るろうに使い魔‐ハルケギニア剣客浪漫譚‐   作:お団子

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第六十五幕『焔に魅入られた者たち』

 

「で、これがその『成果』ってワケかい」

 アルビオンのロンディニウム宮殿。かつて王室であっただろう室内にて、志々雄真実は暢気な声を上げた。

 その手には、いくつかの小瓶が握られている。中身は血の付いた槍や刃物の欠片だった。

「みたいですねえ。いやあこんな手ごわい任務は初めてですね。……ぼくも行けばよかったなぁ」

 彼の正面には、微笑みを湛えた金髪の少年が立っている。『元素の兄弟』の長兄ダミアンだ。

 人斬り抜刀斎と虚無の小娘こと、剣心とルイズ抹殺失敗の報が届いたのは、襲撃の夜が明けてから。

 その代わりといわんばかりに、別枠の任務であった『抜刀斎の血がついた刃物』が送られてきたのであった。

 ジャックが粉塵の霧を作っていた際、末っ子のジャネットが機転を効かした。使い魔の蝙蝠を操って、剣心を傷つけていた刃物をより分け運んでいたのであった。

 しかし、依然剣心たちは健在なまま。『十本杖』の一人、クロムウェルはため息をつく。

「結局、抜刀斎たちは殺れず終いですか……。困りましたな」

「あ、でも一応依頼はこなしましたから。その分の料金はお願いしますね」

「なぁっ!?」

 しれっと笑顔を向けて手を差し出すダミアンを見て、クロムウェルは呻く。

 現状、レコン・キスタ軍の情勢は決して芳しいとはいえない。アルビオンの王党派を全滅させたまでは良かったが、トリステイン進撃時、虚無の小娘ことルイズの『爆発』によって艦隊は半壊。

 再編成は着々と進んではいるものの、そうはさせまいとばかりにトリステインはゲルマニアと同盟を締結。攻勢の構えに出ていた。

 時間稼ぎのために行った、アンリエッタ女王の二度にわたる誘拐も失敗。刺客を使った『貴族殺害事件』も、あまり時間稼ぎに寄与していない様子であった。

「まあ、こればっかりは戦になんねえと効果を実感できねえだろうがな。だが両国の高位につく連中は粗方葬っている。それは確かだ」

 志々雄はそう言ってフッと笑う。「余裕ですな」ワルドは思わずそう尋ねた。

 

「お前は、オロオロうろたえる俺が見たいのか?」

 

 それもそうでしたな。とワルドも口元に笑みを浮かべる。この男がうろたえる姿など、全くもって想像がつかない。

 しかし……、とばかりに震える口を開くのはクロムウェルだ。その顔は目に見えてわかるくらいに顔面蒼白。

「本当に大丈夫なのでしょうか? なにせガリアが……」

 ここでクロムウェルは言葉を切った。冷や汗が流れ身体は震える。ついこの前にもたらされたとある『急報』がまた、彼を騒然とさせているのであった。

 もしこの情報が本当だった場合、こちらは絶体絶命ということになる。

「確かにねえ……。何気にこれ、ヤバいんじゃないのかい?」

 同じくこの王室にいたフーケがそうぽつりとつぶやく。しばらくの間、沈黙が流れた。

 しばらくして、志々雄はダミアンに尋ねる。

「なあ、抜刀斎の奴は『ガンダールヴ』の力を完全に扱えるようになったと言ったな?」

「ええ、ジャネットの報告にそうありました」

「そうか……」

 それを聞いて、志々雄は優雅に寛いでいたソファから立ち上がる。

 そして――――。

「フフフ、ハハハ……。ハァーーーッハッハッハッ!!」

 急に高笑いした。その顔は決して強がりではない。心の底から抜刀斎の進撃を心待ちにしているような表情を宿していた。

 

 

 

 

第六十五幕『焔に魅入られた者たち』

 

 

 

 

 

「そうだよなあ先輩、それぐらいやってもらわねえと、こっちも困るってもんだ!」

 歩を進めながら、志々雄は笑う。

 ふと彼の脳裏によみがえる。あの日の死闘――――。

 互いが、死の淵に片足を突っ込んでいた中……、最後の一撃を振り下ろさんとして刀を上げた刹那、身の内から湧き上がる地獄の業火がそれを阻んだ。

 あの時、あの一撃が決まっていたら、どっちが勝っていたか……。志々雄もまた、その決着をつけたいという気持ちがあった。

 そして今、自分の炎はあの時よりもはるかに強くなっていた。ならば当然、奴にもそれ以上の強さを身につけておいてほしいと思うのも、当然の帰結。

 ニンマリと口元をゆがませた後、志々雄は不意にクロムウェルに声をかける。

「おいオリヴァー!」

「はい、何でしょうか?」

「十分の一とかケチくせえ事言ってねえで、依頼料丸々、色を付けて払ってやりな」

「ええっ!?」

 あんぐりとクロムウェルは口を開けた。何なら、ワルドやフーケも若干目を見開かせる。

 ダミアンですら、微笑みの裏に純粋な疑問符を浮かべていた。

「なっ、何故ですか?」

「決まっている。奴らが『死ぬ気で』抜刀斎を覚醒させたからだ。前に言っただろう? この世界に来ているからには、それなりに力をつけてほしいもんだって」

「しっ、しかし!」

 納得いかない。とばかりにクロムウェルは首を横に振る。しかしそれを手で制し、志々雄はダミアンの前に一歩出た。

「ぼくにとっては願ったり叶ったりなんですけど……、いいんですか?」

「ああ、構わねえ」

 ダミアンもまた、改めて志々雄に確認を取る。どうやら追い詰められてトチ狂ったとか、悪意ある嘘を並べているというわけでもないようだ。

 志々雄は……、抜刀斎が更に強くなったという事実を心から受け入れているらしい。それほどまでに、彼との因縁は深いのだろうと、ダミアンも感じた。

「刃衛の奴は、先に抜刀斎の方で遊んでいたみたいだが……。なら俺は一騎当千『ガンダールヴ』になった先輩で遊ぶとしようか」

 虚無の小娘というオマケもついてくるしな。と志々雄は続けた。

 気づけばふと、フーケは汗を流していた。否、ワルドやクロムウェル、ダミアンですらそうだ。志々雄の蒸気のような『剣気』にあてられ、室内が蒸し暑くなっているのであった。

 

「こんな血が滾るのは、『あの時』以来だぜ……。先輩」

 

 志々雄は歩き出す。自然その足は自身専用の闘場『大灼熱の間』に向かっていった。

 その部屋に向かう途中、扉の横に構えていたメンヌヴィルとも、顔を合わせる。

「いいのか? ここには今、ハルケギニア中のヤバい魔獣を詰めているぜ」

「構わねえよ。そうじゃなきゃこの滾りは収まりそうにないんでな」

 そう言って、志々雄は遠慮なく鉄製の扉を開ける。フーケはその闘場を覗いて……、あんぐりと口を開けた。

 三十メイル以上空けたこの室内には、この前まではオーク鬼やトロール鬼、オグル鬼などが閉じ込められており、すべて志々雄の愛刀『無限刃』の糧となっていた。

 だが、今この中にいるのは……、それ以上に厄介と呼ばれる種族たち。

 数頭のミノタウロス、コボルト・シャーマンたち、そして火竜も数匹。どいつもこいつもハルケギニアで最上位の危険度を誇る凶獣ばかりだ。

 一体ですら厄介なのに、それらがみなぐっすりと深い眠りについている。依頼を受けたダミアンが、一匹一匹綿密に計画を練って誘拐し、ここに押し込めていたのだった。

「本当にいいんですか? 皆が起きたらもう、ぼくでも止められませんよ」

 志々雄の背後にいたダミアンが、一応警告の言葉を投げかける。この凶獣たちの危険値を誰よりも知っているからこそであった。

 しかし志々雄はそれを無視して、部屋の中へ一人入っていく。部屋の中央まで足を運んだ瞬間――――。

 

「グオォウアァア!!」

「ギャアッ!!」

「ピギャアアアアア!!」

 

 三種の怪物が目を覚まし、志々雄に向けて殺意という名の咆哮を放つ。

 ここはどこか……、そんなことを考えるよりも、生物としての本能が警鐘を鳴らしていたのであろう。

 この男は、危ない。腰に差した武器から……、同族の血の匂いをかぎ取ったからだ。

 すぐさま怪物たちは臨戦態勢へと入る。ミノタウロスは斧を持ち、神官コボルトはこの部屋にいる精霊と契約を結び、火竜は翼を広げ、空を舞った。

 縦の広さはそこまでではないため、あまり大きくは飛び上がれなかった。だがそれでも志々雄とは十メイル以上距離を離し、口に火炎の力を溜める。

 その様子を一瞥しながら、志々雄はニヤリと嗤う。

「やっぱ竜はアルビオン産の奴が活きが良いな。ガリアの火竜山脈のやつも悪くはなかったが」

 

 ガリアの任務で火竜山脈に赴いた時のことを、志々雄は思い出す。あの性悪姫が「極楽鳥の卵が欲しい」と抜かしたので、卵のみならず極楽鳥の雄雌両方をそろえてくれてやったときの、あの呆けた表情。内心笑いをこらえるのに苦労したものだ。

『これでイチイチ山脈まで取りに行かずに済むぜ。その二羽に卵を産ませりゃいいんだからよ』

『りゅ、竜はどうしたんだい!!? だって今の時期、極楽鳥の周りには火竜が……!?』

『さあな、どうなったか……てめえの目で見てくりゃいいんじゃねえか?』

 玉座から滑り落ちたイザベラが愕然とした表情でそう尋ねたが、志々雄はそれっきり特に何も返さなかった。

 ただ、それを聞いたとき、今度はイザベラの顔は蒼白になったのだけは覚えている。

 

 そんなことを思い返しながら、志々雄は殺意をもって襲い掛かる怪物たちに笑みを浮かべながら、無限刃を手にかけた。

 

 

 

 血が、零れる。

 刃の切っ先に滴らせた、血が、水滴となって零れ落ちる。

 零れ落ちた血は、地面に到達するたびジュッ! と音を発して蒸気に変わる。

 一連の流れを見ていた閲覧者たちの視線は、いまや物言わぬ死体とあった怪物たちの上で、玉座のように寛ぐ一人の『悪鬼』に注がれていた。

 

「まだだ……、渇きが収まらねえ」

 

『悪鬼』は、そう嘯く。血を滴らせた愛刀を、椅子となった竜の翼部分に突き刺し、しばし視線を空に移した。

 

 ミノタウロスは、焼け死んでいた。眼は焼き焦げ、口元は強烈な爆発があったかのような痕を残している。鋼鉄と称される身体は無傷な分、急所の損傷は悲惨の一言だった。

 

 コボルトは、多くの個体が胴体や四肢が泣き別れとなっていた。五体満足な者は何処にもなく、皆一様に手、足、胴体、首を切り落とされ、もしくは焼き潰れていた。

 

 火竜は、翼を潰され、あらゆる部分に切り傷を覗かせていた。まず翼を斬り、制空権を奪ってから仕留める。任務の時に見出した攻略法だ。

 無論、当初はそのブレスには、文字通り手を焼いたものだ。だが幾度も戦いを重ねるうち、火を吐く傾向、どうすれば嫌がるか、この時はどう動くかを的確に学び取り、その愛刀に血を滴らせていった。

 火竜の喉にはブレスのための、燃焼性の高い油が入った袋がある。それに気付いて以降は、その内燃袋を徹底的に狙うようにしていたのだ。

 

 

 それにどれだけ飛ぼうと、空を泳ごうと……、奴の放つ『龍』の如き一撃と速さには、当然比べるまでもない。

 

 

「やはり、火を扱うだけあって、竜の脂は強力な糧になるな」

 それに気付いて以降は、遮二無二になって山脈の火竜を狩りつくしたものだ。おかげで今、自分の扱う焔は『明治』にいた時よりはるかに凶悪なものへと変貌している。

 ふと志々雄は視線を、背後で倒れ伏した一匹の竜に移す。まだかろうじて息があるのであろう。その目に浮かぶのは、闘争心か、はたまた恐怖か。

 竜は口を開け、ブレスを吐こうとする。最後の悪あがき。志々雄は何もせず、その動向を待った。

 次の瞬間、強烈な熱気と共に火の弾丸が志々雄目掛けて殺到する。それを受けてようやく、志々雄も動いた。

 隣に刺していた無限刃を掴み、勢いよく引き抜く。それに伴い強烈な炎が、宙を舞った。

 

 まるで指揮棒のように、志々雄の周囲に『蒼い』炎が漂う。そして次の瞬間、赤い弾丸は、真っ二つに切れた。

 

 霧散した赤い焔は、より高温な蒼の焔に食われ、取り込まれる。火竜のブレスを丸々取り込み纏わせた志々雄は、お返しとばかりにそれを火竜に向けてぶつけた。

「ピぎゃあアアァああああああああああああぁぁぁぁ……ッ!」

 蒼い炎を頭からかぶった竜は、怨嗟のような叫び声を上げた後、ゆっくりと息絶えた。

 自分よりはるかに高い温度の炎にあぶられ、焼死する。誰よりも強力な炎を操りし火竜にとって、これ以上ない屈辱の死であろう……。フーケはそう思った。

 

 ワルドはごくりと唾をのむ。火竜の群れ退治など、烈風の時代以降久しく聞いてない。それを魔法も使えぬ剣士が…、それを成したのだ。

 やはり、彼について行って正解だったとつくづく思う。あんな恋人のことしか見えていない頭お花畑の女王サマについて行っても、結果は知れている。

 この光景を見ていたメンヌヴィルも、内心凶悪な笑みを浮かべていた。

(そうだな、あんたにはそれぐらいやってもらわねば困るというものよ……)

 気づけば、志々雄の背後に強烈な炎の壁が沸き上がった。まるで今まで食ってきた者たちの怨嗟の叫びが、聞こえてくるようであった。

 強力な亜人や怪物たちを葬ってきたからか、志々雄の操る炎には「意思」が付きまとっていた。これはアンドバリの指輪を回収する際、水の精霊を一度は焼き払いかけた事にも起因している。

 

 

 水蒸気となった水の精霊の一部が、志々雄の炎とその刀『無限刃』に纏わりつき、『精霊の力』に影響を及ぼすにまで至ったのである。もはや一種のマジック・アイテムと化していた。

 無様に倒れているコボルトの群れが、ろくに『精霊の力』を行使できずに潰されたのも、これが原因であった。

 

 

「フフフ……」

 ふと、志々雄は嗤う。

 それに伴い、焔はより鮮明な蒼になる。

 

「ハッハハ……」

 さらに、口元を歪めて嗤う。

 それに伴い、焔はより大きく猛る。

 

「ハァーーーーーーーーッハッハッハッハッハッハッハ!」

 大声を上げて、志々雄は嗤った。

 彼の背景は、蒼の焔一色で染め上がった。周囲に散らばった怪物の遺体は、焔にあてられ自然と火葬されていく。

 その情景はまさに、『焔を統べる悪鬼』そのものであったという――――。

 

 

 その様を見ていた、クロムウェルは自然と体の震えが止んでいることに気づく。

 そしてまた……、無意識に震え出した。これは恐怖か……? 否。

(そうだ、わたしは……)

 なぜ自分が、こんなところへいるのか、ふと思い出す。アルビオンのとある『事件』に巻き込まれ、職を追われ、ガリアでヤケ酒を飲んでいた。……そんな折、彼に出会ったことを。

 一端の人間でしかなかった自分に、冗談めいたことを言ったら、なぜかその気にされてしまい、気付けばこの志々雄真実と共に、アルビオンに反旗を翻すことになった。

 最初はただ、楽しかった。だが徐々に追い込まれていくにつれ、過ぎた夢だったのかと後悔するようになった。何で彼についていこうと思ったのか……、自分でも疑問に思い始めていた。

 そんな折、いつも夢に見る。焔の記憶。

 ガリア時代、来る敵来る敵全てを葬り、そして従えさせてきたかの男。

 酒場で交わした、たわいもない会話が、いつも自分の中にある野心を燻ぶらせていた。

 

 

『天下の覇権を狙ってみるのが、男ってもんだろ』

 

 

 魔法も使えぬ、ただの神官風情でしかなかった自分が、強烈な夢を見るようになったのは、この焔があったからなのを、今更ながらに強く思い出したのだった。

 身体が、震えた。これは恐怖か? 否! 否! 否!

 断じて、違う!

「どうしたオリヴァー。まだ俺が怖いか?」

 クロムウェルの心情を察するかのように、志々雄が試すように問いかける。だがその震えに、問いかけに、今度は正面から答えた。

「いいえ、これは歓喜の震え。シシオさまという圧倒的大器と共に覇道を往けること。心より幸福を感じたのでございます」

 クロムウェルは仰々しく両手をあげた。まるで神に祈るかのように。

「覚悟は決まったようだなオリヴァー。その様子ならもう『洗礼』はいらねぇな」

「ハッ! この命、最後までシシオ様に捧げる所存!」

 また一人、狂信の修羅が誕生した。フーケはおぞましさで一歩下がる。

 見ればワルドも、メンヌヴィルも……、あの焔に魅入られているようであった。

 最後に視線をダミアンに移す。彼はいつもの微笑みを浮かべているが…その頬に一筋の汗を垂らしていた。

 彼はこの焔を見て、何を考えているのか……。しかしその表情はフーケでも理解できない。

「これで、ハルケギニア中の魔物を狩りつくしたというわけですな。いやはや、さすがの、一言でございます」

 恭しい態度でワルドは一礼をする。しかし志々雄は「まだだ」と首を振った。

「まだいるだろ? お前たち貴族(メイジ)が、最も、恐れている連中が」

 ゾクッ……。とフーケは背筋を凍らせる。その反応を察知したのか、メンヌヴィルが薄く笑った。

 やがて、皆に告げるかのように、志々雄は言った。

 

「エルフ」

 

 東方に住むといわれる、最強の亜人。精霊の力、技術力、頭脳、軍事力、すべてがハルケギニアの貴族とは隔絶するといわれる種族。

 そして『聖地』をめぐって、何度も繰り返し殺しあっては返り討ちにあってきた。ブリミル没後六千年の歴史は、そのままエルフとの殺し合いの歴史でもあった。

「まだ会ってねえからな。金髪と長い耳が特徴なんだっけか?」

「はい、奴らの操る『先住魔法』には、長年我らも頭を悩ませている次第」

 ワルドは無意識に、首にかけたロケットを握る。『聖地』に向かうこと、そのためだけに祖国を裏切ってきたのだ。志々雄に仕える楽しさもあるが、目的を完全に忘れ去ったわけでもない。

「ですが、今のシシオ様であれば、そこまで苦慮する程でもないかと」

 先ほどの蹂躙劇を鑑みながら、ワルドは事も無げにそう言い放つ。志々雄もまた、顎に手を当て、おそらく誰も知らないであろう疑問を投げかけた。

 

 

 

「聞くが、エルフの血ってのは、良い『脂』になるのかね?」

 

 

 

 何故か志々雄は、その視線をフーケに向けた。フーケ、否マチルダは無意識に顔を俯かせる。冷や汗が、体や顔を覆いつくしていた。

 ふと、彼女の脳裏によるのは……、この空の国でひっそりと暮らす、小さな子供たちと一人の少女。

 そう、その少女の存在が、マチルダをここまで追い詰めていた。

(何で、気付かれて……ないよね……?)

 だがマチルダは、志々雄の視線から完全に逃げていた。その空気は周囲にも伝播する。

 メンヌヴィルは笑みを深くし、ダミアンは同情の視線を彼女に送る。ワルドでさえ、鋭い目で此方を睨んでいた。

 マチルダは、この感覚に覚えがあった。そう、あれは学院に盗みに入った時の事。

 緋村剣心に、自分が盗賊ではないかと、優しく疑問を投げかける時に、すごく良く似ていた。

 だが、今感じるプレッシャーは、あの時とは比べ物にならない。

 自分のこれからの行動如何で、彼女のその後の人生が大きく左右される。そんな確信があった。

「さぁ……。わたしには、到底想像がつきませぬ……」

 震える声で、マチルダ。もう許してほしい……。そんな情感をその声に込めた。

 志々雄もそれを悟ったのだろう。目を瞑りそれ以上の追及は止める。

「まあそこまで気にすることはねえ。どうせこの後、嫌でもエルフ共とはやり合うんだ。その時に答えが出るだろうさ」

 今のレコン・キスタの情勢を全く鑑みない発言であったが、少なくともここにいる連中はみな、この窮地を乗り越え、いずれエルフとは事を構えることになるであろうということに、一切の不安を覚えていなかった。

 皆、焼かれていたからであった。脳に、あの蒼い焔を。

 瞼の裏に、決して消えぬであろうあの揺らぎを、熱を、その身に感じてしまったのだから。

 その焔に、ある者は魅入られて、ある者は畏れた。マチルダは後者であった。

 そしてその焔は、何処までも流麗に、ある一言を紡ぎ出す。

 

 

 所詮この世は弱肉強食。強ければ生き、弱ければ死ぬ。

 

 

(くそっ! 何で、何でこの世界は……どこまでもあの子に優しくないんだ……!?)

 このままでは、間違いなく食われてしまう。それはもう、確信と言ってもよかった。

 あの子の秘めたる力を思えば……、大抵のことはやり過ごせるとは思っていた。だがもう、一刻の猶予も許されない。

 彼らはもう、間違いなく気付いている。自分がエルフを、正確にはエルフの血を引く者だが……、それを匿っていることを。

 彼らの反応を見るに、すぐにはどうこうしてこないだろうが……、せめて、彼女だけでも安全な場所に逃がさなければ……。

(テファ、あんただけは……絶対に、この地獄から逃がしてあげるからね……!)

 この時のマチルダの決意が、レコン・キスタと、トリステイン・ゲルマニア連合と、ガリアのその後の動きに大きく関わっていくのだが、それはまだ、先の話。

 

 

 

 トリステイン王国は今、遠征の準備で大わらわであった。

 戦列艦の構築、傭兵の雇い入れ、軍隊の編成、食料火薬医療器具の調達諸々……。

 どんなに見積もっても、期間は六週間が限界。それを過ぎれば、伸びすぎた補給路を敵に各個撃破されてしまう。それがこの作戦で導き出された見解であった。

「六週間ですか……」

 王宮の執務室。アンリエッタは様々な書類と睨めっこしていた。

 幸いにも、諸侯による士気は異様なほど高かった。タルブ侵略や黒傘事件、二度に渡る女王誘拐が、トリステインという国全体の危機感を煽ったというのもある。

 また、どうせ出ないだろうと思っていたヴァリエール家が、一個連隊ほどではないにせよ、軍を送ることを表明。これにより当初の予想を上回る増員も見込めたからだ。

(これなら、少なくとも学徒動員は最小限に抑えられますね……)

 加えて、アンリエッタ自身も意外と冷静に物事を俯瞰して見れていた。良くも悪くも、黒笠事件で本気で攫われかけたことが、経験となっているのであろう。

 そもそも論を言えば、こんな戦をする必要があるのか? とまで考えてしまう瞬間は時折ある。だが世論は、戦に対し肯定的になってきている。

 

 ……というより、もうしなければならない。溜まりに溜まった民衆貴族のフラストレーションは、戦に出ないと発散されることはないのである。

 そこまで、トリステインの国は戦に対し強い渇望を抱いていた。

 というのも、かの『黒笠事件』で葬られた貴族は皆、戦には反対派の者が多かった。

 彼らが消えたことで、宮廷では野心強いド・ポワチエ将軍を始めとした主戦派の人間が、より強い声を荒げ始めているのだ。

 

 当然ながら、女王に即位して一年も経ってないアンリエッタに、この民や貴族たちが抱える、負の煮凝りのような感情を御せる力は、持っていない。

 そんな彼女が何とか前を向いてやりくりできているのは……、脳裏に浮かぶ、あの時の剣心の表情だった。

 それが何より、今の彼女の支えとなっている。

 

『この剣の届く範囲であれば、目に映る人々であれば、なんとか守れると思うでござるし、それに……』

『少しだけでも、アンリエッタ殿の負担を減らすことができると思うでござるよ』

 

 気づけば、脳裏に彼の笑顔がよく浮かぶようになった。

 分かっている。彼は『おともだち』の大切な使い魔。手を出すなんて、彼女との友情を裏切る恥ずべき行為だ。

 でも、それでも……。

(末期ですわね。わたくしも……)

 アンリエッタはため息をついた。彼はウェールズじゃない。そんなことは分かっている。

 それでも、今際の際に誓った言葉と、剣心に自分を任せるよう頼んだ王子の、あの時の情景を、最近はよく夢に見るようになった。

 

 自分もルイズのように、彼にすがれたら……。思いの丈をぶちまけられたら、どれほど気持ちが楽になるのであろうかと……。

 

 ふと視線を、手にはめた『風のルビー』に落とす。ルイズから渡された、王子とのかけがえのない遺品。今の自分を見たら、彼は何て言うのであろうか。

 そんなことばかり考えているから、後ろから声がかかるまで、アンリエッタはマザリーニ枢機卿の存在に気づかなかった。

「大分、お疲れのようですな。如何でしょう? 少しお休みになられては……」

「わっ! マザリーニ枢機卿、いつからそこに!?」

「先ほどから、陛下にお声がけしていたのですが……、どうやらお気づきにならなかったようで」

 マザリーニはそう言って、テーブルに散らばっている書面を一枚一枚整理し始める。

 世間では『鳥の骨』と揶揄されるほど、不人気極まる評価をされているが、彼の手腕なくして今の軍事編成は成り立たないのもまた、事実であった。

 マザリーニは、憐憫ともとれる目線をアンリエッタに送る。

「迷っておいでですか?」

「……正直にいうと、確かに、迷っています」

「では御止めになりますか? それも一つの手です」

 試すような口調であった。だが止まったとして、その先に何があるのだろう……?

「止まったら……、どうなると思います?」

「戦で無駄な血は流れないでしょう。ただし、代わりに無辜の血が、流れるやもしれませぬ。タルブのように」

 マザリーニもまた、この戦に関しては是か非か、答えを出せない様子であった。

 長期戦で日干しを待てばいい。と、声に出すのは簡単だ。

 だが、相手の執拗な攻め手をみれば、そんな悠長なことをやっていては、いずれその牙がまた、必ずどこかで出血を強いるのは明々白々。実際問題、その牙は二度に渡り女王に届こうとしていたのだ。

 どうあっても戦は避けられない。頬こけた顔に手をやりながら、マザリーニもまたやるせなさそうにそう告げた。

「……では、やはりこの戦は、止めるわけにはまいりませぬ」

「わたしもそれについては同感です。ただ、戦は攻めるだけではありませぬ」

「生憎と、わたくしは祖父フィリップ三世のような戦上手ではありませぬ故。戦いなど、攻め立てる以外に方法が思い浮かばぬのです」

「そうご自身を卑下されては、心労が溜まるばかりですぞ」

 そんなやり取りを続けること数分、アンリエッタは椅子にもたれかかり天井を仰ぎ見る。

 ……ルイズはどうするつもりなのだろうか? 

 虚無のことは、家族であるヴァリエール家に包み隠さずすべてを話した。それが、親友への最低限の礼儀だと思ったからだ。

 もしそれで公爵が、頑として娘の参戦を拒否するというのであれば、それに沿うつもりであった。

 ただ、今回の出兵を考えると、ルイズは多分、戦に赴くのかもしれない。

 もしそうなら……、その背景には間違いなく『彼』が関わっている事であろう。またアンリエッタは彼の存在に、心を一度留守にしてしまう。

 

「かの『平民の剣士殿』のことを、考えておられるようですな」

 

 マザリーニのその言葉に、アンリエッタはまた身体を強張らせた。

「な、なぜそのようなことを仰るのです……?」

「大変失礼ですが、お顔にそう書いてあります」

 ここでアンリエッタは、年相応に顔を赤らめた。マザリーニは優し気な声で続ける。

「ちょくちょく王宮に来るものですから、顔は覚えました。なるほど何処をどう見てもあの姿は平民そのもの。実際彼の存在に、反感を買う貴族もすでに出てきております」

 ですが……、と枢機卿は続ける。

「わたしも、少しは人を見る目があると自負しております。なるほど彼の瞳は奥が深い。それでいて誰よりもこの国の行く末を案じておる。かのような者は初めて見ましたよ」

「……もし彼が望むのであれば、わたくしは『シュヴァリエ』の称号を、すぐにでも与える用意ができております」

「ですが受け取らないでしょうなあ。彼の原動力は、そういう成りあがる所には無いと見てますから」

 なるほど、確かに見る目はありますね。

 と、アンリエッタはこの鳥の骨と呼ばれる枢機卿の評価を改めた。

 まさか遠目だけで彼の事をここまで評価するなんて……。なんだか自分のことのように少し嬉しくもなってしまう。

「知っておりますか? 彼……、街の間では結構噂になっていますよ。かの通り魔事件で貴族を押しのけ、颯爽と戦う姿が市民たちの琴線に触れたようで」

「本当に、貴族がみんな彼だったら……、国の運営はどんなに楽な事なのでしょう」

「少なくとも、わたしは『鳥の骨』などと、揶揄されてはいないでしょうな。もう少し肉付きが良くなりましょうぞ」

 珍しく冗談を言う枢機卿を見て、アンリエッタもつられて笑った。

 そして……、少しだけすっきりしたような凛々しい表情を、マザリーニに向ける。

「……もう、迷いはないようですな」

「ええ、今回の戦に限り『彼』がいてくれる。それだけで少し、気が楽になりましたから」

「そういう友は、もっと大事になされよ。政治や軍略などでは、決して得ることのできぬ存在なのですからな」

「そうですね」

 そう言ってアンリエッタは、席を立とうとした瞬間だった。

 突然、扉の裏から激しいノック音が聞こえてきた。

「陛下、一大事です!」

 アンリエッタの返事を待たず、銃士隊の一人が、泡を食った様子で躍り出る。

 あまりに乱暴な謁見に、マザリーニが何か言おうとしたのを、アンリエッタは手で止めた。

「落ち着きなさい。一体何があったのですか?」

「さ、先ほどガリアの使いの者が、現れたのですが……!」

 ガリア? 

 この戦争では中立を維持している国から、いったい何の報告なのか?

 訝しむ女王と枢機卿は、次の言葉で身体を硬直させた。

「ガリアが、レコン・キスタへの宣戦を布告しました!」

 

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