るろうに使い魔‐ハルケギニア剣客浪漫譚‐   作:お団子

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第六十一幕『真の覚醒 後編』

 

 夜空に降り注いでいた朱い月光は、いつの間にか雲の中へと姿を隠す。

 代わりに、別の雲の切れ目から、青い月光が、大地に降り注ぐ。

 その光を浴びながら、剣心は大の字で倒れていた。

 右手にはまだ、信念の象徴である逆刃刀を強く握りしめ、左手のルーンは未だ、淡い桃色の光を宿している。

 不思議だった。あんなにも叩きのめされていたのに……、心は何処までも澄んでいる。

「おい、大丈夫か相棒! おいって!」

 背中の鞘に収まっているデルフが喚いた。今は彼の声も、キチンと頭の中で反響している。

(刃衛の時とは、全然違うなぁ……)

 あの時は、ただひたすらに幕末という靄の中を歩いていた。戦いはほぼ無傷であったが、心は荒んでいった。

 今はその逆。体はボロボロなのに、頭はどこまでも冴えわたる。このまま突っ伏していたら、確実に死が待っているというのに……。

 

 

 だからだろうか? 「死」を身近に感じる為だからであろうか?

 

 

 ふと、脳裏に蘇る。己が師匠との最後のやり取り。

 奥義の伝授。その手前で感じた、師が放った本気の殺気。

 五体満足の自分が死ぬ……、と本気で感じたのは、あれが最初で最後だった。

 それを切り抜けた時に得た、一つの答え。

 

(生きようとする意志は、何よりも強い――)

 

 剣心も気づいていた。ルイズが自殺しようとした瞬間から、ルーンのアプローチが大きく変わったということに。

 考えてみれば至極当然だろう。主人を守るために存在するのが契約(ルーン)の意義なのである。しかし、今はその契約の力が、主人を死に追い詰めている。

 始祖の力の残り火たる『ガンダールヴ』は思ったのだろう。「このままではいけない」と。

 だから今度は、『抜刀斎』ではなく、そのもっと前の記憶……、『心太』だったころの記憶に、干渉を始めたのだ。

 

 今のように余計なことを考えず、ただ守りたい人を守るために剣を振っていたころの気持ちを、再び思い出してほしいとばかりに――――。

 

『違うな。お前は人斬りだ』

 ふと、視界に靄がかかる。靄は形を変え、人の姿を成していく。

 それは紛れもない、刃衛そのものだった。

『人斬りは、所詮死ぬまで人斬り。それを思い知ったはずだ。あの船の上で。同じ人斬りが言うんだ、間違いない』

 自分の中に未だ抱える葛藤、後悔。その具現。

『認めてしまえ。楽になるぞ――』

 

 狂気の笑みを浮かべる、その表情を――しかし、次の瞬間、一陣の風が振り払った。

 

『違うな。彼はもう、人斬りではない。少なくともそれを決めるのはお前じゃない。お前が決めるのであれば、ぼくにも決める権利がある』

 刃衛を一瞬でかき消した、その風もまた人の形を作り上げる。

 それは、この世界に来て、初めて自分が守れなかった人。

『人はいつだって、変われる。変わることができる。……戦で命を散らそうと自棄になっていたぼくが言うんだ。間違いない』

 最愛の人を最後まで案じ、そしてこの世界に来て初めて自分を『友』と呼んでくれた男だった。

『ウェールズ殿……』

『生きようとする意志は、何よりも強い。だろ? きみはまだ、ここで倒れていい人間じゃないよ』

 ラグドリアンで戦った時のような、醜悪な表情ではない。幼きアンリエッタを射止めたであろう、慈愛に満ちた微笑みを浮かべて、ウェールズは言った。

『ぼくはもう死んでしまったけれど、それでもぼくは今でも、きみのことを友と思っている。……だからいつまでも、そんな顔をしないでくれたまえ。きみの所為じゃないのだから』

 そう言ってウェールズは手を差し伸べる。薄っすらとであるが、その体はルーンと同じ淡い桃色の光を放っていた。

『きみだって分かっているはずだろう? その光は、大切な人を守るためにある。恐らくぼくが死ななかったら、その光ともちゃんと向き合えたはずなんだ』

 だが、ウェールズが死んだ悔恨が、ルーンに『人斬り抜刀斎』としての人格を認知させてしまった。考えなしに力を振るう未熟な時代の自分。全然力を使ってくれないルーンからも、そちらのほうが良いと徐々に思われていっても仕方のないことであった。

『だからこそ、自分を責めないでほしい。大丈夫、ぼく(・・)はきみの、その信念も一緒に守りたいと思っているから――』

 

 一瞬、剣心は目を見張る。手を差し伸べてくるウェールズの姿が、別の誰かに変わっていくことに。

 

『お主は―――?』

 ウェールズと同じように、利発そうな表情をした青年。ただ、その表情だけは、彼と同じく自愛の微笑みを浮かべていた。

 

『やっと会えた。ヒコの意志を継ぐ者よ。ぼくの方こそすまなかった。きみの本質がどっちにあるのか、判別できずに間違った方に(・・・・・・)力を貸して、苦しい思いをさせてしまったね』

 

 小柄で若く、真面目そうな顔に撫でつけた金髪が輝いている青年。

 彼は最初、本気で済まなさそうに謝っていたが、『でももう大丈夫』と、力強く言った。

 

『さあ、手を取って。きみが大切にしているもの、失いたくないと思っているもの、全部を守れるように。一緒に、行こう』

 

 惹かれるがまま、剣心は左手で青年――――若きブリミルの手を取る。

 瞬間、靄がかかった視界は、雲が晴れた二つ月をその目に移した。

『剣』と『心』を賭して、この闘いの人生を完遂するために、彼は再び、力強く意識を取り戻していった。

 

 

 

 

 

第六十幕『真の覚醒 後編』

 

 

 

 

 

「ふぇんひぃん、ふぇんひぃぃぃん!!」

 ルイズが、涙を流しながらひたすら声にならない叫びを上げる。

 ジャネットに腕を噛まされたせいで、くぐもった叫びしか出せないのであるが、それでも自分の使い魔の名を呼ばずにはいられない。

 無理もなかった。誰よりも強い、そう言い切れるほどに信を置いた自慢の使い魔が、今、爆発で吹っ飛び地面に倒れ伏している。絶対にありえないであろう異常事態。

 誰よりも早く、彼のもとに駆け付けたい。その思いでルイズはひたすらに暴れた。

「ぃっ、だぁ……! くぅ……っ、ちょっ暴れないで!」

 ルイズの反抗に、一番堪えたのはジャネットだった。身体能力の差でルイズを組み伏せているものの、腕を噛まれた衝撃で杖を落としてしまい、それ以上抑え続けることができない。

『先住魔法』を使おうにも、ルイズは思いっきり噛み締めてくるせいで、集中すらできない状態なのだった。

「やった! やったよ兄さん、ジャネット! ついに人斬り抜刀斎を、ぼくたちが倒したんだああああ!」

 一方で、一番能天気に事を考えていたのはドゥドゥーだった。ジャックの人形爆撃は間違いなく被弾した。これは間違いなく死んだろうと断じていたのだ。

「へへんだ! ぼくたち元素の兄弟に、ただの平民が勝てるわけないじゃないか! ねえ兄さ――――」

 そう言ってドゥドゥーはジャックの方に顔を向けた瞬間だった。次兄の怒号が、周囲に響き渡る。

 

「警戒を解くなドゥドゥー! 抜刀斎がこれしきで! くたばるわけが! ないだろうがぁ!」

 

 その叫び声に、ドゥドゥーも思わず「ひっ……!」と漏らす。冷静沈着な次兄が、ここまで自分を怒鳴りつけることは初めてだった。

「に、兄さん……?」

「兄さま……?」

 ドゥドゥーもジャネットも、次兄の豹変ぶりに驚く中、ジャックは依然厳しい双眸で倒れた剣心に意識を集中する。

 浮遊船での戦闘で、いやというほど思い知らされたからこそわかる。彼らは平民でありながら、自分の理解の及ばざる領域にいる強者なのだと。

 様々な任務をこなすうえで培ってきた経験や技術、亜人の血を引くが故の強さへの自負、その上で築き上げてきた自信。それら一切合切を、あの戦いで砕かれてしまっていたのだった。

 上には上がいる。『修羅』という名の化け物たち。それに誰よりも直に触れあってきたジャックは、当然先の爆撃も『相手は爆発の瞬間地を蹴って、負傷を最小限に減らしていた』事にも気付いていた。

 それに気付かずにいる愚鈍な三男に、喩えようもない怒りを溜め込んだのは、これが初めてだった。

 

 

 あの時……、抜刀斎と刃衛の戦いを、他の兄弟たちと共有できなかった。それゆえに起きた認識のズレが、彼らの間に大きな亀裂を生む事となるのだが……、それが表面化するのは、もう少し先の話である。

 

 

(追い込んでいるのは事実。だが奴は何故か反撃せず、受けに回っていた。何故だ? 何故……?)

 なぜ急に攻撃をもらい始めたのか。

 その理由を考えていた刹那、不意に抜刀斎――否、剣心は起き上がった。

「――――――――ッ!」

「ふぇんひぃん!」

 兄弟達には戦慄が走り、ルイズは驚きと……、若干の安堵を覚える。

 さっきの爆撃も、多分、剣心はかわしていたのだろう。そんな確信はルイズにもあった。

 しかし、それでも無傷とはいかなかったようで、服が若干焼け焦げて、焦げたような火傷痕を胸からのぞかせている。

 そしてその顔は、俯いていて、表情は分からない。ただ、左手のルーンだけは、刃衛の時のような鮮血の色ではなく、淡い桃色にまだ光っていた。

 怪我は大丈夫なの? 抜刀斎になってないよね? そんな思いが、再びルイズを突き動かした。

ふぁなひぃへ(放して)! ふぁなひぃへひょおお(放してよぉ)!!」

「だからっ、痛いから暴れるんじゃ――――!」

 再び暴れ出すルイズを、ジャネットがまた抑えようとして……。

 

 

「静かになさい。今、何時だと思っているのです?」

 

 

 どこまでも底冷えする声と共に、ジャネットの首筋にピタりと杖を突き付ける影が現れた。

(――――――っ!)

 まったく気付かなかった。いつからそこにいたのだろうか……? ジャネットは抵抗をやめた。

 抑える力が急に緩んだことに驚いたルイズは、ジャネットの背後にいる影に目をやると――――、

「ふぁ、ふぁあひゃま(母さま)?」

「全くあなたたちは……。親から教わらなかったのかしら? 夜中に人様の敷地で騒いではなりませんと」

 ルイズの母、『烈風』の二つ名を持つ最強の騎士カリーヌが、そこに立っていた。

 ルイズは思わず身震いする。ジャネットも一筋の汗を垂らした。

 口調こそ窘めている感じではあるが、その瞳は『ルイズを放さなければ殺す』と、雄弁に語っていたからだ。

 状況も相性も最悪……。ジャネットも悟ったのだろう、何も言わずにルイズを放し、両手を上げた。

 ようやくジャネットの腕から逃れたルイズは、まず最初に倒れているカトレアの方へ駆けつけた。

「ちいねえさま! 大丈夫!?」

 上半身を抱き寄せながら、ルイズは尋ねる。

「わたしは大丈夫よ……。心配かけちゃったわね」

 対するカトレアも、ルイズを心配させないようににこやかな笑みを浮かべ、優しくルイズの頬を擦った。

「良かった……! 本当に良かったよぉ……。ちいねえさまに何かあったら、わたし……」

「あなたも無事で、良かったわ。可愛いルイズ」

 最愛の次女が無事だったことで、心底安堵の涙を流すルイズ。

 しばし、二人はひしと抱き合った。

 

 

 さて、この展開にドゥドゥーは驚愕する。

「なっ、なんだあいつは!?」

 ジャネットが背後を取られ、あまつさえ捕まった。この事実にドゥドゥーは声を荒げる。

 だが、考えてみればそれも至極当然。ここは大貴族ヴァリエール家のお膝元。時間が経てば経つほど敵は増えていき、徐々に不利になる。

 さらにあれだけドンパチを重ねてきたのだ。勘の鋭いメイジなら駆けつけて来てもおかしくない頃合いではあった。

 それでも、末っ子とはいえ並のメイジよりはるかに腕が立つジャネットが、ルイズを捕まえているとはいえ、あっけなく囚われてしまったことに対して、驚きを隠せなかったが。

 いよいよもう時間がない。ドゥドゥーもまた、焦りにとらわれていた。

「ヤバいよ兄さん! ジャネットも捕まった! 助け出していったん退こうよ!」

 ドゥドゥーは兄に向かって叫ぶ。しかし、ジャックの声は、どこまでも冷徹だった。

「ドゥドゥー……、最初に言っただろ。撤退はなしだと」

 まるで、いつもの兄とは別人のような冷えっぷりに、ドゥドゥーは再び怖気を覚える。

 

「抜刀斎は、必ず殺す。虚無の小娘も、必ず殺す」

 

 それを聞いて、カリーヌは目を吊り上げた。静かではあるが、凄まじい殺気をジャックにぶつける。

 しかしそれを受けてもなお、泰然として様子で、ここにいる皆に宣告するように、口を開くのだった。

 

「それが、任務だ」

 

 それはもう、長兄に怒られるからとか、そういう理由では……、無くなっていた。無論、私怨というわけでもない。

 壊された自信、砕かれた自負。それを取り返すという自分への目的へと、置き換わっていたのだった。

 刃衛と抜刀斎という昏い耀きに、ただただ脳を焼かれてしまった次兄の姿が……、そこにはあった。

「ッッ……、だったら――――」

 あんな兄はもう見たくない。それが、ドゥドゥーの最後の理性を飛ばした。

「もう、チャンスは今しかないじゃん!」

 破れかぶれなのはわかっている。だがもう、この機を逃したら一生こんな好機は訪れない。

 だからこそ、ドゥドゥーはジャックの鎧兜を着込んだまま、最後の攻勢に出た。

「死ねぇええ! 抜刀斎ぃぃぃ!」

 

 

 ドゥドゥーが叫びながら剣心に向かって殺到する。

 それを見たルイズは、慌てて叫ぶ。

「ケンシン? ――――ケンシン!?」

 しかし、剣心はただ微動だにせず、ドゥドゥーが接近してくるのを許していた。

「ケンシン、駄目! お願い逃げて!」

 呪文も間に合わない。ただただ逃げるように叫ぶルイズの、その声に反応するように、剣心は顔を、ルイズに向ける。

(――――えっ?)

 

 抜刀斎ではない、いつもの穏やかで優しい微笑みを浮かべる剣心の表情が、そこにはあった。

 

(本当に、心配をかけたでござるな。ルイズ殿)

 目が、そう語りかけている。もう大丈夫とも、言ってきている。

 その瞬間、今まで抱えていた不安や恐れが、一気に吹っ飛んでいくのをルイズは感じた。

 先ほどまで、剣心の心配をしていたということすら忘れてしまうほどに――――。

 

 

(貰った!)

 杖先で巨大なブレイドを作り上げながら、ドゥドゥーは内心叫ぶ。

 どうやって殺すか、色々考えたが……、やはり最後に選ぶのは、自分が長年信を置いてきた必殺の技だ。

 強大な魔力の刃が、彼の頭頂部をとらえる。無論、攻める前に予め全身を『硬化』の呪文で覆ってもいる。更に次兄お手製の鎧付きだ。たとえ逆刃で反撃してきても防げる自信があった。

 これ以上ない布陣。そう考えドゥドゥーは、ブレイドを容赦なく、彼の頭に向かって振り下ろさんとして――。

 そこで、ドゥドゥーの意識は暗闇へと沈んでいった。

 

 

「――――」

 そこにいる、全員が驚いた。

 鎧を着たドゥドゥーが、剣心を殺さんと杖を振り下ろす。その瞬間、彼は宙を舞った。

 

「――――ッ――」

 鎧は無残に剥がれ、白目を剥き、ドゥドゥーは夜空を背泳ぎする。

 しかし宙にあるのは水ではなく空気。やがて重力に従い、ドゥドゥーは落ちていく。

 ドボン! と水しぶきが舞う。仰向けに湖面を漂う三男坊の姿が、そこにはあった。

 

「――――え――――っ!?」

 声にならない声を上げながら、残りの皆は、左足(・・)を踏み込みながら、逆刃刀を振り上げ固まっている剣心に、自然と視線がいった。

(あ、れ……は、確か、ケンシンが言ってた……、『奥の手』……?)

 ふとルイズは思い出す。デルフが語っていた、次元の違う速さを誇るという抜刀術。へクサゴンスペルすら、容易に突破してみせた必殺技のことを。

 刃衛の時の事を思い出し一瞬、殺してしまったの? と嫌な予感が脳裏をよぎる。

(でも……)

 一瞬前に剣心がしてくれた、あの笑顔を思い出す。ルイズは、今の彼を信じようと思った。

 ふとルイズは周りを見渡す。自分はあの技を見るのは初めてではないため、いち早く虚脱状態から脱出できた。

 そして案の定というか……。初見の皆は、一様に目と口を見開いたまま固まっていた。敵も、味方も。

 カトレアでさえ、口に手を抑えて目を丸くするばかり。カリーヌも、いつもの厳しい双眸が若干緩んでいるように見えた。

(母さまのあんな顔、初めて見たわ……)

 少し呆けた母を新鮮に見ていたルイズは……、続いてジャネットと、それからジャックに視線を移す。

 彼だけは、呆然とせず、ただ厳しい表情をもって剣心に問いかける。

「何だ――その技は」

 そう、ジャックもまた、この技を知っている。否、身に染みて分かっている。

 浮遊船での戦い、最後に首を掻っ切ろうと迫った瞬間に起きた、あの理解不能な現象。――――あれを更に数倍強力にしたかのような一撃。

 未だ疼く腹の傷を抑えながら、奴の強さの源泉を少しでも知ろうと、ジャックは問うた。

「飛天御剣流 奥義」

 やがて、剣心はゆったりと姿勢を正し、皆に向き直る。視線は今や、剣心に全員釘付けとなっていた。

 

「-天 翔 龍 閃(あまかけるりゅうのひらめき)-」

 

 そして最強と謳われし飛天の奥義の名を、皆に告げるのであった。

 

 

「あま、かける……、りゅうの、ひら……めき?」

 たどたどしい口調でルイズは、剣心の言ったことを反芻する。

 こうやって、改めて見ても、いったい何をしたのか、さっぱり分からない。

 強いとか、弱いとか、そういう次元じゃない。ただ『分からない』。でも、逆にそれがとっても凄いことなんだろうなっていうのは、ルイズも理解した。

「……ぁあ、これだ……!」

 次の瞬間、剣心の背後で鍔を鳴らしながら、万感の意を込めた声を漏らしたものがいた。デルフだ。

「これだ! これだぜ相棒! これが『ガンダールヴ』の力! これが『飛天御剣流』の本気! 安心しな娘っ子! さっき飛んでいったあのバカは死んじゃあいねえ!」

 誰よりも嬉しそうに、デルフは叫んだ。

 事実、先の攻撃は『当たる刹那の一瞬だけガンダールヴを自動で切る』という形で、従来通り『不殺』で『ガンダールヴの力』を振るえるように、ルーンの方から(・・・・・・・)自動対応したのであった。

 デルフ側からすれば、何がどうしてそうなったのかの理由は判別できなかったが、ようやくあの、へクサゴンスペルを打ち破った彼本来の力が、発揮できるようになった形だ。それに誰よりも喜んだのが、意外にもデルフリンガーなのであった。

 

「良かったな娘っ子! これが一騎当千と謳われし相棒の、本当の力だ!」

 

 これで俺を使ってくれれば、もっと最高なんだがな!! 最後だけ少し恨めしげに、デルフは語気を強めてそう締めた。

 それを聞いていたルイズは、剣心の左手にある、自分の髪色のように淡く光るルーンを見つめながら……最後に、彼の表情へと視線を移す。

 そこにあったのは、いつも通りの優しい微笑み。抱えていた全ての負の感情を溶かしてくれる、慈愛に満ちた表情。

 

「今度こそ、大丈夫でござるよ。ルイズ殿」

 

 その言葉で、ルイズも破顔した。ついにルーンを、枷ではなく力に代えたことに、ただただ、うれし涙を流すのであった。

「――――うん!」

 もう、それしか言葉が出てこない。本当にはもっと言いたかったけど、でも、抜刀斎という暗い過去を、ついに断ち切ってくれたことを、ただただ嬉しく思っていた。

 そしてルイズはすぐさま剣心の元へ駆けつけようとして――――。

 

 ドズン!! と、衝撃が地面を走った。

 

「きゃぁっ!」

 急な揺れに、ルイズは思わずよろける。その合間にも二回、三回と断続的に衝撃が地面を駆け抜けていった。

 そして四回目の衝撃。今まで最もデカい地ならしに襲われた際、ルイズたちは気付く。

 突如周囲に、鱗粉と粉塵が宙を舞ったことに。それらはすべて火薬でできていることに――――。

 今この瞬間、ヴァリエール家の屋敷は『火薬』による噴煙で覆われることとなった。

「きた、きたきた! ついに来たぞぉぉぉ!」

 この瞬間を待ち望んでいたジャックは、この煙幕に乗じて、集めていたゴーレムの操作を解き、残りの魔力を使い、思い切り手で地面を叩く。

 刹那、ゴーレムの残骸を錬金、再構築して自身を内包した巨大ゴーレムの生成を始めたのだった。

 フーケと同じ二十メイルはあろうかという、土の巨人。次の瞬間、その全身は鋼鉄で塗り固められていく。

 無論、こんな巨大ゴーレムを作らずとも、火薬の噴煙が発生した時点で『着火』の呪文を唱えれば、それですべてが終わっていたはずである。それをやらなかったのには理由がある。

(まだだ、まだこの火薬量であれば、あの男は脱出する)

 どこまでも抜刀斎に対する、ある種の信頼という境地にも達しているかのような思考。

 噴煙自体はルイズたちをすっぽりと覆う、二メイルほどの高さにまで上がっているが、あの男なら小娘を抱えて、一瞬の内に跳躍し、十メイル以上はあろうかという屋根の上まで脱出しかねない。

 勿論、カトレアやカリーヌを見捨てるつもりは、剣心にはさらさらないのであるが……、そこまでの思考には及ばなかったジャックは、あくまでも二人を確実に殺害できそうな高さにまで、噴煙を吹かせることにしたのだ。

 この魔法陣は、時間経過で土を火薬に変え微上昇させる。あと数分待てば、屋根まで覆う高さにまでなる。そうすればもう奴でも逃げられまい。

 その時間稼ぎをするまでの間、やられないための防御策。それがこの二十メイル越えの鉄製ゴーレムというわけである。

 ちなみに、ジャネットやドゥドゥーに関してはもう、巻き込むことに聊かの躊躇いも持たなくなっていた。

 

 

「ゴホッ、けほっ……」

 視界が利かないくらいの量の噴煙に、ルイズは苦しそうにせき込んだ。

 上下左右、どこを見上げても煙が周囲を覆っていた。ひとりぼっちの不安が、ルイズを襲う。

 しかしそんな不安は、すぐにそばまでやってきた剣心の言葉でかき消された。

「大丈夫でござるか? ルイズ殿」

「うっ、うん……。わたしは平気よ」

 みんなは? と尋ねるルイズに対し、剣心は彼女の手を引くことで答える。

 しれっと剣心に手を握られている事に気づいたルイズは、顔を少し紅潮させる。

 自分を引っ張っていってくれるこの手が、誰よりも力強く、そして安心できるからであった……。

 

「カリーヌ殿、カトレア殿!」

 噴煙の中、僅かばかりに流れる空気の流れを頼りに、剣心は進む。

 その道中―――。

「ケッ、ケンシンさん……。ケンシンさん! どこですかぁ……?」

「あの声は……」

「シエスタ殿!?」

 声を頼りに進むと、なるほど確かにシエスタと出会った。

 彼女は二人を見るなり、嬉しさで顔を綻ばせる。

「よがっだああぁぁ! ケンシンさん! わだじっ! ずっと探してまして……! そしたら急に煙が……っ、こんなにも!」

 聞けば、どうやら寝付けなくてずっと剣心を探していたという。不安で泣き顔だったシエスタは、心底安心したかのような笑顔を見せた。

「二人とも、こっちでござる」

「はい!」

 シエスタはそう言って、さも当然のような流れで、剣心の反対の手を握る。

 それを見て何か言おうとしたルイズだったが、さすがに今は非常事態ということもあって自重した。

 

 両手に花という状況ながら、しかし険しい顔で剣心は歩を進める。

 すると、周辺を風のバリアで覆っているカリーヌと、その中にいるカトレア、ジャネットの姿が見えてきた。

 無論ジャネットは、カリーヌによってまだ杖を首筋に突き付けられたままだ。

 剣心はカリーヌの姿を見るなり、礼の会釈をした。カリーヌも頷くことで応える。

 ここへたどり着くまでの風の流れを作っていたのが、彼女によるものであることに、剣心は気付いていたからだ。

「ちいねえさま!! 母さまも、ご無事でよかった……!」

 二人とも無事であることを確認したルイズは、ひとまずほっと胸をなでおろし、そしてジャネットに食って掛かった。

「あっ、あんた! これ何のつもりよ!」

「何のつもりも何も……」

 抵抗できないよう、両腕を後ろに縛られていたジャネットは、諦観染みた声で告げる。

「この屋敷を吹き飛ばそうとしていますわ」

「はぁ、何よそれ! あんたたちも死ぬじゃない!? 身内なら止めなさいよ!」

 この範囲の火薬量なら、ジャネットだって無事じゃすまないはず、しかし、ジャネットかぶりをふった。

「そりゃあわたしだって死にたくはありませんわ。でも一応、任務ですし。やるからには命をかけるの当り前じゃありませんこと?」

「任務、ですか? いったい誰の命令で?」

 この非常事態にもかかわらず、カリーヌはいつも通りの抑揚のない声で、ジャネットを問い詰める。

 対する彼女は―――。

「さー、どこのどなたでしょうか? わたくしおばかですからさっぱりわかりませんわぁー」

 と、小ばかにしたような表情でカリーヌに、べーと舌を出す。

(いやあんた、レコン・キスタからってさっき自分で言ってたじゃないの……)

 と、ルイズは内心ツッコんだが(ジャネットもそれは分かっているのか、ルイズに向かってウインクをした)、それで事態が解決するわけもなく。

「とにかく、ジャック兄さまはわたしたちごと、この屋敷諸共心中するおつもりですの。できればルイズ、あなたにも一緒に、ヴァルハラへの片道切符に付き合っていただけると、嬉しいのですけど……」

 よよよ、と涙をちょちょ切れさせたかと思えば、次の瞬間にはくるりとルイズに振り向いてそう宣った。

 ふざけないで! とルイズが叫ぼうとした瞬間、それを手で制した者がいた。

 剣心である。

「すまぬが、その片道切符はこれから拙者らが真っ二つに切り捨てる故。お主らは監獄行きの片道切符でここを去ってもらうでござるよ」

「あら、上手いこと言ったつもりかしら、伝説の『ガンダールヴ』さん? さすがのあなたでも、腰のその剣だけでは、どうにもできないのではなくて?」

 ジャネットは剣心に向き直りそう告げる。だが確かにそうだ。粉塵が舞う中で剣を振り回すのはご法度。下手すればそれだけで火花が散りかねないからだ。

 ジャックもそれは分かっているのであろう、だからこそ鉄製のゴーレムを精製したのだ。鉄と鉄がぶつかり火花が交われば、その瞬間大爆発は必至。

「まっっったく持って嬢ちゃんの言う通りだ! こんなあぶねえ火薬舞う中で、タダの刀を振り回す馬鹿野郎はいねぇよな! そうだよな!」

 それを凄く嬉しそうに肯定するもの? がいた。

 デルフである。

「こわいよなあぁ。これじゃあちぃっとでも刃物を振り回せばすぐ爆発してしまうよなあぁ。ああぁどっかにねえのかなあ? そんなあぶねえ火薬を、元の土埃に戻してくれる、そんな有能で素敵な名剣、どっかに落っこちてねぇええのかなぁぁああああ!?」

「デルフ……、あんたねぇ、出番欲しいからってそんなに主張しなくても……」

 ここぞとばかりに饒舌になるデルフを見て、ルイズはあきれ、剣心は苦笑した。

 そして鞘に納めた逆刃刀はいったん腰から外し、それをシエスタに手渡す。

「すまぬでござるな。シエスタ殿まで、結局巻き込んでしまって」

「いえっわたしは全然、あの……ケンシンさん、これは?」

「少しだけ、預かっていてほしいでござるよ」

 鞘に納めた逆刃刀を受け取ったシエスタは、若干の硬直の後、誇らしげに「はい!」と叫んだ。

 自分を頼ってくれたことが、素直にうれしかったのであろう。

 そしてそれを、先ほどとは一転、負のオーラで睨む者がいた。

 ルイズである。

「あんたねぇ、なんでわたしに預けないのよ。そんなにこのメイドがいいわけ?」

 ずいっと詰め寄るルイズ。見れば若干勝ち誇ったような表情をシエスタはしていた。これがまた腹立たしい。

 剣心の信念の象徴ともいえる逆刃刀を、自分ではなく何も知らないただのメイドに預けたのが、相当に気に食わなかったのだ。

 一方の剣心はというと、そんなルイズを一旦脇に置き、鞘から抜き放ったデルフと小声で話していた。

(相棒、『ガンダールヴ』の役割は)

(ルイズ殿を守る『盾』、そうでござろう)

「ちょっと! わたしを無視して何コソコソ話してんのよ! 聞いてんのケンシン!?」

 しかし剣心は、にこやかな表情でこう告げた。

「ルイズ殿、頼みがあるでござる」

「大体あんたは――――って、え?」

 そこまで愚痴を続けていたルイズは、そこで言葉を詰まらせる。

 あの剣心が、自分に頼みがあるといってきたのだ。この局面でそんな言葉を聞くとは思わなかったルイズは、思い切り面食らってしまう。

「頼みって、なに……?」

 心臓が高鳴る。顔が赤くなる。先ほどの嫉妬はどっかへ消し飛んだ。

 剣心は、優しくも真剣な表情でルイズに向き直り、そしてこう言った。

「拙者はあの鉄人形を止める。その代わり――――」

 自分は今、重大な使命を剣心から託されようとしている。フーケの時のような、形だけのメンツではない。本当に頼りにしていると分かる声。

 自分も、剣心を手伝える――――。それが嬉しくて、思わず一筋の涙が頬を伝った。

「『解除(ディスペル)』の呪文でこの粉塵をかき消して、ルイズ殿が住むこの家と、ここに住む人々を、救ってあげてほしいでござるよ」

 自分が大事にしているもの、それを剣心と一緒に守るという使命に。ルイズの心は静かに、熱く燃えていくのであった。

「――――うん! 任せなさい!」

 ルイズは涙をぬぐい、高らかにそう答えた。

 

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