るろうに使い魔‐ハルケギニア剣客浪漫譚‐   作:お団子

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第六十九幕『最後の黒手紙』

 

 ウィンの月第一週。マンの曜日。ラ・ロシェールの港にて。

 この日はハルケギニアの歴史に残る日となった。

 アルビオンがもっともハルケギニア大陸へと近づくこの日、トリスタニアとゲルマニア連合軍六万を乗せた大艦隊が、一斉に飛び立とうとしていた。

ヴィヴラ・トリステイン(トリステイン万歳)! ヴィヴラ・アンリエッタ(アンリエッタ万歳)!」

 敬礼している将兵たちが、怒号のような唱和をする。どんな呪文より、遥かに大きいモノを動かせそうなうねりがそこにはあった。

「いよいよ、始まりますな」

「そうですね」

 世界樹の頂点に立っているアンリエッタとマザリーニは、空へと飛び立つ五百の艦隊を見送っていた。

 その様は、まるで「種子が風に吹かれて、一斉に舞うようだった」 と後世で語り継がれたという。

「彼らは、白を青に塗り替える種子足りえますかな?」

「ド・ポワチエ将軍は、大胆と慎重さを兼ね備えた名将です」

 そう褒めながらも、アンリエッタの眉間は深いまま。

 

 ……結局彼には、『虚無』の存在については伝えなかった。伝えてもどうせ、大して有効活用できない、有能とは程遠い人間であることを知っていたからだ。

 

 しかし王軍には今、とにかく人材がいない。ただでさえ、貴族の連続殺人事件で上官クラスを大幅に葬られていたのだ。まあそれがなくとも、今の将軍より優れた者は、歴史の向こうにしか存在しないのだが。

「こうなるとやはり、ガリアの参戦には大いに助けられていますな」

「…………」

 結局、ガリアは何を考えているのだろうか?

 出撃日など密な連携をとりたかったのだが、結局宣戦を布告する通知だけよこし、後は一切の連絡はなし。

 本当にレコン・キスタを討つ気があるのかすら、よく分からないのが現状だ。

 だがもう、ここまできたからには、やるしかない。

「杖は振られました。今は――――」

「平民の剣士殿に、すべてを託す。でしょうか?」

 もう『彼』については、マザリーニもよく知っているようだ。だからアンリエッタも力強く頷いた。

「これはもう、わたくしだけの戦ではありませぬ。あの人の……、因縁にも、終止符を打つ戦となっています」

「まあ、昨今の事件のおかげで、兵全体の士気は思ったより高い。ですが――」

「ええ、『退き際』だけは、きちんと見極めます」

 ただでさえ無理をした遠征なのだ。きちんと戦場の機微だけは見極めたい。それが戦に赴く人々に対する、最低限の礼儀だとアンリエッタは思った。

 

(頼みます、ケンシン殿、ルイズ……)

 

 死んだら恐らく、自分は地獄に落ちるだろう。それだけのことをした。

 でも、それでも前を向いて欲しいという彼の笑顔に、アンリエッタは大いに助けられていた。

 彼も自分と同じ、咎を背負っていながらも、なお人々のために剣を振るう。そしてその強さを間近で見てきたから。

(だからせめてわたくしは、きちんと前を見据えましょう――――)

 罪の意識を自覚しながらも、それでも彼の事を、言葉を信じることにしたアンリエッタは、飛び行く青い種子を、見えなくなるまで見送った。

 

 

 

 

 

第六十九幕『最後の黒手紙』

 

 

 

 

 

 トリスタニア宮殿。東の宮の一隅に設けられた資料庫。王軍でも高位の者しか立ち入れ ない場所で、アニエスは一冊の本をめくっていた。

 

魔法研究所(アカデミー)実験小隊』

 

 その中にある三十名ほどの小隊名簿の項を見つけ、 アニエスは唇を噛み締めた。

 この小隊こそ二十年前、自分の村を滅ぼした張本人であったからだ。遂に見つけた…と心中で呟く。

 頁をめくる。 隊員はすべてが貴族・元貴族で構成されていた。あいつが?と驚く名前もそこには載っていた。口惜しいことに故人も多い。

 そして――――。

「くそっ……!!」

 忌々しそうにアニエスは口元をゆがませた。一番肝心な……、部隊長の名前がご丁寧に破かれていた。

 一番罪深い男の名前が見当たらない。アニエスは身を震わせた。

(ここまで来ておいて、肝心なことが分からぬとは……っ!)

 こいつだけは絶対に殺したい。そう思っていただけに、しばしどうすれば良いか佇んでいた……。

 そんな時だ。

 

「隊長!」

 急にバタンと扉が開かれた。銃士隊の部下が、これまた慌てた様子でアニエスに呼びかける。

「何事だ」

 内心苛立ちが募っていたが、それで部下に当たる程子供でもない。アニエスは素早く公私を切り替えた。

 ただ、呼びかけられた銃士の方は、顔を青ざめ、どうすれば良いのかわからず体を震わせている。

「その、例の……あれ(・・)がまた……、今度は、学院に…‥っ!」

「学院? 何が来たのだ?」

 学院といえばトリステイン魔法学院の事だろうか? 軍人で平民の自分とはあまり関係なさそうに思うが……。

 一回だけ、宮廷で「女学生も予備士官として、軍事教練を施したらどうか」という議題が出たことがあったが、当然ながらアンリエッタが反対したため、この案は流れている。

 だから現状、アニエスは学院と特に接点がない。ならば一体なんだ……?

 そんな折、銃士は震える声でこう告げた。

 

 

「黒笠の『斬奸状』が……、学院に届きました!!」

 

 

「っ! なんだと!?」

 アニエスは持っていた本を落とした。それほどまでに、体中を悪寒が巡ったからだ。

 刹那思い出すのは、あの男の、愉悦を含んだ表情……。

 

 

(う、ふ、ふ)

 

 

「バカな!? 奴は確かに死んだ……筈だろう!?」

 アニエスは叫んだ。部下に……、というよりかは、自分自身に言い聞かせるようにだが。

 あの後、アニエスはきっちりと浮遊船周囲の調査に乗り出していた。

 そこで死体を確かに見た。あれは間違いなく……、黒笠『鵜堂刃衛』だった筈なのに、何故……と。

 

 

 実をいうと、このからくりには『元素の兄弟』が噛んでいた。

 証拠隠滅を図るため、違和感が出ない程度に証拠につながるような痕跡を、ジャック、ドゥドゥー、ジャネットの三人が消していたのだった。

 特に死体については、精巧に精巧を重ねた『人形』にジャネットの水魔法……「この人形を見た者を『死体』だと誤認させる」先住魔法を用いて欺かせたのだ。

 もし、死体を改めたのがスクウェアクラスの優秀なメイジであれば、もしくは見破れたかもしれない。

 しかし銃士隊は魔法が使えない連中の集まり。当然耐性などもある筈がない。そのためまんまとその策にはまってしまったというわけである。

 今回ばかりは、魔法が使えない、知らないという欠点が、大きく裏目に出ることとなってしまったのだ。

 

 

 とはいえ、そんな相手の企図が今のアニエスに分かる筈もなく。この時の彼女の中では別の解法が脳裏に過った。

 

(まさか、アンドバリの指輪か……?)

 

 死人を操るというマジック・アイテム。それを刃衛に用いたのだろうか?

 いや、死体を葬ったのは他ならぬ自分自身だ。その場所も悟られないよう、最大限の警戒を払った。どこでそれを知った?

 様々な疑問符がアニエスを襲う。だが、時間がそれを許してはくれないようであった。

「隊長! 思案中申し訳ございませんが……、襲撃はもう、今夜とのことです!」

「なに!?」

 アニエスは窓を見る。丁度地平線へ沈んでいく太陽が、視界に映る。紅の色どりが、窓から漏れ出していた。

「誰を狙うと、書いてあった?」

 学院でトップと言ったらオールド・オスマンだ。彼を狙うつもりなのか?

 しかし、銃士は横に首を振った。

「それが、今回の手紙の内容は……、今までと勝手が違っておりまして……」

 今まで届いた黒手紙は、全てターゲットの邸宅に送られていた。

 その内容は基本的には異国のような文字列で詳細は分からなかったが……、始末する対象の名前と時刻だけはハルケギニアの文字で書かれているという、奇妙なものであった。

 だから、その傾向を思えば誰が暗殺対象なのか、すぐに分かる筈なのだが……。

 

「今回狙う対象は……その、学院にいる女学生、全てとのことです!」

 

 その言葉にまた、アニエスは衝撃を受けるのであった。

 

 

 アニエスが銃士から黒手紙の報告を受けている同時刻。チクトンネ街。

 夜の帳が降ろされたこの街は、いつも通りの下品な喧噪で賑わっていた。

 ついこの前に起こった通り魔事件もどこ吹く風、外では出来上がった酔っ払いや露出の多い服を着た女性が、我が物顔で闊歩していく。

 

 そんな中に、一人の男が明確な目的をもって、街を歩いていた。

 

 男はメイジであった。

 もちろん今は貴族ではない。勢力争いに負け、傭兵に身をやつしていた。

 男は金が欲しかった。

 とある件で『北花壇騎士』の座を追われた彼は、流浪の末トリステインのこんな場末の街にまでたどり着いていた。

 男はおもむろに懐から、一枚の紙を取り出す。そこにはこれから向かうべき場所が記されていた。

 どこの国でも『裏の繋がり』は存在する。そこから男は、上手くいけば一獲千金を得られるやもしれぬという、とある情報(・・・・・)を、掴んでいたのだった。

 

「ここか」

 男は視線を、とある酒場へと移す。灯り一つない、細道の先にその扉はあった。

 周囲には誰一人としていない。まるでここだけ外界と切り離されているかのよう。

 扉を開ける。店主と思しき小太りの親父が、ワイングラスを拭いていた。

「いらっしゃい」

 店主は気ダルさを隠そうともせずに声をかける。男は一言。「例の仕事で」とだけ告げた。

 それを聞いた店主は、顎で廊下の先にある扉を指す。男もそれ以上何も言わずに、店主が指した部屋の扉を開けた。

 部屋には既に、十数人の傭兵たちがいた。皆あか抜けた顔と装備だが、腰には杖を差している。それだけで元貴族というのが伺える。

「ようセレスタン、おめえもこの『誘拐計画』に乗ったクチかい?」

 セレスタン。そう呼ばれた男は、ニヤリと口元を歪ませる。元が貴族とは到底思えない、盗賊の如き下卑た眼差しだ。

「ああそうさ。ジャン、ルードウィッヒ、ジェルマン、ジョヴァンニ。てめえらとこんなところで会えるなんてな」

 裏の繋がりで、別の人間と連携を取ることは珍しくはない。基本は一匹狼を気取ってはいるが……今回の作戦は、内容が内容というのもある。

 

「んで、マジなのかよ。今の学院は手薄だって」

「ああ、きっちり裏は取れた。今いるのはジジイと女生徒だけ。碌な警備一つつけてねえって噂だぜ」

 

 攻める側というのは存外、自分が攻められることはあまり考えぬもの。というより、この国の女王陛下が二度も狙われたこともってか、学院の男子生徒は大勢が『研修』という名目で警備に駆り出されていたのだ。残りの男性教師はみな、戦争で空へと向かった。

 そんなわけで、学院は思った以上に隙だらけであった。戦への準備で皆多忙を極め、学院のことに何か頭が回ってないようだ。

 なんにせよ、そんな情報を聞いて手を拱く道理はない。トリステインの魔法学校に通える子供たちは、皆須らく高位な連中だ。身代金をせしめるもよし、ある筋に売り飛ばすのもよし、その前に楽しんでも(・・・・・)よし。ここに集まった傭兵共は、そんな下劣な思考へとすでに走っていた。

 

「で、そんな夢のある計画を立てた張本人さんは、どこのどいつで?」

 

 セレスタンのその言葉を聞いて、今度は一斉に静まり返る。皆神妙な顔になり、中には若干、顔を青くする者もいた。

「……お前知ってるか? この国の貴族を殺しまくった『黒笠事件』ってやつ」

「まあ、聞いてるぜ。バケモンだよなそいつ。メイジじゃないんだって?」

 貴族を殺して回っていた下手人が、エルフでもなければ逃げ出した『土くれ』でもない。ただの剣士と聞いた時は「何かの冗談だろ」と、セレスタンも思っていた。

 だがそれが真実だと知ると……、ふとガリアで聞いた『北花壇騎士の包帯男』の話が脳裏に過った。

 まあ、歴史の裏で『メイジ殺し』と呼ばれるほどに卓越した剣士はいないわけではない。この国の銃士隊も、隊長は女だてらに貴族を葬ったとも聞く。

 そして、チクトンネ街で起こった『通り魔事件』を止めたのも、これまたメイジではなく通りすがりの剣士サマというではないか。

「貴族のお偉方も立つ瀬がねえよな。普段は威張り散らしているくせによ。見事に平民共に手柄を取られまくってて嗤っちまうぜ。……で、実はそいつがまだ生きてたって言いてえのか?」

 その通り魔事件以降、下手人の黒笠は葬られたという情報が、それはもう一時期どこに目を向けても分かるよう、様々な壁や看板に張り紙が張られていたことも思い出す。

 事実、それ以降ぱったりと殺人事件は止まったと聞くが……。

「あそこ、見な……」

 ルードウィッヒが、扉のない別室の入り口を指でさす。暗がりのため、目を凝らさないとよく見えない。

 言われたとおり、セレスタンは身を乗り出した。そして――――絶句した。

「なっ!?」

 部屋の中には、男がひとり、座っていた。その頭には事件の象徴たる黒笠をかぶっている。

 それはまだいい。臆したのはその男の手――――。

「狂ってんのか……、コイツ……」

 セレスタンは思わず、そう声に出してしまった。

 

 男の手には、刃が刺さっていた。両手ともに……。

 手のひらに直接刀をぶっ刺し、たまに持ち上げてまじまじと刃と一体化した己が手を見つめている。

 一目でわかった。こいつは危険だと。

 

(貴族共が殺られる、ってえのもまんざら、嘘じゃねえなこりゃ……)

 そんな考えを巡らせていた時、男……、刃衛は顔を上げる。

「時間だ」

 それだけ告げると、刃衛は立ち上がり傭兵たちがいる部屋へと向かう。

 近くにいた傭兵は皆気味悪がり、彼を避ける。

 それを気にせず、刃衛は周囲を見渡し告げた。

「今夜零時、学院に襲撃をかける」

 それを聞いた傭兵の一人が、質問する。

「手筈は? どう行くつもりだ?」

「そんなものは無い」

 刃衛は短く返す。セレスタン含む男共はざわついた。

 それはつまり――――。

「好きにしていいと、そういうことか」

 その問いに、刃衛は深い笑みを浮かべて頷いた。

「派手に暴れろ。後は各々自由だ」

「あんたは?」

「当然、殺戮」

 しれと告げる返答。それに傭兵は身震いする。

 何の目的で、とか、どうして学院を狙うのか、とか、誰を殺しに行くのかとか、そんなことを聞くことすら憚れる雰囲気だった。

 

あ奴(・・)がこの国にもういない以上、この滾りを消せるのはアイツ(・・・)だけだ。うふふ、うふふふっふっふっふ……、うはぁははははは!!」

 

 傭兵たちもまた、この男への恐ろしさで身震いすると同時に、学院への女学生に少し同情をした。

 ただまあ、せっかくだから精々利用させてもらおう。盗賊共もまた、笑みを浮かべてその身を乗り出した。

「行くぞ」

 

 

 トリステイン魔法学院、学長室。

「まさか、ここが狙われるとはのう……」

 学長、オールド・オスマンは、届いた黒手紙を手に、これ以上ないため息をついた。

 彼の目の前には、報告に来たアニエスが立っている。

「この件は我々銃士隊が預かることになりました。煩わしいでしょうがご容赦願いたい」

「まったく、美の化身たるうら若き女学生を斬り殺そうとするなど、何たる下劣な発想じゃ」

「死は平等です。女も子供も選びませぬ。それだけのこと」

 それを聞いて、はぁ……、とオスマンは嘆息した。

 アンリエッタはまだ、この件については知らない。今夜はゲルマニアの皇帝こと、アルブレヒト三世との会談のため、マザリーニや研修の学生たちと共に、この国を留守にしていた。

 その間、アニエス率いる銃士隊は、この国の警護を任されていたのである。

 したがって、この件の実質的な総責任者はアニエスになる。まだ自身の復讐は終わっていない。他の貴族たちから余計な顰蹙を買うことなく、なんとしても女学生たちの犠牲を出さずに終わらせたかった。

 

「隊長!!」

 そんな折、学長室の扉が開かれ、数人の女性隊士が入ってくる。

「済んだか?」

「はっ! 言われた通り、各隊の配置は無事完了しました」

 敬礼しながら、はきはきと隊士たちは応える。

 外は既に暗い。襲撃が今夜とあれば、もう女学生を家に帰すのは時間もないし、逆に危険と判断した。そのため、学院内で迎え撃つ算段を取っていたのだ。

 無論パニックになっても困るので、この件の襲撃について、女学生に知らせるつもりもなかった。

 ただ、一人(・・)を除いてだが……。

「念のため、今夜の寝床は一か所に集めるよう通達願えないでしょうか? なるべく不安要素は取り除きたいのです」

「わかった。何ならこの部屋なんかどうじゃ? わしの魔法で空間を広げればほら……、いやすまんそんな顔せんでおくれ」

 アニエスはキッと睨みつける。この爺さんが助兵衛なのは聞いてたが……。こんな時にまでよく冗談なんて言えるなと思っていた。

「全くこわいのぉ。ミス・ロングビルにも言ったんじゃが、女は愛嬌じゃ。そんなずっと怖い顔じゃあ旦那さんなんか一生できんぞ――いやごめんほんと剣抜かないで老人虐待じゃぞ」

 なら銃はいいのか? という言葉が喉元まで出かかったが、アニエスはすんでの所で飲み込んだ。

 鯉口まで切っていた剣を再び鞘に戻し、改めて確認する。

「では就眠時間が来たら全学生に通達を。部屋が決まったらそこに多数の銃士を配置する。わたしは敵を迎え撃ちます」

「お主一人で大丈夫なのかの?」

「それについてですが……、一つ許可を頂きたい」

 

 

 辺りは墨のような空が広がる。雲の厚さで月の光が届かないのであった。

 ヴェストリの広場もまた、地面から壁に至るまで、墨汁を浸したかのような色が広がっている。

 しかしよく目を凝らせば――――。

「――シュッ!」

 誰かが、何かを斬っている。そんな光景が薄っすらと見えた。

 いるのは勿論タバサだった。結局日が暮れるまで、ずっとここで『双龍閃』の練習をしていたのだった。

 今、彼女の前には、丸太が四本、横一列に並んでいる。

 タバサは、杖を利き手で持った自然体のまま、しばし佇む。

 しかし刹那の瞬間、抜刀術の構えへと移行し、そのまま杖を横へ振り払った。

 四本の丸太が一斉に切断される。ふっとぶ、ということはなく、若干横へ滑ったかのような挙動を取った。

 こうやってひたすら回数をこなす度、速く、そして手慣れていく感覚が、確かにあった。

「はあっ……、はあ……」

 タバサはここで一息ついた。頬からの汗が顎へと伝う。やがてそれは一滴の粒となって、地面へと吸い込まれていった。

 幸いにも、教師の大半は戦に出たため、授業の数は激減していた。あるとして精々、コルベールの授業くらいだ。

 その空いた時間を全て、この練習に注いでいた。最初は途中で精神力が尽き、休む時間もあったが、修行を続けるにつれ、そんな時間もどんどんと減っていった。

 始めたての頃は、まだまだ精神力のコントロールが未熟だったと痛感したこともあったが……、今は夜まで続けても、氷の刃一本分くらいなら出し続けられるくらいには、成長していたのだ。

「ふああ~~ぁあ……。もう終わったのね? お姉さま」

 隣ではすっかり眠っていた風竜シルフィードが、青い目をぱちくりさせながら首だけ起き上がらせる。

 彼女も昼からずっと主人の修行を見守っていたのだが、そのうち飽きて眠っていたようだ。

「夜眠れるかなぁ……」そんなボヤキをあくびと共にするシルフィードをよそに、再びタバサは切った丸太を『錬金』で復元する。その繰り返しであった。

(まだ続けるつもりなのね、このちびすけ……!)

 と、いい加減怒鳴り散らかしてやろうかと考えていた瞬間……。

 

「……お姉さま?」

「はぁ、っ……、は、……ぁ、っ……!」

 

 タバサの様子がおかしい。

 はたから見ればただ疲れているだけのようにも見える。しかし曲がりなりにも使い魔であるシルフィードはすぐに察した。

 なんていうか……、今の主人は呼吸の仕方をも忘れているかのような……、そんな、危うい雰囲気を醸し出しているのだ。

「ねえお姉さま……、お姉さま!」

 シルフィードは思わず呼びかける。タバサは一旦呼吸を整えると、折角直した丸太の巻き藁に、背を向けた。

 そしてベンチの隣にある丸いテーブル。そこに乗った空のグラスに水魔法の呪文を唱える。

 水蒸気が液体へと変わり、グラスには水がなみなみと注がれ始める。

 容器が水で満たされると、タバサはグラスをつかんで一気に飲み干した。

「ぷはっ……! はあっ、はぁ……っ」

「ねえお姉さま! 大丈夫なのね? ちょっとおかしいのね……!」

 隣で見ていたシルフィードが、そんな不安げな声を漏らした時だった。

 

「失敬、久方ぶりだな」

 タバサたちに向かって呼びかける声がひとつ。タバサは素早く振り向いた。

 シルフィードもまたそちらを振り返り、そして知っている声の正体に気付き喜色の声を上げるのだった。

「あっアニエスさん!! お久しぶりなのね!」

「お前も変わらずだな。シルフィード」

 アニエスは微笑みながら、シルフィードの頭を撫でる。彼女は黒笠事件以降、自分が風韻竜で、喋れることを知る数少ない人間だ。

 恐いけど、信頼できる人間というのはシルフィードも分かっていた。恐いけど。

「何の、用……?」

 汗を拭きながら、不調なのを悟られないようにタバサは問う。それに対しアニエスは……、彼女にしては少し不格好な、礼節をわきまえた様子と口調で、一礼する。

「少しお話しできればと、参上仕った次第。お時間は大丈夫ですか? 『シャルロット・エレーヌ・オルレアン』殿」

 それを聞いたタバサとシルフィードは、しばし声を発さず、ただただ目を見開かせた。

 

「……分かって、いたのね?」

 しばし流れる静寂を、壊したのはシルフィードだった。

 それを聞いたアニエスは、目を見開かせたまま固まるタバサを見据えて言った。

「正直なところ、本当かどうか半々……、といったところだが、お前の反応でようやく『本当』なのだなという、確信が持てたよ」

「あっ……!?」

 ひっかけられた。とシルフィードが思った時にはもう遅かった。今の反応でどうやら、アニエスも確信を持てたようだ。

「済まないな。だが女王陛下直々に調査せよと命じられては致し方なし。詳細は先ほどオールド・オスマンに聞いた。貴殿がこの学院に来た経緯を……な」

 それを聞いたタバサは、杖を横に置きベンチに体を預けた。

 分かっていたことだ。王族に近づけば近づくほど、自分の正体がバレやすくなることぐらい。それを承知であの事件に挑んだのだ。仕方ないとは言えば仕方ない。

 ただ、それでもここまで直ぐに身元が割れたのは、多分……。

 

「あの人が、言ってきたの?」

 

 タバサは目線をアニエスに向ける。彼女もまた頷いた。

 はぁ……、とタバサはため息をついた。

「やっぱり……、あの人、心臓に悪い」

「心中、お察しします。確かに彼は鋭すぎますな」

 ジョゼフの話をしてきた時点で、もうそこまで確信を持てたのだろう。善意で動いているとはいえ、少し怖いとこの時、緋村剣心に対して、純粋に思った。

「オルレアン公は、先の王位継承の後、兄である筈のジョゼフに毒矢で殺害された。その話はここトリステインでも聞き及んでいます。もしや貴殿は……」

「そう、あなたと同じ(・・・・・・)

 もう隠しても無駄だろう。タバサは目を閉じ頷いた。

 それを聞いたアニエスもまた、一瞬沈黙する。タバサもまた、アニエスが『同じ類の人間』であることは、既に察しているようだった。

「でもそれだけ……、じゃない。助けたい人もいる」

「……そう、ですか」

 静かながらも鬼気迫る口調。それはアニエスすらも若干竦ませるほどであった。

 成程、そのためなら自分の命すら、厭わない覚悟でいることも。

 同じ『復讐者』として、シンパシーを感じる仲だ。だからアニエスもまた、彼女にそれ以上の追及はあまりしなかった。

「了解した。では今はまだ『タバサ』という形での付き合いの方が、よろしいと」

「それでいい。敬語もいらない」

「そうですか。……では、ここからはまた普通に対応させてもらおう」

 アニエスも、再び口調を元の武人風に戻す。正直タバサの正体を探るのは二の次なのである。

 アニエスは、鋭い視線をタバサに向けて言った。

 

「実は今夜、学院で襲撃が起こる。……『黒笠』が生きていた」

 

「はあぁぁぁああああああああああああっ!?」

 シルフィードが大声で叫んだ。周りに誰もいないのが幸いだ。いつもだったらすぐに杖で殴りつけるタバサも、今回ばかりは驚きで再び佇んでいた。

 ただ……それでも、自分が王族であると見破られたことよりかは……、衝撃が少なかった。自然と受け入れていたのだ。

 

 何というか……、確信があったから。奴はまだ生きて、刃を研いでいるだけだと……。

 

「何で!? アイツは確かに船から落っこちたのね!! それにあんなに赤ちびがぼっこぼこにしてたのに……!?」

「私も詳しくは分からん。だが……、貴族殺しを告げる『黒手紙』が、学院に届いたのは事実だ」

 アニエスは苦い顔を浮かべた。もし……、噂のアンドバリの指輪で生き返っていたのならば、殺しても死なない身体になっているのだろう。想像しただけで怖気が走る。

 しかし、アニエスの想像を予想したのだろう。タバサは首を振った。

 

 

「違、ぅ。ぁぃ……、つぁ……、ふっ…、普、通に……ッ、い生、きて……ぃ、る……」

 

 

「タバサ?」

 アニエスもここで、彼女の様子がおかしいことに気づく。見ればタバサの額は脂汗で満たされていた。動悸は激しく、目も虚ろ。喋ることすらも辛そうな風情。

「お姉さま! 大丈夫なのね?」

「一体どうした?」

「分からないのね。でも、さっきからずっと辛そうで……」

 シルフィードはただきゅいきゅい喚いてタバサを口元でつつく。彼女なりの心配の仕方なのだろう。

 アニエスは、先ほどのタバサの言葉を反芻して……そして、その原因をすぐ察した。そして叫んだ。

 

 

 

「まさかお前!! 『心の一方』がまだ、解けてなかったのか!?」

 

 

 

「きゅいぃっ!!?」

 そう、浮遊船での戦闘。刃衛はタバサに向けて、強力な『心の一方』を放っていた。

 あの時、息が止まりかけるほどの苦痛を受け……、刃衛が落下したと同時に、解除された。だからもう終わったものだと、タバサも一瞬思っていた。

 だが、時が経つにつれ、徐々に、だが確実に日常の呼吸にも、違和感を持つようになっていったのだ。最初はほんの微かであったが……、今はもう、はっきりとわかる。

 

 奴……、刃衛は生きていると。だから中途半端に収まった『心の一方』が、再び自分を蝕み始めたのだと。

 

(だとしたら、あの時葬った死体は偽者なのか!?)

 術者が死ねば解除される『心の一方』が、まだ続いているということは……、刃衛は死んで蘇ったわけでは無い。ということになる。

 しかし、死亡確認を怠った自分の迂闊なことに変わりはない。アニエスは申し訳なさげに目を伏せた。

「済まない。確認を怠ったわたしの責任だ」

「あなたの、せいじゃ……なぃ……」

 タバサは苦しそうにしながらも立ち上がる。幸い、肺が締まる程だった『あの時』までではない。戦おうと思えば、戦える。

 今のタバサは、『心の一方』を通じて、相手の体調や力量がある程度測れるくらいには、刃衛と強くリンクしていたのだ。

「あの時と比べれば多分……、力は落ちている。でなかったら、わたしは今……、立つことすらままならない筈……」

「そうか……」

「……狙いは多分、わたし」

 タバサは静かにそう言った。そして、チェレンヌ邸襲撃事件時の夜を思い出す。

 あの時、殺しに来た自分を愛おしそうな目で眺めていた。余程気に入られてしまった(・・・・・・・・・・)らしい。

 大方、緋村剣心との決着が有耶無耶に終わり、失った死に場所を自分に求めているのであろう。

 タバサもまた、強くなるために黒笠に挑んだのだ。逃げるなんて選択肢はない。

「わたしが学院を出て……、黒笠を引き付ける。そうすれば……」

「お姉さま!? そんなことして、アイツに勝てるのね!?」

「その通りだ。一人で挑むのは無謀が過ぎる。それに……」

 アニエスは苦々しい顔をして続ける。

「今の学院の状況がどうやら、裏社会に漏れているらしくてな。最近堅気とは言い難い連中が、チクトンネ街に集まり何事かを企てていると聞く。もしかしたら、これを機に奴らも攻めてくるかもしれん」

「きゅい!? もしかしてそいつらの狙いって……」

「そうだな。純粋にここの女学生たちを狙ってくるだろう。我々銃士隊が配置についているが、向こうもそれなりの数が来るかもしれん」

 それを聞いたタバサは、この学院で唯一と言っていい友達(・・)の顔を思い浮かべた。

 それと共に蘇る、彼女の笑顔と会話の日々が、過っていく。

 

『あなた、そうしてたほうが可愛いわ』

 そう言って、決闘の後でにこやかに微笑んでくれた表情を。

 

『本ぐらいなによ。あたしが本の代わりに友達になったげるわよ』

 その言葉を聞いた時、心の中に、確かに暖かい何かが生まれた事を。

 

『ねえシャルロット。この微熱が全部暖めて溶かしてあげる。だから安心して、ゆっくりおやすみなさい』

 それで少し、心に吹きすさぶ雪風が、わずかに溶けたような感触を。

 

『ずーっと色んなとこ回ってさ……、何かあったんじゃないかと思うとさ……、本当にもう、心配したんだから……!』

 あの時の抱擁と涙に、彼女への愛おしさがより強く育ったことを。

 

 彼女の実力を思えば、大体のことはやり過ごせそうだし、強いのも分かっているから過度な心配はしていなかった。

 

 でも……、少なくとも、『奴』には会わせてはいけない。

 

 自分の身勝手の所為で、友を危険に晒す。そんなことは当然、耐えられなかった。

 今回は復讐とは違う、『守る』という別の目的で戦う。逃げることは……、許されない。

 一呼吸整える。そして力強い目線で、アニエスに告げた。

「迎え撃つ。今度は絶対、奴に勝つ」

「ああ、お前が来てくれるのは正直心強い。よろしく頼む」

 




お気づきの方も多いことと思いますが、刃衛の「掌に刀を直接刺す」ネタは、再筆及びキネマ版からのものです。
基本、るろ剣の登場人物たちは原作漫画をベースに敷いていますが、今後も使えそうな設定(小物や武器などの類)は、再筆だけに限らず新旧アニメOVA実写ゲームetc...から、違和感や齟齬、矛盾が出ない程度に取り入れるつもりです。
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