るろうに使い魔‐ハルケギニア剣客浪漫譚‐   作:お団子

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第七十四幕『黒笠の終焉』

 

 血が飛び散った。

 赤い髪と同じ色の液体を零しながら、キュルケは倒れる。そしてそのまま、目を閉じて動かなくなっていった。

 

 それを見た瞬間、タバサの中で、何かが壊れた。

 

 刹那、割れんばかりの絶叫が……、食堂どころか学院中に反響した。

 その悲痛の叫びを生んだ張本人、刃衛は、キュルケの体から刃を抜き取り、こぼれる鮮血を見やりながら冷酷に告げる。

「分かったか? これが、失うというコトだ」

 弱いからこそ失う。弱いからこそ落とす。強かったら、こんな悲劇は生まなかった。何も失わずに済んだ。

 そう教え込む。彼女の殺意を、より強く引き出すために――――。

「これもすべて、お前の弱さが招いたコト――」

 そこまで言いかけて、刃衛は気付く。残されたモンモランシーも、アニエスも、思わず背筋を凍らせた。

 杖もないはずなのに、膨大な冷気が、彼女……、タバサの身を纏っていたことに。

 

「ぁあああああああああああああああああああああああああぁぁぁっ!!」

 

 (けだもの)のような叫びだった。それと共に、弾かれるようにタバサは駆けだす。

 目指すは杖。だがその目の前に、刃衛は立ちはだかった。

 ただで杖は拾わせない。折れた腕で横なぎ一閃を放つが……。

「ぬっ――――」

 避けた。魔法を使わず。

 跳躍し、身を翻し、錐もみ回転しながら、優雅に一閃を回避した。

 そのまま刃衛には目もくれず、素早い動きで落ちた杖を手にする。

 その瞬間、この世界に来て、初めて刃衛は『怖気』を感じた。この少女に対して―――。

 刹那、呪文が解放される。走りながら唱えていたのだろう。魔力が迸るのを感じる。

 タバサの最強呪文、『氷嵐(アイス・ストーム)』が、食堂に炸裂した。

 

 

 

 

 

第七十四幕『黒笠の終焉』

 

 

 

 

 

 その瞬間、トリステイン魔法学院は、揺れた。

 強烈な冷風が、廊下を、教室を、実験室を、各塔への通路を……余すことなく冷やす。

 ズシン!! と、腹の底から響く轟音に、魔法が使えない使用人たちは一斉に目が覚めてしまった。

「なっ何事だ!」

「寒ぃ、凍える!」

「暖を取れ暖を!」

 そんな声が飛び交う中で、料理人のマルトーは目が覚めた。そこそこ冷える季節になったとはいえ、いきなり吹雪のど真ん中に放り込まれたかのような、そんな寒さで体が跳ね起きてしまったのだ。

「ったく、うるさい坊ちゃん達がいなくなって静かに寝れるかと思ったら……、貴族の連中、今度は何したんだ!?」

 使用人たちも当然、今回の襲撃について知らされていない。マルトーは起き上がり、他の仕事仲間と共に、野次馬気分で中庭に出る。

 そして絶句した。

「なっ!」

 本塔の窓という窓から、氷柱が生えていた。行き場のない冷気が、外へ流れ出ようとした格好なのだろう。

「何が起こってんだ、こりゃあ……」

 流石のマルトーも唖然として、この様子を見やった。間違いなく魔法の類なのであろうが……、こんな出鱈目な規模を見たのは生まれて初めてだった。

「マルトーさん!」

「おお、シエスタか!」

 驚きで口を開けていたマルトーの隣に、シエスタがやってくる。

 何枚もの毛布で上半身をくるんだ状態で。それでも寒さで口から白い息を吐いていた。

「これ、いったい……、なんなのですか?」

「わかりゃしねぇよ。こんなことぁおれだって初めてさ」

 寒さで身を震わせながら、どうしてこうなったのか、これからどうすればいいのかで騒ぎだす使用人たち。

 シエスタは思わず、不安を必死に抑えるような声で呟いた。

「ケンシンさん……」

 

 

 冷気の衝撃は当然、最上階の学長室や臨時の寝室にまで届いた。

「うおっ、なんじゃあ!!」

 学長室で待機していたオールド・オスマンも、思わず吸っていた水キセルを落っことしてしまう。

 衝撃に耐えた警備の銃士たちも、何が何やら……、といった面持ちで、とりあえず周囲を警戒するしかできない。

 すると次の瞬間、学長室の扉が開かれる。

 オスマンや銃士隊と同じく、夜通し見張っていたミセス・シュヴルーズが姿を現す。

「た、大変です学院長! 今の衝撃で生徒たちが!!」

 

「ねえ、一体何なのよ!」「説明しなさいよ! 何でこんなに寒いのよ!!」

 その頃、臨時の寝室は、女学生たちの(つんざ)くような声で埋め尽くされていた。

 先ほどまで学院長の『サイレント』で、銃撃や爆音から無縁で過ごしてきた彼女達だったが……。地鳴りや冷気まではさすがに防ぐことはできず、使用人たちのように起き上がる者が増えていたのだ。

「静まりなさい!」

「なんでもないから、落ち着け!!」

 そんな中、鎮静しようと銃士たちの怒号も響き渡る。賊の襲撃は沈静化してきたため、事を収めようと動く銃士の数は少なくなかったが、それ故に姦しい声がひっきりなしに飛び交い始める。

「そもそも何でこんなとこで寝なきゃいけないの!!」

「女子寮に帰らせてよ!!」

 そういう風に喚く女子たちがいれば、

「勝手に外に出るな!」

「いいから寝ろ!!」

 銃士たちもがなりながらそう返す。もはや収集がつけられなくなっていた。

 そんな折。

 チリン、チリンと、鐘のような音が部屋に響く。

 それを聞いた女子や銃士たちは、ひとり、またひとりと眠りの世界へと再び誘われていった。

「……まったく、貴族や軍人ならもうちょい冷静になってほしいもんだのう」

 そう言いながら、オールド・オスマンは『眠りの鐘』を手に、寝室へやってくる。

 ひとまず、事態の沈静化は何とかなった。とりあえず、そのことでオスマンは胸をなでおろす。

 同じく、横で見ていたシュヴルーズも助かったというような表情を浮かべた。

「ありがとうございます。オールド・オスマン」

「いやいや、これぐらいならば容易いもんじゃわい。……しっかし、この学院にドラゴンやケルベロスの類は飼っておらんはずなんじゃが……なんじゃ今の音は?」

「さあ、わたしにも何が何やら……」

 しばし考えた後、オスマンは頼れるネズミの使い魔ことモートソグニルに、何があったかを探るよう、命じるのであった。

 

 

「――ぶはっ!」

 身震いするほどの寒気で、モンモランシーは目が覚めた。

 どうやら『心の一方』が無事解けたようだ。纏わりつく氷の破片を振り払いながら、起き上がる。

 そこで目にしたのは―――。

「何よ、これ……?」

 先ほどまで自分は食堂室にいた筈だ。それは覚えている。

 

 しかしモンモランシーの視界の先を彩るのは……、真っ白な色しかない、氷の世界。

 

 周囲は氷霧が漂い、一メイル先が全く見えない。隠れるために使っていた長テーブルは、指で触れると、粉々に砕けた。

 吐く息が、全て白く染まった。

(これ、あの子がやった……の?)

『心の一方』で動けないながらも、モンモランシーも戦いの経緯についてはそれとなく覚えている。

 死にかけていたキュルケを助けに来たコルベールが倒れ、代わりにタバサが戦って。

 その死闘のなか、キュルケが刃衛の剣で貫かれて……、直後あの子の叫び声が、この世界を生み出した。

 壁も、天井も、吹き抜けの廊下すらも……、冷気が充満している。

『トライアングル』とか『スクウェア』とか、そんな系統の話ではない。王家秘伝の『ヘクサゴン』クラスと錯覚するかのような規模。

 普通じゃまず拝めないだろう魔力の奔流は……、モンモランシーの身を震わすのに十分であった。

 そんな風に唖然としている彼女を暖めようと、近づく者が現れる。

「あっ、フレイム。あんた……?」

 きゅきゅる、とフレイムは鳴いた。そういえば隣で同じく固まっていたっけ……。

 どうやら助けてくれたらしい。「ありがとう……」と、モンモランシーはサラマンダーにお礼を述べる。

 一方のフレイムも、モンモランシーの袖を引っ張りながら、どこかへ連れて行こうとする。

 すぐにピンときた。フレイムの行き先には――――。

 

「って、そうだ! キュルケ!!」

 モンモランシーは、壁際で崩れ落ちているキュルケに近づいた。

 彼女も先ほどまでの自分同様、薄い氷の膜が体を覆っている。そしてその表情は……眠っているように静かであった。

(嘘でしょ、本当に……死んだの?)

 キュルケを見た瞬間、モンモランシーは息をのんだ。決して親しかったわけじゃない。むしろ嫌いまであった……かもしれない。

 それでも、戦いながら自分の身を案じてくれた同級生の死は……、モンモランシーに大きな動揺を与えるには、十分であった。

(わたし、まだちゃんと……、お礼言えてないのに……)

 誘拐されそうになったところを助けてくれた。その礼すらまだ言えてない。それだけで心はより一層、暗く落ち込んでしまう。

(何があっても死ななさそうなやつだったのに……、こんなのって……)

 隣ではフレイムが、主人の体を暖めようと小さな火を放つ。それを見ただけで、モンモランシーの心は、更に締め付けられる感覚に襲われる。

 涙をこぼしながら、静かに、使い魔に告げる。

「もう無理なのよ! ごめんなさい。あなたのご主人様は、もう……っ!」

 それでもサラマンダーは、主人の氷の膜を全て溶かす。うっうっ……と、モンモランシーは嗚咽を漏らす。

 その時だった。

 

 

「ぶあっくっしょい! 寒っ! なんなのよもう!」

 

 

 大きなくしゃみをかましながら、キュルケは起き上がった。

 一瞬、静寂が場を支配する。

「――――は??」

 モンモランシーは目を点にした。流していた涙が、急に引っ込む。

 キュルケもキュルケで、何が起こったか分からないような感じで周囲を見渡す。

「てか何これ、全然周り見えない……。タバサがやったの?」

「え、いや。え? いやいやいや……は?」

「ねえ、何が起きたのよ? 説明してくんない?」

 あっけらかんとした彼女の問いと表情で、ようやくモンモランシーも反応する。

「いやあんたこそ説明しなさいよ! なんでしれっと起き上がってくんのよ! だってあんた……!!」

「えっ、あ。そうだ……あたし……」

 ここでキュルケも、手をポンと叩いた。自分は確かに刺されたのだ。鵜堂刃衛に。

 何で死ななかったんだろう? そう思い、刺された胸――の脇に付いた傷口を擦る。

 激痛が走る。確かに、刺された傷跡があった。今はもう、凍っているが。

 

 

 端的に言うと、キュルケが助かったのは……、刃衛の手の傷穴が広がったことが起因していた。

 タバサの氷太刀を掌の穴で受け止めたことで、強く固定していた刀身が緩み、切っ先がずれてしまったのであった。傷口から血が流れていたこともあり、刺す時に思いきり滑ったのであろう。

 それが、本来なら心臓を突き刺すはずだったところを、脇腹にズレた格好となったのだ。

 そしてその傷口も、周囲に広がる冷気によって直ぐに塞がり、それ以上の流血を防いだ。

 奇跡と偶然の上での成り立ちであるが、それで無事キュルケは命を拾っていたのだった。

 

 

 ただ、その理由が分からなかったキュルケはとりあえず、モンモランシーにこう返す。

「……胸が大きかったから、その分切っ先がずれたのかしら?」

「――は??」

 ピシリと、モンモランシーの中で何かが鳴ったが……、まあ状況が状況なのでとりあえず怒りを収めた。

「………………まあ、いいわ。とりあえずよかったじゃない。生きててさ」

「ええ……、ってそうだ! タバサは――――」

 そう叫んで立ち上がろうとした時、巨大な花火と何かが弾くような音が、先程よりさらに大きな剣戟の音が、食堂を支配する。

 あまりの迫力に、二人は思わず身を窄める。隣でモンモランシーは、ポツリとキュルケにこう言った。

「ねえあの子。あんたが生きてたってこと、まだ知らないんじゃ……」

 それを聞いたキュルケもまた、どうすればいいのか分からず、憂いの表情を浮かべるしかなかった。

(……シャルロット)

 

 

「……ぐっ」

 氷の膜を全て振り払いながら、刃衛は立ち上がった。

 右手は血が止まり、指は壊死してポロポロ落ちていく。

 逆に緩んでいた、傷口の刃の留めは再び硬くなっていた。刃衛自身、先程を振り返りキュルケをちゃんと殺害できたか、疑問ではあったが……、まあ、今はどうでもいい。

 

 当人がついに『こっち』へ来た。それだけ分かれば、他はどうでも良かった。

 

(ついに卵が、孵ったか)

 周囲を見渡す。辺りは氷が全てを包んでいた。

 身体を無理やり動かす。張り付いていた皮膚は避け、そこから血がとめどなくあふれだした。

「焦熱地獄の次は、大紅蓮地獄か。なかなかどうして、愉快じゃないか」

 先ほどまで肉を炭に変える獄炎を味わっておきながら、今度は皮膚が張り裂け骨まで染みる冷気を味わう。

『幕末』でも味わえなかった地獄巡りを楽しみながら、刃衛はこれを起こした張本人に、目をやった。

「これは何とも。どうやら『生贄』の血が効きすぎたようだな。うふふ……」

 

 

 タバサの心は、何処までも澄んでいた。

 親友を殺されたはずなのに。冷静に、その事実を受け止める自分自身に、少し驚く。

氷嵐(アイス・ストーム)』を放つ前までは…あれほどまでに怒り狂っていたというのに。

 周囲は氷霧が漂う。正面はその霧の所為で何も見えない。それでも自分の真正面に、刃衛はいると、本能で察していた。

 王族特有の青髪は今、先端が凍って白く染まっている。強烈な冷気が、青と白のコントラストを生み出していた。

 

 先程の『氷嵐』は、無我夢中だった。まともに操作も、調整もしていない。周囲を気にする余裕すらなかった。

 ただ、撃たなければ内から迸る殺意と冷気に、自分が殺されてしまう。そんな防衛本能がこの冰原を生み出したのだった。

 規模は今まで自分が発揮したものの中でも最大。そんな威力の嵐を放ったのに……、気絶するどころか、まだまだ気力が溢れかえっている。

 肉体という皿に、感情という水がとめどなく流れ落ち、溢れて零れていく。そんな感覚が彼女の心を包んでいた。

 

 

 

『精神が肉体を凌駕する』。

 それがどういうものかタバサは今、身をもって味わっていた。

 

 

 

 右手を、思い切り、横に振り切った。

 再び氷の刃が象られる。

 冷静に切っ先を、刀身をとがらせる。もう絶対、へし折られないように。

 殺意も、冷気も、すべてを込める。しかしその顔はもう、何処までも死んでいた。

 瞳から頬へ、一筋の氷の痕を作った……、壊れた人形は、阻むもの全てを殺す『修羅』へと、相なってしまった。

 

 

 その殺気を受け止めた刃衛は、ふとあの頃を思い出す。

 あれはそう、新選組時代の事。

 まだ未熟だった頃の自分は、仲間と共に維新志士斬りに赴いていた。

 その時に出会った修羅。『人斬り抜刀斎』。

 人斬りの噂は聞いていた。だが、こちらもまた幕末時代、最強と謳われた剣客集団の一員。しかもこちらは多人数、向こうは一人、負ける要素が見当たらない。そう思っていた。

 

 だが、実際に相対すると噂以上であることが、嫌でも思い知らされた。

 

 壁を駆け、天を舞い、仲間が放つ鋭い剣閃を、紙一重で回避する。

 月光が路地を満たす間に、他の仲間は皆殺された。

 自分だけになった時、奴は言った。

 

『仲間に伝えろ。これ以上維新の志士を斬るなら、俺が相手だ、と』

 

 あの時、奴が放っていた殺気と眼光は、今でも覚えている。

 向こうがお目こぼししてくれたおかげで命を拾ったが……、あの時戦っていたら、自分はあっという間に葬られていたことだろう。

 

 それと同じような殺気が今、食堂を満たしている。

 歯が震える。寒さだけではないことは、勿論分かっていた。あの時の、鳥肌が立つような、感覚がよみがえる。

 顔は何処までも綻んだ。いよいよだ。いよいよ『あの感覚』が、味わえる。

 ようやく奴も、俺や抜刀斎……そして志々雄真実と同じ『壇上』へと上がりかけている。それが何よりも、嬉しかった、

 やがて氷霧の向こうから漂う殺気が、冷気に変わる。刃をまた作っているのだろう。

 そして来た。

 

「ふふ」

 正面から神速の飛刀。それを紙一重でかわす。氷霧は濃くなる。

 真横から飛刀がくる。それをしゃがんでかわす。背後から飛んでくる。かわす。飛ぶ、かわす。飛ぶ、かわす。飛ぶ、かわす。

 飛刀の乱舞をさけ続けながら、刃衛は顔を真上にあげた。

 壊れた人形の放つ、殺意の『龍鎚閃・惨』が、脳天に直撃せんとしていた。

 

 再び、刃と刃を弾く音が場を支配する。

 ここまで至ったらもう、やることは一つ。どこまでも楽しむ。今まで培ってきた技も、術も、このひと時だけにすべてを注ぐ。

 一方タバサの戦い方は……、特に変わってはいなかった。相も変わらず、氷の刃を作っての攻め一辺倒。

 だが――――。

「ぐっ!!」

 刃に、格段と『重み』が増した。華奢な体躯の少女の筈なのに……、刃が打ち合うたび身体がよろけそうになる。

 満身創痍の体に周囲を追う冷気の所為、というのもあるだろう。

 だがそれ以上に、彼女の纏う風が、作られた刃が、放つ技が、先程よりもさらに向上していたのだった。

 そして先ほどから、躊躇なく繰り出す攻撃。

 目、首、脇下、頚椎、心臓、太腿、みぞおち、金的。それはすべて急所を狙っている動きであった。

 ついに刃が弾かれた。刃衛はすぐに体勢を立て直し、横なぎを放つ。

 しかしタバサは一瞬も臆することなく、右頬に一筋の傷を受けながら、刃衛の懐にまでもぐりこんだ。

 恐ろしく冷徹で、機械のような寸分の狂いもない動き。

 そしてその刃の切っ先は、刃衛の腹をとらえた。

「ぐおぅ――――っ!!」

 腹に刃がめり込む。そこから冷気が迸る。

 すかさず刃衛は彼女の顔面に膝蹴りをかました。退いたら間違いなく体重を乗せて突っ込んでくることを、経験で予知していたからであった。

 対するタバサは、吹き飛ばされつつも受け身を取り、抜刀術の所作を取る。

 しかしその手ある刃は一サントほど。これで刃衛を斬るには心許ない。

 杖はあらぬ方向へと飛び、氷霧の中へと消えた。

 刃衛はタバサの目を見据えた。鼻や口から血を流しながらも、碧眼の奥に迸る、黒々とした殺意を。

 おそらく杖を弾き飛ばされる前から、詠唱は完了していたのであろう。魔法で後から刃を、作ろうと思えば作れるのだろう。

 しかし―――。

「刃一本で、俺を殺るつもりか? 先の繰り返しになるだけだぞ」

 腹の激痛をひた隠しにしながら、問う。タバサは底冷えするような声で冷徹に、告げた。

「二の太刀以上はもういらない。一太刀で、『死止める』」

「大きく出たな。やれると思うのか?」

 その声に感情を昂らせながら、それでも刃衛は冷静に問い掛ける。

 するとタバサは――――、

 

 

 

「わたしが殺すと言った以上、お前の死は絶対だ」

 

 

 

 その声に、瞳に、構えに。

 かつて東京で相対した、抜刀斎の姿を、刃衛はタバサに垣間見た。

 成程覚悟は決まっていると。刃衛も、もう自分は永くはないことを察していた。

 次こそ、正真正銘最後の一撃となるだろう。

 刃衛はまず、氷によって、自分の顔が反射するほど磨かれた床を見下ろして、念ずる。

 

「我、不敗、成!」

 心の一方、『影技・憑鬼の術』により、身体能力を無理やり強化する。

 

「我、無敵、成!」

 折れた骨を、壊れた腕を、肥大化した筋肉で無理やり動かすという催眠術を、己にかける。

 

「我、最強、成!」

 流石に弱った状態故、筋力もそこまで上げることは叶わなかったが……、どうせ最後の一撃になるのだ。一瞬だけ両腕を動かせるだけでいい。

 次いで、焼けた左腕に接着していた刃を引きはがし、広げるように展開する。準備を整えた刃衛は、深く構える。

 猛獣が飛び掛かるかのように体勢を低くし、両腕の刃を、後ろで重ね合わせた。

 両腕の反動を用いた『最大左右同斬』。今、奴に及ばぬ速さは体重と筋力で対に抗する。

 上下ではなく、あえて左右にすることで奴の動きを阻むつもりであった。

 

 

 命の結果は生きるか死ぬか、過程の長さに価値など無し。

 価値あるは――――生死を決するこの一瞬。

 

 

 それが、遂にくる。

 刃衛は跳躍し、一気に駆けた。

 タバサはまだ、動かない。先に反動を解放した、両手の刃が彼女を襲う。

 こうなってはもう、刃を壊さぬ以上、死は避けられない。

 どう出るつもりだ? そう思案した刹那、タバサは動いた。

 

 先程握っていた、小さな氷の刃で、左前腕部の皮膚を斬る。

 血が飛び散る。刹那の動きの中、血はゆったりと宙を舞う。

 それを、タバサは氷の短刀に纏わせ、打刀のように仕上げた。血は刹那の動きで、程よく反った『刀身』へと生まれ変わる。真っ赤な鮮血で、彩られた氷の刃―――。

 

(血で、刃を形成するか――!?)

 

 気体から水へ、水から氷の刃を作り出すより、液体を媒介に凝固させた方がより速く、硬くなる。

 血を触媒に、殺意と魔力をありったけ練りこむ。

 先ほどの失敗を重ねぬよう、より強固に、より鋭く、より尖らせる。

 

 血を交わらせて更に殺傷力を上げた、タバサ独自の新魔法『血の刃(ブラッディ・アイシクル)』。

 

 光を浴びる貴族たちには、未来永劫思いつかないだろう、殺しに特化した技術。

 殺し合いの最中、刃衛との戦いで血がすぐ凍った違和感から、この答えにたどり着いた。

 それをもって、一太刀で『死止める』。

 

 タバサは血の刃を振るった。刃衛もまた、それに応える――――。

 血刀が、刃衛の右腕の刀を、根元から真っ二つにした。

 そして勢いはとどまらず、そのまま刃衛の胸に迫っていく。

(―――――――――!)

 刹那、刃衛の脳裏に過るのは、走馬灯であった。

 

 

 

 

 

 このハルケギニアに来てから、一体どのくらいの月日が経ったのだろう?

 あの時、東京の夜。抜刀斎と殺し合った夜。

 今思えば、右腕が折れただけで自決など、つまらん死に方をしたものだが……、それでも自分は満足していた。

 そしてゆっくりと、自分の人生に幕を閉じた。その筈だった……。

 

 さて、東京で死んだ後で、次に映った視界。

 それは夢か、現か、幻か――――。

 

 そこは骨や躯が地面となった世界だった。

 それ以外にはただ、何もない。

 おそらくここが、地獄なのだろう、ということだけは分かった。

 その中を、しばらく悠然と歩いていたものだが、何処へ向かおうと、何もない。

 せめて自分を裁く閻魔ぐらいはいてほしいものだと……、そう独り言ちた時だった。

 

 それは夢か、現か、幻か――――。

 

 遠くで、鬨の音が聞こえる。そちらへ目を向ける。

 今度は血の匂いが鼻孔を擽る。そちらへ身体を向ける。

 肌で、感覚で殺し合いが行われていると察する。気づけばそちらへ駆け出した。

 

 

 そして次の瞬間、刃衛が目にしたのは――。

「これは―――!!」

 月が二つ踊る真夜中で、火や水や風や土が飛び交う、戦場だった。

 東京で死んで、地獄で歩いた先で、偶然か否か。

 この摩訶不思議な世界に、足を踏み入れることとなったのだった。

 

「殺せええええええええええええええええええええええええ!!」

「アルビオンに、栄光あれえええええええええええええええ!!」

 

 その様相、(かなえ)の沸くが如し。

 ふと夜空を見上げれば、そこには想像上の生き物とされる幻獣たち……、翼の生えた龍や鷹の化け物などがひっきりなしに動き、口から火を吐く。

 後ろを向けば、今まで躯だけだった世界は既に消えていた。

 そして今度は己を見る。東京で抜刀斎に折られたはずの右腕は元通りとなり、腰には愛刀が依然残ったままだった。

「死ねええええええええええええ!!」

 そんな怒号が自分に向かって飛んでくる。見れば、鎧をまとった剣士が、明確にこちらを害そうと剣を振りあげているところだった。

 

 何が起こったのか、ここはどこなのか、そんなことはもう、どうでも良かった。

 

 とっさの勢いで、刀を抜き放った。鎧の隙間を的確に縫い、敵兵を鮮血で染めあげる。

「がっ!!」

 斬られた兵士はもんどりを打って倒れる。それを見たほかの兵士たちは、自分に向かってこれ以上ない殺気を向けた。

 

「よくも貴様あああああああああああああ!!」

「レコン・キスタの狗がああああああああ!!」

 

 正直、奴らが何に怒って戦っているのか、全然分からない。

 だが、向けられた怒気や殺気は本物だ。それだけで刃衛は愉しかった。

 たとえここが、地獄と地続きだったとしても、それでも良かった。

 ただ、斬り合いを楽しめれば――――。

 

 

「ぎゃあ!!」「ひっ、うわあ!!」

 叫び声を、断末魔を愉しみながら……、人を斬っていく。

 中には変な妖術を使う者もいた。

 何の変哲もなさそうな棒きれから、火や水や風や土が出てきて襲ってくるのだ。

 どういう原理かは皆目見当がつかぬが、ここが地獄の続きなのだとしたら、今更何が起きても不思議ではない。

 ただ、斬られた人間はちゃんと死ぬ。こちらも斬られれば痛みを感じる。それだけ分かれば十分だ。

 

 さて、今自分は巨大な木造船へと続く桟橋を渡っている。

 そこにはもっと大勢の、武装した人間が相争っている。それを肌で感じたからだ。

 道中襲い来る敵は全て斬り伏せ、橋から蹴落とした。どうやらあの妖術を使う手合いは、そんなに多くはないらしい。

 ただ、いたとしても『心の一方』をはねのけてくる敵は、皆無であった。

 気迫で竦ませ、接近して斬る。それが通用すると分かってからは、一方的な蹂躙劇。

 そうこうする内、遂に船の甲板へと足を踏み入れた。

 

「『ロイヤル・ソヴリン』へ逃げたぞおおおお!!」

「追え! 奴は危険だ!!」

 

 どうやら敵も、自分の存在を認知し始めたようだ。

 だが、そんなことはどうでもいい。

 

 いる。

 

 濃厚な剣気を滾らせている者が、この船の上にいる。

 邪魔する者は容赦なく斬り捨てながら、さらに奥へと進む。

 

 いた。

 

 船首近くで、誰かが人を斬っている。自分と同じように。

 すぐわかった。同類だと。

 口元を歪ませる。刀の柄に、力を籠める。

 斬りかかろうとした瞬間、その者もまた、すぐに反応した。

 

「うふぅははははははははっ!!」

「シャアアアアアアアアアッ!!」

 

 人影もまた、こちらへ向かって斬りかかる。得物も自分と同じ日本刀だ。

 だがその武器は……、先端から『炎』を発していた。

 火花をもって刃を交わらせる。弾いた刹那、炎が灯りとなって周囲を照らす。

 

 人影は――全身を包帯で覆った男だった。

 

 再び刀を交わらせる。次は鍔迫り合いに持ち込んだ。

 そしてお互い、至近距離で顔を見合わせた。

「成程、同類か」

 包帯男が口を開く。どうやら向こうも、同じような考えを巡らせていたらしい。

「然り。ようやく骨のあるやつと出会えた」

 まずは小手試し。目から剣気を叩きこみ、動きを封じようとする。

 それを見た包帯男は一瞬驚愕するも……。

「シャアッ!」

 すぐに剣気を解放して破る。……どころか、舞っていた火の粉が、一気に弾けて熱を帯び始めた。

「ぬうっ!!」

 逆に驚く。剣気で力の差を分からせるような戦法。こちらの土俵に乗った上で尚挑発してくる向こうの余裕に。

「どうした? 剣気のぶつかり合いがお望みじゃあなかったのか?」

 それと同時に鍔迫り合いの力が籠る。まずい、弾かれる。

 此方も無理やり剣を押しのけて、大幅に退いた。苦肉の策であった。あのまま続けていたら体勢を崩されただろう。

 

 これで分かった。目の前の包帯男は東京で戦った抜刀斎より、はるかに強い手合いだと。

 

 抜刀斎より上がいるのか……、という思いに駆られながらも、体は歓喜で震えた。

 ようやく楽しめる相手が出てきた。改めて刀を構える。

 しかし、相手は刀を一旦肩に置き、まじまじと此方を見て言った。

「その黒笠、聞いたことがあるぜ」

 敵の殺気や剣気が一気に消えた。一瞬斬りこめるかと思ったが、隙だらけの動きが逆に警戒心を煽る。

 なので仕方なく、包帯男の話に耳を貸した。

「京都にいた時、方治の奴が部下に出来ねえかと調べてたからな。泰平の世に満足できず、ただひたすらに殺し稼業を営んでたという、元新選組にして二階堂平法の達人。闘いの末抜刀斎に殺されたそうじゃねえか」

 トントンと刀で肩を叩きながら、包帯男はわざと背中を見せる。

 斬りこんでこないのか? そう語っているも同然の格好だ。

 だが、自分を知るかのような口ぶりの男に、別の意味で興味が湧いた。刀を一旦下げ、男の話を聞き続ける。

「時期さえ合えば、てめえは俺の『十一本目の刀』……、いや、悪太郎も這い上がってきたら『十二本目』か? まあいい、なったかもしれねえな。そうだろ? 『浮浪(はぐれ)人斬り』。鵜堂刃衛……つったか?」

「お前は何だ?」

「何だと思う?」

 逆に聞き返してくる。すぐに脳裏に浮かぶのは……抜刀斎の顔。

「抜刀斎に所縁のある者、か?」

「……まあ、当たらずとも遠からず、って言っとくぜ」

 成程、それならこの強さも合点がいく。そしてふと思い出す。人斬り稼業をしていた傍ら、裏の筋で聞いた『ある噂』だ。

 

 動乱渦巻く幕末の最中、抜刀斎が矢面に立って志士を守る遊撃剣士をやっていた裏で、それ以上に暗殺を繰り返したという影の人斬り。

 そいつは戊辰戦争の最中に粛清されて、火葬されたとも聞いていたが。

 確か名は――――。

 

「志々雄真実」

「ホウ、良くそこまで辿り着いたな。流石、といったところか」

 包帯男――志々雄は感心したようにこちらを振り向いた。

 互いに殺気を含めた笑みと浮かべる。もっと色々聞きたかったが、今は戦闘中。バッサリと一言でまとめた。

「ここは何処だ?」

 その質問と同時に、遠くで大爆発が起きる。

 工廠らしき赤レンガの建物から火の手を上がる。一際大きい鬨の声が耳に入り込んできた。

 互いに、其方には目をやらず、ひたすら相手を睨む。やがて志々雄は、可笑しそうにこう言った。

「決まっているだろう? 地獄だ」

 

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