るろうに使い魔‐ハルケギニア剣客浪漫譚‐   作:お団子

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第七十五幕『走馬灯の果てに……』

 

「地獄……ねぇ」

 まあ分かっていたことだ。そんなことぐらい。

 声が振動となって、ビリビリと自分の体に知らせてくる。どこもかしこも死が充満しているのが、手に取るように分かる。

 まるで、あの動乱の時代に返り咲いたようで、頗る愉しい。

 

「工廠を落としたぞおおおおおおおおおおお!!」

「あとは『ロイヤル・ソヴリン』だけだあああああああああ!!」

 

 声に勢いがついていくのが伝わる。どうやら現在、二つの勢力が争っているのは理解できた。その片方がどうやら、優勢になっているらしい。

 正直自分はどっちでも良かったが……、今はこの男だ。

 刀に、柄に力を込める。そして再び包帯男……、こと、志々雄真実と対峙した。

 

「シシオ様!!」

 不意に、志々雄の隣に風が舞った。その風はすぐさま人の形を作る。

 風は男となった。優雅なマントを見に纏い、頭に羽帽子を、顔には仮面をつけている。

 不思議な妖術だ。だがその佇まいで分かる。少しはできそうな奴が来たようだ。

「後はこの『ロイヤル・ソヴリン』のみとなりました。しかし――――」

「わあってる。向こうも必死だろうよそりゃあ。なんせ主力が奪われかけてんだからな」

 志々雄はそう言って、二つの月が煌めく方向から襲い来る、竜騎士の群れを見やった。

「火竜じゃねえな、あの色合い。風竜か」

「ハッ! どうやら手を打ってきた様子。遅れて来る火竜騎士の軍隊も確認しました」

「戦力を逐次投入するってことは、思いの外向こうは焦ってるな」

 と、ここで仮面の男が、此方を見た。殺気を感じたのだろう、レイピアのような軍杖を引き抜き此方へ向ける。

「何者だ貴様! 王党派の手先か!?」

「よしなワルド。てめえじゃまだそいつには勝てねえぜ」

 ワルド、そう呼ばれた男は志々雄の言葉に少し動揺する。とりあえず、先ほどの会話から、状況を整理した。

 どうやらこの男……、志々雄真実が組する勢力が、優勢を取っているようだ。

 

 

 そしてこの船、よく見たら海ではなく空に浮いているではないか!

 今頃気付いた。

 

 

 暗くて気付かなかったが、外に目をやれば、水平線が全く見えない。雲と月の光だけだ。

 考え込む自分を面白がったのか、志々雄は笑う。

「まあ驚くよな。なんせこの船……いや、この国自体が遥か空の上に浮いているってんだからよ」

「ホウ!」

 先ほどの桟橋、下は霧のように深かったが……、なるほどそういうからくりか。通りで落下の衝撃音が聞こえないわけだ。

 地面が見えないほどに上空を漂うという大陸。

 剣戟以外で、初めてこの不可思議な世界に興味を持った。そんな中、風竜の群れが夜空を背に殺到する。

「シシオ様! 風竜が来ます!」

「なあに、中はもう大体片づけた。折角だ」

 志々雄は刀をしまい込む。もう闘う気はない、といったような面持ちだ。

「こいつで一丁、派手に反撃してやろうじゃねえか。奴らの驚く顔が目に浮かぶぜ」

「もし浮力が足りない時は、『風』のスクウェアであるわたしが補いまする」

「よし、やるか」

 そう言って、志々雄は船内に入ろうとする。そして最後に、こう呼びかけてきた。

 

 

「同じ世界から来たよしみだ。お前も来ないか? しばらくは良い暇つぶしになると思うぜ?」

 

 

 それを聞いて、逡巡する。

 右も左も分からぬ異世界。そこで出会った、抜刀斎以上の実力を持つ剣客。

 そして、妖術の類を扱う人間と、おとぎ話でしか聞かないような幻獣猛獣の群れ。

 なるほど、少しは楽しめそうだ。

 別に今、奴に挑む必要はない。暇だと再び感じ始めたら……その時に続きをすればいいだろう。

 そう考え、いったん血に塗れた刀を拭き、鞘に納めて志々雄へ続いた。

 

 

 

 

 

第七十五幕『走馬灯の果てに……』

 

 

 

 

 

「これはこれはシシオ様。既に準備は万端でございます」

 船長室と思しき部屋に向かうと、男が一人、志々雄に向かって頭を下げた。

 金髪をカールさせた、聖職者の格好をした男だ。

 雑魚か。一目でそう判断した。少なくともワルドとかいう奴とは比べるまでもない。

「オリヴァー、この船はすぐ動かせるか?」

「『風石』の積載量は先ほど確認済みです。必要な人員も『死人』で確保。二時間ほどであれば、問題はないかと」

「よし、動かせ。派手に暴れてやろうじゃねえか」

「了解しました。……して、シシオ様。後ろの者は?」

 と、ここでオリヴァーとかいう聖職者が、怪訝な目でこちらを見てきた。

「ああ、こいつか。腕が立ちそうだから引き入れた。それで十分か?」

「そうでしたか。了解しました。――――ではわたしは早速」

 それだけ言うと、オリヴァーは部屋を出る。

 はて、『死人』とは? 先程の会話で出た疑問を、志々雄に向けて口にした。

「『死人』とは何だ? 死んだ人間でも操れるのか?」

「まあそういうところだ。奴らには『虚無』って魔法の一種にしている」

 冗談のような返答が返ってきた。本当に死人を蘇らせる技術が、この世界にあるのか……。

 すると何か? 自分もまた、『死人』として操られているのか? なにせ先ほどまで死んでいたのだ。そう思うのも自然の流れであった。

「じゃあ俺も『死人』ということか?」

「あぁ、そう取るか。まあ安心しな。『死人』を蘇らせるのは今のところ奴にしかできねえ。そしてあいつはさっきまでこの船にいたからな」

「ホウ、奴が」

 荒事にてんで慣れてなさそうな風体だったが……。少しだけ、先程の司教に興味を持つ。

 そしてここで、衝撃音が船全体を揺らした。

「先ほどの竜の群れか。良いのか? 放っておいて」

「別に構わねえ。この船『ロイヤル・ソヴリン』は奴らにとって大事な『黒船』。いよいよって時になるまで、派手に傷をつけるような真似はしてこれねえさ。御釈迦になったら困るのは、向こうも同じだからな」

 自分にとって大事だと思うものほど、いざという時『捨てる』という非情の決断が鈍る、できなくなる。後になって「ああすれば良かった」と思うことはあっても、戦の最中でそれを敢行できるものはごく少数であろう。

 志々雄はその隙をついたのだ。

「すると?」

「当然、白兵戦になる」

 間もなく声が聞こえる。竜に乗っていた騎士達が、甲板に降りて船を奪い返しに来たのであろう。

 それを読んで船内で待ち伏せと。成程、頭の回転が速い。

 志々雄は横目で此方を見る。まるで自分がこれからどう動くか、それすらも分かっているようであった。

 良いだろう、今はその思惑に乗ってやる。口元に笑みを浮かべ、柄に手をかけた。

 

 

 この巨艦、『ロイヤル・ソヴリン』は竜を格納する空間がある。竜騎士たちは其処から侵入したようだ。

 たちまち格納庫は戦場となった。俺が向かった時には、仮面の男ことワルドが、なんと分身を始めていた。

「ユビキタス・デル・ウィンデ……」

 分身したワルドは、それぞれを操り風の魔法で騎士たちを葬っていった。

『閃光』の二つ名に恥じぬ電光石火の技が、その手に持つ杖を血で染めていく。

「ホウ」

 何とも面白い光景だ。死人復活の法もあるくらいなのだ。分身できる妖術があっても何ら不思議ではない。

 そうしてしばし観戦を決め込んでいると、それを不愉快に感じたのだろう。分身の一体が此方に向かって杖を突き付けてきた。

「何を高みの見物と決めている。貴様もシシオ様に忠誠を誓ったのなら、さっさとその腕前を見せたらどうだ?」

 どうやらこ奴は、志々雄に心酔しているらしい。

 だが当然、志々雄に忠誠を誓った覚えなどないし、これからも誓う気はない。

 それは向こうも察しているだろう。あくまで奴との関係は『利害の一致』でしかなかった。

 自分にとって、どれだけ楽しい戦の場を提供できるか否か。できる限りは付き合ってやろうというだけの――――。

 

 少し遊んでやるか。

 ワルドの背に、飛び掛かる敵兵を見やってから刀を引き抜いた。

 

「フン――」

 偏在ワルドも当然、背後からの攻撃は察していたらしい。すぐさま振り向き、『エア・ニードル』を放とうとする。背中をこちらに向けた。

 隙を見せた。二人とも。その瞬間を狙って刀を抜き放った。

「ぐがっ!」

「があっ!」

 串刺しにしてやった。兵士諸共。背後から偏在ごと兵士を貫いてやった。

「きさっ、ま……!」

「うふふ」

 偏在は消えた。他のワルドが異を唱えようとする間に、素早く駆ける。

 驚く兵士たちを素早く斬り伏せ、刀を再び朱で染める。遠距離で攻撃する妖術使い(メイジ)共には、『心の一方』をくれてやった。

「あぁ!」

「うぐっぅ……!」

 それだけで奴らは何もできなくなる。もろい奴ほど、良くかかる。

 落ちていた剣を拾い上げ、動けない一匹に投げつける。心臓を貫かれたメイジとやらは、ごぼっと血を吐き斃れた。

 ここで竜騎士の一人が、風竜に乗ったまま攻撃を仕掛けた。自由に飛べる空間はそんなにないが、おそらく苦肉の策だろう。

 ニヤリと笑う。まだ、試してないことがあった。

 幻獣にも果たして、『心の一方』が通じるのか――。

 風竜が口を開け、ブレスを放とうとする一瞬を見極め、剣気を放った。

「うふふ!」

「キュ――」

 一瞬だけ、動きを止めた。なるほど流石は幻の動物。はねのけるか。

 だが、一瞬でも隙ができれば十分。

 確実にブレスを当てようと近距離まで近づいた風竜に向かって、地面に突き刺さっていた剣の柄を踏んで跳躍。

 そして驚いている騎士の脳天目掛け刃を振り下ろした。

「ぐぉ!」

 騎士が倒れると同時に、風竜も動きがぎこちなくなり、そのまま壁へと突っ込んだ。

 仰向けになった風竜の腹に、数体の偏在ワルドが容赦なく杖を突き立て、息の根を止める。

「フン、少しはできるようだな。おかしな魔法を使う……」

「俺から見れば、お前さんの方がよほど変な妖術に見えるがね」

 仮面の奥ではさぞ面白くないような顔をしているのだろう。そういう想像を掻き立てるには十分な声色でそう言ってきた。

 次の瞬間、再び大きな衝撃が襲った。それと同時に、上昇するような感覚が足場から伝わってくる。

「どうやら、船が無事動いたようだ」

「兵も、もう襲ってはこんな」

「王党派の士気を挫くには十分だろう。奴らの破滅の始まりだ」

 ワルドはそう言って、格納室を去る。敵を蹴散らした以上、俺もここにいる理由はない。甲板へと足を運んだ。

 

 

「『ロイヤル・ソヴリン』が!! 我らの希望がぁあああああああああああ!」

「何としても沈めろ! 奴らを生かして返すな!」

 甲板に出ると、そんな悲鳴が船の下から聞こえてくる。

 端から下を覗いてみれば、絶望の表情を浮かべた兵士や将校の姿があった。

 まさか本当に船が飛ぶとはな……。そんな考えを巡らせた後、ふと甲板に目を向ける。

 

 甲板では既に、多数の竜や騎士だったモノ(・・・・・)が、地面に転がっていた。

 その中心には奴……志々雄真実が悠然と立っている。その隣に再び、ワルドが傅いた。

「御見事、シシオ様。火竜騎士程度ではもう物足りませぬか」

「まあな」

 それだけ告げると、志々雄は刀を収める。奴の刀からは、膨大な熱をその刀身に帯びているようだった。

 やがて船内の入り口から姿を現す者がいた。オリヴァーとか言う聖職者だ。

「シシオ様、誰か蘇らせますか?」

「別にいい。将校ならまだしも、一兵卒蘇らせても面白くもなんともねえだろ」

 そう言いながらも、志々雄はこちらに目を向けた。俺の心情を読み取っているかのような目だ。

「じゃあコイツだ」

 志々雄は適当に蹴った死体でそう言う。また「後ありったけの爆薬を用意しろ」と、ワルドに告げた。

「「御意に」」

 ワルドとオリヴァーは、同時にすぐさま動く。ワルドは杖を振り、遠くにある爆薬の樽を宙に浮かせて持ち運んでくる。

 オリヴァーは、その死体に手を翳す。まばゆい光が指から死体へと移ったかと思うと、やがて死体が目を覚ました。

「おはようございます! シシオ様! 何なりとご命令を!」

 死兵は起き上がり、志々雄に恭順の意を示した。

 成程、嘘ではないらしい。内心驚嘆する。だが、あくまでこの兵を蘇らせたのは、自分に見せつけるため……、という意味合いの方が大きいのだろう。

「どうだ? 少しはこの世界に、興味を持ったか?」

「まあ、なかなかどうして、愉しめそうだな」

 これ自体は本心だった。こちらの常識が良い意味で通用しない。暫くは新鮮な驚きを得られそうだと確信した。

 そして先ほど殺し合って、今は味方ですという顔をした兵を見やる。

 どうやら意志というものはないようだ。なら自分は『死人』ではないのだろう。あくまで自分は自分だと思えるのだから。

「とりあえず、お前」

 ここで志々雄は、ワルドが持ってきた爆薬樽を親指で指さし、握り飯を買ってこさせるような気軽さで、死兵に言った。

「あれ抱えて自爆してこい」

「了解しました!」

 兵は敬礼すると、魔法を使い爆薬を、縄で自分と固定する。

 そして――――。

 

「レコン・キスタばんざぁああああああああああああああぃぃいいいいいい!!」

 

『フライ』で浮かび上がり、そのまま建物へと直撃。大爆発を起こした。

 下では慌てふためく、怪我で呻く兵たちであふれかえる。

 

 それを見届けた志々雄は、事も無げにこう言う。

「まあ、こんなこともさせられるってワケだ」

「で、これからどうする気だ?」

 もう『死人』などどうでも良かった。とりあえず、次を、これからを聞く。

「とりあえず、王党派……、まあ敵だな。そいつを滅ぼす」

「成程、分かりやすい」

「まずはコイツを『ロサイス』まで運ぶ。あそこは既に俺たちが占拠したからな」

 後で聞いたが、どうやらここは『ダータルネス』という港であるらしい。

 反乱の拠点となった『ロサイス』を抑えた後、虎の子の『ロイヤル・ソヴリン』を奪取するために夜襲を仕掛けている最中……だったとのことだ。

 これで相手側は、主要な港全てを抑えられてしまい、制空権を取られる格好になったという。

 

 まあ、そんなこと、今となってはどうでも良かった。

 

 下は再び阿鼻叫喚に包まれた。百八ある砲門から、ひっきりなしに火が吹いている。

 それが様々な建物を燃やし、壊し、崩していく。

 炎の焼け跡と、血と死体の匂いが充満する。

 ここには『戦』がある。それだけで心が、弾むような気持ちになった。

 

 

「トリステイン?」

「ああ、そこで『貴族殺し』をしてみねえか?」

 あの後、しばらくは『レキシントン』と改めた『ロイヤル・ソヴリン』に乗り、戦を転々としていた。

 やることは変わらない、ひたすらに敵を、人を斬る仕事だ。

 戊辰の時とはまた勝手の違う戦いに、最初は大いに楽しんでいたが……、状勢がこちらへ傾いてからは、戦わずに背を向ける者を斬ることが増えてきた。

 斬ること自体は楽しいが……、何ぶん面白みがない。贅沢な悩みだが、如何ともしがたい靄は抱え始めていた。

 そんな心情をくみ取ったのだろう。ある日、志々雄はそう言ってきた。

「そろそろワルドを国に帰さねえと怪しまれるってんでな。ついでだ、奴の手引きで人斬り仕事、やってみたらどうだ?」

 聞けばワルドという男。元はトリステインという国の貴族であるらしいが、『ある任務』を受けてこの白の国の偵察に来ていたとのことだ。

 そこで志々雄と出会い、圧倒的強さとカリスマに惹かれて、トリステインやアルビオン王党派に弓を引くことを決めたと、そんなことを言っていた。

「ワルドが此方側に回ったってことがバレねえように、今の状況をある程度向こうに伝えてやらねえとな」

 アルビオンを統一した際、次なる地上侵攻にはトリステインを選んだという。

 寝返ったワルドからの情報によると、トリステインは主要四国(ゲルマニア、ガリア、トリステイン、ロマリア)の中では領地も国力も弱く、あげく先王も死んで王位継承すら宙に浮いているという状態らしい。そのため内政も実はガタガタなんだとか。

 確かにそう聞くと、ほぼ労せずして国を手中に出来そうだ。

「まるで占領してくださいと言わんばかりの有り様だな。うふふ」

「だろう?」

 ワルドは、向こうでは魔法衛士隊という高い地位にいるらしい。枢機卿からの覚えもいいとか。

 成程、間諜にはうってつけだろう。

「で、今のうちに国力を殺いでやろうというワケだ。その実行役が」

「俺か」

 まあ、これ自体は良かった。そろそろ別の刺激が欲しいと思っていたところだ。

 むしろ完全な敵地での暗殺という、かつて東京で行っていたことを思い起こさせるような任務。断る理由などなかった。

 

 

 その後は、トリステインに渡りワルドの伝手を受けて貴族の暗殺を行ってきた。

「た、頼む……。命だけは……」

「うふふ。貴族様も、維新志士様と大した違いはないようだねえ。どいつもこいつも手前勝手な豚共ばかりだ」

 

 

 ただ、ひたすらに貴族(ブタ)を斬る。

 最初の頃は、裏から回って貴族だけを効率よく殺していたが、それだけではつまらなくなって、東京の時のように斬奸状を送りつけるようにした。襲撃時刻など、細かな文面はワルドに補正してもらったが。

「なんでこんな手間がかかることを……」

「まあいいじゃないか。出てくる豚共は全部斬ってやるよ」

 ワルドはしきりに文句を言っていたが、被害が多ければ多いほどこちらにとっては好都合なのも事実。俺の実力が本物と知るや、文句も静かに消えていった。

 王宮も、最初は馬鹿にし、さして取り合わそうともしてなかったが……、事件を五、六件ほど起こしてやったら宮廷がざわついていく感触が、遠目からでも分かるようになった。 

 それ以降、護衛の数は一気に増えた。中には王室から一個小隊借り受けてきた奴もいた。

 

 当然、全部斬った。

 

 連中がどんどん、慌ただしくなる様が、手に取るように伝わってくる。

 だのに連中は、ただ数だけを送ってよこす。碌に対策というものをしてこなかった。

 威信だの面子だのを優先し、箝口令を強いていたが、所詮は無駄な努力。ただの徒労に終わっていた。

 すぐさま、とは言わないまでも『貴族を殺す人間がいる』という噂は、影で、しっかりと広まっていった。

 成程この国は力だけではなく対策を立てる知恵すらないらしい。指示を出す王族がいない所為、というのもあるだろうが……。ワルドが見限るのも、うなずける。

 なんならいずれ自分独りでも落とせそうだ。そう錯覚するほど、この国はもろかった。

 そんな折――。

 

 

「土くれのフーケ?」

「ああ、お前と同じくらいに今、この国を騒がせている盗賊さ」

 ブルドンネ街の、暗がりに潜む宿の一室。当時俺は、煙草を吸いながら『偏在の』ワルドの話を聞いていた。

 土くれのフーケ。盗みを働くケチな悪党。

 仔細を知った時、そんな感想しか思い浮かばなかった。至極どうでもいい。

「で、そいつを次に斬ればいいのか?」

「いや、なんでも学院へ盗みに入ってそのまま捕まったらしい」

「抜け作ここに極まれり、だな。それで?」

 そんなどうでもいいことを話しにきたのであれば、この『偏在』もまた斬ってやろうかと、考えを巡らせていた時だった。

「話は最後まで聞け。奴を此方側へ引き込めないかと、思案している所だ。調べたところ、奴はアルビオン人らしい。しかも王党派に恨み骨髄ときたものだ」

「使えるのか? むざむざ捕まるような奴が」

「そう言うな。その捕まった理由にしても、お前からすればかなり興味深い話だと思うぞ? 一度聞いてみたらどうだ」

 そんな話を続けるうちに、煙草を一本、吸い尽くした。

 まあ、この国で難攻不落と言われるチェルノボーグ監獄については興味があった。たまにはそういう潜入任務も、悪くはない。

 仕方なく、ワルドの言葉に従うことにした。

 

 

「『土くれ』だな? 話をしにきた」

「話、ですって?」

「単刀直入に言う、アルビオンの革命に加わる気はないか? マチルダ・オブ・サウスゴータ」

「なっ! どういうことよ……?」

 煙草を吹かせながら、隣の仮面の男、ワルドとフーケの会話を聞いていた。

 案外大したことなかったな。番兵の連中が弱すぎる。

 まあ、今回はワルドもいたから、牢屋までの最短通路は抑えられていた、というのもあるのだが。

「我々はハルケギニアの将来を憂い、国境を越えて繋がった貴族の連盟さ。我々に国境はない。ハルケギニアは我々の手で一つになり、始祖ブリミルの光臨せし『聖地』を取り戻すのだ」

「……馬鹿言っちゃいけないわ」

 鉄格子の先には、フーケが顔を青くしながらワルドと話を続けている。

 エルフ、という種族には興味があった。なんでもこ奴らでも手を焼くほどの強さだという。いずれは俺も聖地に行ってみたいものだ。少しは楽しめるだろう。

 もういいか? とワルドに目配せする。まだごねるようならこのまま斬り捨てるつもりだった。

「『土くれ』よ、お前は選択することができる。我々の同志となるか――」

「その男に、斬り殺されるか……でしょ?」

 フーケがその言葉の後を引き取った。流石に荒事に慣れているだけあって、勘は鋭いな。

「あんたらの貴族の連盟とやらは、なんていうのかしら?」

「味方になるのか? ならないのか? どっちなんだ」

「これから旗を振る組織の名前は、先に聞いておきたいのよ」

 やれやれ、ようやくか。静かに鯉口を切る。

「『レコン・キスタ』だ」

 その言葉と共に、鉄格子を真っ二つに切り裂いてやる。予め回収しておいた杖を渡し、後はフーケの『錬金』で、壁に大穴を開け脱出した。

 

 

「まあ、一応助かったから礼は言っとくわ」

 脱出後、双月が照らす草原までワルドと移動した後、フーケはそう言った。

 まあ、助けたがっていたのはワルドだけ。そして奴にしても、利用価値があるか否かをこれから見定めるつもりであろう。

 とりあえず、俺は例の話が聞きたかった。煙草に火をつけながら、フーケに問う。

「お前、何で捕まった?」

「はあ? 最初に聞くの、それなの?」

「いいから答えろ」

「っ! ぅう~……」

 フーケは少し顔を赤くする。余程恥だと思っているのであろう。

 口元をへの字にしながら、話し始める。

「ちょっとヘマしただけさ。盗みは成功したんだよ! アイツさえいなければ……!」

「アイツ?」

「ある学生の使い魔にね、やられたのさ」

 使い魔、その存在は聞いている。主人が使役するという動物たちの総称。

 そんな奴にやられたのか、なるほど此奴の程度も知れるというもの。

「ちょっと待ってよ! そいつが召喚した使い魔はね、ただの動物じゃないの! 人間だったのよ!」

 こちらの心情を読み取ったのであろう。フーケは泡を食った様子で反論した。

 そして、次の言葉で、俺の心臓は一瞬縮した。

「あんたみたいな雰囲気した奴でさ。魔法は使えないくせに……、剣が滅法立つのよ。凄く強かったんだから! わたしのゴーレムを斬り飛ばすような奴だったんだよ!」

 

 剣客、俺と同じ……!?

 

 まさかな。

 そう考えつつも、心臓の鼓動が速くなっていく。思わず、顔を綻ばせる。

 煙草を握る手は、震えていた。

「そいつは、もしかしてラ・ヴァリエールの使い魔か?」

 隣でワルドが言葉を引き取った。ああそうだよ。とフーケ。

「ホンッットに、変な奴でさ。表面はニコニコしてるくせに、すぐわたしの正体を見抜いてきて、何て言うか……、よくわからないんだよね」

「外見は?」

「そんなに気になるのかい? その使い魔のこと」

「いいから答えろ」

 ワルドが急かす。俺も次の言葉を、早く聞きたかった。

 一方のフーケは、何がそんなに気になるのか、よく分からないといった表情のまま、思い返すような風情でこう言った。

 

「えーと、服はここいらじゃ見ないものだったね。腰に剣を差してて、赤い髪で女のような顔をした男で……ああ、そうそう、左頬に確か十字傷があったね」

 

 その言葉を聞いた時、思わず、持っていた煙草を落とした。

 いずれ来るだろうという、そんな確信は持っていたが……。

 恐らく自分は今、これ以上ないくらいの喜悦を浮かべているのであろう。分かっていても、抑えられない。

 フーケが怖気を持った目で此方を見てくる。だがそんなことはもう、どうでも良かった。

 紫煙を一気に吐き出し、次の言葉を月夜に向け放つ。

 

 

 

「「来たか、抜刀斎」」

 

 

 

 奇しくもそれは、志々雄がワルドから受け取った手紙を見て、獰猛な笑みを浮かべてそう呟くのと同じタイミングであったという。

 

 

「お前、知ってたな? その様子だと」

 フーケと一旦別れた後、二人になった草原にて、ワルドに尋ねた。

「そやつが土くれを捕まえたという確証まではなかったが……ルイズの事を調べていた時にな。人間を召喚したと学院で騒ぎがあったというのも気になって、王立図書館で本も漁ってきた」

 ワルドは事も無げに言う。既にその特徴を調べ上げ、志々雄に先んじて手紙も飛ばした、と続けた。今頃はその手紙を読んでいる頃合いだろう、とも。

「奴の左手、それはかつて始祖ブリミルが使役した者『ガンダールヴ』なのではないか、とも言われていてな。そ奴は単騎で千人の軍隊とやり合ったという逸話も残されている」

「逸話通りじゃあないか。良かったな。古い伝承が真実だと証明出来そうで」

 実際、本気になった奴にはそれぐらいの『力』があることは、百も承知だった。闘った自分が何よりも分かっている。

 それを聞いて、ワルドは若干、言葉を詰まらせた。

 そして質問してくる。

 

「もし奴が、本当に『ガンダールヴ』だとして……、闘ったらおれは勝てると思うか?」

 

「……愚問。だな」

 まだ紫煙を揺らめかせる煙草を踏みつけ、ワルドの、仮面の奥で揺れているであろう瞳に向けて、きっぱりと告げる。

「俺は抜刀斎に一度敗れた。『奥の手』を使ってもなお、一瞬で腕を折られてな」

 折られたはずの右腕を撫で、次いでこう、告げてやる。

 

 

「そして俺は、『奥の手』など使わずとも煙草一本吸いつくす前に、お前の『偏在』を軽く十体は殺せるぞ」

 

 

 ぐむっ……と、ワルドは顔を歪める。仮面越しにでもそれが分かった。

「だが、それでも……」

「まあ、挑んでみればいいんじゃないか? もしまだ、奴が『不殺』なんて甘い考えでいるのであれば、命までは取られんだろう。腕一本、持っていかれるぐらいだろうな」

 授業料だと思えばいい。

 そこまで聞いたワルドは、少しため息をついてこう続けた。

「まだ策を考えている途中だが……、おれはいずれ、ルイズを手籠めにするつもりだ。あの子さえ手にしてしまえば、使い魔は主人に絶対服従。どうとでも抑えられよう」

「そう上手くいくとは思えんがな」

「なんにせよ、そろそろ王党派との決着がつきそうだ。連絡によると、我らの軍は既に城塞ニューカッスルを包囲したらしい」

「じゃあまずは、そっちから片付けるか」

 何だかんだ言って、王党派への総攻撃には参加したかった。逃げ場がない奴らは、それこそ窮鼠猫を噛む勢いで襲ってくるのを、知っているからだ。

 ワルドは抜刀斎とやり合いたいようだし、ここは譲っておいてやろう。

「一足先に船でアルビオンに戻る。奴とやりたいなら好きにしろ。……忠告はしたからな」

 そう言いおいて、一人佇むワルドを残しその場を去った。

 

 

 そして一旦、俺はアルビオンへと戻った。

 その間、ワルドの奴はトリステインとゲルマニアの同盟破棄ができるという『手紙』を求めて、抜刀斎やルイズという小娘と共に、お忍びでアルビオンへ向かうとの連絡が入った。

 何とも面白い組み合わせだが、今はこっちだ。

 

「お前が王か?」

「いかにも、朕こそがアルビオン最後の王、ジェームズ一世なり」

 荒れ果てた玉座で、年老いた男が、杖を掲げて叫ぶ。

 別の部屋からは特攻爆撃がひっきりなしに響いてくる。捨て身となった相手の軍は、火薬を身に纏って一人でも多くの敵を葬らんとしていた。

 正直、斬った人間より自爆で焼け死んだ人間の方が多い。そんな狂気溢れる最後の戦い。

「お前は自爆せんのか?」

「ふん、臣下が勇んで戦い斃れる様を見て、朕が手をこまねくと本気で思っておるのか?」

 どうやら準備はしていたらしい。最後の王が杖を振り上げると、周囲一帯に火薬が舞った。

「臣下の、民の仇 その身に受けるがよいわああああああああああああああああ!!」

 部屋ごと爆撃か。周囲の、レコン・キスタの兵が慌てふためく。

 その間に王は呪文の一句を唱えようとして……よろけた。

 どうやら年らしい。今は怒りで何とか身を奮い立たせているのだろう。

 なら、あえてその闘志、へし折ってやろう。

「カッ!」

 肺どころか、心の臓を止める勢いで剣気を、『心の一方』を放つ。

「―――ぐおっ、かっ……はぁ!」

 目から大粒の涙がこぼれる様を、ずっと見やる。

 無念。そう呟き、王は斃れた。

「ウェールズ、せめて……、お前、だけでも……」

 そんな言葉が聞こえたが、もうどうでもいい。王族らしいが所詮老いぼれ。

 戦えぬ愚図など、刀の錆にすら惜しい。

 そんなことより、後は奴のみ。

 逸る気持ちを抑え、奴がいるという、礼拝堂へと赴く、走る。

 誰よりも先陣を切る勢いで、奴の所へ……抜刀斎の所へと向かった。

 逸りが、喜悦が、叫びを生み出す。

 

「抜刀斎ぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!」

 

 だが、もうそこには何もなかった。

 王子の死体だけが、そこにはあった。

 

 

 アルビオンは倒壊した。振り返ってみれば、何とも呆気ない。そう感じた。

 ワルドは案の定、抜刀斎に腕を持っていかれたらしい。最後は自分から腕を斬り飛ばしていたが、あれではもう使い物にならなかったであろう。

(それにしても、ワルド相手に王子をみすみす討たれた……ねぇ)

 ワルドが一瞬のスキをついてウェールズを葬った。と聞いた時は、そんなことありえるのか? と疑ったものだ。抜刀斎がいる状況の中で……。

 今の奴は一騎当千の力こと、『ガンダールヴ』のルーンがあると聞くが……。

(もしや、与えられた力をまだ、制御できていないのだろうか?)

 なれば、隙はあるのかもしれない。今度『契約』魔法について、誰か尋ねてみるか。

 

 その後の『親善訪問』についても、真意は当然知っていた。『レキシントン』に乗り、今度はトリステインとやり合うつもりであった。

 その最中、タルブとかいう村の上空で、志々雄が抜刀斎と相対したのは知っている。

 どこから自分は割り込んでやろうか……、と機を窺っている隙に、『あの光』が、全てを持っていった。

 

 

『レキシントン』含む、屈強らしいアルビオン艦隊は、一気に壊滅した。

 

 

「あれが本当の『虚無』か?」

「まあ、俺も見るのは初めてだな」

 空の国に戻りながら、志々雄真実に今の現象について尋ねる。

 抜刀斎を召喚したのは年端もいかない、ルイズという小娘なのは知っていたが、どうやら眠っていた力とやらが遂に目覚めたらしい。

 後、オリヴァー・クロムウェルの使う魔法は『虚無』なんかではなく、『アンドバリの指輪』によるものだということも、この時知った。

「いいのか? あんな魔法連発されたら、一瞬にしてお前の国は焦土になるぞ?」

「魔法は精神力に由来するそうだ。思うに、あれは『今まで魔法が使えなかった』という負の感情の発露。そう何度もぶっ放てねぇよ」

 そのための使い魔だろうからな。志々雄は言った。

(魔法は感情に由来する……か。まあ、知識として頭に留めておくか)

 

 タルブ侵略失敗後。

 その間俺は、アルビオンに散った残党狩りをしながら、再びその時(・・・)を待った。

 

 

 

「でな、傑作だったのは、その村は疫病でもなんでもなかったってことだ」

 アルビオンで王党派の残党狩りをしていた際。

 磔にした哀れな騎士たちを火あぶりにしながら、楽しげな様子でメンヌヴィルは話していた。残党狩りで一時期、こ奴と組んでいたのだ。

「ならば、どうして村一個滅ぼしたのだ?」

 懐から煙草を取り出しながら、問い掛ける。

 メンヌヴィルは薄く笑うと、短く詠唱。煙草の先端に小さく火が付き、紫煙がその場に漂い始めた。

「新教徒狩りさ」

「新教徒狩り?」

「ロマリアから圧力がかかったのさ。一人テメエの国から逃げた新教徒の女が、その村に匿われたと。その地方はけしからんことに新教徒ばかり。今後もこのようなことがあっても面倒、とついでだからまとめて燃やしたってワケだ」

「不都合なことはまとめて葬る。まあ、よくある話だな。別に珍しいことでもあるまい」

 時代が移り変わろうとも変わらぬ権力闘争や権謀術数を思えば、そういった悲劇は埃のように出てくるものだ。それを思えば、おかしくもないことだろう。

「ホウ、お前のいた場所も、相当腹黒い策謀が繰り広げられているのだな」

 驚きもせず肯定してきたことに少し興味を惹かれたような顔で、メンヌヴィルは言った。

 メンヌヴィルはさっきから、楽し気に二十年前の燃やした村の話をしてきた。なんでもそこの隊長がすごかったとか。顔色一つ変えずに女子供を燃やしたとか。

 なんとも、そんな奴がいるのならぜひ会ってみたいものだな。

「ああ、オレも会って礼をしてえんだ。貴族の名を捨てたことも、人殺しになったことも含めて、オレは何一つ後悔してねえが……、あいつに会えねえ、それだけがオレをキリキリさせんのさ」

 しばし、気が触れたようにメンヌヴィルは笑った。奴の熱気に当てられるように、背後で磔刑にされていた奴らの火も、火柱のごとく燃え上がっていく。

 その様を見ながら、ここまでメンヌヴィルの話を聞いてやっていた礼を求めるような感じで、話を切り出す。

 

「なあ、使い魔の『ルーン』とやらは、主人の危地と共に覚醒するという話は本当か?」

 

 ここで、気が触れたように笑っていたメンヌヴィルも我に返ったように頷く。

「使い魔? ああそうだな。そういうもんだって昔、習ったことがあるぜ。まあオレは、テメエの使い魔なんて召喚した瞬間に、真っ先に燃やしちまったけどな」

 けらけらと笑って、再び自慢話に入るメンヌヴィル。まあ、それでも聞きたいことはある程度聞き出せた。

 上手くいけば、奴を抜刀斎に変貌できるかもしれない。

 次は間違いなく、抜刀斎とその主人とやらの直接対決が挑めることだろう。

 そんな折、俺の背後に死人がゆったりとやってきた。

 死人は手紙を見せる。「読み上げろ」と、その死人に向かって俺は言う。文字は読めん。

 死人は、口内に尖った小さな牙(・・・・・・・)を覗かせながら、ゆったりとこう告げた。

 

 

「トリステインの貴族狩り、再開。次の標的、抜刀斎。そして虚無の小娘」

 

 

 ワルドが腕を壊したため、代役を立てるために今まで遅れたという。

 代わりに入ってきたのは、『元素の兄弟』とかいう、裏社会では名うての掃除人とのこと。

 その次男坊、ジャックはかつて、ガリア時代に志々雄真実の暗殺を請け負い失敗した『縁』でこの繋がりができたらしい。

 ただ、奴はその話はかたくなにしようとはしなかったが。まあ失敗談など、誰も自分からは言いたくないだろう。

 

「これが暗殺の名簿か」

 残党狩りはメンヌヴィルと他の死人達にまかせ、俺は足早とトリステイン行の船に乗った。

 そこでジャックと打ち合わせを始める。まずは先遣として、俺とこのジャックがトリステインの貴族暗殺を再開させる。

 その噂を流して抜刀歳たちをおびき寄せる。という形で作戦を取りまとめた。

 まあ抜刀齋と小娘の暗殺については、肝心の似顔絵を三男坊のドゥドゥーが持って行った挙句失くしたとか。

 抜刀齋の顔は知っているので今更だが、これで掃除屋を謳っているのは笑わせてくれる。

「すまん。弟の非は俺が詫びよう」

「まあ、別にどうでもいい。殺しを続けていれば、奴の方から現れるだろう」

「……奴を知っているのか」

「ああ、よおくな」

 

 いよいよだ、いよいよ、あの時の続きが味わえる。

 ずっと焦がれていた、あの兇刃を、今度こそ貰うのだ。

 

 それだけで心が弾んでくる。奴は今頃、俺のはるか先を往く強さを得ているのであろう。必要であれば、小娘は人質にでも使うか。

 奴はまだ、『不殺』を掲げていると言っていた。まだそんなものにしがみついているのか。

 ならばもう一度、思い出させてやろう。脳裏に一瞬、抜刀斎の顔が過る。

 

 

『あの人はもう、不殺の道を行くと決めた人。彼の事は、もう放っておいてあげてほしい』

 

 

 別の声が、脳裏に響く。

 そして次の瞬間、赤い髪に十字傷の男が……、青い髪に碧眼を湛えた少女に、変化した。

 

 

『代わりに、死合いにはわたしが付き合う』

 

 

 ああ、そうか。これは……走馬灯。

 なぜ自分がここに来たのか、それが閃光のように今、駆け巡っていたのであろう。

 ここで視界は、最後に学院の食堂。その目の前にある、青髪の少女へと切り替わった。

 そして自分の胸は……、彼女の持つ赤い刀で、横一文字に断たれていた。

 心臓まで達したその剣先を、兇刃を、今、自分は味わっていたのだ。

 自決などでは味わえない、本物の殺意ある一閃を。

 

 

 

「う、ふ、ふ。この、感触……、いい、ねぇ……」

 

 

 

 ようこそ、修羅の世界へ。

 斬る感触を、斬られる感触を両方味わいながら、遂に逝ける。

 最高の最期だ。

 万感の笑みを浮かべながら、或いは、新たな修羅の産声を聞けたことに満足しながら。

 ついに『黒笠』鵜堂刃衛は、笑って息を引き取った。

 

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