るろうに使い魔‐ハルケギニア剣客浪漫譚‐   作:お団子

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第六十三幕『ルイズの決意』

 

「昨夜は大変でしたね。まさかあんなことになるなんて」

 あの夜のことを思い返しながら、シエスタは言った。後から聞けば、あの刺客たちは剣心とルイズを狙っていたという。それがただ、恐ろしくて身を震わせていた。

「……まあ取り合えず、あいつらについては何とか解決したから安心しなさい」

 ルイズが安心させるように胸を張る。昨晩は剣心の取り合いをしていたが、自分たち貴族が、彼女のような弱い人々を守るために上に立つことも重々理解している。

 シエスタもまた、そう言われてようやく胸をなでおろした。

「はい。……それはそうとミス・ヴァリエール。あの晩、つかまっていた時、かなり泣いてましたけど、大丈夫でしたか?」

 この時出たシエスタの言葉は、あくまで害意は無く、気遣いの言葉であった。しかしそれを聞いてルイズはぎょっとする。

 泣いていたことを知っているという事は、つまり――――、

「あ、あんた! なんでそのこと知ってんの!? もしかして……」

「……はい、実を言うと、結構前から遠くで覗いてました。はい」

 

 

 

 

 

第六十三幕『ルイズの決意』

 

 

 

 

 

 どうりで、火薬の粉塵が周囲を覆った瞬間すぐ現れたと思ったら……! ルイズは思わず、気恥ずかしさで顔を真っ赤にする。

「ど、どこから見てたのよ!?」

「その、人質交換云々のところから……、です。はい」

 ほぼ全部じゃないの! 内心ルイズは叫びたかったが、プライドがそれを押しとどめた。その人質交換の後、自分はずっとジャネットにつかまって泣いていたのだから、当然その醜態も見られていたことになる。

 ルイズはもう、火を噴きかねない表情でズイッとシエスタに詰め寄った。

「だ、誰にもい、いいいいいうんじゃないわよ。いいいったらあんた……」

「言いませんよ! わたしだって何もできませんでしたから。……寧ろ、わたしが貴族じゃなくてよかったって、正直に思いました。力があったら、わたしもあんな人たちに立ち向かわなきゃいけないと思うと……」

 そこでシエスタが顔を俯かせる。それを見たルイズも、少し冷静さを取り戻した。

 

「ミス・ヴァリエールも、やはりケンシンさんと一緒に、戦争に行かれるのですか?」

 

 剣心だけでなく、自分のことも心から案じた表情をするシエスタに対し、ルイズは決して強がりではない、毅然とした表情で言った。

「行くわ。昨日でもうハッキリと分かった。敵はわたしとケンシンを狙っているの。これ以上ここにいたら、またみんなを巻き込んじゃう」

「何でですか? 何で相手はミス・ヴァリエールとケンシンさんを狙うのですか?」

 シエスタは昨晩、ルイズが虚無の担い手であると聞いてはいるものの、所詮は平民の知識。貴族の魔法系統について理解が及ぶわけでもない。

 だからこそ、ルイズと剣心を狙う理由が本当に理解できていないのであろう。

 そんなシエスタのために、ルイズはかいつまんで教える。

「簡単に言うと、敵はわたしの魔法を恐れているの。ケンシンの強さもね。だからわたし達が行って、あいつらの親玉をちょちょいとやっつければそれで済む話なの」

「ミスの魔法って、それほどすごい力を秘めているのですか?」

「まあ、そうね。なんなら崇め奉ってくれても結構よ」

 髪をかき上げ、ちょっと自慢気に告げるルイズ。

 シエスタは昨夜のことを思い出す。確かに、良く分からない謎の光が、すべてを解決したという認識は持っていた。

 けど……、それだとどうしても、学院での彼女の扱いがノイズになる。

「あの、ミスは学院でよくいじめられているように見えましたけど……、その話は本当なのでしょうか、……ケンシンさんに格好つけたくて、ちょっと盛ってません?」

 ぐむっ、とルイズは口ごもる。このメイド、たまに……、いや結構ズケズケと言ってくる時があると思ったが、ここまでとは思ってなかった。

 貴族である自分にここまで強く出てくるのは、やはり、剣心が絡んでいるからであろうか。

 平民である剣心が学院に来てからというもの、働いている平民たちが若干活気づいてきたとは聞いている。まあ、彼の実力や活躍を思えばそうなるのも致し方ないのであろうが……。

「あんた、本当にいい度胸してるわよね。……ってか、そんなにあのバカ使い魔がいいの?」

 昨晩、シエスタの豊満なメロンに顔を埋めていた剣心を思い出し、ぷるぷると拳を震わせる。何か思い出したら腹が立ってきたのだ。

 それに対し、シエスタはどこまでもあっけらかんとして答える。

「だって、好きなんですもの。強くて、格好良くて、優しくて、それでいて偉ぶらないし。この想いだけは、誰にも止められませんわ」

 たとえきっぱりとフられたとしても……。そう心の中でつぶやきながら、シエスタはルイズを見つめた。大貴族に対しても、これだけは譲れないといった表情だ。

「ケンシンさんが貴族でしたら、わたしは喜んで彼に仕えたいって思ってますもの。本当に人の上に立つ人って、ああいう人なんじゃないかなぁ」

 そう剣心を評価するシエスタ。それを聞いたルイズは、確かに……、と、反論するどころか納得するかのような表情を、無意識に浮かべていた。

 ルイズが反論してこないので、ここぞとばかりに今度はシエスタがズイッと詰め寄ってくる。

「寧ろミス・ヴァリエールはケンシンさんに何かねぎらいを与えてもよいのではないですか? あんなにたくさん命を張って助けてもらっているのに……ケンシンさんが可哀そうです」

「あによ、あんた貴族に意見する気?」

「口を開けば貴族貴族貴族、うるさいです」

 更にズイッとシエスタは寄ってくる。その異様な雰囲気に、逆にルイズは飲まれかかっていた。

「好きなんでしょ? 昨晩のあれだって、わたしなりのお礼の気持ちでしたのに、ミス・ヴァリエールはわぁわぁ言ってばかり。要はやきもちじゃないですか。それなのに貴族がどーこーなんて、ちゃんちゃらおかしいですわ」

 気が付けばルイズは追い詰められていた。桟橋の端っこまで。これ以上後ろに下がったら池にドボンすることだろう。

 

「好きって認めたらどうです? わたしはケンシンさんの事、大好きです。こればかりは譲りませんわ」

 

「わ、わたしは、あんな奴……っ」

 ここまで来てルイズは口ごもる。顔は赤いし体温はこれまでにないぐらい高まっている。だが、どうしてもプライドの高さから、それをはっきりと口に出せない。

「言えないんじゃないですか。臆病者ですね」

「う、う~~~~!」

 もはや半泣きの状態でルイズは、それでもシエスタに食って掛かった。

「なによ! さっきから言いたいことばっかり言って! あれでもあいつはねえ……!」

 ここでルイズは口の動きを止める。剣心の欠点を述べようとして……、まったくもって思い浮かばない。いつもニコニコ微笑んでいざという時には頼りになる。そんな剣心しかルイズは知らなかったからであった。

 欠点と言えば精々ルーンのことぐらい。でもあれは半分は自分の所為だし、何より昨晩の時点ですでに解決済みだ。

「あれでも……、なんです?」

 シエスタも内心察したのであろう、ルイズの言葉を余裕の表情で待つ。

「なんです? ケンシンさんの欠点、もとい浮ついた話をしようとしていたのでしょう? ご主人様ですから、そういった話にもさぞお詳しいのでしょうけど……」

「うぅ……」

「その様子だと、ひとっつも思い浮かばないのでしょうねえ。残念ですねえ」

 ニヤニヤ顔でこっちを見るシエスタに対し、ついにルイズは爆発した。

「ああああああ! もう何よ! さっきから黙って聞いてれば!」

 そう言ってルイズはシエスタにポカポカと殴り掛かる。シエスタもシエスタで、剣心の事で思わずヒートアップしていたのか、そのままつかみかかって反撃する。

 桟橋の上でゴロゴロと転がっていった二人は、そのまま仲良く池へとドボンしたのであった。

 

 

「はぁはぁ、酷い目にあいましたわ……」

「はぁっ……って、誰のせいだと思ってんのよ」

 池に上がってふたり大の字で倒れながら、ルイズとシエスタは互いの顔を見合わせた。

 貴族とメイドの喧嘩など、他の誰かに見られたら只では済まない事態であるが、幸いにも誰も来る気配が今のところない。

「ミス・ヴァリエールの所為ですわ。大人しくケンシンさんの事好きって認めていれば、こんなことにはなりませんでしたのに」

「まっ、またその話になるの!? だからわたしはあんな奴……!」

「ではケンシンさんは、わたしが貰ってもいいのですね?」

「うう~~っ! あんただけは絶対ダメ! 勿論キュルケも! タバサもダメ! ケンシンはわたしの使い魔なの! 誰にも渡さないんだから!!」

 ただただ首を振って叫ぶルイズ。それを見たシエスタはあきれたように笑った。

「はぁ、本当に……ミス・ヴァリエールの頑固さは筋金入りですわ」

 シエスタはそうやって乾いた笑いをした後、先ほどとは打って変わってか細い声で言った。

 

「絶対、お二人とも無事に帰ってきてくださいね。この話の決着も……ちゃんと、したいですから」

「……あんた」

 

 どこまでも不安げな表情のシエスタを見て、ルイズは先に起き上った。

「大丈夫よ。わたしだって、自分のするべきことは何か、ちゃんと分っているつもりだから」

「ミス・ヴァリエール……」

 濡れたスカートの裾を絞りながら立ち上がったルイズは、シエスタから見ても美しく、そして気品のある表情をしていた。滴り落ちる水ですら、煌びやかな装飾品に変えるほどの気品ある顔立ち。濡れたというのに光沢を失わない髪。

 やっぱり……、どれだけバカにされようと、彼女は間違いなく大貴族の一人なんだなあと、そう思わせる美しさを、ルイズは湛えていた。

「だからあんたは、学院に帰って美味しい料理……ええっと、ギューナベだっけ? それでも考えて待ってなさい! シエスタ!」

「えっ! ミス、今わたしの名を……」

 名前を呼ばれたことにシエスタは大きく驚いた。貴族に名前を覚えられるほど、名誉なこともない。

「ふんっ! まああんたの事、ちょっとだけ認めてあげるって言ってんのよ。ほんのちょっとだけだけど!」

「ふふっ、本当に、頑固なんですから…」

「何か言った?」

「いいえ、別に」

 クスクス笑いをするシエスタに、むーと口をへの字に曲げていたルイズだったが、やがて意を決したように彼女に手を差し伸べる。

 シエスタはまた驚いたような表情をしたが、やがてにっこりと微笑んでその手を取って起き上がった。

 貴族と平民の間に、小さくであるが、確かな友情が芽生えた瞬間であった。

 

 

 あの後、ひっそりと服を着替えたルイズとシエスタの二人は、これまた誰にも見つからないように剣心を探していた。三人で一緒に、この屋敷から脱出するためだ。

「良いのですか? ご家族に内緒でこんなこと……」

「良いのよ。もう何言っても聞き入れてくれないし」

 若干すねたような口調でルイズはつぶやく。このままでは一生この家に軟禁されてしまうだろう。勿論そんな未来は御免こうむりたかった。

 道行く使用人に見つからないよう、やりすごしながらルイズ達は玄関口にまでたどり着く。コモンマジック、『アンロック』の呪文をかけて開錠すると、意を決したように外へと出た。

 あとは剣心を見つけるだけ……。そう思い、怪しまれないであろうシエスタに探してきてほしいと頼もうとした矢先であった。

「あ、ケンシンさん!」

「えっ! ケンシンいるの!?」

「ほら、あそこに!」

 シエスタが指さす方向に目を向けると、屋敷から少し離れた中庭に、剣心は一人佇んでいた。顔を上げて目をつむり、まとめた緋色の髪を風でたなびかせている。

 何か考え込んでいるのかな……? とルイズとシエスタは互いの顔を見合わせる。

 すると二人の気配を察知した剣心が、こちらに向かって声をかけた。

「ルイズ殿、シエスタ殿も。その様子だともう大丈夫そうでござるな」

「ケンシンこそ、あんたはもう大丈夫なの?」

 微笑む剣心に足早でルイズ達は駆け寄った。その目はいつもの、ルイズがよく知る優しい表情だ。屋敷に来る前にしていた、あの憂いをにじませた表情は完全に消え去っていた。

「拙者ももう、問題ないでござるよ。ルイズ殿には迷惑をかけたでござるな」

「……そう、良かった」

 本当に大丈夫そうね。内心ルイズはほっと胸をなでおろす。

 すると隣でうおっほん! と大きな咳をした。シエスタだ。そしてジッとルイズを見つめた。ちょっといい雰囲気だったのが気に入らなかったのであろう。

 それに少しムッとしながらも、改めてルイズは剣心に切り出す。

「あんた、何でここにいるの?」

「何、これ以上ルイズ殿のご家族に厄介になるわけにもいかないし、そろそろお暇しようかと考えていただけでござる」

 あっけらかんとした剣心の答え。それにルイズとシエスタはどきり……、と心音が高鳴らせた。

 確認するように、自分の家を出て、これからすることを尋ねる。

「戦争に……、行くの?」

「そうでござるな」

 ここで剣心は、微笑みの笑顔を消して一転、真剣なまなざしでルイズ達を見やる。

「来るな」と、目がそう語りかけていたのが、痛いほど伝わってきた。

 だけど、それを真正面から見据えながらも、ルイズは一歩踏み出す。

「わたしも行くわ。当然じゃない」

「…………」

 剣心は、何も言わない。ただ鋭い視線をルイズに送っていた。ギーシュやフーケを畏れさせた、あの目だ。

 内心気後れしそうになる。けど……、ここで退くわけにはいかない。ルイズもまた、訴えるような強い目線で、剣心と向かい合った。

「ケンシンもわかったでしょ? レコン・キスタは、わたしとあんたを狙っているの。ここにいたら、またみんなが巻き込まれる。そんなのはイヤ」

「ルイズ殿……」

「ミス・ヴァリエール……」

 剣心とシエスタが同時につぶやく。

「それに、これは逆を言えば、向こうはわたしとあんたを恐れているってことでしょ? だったらあんたがわたしを守って、わたしが虚無の力であいつらを倒す。そうすれば……、姫さまだって助けられる」

 ルイズはここで若干、言葉を選んでいた。勿論、今言ったこと全て本心ではあるが、やはり心の底では、この戦争で活躍することで、みんなに認められたいという思いも、どこかにある。

 ただ、こんな言い回しをしても多分、剣心は気付いているかもしれない……。そういう思いもどこかにあった。

 それでも、一番信頼できる使い魔だからこそ、そんな自分の思いも分かってほしい。ルイズは懇願するような声で言った。

「お願い、ケンシン。分かって……」

 しばし沈黙が場を支配する。やがて剣心は目をつむり、そして口を開いた。

 

「……だ、そうでござるよ。公爵殿」

「えっ!?」

 

 そしてルイズは気付いた。いつの間にか自分の後ろに、父であるヴァリエール公爵が佇んでいたことに。

 周囲には武装した使用人や護衛の騎士たちが、これまたいつの間にか取り囲んでいる。

 そんな中、ヴァリエール公爵は朗々とした声で告げた。

「すまないねルイズ。彼と一芝居打たせてもらった」

「どっ、どういうことですか、父さま!?」

 ルイズの問いには、剣心が答えた。

「大方、ご家族には伝えずにここを出ようとしたのでござろう? ルイズ殿。もしどうしても戦に赴くというのであれば」

 そこで視線をヴァリエール公爵から、再びルイズに移した。

「公爵殿に改めて、自分の意思をはっきりと伝えるでござるよ」

 

 

「父さま……」

「ルイズ……」

 ルイズと公爵は、改めて向かい会う。剣心は一歩下がり、シエスタと共に事態を見守っていた。

「父さま、わたし――」

「戦には反対だと、昨夜伝えた筈だよ。ルイズ」

 いきなり予断の許さぬ口調。ルイズが何か言う前に、バッサリと切り捨てられた。

「お前は戦の何たるかを何も分かっておらん。婿を取り、ここで暮らしなさい。それが――」

「父さまだって御存知でしょう! 今トリステインが、どれだけ危機に瀕しているか! 婿などとっている暇などありませんわ!」

「間違いを指摘するのも忠義だ。ルイズ、お前は虚無というものの力の本質を、本当に理解しておるのかね?」

 食って掛かるルイズに対し、冷静に公爵は問う。勿論そんなことを言われたら、ルイズは押し黙るしかなかった。

「それは、まだ……」

「力というのは、人をいとも簡単に変える。今は目に見える敵がいるからいいかもしれんが、後々それが王宮に知れ渡ったら、お前を利用する輩が跋扈することであろう。……陛下でさえ、その中に入らないとも限らん」

「そんなっ! 姫さまがそんなこと……」

「しないと言い切れるのかね? 今、ここで」

 ヴァリエール公爵は透き通った目でルイズを見つめた。その目に睨まれるだけで、ルイズは言葉を詰まらせる。

 ルイズは無意識に一瞬、剣心の方を見た。しかし彼は、一切口出ししないようであった。

 さすがに気の毒に感じたのか、シエスタがこっそり耳打ちする。

「あの、さすがにミス・ヴァリエールが可哀そうで……、助けないのですか?」

「拙者は元々、ルイズ殿が戦に赴くのは反対でござる」

 それに対し、剣心はきっぱりと答えた。

「で、ですが……、それだとミス・ヴァリエールの決意が……」

「少なくともこの件に関しては、ルイズ殿が自分で解決する必要があるでござるよ」

 どこまでも厳しい眼差しで、剣心はそう言った。シエスタもまた、彼がただ優しいだけの人間じゃないことに、ちょっと動揺を覚えていた。

 

 ルイズはルイズで、どうやったらこの父を説得できるか、必死になって考えていた。少なくとも、剣心は自分を助けてくれる気はないらしい。

 その間にも、公爵の話は続く。

「戦というのは、戦って勝てば終わりというわけにはいかん。常にその先も見据えねばならんのだ。もし陛下や王宮が、お前を大砲や火矢のように扱いだしたと判断したら、その時は――」

 剣心と同じく、どこまでも澄み切った目をしながら、更にこう続けた。

「わしは、長年仕えた歴史とこの家を捨て、王政府と杖を交えることも厭わんつもりだ」

「――――っ! そんな!」

 これにはルイズだけでなく、周囲の使用人や近衛兵たちにも衝撃を与えた。娘一人のために、王宮すら敵に回す。家族の絆を大事にする父としての言葉。

 だからこそ、この言葉は冗談なんかじゃなく、本気でそうするつもりだということもまた、理解してしまった。

「今一度問おう、ルイズ。お前にはその覚悟が、父のこの言葉を背負える覚悟が、あるのかね?」

 そして父ヴァリエールは娘の言葉を待った。言いたいことは、すべて言った。

 ルイズは改めて震えた。もう自分だけの問題じゃない。いま彼女の肩にはヴァリエール家という、大きな重石が乗っかっているからであった。

 どうしよう……。と重責に押しつぶされそうになる中、ルイズの脳裏に過ったのは……。

 

 

(ウェールズ、さま……)

 アルビオンの式場にて、自分をかばい斃れた若き王子と、その訃報を聞いて崩れ落ちたアンリエッタ。

 次に出てきたのは、浮遊船の戦いで、同じく自分をかばい苦しみのたうち回っていたタバサの姿。

 そして昨晩、重病なのに身を挺して守ろうとしてくれたカトレアと、シエスタの悲しそうな表情であった。

 

 今でも思う。自分がもっと強かったら、こんなたくさんの悲しみは、生まれなかったのではないのか……と。みんな、自分が弱くて頼りないままだから、自分をかばって不幸な目に遭う。そんなのはもう……、絶対に嫌だった。

 

 そして最後に浮かんだのは、夢の中で、大切な人の墓の前で強くなろうと決意した、幼少期の剣心の姿であった。

(っ……、そうだ、わたし……)

 ここで始めて、ルイズは自覚した。自分はそう――。

 

 

(ケンシンみたいに、なりたかったんだ――――)

 

 

 どこまでも格好良く、弱い人々を守るために剣を振るう優しき使い魔。いつの間にか、自分の考える「立派な貴族」という偶像が、剣心の姿に成り代わっていたことを知る。

 シエスタの言うように、恋心もどこかにはあるのかもしれない。でも、自分も彼の隣に立って、一緒に戦いたかったんだって、ようやく気付いた。

 そして最後に浮かんだのは、カトレアのあの言葉だった。

 

『本気で彼の()に立つのは、それこそ生半可な覚悟ではいかないってコト。照れ隠しの恋じゃ絶対に彼は振り向いてくれないってコトを、覚えておいて欲しいの。あなた自身が、それで後悔しないようにね』

 

 そうだ、彼の隣に立つのは生半可なことではない。だからこそ、自分はもっと彼とともにいたいのだ。

 すると、不思議とあれほど重荷に感じていた父の言葉が、急に軽くなるのを感じた。自分の中にある芯が、かっちり嵌ったような気がしたからかもしれない。

「……父さま」

 意を決して、ルイズは口を開く。

「父さまの想いは分かりました。でもわたしは……、それでも戦に、アルビオンに向かいます」

 その瞬間、公爵の目がキラリと光る。

「……何のために?」

「時代の苦難から、弱き人々を、守るために」

 胸に手を当て、ルイズはそう告げる。まだ剣心の信念を、うわべだけ借りてきた言い回しであることは自覚している。だけどいずれは自分も、そこまで行ってみたい。それは間違いなく本心でもあった。

「それがわたしたち貴族に課せられた、使命だからです」

 先ほどとは打って変わり、どこまでもきつ然とした表情で、最後にそう言い切った。

 

 それを見たヴァリエール公爵は……、娘のその姿に、ふと夫人の昔の姿を重ねる。

 強い使命感と力を持ちながら、どことない危うさと無鉄砲を抱えていた、若かりし頃の妻。それでも、その瞳の中にある一本の芯が、どこまでも自分を惹きつけて止まない。

 そんな昔の妻を――――思い返していた。

 

(…………)

 もしルイズが、それでも「王宮のため」と再三言ってきたら、認めないつもりであった。

 しかし、今自分を見る娘の、鳶色の目は、多少の危うさを抱えつつも、確固たる決意を瞳に宿らせている。

 こうなってしまっては、もう誰にも止められない事であろう。その目はどこまでも、若き妻にそっくりであったからだ。

 

(カリーヌ、この子は間違いなく、お前の娘だよ……)

 

 しばし見つめあうこと数分、やがて折れたかのように公爵は目を伏せた。

「ルイズ。餞に、これだけは言っておくぞ。間違いを指摘することも忠義だが、間違いを認めることもまた、本当の勇気だということを。忘れてはいけないよ」

「……はい」

 ルイズは小さくうなずいた。なればもう仕方あるまいとばかりに、公爵から威厳という名のオーラが消えた。代わりに顔をのぞかせるのは、娘の身を心から案じる父としての表情。

「大きくなったねルイズ。私のルイズ。この父親は、いつまでも甘えが抜けない娘だと思っていたよ。だが、とっくにお前は巣立っていたのだね」

 父は娘ルイズを手招きし、近づいてきた彼女の頭を撫でた。

「父さま、では――――」

「最後にこれだけ言わせておくれ。ルイズ」

 そして今度は、娘を力の限り抱きしめる。ルイズもまた、その暖かな抱擁を受け入れていた。

「必ず生きて戻ってくること。そして彼の言うことはちゃんと聞くことだ。使い魔としてだからではない、戦の無常さを知る者として、必ずやお前を導いてくれることであろう」

 ルイズは無意識にうなずいた。そしてやはりというか、自分の家族も最終的に認めさせてしまう剣心の凄さを、新ためて実感した。

 事実、公爵がこんなにもすんなり認めてくれたのは、剣心の存在によるところが多い。

 一方のヴァリエール公爵は、娘を胸に抱きとめたまま、視線だけを剣心に向け語り掛けた。

(どうか……、わしの可愛い娘を、頼む)

(承知したでござるよ)

 瞳だけで会話を済ませた二人の視線は、同時にルイズに注がれる。やがてルイズは父の腕から離れ、杖を取り出し、上へ突き立てた。

 同時にヴァリエール公爵も、再び威厳なオーラを纏いながら、娘と同じように杖を、交差させるように突き立てる。

「よいなルイズ。杖に誓って」

「はい、杖に誓って」

「なればもう、わしから言うことはない。お前の好きにしなさい」

 そして最後に、ルイズの額に接吻すると、彼女からゆっくりを身を引く。それにならい、武装していた使用人たちも武器を納めた。

「お話はすみましたでしょうか? 父さま」

 ここで、玄関口から一人の人物が新たに顔を出す。カトレアだ。

「ちいねえさま! お体の方は……?」

 ルイズは一転、はにかんだ笑顔を向けて次女の胸に抱き着く。カトレアも同じように笑顔で返した。

「ええ、わたしはもう大丈夫。それよりあなた、やはり行くのね」

「うん、ちいねえさまが安心して眠れるように、わたし、あいつらの親玉をやっつけてくる」

「無茶しちゃだめよ。使い魔さんの言うことを、ちゃんと聞きなさいね」

 その言葉にルイズはちょっと不満げではあったが、それでも小さくうなずいた。

「よしよし」とカトレアは彼女の髪を撫でると、父に向き直って言った。

「父さま。籠の方ですが……」

「かまわん、出してやりなさい」

 父の了承を得たカトレアは、ピューッっと口笛を吹く。

 すると、彼女が連れていた動物たちが、荘厳な造りをした籠を、ルイズ達の前に運び出してきた。

 次に父は、杖を掲げ、何やら呪文を唱える。すると屋敷の尖塔から、巨大な竜が籠の上に着地した。

 

 父ヴァリエール公爵が、王宮へ向かう際に使う、特別な龍籠だ。ラ・ヴァリエール家の中でも由緒ある品である。

 

「これから王宮に向かうのであろう? ならばこれを使いなさい」

「と、父さま!? いいのですか! だってこれは……」

 さすがのルイズも気後れしたように尋ねる。自分だってこの籠を利用したことなど片手の数あるかないかだった。

「かまわん。陛下にはわしから後で手紙を送っておく。くれぐれも娘の事、『よろしく頼む』とな」

『よろしく頼む』の部分だけ妙に語気を強めながら、公爵は言った。恐らく、色々な意味を込めているのであろうなあ……と、剣心は思った。

「じゃあ、みんな。わたし――」

 ルイズがそう言って、籠の取っ手に手をかけようとした瞬間だった。

 

 

「公爵夫人が、ただいま参られました!」

 

 

 長年使えた執事ジェロームの慌てた声に、ルイズが、公爵が、使用人全員が固まった。

「え? え……?」

「えぇぇ、今来るの? もうわし娘を送り出す気満々だったんだが……」

 そんな嘆きのような声を皮切りに、今度は囲んでいた使用人や近衛たちが一斉に逃げ出した。まるで蜘蛛の子を散らすような、そんな勢いであった。

 残ったのはルイズ、カトレア、公爵と、この事態に若干唖然としたシエスタと剣心だけとなった。

「こ、これはいったい何ごとなのでしょうか……?」

「ただならぬ事態なのは、確かでござろうなあ」

 そう言いつつも、剣心は何となくだが、これから何が起こるのか察知していた。

 見れば、真上からマントを羽織った人物が、公爵の隣へとゆったりと着地する。マンティコア隊の隊長時代に使っていたマントと、羽飾りをあしらった帽子。そしてその顔は、下半分が鉄の仮面に覆われている。

 公爵はすでに威厳をかなぐり捨てたかのような、上ずった声でその人物に話しかけた。

「な、なあカリーヌ。も、もう大体話は終わったんだ。わ、わしはもうルイズの意思を尊重しようと思う! だから――――」

「わたしはまだ、納得していませぬ」

 刹那、壁に向かって杖を引き抜き詠唱。バァン! と轟音をとどろかせたかと思えば、玄関口と同じくらい大きな穴が出来上がっていた。

「久々だから、まだ加減ができてないわね。まあ今回は、そんな加減は不要と言えば不要でしょうが」

「た、頼むからカリーヌ、ここはもう少し穏便にだな……」

「あなたはしばらく黙っていてください。今わたしは彼に話しかけて(・・・・・)いるのです」

「は、はいぃぃ!」

 これ以上ない気を付けの姿勢を取りながら、公爵は情けない声を上げる。どこまでいっても公爵は、この妻に頭が上がらないのであった。

 そしてその妻、カリーヌは手に持った杖を剣心に向ける。

「昨夜の盗賊退治、見事という他なりませぬ。あなたの強さは既に、有象無象のメイジたちを軽く凌駕していることでしょう。ですが――――」

 剣心は、カリーヌの杖の切っ先を動じずに見据えた。彼はまだ喋ろうとしないためか、再びカリーヌが口を開く。

「あなた方がこれより進むのは、棘鋭き茨生い茂る艱難辛苦の道。それを思えば、一線を退いたわたし『程度』を乗り越えねば、到底叶う筈もないというもの」

 そうよねルイズ! と杖をルイズに向ける。ルイズもまたひぃっ! と情けない声を出すと、素早い動きで剣心の後ろに隠れた。

 先ほどの威勢もどこへやら、震える声で剣心に言う。

「ケ、ケンシン……。母さまは……」

「分かっているでござるよ。ルイズ殿の母上殿は、今まで見たメイジの、誰よりも強い」

 それは本心だった。相手はワルドとは比べ物にならないほどの『風』を纏っている。同じスクウェアクラスでも、こうまで違うものか、と感心するほどであった。

 恐らく純粋な『力』だけなら、刃衛よりも上かもしれない。そう思わせるほどの迫力ある風を、彼女は纏わせていた。

 だが当然、剣心としてもそれで退くわけにはいかない。先ほどルイズが、毅然とした態度で向かっていったように。今度は自分の番だ。

「ルイズ殿は、己の意思をきちんと立てた。であれば、拙者は公爵夫人殿に、使い魔としての力量を認めてもらうことにするでござるよ」

 ルイズとシエスタを下がらせ、剣心は一歩前に出る。厳粛を絵にかいたような公爵夫人は、鉄仮面の下で、わずかながらに頬を緩めた。

「古き時代の慣例に則り、杖と杖……いえ、あなたは剣ですね。それで決着を付けましょう。――――ここを去りたければ、わたしを倒してごらんなさい」

 そして、何処までも鋭い視線を送りながら、剣心にそう告げるのであった。

 

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