るろうに使い魔‐ハルケギニア剣客浪漫譚‐   作:お団子

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第五十六幕『ラ・ヴァリエール家』

 

『黒笠事件』終息からまた、数か月が過ぎた。

 刃衛撃破後、貴族の襲撃はピタリと止んだ。

 事件後、アニエス率いる銃士隊の調査によると……、誘拐に使われた、船の残骸を調べたところ、刃衛らしき遺体(・・・・・・・)を発見したとのこと。ただし、『謎の刺客の兄弟たち』については、ついぞ発見できなかったという。

『アンドバリの指輪』による復活を恐れたアニエスらは、その遺体を誰にもわからぬ場所へ葬ったという。

 依然予断は許さない状況ではあるものの、この暗殺事件の最大の脅威はとりあえず消えたことで、アンリエッタら王宮は相当に安堵したという。

 

 そんなわけで、トリステインも本格的にアルビオン侵攻に向けての準備を整え始めていた。

 今年の秋ごろには、ゲルマニアと共に『白の国』へと攻め込む腹のようだ。

 

 夏も過ぎ、秋の入り口が見えてきた季節となったころ。剣心とルイズはというと――。

「……大きいでござるな」

 娘を戦争に行かせるのに反対する、ラ・ヴァリエール家へと向かう途中であった。

 馬車から覗くと、その広大な庭と屋敷が見える。

 流石の剣心も、この大きさには目を見張っていた。

「私も、あれほどの屋敷を見るのは初めてです…」

 隣では、同じく呆気にとられているシエスタがいた。

 どさくさに紛れて腕に胸をよせているが、剣心は露ほども気にせずに窓の外を眺める。

 その先頭には、自分達の馬車よりも更に豪勢な馬車が走っていた。

 ルイズはあの中で、ヴァリエール家の長女、エレオノールと乗車しているのだった。

 

 

 

 

 

第五十六幕『ラ・ヴァリエール家』

 

 

 

 

 

「まずは、わたしの家族のこと少し教えておいてあげるわ」

 それは黒笠事件の調査に乗り出す少し前。トリスタニアに向かう準備をしていた時だ。

 ルイズは、藪から棒に剣心にそう言った。

「ルイズ殿の家族でござるか……」

 そう言えば、あまりルイズから自身の家族について聞いたことが無かった。

 何かワケがあるのだろうと思い、余計な詮索はしなかったため、改めて新鮮な気持ちで尋ねる。

「聞けば、ルイズ殿の家系はそうとう凄いところのようでござるな」

 授業や生徒の話し声から察するに、ルイズの実家は古くからある、由緒ある家柄だという。

 その言葉を聞いたルイズは、少し自慢げに小さな胸を張った。

「そうよ。あんまり自分の家系を自慢するのもアレだけど、ラ・ヴァリエール家はね、代々昔から姫さまのご先祖様に仕えてきた、由緒ある家柄で――――」

 とか言いつつも、気づけばその家の成り立ちとか、数々の武功・武勇伝とか、宿敵ツェルプストー家との因縁の始まりとかを雄弁に語り始めていた。

 特にツェルプストー家との因縁は前に嫌というほど聞かされたので、そこまできた辺りでいったん剣心は制止する。

「ル、ルイズ殿、家系じゃなくてご家族の紹介だったのでは……?」

「で、あの忌々しいツェルプストー家は今も……ってそうだったわね。すっかり話がそれちゃった」

 コホン、と咳払いしながら、ルイズは自分の家族を簡単に紹介した。

 無論こうするのはワケがある。

 ラ・ヴァリエール家はルイズが話した通り、トリステインでもトップクラスの大貴族だ。特に礼儀作法には滅法厳しい。

 ルイズ自身、若干トラウマにもなっているほどだ。

「まあ、ケンシンはどこからどう見ても平民そのものだし、そんなとやかくは言われないだろうけど……わたしの使い魔でもあるからね」

「つまりは、ルイズ殿の使い魔らしく礼儀正しく……ってことでござるな」

「正解」

 流石、わたしの使い魔だけあって頭の回転も速い。

 自分が何を言いたいのか、ピタリと言い当ててくれた。

「カトレア姉さまは全然そんなことないんだけど、一番上のエレオノール姉さまはとにかく色んなことにうるさいの。お願いだから、姉さまの前だけでもいいからキチンと姿勢よく礼儀正しくしてね」

「……分かったでござるよ」

 まるで普段から剣心が礼儀正しくないような言い方だが、寧ろそれだけ注意する辺り、相当うるさい人なのだろう。

 何も言わず、取り敢えず剣心も頷いた。

 ルイズもルイズで、無意識でもキツイ言い方してしまった剣心に対して、内心謝っていた。

(別にケンシンのこと、信用してないワケじゃないけど……、話しておいて損はないわよね)

 事実、ルイズからしてみればこれは、剣心に対しての信頼の表れでもあった。考えてみれば、使い魔といえど自分から家族のことを話すなんて少し前では考えられない事だった。

 それほどまでに、自分の家族に対してはある種トラウマとコンプレックスを抱えている。

 それを打算込とはいえ、気軽に話せるのは緋村剣心という使い魔があってこそであろう。

 

 余談だがこの後、礼儀正しく(・・・・・)見せる為に、トリスタニアについたら剣心の服を貴族用に調整しようとルイズは画策していたが、賭けでスッたもんだの大騒ぎでその話は勝手に流れていた。

 

 閑話休題。

 

 さて黒笠事件後、学院に戻ってきたルイズは早々、家族からきた手紙に頭を悩ませていた。

 簡単に言えば、「戦争に行かせるのは断固反対」ということだ。どうやら前々から話はしていたらしい。

 それを無視し続けていたら、今度はその一番上の姉、エレオノールが学院にやって来た。

 話には聞いていたが、ルイズを更に一段階きつくしたような彼女の性格には、ルイズも剣心もタジタジだった。

 結局、使用人として(無理矢理)付き人に指名されたシエスタと共に、ルイズの実家、ラ・ヴァリエール家へと赴くこととなったのだ。

 

 

(戦争……か)

 剣心は馬車の中、シエスタを置いて一人考え込んでいた。

 これから自分は、どう動くか――。

 結論から言えば、こちらから攻め行く戦争には……本音は消極的だし、完全にトリステインに従軍するつもりもない。それは自身の流派――飛天御剣流の教えに反するからだ。

 

 

 飛天の剣はその強さ故、加担した方に勝利をもたらす。

 その為どの組にも属さない自由の剣でなくてはならない。

 

 

 一度それを軽視して、結果左頬に癒えない十字傷を負った為、これだけは絶対に守らねばならない。

 しかし、そうも言っていられない事態が二つ、それが剣心を悩ませる。

 一つは勿論、志々雄真実だ。

 この戦争が起きる事態になったのはもう、十中八九あの男のせいに違いない。ならば、ちゃんとこの手で決着をつけねばいけない。これは剣心にとってのケジメともいえた。

 志々雄という悪鬼を生み出したのは、自分にも少なからずの原因があるのだから……。それで本来無関係なはずのこの国が、苦しむ道理はない。

(だからこそ、ここで必ず終止符を打つ)

 そして二つ目、それはルイズの事だ。

 彼女は今までずっと、自分の無力さに打ちひしがれていた。それはアルビオンでウェールズを失ってから、ずっと抱えている傷でもあった。

 それゆえに虚無の力を使って大きく名を上げたいと思っているのだろう。それと今まで散々『ゼロ』と呼ばれ、嘲られてきたというのもある筈だ。だからここで皆に見返してやりたい、それもまた本心だろう。

 もちろん、幼馴染であるアンリエッタを守りたいという気持ちもまた確かなのであろうが……。

 でも彼女は、戦とは無縁の場所で生活を送ってきた娘だ。そんな娘が戦争に出たらどうなるか、その末路は剣心が身に染みて良く分かってる。

 しかし、自分が言っても聞きはしないのは明白だ。

 だからこそ――。

(ルイズ殿のご家族に、何とか説得されれば良いでござるが……)

 さすがに戦争の渦中になったら、どこまで彼女を守れるか……その自信はない。

 剣心はふと、自分の左手を見つめて……、そこからシエスタへと視線を移した。

「ケンシンさん、どうしましたか? さっきからずうっと考え込んでいましたけど……」

「ああ、ちょっと。済まないでござるよ」

 どうやら心配させていたらしい。剣心はいつもの笑顔をシエスタに向ける。

「そうですか。……それはそうと、わたしの家族を助けていただいて、本当にありがとうございました」

 ここでシエスタは、改めて丁寧に頭を下げる。剣心はふと、スカロンやジェシカの事を思いだした。

 聞けば、シエスタはジェシカとスカロンの従妹関係に当たるらしい。

「スカロン殿の、その後の様子は?」

「順調です。何でも斬られた傷が浅かったようで、昨日会った時にはもう店を取り仕切っていましたよ」

 あんな事件があった後でも、『魅惑の妖精』亭はどうやらもう、活気を取り戻しているようだ。

「叔父さまったら、乙女の肌に傷が付いちゃったわ。って笑って言っていましたし、もう大丈夫かと思います」

「なら、良かったでござる」

 シエスタの話しぶりから、本当に問題なさそうだと判断した剣心は、取りあえずほっと胸をなでおろす。

 しばらく二人は笑いあっていたが……、シエスタはここでおもむろに尋ねた。

「ケンシンさんも、やはり戦争に行ってしまわれるのですか?」

「…………」

 先程とは一変、暗い表情のシエスタ。剣心も一瞬、言葉が出なかった。

「わたし嫌です。戦争なんて、貴族の方々が勝手にやっているだけなのに……。どうしてケンシンさんも行かなきゃいけないんですか?」

 どうやら彼女は全てお見通しのようだ。剣心は優しげに言った。

「……拙者も、戦争は嫌いでござる」

「ならどうして?」

「この戦いだけは、拙者にとっても避けては通れぬ道だから。でござるよ」

 物憂げに顔を見上げた剣心は、ふと思う。

 ルイズの事、志々雄との決着の事。そして……。

(このルーン……)

 これだけでもどうにかしなければ……。本気で『不殺』の誓いすらも破りかねない。

 また、真剣な面持ちをする剣心を見て、それでもシエスタは納得できなさそうに呟くのだった。

「どうして、戦争なんか起きるのでしょうか……」

 

 

 さて、悩める剣心達の先を行く、先頭の馬車の中では。

「…………」

 ルイズもまた、かなり物憂げな表情で、窓から景色を眺めていた。

 隣では長女エレオノールが何かしら言っているが、正直全然耳に入ってこない。

(ケンシン……)

 ルイズもまた、悩んでいたのだった。

 これから起こる戦争への参加、それを家族にどう納得させるか……もそうだが、それ以上に気になる、剣心の表情。

 最初は後ろの窓から、あのメイドと何かないか見張っていたのだが、その度に彼の物憂げな表情が目に入り、気後れして今は見るのをやめていた。

 やはり、自分がつけたルーンが気になるのだろうか。剣心は気にしていないと言ってはいたけど……。やはりそれは自分を気にかけての言葉だったのかもしれない。

(いけない……、こんな気持ちじゃ。家族を説得することすらできないじゃないの……)

 そうだ、また剣心が人斬り抜刀斎になろうと、虚無の魔法で戻してやればいいじゃないか。

 そんな気後れすることじゃない。重大なのは家族の説得。なんとしてでも、両親から参戦の許可を頂かなくては……。

 

 そうやって考えを切り替えようにも、すぐに剣心のことが頭に過って、ルイズをさらに悶々とさせていた。

 

 どうしてこんなにも彼の事を常に考えてしまうようになったのだろう。ルイズはまだ、それがよく分かっていなかったのだ。

 

(どうして、こんな気持ちになるの……? ずっとケンシンのことを考えちゃう――――)

 その時だった。

「ち、び、ル、イ、ズ、聞いているの? ねえ!?」

 エレオノールがそう言って、ルイズの頬を思いっきりつねり上げた。

 突然の激痛に、ルイズは思わず情けない声を上げる。

「いひゃい! なっ、なんでひょうかえふぇおのーるねえひゃま!」

「やっぱり聞いてないじゃない。そんなにわたしの話がつまらなかったかしら?」

 静かな怒りで、声を震わせながらルイズを睨みつける。

「ったくそうよ。あなたは昔からそう。全然人の話は聞かずに黙って俯いてばかり。そんなことだから『ゼロ』なんて不名誉な二つ名がつくんだわ!」

「ひょっ、ひょんなふぉと……」

 思わず反論の声を上げるルイズだが、まだつねられているせいか上手く発音ができない。

 さらにエレオノールの説教は続く。今度は矛先が、ルイズの使い魔の方に向いた。

「おまけに何よあの平民は? あれがあなたの使い魔ですって!? あんな貧乏人みたいな男に何が務まるっているのよ!」

「な、なんれひゅって……?」

 流石にこの物言いには、ルイズもムッとした。確かに自分も、最初は貧乏人みたいな平民だと思ったけども……。でも、これだけは譲れない。

 ルイズは、エレオノールのつねっている手を無理やり引っぺがすと、毅然とした表情で言い放った。

「姉さま! ケンシンは……、確かに見た目は貧乏人のそれですが、決して役立たずなんかじゃありませんわ!」

「なっ……?」

 突然の反撃に、エレオノールは一瞬息をのむ。

 一瞬沈黙が場を支配するが……、次の瞬間エレオノールは、今度はルイズの逆の頬を、つねり上げた。

「このわたしに意見するなんて、ずいぶん偉くなったんじゃあないかしら。ちびルイズのくせに……、ちびルイズのくせに……っ!」

「いひゃあ! ふぉっふぉめんなひゃい! ふぇも……」

「でもも何もありません!! まったく戦争へ行きたいとか言い出すし、お母さまやお父さまにうんと厳しく叱ってもらいますからね!」

「ひょっ、ひょんな……」

 先程の威勢や苦悩はどこへやら、ルイズは馬車に乗っている間中、ずっとこの長女に叱られ続けたのだった。

 

 

 暫くして――。

 剣心達の目の前に、一際大きな城壁が現れた。何でもあれがルイズ達ラ・ヴァリエール家の住む宮殿なんだとか。明治時代とは違う、古風ながらも立派な城の跳ね橋を渡り、その宮殿の玄関口の前へとやってきた。

 剣心達が馬車から降りると、その入口の前に誰かが立っていた。

 華奢な体にルイズと同じ桃色の髪。柔和な笑みを湛えた女性だった。

「まあまあ、見慣れない馬車を見つけて立ち寄ってみれば――」

 その声を聞いて、馬車から降りたルイズは顔を上げると、次は今までに見せたことが無い笑顔を浮かべて、その女性に飛び込んだ。

「お久しぶりですわ、ちいねえさま!」

「やっぱり、ルイズ! あなただったのね!」

 そう言って、きゃっきゃと抱き合う二人。

 剣心はその女性が、ルイズの二番目の姉、カトレアだという事をすぐさま察した。

 苦い顔で家族構成を語っていたルイズが、唯一笑顔を浮かべてはしゃいでいたので、印象には残っていたからだ。

「エレオノール姉さまもお帰りになって――――あら?」

 と、ここでカトレアは剣心に気付いたのだろう。不思議そうな表情で彼に近付いてきた。

「あなたは――?」

「ああ、拙者ルイズ殿の使い魔をやらせてもらっている、緋村剣心でござる」

 剣心はそう言って優雅に会釈した。隣にいたシエスタも慌ててお辞儀する。

「あらあらまあまあ」

 それを見たカトレアは、しばし剣心の事を見つめた後、急に振り返ってルイズに耳打ちした。

「彼が、あなたの恋人かしら?」

 それを聞いた途端、ルイズは耳まで真っ赤にする。

「ちっ違いますわ!! ちいねえさま! わたしはそんな……」

「あらそうなの? てっきりそうだと思ったんだけど、ごめんなさいね」

 恋人と尋ねられてあわあわするルイズに、ころころと楽しげなカトレア。楽しげに会話する二人をよそに、無音で誰かがやって来るのを、剣心だけが察した。

 

「その様子を見ると、入学したころとあまり変わってはいないようね。ルイズ」

 

 厳粛な声だった。

 ルイズはビクッと体を震わせる。先程のエレオノールとは違う、本能的に恐れているような震えだった。

「お、お母さま……」

 恐る恐る、といった様子でルイズは母であり、ラ・ヴァリエール公爵夫人、カリーヌの方を向いた。

 ルイズと同じ桃色の髪、その表情はエレオノールやルイズのそれとは違う、厳格をそのまま絵画にしたかのような鋭い目線を、娘達に投げかける。

「話は聞いているわ。ルイズ、あなた戦争に行くそうね」

「えっ、あの…………はい」

 寡黙ながらも気迫溢れる眼で、カリーヌが質問すると、ルイズはしどろもどろながらも答える。

 カリーヌは、はぁ……。と小さくため息をつくと、続けてこう言った。

「お父さまは今、王宮に向かっています。その話はまた後にしましょう」

「……はい」

 ルイズはただ、頷くしかなかった。これから戦争に志願する者とは思えないほどに弱々しい声であった。

(……凄いですね。ミス・ヴァリエールがあんな表情するなんて、わたしはじめて見ました)

 隣でシエスタが、剣心にそう耳打ちした。

 と、ここでカリーヌがこちらに気付いたかのように。視線を剣心へと移す。

「……あなたは?」

 ルイズの時と変わらない、静かながらも威厳ある声でカリーヌは尋ねる。

 剣心は、シエスタの一歩前に出て、カトレアの時と同じように、恭しくお辞儀した。

「ああ、拙者ルイズ殿の使い魔をやらせて貰っている、緋村剣心でござる」

「そう、あなたがルイズの……」

 更にカリーヌは一歩前に出て、剣心に近寄った。二人の距離は、丁度剣や杖が届くくらいの間合いへ縮まっていた。

「噂はかねがね。――――成程」

 瞬間、カリーヌの周りに漂う風が、俄かに殺気立ち始める。ピリピリした雰囲気にルイズ達は息を飲んだ。

 耐え切れなくなったエレオノールが、思わず母に尋ねる。

「お、お母さま。一体どうなさって……」

「少し静かになさいエレオノール。今わたしは彼に話しかけているの(・・・・・・・・)

 そう言われてしまっては、傍若無人なエレオノールも黙るしかない。「話しかける」って何? さっきから睨み合っているだけじゃない。そう質問する事さえ憚られる雰囲気だった。

 カトレアも困ったように二人を見つめている。シエスタはただあたふたしていた。

 ルイズもまた、気が気でなかった。何せ相手は……、かつて伝説と謳われた最強の騎士。一線を退いたとはいえ『烈風』と言えば自分たちの世界で知らない者はいない。

 そしてルイズが現在、最も恐れているといっても過言ではない人物でもあった。家でのトラウマの半分以上が、彼女の熾烈な教育指導にあったのだから。

(ケ、ケンシン……)

 自分の使い魔の名前すらも、満足に呼べない程に緊張した空気の中……、剣心とカリーヌは只々お互いを見つめ合っているだけだった。

 永遠に続くのか……。そう思えるような長い時間の中(実際にはほんの数秒程度だったのだが)、おもむろに剣心は微笑んだ。

 それに続いて、カリーヌも一瞬ニヤッとした感じで微笑み返す。

「――……え?」

 驚いたのはヴァリエール家の娘達だった。

 普段の母を知る者から見れば、一瞬だったとはいえ、笑みを浮かべるなんて考えられなかったからだ。

 それも、相手はただの平民である。

 まるで不可思議な現象に遭遇したかのような様子のルイズ達を尻目に、カリーヌは踵を返し剣心に告げる。

 その時は、いつも通りの厳粛な表情に戻っていた。

「遥々遠いところからよくいらしてくれました。あなたもお疲れでしょう。精々旅の疲れを癒してください」

 更に、側にいた執事やメイドにこう付け加える。

「彼は貴族ではありませんが、娘の使い魔で恩人(・・)です。くれぐれも粗相のないように」

「かしこまりました」

「あ、拙者よりもシエスタ殿の方を、お願いするでござるよ」

 相変わらず物怖じしない感じで剣心は、カリーヌにそう言った。

 一瞬、エレオノールが何か言いたげな表情をしたが、先にカリーヌの手がそれを制止させる。

 急に自分の話になったことで身を縮こませるシエスタを、カリーヌはしばし見つめていたが……。やがて先ほどの執事こと、ジェロームに告げる。

「では、彼女にも客人としての相応の扱いを」

「かしこまりました」

 同じ抑揚で、ジェロームはそう答えた。最後にカリーヌは剣心を一瞬だけ見やると、先にその場を去っていった。

 それと同時に、張り詰めた空気感がフッと消えていく。ルイズやシエスタは興奮冷めやらぬといった様子で、早速剣心に近づいた。

「ケ、ケンシンさん! ご無事ですか!? その……もしかしたらケンシンさん、殺されちゃうんじゃないかと心配で……」

「あ、あんた……、ホントに一体何したの……?」

 ルイズからしてみれば、聞きたいことが山ほどあった。いやそりゃあ、剣心の事だから何かしらやってくれるかもしれない。という期待はあったのだが。

 それでもあの厳粛で峻烈な母をどうやって退けたのか……。とにかくルイズはそのことで頭が一杯だった。

「いや、拙者は何もしていないでござるよ」

 対する剣心の答えは至極あっさりしたものだった。勿論納得できないとばかりにルイズはズイっと詰め寄る。

「いやいやそんなわけないでしょ! さっき母さまが「話しかけている」とか言っていたけどさ、それと関係があるんじゃないの? 隠さないで教えてよ!!」

「ま、まあまあミス・ヴァリエール。ケンシンさんが無事だったんだし、良しとしましょうよ!」

 キャーキャー喚くルイズとシエスタと、可笑しそうに微笑む剣心。

 それを見て、カトレアはくすくすと笑い、エレオノールはただ茫然とするしかなかった。

「な、なんなのアイツ……」

「まあまあ、ルイズも楽しいお友達がたくさんできたのね」

 

 

 その後、剣心達はヴァリエール家で別々の部屋へと案内された。

 ルイズは元々使っていた自分の部屋へ、シエスタにも、学院で使っている調理室の倍はあろうかという、豪華な客室へと案内されていった。

「こっこんな凄い部屋……、わたし、はじめて見ました……!」

 あんぐりと口を開けて茫然としていたシエスタを後に、剣心も別の客室へと案内される。

 先程のシエスタのものと勝るにも劣らない部屋に通されながらも、剣心は特に気にせずまずデルフを壁にかけソファへともたれ掛った。

「…………」

 そのまましばらく過ごしていたが……、やがて立てかけていたデルフが口を開いた。

「なあ、相棒。一つ聞いていいか?」

「何でござる?」

「お前さん、これから娘っ子をどうするつもりなんだ?」

 しばしの沈黙の後、剣心はきっぱりと答えた。

「ルイズ殿のご家族の意見に従うつもりでござるよ。反対なら無理にそれを、拙者が捻じ曲げる道理はござらん」

 相棒らしい模範解答だな。そう思いながらもデルフは続けて尋ねる。

「でも、相棒は娘っ子の行く行かないにかかわらず、戦争には向かうつもりだろ?」

「…………まあ」

 そうでござるな。と剣心は呟いた。実際問題、ルイズが戦争に行くのは反対であるからだ。

 ルイズから色々と家族の事は聞いてはいたが、それでも娘の事を大事そうにしているのは何となくだが伝わる。だからこそ呼び戻してまで参戦を反対したのだろう。

 まあ、ルイズの親というだけあって、愛情表現がストレートじゃないのは、剣心にも容易に想像できた。

「んじゃあさ、娘っ子とはもうここできっぱり別れるつもりか?」

 ここでデルフが、きっぱりと剣心に質問した。

 これもまたしばらくの沈黙の後……、剣心は口を開こうとして――。

 コンコン、という音が扉の方から不意に聞こえてきた。

 

「もしもし、入っても大丈夫かしら?」

 女性の声。だがシエスタとは違う、柔らかい声が扉の奥から聞こえてくる。その声は剣心にも聞き覚えがあったので、すっと立ち上がり扉を開けた。

 そこにいたのは、ルイズの二番目の姉、カトレアだった。

「えと、カトレア殿でござったかな」

「そうよ。いつもルイズがお世話になっているようだから、ご挨拶にと思ってね」

 ニコッとした人懐こい微笑みで、カトレアはそう言った。こうやって見ると胸の大きさといい性格といい、まるでルイズとは正反対だなぁ、と剣心は思った。

「今、ルイズとわたしの事、比べたんじゃないかしら?」

「おろ?」

「何となくだけど、そう思ったのよ」

 鋭い……。思わず剣心は率直な感想をこの女性に抱いた。天然そうな見た目なのに、ピタリと自分の考えを言い当てられてしまった。

「まあ、立ち話もなんですし、お邪魔してもよろしいかしら?」

 そう言って、カトレアは剣心の部屋の中へ入っていった。

 

 部屋に招き入れた剣心は、さて何を話そうか……。と悩んだ。

 普通に学園でのルイズの事とか、話しても良いのだろうか? そう考えている内、カトレアが先に口を開いた。

「ああ、ルイズの事なら大丈夫よ。最近あの子、ちょくちょく手紙を送ってきてくれてね。学園での生活の事とか、あなたの事とかね」

(また言い当てられたでござる……)

 女性の勘は鋭いとは聞くが、ここまで凄いと飛天御剣流もビックリである。

 剣心は、コロコロと笑うこの女性に対してただ驚くばかりであった。

「――ってあれ、ルイズ殿が手紙を?」

「ええ。召喚の儀から始まって、宝探ししたこととかタルブに行ったこととか。ここ最近は戦争への参加を、わたしからお父さまに何とか口説けないか? とかかしら」

 あのルイズが手紙を……、と剣心は一瞬思ったが。それほどまでに心を許せる存在なのだろうと、考えを改める。

「そこにね、よくあなたの名前が載るの。いつも『使い魔だけど~』とか書き足しているけど、ルイズはあなたの事、相当信頼しているみたいね」

 クスッとカトレアは笑うと、改めて伺うような視線で剣心を見つめた。

「ええっと、ヒムラ・ケンシンさんでいいんですよね?」

「いかにも。そうでござるよ」

「この国でいう、『剣』と『心』と読んでケンシン、っていうのだそうですね。素敵なお名前を頂いたのですね」

「いや、それほどではござらんよ」

 ここに来て名前を褒められたのは初めてだった。一瞬脳裏に師匠の姿が思い浮かぶ。

 そんな事を考えている内に、カトレアがずいっと顔を近づけた。

「それで思ったんですけれど、あなたは一体、何処からいらしたのでしょうか? あなたは何というか……、トリステインの人っていうか、ハルケギニアの人間ですらない気がするの。違うかしら」

「ど、どうしてそう思うでござるか?」

「勘、かしら。昔っからわたし、こういう事に関しては妙に鋭いって、皆から言われて育ったものですから」

 剣心も流石にどう言おうか迷った。本当のことを話してもいいのか、と。話を言い触らしそうな人には見えないし。

「でもまあ、そんなことはどうでもいいの。実はあなたにお礼を言いたくて来たのです」

「お礼?」

「ええ」

 そう言って、カトレアは優雅に深々と頭を下げた。

「ルイズの事、いつも助けてくれていたみたいで、本当にありがとうございます」

「いやいや、カトレア殿が言うほどの事はしていないでござるよ」

「ううん、最近のルイズの手紙を見ていると、あなたが来る前と後ではまるで別物のようですもの。本当にあなたが来てくれてよかった、ってわたし、思うの」

 でも……。と言い置いて、カトレアは寂しそうに目を伏せた。

「戦争に行くのですよね。あなたも、ルイズも……」

 

 そしてここで、今更気付いたかのように、剣心の十字傷に目線を移した。

 

「あら、その傷は――――」

「ああ、これは……――」

 剣心が何かしら言う前に、カトレアはそっと左頬の傷に手を触れた。

 若干動揺が入った声で、カトレアは尋ねる。

「痛く……、ないのですか? こんなにくっきりと残ってて……」

「ああ、大丈夫でござるよ。傷自体はかなり前のものでござるから」

「そう……」

 しばらくそうして十字傷を見つめた後、何かしら思うような表情でカトレアは呟いた。

 

 

 

「さぞ、辛かったでしょうね」

 

 

 

(――……)

 その言葉を聞いて、剣心は若干目を見開いた。

 勘の鋭いカトレアのこの言葉には、一体どういう意味が込められているのか。

 単純に自分の事だろうか、それとも――――。

 その時、ドタバタと廊下の方からあわただしい足音が聞こえてきた。次の瞬間、剣心達の部屋の扉から数人のメイド達が現れる。

「あっ、カトレア様!! ここにいましたか!」

「どうしたの? そんなに慌てて」

「実は、旦那さまがお帰りになられたとのことで、カトレアさま達に夕餉のお知らせをと……」

 旦那さま、というと、ルイズの父親が帰ってきたということなのだろうか。

 それを聞いたカトレアは、小さく頷いて席を立つ。

「わかったわ。後で向かうから、その事、姉さまやルイズにも伝えて頂戴な」

「かしこまりました。では!」

 そう言って、メイド達は踵を返して部屋を出ていく。

 立ち上がったカトレアは、再びニコッと微笑んで剣心に言った。

「もし宜しければ、あなたも来ませんか? 多分お父さまも、あなたにお会いしたいだろうと思うでしょうし、ね」

 

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