シャン・ド・マルスの錬兵場にて。
現在この練兵場には、王軍十二個の連隊と二万の兵でごったがえしている。
そんな中、ギーシュ・ド・グラモンは紹介状を片手に右往左往していた。
「うわあ、これは凄いなあ……」
ロッシャ連隊、 ラ・シェーヌ連隊、 タバサにボコボコにされたナヴァール連隊……。トリステインきっての有名な軍隊が集結しているさまは、何とも圧巻であった。
気後れしそうになるが、自分もまた、この中に入って
だがどこを探しても大隊旗が見つからない。仕方なくギーシュは強面の士官に尋ねる。
「あの、ド・ヴィヌイーユ独立大隊はどちらでしょうか……?」
「……いいか学生。戦場では『自分の隊がわからなくなりました』等と言っても、誰も教えてはくれんからな」
一通りギーシュに説教をかました後、あっちだ、と言って練兵場の端っこを指さす。
日当たりの悪い場所でもたれかかる、いかにもやる気のない者や老人兵……。それが『ド・ヴィヌイーユ独立大隊』であった。
(えぇぇぇ、こりゃあとんでもないとこに来ちゃったぞ……)
ギーシュは顔を青くした。大隊長はご老人、編成は大体が鉄砲隊、装備は旧式の火縄銃。
おまけにメイジは、中隊長格以外にいないと来たものだ。
愛しのモンモランシーのために、手柄の一つでも立てたいという気持ちと、剣心のように強くなりたいという思いで、国の防衛ではなく、参戦する軍へ入隊志願したのだが……、これは先が思いやられそうだと、ギーシュは内心頭を抱える。
しかし縮こまっても仕方がない。とりあえずここを預かる大隊長ド・ヴィヌイーユに挨拶をする。
「予備士官ギーシュ・ド・グラモン、 ただいま着任いたしましたぁ!」
「はぁ? なんじゃ! なにごとじゃ!」
どうやら耳も遠いらしい。大声で自分がここに配属されたことを、何とか説明するが……。
「なんじゃあ? わしゃあ何も聞いとらんぞ!!」
「ええっ!!? でも確かにぼくにはここへ行けと、紹介状も……」
「ああ、きみの事については自分が任されましてね。ここからは自分が紹介しまさあ」
そう言ってギーシュに語りかけてくるのは、父親程も年の離れた男だった。
「えーと、きみは?」
「中隊付軍曹のニコラでさ。 副官の真似事などもやらしてもらっとりました」
真似事というのは謙遜だろう。額の切り傷に日焼けした顔。その実歴戦の軍曹なのだとギーシュは思った。
「すみませんねえ。今、軍は結構ごたついてましてね。やれ上はどうした? やれ配属はどうなった? そんなこんなで混乱してんすよ」
「ごた……、何でそうなってるんだね?」
「ほら、例の『貴族殺し』。あれが結構響いてるんでさ」
ギーシュは一瞬青ざめる。トリステインで起こっていた貴族の連続殺人は、学院にも届いていたが、まさかそんな大ごとになっていようとは……。
「本来指揮する上官たちや将軍たちでさえ、レコン・キスタの刺客に消されてたって……。噂じゃ女王陛下すら亡き者にしようとしてたらしいとか。いやはや攻め込む前に、ぱったりと止まって本当に良かったですなあ」
「そ、そんなことになってたんだ…」
ギーシュはより一層青ざめた。家族にそういった訃報がこなかったのは、幸運と言わざるを得ないだろう。軍務を退いたとはいえ、父ナルシス・ド・グラモンは今もなお元帥として名を馳せている、狙われたっておかしくはなかったからだ。
そして疑問に思う。何で止まったんだろう?
「さあねえ、ただ巷じゃその刺客……、チクトンネ街で大暴れしてたらしいんですが、それを銃士隊の連中と、通りすがりの剣士さんが頑張って止めたって話を、聞きましたがね」
真偽は分かりませんが……。とニコラは続けるが、それだけで、にぶちんなギーシュでさえ、すぐに察した。
メイジでさえ敵わない刺客と戦える、通りすがりの剣士といったら……。
(そうだよなあ、彼だったら多分、止められるんだろうなあ……)
ふとギーシュは思う。彼は来てくれないのだろうか……と。
実力を、恐らくだが誰よりも間近で見たからわかる。彼さえ来てくれたら、隣にいてくれたら、どれだけ安心できるか……。
(……って、いけないいけない。彼ばかりに頼っては、手柄を立てられないじゃないか!)
ギーシュは思わず、パンパンと自分の両頬を叩いた。
『命を惜しむな、名を惜しめ』
それがグラモン家より代々伝わる家訓である。
上の兄も全員出征している。それぞれが軍や艦を預かる高い地位にいるのだ。いずれは自分もその席へ辿り着かなければならない。
だが、それでも思う。できれば自分も、彼……剣心と同じ景色へ立ってみたいと。彼のことをもっと学べれば……、それは上の兄たちが誰一人として見れなかったであろう、世界がある筈だと、信じて疑ってなかった。
でも同時に、そんな希望は、ただのわがままであると自覚もしている。これ以上考えるのをやめて、ギーシュは再びニコラの話へ耳を傾ける。
「てなわけで、あと数人ほど書生さんがここに集まるそうでさ。その時に女王陛下直筆の任命状を、僭越ながら自分が読み上げさせて頂きまさ」
ギーシュは驚きのあまり目をぱちくりする。まさか、女王陛下が!? 自分に向けて!?
(うわあ何だろう! まさかアルビオンの功績で『シュヴァリエ』になっちゃったりして!?)
完全に有頂天になったギーシュが、そんなことを考えていた時……。
「何一人でにやついてんのさ。気持ちわりぃぃの」
隣にはいつの間にか、学院で見慣れたぽっちゃりさんが立っていた。
「……何できみがここにいるんだい? マリコルヌ」
「そりゃあ決まってるじゃん。配属がここに変わったからだよ」
ギーシュはふと思い返す。彼、『風上』ことマリコルヌ・ド・グランドプレは確か、空軍の士官候補生になってなかったか?
だが、指揮系統が乱れ切っているのはさっきニコラに聞いたばっかりだ。それに多分だが、これから集まる書生の中に彼も入っているのだろう。
「……おかげでぼく、張ったおされ損なんだけど」
マリコルヌは苦い顔で左頬を見せる。そこは赤色の手形がくっきりと見えた。
空軍で調子乗っていたら、すぐさま水兵に根性を叩き直されたのである。
それを見たギーシュは思わず、吹き出してしまった。
「ははは! 凄い腫れてるじゃないか!? てかきみみたいな臆病者がよく志願したな!」
「言うなよお……。ぼくだって、自分を変えたいからここに来たんじゃないか」
マリコルヌはそう言って自分の、ちょっと出っ張った腹に視線を落とす。
そんな彼を見て思うところがあるのだろう。ギーシュも笑うのを止めた。
「まあ正直、右も左も分からない所で、見知った顔に会うと安心するというのは分かったよ」
「で、何でぼく達こんな木っ端部隊の更に端に集められてるワケ?」
マリコルヌは周囲を見渡した。数えるほどしかメイジがいない侘しい部隊を見て、思わず愚痴をこぼす。
「あぁ、それはだね……」
それをギーシュが説明しようとした矢先。
「まあ多分だけど、ぼく達学生だけを集めた部隊を、新たに編成するんじゃないのかい?」
「おおレイナール! ギムリも!」
ギーシュは思わず振り返る。見れば同じく学院生と思しき眼鏡の少年と、たくましい顔つきの少年が此方へ来ていた。
「そんなことをして何になるってんだ? レイナールよ」
「さあね。雑用でもさせられるんじゃないかい?」
「……ってことは、きみたちもここへ再配属されたクチかい?」
まあそうだね。とレイナールは小さくため息をついた。学生だから大役を任されるとは思っていなかったが、それでも将来のために戦は間近で見たいと思っていた。
とはいえ、想定していたものとかなり違った現実に、がっかりのため息をこぼしていた。
逆にギムリは豪快に笑ってこう返す。
「なあに、だったらおれたちの凄さを、周りに見せつけてやればいいだけの事じゃねえか!」
「あんまり夢は見ないほうが良いと思うけどね。てか具体的なプランないでしょきみら」
そんなこんなな会話を繰り広げるうち、いつの間にか結構な数の学生たちが集まってきた。
見知った顔でわいわいやるようになったうち……、ニコラが書状を手に学生達に呼びかける
「はい書生さんたち、ちょっとだけこっちの話を聞いてね。これから女王陛下から賜った重大な書状を読み上げるから」
女王陛下! と聞いて一斉に学生たちは反応する。皆敬愛するアンリエッタのために杖を磨いているのである。その彼女からの言葉とあれば……。と静聴する。
ニコラは広げた書状をつらつらと読み上げた後、最後にこう宣言した。
「……以上の理由により、ここに『
そう言って、ニコラはあらぬ方向を指さす。当然学生たちも全員ならってそちらを向く。
そこにいたのは――――。
「もう、何でこんなにごったがえしてるのかしら……、むさくるしいわね」
「ルイズ殿、口調は
「って、そうだった。う~~~、まだ慣れないわね……、じゃない。慣れないなあ……」
そんな会話を繰り広げる、二人の人物が此方へ向かってきていた。
ギーシュはそのうちの一人の影を見るなり、思わず叫んだ。
「ケンシン! ケンシンじゃないか!? きみも来てくれるのかい!」
「お主は相変わらずでござるな。ギーシュ」
いつもの微笑みを湛える剣心をみて、ギーシュも思わず顔を綻ばせてしまう。なんだかんだ言って抱えていた戦への不安が、一気に消えたような浮遊感を今、彼は味わっていた。
「いやあ良かった! きみが来てくれるならまさに百人、いや千人力さ! ……あ、もしかして副隊長って、きみのことかい?」
先ほどの書状でサラッと出てきた隊長任命を思い出しながら、ギーシュは尋ねる。
平民とはいえ、剣心の実力を知るギーシュから見れば、彼が隣についてくれるのは頼もしいことこの上ない。
剣心もニコラの話は聞いていたのだろう。ギーシュの質問に、首を横に振ってこたえる。
「いやいや、拙者はあくまで外の者。今回限りの一傭兵にすぎぬでござる」
「えーっ! 何で! きみなら隊長だっていわれても大歓迎なのに!?」
剣心は違うと聞いて、じゃあ誰が……? と、ギーシュが再び思案する矢先。
「本当にあんたが歴史ある
「……誰だいきみ?」
ギーシュは怪訝な目を、剣心と一緒にやってきた、もう一人の人物へと向けた。
桃色がかったブロンドの髪を、ひっつめるように束ね、いかにもな騎士装束を身にまとっているが、雰囲気から年は自分たちとさほど変わらない。……ように見える。
顔つきは険しいが、黙っていれば中々の美少年だ。
「あんな奴いたか?」「学生?」口々にそんな声が聞こえる。
そんな様を見ていた剣心は、思わずクスリと笑う。
「ほら、意外と気付かないでござろう?」
「いや、なんか複雑なんだけど。こんな軽い変装にも気づかないだなんて。こいつらがボンクラ過ぎんのよ。……じゃなかった、過ぎるんだよ」
自分の服を見下ろしながら、少年? は答える。そんなやり取りを見ていたマリコルヌが、ここで一歩前に出た。
「おうおう坊ちゃん! こんの……! 見るからに『わたしは美少年です』ってツラぁぶらさげやがって、さぞかし女の子にも持て囃されているんだろうなあアアァァァ!」
容姿に嫉妬しているのであろう、ちょっとドス黒オーラを放ちながら更にずいずい前に詰め寄ってきた。
しかし、一切臆した風でもなく少年? は答える。
「あによ『かぜっぴき』。臆病のくせにあんたまで参加するの? 言っとくけど遊びじゃないのよ。……じゃない、ないぞ」
「はあ? てかそれ……え? てかその声、まさか……」
「まあ、そろそろ声や態度でバレる頃合いでござろうな」
と、剣心はニコラに目線を送る。それを受けて、改めてニコラもまた、書状の続きを読み始めた。
「えーと、続きですね。『
「わたし、じゃなかった、ぼくことルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールが任命されたってワケ。いいわねあんたたち!」
瞬間、ええええぇぇぇ!! という声やざわめきが起こった。水精霊騎士隊結成というのもそうだが、何よりルイズが男装してしかも副隊長になったからだ。
同級生であるギーシュ、マリコルヌ、レイナール、ギムリに至っては、ただただあんぐりと口を開けていた。
そんな驚く生徒たちを、剣心は遠い目で眺めていた。
(やっぱり、無理ある光景でござるなあ……)
時は若干、遡る。
「『
「ええ、かつて存在していた、由緒ある部隊の名です」
トリステイン王家と縁の深い、水の精霊の名前が冠された騎士隊。数百年前に廃止されて久しいが、アンリエッタがその名前を拾い上げたのであった。
ガーゴイルによる偵察を退けた剣心たちは、別の居室にて戦の編成による、話の続きをしていたのだった。
「その隊を、学生たちで固める。今回漏れて戦に出ることになった子供たちを、一か所に集める。これなら――――」
「成程、拙者の監視の目も届くようになると」
「はい。加えて、先ほどのド・ヴィヌイーユ独立大隊の一部隊という形にします。独立部隊の中にある更なる別動隊。という名目にすれば」
「拙者でも、ある程度彼らを動かせる」
「はい。隊長はギーシュ・ド・グラモンにしようかと。ケンシン殿ともお知り合いのようですし、実力もご存知のようですしね。建前はまあ、こちらで考えます」
こんな感じの会話を、剣心とアンリエッタは続けていた。そして若干、空気になりつつあるルイズは黙ってそれを見ていた。
(さっきから姫さま、ケンシン殿ケンシン殿って……、まるで子犬みたい……)
こうして俯瞰して、わかったこと。
今のアンリエッタは、疑問一つ提案一つ口にするたび、剣心の顔色を無意識に伺っているという事だった。
剣心が悩むような表情をすると、一気に彼女の顔が不安で暗くなる。逆に剣心からの提案はもう、それがすべて正しいかのように頷くだけになっていた。
まあ、今回の敵は剣心の宿敵が関わっているっていうし……、そういう意味でこの使い魔に意見を仰ぎたい女王陛下の気持ちもわかるのだが……。
(なんか姫さま、このままケンシンの言いなりになるんじゃ……)
今のアンリエッタは、どちらかというと「剣心に嫌われたくない」という負のオーラを、若干だが肌で感じていた。
だから彼の意見を必要以上に鵜呑みにする。というより、右に倣えをしてしまうようにも見えた。
もし剣心に二心あった場合、女王を籠絡して一気にトリステインは傾きそうだ。傾国の美女ならぬ傾国の流浪人である。
(まあケンシンがそんな奴じゃないのは、わたしが一番よく知ってるんだけどね)
それに自分だって察しているのだ。剣心ももしかしたら、アンリエッタのそういった負の感情の発露を、ちゃんと感じ取っているだろう。そういう信頼もある。
それでも、このまま剣心とアンリエッタは一緒にしちゃいけない気が、何となくだがしていた。
か細い蜘蛛の糸のような、不確かな予感なのだが……、この時点でそんな空気を、ルイズは感じていたのだった。
そろそろ何か言おうと口を開けた時……アンリエッタから衝撃発言が飛んできた。
「でねルイズ。あなたはこの部隊の副隊長になってほしいの」
「はっ!? えっええええええええええええ!」
言葉が叫びに置き換わった。それも無理からぬことではあったが。
「なっ、何でそうなるのですか姫さま!?」
「だってあなた、戦に出るんでしょう? そして周囲になるべく『虚無』のことを知られてはならない。だとするともう手段は一つ」
なるべく、『虚無』を信じない、バレても問題ない環境を作り上げる。軍人ならともかく、顔見知りの同級生ならまだその辺の融通が利く。そのための学生たちで集めた部隊。
「それと、ヴァリエール公爵よりお聞きしました。かの『烈風』カリン殿は、本来女人禁制の筈の魔法衛士隊に男装して入隊し、実績を築き上げてきたと。つまり――――」
「まっまさか、先の『特別魔法騎士見習い』の肩書って……!」
「そう、そのまさかです」
アンリエッタはずいっとルイズの顔と、その女性的とは言い難い平坦な胸をまじまじと見つめて、言った。
「その体形なら、ギリギリ男性ですって言っても、美少年で誤魔化せるでしょうね」
「いやいやいやいやいやちょっと待ってください姫さま確かにわたしは陛下の杖と申し上げましたがそれには限度ってものがそもそもわたしにそんな趣味はありませんしいきなりそんなこと言われてもどうすれば分かりませんしケンシン助けてホントに助けて」
とにかくルイズはまくし立てた。母がやっていたと聞いてはいたが……、だからといってなぜ自分も男装せねばならないのか。
「まあ簡単に言えば、戦場で女性はどうしても目立ちますから。それを隠すためでもあります。かといってケンシン殿のような一傭兵の立場だと……、まあ、間違いなくあなたは我慢できなくなりそうですから、それなりの地位もつけて、このような形をとりました」
「いや待って本当に、本当に一回落ち着きましょう姫さま」
「いいじゃないのルイズ、可愛いルイズ。せっかくですし、こちらへ」
ここぞとばかりにニッコリと微笑むアンリエッタを見て、ルイズはふと昔を思い出した。こうなった彼女はもう、止められないことも。
というか、既に準備していたのだろう。アンリエッタはルイズを、着せ替え人形を見るような面持ちのまま、彼女の手を取って別室へと連れていった。
「ちょ、姫さま! ……ケンシン助けてぇぇええ!」
ルイズの虚しい叫びが、最後に響くのであった。
助けを請われた剣心も、結局何も言えずにただ、見ている事しかできなかった。
「こういう時、どうすれば良いのでござろうなあ?」
「貴殿でも、悩むことがあるんだな……」
同じくどう動けばよかったのか、思案に暮れるアニエスと一緒に、剣心はしばらく待たされることとなった。
「はい、完成ですわ!」
それから数十分後。別室の扉が勢いよく開かれた。
最初にまず、これ以上ないウキウキ顔のアンリエッタが姿を現す。そして彼女の手に引かれるように、ルイズも姿を現した。
その恰好は、まさしく若き母こと『烈風』カリンとほぼ瓜二つの姿であった。服装は見習い時代に着ていた騎士装束のようであり、髪も無理やり根元をひっ詰めるポニーテールに変わっている。
もし父ヴァリエール公爵が見れば、在りし日の妻の姿を、間違いなく幻視していたことであろう。
「杖はまあ、今使っているもので大丈夫そうですけど。烈風殿が使っていたという
「……なんで母のお古が、さも当然のように宮廷にあるのですか?」
「母マリアンヌが昔、烈風殿にすごく惹かれていたようで、思い出にと当時の装備一式もらい受けたと言っておりました」
惹かれるどころか、恋人として想われていたのであるが、そこまではさすがのアンリエッタも知らない。
ともあれ、今のルイズは美少年と言われればまあ、だませるかなと言われる面持ちとなっていた。
「中々似合うと思うぞ。私などより断然凛々しく見えるが」
アニエスもまた、ルイズの今の姿を見て素直に賞賛した。やはり貴族なだけあって、幼さが残りながらも美しい顔立ちが、この上ない気品さと高貴さを与えている。
だが、当然ルイズは納得していない。
「いや、そもそもなんでわたしが男装なんて……、あぁ嫌だわ……」
「駄目よルイズ。ちゃんと言葉遣いも直さないと。ちゃんと『ぼく』、もしくは『おれ』にしなさい」
「えええぇ……、そこまでするんですか……はい、分かりました」
圧を含んだ笑顔を浮かべるアンリエッタ。そしてそれを見て思わず姿勢を正してしまうルイズ。どうやらもう、男装しての入隊は既定路線らしい。
ルイズは最後に、恨めし気な目線を剣心に向けるのであった。
(助けてよぉぉ、ケンシンんんん……!)
(すまぬルイズ殿。拙者も、何が正しいのかよく分からなくなってしまったでござるよ)
「まあとにかく、こうなった以上は仕方がないから、あんた達の部隊に入ってあげる」
感謝しなさいよね。とルイズは胸を張った。
当然、次に来るのは学生たちのブーイングだ。
「ざけんな! そう言われて『はいそうですか』って納得するか!」
「てか何で『ゼロ』のお前が副隊長? まだおれが適任だろ!?」
「ちょっと待ってよ。色々あってまだ理解が追い付いてないんだけど……」
ふたたび辺りは喧々囂々に包まれる。ルイズを知らない者は誰だといわんばかりの怒号が、逆に良く知る者からは劣等生の彼女がなぜ自分たちの上に立つのか、納得いかないのは必然だ。
「おいギーシュ! 何とか言ってやれよ! 何で『ゼロのルイズ』が副隊長なんだって!」
マリコルヌがルイズを指さし叫ぶ。ルイズも負けじとばかりにベーっと舌を出した。
さて、ほとほと困ったのはギーシュだ。
まずいきなり『水精霊騎士隊』の隊長という肩書を背負ったこと、その隣がまさか剣心ではなく、男装したルイズになったこと。何もかもが急すぎて混乱していた。
そもそももう、絶対にルイズはバカにしないと剣心との決闘で誓ったのだ。だから当然、言葉もしどろもどろになってしまう。
「い、いやあちょっと……、そもそもぼくも何が何だかでさっぱり……、なあ、ケンシン?」
本当に困った様子で、ギーシュは剣心の方を向いた。剣心も彼の心情を察したのか、微笑みながら助け舟を出した。
「まあ言うなれば、これは女王陛下直々のご下命でござるよ。隊長をギーシュ、お主にしたのはルイズ殿と共に、あの密命をこなした功績のおかげでござる」
「えっ!? やっぱりあの時の功績を、女王陛下は覚えていてくださったのかい!?」
その一連の流れを聞いた学生たちはざわつき始める。何の事だよ? とか、説明を求める視線をギーシュに送ってくる。
それに持ち前の見栄っ張りが刺激したのであろう。ギーシュは杖を掲げて芝居がかった口調で話し始めた。
「はっはっは! 実はさる月の日……、女王陛下からの密命を受けアルビオンへ向かったことがあるのだよ! 迫りくる敵兵、襲い来る刺客! 空に向かえば空賊の襲撃! それを退けぼくたちはついに、今は亡きウェールズ殿の元へとたどり着いた!」
ギーシュがお調子者なのは当然、剣心も分かっている。だから彼を乗せてしまえば、学生たちの態度もある程度軟化できる。そのように上手く彼を乗せたのだった。
そしてどんどん、ギーシュの芝居がかった口調は熱がこもる。学生たちもそれに聞き入っているようであった。
「そしてやってくる最後の刺客! それはグリフォン隊隊長のワルド子爵! 彼が刺客を送り込んだ黒幕であり、裏切り者だった! 大挙して押しよせるメイジ! それを颯爽と打ち砕く最強の剣士! それが彼、ヒムラ・ケンシン!!」
「おろ!?」
この流れは想定外だった。当然好奇の視線が、一斉に剣心に寄せられる。
「彼がいなくば、ぼくたちは今頃アルビオンの礼拝堂で屍を晒していたことだろう! そして彼をこの地に呼び寄せたのは他でもない、ルイズだ! であればこの任命に関してぼくは、文句は何一つないと思っているがね!」
ギーシュは最後にこう締めた。自分も巻き込まれるとは思ってなかった剣心は、若干目をぱちくりさせていた。
それでも剣心が話に上がったことで、学生の半分は納得……、もう半分は疑念、もう半分は好奇の目を向ける。
「そういえばあいつって、確かギーシュと決闘してた平民だよな?」
「おれ知ってるぜ。ミスタ・ギトーの風魔法を真っ向から跳ね返したのを見たからな」
「でもよう……、所詮平民だろ? ギーシュの事だから買いかぶって話盛ってるんじゃ……?」
口々にそんな会話が聞こえてくる。まあ正直自分のことはどうでもいいと思っていた剣心は、改めてルイズに小声で伝える。
(ルイズ殿、そろそろアレを)
(分かったわよ)
ルイズは「静かになさい!」と周囲に呼びかける。再び視線がルイズに集まる。
それを見計らって、ルイズは懐から一枚の書状を取り出した。
それは、かつてアンリエッタから受け取った女王直属の女官であることを示す許可証であった。
その下の文には、新たに「『水精霊騎士隊』の副隊長はルイズに任命する」という、一文が加えられていた。
「この通り、『水精霊騎士隊』の結成と任命は女王陛下自らお決めになられたのよ! 文句があるなら女王陛下に、ええ女王陛下に直接言いなさい!」
若干半ギレでルイズは叫ぶ。ぶっちゃけ意見具申がそのまま通るなら是非そうして欲しいと思っていたからだ。この状況に納得いってないのはルイズも同じだった。
しかし、女王直筆の文面を見た男共は、納得したような様子はないものの、表立った意見や文句が静かに消える。使えないわね……。と内心ルイズはつぶやいた。
「さあ、さっさとフネに乗り込むわよ! ついてきなさい!」
「何でお前が仕切ってんだよ! ぼくはまだ納得してないぞ!」
「うっさいかぜっぴき! 置いてくわよ!」
なんだかんだで持ち前の強引さを発揮しながら、ルイズは船を指さし先に進む。
それを見た剣心も、なんだかんだ上手くやれそうだな……。と内心で安心した。
……口調はまあ、直す気はないようであるが。
「……なあきみ、どうしてルイズが来ることになったんだい?」
隣では、隊長となったギーシュがこっそり剣心に耳打ちする。
「お主も知っているでござろう。アルビオンの密命は」
「うん……」
「あの時、やりのこしたことがある。それを果たすために拙者らもまた、この戦に馳せ参ずることにしたのでござる」
鋭い視線を作りながら、剣心は空を見上げる。友の無念、因縁の宿敵との決着、それを自分の逆刃できちんと振り払わねば、胸を張って東京へは帰れない。
未だ自分を探しているであろう、想い人に謝りながらも、剣心は今、この瞬間のためだけに前を、視線を、ここからでは見えないアルビオンへと向けた。
(済まぬでござるな薫殿。だけど絶対に、必ず戻る故、もう少しだけ待っててほしいでござるよ)
遠くでラッパが鳴った。
これからアルビオン遠征軍総司令官である、オリビエ・ド・ポワチエ将軍の訓示が始まるのであった。 その後この錬兵場に集まった軍は、ラ・ロシェールに向けて出発する。
そこで各員フネに乗り込み、空路でアルビオン大陸を目指すのであった。