るろうに使い魔‐ハルケギニア剣客浪漫譚‐   作:お団子

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第七十三幕『タバサと人斬り』

 

 剣戟が聞こえる――――。

 ケーキや鶏肉を切り分けるナイフとは比べ物にならない金属音が、食堂に響き渡っていた。

 その刃を打ち鳴らす主の一人、鵜堂刃衛は狂気の笑みをもって、相対する人間ことタバサと打ち合っていた。

 やはり自分は剣客だ。刃と刃のぶつかり合いが、一番血沸き肉踊る。

 ただ、この世界に来てからは、接近戦で自分と互角に立ち回れるメイジなんて、存在しないといってもよかった。

 いたとしても、先のコルベールのような、戦術の一つとして組み込む程度のものであろう。それほどまでにメイジ共は、接近戦を軽視しているようであった。

 そう思えば、今自分と打ち合う彼女は、最初に会った時と比べると大きく成長したな、と感慨深い思いにさせられた。

 もう、とっくに『心の一方』を解いているようだ。動きに一切の迷いがない。

 そして折られても瞬時に作り直す氷の刃は、どんどん鋭さを増してきている。

 対して、こちらは既に満身創痍。背骨がきしみを上げている状態のまま、この学院に来てからは……、キュルケに左頬と背中を焼かれ、アニエスの捨て身の爆撃で胸に傷がつき、更にコルベールの最後の炎で左腕が焼き潰されている。

 タバサに近づく前に、どんどんと体の一部を失い、戦闘力はもはや全盛の時とは比べまでもなく落ちている。だが、その狂気だけは浮遊船での戦闘の時よりもさらに滾っているのを、感じていた。

(やはり、俺のこの滾りを鎮められるのはお前しかいない)

『その時』が来るまで、精々派手に打ち合おう。刃衛は、そう思った。

 

 

「フッ――――!!」

 氷の刃が折れた。

 タバサはすぐさま、次を生成する。

 これで二十七本目。まだ一分にも満たない剣戟で、それぐらいに折られてしまっていた。

 だがタバサは、何の感慨も見せずに次を生成する。

『心の一方』をはねのけた以上、もう魔法による遠距離攻撃に切り替えても問題はない。しかし、タバサはそれをしなかった。

 端的に言えば、広範囲の攻撃でキュルケやアニエスたちを巻き込まないため……、というのもあるが、この男はもう、真っ向から叩きのめしたい。ぶちのめしてやりたい。

 そんな衝動が、自分に怒りという感情を薪のようにくべ続けている。今はただ、その奔流に身を任せたかった。

 

 氷の刃が、また折れた。

 タバサはすぐさま、二十八本目を形成する。

 

 強烈な怒りが、本人も気づかないまま、タバサのランクを一段階上げていたのだった。

『水』の一乗、『風』の三乗。より攻撃的な進化。

 彼女は知らず、ワルドと同じスクウェアクラスにまで、魔法のランクを上げていたのだった。

 

 氷の刃が、ひび割れた。

 二度目の打ち合いで、今度こそ壊れる。

 

 タバサは再び、二十九本目を生成した。十八番の『ウィンディ・アイシクル』でこれらの刃を作り上げる。今までは無造作な氷の矢であったが、今は完全に『刀身』に近い形状へと変質していた。

 他の魔法は一切使わない。唯々接近戦での必殺を、見出していた。

 そして―――。

 

 ――ガキィィン!! と、刃と刃に火花が散った。

 とうとう鍔迫り合いに持ち込めるまで、氷の強度が上がったのである。

 

「うふふ、うふわあはは!」

 さぞうれしいのだろう。刃衛は大口を開けて嗤った。

 タバサは片手……、刃を持つ右手で、刃衛と押し合い、左手の杖で、呪文を唱える。

『ウィンド・ブレイク』。これを撃ち放つことで、膂力で圧倒的に勝る刃衛と鍔迫り合いができていた。

 

 

 

 

 

第七十三幕『タバサと人斬り』

 

 

 

 

 

「タバ、サ……」

 キュルケは、ただただ呆然としていた。

 あの、いつもは無表情を貫く彼女が……その仮面をかなぐり捨てて、ただただ殺意と衝動の赴くままに、刃衛と斬り合っている。

 戦闘方法も、いつもの遠距離で攻撃して、手数で圧倒するスタイルではない。敵の懐に入り込み、刹那の瞬撃に命を預ける戦法。何処までも自分の命を軽視した戦い方になっていた。

 

 恐い。ただ、恐かった。

 

 身体が震える。キュルケは自分で自分を抱きしめた。首筋に流れる血ですら、かばう余裕が彼女には無かった。

(もうやめて……、やめてよ……)

 声にならない心の声で、タバサに訴える。このまま続けさせたら、彼女は本当に『いなくなってしまう』。そんな恐怖が、津波のようになってキュルケを攻め立ててくる。

 もう、あの時の決闘でさえ……、遠い遠い過去のように思えた。それほどまでにもう、自分と彼女(タバサ)は別の世界を歩いている。

 なにも見たくない、聞きたくない。キュルケはただ、嵐が過ぎ去るような気持ちで、何度も祈った。

「お願いだから、やめてよ……、シャルロット……」

 祈ることしか、できなかった。

 

 

「うふふ!」

 鍔迫り合いに持ち込みながら、刃衛は嗤う。タバサは目を細めた。

 そんなに楽しいのか? 人を殺すことが、傷つけることが? その怒りもまた、力に変える。

「何故?」

 それでも外見上は淡々と、タバサは問う。

「何がお前を、そこまで動かす? その掌の恨み?」

 それを聞いた刃衛は、ここで初めて、寂寥を含んだ声で、言った。

 

「恨みなんか微塵もない。この世界に来たコト、貴族を沢山殺したコト、お前が、この掌に傷をつけてくれたコト。抜刀斎と再び相まみえたコト……。俺は『あの時』の戦いの、何もかもが愉しかった。まるでひと時でも、『幕末』の頃に返り咲いたような気分だった」

 

 そう言いおいて、タバサの刃を一旦弾く。

 刹那、素早い動きで彼女の背後に回ろうと駆けた。タバサもまた、それをさせまいと走り出す。

 しばし二人は、互いを見つめ合ったまま円状に走りまわっていた。

 

「俺はあの動乱の時代が好きだった。生きるか死ぬか、殺すか殺されるか、実に単純で、それゆえに明瞭な澄んだ時代」

 

 ここで刃衛が再び動き出す。いびつな左腕が、刃を伴って襲い来る。

 タバサもまた、それに応じて動き出す。呪文を一切使わず、勘と経験だけで、最小限の動きで、それを回避する。

 すぐ様飛んでくる右腕の攻撃は、氷剣で受け流してそらした。

 その間にも、刃衛はしゃべり続ける。

 

「だがな、時代は変わってしまった。平和な『明治』の世になってしまってな……。俺は変わらず抗ったが……その結果、自刃というつまらぬ結果で、人生の幕を引いた」

 

 再び左腕による乱撃がくりだされる。チェレンヌ邸宅時のそれとは違う、遠慮や様子見が一切ない、全霊の殺意を伴った乱舞――――。

 あの夜の自分だったら、臆しただろう。だがタバサはもう、自分からその刃に、顔をわざと近づけ、そして紙一重でかわしていく。

 次の瞬間、首や腕が飛んでも気にしないかのような、そんな様相に刃衛はさらに嬉しく顔を歪ませる。

 

「そして『この世界(ハルケギニア)』にやってきて、俺は抜刀斎と再び殺し合った。最後の瞬間で俺は、今度こそあの感覚(・・・・)が味わえると思った。だが……、どうやら世界は、どうあってもアイツに『不殺』を、曲げさせたくないようだな」

 

『あの感覚』……、奥義『天翔龍閃』での瞬撃を思い出し、結局ルイズや逆刃刀に邪魔され、お預けを食らったことを振り返る。

 やっぱり、あの小娘は殺しておくべきだったな……。と思い返すが、今となってはどうでもいいこと。欲しいのは、あの生と死の間で圧縮された一時。

 

「だからこそあと一度!! 『天翔龍閃』のような……、あの走馬灯を確実に幻視するかのような、最高密度の命の一瞬を、俺に、味わわせてくれェ!!」

 

 それを聞いたタバサは、『ウィンド・ブレイク』をさらに強く放った。

 刃衛を少し吹き飛ばし、互いに距離をおいて対峙する。

 刹那、タバサは握っていた『氷の刃(ウィンディ・アイシクル)』を刃衛目掛けて投げ放つ。

 それを刃衛は、事も無げに身体をそらして回避する。タバサもまた、避けられても気にせず呪文を詠唱。解放と同時に、右手を横に振る。

 三十本目の氷の刃が生成された。

「あの人はもう、『不殺』の道を行くと決めた人。彼の事は、もう放っておいてあげてほしい」

 代わりに――――と、冷気纏う切っ先を刃衛に向けながら、心を凍てつかせるような声で、タバサは言った。

「死合いには、わたしが付き合う」

 それを見た刃衛もまた、この瞬間をようやく待ち望んだかのような面持ちで、彼女に告げるのであった。

「それは結構。さあ、死合おうぞ」

 

 再び、剣と剣の重低音が食堂に響き渡る。

 刃と刃が交わり合い、火花が飛ぶ。

 

 氷の刃は、もう折れない。

 

 強度の上昇もそうだが、真正面から受け流すことはせず、反らすような動きで消耗を避けているからであった。

 命を削るような死闘が、タバサの魔力を、剣術を、身のこなしを、さらに一段階上げていたのである。

「フン――――!!」

 刃衛が右腕で刺突を繰り出す。

 タバサもまた反応した。あの時は避けるので精いっぱいであったが、今は余裕をもって見据えられる。

 身を反らし、銃撃のような速度の一閃を回避する。しかし避けられても刃衛は嗤ったまま。タバサも分かっていた。

(平突きからの横なぎ――!!)

 刀身が真横になった。次の瞬間、斬撃が横なってかっとんでいく。

 しゃがんでよける。青髪が数本、はらりと舞い散る。

 刃衛の攻撃はまだ終わらない。

(これはどうだ!!)

 『二階堂平法』の『十文字』の型。横なぎ後の唐竹割り。しゃがんでいる少女の脳天に、刃が届かんとする瞬間、刃衛は気付く。

 

 蹲っているのではない、あれは、抜刀術――――。

 

 刃衛の心が冷えた。しゃがんだ瞬間に、既に構えていたようだ。遅れて放ったこちらの縦斬りよりも、あっちの方が速い――――。

「ぬおぉおおおお!!」

 歴戦の勘で、刃衛は斬るのを中断する。代わりに膝で思い切り、彼女の顔面を蹴飛ばした。

「ぐっ―――!」

 蹴りの衝撃に耐えられず、タバサはそのまま吹っ飛んだ。しかしすぐに受け身を取って起き上がる。

 口を切ったのだろう、垂れた血を、指ですぐさま拭き取った。

 その勢いよく飛んだ血が、纏う冷気や風に当てられ、地面にたどり着くころには鋭く凝固し(・・・・・)、そして突き刺さった。

(――――?)

 その様を何となく見やっていたタバサだったが、相手が放つ殺気に反応して素早く立ち上がった。

 再び間合いを詰めた刃衛が斬りかかる。兇刃が、血に濡れた刃が、襲い掛かる。

 だが―――。

「ぐはっ!!」

 刃衛は吐血した。無理もなかった。そもそも剣心との戦闘で負った傷すらまだ、ろくに回復しきってはいないのだ。その上でキュルケやアニエス、コルベールと戦闘し、その中で負った傷もまた、決して浅くはない。

 斬撃にゆるみが出る。そしてタバサは、その瞬間を見逃さない。

「ラナ・デル・ウィンデ!!」

『エア・ハンマー』で刃衛を一度吹き飛ばし、間合いを取る。

 するとタバサは、ここで節くれの杖を、空に放り投げた。

「なっ!」

「えっ!!」

 遠目で見ていたキュルケとアニエスは、一瞬絶句する。メイジにとって杖は命である。放り投げてしまったら、もう呪文は使えない。普通に考えれば、自棄になったとおもうだろう。

 しかしタバサは冷静だった。杖を投げる前に詠唱完了していた魔力を解き放ち、空いた左手で氷の刃を、また生成した。

「二刀流!?」

 両の手に、それぞれ得物を刃に持ち替え、タバサは駆ける。

 より殺傷に特化した装備で、兇刃に挑みかかったのだ。

「成程、そう来たか。だが――――!!」

 いくら氷が鋭かろうと、所詮は子供、それも女の膂力。

 魔力が及ばない、純粋な腕力や体格で、接近戦で勝ちなど拾えるはずも無し。

 結局のところその戦闘法は、此方側としては少し虚を突かれた程度でしかない。

 そんなことも分からぬか――! と、怒鳴りつけたい衝動にかられながらも、こ奴がそれを分かってない筈がないという気持ちの方が、今は上回った。

 しばらく様子を見る。とは言え、容赦はせぬ。

 触れればまず、首が飛ぶであろう一撃が、再びタバサに向けて飛び掛かった。

「――――っ!」

 しかしタバサもまた、懐に潜り込みながら、または斬撃を上手く回避しながら、やり過ごす。

 そして。

「ラグーズ・ウォータル……」

「タバサ!?」

 杖がないのに、詠唱を始めたのだった。

 

 

 

 タバサはずっと考えていた。呪文を唱える際、「杖」はどこから必要なのだろうと?

 とりあえず『杖を持っていないと魔法は発現しない』、というのは学院でも習う事実である。

 

 ではルーンを途中で唱えた状態で杖を拾い、そこで完成しきったら魔法は使えるのか?

 さらに言えば、必ずしも「手で持つ」必要があるのか? それこそ体の一部分だけ、触れていれば問題ないのでは? とも考えた。

 

 そう自問したとき、「分からない」という答えが脳内でリフレインした。トリステインの教師に尋ねても……、あの難癖が多くもそこそこ優秀なミスタ・ギトーでも「そんなこと知るか」という言葉しか返ってこなかったのを覚えている。

 皆、試したことがないからだった。『杖を落とされたら敗け』。そんな貴族の決闘が主流で通っている昨今、「杖を自ら放り投げる」、「唱えながら杖を拾う」という考え自体が頭に過らないのは当然と言える。

 むしろ、そんな戦い方は『貴族の誇りが感じられない』として、忌避している傾向にもあった。伝統や作法にうるさいトリステインなら、なおのこと。

 今なら、コルベールに聞けば教えてくれたかもしれないが……。

 

 さて、先の問いに対する答えに入る。

 結論から言うと「できた」。ただし、より鍛錬を要するのが条件であったが。

 

 ルーンを唱える際、大なり小なり、一種のトランス状態に陥る。ルイズがいい例だろう。杖に精神力を、口語で送って魔力に変えるわけなのだから。

 最初から最後まで杖を持って詠唱する分には、微々たるものでしか感じないが……、途中から杖を取るやり方だと、いきなり思考がぐらっと来る。一気に精神力を杖に吸い取られるのが、初めに試した時に感じられた。

 おまけに精度も低くなる。だがこれは、何度も練習を兼ねることでカバーが可能だということもまた学んだ。

 ここらは要修行といったところだろう。

 

 そして魔力を発現する際、体の一部だけ杖が触れていれば……、という条件も一応「できた」。

 だが当然、魔力を打ち出す系統の魔法――『炎球』や、それこそ得意の『氷の矢』はあらぬ方向に飛び交う。魔法は基本、杖先から出るからだ。例外も勿論あるが。

 ただ、その例外をタバサにとっての基本とするには……、まだ経験が足りないらしい。

 事実この技を試してみて、あらぬ方向へ発射された氷の矢が、危うくシルフィードに当たりかけたこともあったのだ。

(今度それやったら、もう絶好なのね。縁を切るのね。実家に帰らせていただきますのね!!)

 そう喚く使い魔を肉で何とかなだめた後、こちらも条件次第では何とかなる、と感じた。

 ようは「発射」しなければ良い、と――。

 

 

 

 視点は再び、食堂へと戻る。

 そんなわけで、この『途中詠唱』と『杖の接触』は戦闘時において有効だと知ったタバサは、そこから独自の戦術を編み出していた。

 全ては、剣心、刃衛、そして志々雄を、越えたいがため――――。

「イス・イーサ……」

「何を企んでいる!」

 そう叫びながら、刃衛は刃を振り上げる。どのような奇手を用いるのか、楽しみでならないといった面持ちだ。

 ここでタバサは、詠唱を一旦中断した。次の息継ぎまでなら、詠唱の効力は持続する。

 息を止め、集中する。兇刃を、二つの氷剣で受け止め、反らす。

 極限にまで研ぎ澄まされた感覚は、ちょうどタバサの真後ろに、愛用の杖が落ちてくることを容易に察した。

 そして――――。

「――――ウィンデ!!」

 

 足で杖を蹴り上げながら、詠唱。杖は再び宙を舞う。

 

 氷の刃が周囲にズラリと、刃衛の周囲に形成された。

 襲い掛かりはしなかった。宙に固定されているようであった。

「何ッ!?」

 刃衛も驚いた。純粋な驚愕だ。何せ、こんな戦法は始めてだったからだ。

 数百の貴族を斬ってなお、これだけ奇異な戦い方をする者は……皆無だった。

 だが――、

「それが、どうしたぁ――――っ!!」

 襲い掛からぬ刃など脅威にもならん。そう罵ろうとした瞬間、足に激痛が走る。

 地面から氷の剣が突き出した。それは刃衛の足を貫き、鮮血に彩る。

(宙の氷は囮! 本命はこちらか!?)

 純粋に図られた。してやられた。次の瞬間、刃衛は顔に圧を感じた。

「ぬおっ―――!!」

 顔を踏まれたようだ。一瞬、視界が闇になる。そして再び光が入ると、そこには―――。

「ぐっ!!?」

 刃衛の顔面を踏み、浮いた刃を足場に乗り継ぎ、高く高く跳躍したタバサが、節くれの杖を手に、上空から殺到してくるところであった。

 刃衛は一瞬、その姿に……飛天の剣を扱う、あの男の姿を確かに、幻視した。

「ラナ・デル・ウィンデ!!」

 

 

『エア・ハンマー』+『-龍鎚閃-』

 

 

 杖と共に放たれる空気の鎚。双龍閃と同じくらい、練習を重ねた技だ。

 殺意と怒りで威力が乗ったこの一撃は、刃衛の無事だった方の右腕を、骨までへし折った。

「ぐぅおおおおおおああああああああっ!!」

 絶叫と共に空気が破裂する。地面に縫い付けていた氷と共に、刃衛は吹っ飛んでいった。遅れてタバサは、テーブルの上に優雅に着地を決める。

 弱体化しているとはいえ、遂に刃衛に一矢報いた。その事実に、タバサはしばし、心が留守になる。

 

 強くなっている。その手ごたえを、確かに感じた瞬間であった。

 

 そして先ほどの攻撃を振り返る。確かに当たった。骨を砕いた。

 焼け爛れた左腕に折れた右腕。もう剣を振ることはおろか、まともに物を持つことすら、不可能なはず……。

 そこまで逡巡した時だった。

「うふふ、いいねえこの感触……」

 刃衛は立ち上がる。激痛を伴っているはずなのに……。

 まるで堪えぬ姿を見たタバサはふと、船上での刃衛と剣心の戦いを思い返す。

 息も絶え絶えだったけど、戦いの様相はタバサもしっかり見ていたのだ。

 そういえばこの男……剣心にあれだけ殴られていたのに、それでも当然のように立ち上がってきていたっけ……。

 感情が肉体を上回ると、あんな風になるのか……と、タバサの中で若干の怖気が走る。

 

「生と死がまるでせめぎ合っているようなこの痛み、実にいい!!」

 

 一方で刃衛が放つ声の張りには、聊かの衰えが見られない。折れた右腕と、焦げた左腕を、再び広げて構えてきた。

「……まだ、やる気?」

 一撃を与えたことで、タバサの頭は少し冷えていた。冷静に考えてみれば、あれでなお戦うなんて正気ではない。

 いや、刃を直接手のひらにぶっ刺すような男だ。常識を問う方がどうかしているのは、わかってはいるのだが……。

 他方、指摘された刃衛は自分の折れた腕を、珍奇なものを見る目でしばし眺める。

「ん? ン! ンン! ンンン!!」

 しばしそうやってバタバタする。そして反転した瞳を爛々と輝かせて叫んだ。

 

「これはいい! まるで腕の関節(フシ)が一つ増えたようだ!」

 

「なっ――!!」

 タバサの瞳が、驚愕で彩った。アニエスとキュルケもまた。唖然としていた。

 まるで効いてない。どころか……寧ろ喜ばせてしまったようだ。

 次の瞬間、純粋な礼を述べながら、やたらめったらにタバサに斬りかかってきた。

 

「感謝するぞ『雪風』よ! 掌に加えまた一つ、愉しい傷をくれて!」

 

「くっ!」

 タバサは素早く飛びのいた。遅れて長テーブルが一瞬にして粉みじんとなる。

 化け物が過ぎる。何故両腕を壊されて尚、ここまで戦意を保てる……どころか、逆に上がる!?

 まだ自分は、この男の狂気、その深淵を理解してなかったようだ。

 そして心底思う……。この男が言う『バクマツ』とは、こんな怪物が何人も蠢き、争い合っていたのか――と。エルフが住まう『砂漠』より、よほど恐ろしい世界が広がっているのではないのか?

 

 こんな狂気を湛えてもなお、この男は向こう(・・・)で『最強』ではないという。その事実にタバサは内心、動揺を隠せないでいるのだった。

 

 何にせよ、依然予断を許さぬ状況は続いている。

 もしここで自分が死んだら……親友も、モンモランシーも、アニエスも、コルベールも助からない。絶対にこいつを生かして返すわけにはいかない。

 絶対に殺す。殺意で再び、自分を黒く塗りつぶす――――。

(腕が駄目なら、次はその刃ごと、斬り潰す!)

 

 

「全力!」

 再び、タバサは氷の刃を形成する。それを握りながら更に『ウィンディ・アイシクル』の魔力を溜め、再び杖を宙に放り投げた。

 完全に詠唱しきって解放した魔力を、あえて発現させずに内包させる。この場合に限り杖は必要ない。

 幾多もの試行錯誤の末に気づいた戦闘法の一つである。先の二刀流も、こうやって実現させたのであった。

 

「全身!」

 対する刃衛は、凄まじい膂力をもって薙ぎ払いにかかる。もう自分の腕を、一つの武器としてしか見ていない戦法だ。それゆえに速度や破壊力は、先程までの比ではない。

 臆したらやられる。恐怖を怒りで塗りつぶしながら、抜刀術の所作を取った。

 先ほどの地面からの奇襲はもう、二度と通用しないだろう。故に繰り出すのは、修練に修練を重ねた必殺技。

 

「全霊をもって!」

 勿論、ただの『双龍閃擬き』が通じないのは、承知の上。だから自分なりにアレンジを加えている。

 杖の落下先に合わせて、いったん刃衛とは距離を置く。対する刃衛の方は、お構いなしとばかりに迫ってくる。

 

「勝負だ修羅の子よ!!」

 タバサは、猛獣のごとく襲い掛かる刃衛を、冷静な眼で見据えた。

 氷の剣の間合いに、刃衛が侵略する。その瞬間、腰に据えた刃を抜刀術のごとく撃ち放った。

 

 一刀目。

 刃衛は容易く回避した。

 無論、これで仕留められるとは、思っていない。タバサは『ウィンディ・アイシクル』を解放した。

 

 二刀目。

 魔力で生成した二本目の氷刃。それを腰に置いていた左手で握って斬りかかる。

「またそれか! ここにきて芸がない――!!」

 刃衛はがなる。何せこの攻撃はすでにリッシュモン邸で見たことある。

 あの時のように、刃衛は溶けた左腕の刀を振り上げ、そして襲い来る氷刃を砕いた。

 その瞬間、氷霧が周囲を漂る。

「ぬぅ!」

 視界が白で染まる。成程打ち壊された時用に対策はしていたか。刃衛も内心、感心した。

 だが、次の攻撃はどうあがいてもこちらの方が速い。溜めた魔力も使い果たした。杖がない以上、タバサの攻撃これで打ち止めの筈。

 そう刃衛が逡巡していた刹那、気付く。ちょうどタバサの背後に、杖が、落ちるのを。

(さっきの氷霧は、これを隠すためか!)

 抜刀術を放つ瞬間、タバサは上手い具合に口元を隠していた。恐らく詠唱は既に済ませたのであろう。

 この時唱えし魔法は―――。己の宿命、その反逆の象徴とも言える技『氷の槍(ジャベリン)』。

 タバサは身体をひねり、杖を手に取る。詠唱完了。一刀目で作成した、『打刀』くらいの長さだった氷の刃を、杖にまとわせ『太刀』と呼べる長さにまで伸ばし上げる。

 

 魔法により実現した、三刀目。

 タバサは剣を振り上げる。目指すは刃衛の武器破壊。

 あの乱刃の中、その隙を縫って急所を狙うのは不可能。ならば摩耗しているであろう奴の刃ごと破壊して急所を斬り裂く――――。

 次の瞬間、刃衛の右腕の刃と交わった。

 

 火花が、散った。

 二人の人影が、交差する。

 

「っ――!!」

 キュルケは見届けた。勝負の行方を。

 そこにあったのは――――。

「見事。だが……」

 刃衛が、そう呟く。刃を嵌めた右手の穴から、血が垂れた。

 対するタバサは、無傷ではあった。あったのだが……手に持っていた杖の剣を、手放していた。

 先ほどの瞬撃。刃と刃が交差する刹那、タバサの氷は刃衛の刃の上をそのまま滑り、刃衛の右手の穴に入り込んだのであった。

「一歩、及ばず」

 刃衛は、手の傷穴に嵌った杖を振り落とし、タバサに迫りくる。

 一方のタバサは、杖も剣も手放し、無防備な状態。

「う、ふ、ふ」

「―――っ!!」

 狂気の笑みが殺気に変わる。しかし今のタバサに、それを防ぐ手立てはなかった。

 刹那、刃衛の両の腕が、タバサの胸に、交差の傷を与えた。

「がっ!!」

 血が飛んだ。斬られながら、タバサは吹っ飛ぶ。

「タバサぁぁあああああああああああああ!!!」

 キュルケの涙ながらの叫びが、虚しく響いた。

 

 

「何故、俺に届かぬか、分かるか?」

 静かに刃衛は問うた。その視線は、斬られて呻くタバサに向けられていた。

 斬られる瞬間、一歩引いたおかげで致命には至らなかった。

 だが……、杖は遠くにある。

 取りに行かねば、戦えない。

 冷や汗を流しながらも必死に立ち上がろうとする。そんな青髪の少女を見ながら、刃衛は続ける。

「足りないからだ。まだ、憎しみがな」

 そして、刃衛は地面に転がっていた氷の太刀を踏み砕いた。氷を纏っていた杖は、再び元の姿を晒して遠くへ転がっていく。その様を見ながら刃衛は先の戦闘を振り返った。

 

 虚の三太刀目、その発想自体は悪くはなかった。

 ただ、単純に強度が足りなかった。刃と互角ではなく、刃を『断ち切る』以上の鋭さを誇っていたならば、滑ることなく心臓まで断っていたことだろう。

 刃衛は右腕……、掌に突き刺した刃を見る。こちらの世界からこっち、ずっと使い続けていた愛刀。

 剣心との戦闘で茎から下が消えたかの刀身を、こうやって掌の傷穴に刺して使っているわけなのだが……。

 過度に消耗しないよう『固定化』の呪文をかけてはいるが、それでも今夜の戦闘……、特にアニエスの爆撃で、実はかなり摩耗してしまっている。

 もし相手が剣心や志々雄であるのなら……、このまま剣を壊すことも可能であろう。

 刃衛もまた、タバサの先の攻撃が、武器の破壊を狙っていることに気付いていた。

 しかしできなかった。それがこの結果なのである。

 

 この土壇場でそれができてないということは……、感情(ちから)技術(わざ)に、まだまだ追いついていないことの証左。

 もっと、どす黒い怒りで魔法の刃を研ぎ澄ませていたら……、先の剣戟も、タバサの狙い通りに行っただろう。

「もうわかっただろう。今のお前の剣では、肉は斬れても、骨は断てても、俺は斃せない」

「はぁ、はあっ……、はぁっ……!」

 歯を食いしばって、タバサは立ち上がる。臆せずまだやり合おうとするその胆力は、本当に素晴らしい。

 故に、これ以上を求めるのであれば、やはり『生贄』が必須か……。

 そう、刃衛は考えた。

「そんなコトでは、守れぬぞ。何もかもを…な」

 そして。

 刃衛はゆっくりと歩を進める。その先にいるのは、彼女が大事にしている『宝物』。

 赤髪の少女に、その狂気の視線を向けた瞬間、タバサは叫んだ。

「やめろ!!」

 しかしそれで動きが止まるはずも無し。刃衛はキュルケの前に、四度立つ。

「やはり、血を流さねば、お前も真に怒れないか」

 刃衛はキュルケに向かって、右腕の刃を振り上げる。

 タバサはもう、無我夢中だった。

「『生贄』の血で、今一度思い出せ」

「やめろ! やめて……っ!」

 

 もうそれ以上、わたしから奪わないで……!!

 

 人形ではない。かつての無垢な少女だった頃の顔で、必死に、手を伸ばす。

 この学院に来て、初めてできた大事な友達。

 家族を失い、安らぎを失い、何もかもを失くしてきた彼女にとって、使い魔と同じくらい安らぎを、与えてくれる、大切な人を……。

 また、奪われてしまう。失くしてしまう。

 もう、そんなのは……、嫌なのに……!!

 

 

「お前の憎悪。その『原点』を」

 

 

 最後にそう言って、刃衛は刃を振り上げる。

「シャル、ロット……」

 その最中、タバサが見たキュルケの表情は。

「あたしはいいから、あなたは逃げて……!」

 どこまでも、自分を案じ続ける、慈母のような表情だった。

 その姿が、あの日、自分の代わりに毒を飲んだ……母と重なった。

 

「やめてえええええええええええええええええええええええええええええええ!!」

 

 瞳から水を流しながら、人形は慟哭する。だが、その願いは……聞き届けられることはなかった。

 無情の刃が、キュルケを、親友の胸を突き立していく。

 血がこぼれ、一瞬浮かべた驚愕の瞳は……だんだんと色を失っていく。

 そんな親友の姿を見た瞬間、タバサの中の、何かが壊れた。

 

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