るろうに使い魔‐ハルケギニア剣客浪漫譚‐   作:お団子

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第五十幕『船上決戦』

 

「これは――――!?」

 目の前で起こった事象に、アニエスは半ば理性が追い付いていないようだった。

 タバサやシルフィードも、急に現れた……、空に浮かびつつある船に驚きの意を示す。

 ただ、剣心だけはこの状況を冷静に見据えていた。

「小さい船でござるな」

「見かけからして運搬船」

 タバサが付け加える。アニエスは遣る瀬無さそうなため息をついた。

「……例え運搬船であろうとなかろうと、こんな王宮の膝元で堂々と潜伏されていては、本当に近い将来、この国は乗っ取られるだろうな」

 銘々会話をする彼女達をよそに、船は周りの木々を蹴散らしながらゆっくりと上昇していく。

 不幸にも今、王宮の主な近衛隊は前回の誘拐事件で殆どを失い、慢性的な人不足にあるというのに……。

 突如起こったアンリエッタの失踪、刃衛の遺した爪痕の対応、更にそれによって混乱した民衆の鎮圧と、対処すべき事柄が多すぎて、トリステイン軍はまともに動くことができなくなってしまっていた。

 援軍や支援は一切望めない。もしここで逃がしたら間違いなくこの国は『詰み』だ。それだけは避けねばならない。

「我々だけで対処せねばならんな。付き合ってはくれるか?」

 アニエスは、タバサと剣心の方を振り返り、神妙な面持ちで尋ねる。思えば彼らはこの国に忠誠を誓った臣下ではないのに……。どころか、この国の人間ですらないというのに。

 というより、自分だって元を正せば只の平民である。

 アンリエッタがかつて、「宮廷の人間はもう信用ならない」と言っていた事があったが、まさに今それを端的に表しているようで、何とも皮肉なものだと感じずにはいられなかった。

 アニエスの悲痛な頼みに対し、二人は快諾の意思を見せる。

「ここまで来て、引き下がる理由は拙者にはござらん。今こそこの戦いに終止符を打つつもりでござる」

「元より、そのつもり」

「きゅい! あいつらみんなボッコボコにして、桃ちびとお姫さまを連れて仲良く帰るのね!」

 シルフィードまでもきゅいきゅい喚いてそう言ってくれる。アニエスはこの二人と一匹に対し、感謝を胸に抱いていた。

「……済まんな」

 風竜に乗る一行は、そのまま出航しかけている船へと向かうのであった。

 

 

 

 

 

第五十幕『船上決戦』

 

 

 

 

 

「……来るか」

 運搬船の内部。その一室。

 ジャックは、窓越しからこちらへと急接近してくる一匹の風竜を捉えていた。

 数か月前、この国の女王が拉致されかける事件は、ジャックも知っている。その時風竜に乗った一行に、阻止されたとも聞いていた。

「やれやれ、どうやらおれも腹を括らねばならんらしい」

 最早、この船の上での戦闘は避けられないだろう。まあ、仕留められずにいた標的がわざわざこちらからやってくるのは、手間が省けていいのではあるが。

 しかし、暫定的とはいえ相手はドゥドゥーを返り討ちにしたほどの手練れ。恐らくは今まで手掛けた任務の中で、最も熾烈を極める戦いになることであろう。

 刃衛の奴は全くあてに出来ない。正直もうあの男を策の中で動かすことは諦めた。

 何とか奴との交戦中に上手く仕留めることが出来るか否か、そこがこの任務の成否の分かれ目となるであろう。

 そう思い至ったジャックは、一応この事を伝えにリッシュモンの部屋を訪ねようと椅子から立ち上がった。

 

「……と、いうわけで、少しの間この船は荒れますが、暫しご辛抱願いたい」

 ここに至る経緯を、ジャックはリッシュモンに向かって丁寧に話すことで了承を受け取ろうとした。

 対するリッシュモンは、持って来た金の勘定をしながら、どうでもよさそうにジャックを見る。

「私の依頼は、このまま無事にアルビオンへと辿り着くこと。それが保障されているのなら余計な口出しはしませんが……、その分料金はきっちり差っ引くからそのおつもりで」

「それについては、ご安心下さい。火急の用がありましたら直ぐにこちらからお知らせを致しますので、それまではごゆるりとどうぞ」

 あくまでも『絶対に安全』と言い切ることが出来なかったジャックであった。

 元々運用目的の小さな船であるためか、護衛になるような兵はいない。ゴーレムも、木造である船の上では作れない。当たり前だ。ここが戦地になるとは、予想してはいなかったのであるから。

 あんなにもジャックは刃衛に食って掛かった理由の一つが、まさにこれであった。

(こうなるのならあの時、ジャネットを連れてくるべきだった……)

 と、ジャックは末妹を探索に行かせたことを激しく後悔しながら、そそくさと部屋を後にした。

 リッシュモンも、ジャックが出て行った後、軽く鼻を鳴らすと再び金勘定に入ろうとした。

「今ならまだ間に合います。大人しく投降してはどうですか」

 その横のベッドには、アンリエッタが縄で縛られて横たわっていた。しかし未だその眼は凛とした輝きを放っている。

 しかしリッシュモンは喜悦の表情を崩さない。

「他人の心配より、ご自分の心配をされてはいかがかな? あなたの命運は、この船に乗ったことで既に尽きているのですよ?」

「それでも、わたくしは諦めませんわ。助けてくれると誓ってくれた、大切な人が必ずここにやって来る。そう信じていますもの」

「まったく、あなたの頭で描く三文芝居は、政治と同じくらいに見られたものではありませんな。残念ながら、そのようなありきたりで現実味のない話は、元座長としては没にせざるを得ませんな」

 リッシュモンが下卑た笑みを湛える。それを直視しながらも、アンリエッタは思うのだった。

 あの夜……、もう二度と還ってこない恋人が、自分を任せるよう頼み込んでいた彼の顔を。

 決して灯ることのない感情を灯し、終わることのない心の雨を打ち消してくれる彼の笑顔を。それでもアンリエッタは信じたかった。

(ケンシン殿……)

 

 

 

 さて、一方の剣心達は。

「……問題なくついたわけだが」

 風竜シルフィードから降りて、船の甲板へと着地した剣心達であったが、周りの様子を見てアニエスが呟く。

「誰もいないとはな……」

 幾ら小さいとはいえ、護衛の一人や二人が躍り出てもいいはずなのに、全くと言っていいほど人の気配というものを感じない。細部の操作はすべて魔法人形にまかせているようだった。

 そのおかげでこうして難なく乗り込めたわけなのだが、これはこれで不気味に思えてしまう。

「ルイズ殿達を攫った奴等が、護衛の役目も請け負っているということでござろうな」

「確かに」

 タバサも一戦交えて、相手の実力は普通のメイジと比べても遥かに凌駕しているのは分っていた。

 向こう側からすれば、戦力としてはこれ以上ない布陣というのであろう。

「とにかく時間がない。私は陛下の救出に向かう。お前達は敵の撃破とヴァリエール嬢を頼む」

「分った」

「なれば早速……――」

 剣心達が別れようとした、その時だった。

 

 

「その必要はない」

 

 

「なっ――!」

 二階へと続く階段の上からかかってきた声に、一同は目を向ける。

 そこにいたのは、予想通りといった笑みを浮かべる刃衛と、引きずられるように連れてこられたルイズの姿があった。

「ルイズ殿!」

 剣心が叫ぶ。見ればルイズはボロボロだった。

 縛られた格好であちらこちらをぶつけたのか、綺麗な身体に所々痣を作っている。

 痛みと屈辱で顔を歪めながらも、剣心の姿を見ると声を振り絞って叫んだ。

「ケンシン!! ……痛っ!」

 次の瞬間、ルイズは刃衛によって壁に額をたたきつけられた。

 だけでなく、そこから更にグリグリと手に力を込めて押し付ける。彼女の額から一筋の血が零れ落ちた。

 それを見た剣心はギリッと歯を食いしばる。

「……その手を放せ」

「やはり激情家だな」

「ルイズ殿は関係ないだろう!」

「ちょっと刺激するとこの通りだ」

 刃衛はルイズの桃髪をぐいっと引っ張り上げる。最早抵抗する力もないのか、彼女はぐったりとした身体でなされるがままだった。

「女絡みだと途端に熱くなる。変わらんなぁ、そこは」

 剣心が何も言わずに踏み込みの動作に入ろうとした時、

「放せといったな。――ほら」

 いきなり刃衛はルイズを持ち上げ、剣心達のいる甲板へと突き落とした。

「きゃああああああああああああああああああああ!」

「ルイズ殿!」

 シルフィードが呆気にとられるより先に、タバサが呪文を唱えようとする先に、アニエスが銃を引き抜くより先に。

 左手を光らせ、剣心がルイズを助けようと地面を蹴った。

 その隙を狙って、刃衛が飛び降り剣心を狙う。

 

 

「刃衛ェエエエエエエエエエエ!」

「うふぁはは! 怒れ、もっと怒れェェェ!」

 

 

 二人は鞘から刀を引き抜く。一方はルイズを守るため、もう一方はルイズごと全てを切り裂くために。

 ガキィン! と剣心の逆刃刀が刃衛の刀を弾く。その隙にルイズを手元へ引き寄せた。

 だが刃衛は、弾かれた拍子で刀をそのまま背中へと回し、別の手で受け取りその勢いで再度刺突を放ってきた。

(背車刀か!)

 剣心は、再度刃衛に向かって刀を振ろうとして――。

 

 

(――――ヒトキリニモドレ)

 

 

「ぐっ!!」

 辛うじて、身だけ捻って刺突を躱し、そのまま向こう側へと吹き飛ばされていった。

 刃衛は剣心が飛んだ方向を油断なく睨み据える。遅れてアニエスの銃弾とタバサの『氷の矢(ウィンデイ・アイシクル)』が殺到してきた。

 しかし――。

「なっ!?」

 上空から飛来したジャックが、その体で銃弾と氷の矢を全て受け止めたのだった。

 数か所近くは矢が刺さってはいたものの、例によって傷はなく、また諸共していない様子だった。

 ジャックは、刃衛に振り向くなり言い放つ。

「殺ったのか?」

「いや」

 刃衛がそう言って笑うと同時に、スパッと。黒笠の天辺部分が切り飛ばされた。

「寧ろ良い兆候だ。反応が良くなっている。あの夜の時(・・・・・)のようにな」

 あの瞬間―――背車刀と交わる時の剣心の斬撃は、実は間に合っていた。

 だが奴は、直後に自分のしている事に気付き、ワザとずらしたのだ。

 その理由は直ぐにピンとくる。

 刃衛は黒笠を取って改める。小さく丸い穴が出来た黒い笠、その切り口は確かに『鋭い斬撃』そのものだった。

 

(奴は無意識に、逆刃の方で反撃をしてきた)

 

 あと斬撃が数サント下であったなら、今頃自分の頭は頭蓋と脳漿をその辺にぶちまけていたことだろう。

 それはそれでいいかもなあ、と刃衛は一人笑いを浮かべてそう思うのであった。

(ここまで来ているのなら、もうあの小娘を使わなくとも、俺と戦っていく内に戻っていくことだろう)

 

 

 自分がもう一度戦いたいと思った相手、伝説の人斬り『緋村抜刀斎』に。

 今回は更に一騎当千の力『ガンダールヴ』というオマケ付きで。

 

 

 そんな事を考えているうち、ジャックの怒号が飛んだ。

「ジンエ! 今度こそここで抜刀斎を仕留めないようだったら、俺が奴を殺すからな!」

 そしてその後、ゆっくりとタバサとアニエスの方へと振り返る。まとっていたマントを払い、筋骨隆々な上半身を露にする。

  一度は丸々切断されたかのような(・・・・・・・・・・・・・・・)跡を残す右腕の肩を鳴らしながら、油断ない目でさらに続ける。

「それまでは仕方がない。お前達の相手はおれがしてやろう」

 そんなジャックを見据えながら、タバサは杖を構えつつ、アニエスとシルフィードに耳打ちした。

「わたしが引き受ける。あなた達は女王陛下を」

「お、お姉さま!!」

 シルフィードが驚いたような声を上げる。アニエスはジャックを一度見、そして再度タバサの方に視線を移した。

「……いいのか?」

「構わない、行って」

「何を話している!」

 次の瞬間、十メイルは離れていた距離を、ジャックは一足飛びで迫ってきた。

 鋼に変化した拳を、タバサは杖で受け流す。逸れた拳はマストの一本に当たり、メキメキと音を立ててめり込んでいった。

「早く!」

「済まん。行くぞ!」

「きゅい、お姉さま! そんな奴、さっさとたたんじゃうのね!」

 アニエス達は礼を言うと、シルフィードにまた乗り直し、一度船の様子を見渡そうと空へ昇ろうとした。

「空へだと? 誰がそんな事を許した!」

「わたし」

 ジャックが直ぐさま『フライ』で追いかけようとする。しかしそれをさせまいとばかりに、先に宙へと飛んだタバサの『龍鎚閃』が阻んだ。

 ジャックはそれを片手で受け止めると、杖を引っ掴みその勢いに乗せてタバサをマストに叩き付けようと振り回した。

 タバサは、一瞬支柱に、頭から叩き付けられるイメージを浮かべながらも、それをさせまいと歯を食いしばり体勢を変え、足で柱に立ち衝撃を緩和する。

「ホウ?」

 見事な体裁きでやり過ごす彼女を見て、感心した様子のジャック。一方のタバサはチャンスとみて、その状態のまま呪文を詠唱。

 ジャックの眼前に、数本もの氷の矢が生成された。

 それを打ち放つと同時に、タバサは素早く別の呪文『ウィンド・ブレイク』も詠唱。風圧を利用しジャックと距離を取った。

 一瞬の膠着、動いたのはジャックだった。

「まいった、あの時殺しておくべきだったな。お前は」

 ため息をつきながらも、手を使って、突き刺さった氷の矢を振り払う。

 先ほどの氷の矢は、一本も出血するほど深く入っておらず、全て硬質化した体で致命を防いでいたようだった。

 だがその代わりとして、アニエス達を上空へ無事逃がすことには成功。アンリエッタを探しに行かせることはできたため、タバサはとりあえず一息ついた。

「そこまで邪魔をするのなら仕方がない。無駄手間は嫌いだが、お前は今ここで潰しておいたほうがよさそうだな」

 認識を改める口調と共に、タバサを鋭い眼光で捉える。彼女もまた、毅然とした表情でこのジャックと向き直った。

「まあ、あの平民の女一人行かせたところで、所詮は只の剣士。メイジが負けるわけはないだろう。お前を仕留めてから奴を始末すればいいことだ」

 この男……、途方もなく強い。

 表の騎士が大事にする、決闘における『流儀』や『節操』を重んずる者たちとは違うタイプの手合い。寧ろ形振り構わない、勝つためにはどんな手段も選ばないところは、自分とどこか似通うものがあった。

 そしてあの圧倒的な身体能力。息切れひとつ起こしていない膨大な魔力の量。

 タバサは杖を構え、改めて対峙した。

「勝負は何が起こるか、結果はどう転ぶかは、最後まで分らない」

「わかった風な口を叩くか。戦いは博打とでもいうつもりか」

「サイコロ博打は嫌いじゃない。わたしは勝つ『丁』に賭けた」

「ならばおれは逆、お前らが全滅する『半』にも賭けよう」

 問答を終えた二人は、再び跳躍。強大な魔力が激突した。

 

 

「~~~~っ!」

 ルイズは、痛みを堪えながらゆっくりと目を開こうとした。

 いきなり上階から突き落とされ、気が動転して何が起こったのかは分らなかった。

 でも、剣心が自分を助けようとして、抱きしめてくれたことだけは覚えていた。

(ケンシン……)

 いつもいつでも、自分を助けてくれる使い魔。今回もずっと、世話になりっぱなしだったなぁ……、としみじみ思う。

 優しくて、強くって、悲しい過去を持ってても……、それでも微笑んで安心させてくれる、わたしの頼れる使い魔。

 目を開ければ、闘いの中でも常に自分に笑いかけて、

『大丈夫でござるか? ルイズ殿』

 と言って、安心させてくれる。

 その期待を胸に秘めながら、ルイズは目を開けた。

 しかし、そこにあったのは――。

 

「ぐっ……、がっ!」

 

 いつも笑いかけてくれる、優しい笑顔はどこにもなく。

「ぐぅおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 今までに見たこともなかった、歯をギリギリと鳴らす必死の形相で、剣の柄尻を自分の左手に叩き付けている剣心の姿があった。

 押し付けられている左手は、ミシミシと骨が軋むような音を立てているが、それでも形振り構っていられない様子で何度も叩いている。

 その左手……、使い魔の証たる紋章は、また幽かに、紅い光を残している。

「何を、やっているんだ! ()は……っ!」

「――っ!」

 その一人称を聞いて、ルイズは胃の奥底がきりりと冷えるような感覚に襲われた。

「これは……人を、斬る刀じゃない…絶対に…!」

 拙者じゃない。口調もどこか荒々しい。

 もしかして、これって……。

「相棒! 大丈夫か!」

 今度は背負われているデルフが、心配そうな様子で尋ねてくる。

 しかし、苦しそうに息をつく剣心には、デルフの声も自分の存在にも気づいてはいないようだった。

「おい相棒! 奴がまた来るぞ!」

 そう叫ぶや否や、中心に穴を作った黒笠が手裏剣のように剣心目がけて飛んできた。

 それを持っていた鞘で弾くと、デルフを鞘ごと床に投げ捨て、その隙に飛んでくる刃衛の唐竹割りを、抜き身を納めた逆刃刀で防いだ。

「何だそれは、まさか刀も抜かずに俺に勝つ気じゃあないだろうな?」

 鍔迫り合いに持ち込む中、刃衛の挑発にも耳を貸さずに剣心は刃衛を押しやっていく。

 そのまま、ルイズとの距離を離そうとしているようだった。

「おい何やってんだ娘っ子! さっさと俺を使ってロープを斬れ! その為に相棒は俺を置いていったんだろうが!」

 そのデルフの言葉に、ルイズはやっと我に返った。

 そっか……。剣心はわたしの事何も考えていないわけじゃなかったんだ。

 でも、縄を斬る時間すらも惜しいほど、あの刃衛って奴を食い止めるのに精一杯だったから、それでデルフを置いていったんだ。

「わ、分ったわ!」

 兎にも角にも、まずはわたしも自由に動けるようにならなくちゃ。

 そう思い、ルイズはデルフの抜き身の刀身で、ゴシゴシと後ろ手の縄を切り始めた。

「でも、何でケンシン、鞘ごとで戦っているの?」

 縄を切りながらも、目の前で繰り広げられる戦いを見て、ルイズは疑問符を浮かべて呟く。

(少なくとも鞘ぐるみで戦っていれば、ルーンは光らずに済む…か)

 それについてデルフは、答えを知っているものの口にしようとはしなかった。

(だが、そんな付け焼刃が通用するほどの相手じゃないことぐらい、相棒だって分ってる筈なんだ。つまり――)

 それほどまでに、剣心は追い込まれている。恐らく今も、ルーンに呼び起こされそうになっている『もう一人の人格』と戦い続けているのだろう。

 そして、そのルーンをつけた張本人は、そのことを知ったらどう思うだろうか。

「……いつまでも隠し通せるものじゃないぜ、相棒よ」

 デルフは思わず、呟いた。

 

 

 一方、アニエスの方では――。

「ここでいい。降ろせ」

 一旦上空へと飛ぶことで追撃を逃れた後、改めてアンリエッタがどこに監禁されているのか、また船の様子はどうなっているのかを探っていた。

 そしてやはり、人の気配は全くない。船を動かす魔法人形が数体。それ以外には誰もいないようであった。

 それらをやり過ごしながら、アニエスは後ろの甲板から船の一室に通じる扉の前へと立つ。

「きゅい、一人で大丈夫なのね?」

 シルフィードが、心配そうな表情で尋ねてきた。

 しかしアニエスは、さっき撃ったマスケット銃に弾を込めなおしながら、憮然とした様子で返す。

「心配するな。ここまでくれば、陛下へ通じる道も一本だろうし、何より……」

 ここでアニエスは、凄惨な過去を思い出したのだろうか、今までと一変、殺気を纏わせながら口を開く。

「これは私にとっての、大事な『始まり』になる。お前は主人の下へ帰って手助けをしてやれ。今までの協力感謝する」

 まだ躊躇っているような様子のシルフィードにそうとだけ告げると、アニエスは扉を開け船内へと潜入していった。

 

 

 船内は閑散としていた。

 元々小型船故に行くところも限られているため、目星の付く部屋は直ぐに見つかる。

 細い廊下の中にある一室、明らかに人の気配がする部屋の扉。その向こうを見やりながら、アニエスは一瞬だけ冷静になり……そして素早く銃を構えながら扉を蹴破った。

「動くな! 動けば――――」

 しかし次の瞬間、扉の向こうから強烈な風の魔法が飛んできた。

 咄嗟のことで反応が間に合わなかったアニエスは、そのまま吹き飛ばされ廊下の床に、強かに打ち付けられてしまう。

「やれやれ、ここまで潜入を許してしまうとは。……まあ、払う依頼料を少なくできる口実にはなったかな」

 それでもアニエスは、痛みを堪えて立ち上がった。

 こんなところで、這いつくばるわけにもいかない。

「不思議か、何故分ったと。ジャックとか言った、あの男からの使いの鴉がやってきたのだよ。『平民一匹が紛れ込んだ。済まないがそちらで対処されたし』とね」

 ずっと待っていたのだから、この手で復讐を果たす、その日を――。

「わざわざここまで追って来るとは。いやはや、そこまで私が憎いか! だが残念無念、貴様が貴族に生まれなかったことを、ここで存分に後悔させてやろう」

 二十年魔の虐殺……、それを金目当てで平然と行い、自分たちの故郷を焼き滅ぼす一端を担った、目の前にいる、この男だけは……。

「貴様の親愛なる女王陛下の前でな」

 人質のようにアンリエッタを傍に抱えた、『あの日』を巻き起こしたの元凶の一人……、リッシュモンだけは。

 

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