」
その瞬間を狙って、再び男が接近して拳を放ってきたのだ。それを杖でいなして、タバサは素早く懐に潜り込む。
「だあっ!!」
杖を掲げるように構え、そしてそのまま唱えて起こした風の勢いと共に飛び上がる。
(ウィンド・ブレイク+龍翔閃!!)
「ぐおっ!!」
鳩尾に向かって強烈な一撃を見舞ったタバサだったが、どこか不思議そうに眉を顰める。
まるで鉄を打ったかのような感覚に、疑問を持ったタバサは急いで距離を取って様子を見た。
「まいったな……。すぐ終わらせる筈だったが、これほどまでに手こずるとは」
男は苦々しそうな表情で顔を上げた。それは先ほどの攻撃による痛みにではなく、タバサを仕留められないことへ対してだった。
漸く問答できる雰囲気になったので、タバサは質問をぶつける。
「あなたは、何が目的でわたし達を狙うの?」
「悪いが機密事項でな。それには答えられん。ただ――――」
そう言って、素早く男が接近してくる。並の人間とは思えない体捌きに魔力だ。
「お前には用はない。だが邪魔をするなら容赦はせんぞ」
男の放ってきた拳の乱撃をいなしながら、タバサは何とか反撃の糸口を見つけようと、隙を伺いながら戦うことになっていった。
「お姉さま、大丈夫なのね……?」
屋根の上から、ひっきりなしに伝わってくる衝撃音を聞きながら、シルフィードはどうするか迷っていた。
出来れば、自分も援護に行きたいのだが、アンリエッタの手前、本当の姿を見せるわけにはいかない。加えて、タバサに護衛を任されたこともあってか、そのまま彼女を見捨てて行くのも気が引けるのだった。
さっきまで動いていたゴーレムは、今は動きを止めていた。どうやらタバサとの戦いで集中しているために、そちらまで気が回せないようだった。
だったら……、
「お姫さま!! こっちなのね!!」
と、シルフィードは今の内に、女王を安全なところへ運んでから、主人の援護へと向かおうと、そう考えたのだ。
「しかし、彼女を置いて行くなんて!!」
「いいから!! お姉さまはあんな奴なんかに負けないのね!!」
アンリエッタの手を取ったシルフィードは、そのまま細道を一直線にひた走る。
本当はすごく心配なのだが、色々な任務を一緒にこなしてきたからか、そんな簡単にタバサがやられるはずは無いと思っていた。
「とにかく、今はここから逃げるのね!!」
そう言って、とにかくこの街路樹から逃げ出そうと、シルフィード達は先に進もうとして――――。
「残念ですけど、そうはいきませんわ」
突如上からかかった声に、二人は身を震わせた。
「なっ……!?」
「えっ?」
アンリエッタ達は驚愕した。
いきなり目の前に、立ちふさがるように。タバサ程の身長の少女が上空から殺到してきたのである。
全体的に白い肌にゴスロリ風な衣装。そこから露わになっている細い手足は、まるで精巧な人形を思わせる印象であった。
その、人形のような少女は、アンリエッタを見てニッコリと微笑むと、唐突に杖を向け呪文をかけた。
「……っ、う……!」
『眠りの雲』と呼ばれる呪文を向けられたアンリエッタは、杖を抜く暇すらなく、意識が身体の外へと抜けていった。
深い眠りへと入ったアンリエッタを抱き寄せると、もう用はないとばかりに後ろを向く。
「ちょっと、お姫さまを返せなのね!!」
そう叫んで、シルフィードが背中を見せた少女に向かって突撃した。しかし、少女は臆した様子もなく、振り向きざまに杖を振る。
「きゅ……――!!?」
次の瞬間、今まで感じたことのない強力な『風』が、シルフィードの身体を木の葉のように吹き飛ばし、そして壁に叩きつけた。
「ぎゃっ!!? きゅぅうぅ……」
「残念ですけど、これ以上持っては帰れませんの」
少女はそう言いおくと、眠りこけているアンリエッタを肩に担いで、ゆっくりとその場を離れていった。
その後ろ姿を、シルフィードは悔しそうに見つめていた。
「お、おねえ……さま。ゴメン……、なのね」
「――――っ!!」
屋根の上にて、交戦中だった男とタバサは、二人共驚いたように目を見開いた。
タバサは使い魔の視点から、男は上空に飛んでいる妹の使い魔である黒い蝙蝠を見て、何が起こったのかを同時に悟ったのである。
(シルフィード……!?)
(そうか、任務達成か)
それを理解した男は、地面に手を当て呪文を唱える。
強力な『錬金』が、まるで煙幕のようにあたりに覆われていった。
「お前には元々用がないからな。経緯は知らんが……、これ以上余計なことはせんことだ」
タバサはすかさず『ウィンド・ブレイク』を放つ。煙に覆われた視界が、一瞬にして元に戻ったものの、そこにはもう、男の姿はなかった。
(彼は、一体……?)
暫く呆けたような表情をしていたタバサだったが、素早く思考を切り替え、使い魔の安否を確認しに行った。
屋根を降りて、迷路のような細道へと入っていく。するとすぐ突き当たりに、壁にもたれかかって倒れているシルフィードの姿があった。
「大丈夫?」
「あぁ、へーきなのね。ちょっと……、痛かっただけだから」
そう言って、フラフラながらもシルフィードは立ち上がった。だけど、その表情はどこか悲しく悔しそうだった。
「それより、お姉さま! お姫さまが……」
「知っている」
タバサはそう言って、素早く呪文を唱え『ディテクト・マジック』を展開する。
何か、小さな魔力の痕跡でもいい。それを見つけようと数分、躍起になって探していたタバサは、遂に、か細い魔力の跡を感知した。
(まだ追える!)
タバサは顔を上げると、大通りに出て方角を確認した。
そしてシルフィードに向き直り、元の姿に戻るよう命じようとした矢先、こちらに向かってやって来る銃士隊の面々に出会った。
「いた! おいお前、止まれ!」
そう叫んで呼び止めたのはアニエスだった。隊士をかきわけ、タバサ達の前に一歩出る。
その隣に、同じように剣心も現れた。
「タバサ殿。アンリエッタ殿は……」
「刺客に攫われて……、でもまだ追える」
タバサはそれだけを端的に伝えると、剣心達を先導するかのように前へと走っていく。
剣心達もそれにならい、タバサの後を追いかけていった。
「よっこいしょ……、っと」
再び人気のない裏路地の馬車へとやって来たジャネットは、担いでいるアンリエッタを降ろし、ルイズと同じように荷台へと載せた。
「ねえ、この子達、念の為に縛っておく?」
「そうしとけ。後で暴れられても面倒だしな」
ジャネットの返答に答えたのは、先ほどタバサと杖を交えたジャックであった。任務を粗方終えた彼等は、今は依頼人と未だに帰ってこないドゥドゥーを待っていたのだった。
荷台にあったロープで、ジャネットがルイズ達をグルグル巻きに縛り上げていた最中、丁度一台の馬車がこちらへと向かってきた。
「依頼人の到着だ」
ジャックはそれだけ伝えると、馬車から降りてきた依頼人――リッシュモンに一礼をする。
「依頼の内容。滞りなく完了致しました」
「ご苦労です。さすがはアルビオンの精鋭。全てにおいてぬかりなし。ということでしょうなあ」
別にアルビオンの人間ではないのだがなあ。と心中で呟きながら、ジャックはリッシュモンを荷台の中に案内した。
そこには、ルイズの制服を着て変装していたアンリエッタが、丁度ジャネットによって後ろ手に縛り上げられている最中だった。
「ふふふ。全くこの私に罠を仕掛けようなど、百年早いわ。小娘が」
安らかな眠り顔を見て、アンリエッタその人だと確認したリッシュモンは、吐き捨てるようにそう言った。
この女には罠をはめようとした落とし前をつけさせねばならん。新皇帝の許可が下りた暁には、たっぷりと辱めてやろう。
そう下卑た考えを巡らしていた時、ふと変な煙の臭いが鼻についた。
荷台の奥には、鵜堂刃衛が煙草をくゆらし、リッシュモンとはまた違う愉悦の表情をもって縛られたルイズ達を見下ろしていた。
「これはこれは黒笠殿。任務はもうお済みで?」
そう話しかけてみるが、刃衛はただ不気味に笑うだけで何も返そうとはしなかった。
(全く、こやつは何を考えているのか……)
リッシュモンも、こんな不気味な男にあまり近づきたくなかったのか、早々に会話を打ち切った。
「それで、出立はいつ頃に?」
乗ってきた馬車の荷台から、幾つもの大きな金袋を乗せ替えていたジャックに、リッシュモンは尋ねる。
「わたし達はいつでも構いません。ただし、追っ手が来る可能性がありますのでやり残したことがあればお早めに」
「フン。今更この国になど、微塵の名残もありはせんよ」
アンリエッタが生まれる前からこの国を支えてきたにもかかわらず、心底どうでもよさそうにリッシュモンはそう言い切った。
彼が信じるもの、それは金と地位だけ。女王であるアンリエッタを手土産にすれば、まず間違いなく向こうに行っても確かな地位を約束されることであろう。
薔薇色の人生がアルビオンにある。となれば潰れかかった国になど用はない。リッシュモンはそういう男であった。
「ならば、直ぐにでもここを発ちましょう」
「ちょっとジャック兄さま。ドゥドゥー兄さまはどうしますの?」
ここでルイズ達を縛り終えたジャネットが、身を乗り出してジャックにそう質問する。
後先考えない無鉄砲とはいえ、それなりに強いことも知っているジャックだったが、こうまで帰りが遅いところを見ると、恐らく抜刀斎に返り討ちにでもされたのだろうと思った。
暫しの黙考の後、ジャックはジャネットに向き直って告げる。
「ジャネット。お前は今からドゥドゥーを探しに行ってくれ。殺されてはいないだろうが、何かあったのは確かだろう」
「えぇぇぇぇええ!? わたしが!?」
この上なく面倒臭そうな表情をしながら、ジャネットは叫んだ。道中ルイズで遊ぼうと楽しみにしていただけに、この仕打ちはがっくりきた格好だ。
「護衛なら俺とジンエで事足りる。お前はドゥドゥーを見つけたらラ・ロシェール経由でアルビオンまで来い。くれぐれも慎重にな」
「はぁぁぁぁぁぁ……。ったく、本っっっ当にドゥドゥー兄様はグズにも程がありますわ!! この前だってそうですわ。急にお腹を壊したとか言い出して!! それだからわたしが――」
恨めしげにぶつくさ呟いていたジャネットだったが、それでも渋々と三男坊を探しに行くことにした。その後ろ姿を見送っていたジャックは、これで全員が乗ったことを確認し、馬を走らせる。
(これで任務完了か。あとは精算だけだな)
そう呟きながら、ジャックは隣で金勘定をしているリッシュモンと、後ろの窓からの荷台の方を見た。
(……しかしこいつは、本当に一体何を考えている?)
縛られた二人を見下ろす刃衛の表情は、ジャックにも未だ掴めないままだった。
今の彼はまさに、満身創痍の様相。顔や腕、体中から血を流している。ジャックもまた、刃衛がここまでボロボロにされる姿は初めて見た。
それだけで、抜刀斎との戦いがどれだけ激戦だったのかが分かるというもの。
だが、その満ち足りた表情から、既に抜刀斎を仕留めていたのだろうとは思った。何せあれだけ執着していたのである。確認はとらなかったが、恐らくは今戦いの余韻に浸っているのだろう。
今している表情は、任務をこなすたびにする時とよく似ていたからだった。
そう感じたジャックは、そのまま馬車を走らせトリステインを後にした。