るろうに使い魔‐ハルケギニア剣客浪漫譚‐   作:お団子

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第七十二幕『炎の贖罪、その行方』

 

 アルヴィーズの食堂は、たちまち殺意と憤怒の炎で辺りを覆いつくした。

 杖から迸る紅色の蛇が、血に塗れた兇刃によって切り裂かれる。

 首が飛び、頭が潰され、胴体が真っ二つになっては飛散する。

 しかし、焔でできた蛇は、すぐさま元の形を取り戻し、再び兇刃……、刃衛に食らいつこうと牙を剥く。

 その攻撃を紙一重でかわす。先ほどから感じる、凝縮された熱量を肌で感じた刃衛は、思わず凄絶な笑みを浮かべた。

 キュルケの放つ『炎球』とは比較にならない温度。喰らえば火傷では済まない。

 まず『炭』になる。そんな一撃だ。

 抜刀斎以来久々に感じる生死のやり取り。それをこんなところで味わえる。炎蛇の舞に翻弄されながらも、刃衛の心はこれ以上なく踊るのであった。

 

「――シィッ!!」

 コルベールは風を切るような速度で杖を振る。炎でできた蛇がまた一匹、生み出された。

 それは銃弾もかくやという疾さで、刃衛の喉元を喰らいに行く。

 しかし刃衛もまた、それを見切る。喉に到達より先に、蛇の頭は真っ二つになって飛散した。

 それを見届けると同時に、コルベールは駆けた。もとより、遠距離からの攻撃で仕留められるとは思ってはいない。

 相手はメイジではない。だが……、相手の放つ殺気は侮りと余裕を持ってかかったらまず命はないことは、まだ鈍っていない歴戦の勘で、わかっていたのだ。

 今持ち得る自分の実力、その全霊をもってかからねば、討ち果たせない手合いであることは承知の上。

 蛇は今、三匹ほど宙を舞って刃衛に躍りかかっている。それは切ろうが潰そうが、すぐに復活するよう調整していた。

 先ほど潰された四匹目……、それを奇襲に使い、その隙に自分の存在を一瞬、隠す。

 目指すは懐――。

「ぬうっ!」

 刃衛が初めて、虚をつかれたような表情を浮かべる。

 あえて接近戦を挑んでくるとは、思ってなかったかのような様子だ。『貴族殺し』の経験が、一瞬だけ裏目に出た格好だった。

 有象無象の敵ならばこれで急所に一撃を放てたのだろうが……、しかし刃衛もまた、瞬時に動いた。

 

 彼の脳裏には、幕末の情景――――新選組からの襲撃を返り討って逃走を果たしたあの光景が一瞬、蘇っていたから。

 

「フゥン!」

「ぬぅっ」

 杖と刀が交わる。杖には『ブレイド』が仕込んでいる。そのため折られることなく鍔迫り合いに持ち込めた。

(抑えている隙に、蛇で襲わせようとする算段か……?)

 そう逡巡するのもつかの間、コルベールは素早く刀を杖で振り払い、なぜか後ろへ下がる。

(――?)

 何か、違和感を覚えた。

 その間にも蛇は襲ってくる。刃衛は再びそれらを斬り払う。

 するとどうだろう、さっきまではすぐに復活する炎蛇は、再び動き出すこともなく霧散した。

「くそっ!」

 コルベールは焦りの表情を浮かべて叫ぶ。それを見て、刃衛はますます違和感を覚えた。

 何か、芝居がかっている。

 するとコルベールは、廊下に続く出口まで、ゆっくりと後ずさった。

 逃げる気か……? 否、違う。刃衛はすべてを察した。

 

「逃げるフリして、何か狙っただろう? そうはいかんよ」

 

 先ほどまでの攻防を振り返り、そう告げる。どうやら劣勢になって逃げ惑う雰囲気を、上手く作りたかったようだ。

 だが、じりじりと此方を見据えながら下がるコルベールの瞳は、今までにない以上の濃厚な『死』の気配を薄っすらとだが、放っていた。

 もし気付かず、奴を追いかけていたら……、間違いなく死んでいた(・・・・・)。それは絶対だったろう。

 死ぬこと自体は別にいいが、それでも軽々と己が命をくれてやる気はない。

 それを聞いたコルベールは、今度は演技ではないだろう、本気の舌打ちをした。

「……察したか。勘のいいやつだ」

「やはり、何か狙っていたな」

 正解とみた刃衛は、酷薄な笑みを浮かべる。

 事実、コルベールにはかつて何度も使っていた必殺の業があった。

 火二つに土一つ。『錬金』により、 空気中の水分を油 に変え、 空気と攪拌させ、さらにそこから火をつける。

 それにより、一帯の酸素を燃やし尽くし、 範囲内の生き物を問答無用で窒息死させる。

 

『爆炎』と呼ばれる残虐無比の攻撃魔法。

 

 決まれば刃衛とて、まず間違いなく殺せる。だが、この業は広範囲にわたる。自分はともかく、生徒たちやアニエスがいる状況で放てば、彼女たちを巻き込んでしまう。

 だから競り合いに負け、情けなく逃げ出そうとする芝居まで打って、刃衛をこの場から離れさせようとしたのだが……、どうやら察知されてしまったらしい。

 刃衛はそれ以上、コルベールを追いかけずにキュルケの所へ向かう。『部屋に戻らねば、彼女を殺す』。そう言っているも同然の行動だった。

「彼女に、手を出すなぁぁぁあああああああああ!!!」

 コルベールは再び、これ以上ない殺意をもって刃衛に襲い掛かった。より巨大な炎の蛇と共に、そして刃衛もまた、喜悦の表情をもって向かい入れるのだった。

 

 

 

 

 

第七十二幕『炎の贖罪、その行方』

 

 

 

 

 

 再び、食堂内に殺意を伴った炎が飛び交う。

 それを見ていたアニエスは、ただ茫然と――その焔の色を、熱を……、肌で感じていた。

 それは、否が応でも二十年前の記憶を、揺り起こしていた。

 

 あの時、当時の自分は三歳だった。

 

 次に思い出すのは、波打ち際に打ち上げられた女性と……、彼女の指に光る、炎のように美しいルビーの指輪。

 続いて過るのは、堅気とは思えない男たちが、こぞって村を焼き払う姿。

 燃える人々、焦げ付く死臭。その中には自分の家族や友達も含まれていた。

 自分は、浜で助けた女性に連れられ、最後まで彼女にかばわれた。そのおかげで命を拾ったのだ。

 いったん途切れた記憶の最後に見たのは、男の背中。引き攣れた火傷の痕が目立つ、醜い首筋である。

 

 あの日から、二十年という歳月が過ぎた。

 未だ目をつむれば、炎が浮かぶ。

 その日、家族と恩人を焼き尽くした炎が浮かぶ。

 そしてその炎の向こうに、男の背が見える。

 

「お前か!?」

 憎悪が蘇る。殺意が迸る。

 気づけば叫んでいた。今死闘を繰り広げている男――コルベールに向かって。

 その怒号は、一瞬、戦闘を繰り広げていた二人を止めるには十分だった。

「二十年前! わたしの故郷を……! 父を! 母を! 友を! 恩人を! 全てを焼き滅ぼしたのは! お前かぁあああああああああああああああっ!!」

「――――っ!!」

 それを聞いたコルベールは、呆然とした。そして……、畏れを浮かべた瞳で、アニエスを見つめる。

 肯定。そう捉えるには十分の反応であった。

「きみが、そうか……。大きくなって……」

「ッ!!」

 アニエスは銃を構えた。コルベールに向けて。

「やめて!!」とキュルケが叫んだ。それでもなお、アニエスの銃口はコルベールをとらえたままだ。

「なぜ故郷を滅ぼした! 答えろ!」

「…………」

「答えろ!!」

 一瞬、訪れる静寂。

 しばし後、コルベールは俯いて答えた。

「……命令だった」

「命令、だと……?」

「疫病が発生したと言われ、言われるがまま焼いた。仕方なく焼いたのだ」

「バカな! それは……」

「ああ、嘘だったと聞いたよ。要は『新教徒狩り』に、私達は利用されたのだと。私は毎日、罪の意識に苛まれた……。女も、子供も、見境なく焼いた。許されることではない」

 懺悔のような瞳、悔恨の表情。本気で後悔しているのだと、アニエスでも一瞬、分かってしまう顔であった。

 だが、それでも――――。

「罪を自覚して、懺悔して……、それで貴様が手にかけた人が、帰ってくると思うか!?」

「いいや。ただ――――」

 そこで言葉は切れた、コルベールは瞬時に判断する。

 しびれを切らした刃衛が、再び斬りかかってきたからだ。問答はそこで一度、中断される。

「懺悔など他所でやれ。くだらぬ」

「ぐっ!!」

「目的は暴力、極意は殺生。つまるところ、それがお前の言う『炎』の本質なのだろう? だったらその炎で、俺を焼き殺して見せろ」

「何をっ!」

「見せてくれよ、その炎を」

 対する刃衛は、歓喜の笑みを浮かべていた。『貴族殺し』に従事していた刃衛にとって、こんな感覚は初めてだったからだ。

 初めてメイジという種族に、『畏れ』というものをこの男で抱いた。血を吸って力を得た魔法。その本質を是非、味わってみたかったからだ。鵜堂刃衛という男は、そういう男なのであった。

 

「思い出せその炎を! 村を焼き滅ぼしたという残酷な炎を、この刃衛にも味わわせてくれェェ!!」

 

 刃衛は兇刃でコルベールに斬りかかる。コルベールはすべてそれをいなし、かわし、回避する。

 それを見た刃衛は更に笑みを深くする。狂気の叫びが、刃の動きを、更に鋭くさせる。

「くっ!!」

 逆にコルベールは、臆してしまった。

 純粋に刃衛を怖がっている……、というわけでは無い。

 先ほどまでは、刃衛を退ける為なら殺しもやむなしと、考えていたのだが……。アニエスが村の生き残りだと知った以上、再び『殺しの炎』を振るってしまっては、彼女の古傷を更に抉ってしまうことになる。

 何よりそれは……、心の奥底で、本当は否定したかった『炎は破壊のみ』という真実を、認めてしまうことになる。そんな強迫観念が今、彼に襲い掛かっていたのだ。

 

「手段は違えど、お前も『人殺し』だ。同じ『人殺し』が言うんだ。間違いない!!」

 

 逆に刃衛は朗々と言の葉を紡ぎあげる。

 抜刀斎が絶対に『不殺』を破らぬ以上、同じ境遇にいるこの男だけは自分と同じ領域に引きずり出したいという思いが、彼を強くしていたのだ。

 接近し、刃を振り上げようとして……、瞬時に飛びのいた。

 極限を愉しんでいた刃衛の感覚は研ぎ済まされていた。何か張っていると、すぐに察知したからだ。

 遅れて、コルベールの周囲に小型の爆発が周りに起こる。

 小規模の『炎球』を、不可視にして周りに張っていたのだ。もし刃が触れれば爆発し、隙を晒してしまっていたことだろう。

 一方、コルベールは顔をしかめる、今のあいつには、このような小細工は一切通用しない。片やブランク明け、片や重傷とはいえど、数多もの死線をくぐり続けてきた猛者。その差は下手な芝居や策を弄する程度では、埋めようがないのである。

 苦渋で顔をゆがめるコルベールに向かって、刃衛は更に言葉の刃を繰り出した。

 

「人殺しは所詮、死ぬまで人殺し。それ以外に、何者にもなれやしない。いい加減その繕いを止めて、獄炎の中へ戻る覚悟を決めろ。でなくば―――」

 

 そこで、両腕を広げて、キュルケを、モンモランシーを、そしてアニエスを見下ろして告げるのだった。

 

 

「取り返しのつかないコトに、なるぞ」

 

 

 杖を構えながら、コルベールは静かに、目をつむった。

(人殺しは所詮、死ぬまで人殺し。か……)

 そうだ、いくら言葉で取り繕おうと……、つまるところ、真実はそこにある。

 軍を止めて、教師の真似事をして、民衆のためと研究に明け暮れても……。

 どこまでも『過去(それ)』は残酷に纏わりつく。剣心に諭されても、それでも罪という重石が、軽くなったわけでは無い。

 もう……、疲れた。

(こいつを殺して、彼女に殺されよう……)

 せめてもの意地だ。刃衛だけは絶対に殺す。その後の断罪を、アニエスに委ねるつもりだった。彼女がここに来たのは、始祖の導きなのかもしれない。

 暗い覚悟を静かに決めるコルベールの耳に、次の瞬間、叫び声が飛んだ。

 

「違うわよ! コルベール先生はもう、『人殺し』なんかじゃないわ!」

 

 コルベールはハッとして、顔を上げた。叫び声の主はキュルケだった。

「いっつも、あたしたちにとんちきな発明品を見せてきて……、時にかつらなんかかぶってさ、親友を笑わせたり……。いつもおどけて、そして楽しませてくれる、優しい教師なのよ!!」

 涙ながらの声だった。腹を蹴られて、息も絶え絶えだというのに、それでも必死になって、訴えるように叫ぶ。

「あんたこそ! 先生を『人殺し』としてしか見てないくせに! 勝手なことばかり言うんじゃないわよ!!」

 その言葉に、キュルケの言葉に……、コルベールは温かな光に包まれるような、そんな感触を覚えた。

 こんな戦の場でなくば、今頃滂沱の涙を流していたことだろう。それぐらい、彼女が自分を教師としてみていてくれたことに、嬉しさを感じたのだ。

「そうか、なら……」

 しかしその言葉で、刃衛の瞳は完全に、キュルケに向いた。

 

 ああ、こ い つ も か。

 こいつもまた、あの小娘(・・)共と同じようなことをほざきやがるのか。

 殺しの過去より、優しき現在だけを見る、鬱陶しい蠅のような存在達。

 ふと思い出すのは、あの時……、抜刀斎との最後の戦い。

『ルーン』云々があったため、あの時ルイズは殺さなかった。だがもう、ここまで来たら容赦はしない。

 

「お前は『生贄』になってもらおう」

 

 どこまでも純粋な殺意。それをもう隠そうともしない。

 刃衛は完全に、キュルケを殺害しようと、動いていた。

 当然、そうはさせまいと、コルベールはすぐに動いた。

「言ったはずだぞ!! 生徒に手は! 出させんと!!」

 

 

 刃衛は、殺しの目をキュルケに向けていた。それを阻止せんと、コルベールも躍りかかる。目まぐるしく動く戦い。それをずっと、戦う手段のなくなったキュルケは、見ていることしかできなかった。

 自然、立ち位置もキュルケに近いところに集まっていく。アニエスもまた、少し離れた場所で、この戦いを見やっていた。

「……ッ!!」

 正直に言えば、すぐにでもコルベールを撃ち殺したい。

 だが、今は状況が状況だ。

 その僅かな理性が、なんとかアニエスの殺意をおしとどめていた。

 油断なくマスケット銃を構える。最後の一発だ。外したらもう、攻撃手段がない。

 剣は先ほどの爆発で、根元から折れている。残りの銃器も全て使い果たした。事実上、これが最後の攻撃だった。

「……くそっ!」

 銃を構えるも、やはりアニエスもまた、上手く狙いを定められないでいた。

 一応、銃口は刃衛の方に向けている。とりあえず、あの男を先に始末せねばならない。それだけは分かっていた。

(奴を料理するのは、その後だ!)

 絶対に逃がさない。

 二十年……そう、二十年追いかけ続けたのだ。奴の心臓に、自分の牙を、撃ち込んでやりたい。今でもそう思っている。

 一旦、距離さえ開ければ……、憎々しげに戦いの進退を見守っていた瞬間だった。

「!」

 コルベールが距離を取った、刃衛が、彼を追いかけようと駆けだす。

 一瞬の隙ができた。

(今だ――!!)

 追いかける刃衛に狙いを定める、引き金に指をかける。

「駄目だ!!」その瞬間、コルベールが叫んだ。アニエスも遅れて気づく。

 刃衛も分かっていたのだ。自分が、銃で狙っていることに。

 こちらに目を向けながら、瞬時に身体を翻す。銃口の先は、動けぬまま固まっているキュルケに向けられていた。

「――――っ!!」

 それを受けて、本能的に駆けだしたのは、コルベールの方だった。

 無防備な生徒(キュルケ)を守ろうと……、一瞬、アニエスの銃口の先に身を躍らせてしまう。

 

 撃てる。撃ち殺せる。

 

 理性ではなかった。殺意という名の衝動に……アニエスは、抗えなかった。

 身を翻すコルベールの背中を見て……、再び彼女の脳裏に、二十年前の記憶が、炎の情景が、その先にある引き攣れた首筋が、蘇ってしまったから。

 

 ダァン! と、銃声が、食堂に響いた。

 

 その弾は、硝煙の先には……、殺したいほど憎んだ男の、背中があった。

 穴が開いたコートから、煙が迸る。遅れて赤い鮮血が、止めどなく零れだしていった。

「いや、いやあああああああああああああああ!!」

 キュルケの叫び声が聞こえる。それでアニエスは、我に返った。

 しまった……。そう思った時にはもう、遅かった。

「なにやってんのよあんたぁあああ! 先生! 先生ぇぇええええええええ!」

 コルベールが、体をぐらつかせた。そして一瞬、こちらを見る。

 ビクッと、アニエスは身体を戦慄かせた。しかしこちらを見る目は……。慈愛とも、懺悔ともとれる、優しき笑みであった。

 

(本当に、申し訳ないことをした)

 

 そして衝撃で、羽織った僧服の一部が千切れる。一瞬だが、微かに見えた。

 服越しでも分かる。首元まで引き攣れた火傷の痕……。

 最後に自分を助けてくれた、あの背中だと……これまたアニエスは、瞬時に悟ってしまった。

 

 

 さて、この光景に、何よりも興が削がれたのは刃衛であった。

「――これで幕引きか、何とも呆気ない」

 ゆっくりと崩れ落ちるコルベールを見やって、締まらない……と、そんな表情を浮かべていた。

(やはり、俺の最後を飾るのはこ奴ではなかったか……)

 そんなことを考えていた時、気づく。まだ、『炎蛇』の目は、死んではいないと。

「――――っ!!」

 瞬時に感ずる、濃厚な死の気配。地獄に片足を突っ込んでいる者が放つ、決殺の表情。

 動き出す間もなく、コルベールは刃衛の左腕を掴んだ。そして、血を零すような形相でルーンを唱える。

「逃しはせんよ……、貴様も道連れだ!」

「ぬうっ!!」

 瞬間、炎の竜巻が巻き起こる。それを見て、刃衛は歓喜する。おそらくこれが、村を焼いたと言われる業火なのだと。

 それが殺到し、刃衛の身体ごと燃やし尽くそうと――……。

「ごぼっ……!」

「!!」

 コルベールの口から鮮血を零れる。先ほどの銃弾で、肺を痛めたようだ。炎の動きが若干緩む。

 そして刃衛は、この隙を見逃さなかった。

 

 ドゴォォォォオオオオオオン!!

 

 爆発音のような炎の猛りが、食堂を支配した。

 火を使うキュルケですら、満足に目を開けられない。そんな熱量に、しばし静観していた者たちは佇む。

 濃厚な煙が辺りを覆う。肉が焼けるような嫌な臭いが、同時に充満した。

 その臭いを嗅いで、アニエスは吐いた。昔の記憶を、嫌でも思い出してしまったから。

「――っ、あいつは……どうなった?」

 息も絶え絶えに、アニエスは睨みつける。二人とも死んだのか、それとも……。

 やがて、煙も晴れて二つの人影がゆっくりと姿かたちを作り出す。

 影は立っていた。つまりまだ、二人とも生きている。

「―――っ!!」

 アニエスは思わず銃を構えた。しかしもう弾は先ほどで打ち止めだ。ここから先は威嚇にもならない。だが構えずにはいられなかった。

 やがて、最初に影に色を付けたのは、コルベールの方だった。

 特徴的な禿げ頭を見た瞬間、キュルケは歓喜の声を上げる。

「先生! よかった! 生きて――――」

 そこまで言って、キュルケは真顔になった。

 煙が晴れ、現れたコルベールは、肩から腰に掛けて、斜めに切り裂かれた跡があった。

 傷口からは、血が、とめどなく流れる。

 コルベールは、虚ろな視線で、周囲を見渡し……そして、呟いた。

「皆、すまな、い……」

 そして、コルベールはうつ伏せに倒れこんだ。

 

「先、生……?」

 

 声が震える、涙がこぼれる。

 あれほど、自分を守るために戦ってくれた、誰よりも勇ましい教師が……、倒れ伏したという事実を、認めたくはなかった。

 だが、時間が経つにつれ、体が、悪寒で支配されていく。

「先生、いや、先生ぃっ……!」

 そして気付く。まだ、悪夢は終わっていないと。

 

「んぅ~む、この、感触……いいねえぇ……」

 

 もう一つの影、刃衛もまた、ゆっくりと動き出す。見れば、彼の左腕は惨状の一言であった。

 腕が、黒ずんで焼けただれている。掌に刺していた刃と共にドロドロに溶け、歪み、今度は腕と刃が一体化していた。

 生まれて初めて味わう「焼かれる」という痛み。それを万感の思いで、刃衛は見つめていた。

「本当に惜しいな。奴が本気になれば……、今の俺など、あっという間に殺せただろうに」

 刃衛はそう言って、冷たい視線をコルベールに向けた。もし二十年前の『炎蛇』であれば、もっとえげつない殺し方など……、いっぱい持ち得ただろうに。

 こ奴も抜刀斎同様、下らない価値観を抱えたまま、最後までそれを貫いていった。まあ、その結果がこのザマであるのだが。刃衛は内心、そう嗤う。

 できれば、二十年前のこ奴に会いたかったものだ。そして刃衛は興を殺いだ張本人こと、アニエスに目をやる。

「良かったじゃあないか、見事、復讐を果たしたようだな。満足か?」

「っ、ぐっ……!」

「まあそのせいで、お前らは死ぬんだがな」

 刃衛はゆっくりと歩を進める。まずはキュルケだ。その次にモンモランシー、最後にアニエスを殺すとしよう。無力感をたっぷりと味わわせるつもりであった。

 その歩きは覚束ない。だが、不思議と先の激闘が、今の刃衛を晴れ晴れとした気分にさせていた。

「なぜだ……!!」

 弾のない銃を震わせながら、アニエスは涙ながらに叫んだ。

「何が目的だ貴様! なぜそこまで人を殺す!? 何を求めて―――」

「死に場所を、求めて」

 刃衛はゆっくりと、アニエスに視線を向けた。それで十分だろと、言わんばかりの声と表情であった。

「まあ今のお前たちに、それを望んでなどいないがな」

 もう銃に弾が無いことを分かっているのであろう、アニエスはただ、震えるだけであった。そして、先ほどまでの自分の行為を、激しく呪った。

「っあああああああああああああああああああっ!!」

(何でだ! 何であの時――撃って、しまったんだ!!)

 何度も拳を、地面にたたきつける。しかしそれでもう、事態が好転するはずもなかった。

 刃衛は悠然と歩を進め、キュルケの前に辿り着く。彼女ももう、戦意が欠片もないようであった。

「案ずるな。せめて苦しまぬよう、楽に葬ってやる」

 そう言って、焼けただれた左腕を振り上げる。刃は歪んでいるが……、人を斬るには十分、硬度を保っている。長年の人斬りとしての勘が告げていた。

 当てつけのように、焼けた方の左腕を見て、キュルケは観念したように、目をつむった。

(今度こそ、本当に、ここまでね……)

 そして次の瞬間、飛んでくるであろう刃を受け入れようとして―――。

 

「――――――ぐぅおうわああ!!」

 

 そんな情けない声が、食堂の入り口から聞こえてきた。

 再び殺すのを止めた刃衛が、目をつむっていたキュルケが、アニエスが、其方の方向を見やった。

 そこには男が一人、倒れていた。

「ば、ばけもの……め……」

 そんなうわごとを呟いている。恐らく賊の一人だろう。杖を折られ、体はボロボロだ。

 どうやらこやつは、廊下で『誰か』と戦闘していたらしい。そして吹っ飛ばされて、食堂までやってきたのだろう。

 再び刃衛は、ニンマリと笑った。そう、この学院に来た本当の目的を、思い出したからだ。

「うふふ。やはり、俺の最後を飾るのは修羅の卵、あいつだな」

 身体を翻し、新たにまた、この食堂へやってくる足音の正体を確かめる。

 キュルケもまた、その音を黙って聞いていた。

 そして、姿が現れる。

 キュルケにとっては見慣れた、青い髪、小柄な体躯、そしてその身に似合わぬ、大きな節くれだった杖。

「――タバサ!」

 北花壇騎士シュヴァリエ、そして『雪風』の二つ名を持つ親友、タバサが、食堂へとやってきていたのだった。

 

 

「久方ぶりだな、修羅の子よ」

 そう言って、まるで歓迎するかのように、刃衛は両腕を広げる。

 タバサはしばらく、冷たい、無表情の視線で、素早く周囲の状況をつぶさに観察していた。

 今吹っ飛ばし、そして気絶した賊のほかに、この食堂にいるのはアニエス、モンモランシー、フレイム、コルベール、そして……、親友のキュルケ。

 アニエスは、呆然とした目で此方を見ている。いつも気丈な彼女がここまで衰弱しているなんて、今までなかったことなので少し驚いた。

 コルベールは、倒れている。立ち振る舞いからして、相当な実力者であることは何となく察していたが……、それでも、刃衛には敵わなかったということなのか。

 ただ、微かに息が漏れている。まだ死んではいないようだ。治療してあげられれば、助かるかもしれない。

 モンモランシーは、ただ涙を流しながら事態を見守っている。恐らく『心の一方』にかかっているのだろう。自分も経験しているのだから、よく分かる。

 そして……、刃衛の後ろ隣りにいる親友(キュルケ)と目が合った。心身ともにボロボロになっている彼女を見た瞬間、タバサは静かに、纏わせた風に『殺意』を交わらせ始めた。

「ふむ、あの時(・・・)よりかは少し腕を上げたようだが……、まだ『心の一方』は解けてはいないようだな」

 その言葉に、心臓をわしづかみにされるような怖気を、タバサは覚えた。だが、だからといってもう、二の足を踏むわけにはいかない。

 既に親友が、危機に陥っている。もっと早く気付けていれば……、という後悔する暇すら、タバサには惜しかった。

「……何故?」

「ふむ?」

「何故、他の人を襲ったの?」

 狙いは自分だと思った。だから、外で派手に暴れていれば、勝手に向こうからやってくるものだろうと思っていたのだ。

 それに対し、刃衛はうふふ、と笑う。

「理由などない。強いて言えば……だ」

 焼けた左腕――正確には、腕と溶接された刃を眺めながら、こう続ける。

 

「人斬りは、自分の意志で人を斬る。だが……、相手を自分で選びはしない。そういうもんだ」

 

 なにせ一度それを無視したせいで、東京では無様な最期を迎えることとなったのだ。二の轍は踏みたくない。

 だが当然、そんな人斬りの持論を掲げられたとて……、今のタバサには納得できるはずもなく。

「それで今度は、みんなを……、巻き込んだの?」

「タバサ……?」

「そんな、身勝手な理由で……!」

 キュルケは、タバサの言葉に、若干の怖気を感じた。どこまでも冷たい視線、凍てつくような風、それが彼女を包んでいる。

 親友の変わりように、何か危ないものを感じたキュルケだったが……。止める手段なんて、あるはずもなく。

 キュルケはただ、刃衛とタバサの問答を、ただ黙って聞いているだけしかできなかった。

「良い目だ、怒っているな」

 刃衛は心地よさそうに嘯く。成程、奴もこんな顔をするのかと。彼女にとって、何か大事なものがここにはある。そう当たりを付けた。

 ゆったりと、無事な方の、右腕の刃の切っ先をキュルケに向ける。

 その様を見せた瞬間、タバサの視線が更に鋭くなるのを感じた。

「やめて」

「なにがだ、まだ何もしていないぞ?」

「彼女は関係ない」

「それを決めるのは、俺だ」

 刃衛はクックッと嗤う。本当に分かりやすい。

 周りには感情のない奴だと思わせているようであるが……、なかなかどうして、こ奴も本質は激情家だ。

 タバサが一歩前に出る。次いで……、急にその場で蹲った。

「タバサ……!?」

 キュルケは思わず身を乗り出す。急に、タバサが苦しそうにし始めたからだ。

「どうした? これから俺と一戦殺り合おうという奴が、そんな状態では締まらんぞ」

「っ……!」

「怒れ」

 どこまでも冷たく、刃衛はそう言い放つ。

 

「知っているぞ。お前たちの扱う『魔法』の本質。それは精神力にあるのだろう? なら簡単だ。怒れ。あの夜のように俺を殺してやると、心の中で呪い続けろ」

 

 その言葉を聞いて、タバサもまた、締め付けるようなこの痛みを、ぶち破ろうと躍起になった。

 あの男の言う通り、魔力は気力だ。気力は感情だ。

 強い感情の力は、魔力の総量に比例する。

「うふふ」

 刃衛は再び、キュルケに切っ先を向けた、首筋に当てられた刃が、鮮血の細道を作りだす。

「やめろ」

「まだだ、もっと怒れ」

「やめ、ろ……っ!」

「こ奴を巻き込んだ俺と、それを阻止できなかった貴様自身に、もっと、怒りの薪をくべ続けろ」

 もしまだ蹲るようであれば……。このまま一気に首を掻き切ってやろうかと手に、刃に力を込めた瞬間――。

 

「やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 

 キュルケですら聞いたことのない、親友の、本気の怒号が食堂中に木霊した。

 それと共に空気がはじける。周囲の風が、刃のように鋭く巻き上がった。

 魔法も唱えていないのに巻き起こったこの現象にキュルケやアニエスは呆気にとられる。しかし刃衛だけはうふふと笑った。

 この現象の正体に、検討がついていたからだ。

 

(これは、『剣気』か)

 

 一流の剣客にのみ許される、裂帛の気迫。

 ついに彼女も、この域にまで至ったか。

 万感の思いで刃衛は、青髪の少女を見た。

 弾けるような衝撃音が彼女の周囲に響き渡った後……、タバサの動きは、羽が生えたかのように元の軽快さを取り戻していた。

 刹那、タバサは踏み込んだ。まるで銃弾のような速さで、刃衛に斬りこむ。

 刃衛はすぐさま、紙一重の体術でそれを避ける。

 タバサはそのまま、刃衛とキュルケの間に入った。その瞬間、キュルケは気付く。

 

 今の青髪の親友の目は……、どこまでも暗く、恐ろしく、そして冷たい『殺気』を孕んでいることに。

 それは……、そう、アルビオンで見た、剣心の本気の怒りの表情そのままだった。

 

「うふぅわははは! それだ! その目だ! いいぞ!」

 頬に一筋の傷を受けながら、刃衛は狂乱した。

「だが、もっとだ。何で自分がこんな目に遭うのか……、過去も思い返しながらもっと呪うがいい」

 そして、更に彼女を煽り立てた。笑みを浮かべ、ひたすらタバサを嘲り倒す。

「自分を呪い、神を呪い、始祖を呪い、時代を恨み全てを憎め」

「黙れ、もう……」

「良い顔だぞ修羅の子よ。遠慮はするな。こっち(・・・)へ来い」

 右腕を伸ばし、おいでおいでと、囁きかける。

 しばしの沈黙、タバサは、右手を横に振った。

「…………」

 その手に氷の刃が作り出される。殺意が、怒気が、恨みつらみが、その目に、刃に籠っていた。

 

「ジンエぇぇぇえええええええええええええええええええええええええええええ!!」

「うふゎははははははははは!! そうだ!! もっと怒れぇええええええええ!!」

 

 再び、あらん限りの怒号。

 そこに今度は狂気の笑い声が、食堂に、ずっと木霊した。

 

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