るろうに使い魔‐ハルケギニア剣客浪漫譚‐   作:お団子

57 / 138
第五十三幕『死闘の果てに……。前編』

 

「これで、止めだ!」

 ジャックは叫びながら、渾身の手刀を剣心に向かって放つ。

「ケンシン!」

 ルイズの叫びが、虚しく響いた。

 だが、彼女たちがいまさらどう動こうとも、間に合わない。こちらの攻撃が先に届くからだ。

(殺った!)

 剣心の首筋に、自分の手の切っ先が触れる、その瞬間ジャックは勝利を確信した。

 

 

 

 しかし、次に見たものは……、目まぐるしく変わる、己の視界だった。

 

 

 

(――――!?)

 次にジャックの身に襲ったのは、ふんわりと宙に浮かぶ浮遊感。何ともいえぬ虚脱状態が体を包み、打ち上げられたかのような感覚が全身を包み込む。

「なっ――――!?」

 そんな声を無意識のうちに上げた。浮遊感はやがて消失し、急に重力に囚われ落下する感覚を味わわされる。慌てて『フライ』の呪文を唱えようとして……、ここで腹から走る激痛に気づいた。

(な、何だ!? 一体何が――?)

 直ぐ様地面に叩きつけられると覚悟していたにもかかわらず、一向にそれはやってこない。

 ジャックが視線を上げれば、そこには今まで乗船していた運搬船の船底が見えた。

 ここで初めて、自分は船から落ちていくことを悟る。

(一体、何が――)

 最後にジャックが感じたのは、ドボン! と水の上に叩きつけられる衝撃と、水が己の体を包んでいく感触。

 呪文を唱えようにも、激痛で開くのは呻き声だけ。

 訳の分らぬままに、ジャックは水の底へと引きずられていく。

(何が、起こったんだ――――!!?)

 手で水を必死で掻きながら、ジャックは声にならない叫びを上げた。

 

 

 

 

 

第五十三幕『死闘の果てに……。前編』

 

 

 

 

 

「え……?」

 ルイズは、ただ唖然としてそう呟くしかなかった。

 何だろう、危ない!! と思っていたのに、気がついたら『ジャックは吹っ飛ばされていた』のだ。

 何が起こったのか、さっぱり分からない。次元の違う超スピードに、戦慄を覚えた。

 そんなルイズたちをよそに、剣心は何を言わず、ゆったりと立ち上がる。

 その時の彼の表情は、今まで感じたことのない……、まるで別人のような風貌を漂わせていた。

「ケンシン……」

「ケンシン殿……?」

「お、おちび……?」

 思わず、三人がそれぞれ彼の名を呼んだ。しかし、それでも剣心は反応を見せない。

 やがて――――。

 

「うおぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおああああああああああ!」

 

 突然、剣心は叫び始める。それに伴い強力な『剣気』が、これでもかと言うほどに駆け巡っていった。

 木造の船はそれだけで悲鳴をあげ、ミシミシと音をたて、到る所に割れ目を作る。

 刃衛に勝るとも劣らない圧倒的な衝撃が、ルイズ達をも襲った。

(ケンシン、どうしたのよ……!?)

 彼の剣気を感じて、ルイズはいつだったか抱いていた……、あの嫌な感覚を思い出す。

 いつか、彼がいなくなってしまうという恐怖。彼にしっかりくぎを刺したことで、もう抱くことはないと思っていた……。剣心は、ずっと自分のそばにいてくれると、思いたかった。

 でも今再び、その不安がどんどんと膨れ上がっていくのを感じる。この剣気が、それを嫌と言うほどに教えてくるのだ。

 ただ一人だけ、この殺気を万感の思いで受け止めている人物がいる。そう、刃衛だ。

「そうだ、その殺気。その気迫! とうとう戻ったな。遂に、あの時のお前に!」

 ようやっと待ち望んだかのような声をあげ、刃衛は一旦剣心と距離を取った。

 そして、懐から手を伸ばし、何かを取り出す。

「あれは……?」

 それを見たアンリエッタが、思わず声を上げた。出てきたのは小さな薬瓶だった。その瓶の特徴には覚えがある。

(確か、ヴァレリーとかいうメイジが作った、魔力を増長させるという秘薬……)

 前に読んだアカデミーの被害届の書類を思い出した。しかし、あの男……平民ならば当然魔力は持っていない筈。ならばあの薬を飲んでも何の意味もないのでは……?

 しかし、ここでアンリエッタはさらに思い出す。確か、かの薬の効力はそれだけではなかったという事に。

「まさか!? いやそんな、でも……!」

「なに、なんなのね!」

 何も分からなかったシルフィードが思わず叫ぶが、アンリエッタはただただ首を振るばかり。同じく事情を知っていたアニエスもまた、正気か!? と言わんばかりの表情で刃衛を睨んだ。

「貴様、分っているのか!? その薬は……」

「知っているさ。膨大な魔力を生み出す。その代りに激痛のような精神力も共にもたらす。そうだろう?」

 刃衛にとって、魔力などどうでもいい。そんなものより、狙いは最初から一つ。その副作用。魔力の量は精神力の高さに比例する。それを底上げするのにもたらさせる苦痛のような代償。

 狂うとも言われた、精神力の底上げこそが、刃衛の狙いだったのだ。

「精神力がもたらすのは、何も魔力だけじゃあない。そう思ったのさ。俺のこの術もまた、大きく作用するはずだとな」

 そう言って、刃衛は薬瓶の蓋を取り外し、それを一気に飲み干した。

 瞬間、迸るような感情が、刃衛の中で湧き上がっていく。

「うふ、うふふ、これだ、これこそが俺が求めていたものだ!」

 制御できない暴れ狂う感情を、『人斬りへの欲求』に変え、刃衛は刀を翳し、己自身を見る。

 

 

「我、不敵、也!」

 

 

 人間というのは『思い込む』というものに脆い。怪我をしたと思いこめば傷ができ、病気になったと思い込んだら本当に体調が悪くなる。

『心の一方』は、その脆さを突いて高めた剣気を放ち、金縛りにあったと「思い込ませる」術なのである。

 それは、無論自分自身にとっても例外ではない。瞬間的な催眠をかけ、己を「最強」と思い込ませれば、身体もまた、それに合わせて強化されていく。

 刃衛の奥の手ともいえる心の一方「影技」『憑鬼の術』だ。

 

 

「我、無敵、也!」

 

 

 それを、今度は精神を狂わせる薬で無理やり引き上げることによって、より強力な「暗示」を己自身にかけたのだ。狂い悶えそうになる茫漠な感情を、強化と欲求のみに全てを振り分ける。

 ともすれば、己の体を壊すことにもなりかねない、諸刃の剣だというのに。それでも刃衛は、この瞬間のために取っておいたのだ。

 伝説の使い魔『ガンダールヴ』の力を存分に振ってくるであろう、幕末最強の剣士と戦う、この一瞬のために……。

 

 

 

「我、最凶、也ぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!」

 

 

 

 刃衛の叫びとともに、筋肉は一瞬肥大化し……次いで、急激に縮んでいった。

 否、凝縮されたのだ。強力な破壊力を得た細い腕からは、どんな衝撃にも耐えうるような鋼の如き様相を呈していた。

「うふふ、いいねえ、この感触」

 刃衛は、刀を一振りした。刹那、強大な風が巻き起こり、あらゆるものを吹き飛ばす。

「きゃああああ!!!」

 その暴風の威力に、ルイズ達は思わず叫び声を上げる。あまりに強力な剣風に、目を開けることすらできなかった。

 そして、その力を己の身体から実感できたのか、刃衛が快哉の声を上げた。

「これは凄い。力が漲ってくる! 『影技』でこれほどの感覚は初めてだ!」

 そして、ゆっくりと剣心の方へと振り向き。

「さあ、改めて始めようじゃないか! 緋村――――」

 その顔面に、逆刃の一撃がめり込んでいった。

「抜刀、斎……ッ!!」

 仰向けに崩れ落ちていく視界の上から、更に容赦のない斬撃が覆いかぶさる。

 

 

 飛天御剣流 ―龍巣閃・咬―

 

 

 十重二十重に飛んだ、幾つもの連撃。刃衛は、それを受け続けながら床へ叩き付けられていった。

 その様子を見下ろしながら、剣心は……、幽鬼のようにゆっくりと立ち上がる。

「ケンシン!!」

 ルイズが慌てて駆け寄ろうとして、そして気づいた。

 彼の表情……、眼から、雰囲気から、恐ろしい殺気を放っていることに。

「け……」

 思わず、声を飲み込んでしまう。駆け寄りたい気持ちが、本能的な恐怖に負け、ただその場へと佇む格好へとなってしまった。

 

 

 この眼は、もしかして――。あの夢の時の――。

 

 

 すると、剣心の背後からむくりと刃衛は起き上がった。折れた鼻を直し、万感の思いで彼を見る。

「うふふ、そうだ、この感触だ!」

 そう言いながら刃衛は、強大な『心の一方』を放つ。薬と影技の効果により、己の中で鑑みてもこれ以上ないほどの『剣気』を、相手へ叩き込んだ。

 それを剣心は、真正面から見据え、同じように『剣気』で返す。

 

「小 賢 し い !」

 

 剣気の応酬。

 それだけで周囲の木造の床や壁は軋みを上げ、脆い板は吹っ飛んでいく。剣心もまた、そんな現象を起こすほどの強力な剣気を放っていた。

 その凄まじい剣気の応酬に、ルイズ達は、只なされるがままだった。

「きゃあああああああああああ!!!」

 アンリエッタは、タバサを抱えたまま倒れこむ。アニエスとシルフィードが、それを必死になって受け止める。

 ルイズは、思わず尻餅をついて、デルフの傍まで転がり込んでいった。

 刹那、恐ろしいまでの剣戟が、辺りに響き渡っていった。

 

 

 トリステイン上空。空を覆う雲から、雷鳴が轟いた。遅れて、先程まで止んでいたはずの雨が、再び豪雨となって地上へと降り注ぐ。

 それはこの船の上でも変わらない。雨の落ちる音、遠雷の響く音、それに混じって剣を撃ち合う音が聞こえていた。

 刃は雨粒一滴一滴を切り分け、髪は濡れて光沢を作る。

 剣を交えている二人は、豪雨が水滴に見えるほどにゆったりとした、外界とは隔絶された刹那の時間を生きていた。

 そんな中、刃衛は剣心に向かって素早く横薙ぎを放つ。剣心はそれを回避し、刹那の拍子で抜刀する。

 渾身の抜刀術を躱しながら、刃衛は隙の無い刺突の連続を繰り出した。

「あっ、危ない!!」

 思わずルイズが叫ぶ。一発一発が銃撃にも劣らない速度と威力。しかし剣心は憮然とした表情のまま、一発の攻撃を的確に見切って時に弾いた。

 刺突を柄尻で弾かれた刃衛は、思わず体制を崩す。剣心はその隙を狙って懐へと飛び込んで……。

 その瞬間、刃衛は笑った。

 刀を素早く後ろへと回し、別の手で受けとって再度攻撃してきたのだ。刃衛の十八番『背車刀』だった。

 しかし――。

「ぬおっ!!!」

 剣心の左手が輝いた、次の瞬間。さらに加速した、鋭い剣閃が刃衛の鼻っ柱を再度狙ったのだ。強烈な一撃を喰らい、血が迸る。

「いくら『背車刀』が不意打ちに優れようと、この短期間に何度も見せられれば、潰しの一つや二つ、阿呆でも思いつく」

 しかし、刃衛はその痛みを素早く遮断すると、今度は刀を掲げて腰をかがめる剣心の姿を見、反撃の構えをとる。

(龍翔閃か―――!?)

 そう考えに至った次の瞬間。何と上から打撃が襲ってきた。

『龍翔閃』ではなく『龍鎚閃』。あの刹那の動きでまんまと図られたことを悟った刃衛は、続く連弾を諸に喰らっていく。

 

「飛天御剣流 龍巻閃・凩!」

 

 回転させた身体に遠心力を乗せた一撃。まだ続く。

 

「龍巻閃・旋!」

 

 身体を捻っての重い一撃。更に続く。

 

「龍巻閃・嵐!」

 

 止めと言わんばかりの強烈な一撃に、刃衛は身体を宙に浮かせ、吹き飛んでいく。

 壁を貫き、部屋まで飛ばし、もうもうと立ち込める煙が、後には見えた。

「…………」

 それを見ていたルイズ達は、只々茫然としていることしかできなかった。

 正直な話、最初の剣気の応酬だけで一杯一杯だった彼女達は、今の攻防の半分も理解できてはいなかったのだ。

 ただ、剣心が勝っている。それだけは理解できたのではあるが……。

(何で、何でこんな不安な気持ちで一杯になるの……?)

 いつもなら、剣心がいてくれるだけで安心な気持ちで満たされるのに、今度ばかりは、そうはならない。

 それでも最初は……ただの気のせいだと思いたかった。でも、こうやって見れば見るほど、今までの彼とは全く違うと思ってしまう。

 ただただ茫然としていると、今度はデルフが、神妙な口調で鍔を鳴らす。

「おい娘っ子。もっと離れてろ。巻き添えを食うぞ」

「……え?」

 いつもの茶化した感じとは、明らかに違う口調。ルイズは思わずデルフに視線を移す。

「というより、シルフィード。お前、娘っ子ら連れて早く飛び立て! 今の相棒の様子だと、この船の上でもやべえかもしれねえ」

「そんな、ケンシンを置いていけるわけないじゃない!」

 ルイズはそう言って首を振るが、デルフもまた予断を許さぬ口調で叫んだ。

「馬鹿野郎! あれはもういつもの相棒の姿じゃねえ! 分っているはずだ、今の相棒はお前さんたちの姿が見えてねえんだ! 死にてえのか!?」

「違うわ! ケンシンはわたしの使い魔よ! 何にも変わったりはしない! だから、だから……」

 思わずそう反論するが、口から出る言葉は次第に勢いを失っていく。頭では必死で否定しても、心の中が違うと騒ぎ立てているのだった。

 そして、それらを振り切るようにルイズは、剣心に向かって必死に呼びかけた。

「ケンシン! 聞こえているんでしょ!? ねえ、ケンシンったら!」

 しかし、ルイズの叫びに剣心は反応を示さない。まるでそこにだけ、見えない壁が張られているかのよう。

 やがて、剣心の視線を動かしたのは、もうもうと立ち込めた煙から現れる、一人の影だった。

「流石に、効いたぞ……。う、ふ、ふ」

 その影の正体……。身体中あちこちに傷を負いながらも、尚立ち上がる刃衛を見て、剣心は口を開いた。

「その精神力……、どうやらすでに『超えている』ようだな」

 その言葉には、冷徹な響きだけがあった。温情のかけらさえ見当たらない。

 逆刃刀で戦っているとはいえ、刃衛の傷は決して浅くはない。しかし、今の刃衛は、その強烈な痛みをまるで感じてはいないようであった。

 

 

 言ってしまえば、『精神を肉体が凌駕している』状態にあるのだ。

 

 

 だからこそ、酒場での『九頭龍閃』や先程の連撃を喰らっても尚、泰然とした様子を見せているのだろう。剣心は顰め面を作った。

「うふふ、さてどうする」

「……遊びは終わりだ、刃衛。さっさと構えろ」

 不敵に笑う刃衛を真正面から見据え、剣心は遂に、あの一言を放つ。

 

 

「あの時の続きを始めるぞ。『殺してやるからかかって来い』」

 

 

 その言葉を聞いて、ルイズは愕然とした表情を作った。

 今まで必死になって否定していたものが、この一言で……、認めざるを得なくなってしまったのだ。

 

 

 あれはもう、ケンシンじゃない。人斬り抜刀斎……。

 

 

「何で、どうして……」

 ルイズはそう呟くしかできなかった。蹲り、涙を必死にこらえ、ただただか細い声を上げることしか。

「娘っ子もようやく気付いたようだな。そうさ、あれはもう相棒じゃねえ。相棒のもう一つの人格。人斬り抜刀斎ってやつだ」

 人斬り抜刀斎!? と、それを聞いてアンリエッタは驚いたような声を上げた。

「では、あれが……」

 ウェールズが言っていた、伝説の人斬り。彼のいた世界で知らぬ者はいないという……。

「でも、ワルドの時はこんなに酷くはなかったわ! どうして……!」

「あん時は、王子様を殺された怒りで、確かに覚醒しかかっていた。けど、理性までは失ってはいなかったんだ。だからこそ相棒は『ガンダールヴ』の力を使わなかったし、不殺を破ってはいなかっただろ?」

『ガンダールヴ』。その言葉を聞いて、ルイズはまた、胸が熱くなるのを感じた。

「だが今は違う。ずっとルーンを抑えていた反動のせいで、一時的に相棒を抜刀斎へと変えちまったのさ」

 それを聞いて、更にルイズは心が沈む気持ちを覚える。

 じゃあ、ケンシンがああなっているのは……。

 

 

 

「わたしがつけた、契約(ルーン)の所為ってこと……?」

 

 

 

 悲痛な問いに、しまったと思ったのだろう……。デルフはしばらく黙ったままだったが、やがてゆっくりと答えた。

「そう……なるな。でも娘っ子の所為じゃねえ。ルーン無しじゃあ、どの道相棒も今のあいつには苦戦を強いられていたさ。それに――――」

 そこから先は、デルフの言葉は耳に入ってはこなかった。ただ、剣心がああなっている原因が、自分の契約の所為だってことだけ、理解すれば十分だった。

「ルイズ……」

 アンリエッタの、何とも言えない同情のような声も、今のルイズには聞こえない。

 ただただ茫然としたまま、剣心と刃衛、二人の人斬りたちが繰り広げる剣戟を見ていた。

 激しい刀の鳴り響く音が、船上に木霊する。一撃一撃が空気を裂き、唸り声を上げた。

 それを巻き起こしている本人達は、眼から凄まじい殺気を相手に向けて放っている。

 致命傷ギリギリを避け、その隙を突き、互いに急所を狙い合うこの光景。字義通りの殺し合い。

 そしてその剣戟が繰り広げられるたび、木でできた床や壁は割け、悲鳴を上げ、軋む音で崩れ落ちそうになる。その中で、二人は再度刃を激突させた。

 もう何度交えたか分らぬほどの鍔迫り合い。刃衛は腕に力を込めた。

「速さはお前が上。だが力は俺が上だ!」

 ギリギリと刀越しで押しやりながら、刃衛はせせら笑った。そして思い切り剣心を壁へと押しやる。

 逆刃故に剣心の首筋に刃が触れる、そのギリギリの線で鍔迫り合いをし合っていた。

「終わりだ!」

 ダメ押しとばかりに、刃衛は力で押し込んでいく。あと少しで逆刃の刃が剣心自身を切り裂かんとした時、剣心は左手の力をさらに解放させ、剣と剣を強引に弾いた。

 弾かれた刃衛はすばやく体制を整え、横なぎを打ち放つ。しかし、そこにはもう、剣心の姿はなく。

「ぬっ!?」

 振り上げた刀越しに、強烈な重みを感じた。剣心が、刃衛の振り切った刀に乗っかっていたのだ。

 やがて剣心は、刀を足場にして跳躍。メインマストの横に立ち、そこから刃衛のいる真下へと一直線に駆けだした。

「はぁあああああああああ!」

 飛天御剣流極意の神速、それにガンダールヴの力、止めに上から突進してきたことによる勢い、この三点を乗せた強烈な剣閃が刃衛を襲う。

「ぐぅおおおおお!」

 力を過信していた刃衛も、この一撃は耐えられず、大きくよろけた。

 二人は距離を取り、中心に据えてある支柱を挟んで向かい合った。そして……。

「うおぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

「うふぅあはあああああああああああああああああああああああああ!」

 次の瞬間、二人の刀は交錯する。

 その余波で、二人の間に挟むようにあった支柱が、根元からボキリを折れ、そして吹き飛んでいった。

 マストは大きな音を立てて、ゆっくりと崩れ落ち、そして落下していく。

 

 

 

 さて、運搬船の真下では。

「――ぶはっ!!」

 水の底から、必死の思いで泳いできたジャックが、勢いよく顔を出す。

 どうやら自分の落下した先は小さな湖だったらしい。不幸中の幸いというか……、おかげで何とか命を拾うことが出来た。

「はあっ、はあっ……」

 しかし、ジャックは痛みで心底苦しそうに息を吐く。それほどまでに、胸に刻まれた一撃は重く、そして強かった。

 だが、何より恐ろしいと思ったのは、攻撃を受けたことすら、直前まで気付けなかったことにあるのだ。

 本当に、本当に何をされたのか……。というより、今でもはっきりとは分らない。多分、永遠に理解できない事のように思えてならなかった。

「くそっ! ジンエの奴め……。最後の最後でとんでもないことを仕出かしてくれたな!」

 だからこそ、ジャックは苦い顔をする。今自分が思い浮かべる中で、最悪のシナリオというのが出来つつあった。しかもそれを、阻止する手段が思いつかない。

 しかし、ジャックはまだ諦めるつもりなど毛頭なかった。

(――ここで兄さんの足は引っ張れん)

 理想の為に生きる兄の為に。故に任務は完璧に遂行せねばならない。そう思い、『フライ』を唱え、自分もまた再び船上へと赴こうとした時、それは起こった。

 

 

 轟音と共に、何かがこちらへと向かってくる。否、落ちてくる。

 

 

「何だ――」

 ジャックが不審に思いながら空を見上げる。その目に驚愕という色を宿すのに、さしたる時間はかからなかった。

 それもそうだ。いきなり、何の突拍子もなく、巨大なマストが落下すれば、誰だってまずは夢か幻覚を疑うだろう。

「何なんだ! 一体――」

 だが、これは紛れもない現実。だからこそジャックは……、理不尽とも思えるようなこの状況に対し、只悲痛な叫び声をあげることしかできなかった。

 

 

「何が起こっているんだああああああああああああああああああ!」

 

 

 ジャックのその叫びは、落ちてきたマストの衝撃に巻き込まれ、途中で途切れてしまう。

 真上から落下してきたその奇怪なアクシデントには……、流石のジャックも対応できるはずがなかったのだ。

 

 

 マストがあった場所から、剣心と刃衛は離れたところで、お互い刀を振りぬいたまま固まっていた。

 永遠にそうしているのではないか……、そう思わせるような瞬間の中、何かが弾けたような音が、小さく聞こえてきた。

 それは、船のあらぬ方向へと突き刺さる。

 その正体は、叩き折られた刀の一部だった。

「次は、貴様の首だ」

 ゆっくりとそう言いながら、剣心は逆刃刀の裏の刃の部分を翳して刃衛を睨む。

「ふふ、ついにそのけったいな刀の刃を返したな。漸く伝説の人斬り様の復活だ」

 ここからが本番だ。とばかりに刃衛は、根元から折れた刀だというのに、それを悠然と構えて相対した。

「まだ、あれで戦うつもりなの……?」

 未だ潰えぬ闘争心に、アンリエッタが呻く。メイジで例えるなら、自分の杖が折れたようなものだ。貴族同士の決闘なら、もうこれで勝負はついたといって良いだろう。

 しかしこれは、いつも遊戯感覚で見てきた騎士決闘とは訳が違う。殺すか殺されるか、単純にしてそれしか答えのない死合い。

 改めて刃衛は、喜悦の表情を崩さずにそのまま剣心に差し迫る。

「相変わらず退き際を知らん男だ」

「新撰組隊規第一条『士道に背く有るまじき事。敵前逃亡は士道不覚悟』」

 刃衛は諳んじるように、そう口にした。

 新撰組自体、今となっては大した思い入れはないのだが、口々に唱えあっていたその言葉だけは覚えていたのだ。

「俺はあの隊規条、結構好きだったんだがね」

「粛清と称して堂々と身内を斬れたからか?」

 核心を突く剣心の問いに、刃衛は笑いを深くすることで応ずる。剣心は向かってくる刃衛を見据えた。

 刃衛はまず、折れた刀を振り下ろす。剣心はそれを柄尻でぶつけた。その瞬間、刃衛の刀が粉々に砕かれ、吹っ飛んでいく。

 得物がなくなった刃衛に、返す刀で止めの一撃を与えようとして……。刹那、気付く。

 何と、左手の掌から、何かが生え、それが逆刃刀を受け止めたのだ。

「――――!!?」

 それを見たルイズやアンリエッタ、シルフィードやアニエスは驚愕した。剣心も一瞬、驚きで目を細める。

 

 

 左手にあった、タバサが突き刺した傷穴……。そこから何と、氷の剣を差し込んで、それを打ち放ったのだ。

 

 

「いっ、嫌!」

「い……、痛い、痛いのね!」

 思わず目を逸らしたくなるような、おぞましい光景。激しい嫌悪感や寒気がルイズ達を襲う。

 しかしそれとは対照的に、剣心は瞬時にそうなる経緯を推測していた。あの時――マストを叩き切った瞬間。刀が折れるのを予想して拾っていたのか。

 刃衛にとって幸いなのが、床にはタバサが放っていた氷の槍が散布していたため、回収するのが容易だったことにあった。

 だが、このような反撃方法は、いくら剣心と言えども想定外であっただろう。その僅かにできた隙を刃衛は狙う。

 更に刃衛は、懐から幾本もの小さな氷の矢……、『ウインディ・アイシクル』で出来上がった短刀のような氷を、剣心目がけて撃ち放った。

 影技で強化された神速の飛刀を、しかし剣心は苦も無く的確に捌く。その間に刃衛は間合いから離れ、折れて壁に刺さったままの刃に近づき、それを引っ掴んだ。

「うふふ……」

 刃の部分を素手でつかもうとするも、その手からポタポタと血が垂れる。まともに握りこめば、指がポロポロと零れ落ちていくことだろう。

 

 刃衛もそれを悟ったのか、つまむような形で刃を引き抜いた後、開き直ったといわんばかりに右手の掌に、その折れた刃を突き刺した。

 

「――――!!?」

 この常軌を逸した行動に、再びルイズ達は凍り付く。刃衛の左手には氷の剣が、右手には折れた自分の刀が、それぞれ突き刺さり、そしてそれを満更でもなさそうな様子で見下ろしているのだった。

「いいねえ、この感触」

 これでまだ、戦っていられる。そう思うとどうしても顔が綻んでしまう。

 愛でるような視線で刃と一体化した、己の手を見つめた刃衛は、背後からの殺気に反応して素早く振り向く。

 見れば、剣心もまた、刀を納め、腰に力をためている。

 抜刀術か? そう訝しんで見てみれば、瞬間……、彼の左手が呼応するかのように光った。

(この殺気――!)

「飛天御剣流!」

 鳥肌が立つような悍ましい殺気を感じ、身構えた刃衛に対し、凄まじい速度で『何か』は飛んできた。

 

「―飛龍閃―!」

 

 見れば、それは柄を頭に飛んできた逆刃刀だった。

「ぐおっ!」

 大砲の威力に勝るとも劣らない速度の飛刀に対し、刃衛は弾き返すので精一杯だった。まだこの状態での戦いに慣れていないというのも、要因の一つといえよう。

 上空に打ち上げられた刀を、刃衛は一瞬見上げる。その視線に新たな影が映った。

 宙を舞う逆刃刀を、これまた神速の速度で追った剣心が、持っていた鉄鞘で綺麗に刀を納めたのだ。

 

「-龍鎚閃・惨-!」

 

「ぐっ!!」

 この一撃を咄嗟に両手の刃で防ぎはしたが、この瞬間、何故わざわざ鞘ごと打ち放ってきたのか、その理由を理解した。

 しかし、その時には既に剣心は、そこから鞘を引き抜き攻撃を叩き込んでいた。

 

「-双龍閃・雷-!」

 

 ドゴォ!! とがら空きになった肩目がけて、峰の一撃が飛んできた。刃衛は身体をぐらつかせる。

 その隙に剣心は回転しながら、再び剣を鞘へと納めて背後へと移動する。

 先程から容赦の無い連撃。しかし剣心の眼は依然と変わらず鋭いまま。そこから更に、竜巻のようにその場で回りだした。

「や、やだ……。やめて……!」

 ピリピリと感じる気迫の中、ルイズはか細い声を上げた。彼女の不安が告げていたのだ。これ以上はいけない…と。

 

「もうやめてえええええええええええええええええええええ!!!!」

 

 ルイズは精一杯の叫びをあげた。ただ、それだけだった。

 剣心の頭の中には、ルイズの声は入ってはこなかった。

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」

 瞬間、納刀した状態で右足を踏み切り、遠心力を乗せて、更に左手のルーンで加速させた、神速の抜刀術が、刃衛を襲う。

「がっ!」

 ミシリ……! と背骨から嫌な音が聞こえてきた。今回は速度を重視したためか、逆刃に切り替えての斬撃はせず、普通に峰による一撃を食らわせた。

 しかし、これで終わりかと思いきや。

 

 

「― 双 龍 閃 ―!」

 

 

 そこから追い打ちをかけるかのように、鉄鞘の二撃目が叩き込まれたのだった。

「ぐぉああああああああああああああああ!!!」

 刃衛は覚束ない足取りでフラフラ歩いた後……、そしてばたりをうつ伏せに倒れた。

 この戦いの収束の兆しというものが、見えてきた瞬間だった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。