剣戟が聞こえる――――。
血が飛ぶ音、骨を断つ音、それが自分の耳に飛び込み、頭の中で反響していく。
『あれは人斬り――』
『――――抜刀斎ッ!』
どこかで自分を呼ぶ声が聞こえる。やがて眼前に現れるのは、浅葱色の羽織を纏った剣士達。
この激動の中で、何度も相見えた敵の戦装束であった。
『抜刀斎。覚悟――――ッ!』
相変わらず、恐れを知らぬ目で斬りかかってくる。その姿は、敵でありながらもどこか哀れみを感じてしまう。
彼等には、前しか見ることを許されてはいないからだ。後ろを向けば士道不覚悟と見なされ、死が待っている。それが彼等の決めた道とはいえ……、だからかもしれない。敵でありながらもどこか憎めなかったのは。
だが、ここは戦場。血で血を洗うこの時代では心を鬼にするしかなかった。
だからこそ、自分ができるのは、出来るだけ苦しませずに敵を葬ることだけ。
『ッ――ぐあっ!』
『うっ……うわああっ!』
神速の速さで敵を斬る。幕末の京都では珍しくない、惨劇の光景――――。
剣心と刃衛が戦っている。その傍らで、タバサとジャックもまた戦っていた。
ジャックの使う魔法は、主に土系統。
木で作られたこの船では、ゴーレムや基本的な土魔法は使えない。そもそも土系統自体、直接的な戦いには向かないというのもあるのだが……、それが封じられていても尚、それでも『強い』。
今のタバサでは、その身体能力と拳を鉄に変換する攻撃だけで、精一杯の状況に追い込まれていた。
「ぐっ!」
マストすらめり込ませる威力の拳。それを杖の上からとはいえ喰らったタバサは、その小柄な体を、転がりながら吹っ飛んでいく。
しかし、ジャックは内心舌打ちをしていた。
(くそっ!! 今の攻撃で決まったと思ったのに……)
真正面から受けてくれれば、あの節くれ杖を真っ二つに折ることなど造作もない。
だがあの子供は、絶妙なタイミングで風を操り、受け流すように仕向けているのだ。
実力差は雲と泥。勝敗の差は歴然。なのに彼女を『倒せない』。
(オレを倒すんじゃなく、止めるために力を使っていやがる……)
要は時間稼ぎを向こうはしているのだ。おそらく、アニエスがアンリエッタを助けるためと……。
どうやら彼女は、本気でアニエスがリッシュモンに勝つことに賭けているようだ。
逡巡するジャックの目の前に、瞬間、数十本の氷の矢が現れる。
またか、と思いそれをいなせば、今度はタバサ自身が死角から、杖を氷の刀に変えて攻撃してくる。
それを受け流し、交差方からの鉄拳を繰り出すが、タバサはこれを、身体を回転させて回避。突き出した腕に上手く乗り、転がりながら、別の手で握りこんだもう一本の氷剣で斬りこんだ。
「ちぃっ!!」
ジャックは、腕を振り払い彼女を飛ばすことで、それを回避した。
二人は再び、距離を取る。タバサは静と杖を構える。ジャックは苦々し気にそんな彼女を見た。
さっきから不意打ちを厭わない動き。陽の当たる騎士共には決してしない戦い方だ。
(恐らく同業者。しかし何もこんなとこで会わなくとも……)
顔の知らない北花壇騎士の一人か、武者修行中の野良メイジか……。いずれにせよ、只者ではない事だけはわかる。
時間をかけて戦えば、いずれは必ず倒せるとは思うが……、今はその時間が勿体ないのだ。
万が一もないと思うが、もしリッシュモンが殺されてしまうとなると、とてつもなく面倒なこととなる。
ここでジャックは、タバサに問うた。戦闘ではなく、対話という方法で攻めてみたのだ。
「お前、何故此奴らの手助けをする?」
タバサは動きを止めた。元々時間稼ぎの戦いへと切り替えていたのだ。こういう問答に時間を割けるのは、有難いことこの上ないだろう。
不意打ちの様子を警戒しながらも、タバサは答える。
「……別に」
考えた末での発言なのだろう。それを聞いて、ジャックはたたみかける。
「お前、この国の者ではないだろう? 奴等に忠義を誓っているようにも見えない。何か恩でもあるのか?」
「無い」
きっぱりと返ってくる答え。それを聞いて、ジャックは可笑しそうに口の端を吊り上げる。
「無い……、なら、おれとお前が戦う意味もまた、ないだろう。おれは任務を遂行したいだけだ。お前は何のために戦っている?」
「…………」
タバサは答えない。それを見計らって、ジャックは手を伸ばしてさらに続ける。
「目的も無いなら、おれと手を組まんか? これは膨大な金がかかっている仕事だ。成功すれば今までにない大金を得るやもしれぬ。少なくとも、この国の女王がお前に払うような、小ぢんまりとした額ではないだろう」
タバサは何も言わず、ただじっとジャックを見つめている。
「おれは何としてもこの任務を成し遂げたいのだ。奴……、抜刀斎とあの小娘を殺し、女王の身柄を雲の大陸にまで届ける楽な仕事。しかも、それももう八割方終えているようなもの。あの小娘さえ殺してしまえば……」
ジャックはそう言って、縄を切ろうとして格闘中のルイズを顎でしゃくった。
ルイズもまた、二人の会話が聞こえたのだろう。焦ったような表情でこちらを見ている。
「あとはなし崩し的に抜刀斎も殺してしまえばいい。最後にあの平民剣士を料理するだけ。どうだ? 簡単だとは思わんか?」
「タバサ……!」
ルイズが、恐怖で震えた声で、タバサを見つめた。
タバサもまた、視線をジャックからルイズに変える。相変わらず何を考えているのか悟らせない瞳、氷のような表情。
彼女が今、何を考えているのか、心中が分からない。それゆえルイズの中で不安が湧き上がる。
もし、ジャックの甘言を聞き入れて、寝返られでもしたら――と。
「武者修行ならまた後にでも付き合ってやる。忠義もなければ義理もない。そんなお前が赤の他人同然の此奴らの盾となって命を落とすことに、どれだけの価値があるというのだ?」
ルイズは何も言えなかった。ただ、急いで縄を切ることしか考えていなかった。
剣心は今、自分の事で精一杯なのだろう。こんな会話が行われている事すら、気づいていないようだった。
「今ならあの小娘は無防備だ。好きなだけ魔法を撃ちこめる。おれ達と共に、この戦いに終止符を打ってやろうじゃないか!」
「…………」
ジャックの弾けたような声に反応して、タバサも自身よりも大きい、節くれの杖を掲げ、魔法を唱え始めた。
胴体にぽっかりと穴が開きそうな、そんな大きさの
「タ、タバサ……やめて!」
ルイズは首を何度も振った。まだ縄は切れていない。このままじゃ、間違いなく当たって死ぬ。
しかしタバサは、氷の槍ができあがると、一切の躊躇を見せずにルイズに向けて杖を振る。
「ッ……――!!」
ルイズは思わず目を瞑る。そして――。
ザクッ!! と何かが切れたような音が耳に聞こえてきた。
「――――?」
しかし、体のどこにも痛みは感じない。
恐る恐る目を開けてみれば……、何と、横すれすれに飛んだ鋭利な氷が、ルイズを縛っていた縄を正確に切り落としていたのだった。
「えっ、タバサ?」
「き、貴様……!」
ルイズが呆気らかんした様子で、ジャックは憤怒が入り混じった様子で、それぞれタバサを見る。
対するタバサは、ジャックの方を向いて指を差し、きっぱりと答えた。
「交渉決裂」
「何故だ! 金や恩でないのなら何故そんなにも死に急ぐ!」
「そんなの、答えは一つ」
憤怒が膨大な魔力へと置き換わる。殺意の表情を浮かべるジャックに対して、タバサも杖を氷の刀で彩りながら、どこまでも冷たく言い放った。
「わたしの為」
「タバサ……」
改めて、ルイズはタバサを見上げた。相変わらず何を考えているのか分らない顔。だけど、確かに今、自分を助けてくれた。
その為に相手に怒りを買うことをわかっていても、それでも……。その無表情の瞳が、今はこの上なく眩しく感じた。
「そうか……ならいい。懐柔しようとしたおれが浅はかだったわけだ……!」
必死に怒りを堪えるかのような色を顔に浮かべ、ジャックは口を開く。
「今ここで、このおれが跡形もなく消してくれる!!」
ジャックが足に力を入れる。それを受けてタバサが身構える。ルイズもはっとして杖を引き抜く。
次の瞬間、ドゴン!! と大きな音が巻き起こった。
剣戟の一瞬、剣心が大きく吹き飛ばされたのだった。
「「「!」」」
それを受けて、三人の行動がガラリと変わった。
先ほど剣心を吹き飛ばした刃衛と、ジャック。この二人が剣心に止めを刺そうと同時に迫った。
そんな二人の目の前に、タバサの無数の『ウインディ・アイシクル』が阻む。
これを受けて一瞬、怯むジャック。距離的にタバサと近かったため、回避できなかったという事情もあった。一方、距離が遠かった刃衛はゆうゆう回避しながらも、狙う相手を、あえて剣心からタバサに変えた。
「うふふ、お前も来たか、修羅の卵よ!」
「――――ッ!」
刃衛はタバサ目がけて刃を振り上げた。
次の瞬間には、杖を弾き飛ばし、無力化させる。とどめを刺そうとする一瞬、今度は立ち直った剣心の飛刀術『飛龍閃』が、刃衛の手首に直撃した。
刃衛もまた刀を弾かれ、場には逆刃刀と刃衛の打刀……、二本の異国の剣が宙を舞う。
剣心は鞘を手に、素早く立ち上がる。無手になったタバサもまた、刃衛を見据えながらも、先に彼の刀を手に取った。
しかし刃衛もまた、宙に舞う逆刃刀を掴み取り、裏の刃の方でタバサに斬りかかる。
速度は刃衛の方が上。タバサの方が先に斬られる。
しかし次の瞬間、刃衛の目の前がいきなり爆発した。ルイズが『爆発』の呪文を唱えたのだ。
「――――ぬうっ!」
仰け反りながらも素早く離脱した刃衛を、タバサは追い掛けようとして……、そんな彼女の背中を、今度はジャックの鋼鉄の拳が襲い掛かる。だがその不意打ちを今度は、剣心の鞘を使った『龍翔閃』が防いだ。
顎を正確に撃ち抜く一撃だったが、ドゥドゥーの時とは違い、素早く反応したジャックは咄嗟に『硬化』をかけて防御した。
「弟が世話になったようだな。人斬り抜刀斎」
「その口ぶり、なれば、お前が奴の言っていた……」
「そうさ、俺があいつの兄貴さ……!」
それを切っ掛けに、今度は剣心とジャック、二人の戦いが始まる。
拳と鞘が交わる激戦の背景で、タバサは刃衛に斬りかかる。振り回すほどの腕力がないため、刺突にして全力で突進をかけた。
刃衛はそれを狂喜の笑みでもって迎え撃とうとしたが……、その眼前を再び爆発の煙幕によってさえぎられた。
「ちっ……!」
またあの
だが、今彼女を殺すと、使い魔の証たる『ガンダールヴ』の補正が切れる。
ルーンに操られ、最強の力を振るう抜刀斎とやり合いたいのだ。生かさず殺さず、その境界線を見極めるのが中々、刃衛にとっても難しかった。
一方のルイズもまた、さっきと間をおかずに焦って放とうとしたためか、今回のは爆破せず、音と煙幕だけが漂う。
ルイズの攻撃で、刃衛は特に手傷を負わなかった。だがこの噴煙が、タバサの決死の突撃を成功させる。絶好の隠れ蓑と化した。
「はぁあああああああああああああああああああ!」
タバサの全体重をかけた刺突。刃衛から奪った刀を手に、喉元に狙いを定めた攻撃。それに対し、刃衛は咄嗟に空いていた左手の掌で受け止めることで、急所を逸らし防御した。
掌に自分の刀が突き刺さる。その感触を肌で味わいながら、刃衛は貫かれた左手で己の刀身を握りしめた。
タバサもまた、今持っている武器に執着せずに、直ぐに刀から手を離す。そして距離を取って落ちていた杖を拾い、すかさず魔法で攻撃しようとして――。
「やっぱり邪魔だなあ。お前」
刃衛の視線が、ゆっくりとルイズに移った。タバサはゾクッと背筋が凍りつくような悪寒に包まれる。
すぐに察したからだ。
「なっ……!」
一方のルイズは、刃衛がこれから何をするのか、さっぱり分からなかった。
ただ、この刃衛の目を見続けたら危ない。本能がそう叫ぶのだが……、なぜか視線を逸らせない。
「うふ!」
次の瞬間、刃衛の眼から、強烈な『圧』がルイズに飛ぼうとした、だが――。
「――――っ!」
そんなルイズを庇うかのように、彼女の目の前に現れたタバサが、代わりにそれを受けたのだった。
「タバサ!」
ルイズは思わず叫んだ。タバサは、金縛りにする『心の一方』を喰らって……、何故か『倒れた』。
「あっ……が……!」
代わりに、喉を抑え、苦しそうにのたうち回った。まるで息が出来ず、酸素を求めるかのようだった。
「タバサ殿!」
一連の流れを見ていた剣心は、狙いを刃衛に変えて向かっていこうとした。その背後を――――。
「余所見厳禁!」
ジャックの強烈な。ラリアットが襲い掛かる。
剣心はそれを鞘で受け止め流すが……。やはり衝撃まで吸収しきれなかったのか、大きく吹き飛ばされてしまった。
「これで止めだ……っ!」
ジャックがここぞとばかりにたたみかけようとして――刹那、腹部に激痛が走り、思わず蹲ってしまった。
ここで自分の身体を見れば、腹、腕、頬、頭と……、様々な場所を
(な、いつ叩かれた……?)
気づいていなかったのだから、『硬化』も意味をなさない。
『圧倒的な速さ』という手段の前には、あらゆる防御策など無に帰してしまう。
もしこれが抜き身の刀で行われていたら……、いやこれが逆刃刀であっても、この痛手は……っ。
(ドゥドゥーが返り討ちに遭ったというのも、満更冗談ではなさそうだな……)
このまま戦っていれば、いずれ自分は負けていただろう。ジャックもまた、実力者だからこそ、剣心と自分の『本来の実力差』。その隔たりを悟ったのだ。
ジャックは思わず、切断痕のある自分の右腕に目を落とした。
一瞬、脳裏に過るは……、この右腕を切り落とした『焔の悪鬼』。その姿。
本気になった抜刀斎は、奴の域にまで至るのかもしれない。そう思うと身震いが止まらなかった。
(だからこそ、だからこそ今がチャンスなのだ!)
奴は今、実力の半分も出ていないのだ。この機を逃してなるものか……!
恥など知ったことではない。今討ち取らねば、こんな機会いつ来るか分かったものではない。
確実に殺せる、その隙を伺いながら、ジャックは甲板の柵にもたれ掛った剣心を見据えた。
その様相を、物見遊山と洒落込みながら、刃衛は左手に突き刺さった自分の刀を抜いた。
「んーむ、この感触。いいねえ」
まるで痛みも楽しむかのような風情で、ゆっくりと刃衛は刀を引き抜く。
代わりに要らなくなった逆刃刀は、そのまま剣心の目の前へと投げつけ、そして視線をタバサとルイズの方へと向ける。
「わざわざ身代わりになるとはな。まあいい」
「な、何をしたの?」
ルイズが恐る恐る尋ねる。刃衛は凶悪な笑みを浮かべて告げた。
「『心の一方』を強めにかけた。俺のこの技は相手の全身を金縛りにする術だが、肺が機能しなくなる段階にまで強くして放ったのだ」
これをお前さんにかける筈だったのだがなあ。そう嘯きルイズを見る。
「じゃあ今、タバサは……」
わたしに代わって、こんなに苦しんで……。
ルイズはタバサを見た。先程のような冷たい雰囲気はもうなく、杖を手放し、只々苦しそうに体のあちこちをぶつけていた。
その目は大きく見開き、涙まで流れている。
「……っ、……ぁぅ」
「タバサ……!」
「おい娘っ子! 危ねぇ!」
デルフの慌てた声が飛ぶ。事実、気づけば刃衛は一瞬にしてルイズの目の前まで踏み込んできた。
慌てて構えた杖を、剣の柄で弾き飛ばされてしまう。
「痛――っ!」
ルイズが蹲る、その間を狙うように、止めとばかりに刃衛の眼がギラリと光る。
その瞬間、ダァン! と銃声が鳴り響き、刃衛に向かって弾丸が飛んだ。
遠くからの殺気に気づいていた刃衛は、ルイズと距離を置く形で回避。逆にルイズは寸でのところで『心の一方』を免れた格好だった。
二人が銃弾の飛んできた方向に目を向ければ、そこには満身創痍ながらも両手に銃を構えるアニエスが立っていた。
「ルイズ、大丈夫?」
続いて、その後ろから現れてくるのは、アンリエッタとシルフィードだった。
「ひ、姫さま! そちらこそよくぞご無事で……!」
言いかけて、ルイズは視線をタバサの方に向ける。ここでシルフィードも、青髪の主人の惨状に気づき、顔を青くして叫ぶ。
「お、お姉さま!?」
そしていち早く駆けつけ、彼女を介抱した。
ルイズは人間となったシルフィードと会うのは初めてである。しかし尋常じゃない彼女の態度に呑まれ、誰何するよりも先に自分もタバサへと駆け寄る。
「お姉さま! しっかりするのね! 一体どうしたのね!?」
しかし、タバサは苦しそうな呻き声を漏らすだけ。その声もだんだんとか細くなっていく。
一体何が原因なのか、どうしてこうなったのか、訳が分からずにシルフィードは涙ながらに叫ぶ。
「ねえ、一体何があったのね? なんでお姉さまはこんなに……、どうして!?」
ルイズは、何と言おうかとして、迷っていた。自分だってまだこの状況について、頭の中で整理がついていない状態だったからだ。
そうこうする内、今度はアンリエッタが駆け寄り、『
「っぁ……、はぁ、あっ……!」
アンリエッタの水魔法が少しは効いたのか、しばらくすると、呼吸が少しづつだが規則的に戻っていく。
取り敢えず、直ぐに死ぬような事には至らなくはなったが、どれだけ呪文を唱え続けてもそれ以上の進展はなく、ただ苦しそうに胸を上下させる姿は変わらなかった。
「っ……何で! 一向に回復しないなんて……!」
アンリエッタが、不可解といった声を上げた。快調の兆しが全く見えないのだ。
「御免なさい……。そう長くは、持ちそうもありません」
アンリエッタもまた、苦しげな表情を浮かべる。水玉のような汗が額に浮かんでいた。
ただでさえアニエスを救うために多大な精神力を使っていたのだ。この魔法も、いつ切れてもおかしくはない。
「お姉さま、どうして……! 何があったのね!?」
泣いて彼女を抱き寄せるシルフィードを見て、ルイズは歯噛みした。そして、脳裏にまた、思い出したくもない過去が再び蘇る。
アルビオンの時、こうやって自分を庇って死んでいったウェールズの姿を。
あの時もそうだ。何もしてやれることがなかった。そして今も……。
伝説の系統、虚無の力に目覚めたというのに、結局わたしは……何もできない。
そんな遣り切れなさを、叫びに変えて刃衛に食って掛かった。
「あんた! わたしが狙いだったんでしょ! だったらタバサじゃなくてわたしに変えなさいよ! この子は関係ないじゃない!」
せめて身代わりでも、と考えるルイズだったが、まだ自分の考えが甘いことだと知る。
「無理だな。俺にはもう解けん。その『心の一方』を解くには二つに一つ。俺を殺すか、自力で解くか」
別に自力で解いてくれるなら、それはそれで構わないがな。そう言い置いて刃衛はタバサを見下ろした。
しかし、通常時でも『心の一方』を解くことがかなわなかったタバサである。今の状態から見ても、自力で解けるとは到底思えなかった。
ルイズは、悔しそうに顔を歪ませた。
「いっそのこと、俺を殺してみるか? 伝説の虚無の力とやらで。それでも構わんぞ」
と、刃衛は期待するような目でルイズを見る。左手はポタポタと血を滴らせているというのに、まるでその痛みを感じていないような、愉悦を浮かべた瞳だった。
「………っ!」
その目だけで、ルイズは戦意というものが萎んでいく。何か呪文を唱えようとして、先程杖を弾き飛ばされていたことを思い出した。
刃衛もまた、意気消沈するルイズを見て侮蔑の色を込める。伝説の魔法がいかほどかとも思ったが、所詮小娘か。
杖を飛ばしただけでもう、立ち向かう気力が出ないようだ。そんな彼女に何かする意はもう、なくなった。
もうこれから先の激闘を、阻むことなどできやしない。彼女の泣き顔を見て、刃衛は断ずる。
他の女性陣……、アニエスとシルフィード、アンリエッタもまた、愉悦を浮かべる自分を見て、背筋が凍りつく感触を覚えたようだ。
(こいつらの中で、やはりできるのは
トリステインが衰退するのも納得だな。心中で独り言ちる。
そんな彼女たちの状態を見てとったのか、刃衛の興味は再び剣心へと移り変わった。
「いつまで蹲っているつもりだ? 分っているだろう。この心の一方はもう、俺には解けん」
蹲っている剣心を見下ろし、望むように、渇望するように刃衛は言葉を吐き出した。
「さあ戻れ、戻れ、戻れ戻れ戻れ戻れ戻れ戻れ戻れ戻れ戻れ戻れ! 戻ってこい抜刀斎ぃいいいいい! うふぅはははははははは!!」
気が触れたように、刃衛は高笑いをし続ける。それでルイズ達は、この男の本質をやっと悟った。
この男……、最初から任務だとか、勝ち負けで剣心との決着を見てはいない。
ただ、極限なまでの生死の戦いを、愉しむために剣心を抜刀斎に変えようとしている事。その為には己の命すらも厭わないという事。それがようやく分ったのだ。
しかし、その高笑いを制するように、ジャックが叫んだ。
「馬鹿をいうな! これ以上失敗を重ねることなどできるか!」
そして、今度は恨めしそうな視線でアニエスを睨んだ。
奴がここにいるということは、依頼主のリッシュモンは殺されたのだろう。大事な金蔓を失ったのだ、これ以上任務の失敗は出来ない。
刺し違えてでも、ここで抜刀斎を必ず仕留める必要があった。
幸い、まだ奴は動く気配がない。殺るならもう……、今しかない。
「ジンエ! さっき言ったな。貴様が抜刀斎を殺さぬのなら、オレが寝首を搔く真似をしようが、文句は言わせんと!」
ジャックはそう言って、手を『硬化』して剣のように鋭くする。
手を水平に構え、一瞬のうちに首をかっ飛ばす腹積もりであった。
ジャックは、少しだけ刃衛に顔を向けたが、奴もまた、邪魔をするつもりはないらしい。黙って静観していた。
それを不気味に思いながらも、今はそれを頭から振り払い、抜刀斎を殺すことに全力を出す。
「これで、止めだ!」
そう叫んで、ジャックは地を踏みしめ駆け出した。しかしそれでも、剣心は動く気配を見せない。
「――――ケンシン!!!」
ルイズの叫びが、虚しく響き渡る。
あれは……、いつ頃だったか。
『また、会いましたね。緋村さん』
死体が蔓延る戦場。あの時代では珍しくない光景。
『貴方の飛天御剣流、益々凄みを増してきたようだ』
そう言って相対するのは、その戦の中で、ある意味顔馴染みとなった相手だった。
彼は、いつもと変わらない微笑みを浮かべて、刀を引き抜く。
その様子を後の男が引き止めた。
『沖田君、君は下がっていたまえ』
そう言ってやって来るのは、彼とはまた別の笑みを作った男だった。
『いやだなあ、斎藤さん。僕はこれでも、新撰組一番隊組長なんですよ』
『だが今は肺を病んでいるのでしょう? 俺の目は節穴じゃあないよ』
そう言って、男は一歩前へ踏み出し、刀を引き抜き、改めて抜刀斎と対峙する。
『あの男、人斬り抜刀斎は、新撰組三番隊組長、斎藤一が殺る』
そして、あの構え……、『牙突』と呼ばれた、奴独自の必殺の構えをとった。
その瞬間、急に場面が、幕末の京都ではなく、明治の東京……、道場へと移っていった。
『阿呆が』
最後に向けられた言葉は、今の自分に対する言葉なのか……、それは分らない。
だが、これをきっかけに、頭の中で様々な場面が目まぐるしく変わっていく。
そして、丁度迫ってきたジャックと、奴の姿が重なった。
(ヒトキリニモドレ――――)
そして次の瞬間、目まぐるしく場面は変わる。
かつて、東京のとある祠で、一つの月光の中、奴……、鵜動刃衛と殺し合った情景に、再び戻っていく。
(イマイチド、タイセツナモノヲマモルタメニ――――)
殺意で視界が赤く染まる。トリスタニアに来る前、夢で見たかの記憶が、人斬り抜刀斎の情景を、ルーンが読み込んでいく。
『使ってくれぬ』のであれば、これしかないとばかりに――――。
(俺は――――)
人斬りに、戻るさ。
認めた瞬間、人知れず、ルーンは赤く染まった。
そしてジャックの刃が首筋にかかる瞬間、剣心は落ちていた逆刃刀を拾い上げ、刹那で鞘でしまい込み、そして振り切った。