るろうに使い魔‐ハルケギニア剣客浪漫譚‐   作:お団子

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第五十七幕『公爵の本心』

 

 剣心はカトレアに案内される形で、夕餉の席であるダイニングルームへとやってきた。

 流石に大貴族を謳うだけあって、その広さや豪華さは、魔法学院にも並ぶと思わせるほど。

 三十メイルはある長テーブルに、二十人近くの執事や使用人が周囲に控える。

 剣心達が部屋に来た時には、もう母のカリーヌや長女のエレオノール、そしてルイズが席に座っていた。

「遅いわよ、カトレア」

「御免なさい。ちょっとお話ししていたものだから」

 エレオノールの言葉に、カトレアはコロコロと笑ってそう言うと、姉妹の間の席へと座る。

 剣心は、事前に言われた通り、ルイズの席の後ろへと控えた。

 やがて会話もなくそうしていると、大きめで白い扉がゆっくりと開き、中から初老の男性が姿を現す。

 白くなり始めたブロンドの髪と口髭を揺らし、左目にモノクルをかけたその男性は、静かに席の上座へと腰かけた。

(彼が、ルイズ殿の御父上でござるか)

 成程、ラ・ヴァリエール家を束ねるだけあって、その視線は厳しく鋭い。公爵は一度だけ剣心を捉えると、その目を伏せ、豪勢に並べられた料理に手を付け始めた。

 

 

 

 

 

第五十七幕『公爵の本心』

 

 

 

 

 

 その後もしばらくは話し声が一切聞こえず、ナイフやフォークの音以外何も聞こえない、沈黙が場を支配していた。

 剣心は無礼に思われない程度で周辺を観察するが、使用人たちも粛々と従っているあたり、これが普通なのだろうと思った。

 ただ、剣心の正面で座っているルイズは……、背中越しからも分かるぐらい、落ち着きが見られなかった。

 実際、今のルイズは、いつ自分の話を切り出せばいいのか、そのタイミングをずっと伺っているようで碌に食事に手を付けてなかったのだが……、話しを切り出す前に、ヴァリエール公爵は静かな怒りと共に口を開いた。

「全くあの鳥の骨め、わしを呼び出して何を言うかと思えば……、『一個軍団編成されたし』だと、ふざけおって」

「承諾なさったのですか?」

「するわけなかろう。わしはそもそもこの戦には反対なのだ。全くお若い陛下をたらしこみおって」

 ぶぼっ! とルイズは食べていたパンを吹きだした。それに構わずカリーヌは続ける。

「おお恐い。宮廷の雀達に聞かれたら、只じゃ済みませんわよ」

「フン、是非とも聞かせたいものだ」

「あ、あの……、と、父さまに伺いたいことがございます」

 ここでルイズが、おずおずといった様子で父を見つめて口を開く。

「ふむ、なんだねルイズ?」

「父さまは何故、戦に反対なのですか?」

「簡単だよ。この戦は間違った戦だからだ」

 そう言ってヴァリエール公爵は、ルイズ達に説明を始めた。

 

 敵軍は五万、自軍はゲルマニアと合わせても推定で六万。この状態でアルビオンを攻めるには三倍近くの戦力があって初めて成り立つ事、無理に攻めることはせず、空を包囲して長期戦を挑めばいい事、子供を士官にしても有益にはならない事を話した。

「戦はな、絶対に勝利できる自信があって初めて行えるものだ」

「で、ですが……、宮廷では貴族がたくさん、黒笠なる者に殺されました。姫さまだって攫われかけたのですよ! そんな悠長なことをしている暇なんて……」

「黒笠か……」

 ここで公爵は、ルイズから一瞬、剣心へと目線を移す。当然それに気づいた剣心もしばし彼と目線を合わせた。

 しかし、会話までには発展せず、再びその目を娘に向ける。

 

「ふむ。聞けばその黒笠は、メイジですらない平民の剣士らしいな。その者の刃が陛下に届く事態になったのは、確かに我々トリステイン貴族も、大いに反省せねばならん問題だ。平民を決して侮ってはならんとな」

 ナプキンで口を拭きながら、依然冷静な声でルイズに話しかける。

「だがそれゆえに戦局が、今の王宮の馬鹿どもは見えておらん。馬鹿正直な突貫が果たしてどれほどの意味合いを生むか、復讐という怒りに身を任せた行いがどれだけの代償を生むか……、きちんと考えねば取り返しのつかないことを生むのだよ」

 そんな戦に、娘を行かせるわけにはいかん。

 そこまで言い終えると、夕食は終わりだと言わんばかりに席を立つ。

 ルイズは、しばらく身体を震わせていたが、やがて自身も勢いよく立ち上がった。

「待ってください父さま! 姫さまは……、いえ、陛下はわたしの力を必要としております!」

「ルイズ! あなたお父さまになんて事を!」

 エレオノールもそう言って立ち上がるが、ルイズは「黙ってて!」と大声で叫んだ。普段のルイズならば考えられないその様子に、家族は一瞬茫然とする。

 剣心は何も言わず、ただ事態を見守っていた。

 やがて、ヴァリエール公爵は優しい眼でルイズを見据える。

「お前、得意な系統に目覚めたのかね?」

「……はい」

「嘘はつかないでおくれ。一体何の系統だね」

 透き通るような眼で父に見つめられたルイズは、一瞬本当の事を言いそうになった。

 しかし、虚無の事は機密事項。おまけにそんな事を言ったらただでは済まない気がした。

 ルイズはしばし考えた後……、仕方なく嘘を言う事になった。

「……火、ですわ」

「本当かね」

「――はい」

「もう一度聞くよ。本当の事を言ってくれ。……本当に火なのかね?」

「……はい! 本当です。わたしの目覚めた系統は、火でしたわ」

 何故こんなに何度も聞き返すのだろう。そう思いながらも、ルイズは嘘を突き通した。

 それを聞いた父は、「そうか……」と何故かすごくがっかりした様子で呟き、やがて予断を許さぬ口調で、娘に言った。

「火はな、罪にまみれた系統だ。戦に惹かれ、あらゆるものを燃やし破壊する。本当に罪深い系統だ」

「……っ、そんな」

 そう言われ、ルイズは愕然とした。しかし聞き覚えの悪い子を諭すような声色で、ヴァリエール公爵は続ける。

「ルイズ、お前は婿を取りなさい。多分……、あのワルドの一件で自棄になっているんだろう。婿を取れば、心も落ち着くだろう。違えることは許さぬ」

「えっ!?」

「陛下がお前の力を必要だと仰ったのは分った。大変に名誉なことだが……、間違いを指摘するのも、忠義というものだ」

 そう言うと、執事のジェロームにルイズを城から出すな、と伝えて娘達に退出を命じた。ルイズは納得できなさそうに首を振るも、エレオノールによって引きずられるように部屋を出る。

 剣心もまた、続いて部屋から出ようとした時、後ろからの声が彼を呼び止めた。

「ああ、きみ。そこの……、きみはここに残りなさい」

「おろ?」

 まさか呼び止められるとは思わなかった剣心は、思わずそんな声を上げてしまう。

 ルイズもまた、驚いた様子で後ろを振り向いた。

「えっ、父さま!? ケンシンに何か……」

「済まないがルイズ。わしは彼と話がしたいのだ。分ってくれるね」

「でっでも……」

 何だろう、母といい、父といい、まるで剣心の事を知っているかのような反応は……?

 しかし、それを問いかける暇もなく、ルイズは姉や使用人達と一緒に退出させられてしまった。

 部屋に残ったのは、剣心とカリーヌ、ヴァリエール公爵のみとなった。

 

 

「さて、きみには少し聞きたいことがある」

 改めて、その鋭い眼光をもってヴァリエール公爵は、剣心を見つめた。

 剣心もまた、気後れすることなくその眼を見据える。何となく公爵の聞きたいことというのが、想像ついていたからだ。

「きみがルイズの使い魔で、確か名前が……」

「緋村剣心でござる」

「そう、ヒムラ君だったな」

 思い出したかのような感じで、公爵は頷く。

 

「実を言うとな、女王陛下からルイズの事について詳しく聞いておるのだよ。タルブの事、そしてチクトンネでの通り魔事件の事、そしてあの子が目覚めた本当の系統の事もな」

 

 それを聞いて、ふと剣心はアンリエッタの顔を思い浮かべた。

「かなり突拍子もない事柄も含まれていたので、明日の朝帰る予定を早めてまでこうして戻ってきたわけなのだが、あえてきみにも聞こうと思う。娘の系統についてだが……」

 公爵はルイズに向けていた優しい眼差しとは違う、厳しい表情でもって剣心に尋ねた。

「嘘をつかずに答えてほしい。娘の系統は、本当に火なのかね?」

 剣心はその眼を真正面から見つめながら、ゆっくりと口を開いた。ここまで知っているのならば、嘘をついても仕方ないと思ったからだ。

 なので嘘はつかず、正直に伝える。

「公爵殿の言う通りでござるよ。ルイズ殿の系統は、火ではござらん。虚無という伝説の魔法でござる」

「そう、か……。何とな、しかしあの子が……」

 若干ショックを受けたような面持ちで、暫くヴァリエール公爵は俯いていた。虚無の事もあったが、何より娘に嘘をつかれたのが効いているのかもしれない。

 妻のカリーヌもまた、驚きで目を見張っていた。

「きみの事も勿論聞いておるよ。かの黒笠事件の終息に一役買ったことや、娘や女王陛下を何度も助けてくれた英雄とな」

「英雄、という事のほどではござらんよ。拙者は拙者の役目――使い魔としての役目を果たしただけでござる」

「謙遜するかね。成程、王宮の欲の張った雀達より、ずっと好感が持てるわい」

 一切欲の見えない剣心の言葉に、ヴァリエール公爵は少し微笑みを見せた。彼はアンリエッタから聞いた言葉や手紙に、全く嘘偽りない性格をしていたからだ。

 ここで、ヴァリエール公爵は後ろを振り向き、窓から見える月を眺めながら、剣心に尋ねる。

「きみは、この戦争をどう見るね?」

「拙者も、公爵殿に概ね賛成でござるよ」

「戦争には反対と?」

「そうでござるな。けど――――」

 ここで剣心は一瞬目を伏せる。それを見逃さなかった公爵は、剣心の言葉を先取りして言った。

「きみもまた、この戦で成さねばならぬことがあるようだな」

「――その通りでござる」

 剣心は、きっぱりとそう言った。彼は気づいてはいなかったが、一瞬だけその目は『昔』の眼に戻っていた。

 それをチラリと横目で見たからこそ、公爵は告げる。

「きみはルイズや女王陛下を守ってくれた。そのことにわしや妻は大変感謝しているが……、しかしきっぱりと言わねばならん」

 ここで、公爵は剣心の方を振り向いた。

「きみの眼は、戦を引き寄せる眼をしている。それが良く分かった。その目が放つ光は、やがて娘をも巻き込むだろう。つまり――」

「――即刻ルイズ殿の元から立ち去って欲しい。と言う事でござるか?」

 剣心が、言葉の後を引き取った。

 それを聞いて、公爵も大きく頷く。

「その通りだ。本当に済まないとは思う。しかしこれも娘やきみを思ってのコト。これから起こる戦に、娘がついてこれるとは思えん。寧ろきみの邪魔になることだろう」

 ヴァリエール公爵の言葉に、剣心は何も言い返さなかった。否とも言わなければ是とも言わない。

「女王陛下も、もしかしたら内心娘を止めてほしかったのかもしれん。だからこそ、このわしに事情の全てを話したのだろうと思う。陛下にはわしから上申するつもりだ。この戦に娘を行かせるのは反対だとな」

 公爵はそこまで言った後、チラリと妻カリーヌの方を向いて、彼女もゆっくりと頷くと、改めて視線を剣心に戻した。

 

 

「娘の面倒は今後、わし等が見る。今夜を持って、きみの使い魔としての役目は終わりだ」

 

 

 剣心はしばらく考え込むように目を伏せると、やがてゆっくりと公爵に頭を下げて一礼した。

「……それでは、よろしくお願いするでござるよ」

 そう告げると、剣心は踵を返しダイニングルームを出た。

 夫人と二人きりになったヴァリエール公爵は、改めてその眼をカリーヌに向ける。

「それでどうだ? お前から見て、彼の実力のほどは」

 妻の事を誰よりもよく知っている公爵は、思わずそう尋ねた。若い頃はただ峻烈で、今もなお頭が上がらないこの夫人が、伝説の系統、虚無の使い魔と聞いて手を出さないわけがないと知っているからだ。

 対するカリーヌは、若干肩をすくめるのみ。

「さあ。……ただ、一目見て只者ではないとは感じましたわ。それこそ遠くに置いてきた『騎士』の血が再び滾るくらいには。――けど、フられてしまいましたわ」

「……お前をフる人間が、このハルケギニアにまだいたとはな」

 その場にいたわけでもないのに、ありありと思い浮かぶその睨み合いを想像し、若干身震いしながら公爵は呟いた。

「仕方ありませんわ。こちらがいくら眼で威圧しても、全部流されてしまいました。その上戦うのは御免とばかりにああも笑われては、こちらも笑うしかありませんもの」

「笑ったのか? お前が……?」

 流石の公爵も、そこまでは想像できないと言わんばかりに、目を見開いてそう言った。

 カリーヌにそこまでさせるとは……。本当に只者ではないようだ。

(どうやら陛下が仰っていたこと全て、信用してもいいのかもしれんな……)

 まだ若干半信半疑だった公爵は、この夫人の証言で改めて真実だと、認識を改める。

 しかし、だからこそ娘と一緒にいて欲しくないという、強い気持ちがより強まった。

(――……彼は、娘の手に余る)

 いずれは彼に引きずられて、娘も大きな災厄に巻き込まれるかもしれない。それが怖いからこそ、剣心にああ言うしかなかったのだ。

 これもまた、不器用なりにルイズと剣心の事を想ってのことだった。

「――――――――………」

 ここでカリーヌが、ふと窓の外に視線を移す。

 それに気づいたヴァリエール公爵が、夫人に尋ねた。

「窓なんか見て、どうかしたのかね?」

 しばし何も返さなかったカリーヌだったが、やがてこう言った。

「……いえ、何も」

 そして、二人もまた食堂を後にした。

 

 

 ヴァリエール家の晩餐会が終わったころには、ハルケギニアの空には二つの月が並んで浮かんでいた。

 二つの月光が闇夜を照らす。その中に紛れて動く三つの影あり。

 その影は、風のような俊敏な動きで、ヴァリエール家の城門前まで辿り着くと、見張りや門兵をあっさり退けて屋敷に潜入する。

 屋根の上を伝って走りながら、その人影は不意に足を止めた。夜空の光が、三つの影の正体を明かす。

 それは、剣心達の抹殺に失敗した『元素の兄弟』。ジャック、ドゥドゥー、ジャネットだった。

「しかし驚いたなぁ。ラ・ヴァリエール家っていったらトリステインでも五指に入る大貴族じゃん」

 いつもの不敵な笑みを湛えながら、ドゥドゥーは物足りなさそうに口を開く。

「さぞ警備も豪華なんだろうと思ったけど、こんなにあっさり行けるなんて、たいしたことなさそうだね」

「まったく、そう言って抜刀斎にむざむざやられた人は、何処のどなたかしら」

 隣では呆れた口調で、ジャネットがドゥドゥーを睨みつけた。

 折角の楽しみを潰されたと言わんばかりにその目は、恨めし気にドゥドゥーを威圧する。

「い、いやいや。あの時はたまたま油断しただけさ! 最初っから本気でやればあんな平民の一人や二人……」

「じゃあどうして最初っから本気でやりませんでしたの? 言い訳にしてももっと上手にしてほしいものですわ」

「『薬』さえあれば絶対勝てたよ! それなのにジンエの奴に取られちゃって……。魔法も使えないくせに、なんであんなの欲しがったんだ……?」

 ドゥドゥーは悔しそうに顔を歪ませる。魔力増強の秘薬。自分なら使いこなせると思って欲しかったのに、「お前には無用の長物だ」と、刃衛に奪い取られたのを思い出したのだ。

「大体ジャネットこそ! ルイズってやつを殺すチャンスはいくらでもあったじゃん!! それを人形にするのか知らないけどむざむざ捕まえるだけにするから――」

 そこまで言いかけた時、ジャックが静かな口調で告げる。

 いつもの呆れ口調じゃない、ドスの利いた声だった。

「やめろドゥドゥーにジャネット。今回の一件は全体的に奴らの実力を侮ったことによる慢心にある。そんな調子では何時まで経っても抜刀斎は殺れん」

「でっ、でもさ……」

「先日兄さんから手紙が来た。……何て書いてあったと思う?」

 反論しかけたドゥドゥーが、その言葉を聞いて身を震わせた。ジャックもまた、予断を許さぬ口調で告げる。

「『まだ抜刀斎達の首を持ってこれないのかい?』と、それだけだ。……それだけに恐ろしいとは思わんのか?」

 兄を良く知るジャックだからこそ、その詮索の文だけでどれ程彼が怒っているのか良く分かる。

「期限もすぐ迫っている。これ以上失敗は許されん」

 刃衛と共同しての誘拐作戦。あれに失敗した後、ジャック達はまず負った傷を癒すことに専念していた。

 無論その間にも、ジャネットに剣心達の動向を調べて貰っていたが、聞けば主人の方、ルイズは名門ラ・ヴァリエール家の息女で、自分たちが完全回復したころには屋敷に戻ることが発覚。

 より確実に剣心達を殺すために、屋敷の人員や関係、見取り図などを綿密に調べ上げていた結果、今日まで行動を移せないでいたのだ。

 そしてこの任務もまた、剣心達が戦争に赴く前にカタをつけなければならない。事実上これがラストチャンスなのである。

 ジャックはここ数日で調べ上げた地図を広げ、それぞれに指をさした。

「オレがまず小娘の部屋に行き首を取る。お前らはその間、抜刀斎の相手だ。いいか? 真正面から戦おうとはするな。不意打ちや奇襲、小娘を殺すという脅迫や動揺を駆使して抜刀斎に挑め。間違っても『勝負』は挑むな」

「でも兄さん……」

「分 か っ た な」

 ギロリと睨みながら、反論許さぬ口調でジャックは言った。若干血走ったその眼を見て、ドゥドゥーはしぶしぶ頷く。

「わ、分ったよ……」

「――ねえ、その小娘なんだけどさ、わたしにやらせてもらえない?」

 頷いたドゥドゥーとは裏腹に、ジャネットはジャックにそう言ってくる。

 しかし、ジャックは頑なに首を振った。

「駄目だ。さっきドゥドゥーも言っていただろう。お前があの時小娘だけでも仕留めていれば、こんな面倒にはならなかったんだ。だからオレが――」

「でも、わたしでしたらその子の動揺を上手くついて、人質にするなり懐柔するなりできますわ。そうした方が、抜刀斎を仕留められる確率も上がる筈」

 むぅ……。とジャックは口を閉ざす。確かに口八丁や洗脳系の魔術において、こと妹の右に出る者はそうそういない。

(確かに。仮に小娘を殺し首を見せて動揺を誘っても、それが抜刀斎の怒りに変わったら本末転倒か)

 その末路は……、ジャックも痛いほどよく知っている。

 ジャックは、まだ治りきっていない腹をさすった。あの剣閃は今思い返しても、理解不能だったのだ。

 そう考えるのなら、妹の言う通り懐柔して動揺を誘った方が、より抜刀斎を殺せる確率が上がるというもの。

 抜刀斎を仕留めたと同時に、小娘の首も刎ねてしまえばいい。ジャックはそこまで逡巡した。

「……――」

 ジャックは一度、兄からの手紙と一緒に届いた文書を取り出し、それに目を通す。

 そこには、抜刀斎達の始末という、所謂『主たる任務(メインクエスト)』の他に、『従たる任務(サブクエスト)』といえる、新たな文言が追加されていた。

 

 

『もし抜刀斎達の抹殺ができないと判断した場合、抜刀斎の血、もしくは血が付着した物を持ち帰ってくること。その場合、依頼料の十分の一を支払うことを約束する』

 

 

 暗に向こうはもう、自分達が依頼を無事にこなせるとは思ってもいないようだった。それがまた屈辱で、ジャックは歯噛みする。

 当然この『従たる任務(サブクエスト)』もこなすとして……、だからといってそれで満足するわけにはいかない。

 全てきっちり依頼を完了して、所定の額全て貰い受ける。それでこそリッシュモンで得るはずだった金額分を取り戻せるというものだ。

「ではジャネット。お前が代わりに小娘を連れてこい。オレとドゥドゥーが抜刀斎を相手にする、その合間にな」

 そう言って、最後に弟妹を見つめると、睨みを利かせた口調で言うのだった。

「この任務は、オレたちの今後を左右する重大な任務だと思え。あらゆる手段を講じてでも、抜刀斎達の首だけはとる。――――散!」

 ジャックがそう叫んだ瞬間、三つの影は散り散りに消えていった。

 

 

 

 さて、所変わりここはアルビオン、ロンディニウム郊外。

 ハヴィランド宮殿の大ホールにて、『表向きの新皇帝』ことオリヴァー・クロムウェルは、数名の部下達と共に会議をしていた。

 トリステインが、ゲルマニアと組んでこの国に攻めてくるという事、それに対抗するための会議であった。

 ああではない、こうではないと怒号と喧騒飛びかう中、クロムウェルは静かに言った。

「彼等は背中をおろそかにするつもりかな?」

「……ガリアは中立を発表いたしました。それを見越しての侵攻なのでしょう」

 歴戦の将軍ホーキンスは、苦い顔でそう告げる。クロムウェルは一瞬言ってもいいものか、といった表情を見せたが、やがて意を決して口を開く。

「……その中立が偽りだったとしたら?」

「では、ガリアが参戦して我々に味方すると?」

 その瞬間、俄かに会議場はざわつき始めた。あのガリアが? 一体どうやってとりつけたのか? 疑問が渦巻く中クロムウェルは静かに咳をする。

「なに、ようは高度な機密外交があってこそだ。だからこそ我々は恐れることはない。余の『虚無』とガリアの軍がある限り、我々に敗北の二文字はない」

 それを聞いて、今度の会議場は途端に活気づく。それが本当なら、クロムウェルの言う通り、負けはないからだ。

 興奮冷めやらぬ雰囲気のまま、その日の会議は終わりを告げた。

 

(――言ってしまった。どうしよう……)

 会議の後、クロムウェルは覚束ない足取りで志々雄のいる部屋へと向かっていった。

 実を言うと、さっきの発言は自分にとっても至極曖昧なものだったからだ。

(シシオ様が仰っていた事だから思わず言ってしまったが、本当にそんなコトがあるのだろうか……)

 ガリアは、ハルケギニアで一番大きい領地を持つ国だ。その伝統は古く、確かな礎もある。

 そんな国が、王権に叛旗を翻した自分たちに味方することなど、有り得るのだろうか……と。

 そんなわけで、一刻も速く志々雄に確認を取りたかった。そして、いつも志々雄がいる、元王族が住んでいた部屋の扉を開けて――。

「あれ? シシオ様は?」

 その部屋には、志々雄ではなくワルドとフーケが代わりにいた。

 先程のクロムウェルの質問には、ワルドが答える。

「シシオ様でしたら、先程『血が騒ぐ』と言って、鍛錬場の方へと赴きました」

「そっ、そうか。……ならばわたしもそちらへ向かおう」

 

 

 クロムウェルは、ワルドとフーケを従えて鍛錬場へと足を運ぶ。

 だだっ広い鍛錬場の中、唯一防炎加工を施している志々雄専用の闘場「大灼熱の間」の扉を前に立った。

 そして手袋をつける。最近は志々雄の『熱』の影響により、素手でドアノブを握ると火傷じゃすまなくなったからだ。

『北花壇騎士』としての任務をこなすうち、どんどんと熱が強まっている。ただの人間であるクロムウェルも、それは薄っすらとだが感じていた。

 クロムウェルは一度息を吸い、そして大きく吐いた後に扉を開けた……、その瞬間。

「――なっ!」

「ブヒィィィィィィィ!」

 断末魔の悲鳴を上げたオーク鬼が一体、目の前でいきなり事切れた。

 そのオーク鬼は、全身を炎で包まれた後、茫然としていたクロムウェルの眼前で倒れたのだった。

 そして、部屋で繰り広げられている惨状を見て、クロムウェルとフーケは愕然とした。

 陽炎で揺らぐ視界の先。四方を三十メイル程開け放たれた部屋の中には、既にオーク鬼だったモノ(・・)が、あちらこちらに横たわっている。

 みんな、全身大火傷を負っており、所々が消し炭にすらなっている。中にはトロール鬼もいたが、やはり同じように、もの言わぬ死体と成り果てていた。

 その中心部には、まだ息があるオーク鬼が二匹、震えながら武器を構えて、ある男を睨みつけている。

 もう彼等には、戦意というものが欠片も残ってなかった。本音を言えば逃げ出したい、この男には関わるな、と本能が命令を続けている。

 しかし、この男を倒さねば、ここから生きて帰ることは出来ない。それもまた本能が告げているのだった。

 

「チッ、てんで弱すぎる。やはりオーク鬼程度じゃ物足りなくなっちまったな」

 

 男……、志々雄真実は一歩前に出て、そう呟いた。どうやらもう自分達を敵ではなく餌としてしか見ていないようだ。

 お前らなど、所詮自分の炎を強く焚べるだけの薪、それ以上でも以下でもない。というような様子と態度に、流石のオーク鬼も怒りで息を荒げる。

 こんな全身重傷な包帯男に舐められてたまるか、腐っても自分達は人間どもから恐れられている存在なのだぞ、と言わんばかりに一体のオーク鬼が、斧を持った両腕を振り上げ――。

 その両腕が、刀によってすっぱりと横一文字に両断され、驚く間もなく脳天からの唐竹割りによる一撃で昇天した。

 そして次の瞬間、斬られた傷口から炎が現れ、オーク鬼の死体をあっという間に包んでいく。

「壱の秘剣『焔霊』。相変わらず鮮やかなお手前で」

「なんだ、ワルドか」

 ここで、最後の一匹となったオーク鬼が慌てて逃げ出そうとした。この会話で相手の気が緩んだと、思い込んだのだ。

 しかし、足に力をこめようとした瞬間、最後のオーク鬼の首が宙を舞った。単純に志々雄が振り向きざまに首を刎ねながら納刀しただけだが、その神速の刃はワルドやフーケ、そして死んだオーク鬼ですら見切る事は不可能だった。

(戦士五人分の力があるというオーク鬼を、いとも簡単に……)

 初めて見るその凄惨な光景に、フーケは息をのむ。おまけに彼が持つ剣……。魔道具(マジック・アイテム)でもないようなのに、あの炎は何処から出るのだ?

 そう考えている内に、ワルドが一歩前へと踏み出る。

「中々上手に焼けていますな。これならば、部下達の食糧代りにもなるかもしれませんな」

「お前も食ってみるか? 豚なだけあって中々にイケるクチだぞ。少なくとも人肉よりかはずっとマシだ」

 あくまで冗談のつもりで言ったワルドに対し、冗談に聞こえない感じで志々雄はそう返す。フーケは思わず口を押さえた。この男なら、本気でオーク鬼の肉を咀嚼してもおかしくないと思ったからだ。

「で、何の用だ」

「あ、ええ。実はクロムウェル皇帝が……」

「ああ、そうです。シシオ様、実は――――」

 

 

「成程、やはり奴らはこっちに攻めてくるか」

 あの後。鍛錬場を後にした志々雄達は、先程クロムウェルが訪ねた王室へとやってきた。

 そこのソファで寛ぎながら、志々雄はクロムウェルが行った会議のあらましを聞いていたのだった。

「しかし、もっと幾らでも攻める方法はあっただろうに、馬鹿正直な一点突破とはな」

 志々雄はワルドと視線を合わせた。ワルドもまた、同感と言わんばかりに軽く会釈する。

「でっ、ですが……。その馬鹿正直な突貫に頭を悩ませているのもまた事実。タルブの件で、有能な指揮官や部下はほぼ壊滅。時間稼ぎの誘拐作戦も失敗し、もし上陸させられたら泥沼になる可能性もあります」

「『策』はもうお前にも伝えてあるだろ。上陸された時用の策だがな」

 策……? と聞いて、フーケは首をかしげる。ワルドはフッと笑い、クロムウェルは滝のような汗を流す。

「しっ、しかし……、『あれ』をしてしまうと、今後サウスゴータからの流通に大きな支障をきたすことになります……。最悪市民からの反乱が起きる可能性も」

「まあ俺もあれは最終手段程度に考えていたんだがな。だが抜刀斎が存在し、『虚無』の力の底が見えない以上、奇襲を兼ねるという意味ではそれが一番成功する確率が高い。それにお前も知っているはずだぜ。今のサウスゴータの連中に、反乱を起こす気力なんざ殆どない事を……、いや」

 ここで志々雄は、握り拳を突き出して、力強い言葉で言い放つ。

「そんな気力すらも、悉く奪ってやったことも、お前は知っている筈だ。あんだけ『派手』にやったんだからな」

 この会話を聞いて、フーケは少し不安げな表情をした。サウスゴータといえば、元は自分の故郷……。追放されたとはいえ、馴染み深い街の名だ。

 その街に、彼らは何かやっているのだろうか。いや、会話を聞くに『やってしまった』のだろうか。

 しかし、そんなフーケの不安をよそに、志々雄とクロムウェルの会話は続く。

「だがまあ、さっきも言ったようにこれは最後の手だ。上陸前にカタが付くのならそれに越したことはねえ。だが、いざという時の為に準備はしておけ」

「りょ、了解いたしました。して、ガリアの件は……」

 クロムウェルが、ずっと聞きたかったことを遂に志々雄に質問する。ある意味で一番知りたかった事だったからだ。

 

 志々雄と、ガリアの関係を――。

 

 それに対し、志々雄は憮然と答える。

「さあな、ただジョゼフの野郎が『さっさと片付けろ』って、うるせえだけだ」

「『ジョゼフ』って……、あのジョゼフ王の事ですか? 現ガリア国王の?」

 それを聞いたクロムウェルは、目をひん剥いたような様子で驚いた。フーケもびっくりして口を押え、ワルドも一瞬目を見張る。

 目の前のこの得体のしれない包帯男は、現ガリア国の国王の名をあっさりと口にしたのだ。それもまるで対等だといわんばかりの態度で。

 しかし、志々雄は更に衝撃の発言を続ける。

 

「ああ、言ってなかったか? 俺は奴に召喚されてこの地に来たってこと。前言った『俺の知っている虚無の使い手』ってのは、ジョゼフだってことをよ」

 

「なっ――――!?」

 流石にこの言葉には、一同息をのんだ。余りにも突拍子もない、現実離れした言葉だったからだ。

「まあ、使い魔契約ってやつはやってねえがな」

「そ、そういうことでしたか……私も流石に驚きました」

 ワルドもまた、コホンと咳を鳴らしてそう言った。

「だが、だからといって奴が俺に手を貸すって義理はねえだろうし、俺自身そんな手心は御免蒙る。まあ言っておけば連合軍の動揺を誘えるって程度だろうな」

 それを聞いたクロムウェルは、若干がっくりと肩を落とす。じゃあガリアの応援は得られないということではないか。

「ほっ、本当に大丈夫なのでしょうか? 上陸させられたら我々が耐えられる要素はそんなに高くありませぬ。もし……」

 そう言い切る前に、何者かがバタンとドアを開けた。

 

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