るろうに使い魔‐ハルケギニア剣客浪漫譚‐   作:お団子

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第五十九幕『信頼』

 

 紅の月のみが怪しく照らす、ヴァリエール家の領地内にて。

 ジャックは眼前に立つ抹殺対象……、緋村剣心の姿を改めて観察した。

 体格だけ見れば、やはり大して強くはなさそうに見える。単身痩躯、魔法も使えないという事実といかにもな平民らしき格好。これで貴族(メイジ)より強いと思う方がおかしいだろう。

 人間の評価は第一印象で七割方決まると聞く。大方の奴らはここでこの男の実力を知った気になって、過小評価を下すのだろう。ある意味では自分達もそのクチといえた。

 だが……、今はどうだろう。

(この悪寒、この不安、この恐怖……)

 そんな男が自分達を見る眼は、今までに感じたことも無いような、例えようのない殺気を漂わせていた。

 先程まで命を懸けて依頼を実行すると意気込んでいたのに、この眼を見るだけでそれが根こそぎ削がれていく。それほどまでの『剣気』。

 ある意味、自分達は死よりも恐ろしい最期を迎えるのではないのか……、そう思わせる眼光に、改めてジャックとドゥドゥーは戦慄を覚えたのだった。

 そう考えると、改めてこの化け物と真正面から殺り合いたいとほざいていた刃衛は、やはり相当な実力者だったと感心すると同時にどこかおかしい、狂っていたと思わざるをえない。 

 まともな感性の持ち主なら、絶対に相対したくない。この殺気を前にして……。

 油断なく杖を構える。それを見て、改めて剣心は口を開いた。

「お主ら……、確か刃衛と一緒にいた、あの時の傭兵でござるか」

「ああ、そうだ」

 今更隠していても仕方がない、それより一分一秒でも時間を稼がねば……。そう思いジャックは口を開く。

「『元素の兄弟』、土系統を極めし者ジャック。アルビオン新皇帝、オリヴァー・クロムウェル殿より、貴様と、虚無の小娘(・・・・・)の抹殺を言付かった」

「虚無の小娘……って、まさか!」

 一瞬剣心に動揺が走る。隙あり、とジャックは心中で呟いた。

 ジャックは手早い動作で地面に『錬金』の魔法を放つ。膨大な魔力が生み出す土煙は、刹那の瞬間で『火薬』に変わる。

「貰った!」

 次いでドゥドゥーが、阿吽の呼吸の如く『発火』の呪文を唱える。火花が火薬と交わり、大爆発が引き起こされた。

 ジャックとドゥドゥーは素早く自身に『硬化』の呪文を唱えた。余りの広範囲な爆発の跡を、ジャック達は動かず、じっと耐え続ける。

 やがて彼らの眼前には、草木が黒焦げとなった焦熱地帯が広がっていた。そこに剣心の姿はない。

(今度こそ、殺った……)

 ジャックはそう思った。……というより、そう思いたいという表情が、顔に濃く表れていた。

 

 

 

 

 

第五十九幕『信頼』

 

 

 

 

 

「今度こそやったね!! ジャック兄さん!!」

 爆発も収まったため、『硬化』を解いたドゥドゥーが、お気楽な声を上げた。どうやらあれで間違いなく、抜刀斎が死んだと思い込んでいるらしい。

 ジャックも、それを内心期待はしつつも、油断なく辺りを見渡す。死んだなら死んだで焼死体がある筈だ。それをこの目で確認するまでは納得できない。

 何せそれで、一度痛い目を見ているのだ。事後処理はちゃんと確認したい。

「油断するなよドゥドゥー。奴はまだそこいらで息を潜めているかもしれんぞ」

「えぇー、この中から死体を探すの? あんだけ派手に爆発したんだから、身体なんて粉微塵に吹っ飛んでいるよ」

「それでも構わん。とにかく奴が死んだという、決定的な証拠を見つけ出せ」

 とはいえ、やはりやりすぎたな……。ジャックは独り言ちる。あの時は確実に仕留めるために、まだ見せてはいない『錬金』での大爆発を選択したのだ。無理に他の魔法を使い、見切られて反撃されることを防ぎたかった。

 まあその結果がこの有様なわけなのだが。『あいつ』と比べてもやはり思うようにはいかないな、とジャックは思った。

 

 そして暫く辺りを散策していたジャック達だったが……、やはりというか、案の定というか、死体らしきものどころかその一部たりとて見当たらない。

 

「ねえ、全然見つからないんだけど……、ジャック兄さん」

「…………」

「これってまさか――」

 流石のドゥドゥーも察しがついたみたいだ。いくら何でも死んだという証拠がなさすぎる。

(まさか、逃れたというのか。この爆発でも駄目なのか!)

 ジャックは内心悄然としていた。相手の虚を突きとっておきの切り札まで使って、尚成果を上げられない。

 と、するならもう……、

(次は、この屋敷をも巻き込む範囲で……、大爆発させてやる!)

 無論そんな範囲と火力の爆発を起こしてしまえば、下手すれば自分達の命も危うくなる。だが現状……、それぐらいでしか奴を殺しきれる方法が思いつかない。

 とにかく逃げきれない程の大爆発を引き起こす。それが抜刀斎を殺しきる唯一の手段だと、ジャックは心の中で強く感じていた。

「それにしても、奴は何処へ行った……?」

 生きているなら、何故反撃をしてこない。またさっきの爆破攻撃を警戒しているのだろうか……。

(いや、まてよ。まさか!?)

 そして思い出した。確か奴は『虚無の小娘の抹殺』という言葉を聞いたからこそ、動揺……、ひいては隙が生まれたことを。

「くそっ! だったらジャネットが危ない!」

「ええっ!?」

「行くぞドゥドゥー! これ以上奴に先手を取らせるな!」

 即座の判断で、ジャックは動き出した。奴は間違いなく、虚無の小娘を助けるために向かっていったのだ。しかも爆発で煙に巻くことを利用して。

 そして、もしそれが正しかったら、ルイズの所に向かっているジャネットが今、一番危険なのは言うまでもなかった。

 折角別れた隙を狙ったのだ。人質になっていないままの小娘と抜刀斎、この二人の接触は絶対に避けねばならない。

 ジャックとドゥドゥーは素早く、ヴァリエールの屋敷へと戻って行った。

 

 

「大丈夫か相棒!」

「……何とか、無事でござるよ」

 結論から言えば、ジャックの考えは当たっていた。爆発を何とか逃れた剣心は、周囲に生い茂っている草木の中に身を隠していた。

 とはいえ、完全に無傷とまではいかなかった。重症こそ負ってはいないものの、服の所々が煤こけている。

「しかし、爆発の衝撃に乗って一気に脱出するたぁ。やっぱ相棒の判断力はてぇしたもんだ」

 あの時――火薬の匂いで何をするか察知した剣心は、爆風が巻き起こる瞬間を狙って跳躍したのである。

 これであの二人からの追撃を逃れた。暫くは確認作業で追っては来れないだろう。この内にルイズの安全を確認しなければ……。と、剣心はヴァリエールの屋敷へと戻ろうと駆ける。

(しかし、ルイズ殿が虚無の担い手だと、もうバレていたのか――――)

 刃衛がルイズを狙ったのは、自分をおびき寄せる餌程度だと思っていたが、どうやら虚無の真相までかぎつけていたようだ。

 だとしたら、一体何処がルイズにとって安全なのだろうか……。

 そう思案している途中、デルフが言った。

「なあ相棒、さっきの話の続きだけれどよ」

「何でござるか」

「これでもうわかったろ。相棒が娘っ子を安全な場所に隠そうとしても、相棒の敵達が許してはくれねえ。娘っ子を自分の手の届く範囲に置いておけば、こうやって一々確認しに戻る必要もなかったろ」

 またその話か。と思いつつも、こうまでしてルイズの事を心配するデルフに、剣心は何か思うものを感じた。

「そこまでルイズ殿と、拙者の事が気掛かりでござるか」

「まあね。薄らとだが思い出したんだ。相棒とルーンの関係をな。まだ深くは出てこねえんだが……、どうしてもこのまま、娘っ子を置いて行かせたくはねぇんだろうなぁ……」

 デルフはどこか、思うような口調で鍔を鳴らす。それは何処となく寂しげでもあった。

「なあ相棒、頼むから娘っ子はその逆刃刀の届く範囲で守ってやってくれよ。それが一番安全な筈なんだ。『ガンダールヴ』のルーンだって――」

 デルフがそう言い切るうちに、剣心は速度を自然と釣り上げる。見れば左手のルーンが、武器を握ってもいないのに薄らと光っていたからだ。左目にはいつかアルビオンに行く時にあったように、ルイズの今見ている光景が写っていた。

 その思考もまた、ルイズを守る事、その一点に支配されていく。

 

 彼女を守る、その為ならばどんな奴等だろうと斬り殺して――――。

 

(っ……違う! 確かにルイズ殿は心配だけれども……!)

 正常な思考を保ちつつも、その内心はルイズの心配で焦燥している。相反する感情を抱きながらも、駆ける速さはどんどんと増していった。

 

 

「へぇ、あなた。こんな美しいお姉さんがいたのね」

 そう言ってジャネットは、勝手に小舟へ上がろうと迫る。それを止めさせるかのように、ルイズは杖を突き付けた。

「動かないで! ちいねえさまには指一本絶対に触れさせないんだから!」

「あらあら、別にそこまでするつもりはなくてよ。用があるのはアナタなんだし」

 杖を向けられて、立ち止まりこそはしたものの、余裕のある笑みをジャネットは湛えていた。

「あんた、確かジンエと一緒にいたわよね。ってことはレコン・キスタからの刺客ってワケね。酒場の時からわたし達を見張っていたの?」

「それは偶々ですわ。流石のわたし達もそこまで要領が良いわけじゃないもの」

 信じてほしい。そう懇願するかのような眼をルイズに向けるのだが、やはりというか、その眼や表情が一々芝居がかっていて俄かには信じられない。

「あのデブ貴族のウザ絡みから助けてあげたのは、本当に善意なのよ。だってわたし、あなたの事、気に入っちゃったんだもの。その力がね――――」

 そう言ってまた近寄ろうとして……、今度はカトレアが杖を軽く振り上げる。

 刹那、ジャネットの足元の湖面が鞭のように動き出し、彼女の身体を絡め取った。

「……妹に手出しはさせませんわ」

 可愛い妹を守る為だろうか、打って変わって厳しい眼でもって、カトレアはそう告げた。しかし、次の瞬間大きく咳き込み、集中力を乱してしまう。

「ち、ちいねえさま!?」

 それに伴い、ジャネットを縛っていた水の鞭も、只の水となって纏わりつくだけになってしまった。

 恐らく急に魔法を使ったことで、体力がもたなかったのだろう。身体をぐらつかせ、肩に乗っていた鳥は慌ただしく羽ばたいて何処かへと去っていく。

「あら、大丈夫?」

 勝手に唱えて勝手に倒れてしまったカトレアを見て、ジャネットも思わず同情を送るかのような声で呼びかける。

 しかしそれでもまだ、毅然とした眼でルイズを守ろうと前へ出る。それはさながら自分を身代りにして雛鳥を逃がそうとする母鳥の様だった。

 しかし、再びせき込んでしまい、身体を小舟の底に投げ出してしまう。

「ちいねえさま!」

「今日だけ調子が悪いってワケじゃあなさそうね。その様子だと元々かしら? 具合が悪いのは」

 そう言ってジャネットは――ルイズが反応するより先に小舟に近づき、倒れたカトレアの髪を撫ぜた。

「っ――あんた!」

「そう怒らないで。ちょっと診ているだけじゃないの」

 暫く指でカトレアの髪を弄んでいたジャネットだったが、それだけで何かが分ったようなのか、スッと眼を細めて告げる。

「成程、生まれつきって所ね。これは表の世界の水魔法じゃ治せないでしょうね」

「あんた、何でそんな事が……?」

「申し遅れたわね。わたしは裏稼業を生業とする『元素の兄弟』の一人。得意とする系統は『水』。これぐらいなら触っただけで様子が分るのよ」

 自信満々に語るジャネットを見て、ルイズは複雑な心境になった。確かに彼女の言う通り、カトレアの病気はどんな医者でも最後には匙を投げてしまう程、重いものだった。

「あら、今ちょっと期待したんじゃないかしら? 『わたしだったら治せるんじゃないのか』って」

「なっ……!?」

 その心理を見透かすかのように、ジャネットはにやりと薄笑いを浮かべる。

 確かに、心の片隅でそう思ったのは間違いないけども……。

「だからって、それであんたの言いなりには……」

「じゃあこうしましょうか? あなたがわたしについて来てくれたら、彼女の病気を治す手伝いをしてあげるっていうのは。どう?」

 ルイズは唖然とした。本気で言っているのかと。しかしジャネットは囁くように誘惑する。

「あなた分ってないでしょ? 今置かれている自分の立場っていうのが」

「……どういうことよ」

「あなたは虚無の担い手で、抜刀斎はその使い魔だって事。そしてわたし……、正確にはわたし達『兄弟』は、あなた達の抹殺を、雲の上の国から依頼されてきたって事を」

「えっ!?」

 それを聞いて、ただ愕然とするしかなかった。自分が虚無の担い手だって、既に向こうは知っているという事に――――。

「でも本音を言えばね、わたしはあなたを殺す気なんかさらさらないのよ。だって面白いんだもの。虚無の力もそうだけど、何よりあなた自身がね」

 これだけは嘘じゃないのだろうと、ルイズにもそう思わせた。何せそう語るジャネットの目つきは、まるで玩具をねだる子供のそれだったからだ。

「だからぁ、出来ればあなたは、わたしの言う事をなるべく聞いて欲しいの。そうすればお姉さんも……、治すってわけにはいかないけど、今よりずっと良くすることはできてよ」

「そ、そんな事でっ、わたしを、誘惑できるとでも……」

「じゃあ死ぬ? お姉さんも一緒に」

 葛藤するルイズの顔を、ここぞとばかりにジャネットはじっと覗き込む。

 酷薄そうな笑みが、邪悪なそれに置き換わった。

「言っとくけど、あなたの使い魔さんはやって来なくてよ。今頃はわたしの兄達と戦っている最中でしょう」

 混じりっ気の無い殺気を笑顔に乗せて、ジャネットはルイズの様子を見る。

 対するルイズは、剣心がここに来ないと言われても……、それでも、と思うような表情をした。

「わたしが今、思っていることを口にしてもいい?」

「いいわよ。一回だけならね」

 ルイズは、手で口を抑えて蹲っているカトレアの頭を、優しくなぜる。

 そして立ち上がってジャネットの方へ向き直り、大きく息を吸い込んで、そして叫んだ。

 

 

「ケンシン、助けて――――!!」

 

 

 その瞬間、小舟の上から何かが殺到した。

 突然の衝撃に、舟全体が大きく揺れて波が発生する。

「っ――――!?」

 ジャネットも一瞬素に戻った。そして次に襲いくる逆刃の一撃を杖で防ぐ。しかし逆に、その一撃で相手との実力の差を感じ取ったジャネットは、近くにいたカトレアを水で包んで湖から脱出する。

 同じくして突然やってきたその影は、ルイズを抱えて同じように小舟を脱し、岸辺に着地。改めてジャネットと対峙した。

(はぁ、お兄さま達は何をやっているのかしら?)

 もしかしてやられたのだろうか? そんな思いが一瞬頭をもたげる。もしそうなら撤退も視野に入れねばならない。

 流石に自分一人では、あの使い魔を倒すのは無理だと悟ったからだ。

 とはいえ、只退くというわけにもいかない。これは依頼なのだから、結果を残せないようであれば……、一番上の兄に何の制裁をされるかも分らない。

(本当、世の中ってままならないものですわね……)

 小さくため息をつきながら、ジャネットは自分と同じように得物を突き付ける、緋村剣心の姿を見やった。

 

 

「大丈夫でござるか、ルイズ殿」

「あ、うん……」

 叫んだら本当に来てくれた。

 その事に少し驚きながらも、ルイズは剣心を見やって……、一瞬ドキッとする。

 彼の眼は、やはりいつもと違う恐ろしさを、醸し出していた。

 ただ、話しぶりからしてまだ完全に、抜刀斎になったワケではないようだ。

 それでも、やっぱり自分がつけたルーンの所為で苦しんでいるのかと思うと、ルイズの中で後悔と焦燥が渦巻いていた。

 でも、それよりなにより……。

「ケンシン、ちいねえさまが……」

「分ってる。必ず助ける」

 一方で剣心もまた、ルーンが光りそうになる事態に葛藤しながらジャネットと……、人質にとられたカトレアの方を向いた。

 

 もし、ルーンの力を恐れずに解放していたら……、カトレアも助けられた筈だった。

 しかし少なくとも今解放したら絶対に抜刀斎になる。そしたら初撃で、ジャネットを間違いなく惨殺していただろうということも……、同時に理解していた。

 

 取り敢えず今は、カトレアをどう助けるか……、逡巡しながらジャネットの方を向いた。

「お主もまた、あの二人の仲間でござるか?」

「ええ、『元素の兄弟』末っ子のジャネット。以後お見知りおきを」

 優雅にドレスの裾をつまんで会釈(カーテシー)をして、改めてジャネットは剣心と対峙する。

「カトレア殿を、放すでござる」

「そう言われて、ハイそうしますって真似、すると思う?」

 水の檻に閉じ込めたカトレアを見やりながら、ジャネットは剣心へ視線を移す。水の中には魔法によって、直ぐに溺れさせないよう細工していた。

 現状、カトレアは重大なカードだ。どう活かすかで状況が変わってくる。

「わたしの兄達を、どうしましたの? まさか……」

「安心するでござる。誰一人死んではござらんよ(・・・・・・・・・・・・)

 言っていることに嘘はないだろうが、詳細は語らず。中々に喰えない男だとジャネットはこの時思った。

(あぁコイツ、舌戦にも慣れているのね……、正直一番やり合いたくないタイプですわ……)

「あんた! 早くちいねえさまを解放しなさいよ!」

 ここでルイズが、身を乗り出して叫ぶ。

「そうしたいのはわたしだって山々よ。でもねぇ、隣の使い魔さんが眼をぎらつかせて怖いのよ」

 剣心よりルイズの方がまだ御しやすい。そう思案したジャネットはルイズを懐柔しながら、何とかやり過ごそうと画策した。

「そうねぇ、あなたからも言ってやってくれないかしら。その物騒な剣を捨ててくれるのなら、お姉さまの解放を考えてあげても良くってよ」

「なっ、そんなこと……!」

「では、拙者がこの刀を捨てれば、カトレア殿を放すのでござるか?」

 慌てるルイズの代わりに、剣心が先に、冷静に質問する。

 普通に考えれば願ったり叶ったりなのだが……、それが逆にジャネットの不安を煽った。

 こうも物分りが良いと、何かあるんじゃないかと勘繰ってしまう。相手はあの兄二人を手玉に取る程の猛者なのだから。

(そう言えば、アイツには納めた剣をそのまま飛ばして攻撃する技があるそうね)

 もしかしたらそれをするつもりなのか。だったら余計な事をさせるのはなおさら避けたい。

「ああ、やっぱり止めたわ。とにかく使い魔さんは何もしないで頂戴。逆に少しでも何かしたら……」

 みなまで言わず、その杖をゆっくりとカトレアに突きつける。思わずルイズは叫んだ。

「や、やめて! やめなさい!」

「分ったわ! じゃあこうしましょっか、『人質交換』ってやつをね」

 ここで何か閃いたのか、ジャネットがそう提案してきた。

「なっ!?」

 これにはルイズどころか、剣心も驚愕する。

「そう、人質交換。ルイズ……。お姉さんを救いたいのなら、あなた自身がわたしの人質になるの」

「……そんなことして、何を企んでいるの!?」

 信用ならない、そう言った意味も込めて叫んだのだが、それに対しジャネットはあっさりと白状する。

「簡単な事ですわ。あなたが人質に来れば、その使い魔さんも迂闊に手出しはしてこなくなるでしょう?」

 別に剣心は、カトレアもルイズも、見捨てるつもりはさらさら無い。しかし少なくともジャネットは……、そうは思っていない。それほどまでに、今の剣心の眼を畏れているのだった。

 まだルイズが人質になった方が、使い魔を抑えられると思ったのだ。『使い魔は主人を絶対に見捨てたりはしない』。使い魔を持つメイジなら、知らない者はいない常識だ。

「さあどうしますの? まあ断ったらどうなるかは――」

「お主――!」

 剣心が身を乗り出そうとした、その前をルイズが更に乗り出した。

「じゃあ、わたしが人質になったら……、ちゃんとちいねえさまを解放するんでしょうね?」

「ルイズ殿!?」

「聞いて、ケンシン」

 ルイズが、神妙な様子で、剣心だけに聞こえる範囲で耳打ちした。

「わたし、ずっと考えてたの。あんたのルーンのコト。それの所為で、成りたくもない抜刀斎に、ずっと苦しめられているってコトを」

 それはどこか悲しく、儚げな面持ちだった。

「アイツはわたしを殺しに来たって言ってたけど、そのつもりはさらさら無いって言ってもいたわ。ちいねえさまよりわたしの方が、人質になっても死なない確率が高い」

 ちゃんと剣心と、カトレアの事を考えている面持ちでもあった。

「そして、仮にわたしが死んだとしても、使い魔のルーンは消える。そしたら、あんたは抜刀斎にならずとも、全力を出せるんでしょう?」

「ルイズ殿!? お主は――」

 ここで剣心は、ルイズの真意を悟る。

「……使い魔の不始末は、主人であるわたしの責任。わたしが死んで、それでちいねえさまやケンシンが助けられるのなら――それでも構わない」

 剣心も助ける。それは恐らく、ルーンに宿る抜刀斎の意思から……、という意味であろう。

 ルイズは、剣心の一歩前を出た。

「ちいねえさまから聞かされて、わたしなりに出した考え。『隣に立つ』っていうのは、こういう事だと思ったの」

「ルイズ殿、それは――」

 違う……。そう言おうとして、振り向いたルイズの表情に、言の葉を飲み込んだ。

 ルイズは今までに見せたことのない、カトレアのような優しい笑顔でこう言ったのだ。

 

 

 

「信じているからね。ケンシン」

 

 

 

 心の底から使い魔に身を預けている、その表情。

 本音を言えば、死ぬのは怖いだろう。でもそれすらもはねのけられる程に、彼女は剣心の事を信頼しているのだ。

(ルイズ殿――――)

 それに比べて、自分はどうだろう。いつまでもルーンの中の人斬りに怯えて……。覚悟が足りて無いのは、自分の方なのではないのか……。

 そう考える剣心を背に、ルイズはゆっくりと、ジャネットに向かって歩みを進める。ジャネットは油断なく剣心の動向を見やりながら……、ルイズが、自分の杖が届く範囲まで来ると、カトレアを包んだ水の檻を解放する。

「――ぷはっ! はぁ……っ」

「ちいねえさま!」

 ルイズはカトレアに駆け寄ろうとして、その前をジャネットが阻んだ。

「はいそこまで、安心なさいな。閉じ込めた以外に何かしたわけじゃないから」

 確かに、咳き込みながらも心配そうにルイズを見上げるその目は、特に洗脳とか受けているようではなかった。おそらくジャネットなりの信条なのだろう。

 その代わり……、と言わんばかりに、ジャネットはルイズに歩み寄った。

「あなたには、これからたっぷりと楽しませてもらうから――――」

 そして気付いた。ルイズの背後から、見慣れた『ブレイド』が飛んでくるのを――。

「――――っ!?」

 ジャネットは咄嗟に、ルイズを抱えて身を翻す。殺気に気付いた剣心が即座に逆刃刀を構えようとして――。

(――ヒトキリニモドレ)

「ぐっ―――」

 再びルーンの暗い声が頭に響き渡る。そのせいで一瞬、身体が止まる。

「貰った!」

 決定的なまでの隙をさらした。今度こそ当てられる。襲撃者ことドゥドゥーは、確信を持ってルイズにその剣を振り下ろそうとした、その刹那――。

「飛天御剣流 -土龍閃-!」

 直接斬る事を止めた剣心は、素早く地面に向かって刀を振り下ろす。

 あくまで土砂を巻き上げるつもりだったのだが、『ガンダールヴ』の力が少しだけ漏れ出ていたためか、その威力は使用した剣心の予想を遥かに超えていた。

「おうぅわあああああああああ!!!」

 咄嗟に身体を『硬化』で防いだからいいものの、それでもスクウェアクラスが使う土系統魔法『土弾』より遥かに巨大な土や岩の塊がドゥドゥーを襲う。

 ダメージこそ軽傷程度で済んだものの、宙を跳んでいたために踏ん張りまでは効かず、その質量に押されて吹っ飛んでいった。

「ケ、ケンシン!」

 それを見たルイズが慌てて剣心の元へと駆け寄ろうとして……、その手をジャネットが掴む。

「なっ、放しなさいよ!」

「それはないじゃない。わたしはちゃんとお姉さまを解放してあげたのに」

 そう言ってジャネットはルイズに杖を突き付ける。暴れようともがくも、その切っ先は正確に首筋に突きつけられていた。

 結局、彼女に捕まってしまった。その事に歯噛みしてルイズは、気づかなかった。

 ジャネットもまた、内心冷や汗を流しながらこの戦いを見守っている事に――。

(まったく、あなたが召喚した彼は――とんでもない化け物のようね……)

「くそっ! なんで邪魔したんだジャネット!」

 土煙が晴れていく。その瞬間ドゥドゥーは跳ね起きる。

 元々あの奇襲はルイズを狙ったものだ。取り敢えずあいつさえ死ねば抜刀斎の力は半減する。ルーンの効果が消えるからだ。

 なのにジャネットは……、何故かそれを邪魔したのだ。その前に剣心が阻んだからどの道失敗には終わっていたが、それでもルイズを庇う道理などないはずである。

「お前、まさかまだそいつを人形に仕立て上げる気でいるんじゃないだろうな!?」

 彼にしては珍しい、ひどく焦った様子だ。しかしジャネットは冷静にルイズに杖を突き付けるのみ。そこから魔法を唱える様子もない。

「……違いますわ兄さま。ようやくわかりましたの。彼を倒したくば、今の状態が一番のチャンスだというコトを」

 ジャネットは改めて、剣心の様子を見やる。その左手のルーン、使い魔としての証は今、不安定な紅い明滅を繰り返している。最初はジャネットも、使い魔のルーンが無くなったら戦闘力は半減するだろう……と、思っていた。

 でも今は違う。洗脳や心の操作、その神髄を知るジャネットだからこそわかる。あれはルーンによって洗脳されかけている光だ。

 つまりそれは、今の状態こそ、彼の戦闘力が一番落ちているという事。とてもそうは思えないが、まだ自我とルーンの洗脳で揺れ動いているのだろう。

「……何を言っているんだ? 良くわからないぞ」

「わからないならそれで結構。とにかく今わかってほしいことは……、そいつを消すにはこの瞬間しかないって事だけですわ」

 ジャネットは杖をルイズに突きつけたままそう言った。だがドゥドゥーはまだ疑問に思う。だからといってルイズを殺さない理由にはならないじゃないか。

 しかし先にジャネットが叫ぶ。

「それより早く! また抜刀斎が動き出しますわ!」

「っ……、ああもう! どうにでもなれだ!」

 取り敢えずジャネットが役に立たない。それだけはわかったドゥドゥーは、苦い表情で杖を掲げた。『ブレイド』だ。

 でもこんな魔法、何度も撃ってはみたが当ったためしがない。まあ当たればさすがに死ぬだろうから問題ないとは思うが、当たらなければどうという事はない。という事実はチクトンネ街での戦闘で嫌というほど思い知らされた。

 だからこれも躱されるだろう。そう思いながらもそれしか攻撃の手立てがないドゥドゥーは杖を振り下ろす。

 そして案の定、剣心はその『ブレイド』を紙一重で躱して接近してくる。

 逆刃の光が、一瞬にしてドゥドゥーの視界を覆う。しかし、ドゥドゥーはその中で疑惑を感じた。

(あれ、これって――――)

「飛天御剣流 -龍巻閃・旋-!」

 すれ違いざまの一撃。その神速の剣は、普段通りだったならば間違いなくドゥドゥーの首筋を捕らえていた事だろう。

 しかし――。

「――っと!」

 それをドゥドゥーは避けた。何というか……、『硬化』するまでもないくらいに遅いのだった。

 もしかして……、と思ったドゥドゥーは、そのままブレイドを一旦解除。そこから改めて狙いを定め、『ライトニング』の呪文を放つ。

 通常、『ライトニング』の呪文は何処に飛んでいくのかが分らない為、非常に使い勝手が悪い。だから普通は雲を作り出してから放つ『ライトニング・クラウド』を選ぶ。

 それでもドゥドゥーは、相手の速さを動体視力で見抜くことで易々と撃ち放った。

 そして、その稲妻の行き先は、確かに剣心の姿を捉えていた。

「――っ!」

 それでも剣心は、宙に浮いた身体を捻って稲妻の攻撃を避ける。しかしその動きもまた、ぎこちない。

 身体全体に当たりこそしなかったが、僅かに右足の方に通電した。

「よ、良く分かんないけど、いつもより遅いぞこいつ!?」

 事情は察せなかったが、やっと攻撃が当ったことに気を良くしたドゥドゥーは、すかさず追撃を入れようと試みる。

 剣心は足を庇いながらも、手で受け身を取って蹲る。今なら攻撃が当て放題だと楽観していたドゥドゥーだったが――。

「駄目ですわ、兄さま!」 

 突然のジャネットの制止も相まって、攻撃の手を止めた。何故こんなにもすんなり追撃を止めたのか、それはジャネットの声の他にも理由があった。

(まただ。また――あの『眼』だ)

 蹲っている剣心がした、こちらを見る眼――。それが、ドゥドゥーが追撃を止めた最大の理由だった。

 刹那脳裏に蘇るのは、あの時の戦いの記憶。最後の一撃を放とうとして、逆に九つの瞬撃を喰らった際に見た。あの眼だ。

 

『邪魔だ――』

 

「何だよこいつ……、強いのか弱いのか、全然わかんない……!」

 とはいえ、足は奪ったのだ。有利なのはこちらの筈。だけど、ここで攻め込んだら、多分『斬り殺される』。

 確信にも似た予感が、ドゥドゥーに追撃を許さなかったのだ。

 そんな背景の中、剣心はゆったりと立ち上がる。その右足は稲妻の火傷で若干焼け焦げている。

「――ケンシン!」

 ルイズが叫んだ。またあの眼をしている……。それがまたルイズの不安を大きくした。

 そしてその左手は、先程よりも更に『紅く』光り輝いていた。

 

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