るろうに使い魔‐ハルケギニア剣客浪漫譚‐   作:お団子

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第五十一幕『金か忠義か』

 

「ここまで来るとはな、いやはや、そこまで私が憎いのか」

 痛みを堪えながらも、それでも鋭い眼光でアニエスは、下卑た笑みを浮かべるリッシュモンを見上げた。

「だが残念、お前はここで終わりだ。この私自らが、貴様の人生の幕を下ろしてやろう」

 地面に打ち付けられた衝撃で、身体全体が悲鳴を上げる。それでもアニエスは立ち上がった。

 此奴だけは、絶対に……。

「貴様の親愛なる女王陛下の目の前でな」

 

 

 

 

 

第五十一幕『金か忠義か』

 

 

 

 

 

「アニエス!」

 アンリエッタが苦悶の表情で叫ぶ。

 何とかリッシュモンの腕から身を捩って逃れようとするも、次の瞬間、首筋に杖が突きつけられた。

「静かになさい。これから惨劇という名の劇場が始まるのですよ? 劇の開幕寸前に騒ぐ阿呆はいないでしょう? それがわかったらむやみやたらに暴れないことです」

 丁重な物腰ながらも、見下す態度を隠そうともしないで朗々と語ったリッシュモンは、次いでその眼をアニエスに向ける。

 アニエスは、よろよろとした姿勢ながらも立ち上がり、素早くリッシュモンに向けて銃を突き付ける。

「動くな。さもなければ撃つ。大人しく陛下を放せ」

「全く、貴様も立場というものが分ってはおらんようだな。大体メイジ相手に銃が役に立つとでも?」

「この距離ならば、魔法より銃の方が速い」

 尚も屹然とした態度でそう言ったアニエスは、銃の引き金に指をかける。

 それに対しリッシュモンは、魔法で対抗するかと思いきや……、何とそのままアンリエッタを盾にしてきた。

「そうか。ならば撃ってみるがいい。親愛なる女王陛下まで巻き込んでもいいのならなあ」

「……貴様!」

 魔法で対抗する意地でも見せてくるかと思えば、それすらもしてこない。

 どこまでも打算的な態度に、アニエスは怒りで体を戦慄かせた。

「怖いのか! 魔法も使えぬたかが平民風情に臆したか! この腰抜けが!」

「フン、貴様程度の相手に魔法を使うのが勿体ないだけだ」

 挑発にも乗ってこない。アニエスはただ、震える銃口をリッシュモンに向けるだけだった。

「どうした? 私が憎いのではないのかな? どうせ貴様もこの女にそこまで忠誠を誓っているわけではないのだろう? ただの平民だからな。この女ごと私を撃ち抜いてみたらどうだ? ん?」

「貴様と一緒にするな……!」

 今にも引き金を引きそうな気迫を放つアニエスだったが、この距離だとどうしてもアンリエッタも巻き込んでしまう。

 復讐に心を預けていても、それと同じくらいにアンリエッタには感謝の念がある。そして何よりあの男と同類には絶対になりたくないという想いが、どうしてもアニエスに引き金を引かせないでいた。

 そして、その様子を察したリッシュモンは、口の端を吊り上げるほどの笑みを作り上げた。

「そうか。ならばこの場合、どうすれば君にとっても私にとってもいいのかな?」

 そう言って、これ見よがしに杖の先端でアンリエッタの首筋を撫ぜる。アニエスはギリッと唇を噛みしめた。

「…………!」

「どうした、この場で貴様は何をするのが最良の選択なのか、それがわからん程うつけでも無いだろう? 仮にも貴族を名乗るのならなぁ」

「アニエス、屈してはなりませんわ! どうぞそのままわたくしごと撃ち抜いてくださいまし!」

 アンリエッタは毅然としてそう叫ぶが……、それでもアニエスは、忠誠を誓ったアンリエッタに、銃を向けることはできなかった。

 結局、アニエスは銃を床に放り捨てる。

「それだけか?」

「……ッ!」

 アニエスはこれ以上無いほどに怒りで顔を歪めながらも、震える手で予備の短銃や剣などの装備全てを外した。

「流石、護衛隊を務めるだけあって物分りは良いようであるな。はっはっは!!」

「アニエス……」

 その様子を見て、大笑いするリッシュモンと、悔しそうに目を落とすアンリエッタ。

 そして、生涯追い続けた仇に嘲笑される格好となったアニエスは、只々こぶしを握り締め、歯を食いしばることしかできなかった。

「さて、ではそろそろお楽しみと洒落こむかな」

 リッシュモンは溜めていた風の魔法を開放する。アニエスの身体は突風に吹き付けられ、壁に思い切り叩き付けられた。

「がっ!」

「アニエス!」

 身を乗り出そうとするアンリエッタを引き戻しながら、リッシュモンは続けざまに呪文を唱える。

 今度は灼熱の炎球が、アニエスの近くに衝突。爆ぜた火の粉が身体を焼いた。

 火傷の痛みにたまらず地面を転がるアニエスを見て、リッシュモンは声高々に大笑いする。

「はぁぁぁっっはっはっは!!!! 悔しいか? 仇にいいように弄ばれる様は!」

 その言葉を聞いて、アニエスは顔を上げる。身体はボロボロながらも、その瞳は怒りの炎でより燃え上がっていた。

「やはり、貴様が……」

「そうだ、『ダングルテールの虐殺』は確かに私が立件したものだ。ロマリアからの依頼を受けてな。貴様の態度でピンと来たぞ。しかし驚いた、貴様がまさかその生き残りだとはな!」

 リッシュモンが、仰々しい態度で語り始める。その言葉で……、二十年前の情景を、過去を思い出してしまったアニエスは、思わず叫んだ。

「貴様の所為で、私の村は何の咎もなく滅んだ……。その見返りとして幾ら受け取った……、リッシュモン!」

「金の多寡など一々覚えとらんわ。大体にして聞いてどうする? 貴様の心中が晴れるのか?」

「愚かな男よ、金しか信じるものが無いのか!」

「フン。貴様等が神や始祖を敬愛するのと、私が金を愛でるのとに、どれ程の違いがあるというのだ? 良ければ講義してくれぬか、私には到底理解できんだろうがな」

 はっはっは! と高笑いしながらリッシュモンはアニエスを冷やかに見下ろした。

「殺してやる……!」呻きながらアニエスは立ち上がろうとする、しかしその身体を、魔法の風によって再び吹き飛ばされる。

「う……っ!」

 壁に叩き付けられ、また床に倒れこむ。はち切れんばかりの激痛が全身を駆け巡り、意識も本格的に遠のき始めていた。

 それでも尚、指を動かし、顔を上げ、戦意のある眼をリッシュモンに向ける。

 一方のリッシュモンも、何度も魔法をくらっているのにも関わらず、闘志を絶やそうとしないその目を見て不愉快に感じ、チッと舌打ちした。

「もういいわ、ならばこれで止めを刺すとしよう」

 そう呟き、今度は長く呪文を詠唱する。

 すると特大の炎球が、掲げた杖を中心にして轟々と燃え盛り始めていった。

「流石の貴様といえども、この強力な『炎球(フレイム・ボール)』には耐え切れまい!」

 確かにそうだった。幾ら強い精神力を持って這い上がろうとも、身体そのものを跡形もなく灰にされたらどうしようもない。それほどの威力がこの炎球にはあった。

 アニエスは必死に立ち上がろうとするも、その時にはもう、リッシュモンは既に詠唱を完成させていた。

「さらばだ。忌々しき過去の怨念よ。その因縁、今ここで私が文字通り焼き払ってやろう!」

 高らかに叫ぶとリッシュモンは、未だに這い上がろうとするアニエス向けて、炎球を撃とうと、杖を振り下そうとして――。

 

 

 ドンッ! と廊下全体を揺るがすような振動が不意に襲い掛かってきた。

 

 

「ぬおっ!」

 危うく炎の行く先を自分の足元になるのを避け、放つのを中断したリッシュモンは、何事かとばかりに辺りを見渡す。

 その原因は、隣の窓を見たらすぐに分かった。

「さっきから黙って聞いていれば……、お前というやつは……、お前というやつは!」

 風竜の幼生と思しきものが、流暢な言語を使って、船に体当たりをかましたのだった。

「おいお前! お前みたいな奴には絶対大いなる意思からの天罰が下るのね!! 天罰が無くてもこのシルフィが黙っちゃいないのね! 覚悟するのね!」

 先程の会話を聞いていたのだろう。怒り心頭でタバサからの言いつけをも忘れたシルフィードが、再びリッシュモンのいる部屋に向かってタックルをかます。

 さっきより激しい衝撃に、リッシュモンは思わずアンリエッタを手放し、杖に溜めていた魔力をシルフィードに向けて解放する。

「この、風竜の幼生ごときがあああああああああああああ!!」

 余りに唐突だったために、シルフィードが喋った事すらどうでもよかったのだろう。

 ただ怒りのままに、強力な炎を外の風竜目がけてはなった。

「ぎゅい!」

 船から距離を放す寸前で放たれたためか、その『炎球(フレイム・ボール)』をシルフィードはもろに喰らってしまう。

 燃え移った炎を消すためか、慌ててシルフィードは船から離れていった。

「くそっ! 何だあの風竜は――――」

 言いかけて、リッシュモンは驚愕の表情を作った。

 それも無理からぬことだった。何せ先程まで倒れていたはずのアニエスが……。

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 一番身近にあった剣を拾い上げ、最後の突進をかけていたのだから。

 リッシュモンは慌ててアンリエッタを盾にしようとして……、先程の衝撃で手放していたことに気付く。

「くっそおおおおおおおおお!」

 仕方なしにリッシュモンは呪文を唱える。先ほどの極大炎球はシルフィードに使ってしまったが、まだこの距離なら魔法の方が速い。

 威力は先程のものとは及ばないが、それでも鋭い風の刃が数本、アニエスに向かって飛んでいく。

「がっ……!」

 しかし、アニエスは突貫を止めようとはしない。身体中が傷だらけになっても、歯を食いしばり必死に耐える。

 そして遂に、剣の間合いにリッシュモンは入った。

「舐めるなぁ!」

 しかし、それより先にリッシュモンは、渾身の風の刃をアニエス目がけて放つ。

 それは掲げていた剣を真っ二つに砕き、刃の切っ先はあらぬ方向へと飛んでいく。

(やった……! これでもう奴に手は――――)

 そう感じたのも束の間。アニエスはなおも怯むことなく、折れた剣の先端を、そのままリッシュモンの心臓に思いっきり突き刺した。

「ぐぅおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

「がっ……は!」

 何も考えす、只々押し込むように、手に力を込める。

 リッシュモンは、激痛の余り口から血を吐いた。

 暫くの膠着。その後、アニエスが息も絶え絶えに呟く。

「これは、只の剣ではない……」

 そう言って、心臓まで達したであろう剣の柄を、グリッ! と捻る。

 リッシュモンの身体全体から、力が抜け出ていくのをアニエスは感じた。

「我等、魔法が使えぬ平民が……、貴様等にせめて一咬みと、磨いた牙だ。その牙で死ね……、リッシュモン」

 その言葉と共に、ドサッ……と、リッシュモンは床へと倒れこんだ。

「これで……『終幕(カーテン・コール)』だ」

 

 

「な、ぜだ……? なぜ、私が……」

 倒れ伏した後、諤々と震える身体でリッシュモンは空を見て呻く。

 剣は心臓まで達していたのだが、折られた分即死とまではいかなかったのであろう。

 しかし、遠くを見つめるの目からは、段々と生気が消えていくのも確かだ。

「嫌だ……、死にたく、ない。何故私が、死なねばならん……、金も、財産も、あるというのに……!」

 死を受け入れまいと必死なのか、只々身体を小刻みに揺らす。

「おい、どこにいる……、ジャック! はや、く……、私を治せ! ジンエ……貴様にも金を払っているのだぞ、此奴らを、殺せ……、殺せ、殺せぇぇ!」

 持ってきた金の詰まった袋を引きちぎり、黄金をその辺にぶちまけながらもリッシュモンはうわ言のように喚いた。

「何故、だ? 金ならある……、金なら、金はあるのに……、何故私は死ぬのだ……?」 

 嫌だ、死にたくない。死にたくない……死にたくない。

 往生際の悪いその声も、動きも、段々と弱弱しくなっていく。

 終いには涙まで流す始末。最後にリッシュモンは、アンリエッタの方を見つめて手を伸ばした。

「頼む、陛下……、私は、死にたくない。どうか……、慈悲を…じひを……」

 何が何でも生きようとする。そんなリッシュモンにアンリエッタは何も言えなくなってしまった。

 仮に助けるとしても、杖はないしまだ身体も縛られたままである。なのでどうすることもできない。しかも皮肉なことに、アンリエッタの杖はリッシュモンが持っている。

 無力な少女はただ、茫然としてリッシュモンを見つめるだけだった。

「そんなに金が好きなら……」

 ここでアニエスが、冷やかでいて、それでいて少し哀れそうな視線で見下ろしながら呟く。

 

「貴様の命自身も、お金様に頼んだらどうだ」

 

 その言葉が聞こえたか聞こえなかったか、リッシュモンは弱弱しい痙攣をした後、遂に力尽きた。

 金ですべてを解決できると豪語した裏切り者は、こうしてその命を終えた。

「…………」

 しかし、アンリエッタは思うのだった。リッシュモンは救いようのない男だったとはいえ、もう少し自分がしっかりしていたら、こうも表立って裏切ることはしなかったのではないかと。

 お金以外何も信用していない、まぎれもない悪党というのは事実であるが、結局のところ、彼も生きるために必死だったのではないかと、最後の姿を見て、そう思わざるを得なかったのだ。

 それに、たとえ演技だとしても、彼は自分の生まれた頃から国に仕えていた。記憶はないが、まだ赤ん坊だった自分をあやすこともしてくれた。

 

(わたしがちゃんと政治をしていれば、こんな裏切りも見ずに済んだかもしれない――)

 

 そう思うと、改めて今の自分がどれだけ未熟で愚かなのか、その感情がアンリエッタに跳ね返ってくる。結局のところ、これは自分が招いた結果であるともいえる。

 でも、蹲っているだけではいけない。今の自分に、後ろを振り向くことは許されてはいないのだから。

 と、ここでアンリエッタは、助けに来てくれた忠臣、アニエスに礼を告げようとして……。

「……アニエス?」

 そして気づいた。さっきは色々あってアニエスの方に注目がいかなかったが、よく見れば彼女は今、全身いたるところから生々しい傷を覗かせ、そこから夥しい量の血を流していたのだ。

 目に生気は宿っておらず、虚ろな視線を移すのみ。

「アニエス!?」

 アンリエッタの叫びにも、アニエスは反応を示さず、まるでリッシュモンの後を追うかのように、そのまま彼女も倒れこんだ。

 彼女の周囲から、ゆっくりと赤の塗料が流れ始める。アンリエッタは慌てて駆け寄る。

「アニエス! あなたまで死んではいけません!」

 しかし、アニエスは身じろぎ一つせず、ただ血の池をつくるだけ。このまま放っておいたら本当に死んでしまうだろう出血量だった。

「うん、くっ!」

 アンリエッタはもがいた。しかし、それで縛られている縄が緩むはずもない。

 早く水の治癒魔法をかけてあげねば…そう思うのに、何もできない。

(わたしは……、部下一人救えないというの……!)

 どれだけ暴れても、縄はびくともしない。アンリエッタの心の中を、再び絶望が覆いそうになる、その時だった。

 バァン! と、壁を破るような音と共に、何者かが突然現れた。

「あいつめぇ……! この古代種シルフィードに向かってよくも魔法を……! しかも顔に……、絶っっ対に許さないのね!」

 少し煤こけた顔をしながら、長い青髪の美女が、全裸で、そしてとにかく肩を怒らせてやってきたのだ。

「というわけでお前! お前にはこのシルフィ自らが大いなる意思に代わっておしおきしてやるのね! 覚悟する……」

 そう叫んでリッシュモンに指さそうとして、シルフィードは今の状況がさっきとは全く違っていることに気付く。

「あれ?」

 よく見れば、リッシュモンは胸から剣の柄を生やしたまま横たわっている。その隣にいるアニエスもまた、血の量からみてかなり死にかけの様子だった。

 どうなっているの? あまりの状況の違いに考え込むシルフィード。そんな彼女を見て、これ幸いとばかりにアンリエッタが叫んだ。

「良かった! お願いします、わたくしの縄を解いてください!」

「え? でも……、あれ?」

「お願い早く! アニエスまで死んじゃう!」

 形振り構っていられないアンリエッタの声色に、ようやくシルフィードも反応した。

「わ、分ったのね!」

 すぐにアンリエッタに駆け寄り、縄を解こうとする……。が、中々に複雑なのか思うように進まない。

 しまいには縄を噛み千切ろうとしたり、無暗に引っ張ったりし始めた。

「ああもう、どうやったら解けるのね!」

「い、痛い、痛いです!!」

 しかし、縄自体が硬いせいか噛み千切ることは出来ず、引っ張ったせいで逆に解くつもりが身体を締め上げてしまう結果となってしまった。

 こうしている間にも、アニエスの命の灯が零れ落ちていくというのに……。

 そこでアンリエッタは、はっ、と閃く。

「そうですわ! わたくしに杖を持たせてください! そうすれば縄も手っ取り早く切れますわ!」

「え、でもどこにあるのね?」

 シルフィードが辺りを見渡すが、それらしきものは見当たらない。

「リッシュモン……、そこの男がわたくしの杖を仕舞うのを見ました。多分彼の服の中にあります」

 向こうへ着いたらアンリエッタ諸共杖も高く売り払ってもらおう。嫌味ったらしく語っていたのを、アンリエッタは思い出した。

「早く、急いで!」

「きゅ、きゅい!」

 とにかく言われるまま、シルフィードはリッシュモンの服の中を探し始めた。

 死人の服の中を探るというのは、何とも気分のいいものではないが、この際そうも言ってはいられない。

 幸い時間はかからず、直ぐにシルフィードは杖を見つけた。

「あった! これでいいの? きゅい」

 シルフィードはそれをアンリエッタに見せる。透明な輝きをもつ水晶で彩られたその杖は、確かに自分が愛用している杖だった。

「そう、それです! それを持ってきてください!」

 シルフィードは、その杖を持って再びアンリエッタに駆け寄った。

「わたくしの手に持たせてください」

 そして次に、後ろ手でヒラヒラさせている手に、杖を握らせた。

 アンリエッタは目を閉じて、暫くルーンを呟く。すると杖の周りに水が纏わりつき、それが煌めく透明な刃となった。

「これで、何とか切れませんか?」

「や、やってみるのね!」

 シルフィードは、刃となった杖を上手く受け取り、何とか身体を傷つけないように縄を切る。

 やがて……、何とか手首の縄を切ることに成功した。

「や、やったのね!」

 それで調子を良くしたのか、シルフィードはそこから手際よく縄を切っていく。

 漸く長い戒めから解放されたアンリエッタは、杖を受け取り直ぐにアニエスに治癒魔法をかけ始める。

 しかし、その時はだいぶ時間を食ってしまい、アニエスの身体は冷たくなり始めていた。

「…っ! お願い…死なないで!」

 これ以上身近な人が死んでほしくない。アンリエッタは無我夢中で呪文を唱えていた。

 そんな彼女の願いが届いたのか。微かに、本当に微かであったが、アニエスの指がピクッ、と動くのを目撃した。

「生きているのね! やったのね!」

 シルフィードの言葉に反応するかのように、アニエスの身体に生気が宿っていく。

 鎖帷子で固められた胸が、ゆっくりと上下するのも確認できた。

「よかった……、間に合いましたわ」

 漸く安堵の表情を見せるアンリエッタをよそに、アニエスはうなされているかのように呟く。

 

「このままでは死ねぬ……、まだ、私は……」

 

 その言葉に、アンリエッタは一瞬、動きを止める。彼女が復讐の為に自分に仕える道を選んだことも、そのために命や人生全てをかけていることも知っていた。

 決して癒されぬ復讐の炎。それは今の自分と同じなのかもしれない。

 数多ある傷口を概ね塞ぎ、取りあえず今できる最大限の治療を終えたアンリエッタは、そこで改めてシルフィードへと向き直った。

「あなたのおかげで大切な忠臣を救うことが出来ました。感謝してもしきれませんわ」

「いやそんな、別にいいのね!」

 と、いいつつも結構嬉しそうな表情をするシルフィードを見て、アンリエッタは彼女が誰かを思い出す。

「っと……、そう言えばあなたはタバサ殿の従者さんですよね。でも、あれ?」

 そして更に、先程竜の姿で同じような言葉で喋っていたことも思い出した。

 シルフィードの表情がギクッ、と強張る。

「ええと、あれは……?」

「……ああもういいのね! ここまでバレてるんだししょうがないのね!」

 と、急に誰かに対し逆切れを始めたシルフィードは、さっぱり訳の分からないアンリエッタに向けて、先程の竜も自分だということ、更に自分は古代の眷属風韻竜ということも説明した。

「そうでしたの。もう絶滅したと聞き及んでいましたが……、あなたがそうなのですね」

 風韻竜についてもそれなりの知識はあるアンリエッタは、シルフィードを見て素直に感心した様子だった。

「きゅい! わたし達は別に絶滅したわけではないのね! ただちょっと人里離れたところで暮らしているだけなのね!」

「そうなのですね。それにしても風韻竜とは、あの子はやはり凄いメイジなのでしょうね」

 タバサの姿を思い出し、素直に賞賛するアンリエッタを見て、シルフィードは嬉しそうに身体をくねらす。

 と、同時に何かを思い出したのか、ちょっと神妙な顔つきになった。

「あぁそうそう。できればこの話は秘密にしてほしいのね。お姉さまはいつも風韻竜であることは知られるな! って注意してくるくらいだし」

「わかりましたわ。これでも口は堅いほうです。これはわたくし達だけの秘密ということで」

 風韻竜の内情を、なんとなく把握したアンリエッタは、コクリと頷いた。

 そして、意を決してシルフィードに身を乗り出す。

「あの、ところであの子は何者なのでしょうか? わたくしの記憶では、さるガリアのお祭りで会った記憶があるのですけれども、さる大貴族の方なのでしょうか?」

 うっ……、とシルフィードは言葉を詰まらせる。彼女だってタバサが何者かくらいは知っている。大貴族なんかじゃない。王族の一人だ。

 でも、そこここに至るまでの経緯は、自分の秘密のように簡単に喋ってはいけない。それくらいシルフィードにだって分っていた。

「ええと、それは――」

 何か言いかけようとして、ここでアニエスの意識が戻ったらしい。ゆっくりと瞼を開け、アンリエッタの方を見た。

「アニエス! 大丈夫ですか?」

「陛下こそ、ご無事で何より……っ」

 痛みでうめき声を漏らすものの、最悪の事態は免れそうだった。アンリエッタは漸く胸をなでおろした。

「まったくもう、無茶しないでくださいな。あなたはわたくしが心を許せる数少ない人間の一人なのです。おいそれと命を投げ出すようなことは許しませんよ」

「……申し訳ございません」

 息絶え絶えに謝るアニエスの手を、しかしアンリエッタは優しく握った。

「いいえ。寧ろわたくしの方こそ許してくださいな。わたくしの無茶な作戦の所為であなたまでこんな傷を負わせてしまって……」

「そんな、陛下が謝るような事では……」

 アニエスは言いかけたが、それをアンリエッタは手で遮る。今はこうしている場合では無い。

「彼も、一緒に来ているのですか?」

「はい。例の青髪の少女も一緒に」

 アニエスはシルフィードに視線を移す。この様子から見るに彼女の正体は既にアンリエッタも知っているのだろう。

 アンリエッタはそれを聞いて、少し顔を紅潮させた。

「やはり、最後の最後に頼れるのはあの人達だけですわね」

「何とも……、皮肉なものですな」

 そう言いながら、アニエスはゆっくりと体を起こす。アンリエッタの治癒魔法で、あらかた傷は塞ぎ終えた。進んで戦うことは出来なくとも、邪魔にはならないと思える位には動けるようになった。

「とにかく、急ぎましょう。彼らはまだ戦っております。あの男……、ジンエとかいう奴に、苦戦を強いられているかもしれません」

「っ! そうですわね。早くいかないと」

 アンリエッタも杖を握りしめて立ち上がる。その間、部屋のベッドにあったシーツに身体に包んだシルフィードが、きゅいきゅいと喚いた。

「そうそう! お姉さまも戦っているのね。こうしちゃいられないのね!」

「では、行きましょう!」

 アンリエッタはシルフィードとアニエスを引き連れ、その場を後にした。

 一瞬だけ、剣で串刺しにされたリッシュモンの死体に、その眼を向けて……。

 

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