るろうに使い魔‐ハルケギニア剣客浪漫譚‐   作:お団子

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第五十八幕『元素の兄弟 再戦』

 

「何者だ! ノックもせずには入ってくるとは、無礼ではないか!」

 すかさずワルドが、新たに入ってきた者を睨みつける。しかしその者は、睨まれてなお平然とした様子で、志々雄の前まで大股でやってきた。

 

 その男、見た目は傭兵のようであった。

 

 鍛え上げられた身体に戦慣れしているような雰囲気。そして大きな特徴なのがその顔、いや、正確には目か。

 簡単にいえば、火傷と切り傷で両目ともを潰されているのだが、まるで見えているかのような仕草で、志々雄に丸めた紙を放り渡す。

 志々雄は何も言わずにそれを受け取り、広げて読む。そこには貴族の名前と思しきものがずらっと並ぶ一方で、それら全てに×印が書かれていた。

「どうだったメンヌヴィル。この中に楽しめた連中はいたのか?」

「いないな。至極退屈な任務だった」

 メンヌヴィル!? その名を聞いたフーケは呆気にとられる。ワルドも一瞬硬直した。それはメイジの裏社会にて、『伝説の傭兵』として知られた者の名前。とことん冷酷な炎を操ると噂のメイジだった。

 驚きで呆気にとられる二人をよそに、メンヌヴィルは続ける。

「ゲルマニアの要人暗殺、少しはスリルがあるかとも思ったんだがな……。どいつもこいつも、取るに足らぬ雑魚ばかりだった」

「そうかい」

 志々雄はそう言って、先程見ていた紙を、再びメンヌヴィルに放り返す。メンヌヴィルはニヤッと笑うと、杖を引き抜き一瞬にして紙を灰にした。

 実は刃衛が起こしていた一連の暗殺事件。それはトリステインだけではなかった。敵戦力を削ぐために、ゲルマニアでも高位につく貴族たちを暗殺していたのだった。それを担当していたのがこの男、メンヌヴィルというわけである。

 

「で、やっこさん(・・・・・)は無事、ゲルマニアに潜入できたのか?」

「ああ、全てあんたの言いつけ通りにやっておいた。抜かりはない」

 

 そう言いながらメンヌヴィルは今、引き抜いた杖を志々雄に向けている。まるでそのまま、呪文を詠唱しそうな雰囲気である。

「やるのか?」

 対する志々雄は、依然堂々とした様子で杖先を眺めていた。しばしメンヌヴィルは考えていたようだが……、やがて笑みを浮かべながら杖を納める。

「否、今はまだいい」

「きっ、貴様! シシオ様に杖を向けるとは、何たる無礼を!」

 ワルドが再び激昂し、杖を抜こうとするが、それを志々雄は手で制した。

「別に構わねえよワルド。お前が俺に忠誠を誓っているように、此奴には此奴の理由で俺に従っている。それだけのことだ」

「しっ、しかし……」

 納得できないと言い淀むワルドを、「まあまあ」と、フーケがなだめる。正直ここで争われても、こっちが余計な被害を蒙るだけだと思ったのだろう。

(それに言っちゃあなんだけどさ、あんたその腕であいつになんて勝てないでしょ。メンヌヴィルって言ったら『白炎』の二つ名で恐れられている伝説のメイジじゃない。あたしらとじゃ格が違うって)

 ぐぬぬ……。と、ワルドは歯ぎしりしながら渋々杖をしまう。一方、クロムウェルは「いつの間にそんな事をしていたのか」と、志々雄に対して感心しているところだった。

「私の知らぬ間にそんな手を打っておいでとは……。いや、ですが聞けばジンエの奴はやられ、元素の兄弟も失敗をしたそうではないですか。未だ抜刀斎や虚無の小娘を始末していないとなると、依然状況は芳しくないのでは……」

「それについてはそいつに聞け」

 志々雄は親指で、クイッとあらぬ方向を指差す。クロムウェルもそちらを見て、驚きで目を見張った。

 

 

 

 

 

第五十八幕『元素の兄弟 再戦』

 

 

 

 

 

 なんとそこには、いつの間にいたのだろう……。子供が立っていたのだった。見た目はまだ十に満たなさそうな、金髪の少年ではあるのだが、その身にまとう雰囲気や笑みは只者ではない。

 フーケやワルドも息をのみ、メンヌヴィルも少々眉を動かして口の端を吊り上げる。志々雄は不意にやってきた少年、『元素の兄弟』長兄のダミアンに向けて言った。

「で、どうなんだ。抜刀斎達は殺れそうなのか?」

 どうせ無理だろう。そう言わんばかりの態度で志々雄はフッと笑った。ダミアンもまた、苦笑して頭を掻く。

「いやあ、どうでしょうねぇ。ジャックからの手紙によると、今夜最後の襲撃をかけるそうです。どっちにしろ、明日に依頼の成否が決まる事でしょう」

 肉親が命がけで臨んでいるにも拘らず、わりと平坦な態度でダミアンはそう言った。その態度は信頼の表れか、はたまたそういった情などは最初から持ち合わせてはいないのか。

 しかし、クロムウェルは予断を許さない口調でダミアンに告げる。

「いいか? 抜刀斎と虚無の小娘、ちゃんと両方殺れないようであれば、報酬は無しだぞ!」

 ただでさえ準備中なのに……。とクロムウェルはぶつくさ続ける。戦争はとかく金が要る。兵の維持や武器の調達、船の整備や風石などの貴重品買取りと、何かと入用なのだ。

 ぶっちゃけこの額も払えるかどうか……。と手元の請求金額を見て思うのだが、逆に言えばそれほどの額を払う資格があるともいえた。ルイズや剣心をあのまま放置しているとどうなるのか、それはタルブでの戦いで嫌というほど思い知らされたからだ。

「大丈夫ですよ、いざって時にはジャック達も、それこそ死ぬ気(・・・)で挑むことでしょう。それぐらいはしてくれる奴です」

「ホウ……」

 死ぬ、という言葉に志々雄は反応した。次いで薄らと笑みを浮かべる。

「それじゃあまあ、今夜を楽しみにしてみるか」

 

 

 さて、場所は変わり、ラ・ヴァリエール領地。

 ルイズは、中庭の小舟の中で泣いていた。

 夕餉で父に、自分の想いを無碍にされたルイズは、あの後エレオノールに激しく叱咤されたからであった。

『まったく、お父さまももう若くはないんだから、貴方はさっさと結婚しなさいなルイズ!』

 ルイズの脳裏には、その時にあったエレオノールとのやりとりが鮮明に蘇る。

『ど、どうしてわたしが? 順番で言ったらまずはエレオノール姉さまが――』

『なっ!? あんたには関係のない事でしょおおおおおおおおおおお!』

 この時ルイズは、長女の縁談がいつの間にかご破算になっていたのを知ったのだが、そんなことはどうでも良かった。

『ごっごめんなさい! でもわたし、結婚なんて……』

『どうして……、って、あんたまさかあの平民と……』

『えっ!?』

 それを聞いて、慌てて否定したルイズだったが、体温が凄く上がっていたのは今でも覚えている。

『ちっ、違うわ! わたしは別にそんなんじゃ――』

『フン、まあいいわ。そんなことより早く縁談でも決めちゃいなさいな。そうすればあんたでも幾分か落ち着くでしょう』

『そんな! わたしだって子供じゃないんだから結婚ぐらい自分で決めて――』

『おだまりっ!』

 そうピシャリと言われ、我慢できなくなってルイズは逃げ出したのだった。気が付けば、いつも嫌な時があったら逃げ込んでいた、あの中庭の小船の中で蹲っていたのだった。

 

「どうして……」

 そして今は、人知れずポロポロと涙を流していた。今の今まで認められず、やっとの思いで虚無の魔法に目覚め、誰からも認められる力を手にしたというのに。

 自分の家族は、それを容認してくれるどころか大反対され、全然分かってくれない。

「やっと、姫さまの……、みんなの、力になれるっていうのに……っ」

 でも、この言葉にも不安はあった。ウェールズの事、剣心の事が頭に思い浮かぶ。

 特に剣心は、船の上での戦いで自分がどれだけ無力だったかも分っており、だからこそそれを変えたいがために志願したのだった。

 しかし、どれだけ威勢を作ろうとも、やはり怖い。どこか言いようのしれない不安も当然ある。そういった負の感情に押し潰されているからこそ、溢れ出る涙を止められないのかもしれない。

「ケン、シン……」

 こんな時、彼なら何て言ってくれるのだろう……? というより、心の底では彼がここに来てくれることを、期待しているのかもしれない。

 でも今回は、彼の姿が見えない。というより、来る気配が全くなかった。

(もう、こんな時にまで何処ほっつき歩いているのよ……)

 ルイズはふと顔を見上げた。アルビオンに来る前、ここで泣いていた夢を見た時。幼い自分の手を取ってくれた、ワルド――――じゃなくて、剣心の姿を。

 そして同時に思い出す。ワルドとの結婚前夜での、剣心の台詞を。

 

 

『拙者は、離れたりしないでござるよ。約束でござる』

 

 

「そうよ、わたしだって何度も言ったじゃない。勝手にいなくなるのは許さないって……」

 早く夢の時のように、迎えに来なさいよ。と、ルイズはぽつりと呟く。そしてまた、頭を体育座りした膝に埋めた時……。

 トントンと、桟橋をわたる音が微かに聞こえてくる。剣心かと思ったルイズはハッとして顔を上げた。

 そこにいたのは―――。

「大丈夫? ルイズ」

「……ちいねえさま」

 悲しい時、泣きたい時、辛い時にいつも慰めてくれた優しい次女。カトレアが、いつも通りの慈愛の微笑みでルイズに呼びかけたのだった。

 

 

「大変ねぇルイズ。あなたも」

 小舟の上に乗ったカトレアはそう言って、未だに泣きじゃくるルイズを抱きしめた。それはまるで、母が子供をあやす様であった。

「ぐすっ、どうしてみんな分ってくれないのかしら……」

 ルイズもルイズで、カトレアの胸に顔を埋めて愚痴をこぼす。カトレアはいつもそうして来たように、ルイズの桃髪を優しく撫でていた。

「みんな、あなたの事が心配なのよルイズ。父さまも母さまも、もちろんエレオノール姉さまも。本当は戦争になんて行ってほしくないのよ」

「……ちいねえさまも?」

 ルイズは胸から顔を上げてカトレアを見る。カトレアはニコッと微笑んだ。

「わたしも本音を言えばね。あなたの意思も尊重したいとは思うけど」

「ちいねえさまもご存じでしょう? 今、トリステインがどんな事になっているのか。こんな時だからこそ、姫さまの……ううん、この国の為に役に立ちたいの」

 ここで虚無の事をカトレアに話そうかなと、ルイズは一瞬考えたが、約束の事を思い出して結局はやめた。

 カトレアはそんな葛藤をしているルイズを撫で続けていたが、ここで苦しそうに口元を抑える。

「ちいねえさま?」

「っ……、ごめんなさいね。わたし――」

 次の瞬間、カトレアはさらに激しく咳込み始めた。ルイズは慌てて彼女の背中をさすった。

「大丈夫!? お医者さまにはちゃんとかかっているの?」

「ええ。……でも、やっぱり魔法でもどうにもならない病ってあるようね」

 ルイズは、カトレアの事が不憫でならなった。魔法は誰よりもできるのに……。この病気の所為で学校にも行けず、嫁ぐことさえできないのだ。

 けど、それでもカトレアはにっこりと微笑んでる。不意に彼女の肩に、一羽の小鳥が止まった。

「でも大丈夫。こんな毎日だからこそ楽しいことだってあるのよ。こうやって動物さんと一緒にいたりしてね」

 不思議と、カトレアの周りには小動物が集まってくる。彼女の和やかな雰囲気に、動物達も惹かれて寄ってくるようだった。

「ちいねえさまは本当に凄いよね。そんな小鳥まで自然に手懐けちゃって」

「昔っからかな。何ていうか……、その人や動物が、心の奥で何を想っているのか、薄らとだけど分るの」

 あなたの事もね。とカトレアはクスリと笑った。それを見てルイズは若干頬を紅くする。

「あなた、使い魔さんの事好きなんでしょう?」

「そっ! そんな事! ……ないもん」

 若干どもったような感じで、ルイズはカトレアから視線を逸らす。気付けば頬はリンゴのように真っ赤になった。カトレアでなくとも、恋をしているとピンとくるような顔だった。

 でもね……、と言い置いて、カトレアは告げる。

 

 

 

「あの人はね……ルイズ。本当にハッキリと言っちゃうんだけど……、やめた方がいいと思うの」

 

 

 

「――――ぇ?」

 その言葉を聞いて、信じられないといったような顔を、ルイズはした。

 まさか、母や長女ならいざ知らず、カトレアからそんな言葉を聞くとは思っていなかったからだ。

「ああ、別に頼りにならないとか、そういう意味で言うんじゃないわ。寧ろ今のあなたが活き活きしているのは、間違いなく彼のおかげだと思うし、そのコトにわたしも感謝しているもの」

「じゃあ、どうして……」

 そんなこと言うの……。と、ルイズは若干涙声になって尋ねた。

 カトレアも、少し心苦しそうな表情をしながら……、すっと左頬を、指で十文字になぞった。

 ルイズはそれを見てハッとする。カトレアは剣心の十字傷の事を言っているのだ。

「ルイズは、あの傷の事を彼から聞いたの?」

「それは、まだ……」

 聞こうにも、怖いのだ。だってあれは……。

「わたしね、本か何かで読んだことがあるの。俄かには信じがたい話だと、あなたは思うだろうけどね――」

 そう言い置いて、カトレアはゆっくりと、ルイズに真剣な眼差しを向けた。

 

 

「何かしらの強い『念』を込めてつけられた傷というのは、その強い念が晴れない限り、決して消えることはないって。それはわたしの病気と同じで、魔法でも決して治しようがないんだって」

 

 

「……それって、どういう意味?」

 震える声を隠せないまま、ルイズは尋ねた。

「わたしも詳しくは分らないわ。でもあの傷は、只の傷じゃないってコト。そしてあの傷があるからこそ、今の彼があるってコトだと思うの」

 ルイズは、ふと夢の事を思い出した。思い返すのが嫌だから、もうぽつりぽつりといった体だが、それでも傷の原因となった、あの惨劇ははっきりと覚えている。

 そう、あれは清里という、結婚前の青年が傷つけたもの。ただ生きたいという執念で付けたあの傷は、それだけ強い想いが宿っているんだろうとは思う。

 

 

 

 では、後のもう一本(・・・・・・)は――何だというのだろうか。少なくとも、清里のあの執念に負けないくらいの強い念が、宿っているというのだろうか。

 

 

 

「わたしはね、彼があなたの使い魔になったのは本当に良かったと思うの。彼ならあなたを絶対に裏切らないし、ちゃんと守って行けるって確信も持てるの。助けて貰える時は、思いっきり甘えなさいな。でも―――」

 いつもの慈愛に満ちた微笑みを、この時だけは隠しながら、ヴァリエール家特有の威厳のある強い瞳をもって、カトレアはルイズを見つめた。

 

 

「本気で彼の()に立つのは、それこそ生半可な覚悟ではいかないってコト。照れ隠しの恋じゃ絶対に彼は振り向いてくれないってコトを、覚えておいて欲しいの。あなた自身が、それで後悔しないようにね……」

 

 

「ちいねえさま……」

 ルイズは只、カトレアの強い眼を真正面から見据えていた。まさか、いつも優しい、笑みを絶やさないこの次女がここまで言うなんて……。自分の中では絶対になかった事だ。

 でも、それだけに剣心の事を、そして自分の事を強く想っての言葉だというのはちゃんとルイズにも伝わった。

「分かったわ。要はケンシンを、もっと信頼しなさいって事なのね」

「うーん、ちょっと違うけど……、まあいいわ。今はさっきの言葉だけ覚えておきなさいな」

 まだ今のルイズには難しかったかなー、とカトレアはちょっと頬を掻いた。その表情はいつもの慈愛に満ちた微笑みに戻っている。

「ちょっと説教じみちゃたわね。さっきまでエレオノール姉さまにお叱りを受けていたのに、ごめんなさいねルイズ。でもこれも全部、あなたを想ってのコトなのよ」

「大丈夫。ちいねえさまの言いたいことはちゃんと分ったから。でも……――」

「分ってるわ。それでも自分の行く道は自分で決めるってコトでしょう? それはそれで良いと思うし、そこまでわたしはルイズを束縛するつもりはないわ。―――後は自分で決めなさいな」

 ルイズの肩に優しく手を置き、そして軽く抱き寄せる。カトレアの暖かさを感じながら、ルイズは軽く目を瞑った。

 正直に言うと、カトレアの言う事にはまだちょっとピンとこない。少し大げさなんじゃないかとも思ってしまう。

 そんな中、ふと思い出すのは、人斬り抜刀斎と左手のルーン。結局剣心は、そのことをどう思っているのだろうかという事だった。見た感じ自分に対して怒っているようなそぶりを見せたことはないし、何とも無いようには思うのだけれども……。

 もしかしたら、ちいねえさまはそのことを言っているのかもしれない。だったら、そこはちゃんと決着をつけなきゃね。と、ルイズはそう思った。

「じゃあこうやって、あなたを抱きしめるのも終わりにしようかしらね。もうわたしの知っている、子供のルイズじゃないみたいだし」

「……そうね、ちいねえさま」

 そうだ、もう自分は子供じゃない。自分の事は自分で決めて、自分の足で歩いていく。

 たとえ、その先が命を落とす戦火の中だとしても……。

 カトレアの温かい手から身体を話したその時、ふと別の声が聞こえてきた。

 

 

「あら、仲睦まじいじゃないの。ちょっと妬けちゃうわね」

 

 

「なっ――――!?」

 ルイズは慌てて声のする方向を振り向いた。視線の先にあるのは湖だけだというのに……。

「お久しぶりですわ。わたしの名前、覚えてくれているかしら?」

 湖面を優雅に歩きながら、人形の如き可憐な少女がにこやかに微笑んだ。といっても、カトレアのそれとは全く違う、不気味さが見え隠れするかのような微笑みだったが。

「……ジャネット」

「正解。覚えていてくれて嬉しいわ。ルイズ」

 ジャネットは、そう言って心底嬉しそうな表情をしながらルイズと向き合った。

 

 

 さて、そのころ剣心はというと……。

 ヴァリエール公爵の言いつけ通り、ゆったりとした歩きでルイズの家を後にしようとしていた。

 今は人気のない、暗い領地の夜道を、一人歩いているところだった。

「……なあ相棒」

 しばらくした後、デルフは鞘から出てきて剣心に話しかける。

「何でござる?」

「本当に娘っ子置いていくつもりかよ。俺が思うに相当泣きわめくと思うぜ」

 そうでござろうなぁ。と剣心は独り言ちる。笑い事じゃねえだろ、とデルフ。

「仕方ないでござるよ。両親が反対しているのに、拙者が無理やり連れていく道理はござらん。……これでいいのでござるよ」

「……相棒は嘘つきなんだな」

 いつも茶化すデルフにしては、珍しく冷たい声だった。

「約束したんじゃねえのか? アルビオンで『絶対に離れたりしない』って。そう言ったの相棒じゃねえか」

「では、デルフはルイズ殿が危険な目に遭っても良いと?」

「そうは言ってねえ。ってか、それを守るのが『ガンダールヴ』たる相棒の役目だろ」

「……拙者にそこまでの力はござらんよ」

 買い被りすぎだ、と言いたげな感じで剣心は乾いた笑いをもらす。ここでデルフが、何かに気付いたかのようにポツリと呟いた。

 

 

「何となく分ったぜ。何故『ガンダールヴ』が人斬り抜刀斎の方に力を貸すかが」

 

 

 それを聞いた剣心は、ふと足を止めた。

「……それはどういう事でござる?」

「聞きてえのか? 相棒も薄らとだが分ってんじゃねえのか」

 そうは言いながらも、デルフはちゃんと説明を始める。

「『ガンダールヴ』からしてみれば、使い勝手がいいからさ。今の相棒より抜刀斎の方がな。何せ今の相棒は、娘っ子を守ることをちゃんと考えてはいてこそすれ、それを自分の力……、ひいては『ガンダールヴ』の力を使わずに対処しようとしているからだ。折角力を手にしたってのに、それを使いもせずにいるんじゃ、ルーンだって拗ねちまうわな」

「力があったからとて、それで人を守り切れるわけではござらぬ」

「そこよ。そうやってルーンの力を信じようとしないから、まだ考えなしに力を振るう、『人斬り抜刀斎』の方に自然と力を貸してしまうのさ。余計な事を考えて、話をこじらせているだけにすぎねえのさ」

 剣心は黙ってデルフの話を聞き入っていた。反論してこないので、デルフは続ける。

「相棒、怖いんだろ。また誰かが死ぬのを見るのが」

「…………」

「チクトンネ街で言ってたな、力があったらウェールズ皇太子を守れてたって。その事を言ってんのか。だったら――」

「デルフ」

 剣心にしては珍しい、遣り切れなさそうな感情を吐露するかのような声で、デルフの名前を呼んだ。

「ルイズ殿の想いも分るし、今の拙者の行動が、どれだけ彼女を傷つけているかも分っている。でも、それでも………」

 

 

 もう二度と、死なせたくない、傷ついて欲しくない。

 剣心の脳裏では、どうしても重なってしまうのだ。今のルイズに、あの雪の日と、白梅香の漂う道場の光景が……――。

 自分の罪が、大切な人を死に追いやった。あまつさえ、肝心なところで守れなかった。

 その悔恨が、今もなお枷となって、剣心の歩みを進ませられなかったのだ。

 また、守れないんじゃないかと――――。

 

 

「やっぱりルイズ殿には、危険な目に遭わせたくない、遭って欲しくないでござるよ」

 結局そこに落ち着いてしまった。力はあっても、不安は早々拭い切れるものではない。それは刃衛の時で、嫌というほど身に染みて実感したのだ。

 流石のデルフも、これ以上強く出ることが出来なかった。

「――――分ったよ。けど、それでも最後に言わせてくれ」

 しかし、だからこそ言いたいこともまだ、あった。

 

「俺は、相棒は今まで握られてきた奴の中でも一番と言えるくらい、本当に強いと思ってんだ。飛天御剣流継承者だからってだけじゃねえ。なんて言うか、死ぬまで『自分の闘い』を貫こうとするその精神力、心の強さも含めてな」

 

 相棒の心の強さは、ルーンの洗脳一つに掻き消される程、脆くはないと。

 

「そんな相棒が、今更心の中の人斬りに負けてるなんて、俺にはどうしても思えねえ。ルーンだってそうさ。本当は今の相棒にちゃんと力を貸してえ筈なんだ。それはあのへクサゴンスペルを破った時に、相棒自身も感じているだろう?」

 

 ウェールズとアンリエッタの複合魔法を前にして、なおそれを断ち切る手伝いをしたデルフだからこそ分る。あの時光ったルーンの力が、純粋に相棒の力なのだと。

 

「『ガンダールヴ』は、虚無の担い手を守る『盾』。確かに望まずにその力を渡されたことについて、言いてえ事は十や二十はきかねえだろうけどさ、ルーンの想いと今の相棒の信念、『主人(ルイズ)を守る』って意味ではそんなにブレてねえだろ? もっと力を、娘っ子を信じてやってくれよ」

 

 心の奥底にある人斬り如きに、今更相棒が飲まれる筈はないと、そんなに永く一緒にいたわけではないにも関わらず、そう言い切ってしまえる自信が、デルフにはあった。

 自分の言いたいことは、果たして相棒に届いただろうか……。そんな思いを巡らせ、デルフは剣心の言葉を待つ。

 やがて、剣心はゆっくりと口を開いた。

「……――――拙者は……」

 

 

 ――ドゴォォォォン!

 

 

 突如、剣心のいた場所は、濛々と土煙に覆われた。そこだけ、まるで巨木をそのまま叩き付けたかのような跡だけが残っていた。

「やったか!?」

 隣に立っていたジャックが、期待を込めた様子で思わず声を上げる。可能な限り気配を消したのだ。今自分達ができる最高の奇襲、不意打ちだった。

 しかし、弟のドゥドゥーは苦い顔をして静かに首を振る。

「……駄目だったよ兄さん。躱された」

「なっ、何だと!」

 どこで感づかれた? 歩いていた時は気付いている素振りなんて無かった筈だ!

 そう不可解に感じながらも……、ジャックの心の中ではやはり、この程度で抜刀斎がくたばる筈がないとも思っていた。

 やがて、煙はゆっくりと晴れていき、その中に人影を視認する。途端、ジャックは次なる行動に移していた。

「森の木々よ、我に仇なすものを捕らえよ」

 亜人やエルフにしか使えないという『先住魔法』。それを唱えたジャックは、周りの木々の根っこを伸ばし、揺らめく煙ごと十重二十重と球状に覆っていった。

 このまま一気に収縮させて圧殺してやると考えていた、その瞬間だった。

 キィィィン、という金切り音と共に、伸ばしていた根っこが全て、バラバラに切り落とされていった。

 はぁ……と、ジャックはため息をついた。

「ドゥドゥー、死ぬ覚悟はできているな?」

「あんまり死にたくはないけど……、まあなんとか」

「何でもいい、ジャネットが小娘を連れてくるまでの間だけでいい」

 やがて、動かなくなった木々の根っこを飛び越えて、人影は彼らの前に立つ。

 ドゥドゥーは息を呑んだ。ジャックはまだ癒えていない傷が疼き、顔を歪める。

 

 二人の目の前には、根っこの触手を断ち切った為に逆刃刀の刃の部分を前にしながら、悠然として構える剣心の姿があったからだ。

 

 刹那、夜空の二つの月は、青い月だけが分厚い雲によって覆い隠される。

 残った赤い月が織りなす怪しい光沢が、眼前にそびえる人間の恐ろしさを、より増長させているようにも見えていた。

 草原全体を、薄っすらとだが淡い紅で澄み渡っていく。人間の持つ緋色の髪もまた、月光の反射を受けてより強い濃度で染まっていた。

「こいつを足止めするんだ。いいな」

 無言のまま、眼光から放たれる剣気を受け止めながら、ジャックは呟くようにドゥドゥーにそう言った。

 対する剣心の左手のルーンは、やはり薄らとだが紅色の光を帯びていた。

 

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