るろうに使い魔‐ハルケギニア剣客浪漫譚‐   作:お団子

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第四十九幕『黒笠の思惑』

 

ここ(・・)にいた。それは間違いないんだな?」

 周辺を探っていたアニエスの質問に、タバサは頷くことで肯定する。

 場所はほんの数刻前、そう、ルイズ達が担ぎ込まれた馬車を停泊させていた裏路地に、剣心達はやって来ていたのだ。

 地面の跡から、馬を停めていた証拠を見つけたアニエスだったが、肝心の馬車は姿かたちもない。恐らくもうこの国から逃亡するつもりなのだろう。

「くそっ! 一足遅かったか……」

 表情を悔しさで歪ませるアニエスだったが、そこは銃士隊を束ねる隊長。直ぐに思考を切り替え馬車を追う手段を模索し始める。

「隊長!」

 すると今度は、銃士隊員の一人がアニエスに向かい報告する。

「たった今、リッシュモンが関所を通過したとの報告が入りました!」

「……手に入れるものを手に入れた今、もうこの国には用はない。ということか」

 アニエスは唇をかんだ。このままおめおめと取り逃がす訳にはいかない。この国の危機のみならず、自分たちの首も危ういからだ。失敗したら確実に縛り首にされる。そうしたらもう復讐も何も無い。

「この国から逃げたということは、奴等はアルビオンに亡命するつもりでござろう」

 隣では剣心がアニエスと同じように、素早く思考を巡らせている。幸いにもアルビオンにはこの前行ったばかりだ。だから道中どんなところなのかを鮮明に思い出せる。

「アルビオンは確か、ラ・ロシェールから空を飛ぶ船で行くのでござったな」

「そうだ、奴等が翼竜を使わない限りはな。それが唯一の手段だ」

 とにかく、いつまでもここで棒立ちしているわけにはいかない。今は一刻を争う。

「タバサ殿、シルフィードを頼むでござる!」

 すぐさま剣心が、タバサの使い魔である風竜のシルフィードを呼んでくれるよう頼む。しかしいつもなら言わなくても直ぐ実行するはずのタバサが、今回は少し反応がぎこちない。

「あっ、え~……その……」

 代わりに何故か、妹のイルククゥが急にそわそわし始める。当然意味がわからない上に急ぎの事態。今度はアニエスが声を荒げる。

「何をやっている? 聞いているぞ。お前の使い魔、風竜らしいな。早く呼べ、時間がない!」

「あぁ~、え~っと……そ、そう! お腹がいたくなったのね!」

 暫くあたふたしていたイルククゥは、急にそんな事を言いながら腹を抑え、蹲る。

「だ、大丈夫でござるか?」

「大丈夫じゃないからちょっとトイレに行ってくるのね!!」

 その尋常じゃない様子に心配そうな顔をする剣心をよそに、イルククゥは急いでその場を離れようとする。

 しかし……。

「……いい」

「へ?」

「おろ?」

 主人とすれ違おうとした時だ。

 小さく、だけどイルククゥにもちゃんと聞こえるような声で、タバサは言った。

 それを聞いたイルククゥは、慌てた様子でタバサに詰め寄る。

「い、いいのねお姉さま!? 正体を隠せって言ったのはお姉さまなのね!」

「今は時間がない。それに……これから先このやりとりをするのも面倒」

 不安そうな表情を浮かべるイルククゥに、タバサは優しそうな声をかける。

「大丈夫、彼等なら事情を話せば分かってくれる」

「それはまあ、そうだろうけど……」

「おい、何の話をしているんだ?」

 二人のひそひそ話に眉を顰めるアニエス。タバサは改めて彼女と剣心の方を向くと、人気のない方をピッと指さした。

「話したいことがある。ついてきて」

 

 

 

 

 

第四十九幕『黒笠の思惑』

 

 

 

 

 

 引き続き捜索を部下に任せたアニエスと、剣心の二人は言われるがまま、タバサと共に人のいない裏路地に入った。

「それで、話とは何だ?」

 急いでいるというのに、妙にゆったりとした態度を崩さないタバサに対し、明らかにイライラした様子でアニエスが口を開いた。

 タバサもそれを察しているのだろう。余計な言葉は使わず、まず実物を見せることにした。

「戻って」

 きゅい! とひと声あげたイルククゥは、すぐさま変化の呪文……否、『本来の姿』へと戻る呪文を唱えた。するといつの間にかイルククゥの周囲に風が取り巻き、そして一瞬大きな光が辺りを覆う。

 剣心達が改めて目を見やると、先程までイルククゥがいた場所に見覚えのある風竜、シルフィードの姿があった。

「……おろ?」

 余りの出来事に、剣心はただ目を丸くしていた。隣ではアニエスも、剣心とは別の意味で呆然とする。

「……驚いた、お前。本当は韻竜を使い魔にしていのか」

 アニエスの言葉に、タバサは小さく頷く。

「いんりゅう?」

 剣心は思わず尋ねた。そういえば文字の勉強会前に、ルイズがそんなことを調べていたことを思い出す。

「簡単に言うと、言語を理解する頭のいい竜達のことさ」

 頭がいい、と言われてきゅいきゅい嬉しそうにするイルククゥ、改めシルフィードを見て感心する剣心に対し、デルフは更に補足する。

「今じゃめっきり姿を見せなくなっちまったけどな。見た感じまだ幼生みたいだが、それを踏まえてもこの嬢ちゃんが他のメイジよりどれだけ優れているか、分かるってもんだ」

「しかし、それをどうして今まで隠していたでござるか?」

 その疑問に対し、今度はアニエスが推測しながら答える。

「韻竜は非常に珍しい生き物と聞く。成程これが他の人間……、特に『アカデミー』の連中に知れたら厄介事の種にもなる、そういうことか」

 タバサは頷くことで肯定する。全てはアニエスの言うとおりであった。

「とにかく乗って。時間がない」

「きゅい、そうなのね! 早くお姫さまとちび桃を助けに行くのね!」

 自重しなくても良くなったのか、まくし立てるようにシルフィードが叫ぶ。

 言われる通りに背中に乗った剣心は、最後にタバサにこう質問した。

「何故、今になって話してくれたでござるか?」

 シルフィードが羽ばたき、空を飛ぶ中、タバサは告げる。

「あなた達なら信頼できるから。もちろんこれは秘密」

 人差し指を口元に当て、タバサは答えた。

 至極単純な理由に一瞬あっけにとられる剣心とアニエスだったが、彼女がこうして秘密を打ち明けてきてくれたことに対し、嬉しさで少し頬を緩ませた。

 その間にも、力強く風竜は羽ばたいていく。取られたものを取り返すため、一行は空を飛んで、誘拐犯達の後を追った。

 

 

「うっ………」

 荷台の揺れる音で、ルイズは意識を取り戻した。霞がかった視界で、ゆっくりと辺りを見渡す。

 最初に見えるのは薄暗い物置のような、雑多な荷物のみ。そこに自分はポツンと取り残されたようだった。

(あれ、ここは……?)

 どこだろう……。そう思いながら体を起こそうとして、腕が全く動こないことに気づいた。

「え……?」

 慌ててルイズは、視界を自分の身体に戻す。よく見れば、妖精亭の制服であるキャミソール服の上から、縄で雁字搦めに縛り上げられているのであった。

「何よ、これ……!?」

 何度も腕をばたつかせ、縄を解こうとするルイズだったが、頑丈な縄なのかビクともしない。杖は取り上げられず、依然太腿のベルトににしまってあるようだが……、今の状態では手が届かず、呪文も使えなかった。

 ここで漸く、ルイズは今置かれた状況に気づく。

「わたし、捕まったの……?」

 そしてゆっくりと、眠らされる前の記憶を辿ろうとした。

 確か……そうだ。姫さまが誰かに連れ去られたと聞いて、いてもたってもいられなくなって。

 街へ飛び出したらあの女の子に会って、それから……。

 

 

 

『抜刀斎は何処だ?』

 

 

 

「そうだ、わたし、あいつに……!」

 ルイズは、快楽と愉悦の交じった笑みを浮かべる、少女の連れと思しきあの男の事を思い出した。

 自分の事を、何の惜しげもなく『殺人犯』と言い切った男。剣心の事を抜刀斎と呼んだ男。そして、血に濡れたような刀を、自分に振り下ろそうとした男の事を………。

 てっきり、わたしはあいつに殺されるのかと思っていたけど――。

「……ぅ、うん?」

 と、誰かの呻くような声がルイズの耳に届く。

 ここでルイズは、自分の後ろ隣に誰かがいることに気付いたのだ。振り向くと、何故か胸のはみ出ている、丈の合っていない学生服を着た……、中々に妖艶な雰囲気を持っている美少女が、自分と同じように縛り上げられて眠らされていた。

「……誰?」

 縄のせいでちょっと膨らみが増したような胸を、無意識に敵意のある眼で睨みながら、ルイズはその少女に近づく。学校にこんな巨乳の女生徒、キュルケ以外に果たしていただろうか?

 すると少女の方も目を開け、先程ルイズがしたように辺りを見渡し、自分の今の状況に気づき……そして目の前にいるルイズに、大層驚いた様子を示した。

「えっ…あ、あなた、ルイズなの!?」

「そ、その声は姫さま!」

 暗くて顔まで見えなかったため、今まで全く気づかなかったが、その口ぶりと声だけは聞き違えるはずもない。ルイズは驚き、体を起こして自分と同じ囚われの少女……、アンリエッタを見る。

「あの、何故……そのような格好を?」

 困惑が過ぎて、最初にそんな質問をしてしまうルイズ。アンリエッタも困ったように目を伏せる。

「その、色々あって……。それより、これは一体?」

 アンリエッタも改めて薄暗い荷台の部屋を見た。ガタゴトという音と共に小刻みに揺れるこの感じ。

 アンリエッタもまた、自分はかの少女……、ジャネットに眠らされたことまで思い出した。

 そしてこの状況……。

 すぐに理解する。自分たちはレコン・キスタからの刺客に攫われている最中なのだと。 

「まさか、あなたまで捕まってしまったなんて……」

「ではやはり、これは『レコン・キスタ』の……」

 アンリエッタはコクリと頷く。どうやら敵はこちらの策を全て見破っていたようだった。

 それに気づいた瞬間、恐怖が胸中からどっと押し寄せてくる。アンリエッタは今、心から震えていた。

「……御免なさい。まさかあなたまでこんなことに巻き込んでしまうなんて」

「そんな! 姫さまのせいではありませんよ!」

 申し訳なさそうに頭を下げるアンリエッタを見て、ルイズは慌てて首を振った。

 そう、元々危険を承知でこの任についていたのだ。それに悪いのは彼女ではない。自分等を陥れた……あの男達なのだ。

「とにかく、いつまでもここにはいられません。ケンシンだって、わたし達を探しているでしょうし……、一緒に逃げましょう。姫さま」

 ルイズは辺りを見渡す。今なら誰にも悟られずに逃げ出せる可能性がある。それに剣心だって今頃は自分達を助けに向かっているだろう。そういった信頼を寄せていた。

「……そうね、落ち込んでばかりもいられませんわね」

 剣心。その言葉を聞いて、アンリエッタも顔を上げる。ルイズはそんな彼女の様子にどこか小さな引っかかりを覚えたが……、まあ今はそんな事はあとにしよう。兎にも角にも、まずはここから脱出することが先決だった。

「何とか、縄さえ切れれば……」

 そう思って周囲を見渡したが、都合よく縄を切れるような刃物は落ちてはいない。仕方なくルイズは、戒められた後ろ手をぎこちなく動かしながら、アンリエッタの縄の結び目を解こうとした、

 その時――――。

 

 フゥ~~、と、煙草を吸うかのような吐息がルイズ達の耳元に入ってきた。

 

「――――っ!!?」

 その音で、ルイズとアンリエッタは一瞬身体をこわばらせた。

 恐る恐る後ろを振り向けば……、荷台に座っていた刃衛が、煙草で紫煙をくゆらせていたのだった。

「うふふ。もがいてるもがいてる。まるで蜘蛛の糸に絡まった虫けらのようだ」

 その言葉にカチンと来たのか、ルイズは思い切り刃衛を睨みつける。

「何よ虫けらって。わたし達が虫ならあんたははっきり言ってそれ以下の害虫よ。こんな非道な事して……、ただで済むと思ってるの?」

 ルイズがそう言えば、アンリエッタも同じように厳しい眼で刃衛を見据える。

「あなた達がどんなに卑劣な所業を行おうとも、わたくし達は絶対に屈したりはしませんわ」

 しかし刃衛は、そんな二人の悪態を心底どうでもよさそうにしながら、ただ笑うだけであった。

「ルイズ、この人は一体……」

「姫さま。こいつが貴族を殺してきた犯人です。こいつが自分から名乗っていました」

「なっ! じゃあこの男が件の……黒笠!」

 アンリエッタは目つきを変えた。この男が最愛の人を……、アルビオンという国と共に奪った憎き仇の刺客。自国で数多の貴族を、殺してきた男。

 しかし刃衛は、そんなアンリエッタを射抜くように見つめた後、今度はその目でルイズを見た。

 ルイズは、多少の冷や汗を流しながらも、刃衛に対しなおも屹然とした態度で詰め寄る。

「あんた、ケンシンの事抜刀斎って呼んでたわね。ケンシンを知っているの?」

 すると刃衛は、急にうふふはは……、と可笑しそうな笑い声を上げた。それを見ていた二人は、正直怒りよりも背筋が凍るような感覚になる。

 そんな二人に構わず、刃衛はゆっくりとルイズを睨み据えた。

「聞くが、お前さんが抜刀斎をこの地に召喚したんだってな」

「……だったら、何よ」

 ルイズがそう言うと、刃衛は身を乗り出し、その顔をルイズに近づけた。

 

「いや何、お前さんには礼を言いたいだけさ」

 

「――――っ!?」

 囁くような気色の声を聞いて、ルイズは髪の毛を無意識に逆立たせる。

 礼? 今この男は礼と言ったのか?

「お礼とは、どういうことですの?」

 まともに頭が働かなくなったルイズの代わりに、隣のアンリエッタが尋ねる。

「決まっている。またあの時の続きができるからだ。惜しいところまで行った、伝説の人斬り様との戦いの続きをな」

「あんたまさか、ケンシンの強さを知らないんじゃないでしょうね?」

 今まで見てきた剣心の強さを思い出しながら、ルイズは憮然とした調子で口を開く。

 すると刃衛は、こう返す。

「お前さんこそ、奴の何を知っている。俺のいた世界では、抜刀斎の名を知らん者はいなかった」

 異世界。その単語を聞いて、ルイズとアンリエッタは確信するのだった。

 やはりこいつは……、剣心のいた世界の住人なんだということ。

「人斬り抜刀斎の強さは、『あの時』闘った俺が、最も深く分かっている。奴こそ最多、最強の人斬り。人を斬ることだけを極めてきた男……、そんな姿を、お前さん達は見たことがあるのか?」

 刃衛の言葉に、ルイズは一瞬身構えてしまった。アンリエッタは想像つかないようであったが、ルイズは知っている。

 

 夢の中とはいえ、何の躊躇もなく人を斬り殺す剣心の姿を、見てしまったのだから……。

 

 剣心がまたああなってしまう。そう思うと胃のあたりがキリキリ痛むのであった。

「だからと言って、それがあなたに何の得があるというのです?」

 再び、アンリエッタは問う。それを聞いた刃衛は、思うように顔を上にあげた。

「得、得ねぇ……。そんなこと考えたこともなかったなぁ。まあ強いて言うなら」

 しばし考えた後、やはりこれしかないと言わんばかりに刃衛は呟いた。

 

 

「あの男とまた、再びギリギリの一戦で殺しあう。そして、あの時くれなかった兇刃を、今度こそ味わえる。うふふ。一番面白い人斬りだ。うふふ、うふ、うふ……」

 

 

 何だ? この男……。

 ただ、そうとしか考えることが出来なかったルイズ達の耳に、ガタタッ、と馬車が止まるような音と振動がルイズ達を襲う。

「うふふ、どうやら到着したようだ」

 刃衛は言って、ひと足先に馬車から降りる。入れ替わりで今度はジャックが入ってきた。

「出ろ。到着だ」

 ジャックはルイズ達を軽く一瞥すると、彼女たちを両脇に抱えて外へと出た。

「なっ、何すんのよ!」

 ルイズは叫んで抵抗するが、魔法も使えない縛られた状態でジャックにかなうはずもなく、結局なされるがまま外へ出された。

 そして、そこで驚くべき物が、今ルイズ達の目に入ってきた。

 

 それは、一隻の小さな運搬船だった。どうやら風石を積んだ飛行船らしい。

 

「何で、こんなものが……」

 森の中とはいえ、トリステインの領地内で船をも忍ばせているという事実に、ルイズは愚か、アンリエッタすらも驚愕を隠せない表情をする。

 これに対し、ジャックはこともなげに口を開く。

「隠密は俺たちの専売特許だ。これぐらいの小さな船なら、隠すことなど造作もない」

 すると今度はジャックの向こう側から、拍手と共に賞賛の声が飛んできた。

「いやあ、流石はアルビオンの精鋭! 無様に囚われた我が国の姫とは段違いの周到性ですな!」

 その声の主は、他ならぬリッシュモンだった。

「リッシュモン!! あなた……」

「おやおや、ご機嫌よろしゅう。アンリエッタ殿。それにしても随分と酔狂な格好をしておいでですなあ」

 今のあなたにはお似合いですぞ。と、アンリエッタの学生のような格好を見て、さぞ可笑しそうに口の端を吊り上げる。

 アンリエッタは、悔しそうに顔を歪めた。まさか、罠にかけようとして逆に捕まってしまうとは。いやそれより、今の今まで国を支えてきた、幼い頃から可愛がってくれた忠臣が、自分を売ろうとするなんて……。

「どうして……」

 アンリエッタは、悲しみの色を眼に浮かべてリッシュモンに訴えた。

「どうしてあなたがこんな……、王国の権威と品位を守るべき高等法院長が、このような売国の陰謀に加担するなんて。幼い頃より、わたくしを可愛がってくれたあなたが、何故……」

「陛下は私にとって、何も知らぬ無知なる少女なのですよ。そんな少女を玉座に抱くくらいならアルビオンにつくのは至極当然のこと」

「わたくしを可愛がってくれたあなたは嘘なのですか? あなたは優しい人でした。そのあなたの姿は、偽りだったのですか?」

 なおも苦しそうに訴えるアンリエッタを見て、リッシュモンは鼻を鳴らす。

「……分からぬ小娘よ。所詮この世は金が全て、そう金なのですよ! 金、金、金ェェ!!」

「なっ……!」

 先程の雰囲気とは一変。狂喜するようにリッシュモンは叫んだ。

「平民は剣を振らねば決して強くなれぬように、メイジも所詮杖を振らねば成長はしない! スクウェアになるのだってメイジはバカみたいに数十年の月日を修業に費やすことになるでしょう! だがしかぁし! 金はそんな事情をも吹き飛ばしてしまう! 一瞬にして容易く! このような強力な猛者を雇うことも、悪事裏事を揉み消すことも全ては魔法ではなく金で解決できてしまう! 金、それは正に力の証! この世の真理! そんな事も分からないのだから、あなたは子供だというのですよ!」

 熱弁するリッシュモンを見て、アンリエッタはようやく、この男の素顔というのを理解した。この男は……、金の為なら祖国を裏切ることに対して些かの躊躇も動揺もない男なのだと。

 そして、そんなリッシュモンの裏の顔に、最後の最後まで気付くことのできなかった自分に、怒りと悲しみが綯い交ぜになるような苦しさに襲われたのだ。

 そんなアンリエッタを見て、ルイズはリッシュモン達に心の底から湧き上がる怒りを抑えられずにはいられなかった。

 杖さえ振れれば、この船諸共全てを消し炭に出来そうなくらいの『爆発』を、今なら起こせそうなものを……!

「いい加減にしなさいよ、この下郎! 姫さまの事を何も知らないで、よくもそんな無礼な口を!」

「……ルイズ」

 眩しいものを見る目で、アンリエッタは顔を上げる。しかしリッシュモンは、そんなルイズの怒号など意に介した様子はない。

「全く、女王が女王なら家来も家来か。だから何度も言っておろうが。『何も知らないから』こそ平気でこの国を見限れるのだと」

「……っ!!」

 遂にルイズの怒りが頂点に達した。ジャックの腕を無理やり振りほどき、そのままリッシュモンに向かって思い切り体当たりをかました。

「なっ、ぐおっ!」

 余りの出来事に、杖を抜くことも忘れたリッシュモンは、ルイズ渾身のタックルを受け体を仰け反らせる。

 そのままリッシュモンの顔を踏みつけようとルイズは足を上げようとして……ここで刃衛に縄尻を掴まれ体勢を崩された。

 それに気づいたリッシュモン、今度は怒りのままにルイズの頬に平手打ちをかます。

「このくそガキがぁぁぁぁ!」

「――――あうっ!」

 パッシィィン! と小気味良い音とともにルイズは、受け身もとれぬままその場に倒れこんでしまった。

「ル、ルイズ!! ――――きゃっ!!」

 そんなルイズを見たアンリエッタは、慌てて彼女に駆け寄ろうとして……ジャックに頭を思い切り地面に押さえつけられてしまった。

 何もできない……。アンリエッタは悔しさで只々歯を食い縛るしか出来なかった。

「今更どう足掻こうと、最早決められた運命を覆すことなど不可能なんだよ! これからお前らはこの船に乗り、私の地位向上の為にアルビオンに売られるだけだ! 抵抗するだけ虚しいものだぞ!」

 リッシュモンの狂喜に満ちた叫び。でもそれを前にしても、ルイズは眼の光を失いはしなかった。

 まだ、自分にとって信じられる光というものが、ルイズの中にあったからだ。

 それゆえにルイズは、体を縛られ動けない状態で頬を張られながらも、堂々とした様子でリッシュモンに啖呵を切る。

「あんた達何かにっ、ケンシンが負けるもんですか! 今にケンシンがわたし達を助けにくる! そうなったらあんた達なんかボッコボコよ!」

 端から見れば只の負け惜しみのようにも聞こえるが、それを感じさせない力が、ルイズの声の中には込められていた。

 それを聞いてジャックは嘆息する。どうやらまだ気づいていないようだ。

 剣心こと人斬り抜刀斎は、すでに刃衛が始末したということに。

 そのことを伝えようと口を開いた時だった。先に刃衛が、とんでもないことを言い出した。

「うふふ、その通り。流石にあの男の主人なだけあって良く分かっているじゃあないか。奴は必ず追いかけてくるだろうな。お前を助けに」

「……何だと? どういうことだ?」

 愉悦に満ちた笑みを湛えて言う刃衛を見て、今度はジャックが不可解といった様相を見せた。

 まるで、今まで順調だった計画が、この一言で破綻したかのような、そんな口調だった。

 

「貴様、抜刀斎を片付けてきたんじゃないのか!? だからこそ我々はこれからアルビオンに向かうんじゃなかったのか!?」

 

 そう、ジャックにとって、まさにそこが誤算だった。

 事前に確かめておくべきだった。抜刀斎を殺ったという証拠を、この男にちゃんと求めるべきだったのだ。

 だがそれを怠った。余り関わり合いになりたくないという気持ちと、それなりに任務をこなしてきた過程で、抜刀斎に対する執着を知っていたからこそ、てっきり奴はチクトンネ街でそのまま殺して来たのだとそう思っていたのだ。

 この、二人の認識のズレが、今まで順調だった計画をややこしくしていた。

 途端に、この場に流れる空気が変わる。

「我々が受けた任務の目的を忘れたのか!? 何を考えている貴様!!」

 今まで冷静そのものだったジャックが、顔を歪めて刃衛に食って掛かる。

 これから抜刀斎を殺しに行くにはリスクが大きすぎる。途中で引き受けたもう一人の依頼人のリッシュモンがいるからこそ、ここは嫌が応にも一度アルビオンへと帰る必要性があった。

 そうなってしまっては、あれほどまでに執着していた抜刀斎とこの男との決着も、結局は有耶無耶になるだけだ。そんな事も分らないほど、此奴は頭が悪い筈は……――。

「まさか、貴様……!」

 しかしそこまで来たとき、ジャックの脳裏に今までにない嫌な予感というものを感じた。

 先程とは一変、唖然とした表情で刃衛に詰め寄る。

 

 この男はまさか、あろうことか、この船の上を、戦場にするつもりなのではないかと――――。

 

「奴は来るさ。ここまでな」

「――馬鹿な!」

 刃衛の言葉に、まさに予感が的中したと確信したジャックは、理解不能とばかりに肩を落とす。

 一体この男は、どれだけ我ら兄弟の計画を破綻すれば気が済むのだ!? 依頼主が乗るこの船の上を、戦場にする等と…最早正気の沙汰ではない。

 しかし、刃衛にも言い分はあった。

「第一、その護衛任務を勝手に受けてきたのはお前らだろう? 俺は元々関係ない」

「貴様っ……!」

 どうやら刃衛は、最初っからこうする腹積もりだったのだろうと悟る。ジャックは思わず歯噛みした。

「抜刀斎ほどの男を、魔法衛士隊が蔓延るトリステインで殺せるわけがないだろう。現に貴様の弟は無様な敗北を喫していた。こうやって人質を取り、分断を図った方が効率が良いというもの」

「ぐぬ……!」

「まあいいじゃないか。さっきも言った通り、奴は間違いなくやってくる。そこで確実に仕留めればいいだろう」

 できるのならな。と、刃衛はうふふと笑いをこぼす。ジャックはただ、はしばみ草を噛み潰したかのような顔をしていた。

 ちなみにこれはルイズ達にも動揺を与えた。相手も剣心が助けに来ると確信していることに若干の安堵こそ感じたものの、この男が何を考えているのか、結局のところさっぱり分らない。

 否、多分ここにいるジャックやリッシュモンでさえ、この男の考えは理解できてはいないのだろう。

「おいおい何を話し合っているのだ! さっさと出航準備せんか! こっちだって金を払っているのだぞ!」

 尋常じゃない空気を察したのだろう。先程の余裕とは一変させてリッシュモンは叫ぶ。まるで今の話し合いに耳を貸したくない様子であった。

「……分りました。もう少しお待ちください」

 それを見たジャックは、一瞬苦々しげな表情を作りながらも軽くうなずくと、最後に予断を許さぬ口調で刃衛に釘を刺す。

「いいか、依頼主がこう言うから直ちにこの船を出航させるが、もう勝手な真似はさせんぞ。抜刀斎が来ない様だったら諦めてもらう。よしんば来たとしても、奴は俺達の獲物でもあるんだ。寝首を掻く真似を俺がしても文句は言わせんぞ」

 その言葉に対し、刃衛は何も言わずにただ笑うことで応える。

 ジャックは最後に、溢れんばかりの溜息をつくと、リッシュモンを招きアンリエッタと共に船の中へと消えていった。

「ル、ルイズ……」

「姫さま!」

 慌ててアンリエッタに駆け寄ろうとするルイズだったが、途中、長い桃髪を刃衛に引っ掴まれた。

「痛っ! な、何するのよ!」

「何? 決まっているだろう。礼さ」

 お礼? と聞いて、ルイズは馬車の中で、刃衛が話していたことを思い出す。

 そう言えばコイツ、さっき自分にお礼をしたいって……。

「お礼って、何のことよ!」

「そんなこと、決まってるだろう」

 刃衛は、ここぞとばかりに凄惨な笑みを浮かべて、アンリエッタとは別の入り口へと、ルイズを引き連れていった。

「お前さんに、使い魔の本性……本物の『抜刀斎』を見せてやる」

 

 

 

 さて、所変わって剣心達の方では――。

「くそっ、どこへ消えたんだ……」

 シルフィードにより大空を飛び回っていく途中で、眼下に怪しいものは無いか見渡す中、アニエスは小さく舌打ちした。

 ラ・ロシェールへの道すがら、馬車らしきものを探してはいるが、未だにそれらしきものは見当たらない。

「どうだ、そっちは……?」

 ふとアニエスは、隣にいる剣心に声をかけて……次いで怪訝な表情をした。

 彼は、深刻な顔つきで呆けたようにしているのだった。周りを探るような仕草が見受けられない。

 タバサも彼の様子に気づいたのだろう。一度アニエスと顔を見合わせ、そして剣心に近づいて問う。

「大丈夫?」

 しかしタバサの問いかけにも答えない。まるで心をどこかに置いてきたかのようだった。

「おい」

「……」

「おいって!」

「…………」

 反応しない剣心に業を煮やしたのか、アニエスは銃の取っ手の部分で剣心を軽く小突く。

 それでようやく剣心は反応を示したのだった。

「聞いているのか! この非常事態に何を呆けているのかは知らんが、今はそうしている場合ではないだろう!」

「す、すまないでござる……」

 アニエスの怒号により、剣心もようやく目が覚めたようだ。

 そうだ、今はアンリエッタとルイズが連れ去られ、レコン・キスタに売り渡されかかっている途中。

 自分の中の人斬りも心配事項だが、それ以上に事態は深刻なのだ。

(全く、こうして見るとさっきまで黒笠とやりあっていた男には到底見えんな)

 アニエスもアニエスで、今の剣心が先程まで刃衛と互角以上の剣劇をするような男にはどうしても感じられなかった。

 彼の操る剣術……『飛天御剣流』の話はアンリエッタから少し聞いていたが、実際には刃衛の時に、噴水広場で少し見たのみ。

 剣術など、突き詰めれば実戦での自信をつけるためにこそある。本当に必要なのは剣を振る気概のみ。そう自負しているアニエスから見るとまだ判断に困っているのもあった。

「だが今は、そんなことを考えている場合ではないな……」

 気を取り直し、アニエスは眼下に映る平原や森林を見やる。ここまで見当たらないと、別ルートでラ・ロシェールに向かったのだろうか?

 そうだとするなら非常に危うい。空に出られては手の打ちようが無くなる。

 アニエスはそう思い、タバサにラ・ロシェールに向かうよう指示しようとした時、おもむろに剣心が口を開いた。

「タバサ殿、そっちの森林方面の方を行ってみても良いでござるか?」

 と、アニエスの考えとはまるで逆。ラ・ロシェールとは向かいの、近くにある森林の方を指さしタバサに言ったのだ。

 無論、アニエスは剣心の指示に疑問を持つ。

「待て。今はそんなことをしている場合では無いだろう。空に出られたらもう追いかけられなくなるぞ!」

 しかし、剣心は先程とは違う、冷静そのものの態度で言った。

「一つ疑問に思うのでござるが、アルビオンに行くにはラ・ロシェールしか出航場所がないでござるか」

「そうだが……」

 何を言い出すんだ、と言いかけたアニエスは、そこで剣心の意図に気付く。それはタバサも同様だった。

 そうか、てっきりラ・ロシェールに向かうとばかり考えていたが……。

「つまり事前の策として、飛行船を用意していた……ということか?」

 その答えに、剣心はゆっくりと頷く。

 それならそれで、では何故トリステインの哨戒を潜り抜けて潜伏できたのか、疑問に思うところがあるが……、元々内通者を抱えていたのだ。どうとでも潜り抜けると言われれば何も言えなくなる。

(危うく出し抜かれるところだったな)アニエスは次に何故その考えに至れたのか、剣心に問おうとした。

 それに対し、剣心はゆっくりとこう告げるのであった。

「……かつての人斬りだからこそ、奴の思考が読めるでござるよ」

 奴の思考回路を辿れば、至極当然のこと。

 このまま自分を置いて、この国から出るとは考えられない。きっと、それらしき舞台を用意している筈である。あの夜(・・・)のように――。

 剣心は今、奴の思考を辿って追っていこうと考えていた矢先だった。

 急に揺れるような音が、どこからともなく聞こえてくる。

「……?」

「な、何なのね?」

 震源の発生源に剣心達が目をやると、そこには――。

「……なっ!」

 小さな木造船が、森の中から顔を出したのだった。

 

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