ガリア、レコン・キスタへ宣戦布告――――――――。
その言葉に、アンリエッタは、マザリーニは、体を硬直させた。
何故? そんな言葉だけが脳裏で何度も反復横跳びする。
中立を宣言していたのではないのか? どうして今になって、空の国へ打って出ようと考えたのか。
「本当……、なのですか? それは……」
絞り出すように、報告に来た銃士へ問う。銃士もまた、震える声を隠せず答えた。
「はい。先ほどガリアの大使が……、そう告げに来ました」
「その大使をここへ。詳しい話を聞きます」
「それが……」
聞けば、その大使はガリアの紋章をつけた黒いフードを被っており、誰何した銃士に一方的に告げて帰っていったという。
「そんな話がありますか! これほど重要な報告、王宮が直接聞くべき案件ではないのですか!?」
「申し訳ございません! 気が付いたら煙を巻くように消えておりまして……」
それを聞いたアンリエッタは、一旦大きく深呼吸する。
これ以上彼女に怒ったところで仕方がない。アンリエッタは、思考を切り替え、指示を出した。
「マザリーニ、すぐにガリアへ、今の話が本当かどうかの確認を!」
「はっ!」
その言葉を聞いたマザリーニは素早く去っていく。これもレコン・キスタの罠なのかどうか……。こちらを惑わす作戦なのだろうか? すぐに裏を取らなければまた、後手に回ってしまう。それだけは避けたい。
もし本当なら、同様の布告をゲルマニアにもしていることであろう。そちらにも確認をとらねばならない。
だが、もし事実であるならば――。
「本当に何故、戦に出ようと思ったのかしら……」
大国ガリアの参戦。本来ならばこれほど嬉しい事はないはずなのに、唯々不気味な気配を、アンリエッタは感じていた。
その後、時間をかけてガリア参戦の真偽を確認していたが、すぐにこの報告は『真実』であることが判明した。
後にトリステインに向けた、正式な文書が届く。その内容は「ハルケギニアの秩序を乱す『共和制』の勃興を封じ込めるべく、各国とさらに密なる関係を築き上げる必要を感じ――」という、もっともな前文が綴られていた。
しかし、到底信じる気には、アンリエッタはならなかった。
ゲルマニアにも同様の文が送られてきたという情報も、確認が取れた。どうやら本気でガリアは腰を上げるつもりらしい。
戦力もトリステイン、ゲルマニアの大小合わせて必死にかき集めた参加隻数五百に対し、二百隻の展開を約束。うち三十隻が戦列艦であり、更に参戦人数は三万を越えるという。
なるほど、この人員の規模は『
「どうやらガリアも、本腰を入れたようですな」
王宮の執務室、報告書をまとめたマザリーニは、アンリエッタにそう報告する。
確かにそうであるなら、戦の負担も大きく減らせる。カツカツだった諸々の人員備蓄を緩められるという点において、かなり嬉しい情報であることは確かだ。
「ですが何故今になって、しかも出撃の日時も決まったこのタイミングで……、宣戦布告を行ったのでしょうか?」
嬉しいと思う反面、不安もある。というより、不安の方が強かった。
それに最初の大使による、こちらを小ばかにしたような対応。
何か裏がある……。そんな気がしてならなかった。
「聞くのですが、向こうは参戦の表明をしただけで、こちらへの『同盟』締結まではしてこなかったのですね」
「ええ。『こちらはこちらで好きにやるから、そちらは好きにしたまえ』といったような対応でございました」
では完全な味方ではなく、あくまで第三勢力の一つとしてとらえなければいけない……。と、アンリエッタは思った。
現ガリア王――ジョゼフ一世は、巷では『無能王』と謗られ、自国でも軽んじられている愚物として通っている。その行動は突飛なものが多く、度々軍や近衛の騎士たちを振り回しているとも聞いていた。
今回の参戦表明も、その愚案の一つなのだろうか? それとも、明確な目的があるのであろうか……。
なんにせよ、純粋な義憤で行動を起こしたとは、どうしても思えない。
悩みの種が増えたような徒労感を覚えながらも、顔には出さずアンリエッタは報告書を整えた。
「ありがとうございます。下がってよいですよ枢機卿」
「ええ、ああそれと陛下、お客様のようで」
マザリーニはふと、窓から見える龍籠を指さす。それはヴァリエール家が所有する絢爛な龍籠だった。
「ヴァリエール公爵殿が、また参られたのでしょうか?」
そう訝しんだが……、すぐに違うと判断した。アンリエッタはすぐに席を立つ。
「枢機卿、あの籠にいる者らを、応接室へ。わたくしもそこへ向かいます」
「ルイズ! ああルイズ!」
「姫さま!」
その後、龍籠に乗っていたルイズ、剣心、シエスタの三人はそのままアンリエッタが案内していた。応接間に通された(シエスタだけ、部外者ということで別室に待たされることとなったが……)。
ルイズとアンリエッタは、会うなり満面の笑顔でお互いを抱きしめる。
ひとしきりそうした後、アンリエッタはバツが悪そうなでルイズに言った。
「ごめんなさいねルイズ。あなたの虚無の事、誰にも伝えるつもりはなかったのだけれど……、ご家族にはきちんと伝えねばと思いまして――――」
「えっ、じゃあ父さま母さまは、最初からわたしが虚無だと知っていたの!?」
ここでルイズもまた、アンリエッタが早々にヴァリエール家に事情を話していたことを知る。
そのことに、若干面喰ってしまうルイズ。
「そういうことになるわね。でもわたくし、本当はあなたに―――」
「いいえ、こちらこそわたしが迷ってばかりで……、姫さまにご迷惑をおかけしたみたいで、本当に申し訳ございませんでした」
ルイズは片膝をつき、改めてトリステイン女王陛下への恭順の意を示す。それはつまり、「レコン・キスタとの戦争に向かう」という意思表示に他ならない。
アンリエッタは一瞬、ルイズの横に立っている剣心を見る。彼もまた、ルイズに対し少し困った様子であったが、それでも屈託のない笑顔を女王に向けた。
「一から十まで、全てアンリエッタ殿の言葉通りに動く保証はできぬでござるが……、できるだけ、力になるでござるよ」
この剣心の対応は、あくまでも『トリステインのため』ではなく、『志々雄を倒すため』という目的で力を貸すに過ぎない。というものを存外ににじませていた。
勿論、アンリエッタとしてもそこに意はない。むしろ助かるという笑顔を見せ、こう告げた。
「ええ、ケンシン殿。わたくしとしてもそちらの方が助かります。正直戦など、全然分かりませんから……、現場ではケンシン殿の判断と裁量を信じます」
「忝いでござる。アンリエッタ殿」
この二人のやり取りを、若干ルイズはぼーっと見つめていた。
(わかっていたけど、やっぱり姫さま、わたしよりケンシンの方を頼りにしているのよね……)
幼い頃から陛下の遊び相手を務めていた、ルイズだからこそわかる。今アンリエッタが浮かべている笑顔は、民衆に振りまく用に作った笑顔じゃない。本当に心を預けているから故に出る笑顔だ。
それを引き出せるのは、やはり剣心の頼りがいのあるオーラに当てられて……、なのだろう。
母、父、次女、そして姫さまと、みんな自分じゃなく剣心の方に信を置いている。
普通ならそれにうれしく思うのだろうが……、こうまで自分が蚊帳の外だと、まあ若干負の感情を抱いてしまう気持ちもある。
(なによ、みんなケンシンケンシンって……)
分かっている。自分の感情なんて子供のわがままのようなもの。剣心の方が自分より遥かに凄いというのも、頭では理解している。
だが、流石のルイズもここで爆発させるほど、理性がないわけでは無かった。剣心が王宮に対しこういうスタンスを貫いているのは、今に始まったことではない。
何も言わずに、ルイズは普通に立ち上がる。実際、階級や立場を非常に気にする彼女からすれば、使い魔がこんな態度なのにも関わらず何も言わずに済ませるのは、相当寛容になったといえるだろう。
勿論それほどまでに、ルイズも剣心を信頼しているから、ということでもあるのだが。
さて、その時、応接室の扉が開かれた。
遅れてアニエスが、部屋の中に入ってくる。
「遅くなりました」
「構いませんわ。今始まったばかりですし……、というよりアニエス、その傷は?」
ふと目をやれば、そこには所々に痣を作った銃士隊隊長の姿があった。剣心やルイズも、怪訝な表情をアニエスに向ける。
それを感じたアニエスは、アハハ……、と乾いた笑で頭を掻く。
「いえ、実はその……、剣の修行をしておりまして、それで……、はい」
何故か照れ隠しが混じった声色だった。剣の修行で痣を作るなど、別に珍しくもないのに何故――――。と思案した矢先、剣心が思い当たるような表情で顎に手をやった。
「飛天御剣流の技の修行を、していたのでござるな?」
「うぐっ!?」
これまた図星とばかりにアニエスは身体をのけぞらせた。顔はより真っ赤になる。それを聞いたアンリエッタは「仕方のない人ですね……」と、つぶやきながら杖を取り出した。
「まっまさか、また陛下自ら!? い、いえわたしは全然大丈夫です! ですからその……」
「そう言って今この瞬間、賊が来たらあなたはすぐ動けるのですか? いいから、お座りなさい」
有無を言わせぬオーラを漂わせながら、アンリエッタは詰め寄った。
「はい……」と、アニエスは大人しく席に座る。その様子はまるで怒られた子供のようであった。
「いやしかし、ケンシン殿の剣を真似ようと思ったら……、これが中々難しくて……」
アンリエッタの治癒魔法を受けている間、言い訳がましい口調をアニエスは述べていた。
「『龍鎚閃』だけでも会得できまいか? と、高台に登って練習を繰り返したら、着地を誤り顔から突っ込んでしまってな、ハハハ……」
「……あまり無理するものではござらんよ。普通に危ないでござる」
剣心も若干呆れたようにそう返す。飛天御剣流の修行は、常に命懸けだからこその発言であった。
アニエスは一瞬シュンとした表情で下を向いたが……、やがて意を決したように、その目を剣心へ向ける。
「こんな場で申し訳ないが、わたしを貴殿の弟子にしてもらえないだろうか?」
真剣な眼差しだった。目的のためなら、どんな困難でも耐えて見せる、そう思わせる目だった。
治療を終えたアンリエッタもまた、思うところがあったのか、剣心に尋ねる。
「そうですね。ずっと考えていたのですが、もしよろしければ飛天御剣流を、銃士隊の皆に指南していただくことは、できませんか?」
飛天御剣流の強さをもう、微塵も疑っていないからこそ、アンリエッタは思う。もし近衛の剣士たちが皆剣心みたいになれば、下手なメイジを囲うよりずっと安全なはずだと。
しかし……、当然ながら、剣心は首を縦には振らなかった。
「申し訳ないでござるが、飛天御剣流はそもそも一子相伝の技術。これは戦国発祥以後数百年から続くしきたりでござる。それを拙者が破るわけにはいかないのでござるよ」
「そう、ですか……」
アンリエッタももう、答えをある程度予想してたのだろう。それ以上は追及せず素直に退いた。
だが、それを聞いたルイズは逆に、やるせない気持ちになってしまう。
「いいじゃないのケンシン! そんな強い流派なら皆に広めちゃえばさ! それでトリステインが救われるかもしれないのよ!」
亡国の危機だからこそ、ルイズは納得いかなさそうに叫んだ。しかし、剣心は決して首を縦には振らなかった。
するとここで、悔しそうな表情で、アニエスが剣心にまくしたてる。
「ならわたしは!? わたしでは駄目かケンシン殿!!」
必死になって叫ぶ彼女を見て……、剣心は仄かにだが、アニエスの奥に潜む、黒い情景をかすかにだが感じ取った。
やがて、目を瞑って剣心は口を開く。
「確かに、アニエス殿なら素質はある。飛天御剣流を教えれば、恐らく極めることは可能でござろうな」
「!? では――――」
「だが、飛天御剣流は決して、私利私欲は勿論、私怨や復讐に用いるものではござらん。大きな力には、それだけの代償が付きまとうのでござるよ」
私怨、復讐。
それを聞いてアニエスはハッとした。まるで、こちらの心情を、見透かされたような感覚に陥った。
「なるほど、貴殿からすれば……、すべて、御見通しというわけか」
しばらくやりきれなさそうに、歯を食いしばる。
そんなアニエスを落ち着かせるように、優しい声色で剣心は言った。
「お主の過去に何があったか、そこまではわからぬでござるが……、今のアニエス殿は拙者から見ても、どこかで道を踏み外しそうな危うさがある。まずはその澱を、取り払うことが先決かと思ったのでござる」
修行は断固譲らないくせに、自分のことは何処までも気遣う彼の表情を見て……、アニエスは少し可笑しく思ったのか、気が抜けたような顔をした。
まあどのみち、今修行を初めても大した実入りもないだろう。あれほどの技術を体得するのだ、相当時間がかかるはず。
そう思い、最終的には諦めた。
「分かった。無理言って済まない。ケンシン殿」
「こちらこそ、申し訳ないでござるよ。その代わり何か困ったことがあったら、力になるでござる」
「私は大丈夫だ。それを言うなら、この国と陛下を、よろしく頼む」
ここで剣心たちは、アニエス率いる銃士隊は、今回の戦には出ずにトリステインの防衛に入ることを知った。
魔法も使えない上に女性のみの構成であるため、王軍に嫌われたからであった。
「そうですね。では閑談もそこそこにして、そろそろ始めましょうか」
アンリエッタがパンと手を叩く。ここから先の話こそが、彼女にとって最も重要であったからだ。
「出撃の日時は決まりました。それについてケンシン殿やルイズの編成や立ち回りを、ここで決めたいと思います」
アンリエッタはまず、剣心に自国の軍について、簡単に説明を開始する。
トリステインの軍隊は大きく分けて三つ。『王軍』、『諸侯軍』、『空海軍』で成り立つ。
ここで剣心が一番気になっていたのは、当然ながらルイズと自分の扱いであった。
「ルイズ殿の虚無について、知っている者はどのくらいいるでござるか?」
この疑問に対し、アンリエッタは一瞬ルイズを見やって、再び視線を剣心に向けた。
「実を言うと、王宮でルイズの虚無については知っているのは、わたくし、アニエス、ヴァリエール家の方々ぐらいです。側近のマザリーニでさえ、伝えてはおりませぬ」
「えっ、そうなのですか!?」
てっきり軍には自分のことを伝えていると思っていたのであろう。ちょっと呆気にとられた表情をルイズはした。
逆に剣心は、安堵したように愁眉を開く。
「それは良かったでござる。ちなみに拙者のことについては」
「ご安心くださいまし。平民の剣などいくらあっても役に立たないというのが、メイジの世界での共通認識ですので」
おバカな人たち……。そう言いながらアンリエッタはクスリと笑う。それを聞いて、剣心は再び胸をなでおろした。
これで一番の不安材料であった、「上に命じられるままに。自分やルイズが兵器や火矢のごとく扱われる」ということがなくなったからであった。ある程度自由に動ける余地があるのと無いとでは、その後の対応が全く違ってくる。
「そして編成なのですが、ルイズは『特別魔法騎士見習い』、ケンシン殿はただの傭兵という形で、この『ド・ヴィヌイーユ独立大隊』に入って頂ければと」
「『特別魔法騎士見習い』ですか?」
「今適当に作りました。戦時中はそれで通してください」
なんかわたしの扱い雑過ぎない……? そんな疑問がルイズの中に浮かんだが、流石に女王陛下にそんなことが言えるはずもなく。
剣心は剣心で、聞きなれない名称を必死に覚えようとしていた。
「ド……、え? ド、……何でござる?」
「『ド・ヴィヌイーユ独立大隊』です」
「初めて聞いたわ」
聞けば、その独立大隊は、どの連隊にも所属しない……、というより預かるのを嫌がった寄せ集めの軍隊であるそうだ。
構成員も老人や不良兵ばかり。つまりは数合わせのカス大隊だという。
それを聞いた瞬間、ルイズはついに爆発した。
「何よそれ! 何でそんな寄せ集めの軍隊にわたしが行かなきゃならないのよ!?」
なんか、思ってたのと全然違う。
こう……、剣心が切り込んで自分が虚無で敵を吹っ飛ばす。軍がそれについてくる。みたいなイメージを、勝手に抱いていたというのもあった。
「どうどう、ルイズ殿」
「どうどうって、わたしは馬じゃないわよ!?」
ふがふが叫ぶルイズを見て、ため息をついたアンリエッタはここで、はっきりと告げる。
「忘れたのルイズ、あなた、敵に狙われているのよ?」
「あっ……!?」
それでルイズは正気に戻った。
そう、虚無の存在は敵……、レコン・キスタにも知れ渡っている。当然対策もしてきている事であろう。
そんな中、これ見よがしに彼女を矢面に立たせるわけにはいかない。アンリエッタだってそんな事ぐらい分かっていた。
「今回、あえて王軍に虚無の事を伝えなかったのも、それが理由です。いつ隣の味方が、敵になってあなたに襲い掛かるとも限らない。その訳が分かりますか?」
「――アンドバリの指輪」
「正解」
死んだ人間を操るマジック・アイテム。その脅威と恐ろしさは、ルイズも身に染みて分かっている。
「暗殺、諜報、奇襲は彼らの専売特許。最悪あなたを殺して操り、『虚無』をこの国に撃つよう差し向けるとも限りません」
「でっ、でも……、それこそケンシンがわたしを守ってくれるし……」
「けど、可能な限り不安の芽を摘むのは当然の事でござるよ」
「いや、それを守るのがあんたの役目じゃないのよ!」
なおも納得いかないように首を振るルイズだったが、更に剣心はこう続けた。
「良いのでござるか? 公爵殿へ言った言葉、弱き人々を守るために戦うと……、あれは嘘だったのでござるか? 見栄と安全は、決して等価ではござらんよ」
「うぅ……、それは、わかっているつもりだけどぉ……」
ルイズも思わず言葉を詰まらせる。父の言葉「娘を兵器のように扱いだしたら、王宮へ杖を向ける」を思い出したからだ。
「先ほど、ヴァリエール公爵殿からお手紙を頂きました。『娘を頼む』と、力強い筆致で書かれておりましたよ」
アンリエッタも同じように、なだめるような口調で話しかける。
「ひ、姫さま……」
「今のわたくしに、ヴァリエール家とも杖を交える余裕はありません。お願いだから、ケンシン殿の言うことを聞いて頂戴」
アンリエッタの力強い言葉に、ルイズは少し唸っていたが……。やがて冷静になったいった。
「分かりました。わたしは陛下の杖になると誓った身。これ以上はわたしのわがままに他なりませんね」
「もう、そんなにかしこまらなくていいのにこの子は……」
急に馬鹿正直になって傅くルイズを見て、アンリエッタも少し可笑しそうな表情を浮かべる。
ルイズが落ち着いたタイミングを見計らって、再び剣心は尋ねる。
「もう一つ、気になっていた『学徒動員』についてでござるが……」
「ええ、それも考えておりました。」
アンリエッタはアニエスに目を向ける。アニエスは懐から紙を取り出し、テーブルに広げる。
今回の戦で、参戦を表明した学生たちの名前がそこにあった。ただ、その名簿の数は紙一枚分で収まるぐらいには少ない。
「ガリアが参戦を表明したので、その分人員には余裕ができました。今回学生は大半がこの国の護衛を名目に、雑用や見習い、訓練生などにあてるつもりです。参戦する子たちにも、激戦が予想される場所には絶対に出させないようにします」
「ガリアが参戦!? なぜですか!?」
ここでルイズがまた割り込んできた。大国ガリアの参戦など、この時点ではまだ、寝耳に水というのもあった。
「わたくしもまだ、詳しいことは分かりませぬ。ただ、間違いはないかと」
「ガリア……、確か、人口、魔法技術共に随一の大国らしいでござるな」
学院の授業を思い返しながら、剣心は尋ねる。魔法人形の技術もさることながら、『両用艦隊』と呼ばれる強力な軍隊を保持しているという。
そして一瞬、タバサの事も思い浮かべた。確か彼女は、その国の『シュヴァリエ』だと聞いてもいた。
「ではこの戦、もう勝ちは揺るがないのではないですか? いくらレコン・キスタでも、三国からの挟撃を耐えられるとは……」
ルイズは思わずそう尋ねる。確かに、普通に考えればレコン・キスタはもう、風前の灯火。タルブの戦で向こうは『レキシントン』含む主力艦隊を失ったことを考えれば……。
「わたくしもそう思いたいのですが……、正直、不安が勝っております。ケンシン殿は、これをどう見ますか?」
ほぼ部外者で何も知らないであろう剣心に、アンリエッタは尋ねた。彼女自身は気付いていなかったが、不安や疑問は自然と剣心に尋ねる癖が、できているようであった。
一方で剣心は顎に手をやり、考えていた疑問を逆に口にする。
「実を言うと……、少し気になっていたのでござる。レコン・キスタの本当の首謀・志々雄真実と、虚無について」
「シシオ・マコト? 誰よそれ?」
当然ルイズには、まだ志々雄真実について話してはいない。疑問符を浮かべる彼女の顔を見て若干しまったと、剣心は思った。
「ああ、ルイズ殿にはまだ言ってなかったでござるな……」
「『には』!? ってことは、姫さまはご存知でらっしゃると……。へぇぇぇ、主人であるわたしにはそんな大事な話をしないくせに、姫さまにはするんだ……」
ちょっと黒いオーラを放ち始めるルイズ。
「どうどう、ルイズ殿」「だからわたしは馬じゃないっての!」そんなやり取りを交えながら、改めてルイズにも志々雄真実のことについて、話をした。
「……つまり、死んだと思ってたあんたの昔の宿敵が、レコン・キスタを立ち上げて、今度はエルフやわたしたちを巻き込んで『世界統一』をしようとしていると、そんなワケね」
一通り話を聞いた後、ルイズは内容を整理する。既に刃衛を見ていたため、剣心と同じ世界の人間がハルケギニアに来ていたということについては、すんなりと受け入れることはできた。
「わたしに何で、その話を今までしなかったかっていうお仕置きはまあ後でするとして……、でも今のケンシンなら余裕なんじゃないの? なんたってわたしの使い魔なんだし」
『ガンダールヴ』のルーンを思い出しながら、ちょっと気楽な口調でルイズは胸を張る。かの『烈風』にも勝る剣腕を持つ今の剣心なら、誰が相手でも……、それこそエルフだろうと負けないだろうという確信があったからだ。
しかし、剣心は、それに対し憂いを乗せた視線を返す。それを見たルイズもまた、若干気後れしてしまった。
おもむろに、剣心は逆刃刀を鞘ごと取り出し、テーブルに置く。
「この『逆刃刀』。これは新井赤空という刀匠が打った最後の刀でござるが、志々雄真実もまた、彼が打った殺人奇剣の一つ『無限刃』を、腰に携えているでござる」
「……それが、何か?」
「奴はその刀に血をたくさん滴らせ、脂にして刀を発火させる『秘剣』を扱う。弱者の肉を食み強くなる。それが今の奴の強さを、支えているのだとしたら――」
「ちょ、ちょっと待って。何よそれ、脂って……?」
あまりに悍ましい話に、ルイズは思わず口元を抑える。アンリエッタもこの話は初めてだったため、ルイズと同じような反応をした。
血を脂に変え、燃えるまでに昇華させる。どれだけ人を斬ったらそこまでいくかなんて、想像したくもなかったからだ。
「拙者と昔戦った時はまだ、斬撃や熱はそこまでではなかった。……一つ不安なのは、もし奴が亜人や怪物、竜などを狩っていた場合…。そしてその血が、強力な『脂』となって強力な火を作っていたとしたら……」
そこから先は、剣心も言葉を切る。今話したことはすべて机上の空論。推測に過ぎない。
だが、同じ幕末を生きた剣客としての思考を読むと……、その域に志々雄がたどり着くのは、何らおかしいことでもないのも確か。
「奴は、剣客の腕や頭の回転の速さも拙者と同等……、いや、それ以上だと思っている。故に拙者が今述べたことを、奴が実行していないわけがない」
タルブで会った時に思った。志々雄真実は間違いなく、自分よりもっと前にこの世界に訪れている。
加えて、あの自信……。
「それに、拙者はまだこの世界の魔法や地理、歴史や幻獣の類にそれほど詳しくはない。そういう知識面で奴らに後れを取る可能性は、低くはないでござるな」
「…………」
一連の話を聞いていたアニエスは、少し憎悪をこもった表情を、一瞬だが確かに浮かべた。
(どこまでいっても、炎がつきまとう。か……)
二十年前の情景、炎に包まれた村、燃える人だったもの、自分を助けてくれた女性……そして引き攣った火傷痕の背中……。
志々雄の話を聞いて、あの消えぬ煌めきを……アニエスは思い出してしまっていた。
「……アニエス殿?」
「ああ済まない、わたしに構わず、続けてくれ」
どうやら気付かれていたらしい。剣心に構わないよう、アニエスはそう告げた。
「つまり、絶対はないと」
「確実とは、言い切れぬでござるな」
故に、京都の時以上に、慎重に立ち回らねばならない。剣心はそう思っていた。ルイズはまだ、ピンとは来ていないようではあるが。
「あともう一つ、虚無についてでござるが……、実はずっと考えていたことを、告げてもいいでござるか?」
「はい、何でしょうか?」
「ルイズ殿は、拙者を召喚した。この世界では人間を使い魔にするのは珍しい……。そうそうないことであるというのは、確かでござるな?」
「まあね。というか、わたしの周り見てもそれはわかるでしょ? 大体みんなフクロウとかモグラとかカエルとか……優秀な子だったらサラマンダーとか竜とかね」
剣心の問いにはルイズが答えた。そしてふと、学院での召喚の儀を思い出す。一年はまだ経っていないはずなのに……何ていうか、ずいぶん昔のことのように感じられた。
でも、いきなり何を言うつもりなのだろう? ルイズは怪訝な表情で剣心の言葉を待つ。
「で、事を進めてみたら、実はルイズ殿は虚無の担い手であった。だから人間を使い魔とするという特例ができたと」
「はい、そういうことになりますね」
「では……」
そこで剣心は、一度言葉を切って、ルイズ、アンリエッタ、アニエスを見まわし、そして言った。
「ルイズ殿以外に、虚無の担い手がもう一人か二人、実はいるのではござらんか?」
「!?」
これには女性陣もたいそうな驚きを見せた。だが……考えてみれば確かにそうだ。
なぜ今までその考えに至らなかったのだろうと、そう思うぐらいに。
「虚無が、わたし以外に? でもそんなこと……」
「ない、と言い切れるでござるか? ルイズ殿」
既に志々雄真実や刃衛等、別世界(剣心から見れば自分の世界)からハルケギニアに来た連中は見てきている。更には比古清十郎の一人もここへ流れ着いているのだ。
そういう世界と世界をつなぐ『門』は、まず間違いなくどこかにある。だが、志々雄真実についてだけは……なんというか、流れ着いてここへ来たような、感じがしなかった。
もし、志々雄が漂流ではなく、召喚でここへ来たとしたら?
そうなった場合、自分と同等の実力者を召喚できるメイジ……、それはもう、ルイズと同じ虚無の担い手クラスの人間でなくば、できないはず。
直観に等しい憶測の類ではあったが、剣心は確信を持っていた。
「ではガリアの動きって、まさか……」
アンリエッタも考え込む。もしかしてこのタイミングで動くのは、ガリアでもルイズのような『虚無の担い手』が、発見されたから……。その力を見るための実験投入という側面もあるのであろうか……。
「まあそこから先は憶測にすぎぬでござるが、少なくとも拙者はルイズ殿以外にも虚無の担い手はいるかもしれない。そう思うでござるよ」
「でしたら、より慎重に事を運ばねばなりませんね」
「そういうことでござ――――」
刹那、剣心は反応した。
アンリエッタが驚くより先に、アニエスが銃を抜くより先に、ルイズが目を見開くより先に―――。
剣心は机に置いた逆刃刀を手に、飛天御剣流『飛龍閃』を窓ガラスに向かって放った。
ガシャアアアン!
ガラスが鳴り響く音とともに、柄を先端にした剣心の愛刀は、宙を浮いていた小さな魔法人形にぶち当たる。
『ガンダールヴ』の力も乗った神速の飛刀は、小さなガーゴイルなど一瞬でバラバラにしてしまった。
「なっ何!?」
「敵か!?」
「まさか、レコン・キスタ!?」
騒然とするルイズ達を尻目に、剣心とアニエスは油断なく周囲を見渡した。
……聞かれていたか? 他にもいるのか?
刃のような鋭い視線を、割れた窓ガラス越しから外へ送っていた。しばらくして、飛ばした逆刃刀は反動で此方に戻ってくる。剣心は鞘を取り出し、綺麗に刀身を納めた。
「……どうやらもう、いないようでござるな」
「らしいな」
アニエスの同調する言葉に、緊張な面持ちをしていたルイズ達も、ほっと胸をなでおろす。
と同時に、先ほどの人形は何なのかを話し始める。
「あれは何でござる? 翼を生やした怪物のようでござるが……」
「あれは多分、『ガーゴイル』ですわ」
ガーゴイル? と疑問符を浮かべる剣心に向けて、ルイズが解説を始める。
「魔法で動く人形よ。持ち主の魔力が続く限り自立操作できるの。王宮では衛兵にしたり、雑務作業に使うとも聞いたことがあるわ」
「成程、つまりは諜報でござるか」
すぐに剣心は結論を付ける。話しながらも警戒は怠ってはいないつもりだったから、聞かれた内容は微々たるものであろうが……。
「念のため、部屋はすぐに変えた方が良いでござるな。……あぁ、窓は申し訳ない」
「いいですわ。いつでも直せますし。それより、あの人形は一体どこから来たのかしら……」
「案外、ガリアからの刺客だったりして。ガリアって、魔法人形の技術進歩が凄まじいって聞くし」
冗談のつもりでルイズはそう言ったが……、剣心は眉間を深くした。警戒対象はどうやら、志々雄真実だけではないらしい。
(ガリアか、要注意でござるな)
『ルイズ殿以外に、虚無の担い手がもう一人か二人、実はいるのではござらんか?』
トリステインの王宮より、十リーグ程離れた、人気のない木の影にて。
そこでは黒フードを頭からかぶった人影が、小さな人形を手に佇んでいた。
遠隔操作で動く『ガーゴイル』を用いて、この国の作戦内容を諜報しているのだった。
『でしたら、より慎重に事を運ばねばなりませんね』
『そういうことでござ――――』
そこで会話は切れた。どうやら送り込んだ人形は葬られたらしい。
「意外と早くやられたわね。 流石は『ガンダールヴ』と、言ったところかしら」
聞き取れた内容も、精々「虚無の担い手が他にいるのでは?」ということぐらい。舐めていたわけでは無かったが、なるほどその推察力と警戒心は生半可なものではないようだ。
人影はフードを上げる。すると長い黒髪と整った顔立ち……、そして額に浮かぶルーンが露わになる。
人影は女性であった。女性は額のルーンを光らせ、別の人形……、ガリア王ジョゼフに似た人形を、大切そうに取り出す。
「こちらシェフィールド。はい、どうやらジョゼフ様が仰る通り、生半可には行かぬ手練れを、向こうも揃えているようです」
熱を込めた、恋する女性のような声色であった。しばらくそうして一人、小声を人形に向けて放つ。
「はい、ガリアにも警戒をしているようですが、逆に言えばそれまで。『四の四』についても、わたしの存在についても、『虚無』の担い手がジョゼフ様であることも、向こうは知りませぬ」
女性はニタリと笑みを浮かべる。しかし一瞬、なぜか女性……、シェフィールドの顔は強張った。
「マコト? ……あぁ、奴ですか。あんな者などに頼らずとも、必要であればこの『
そこまで言った時だ。シェフィールドの身体はビクンと跳ねた。そして動揺と焦燥を浮かべて、人形に謝り始める。
「出過ぎたことを言いました。申し訳ございません。……では一度、帰還いたします」
ちょっとショックを受けたような声で、シェフィールドは言った。
それと同時に通話が切れたのだろう、シェフィールドは愛おしそうに人形を懐に戻す。
そして……、先ほどとは違う、若干の憎悪を込めた独り言を、空に投げかけた。
「シシオ・マコト……、奴さえいなければ、今頃ジョゼフ様の隣にはわたしが……、いた筈なのに……ッッ!!」