るろうに使い魔‐ハルケギニア剣客浪漫譚‐   作:お団子

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新年あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。


第七十七幕『それぞれの思惑』

 

「いくのか?」

「ああ」

 アルビオン首都、ロンディニウム。ハヴィランド宮殿。

 玉座に腰かけながら、志々雄真実は静かに問う。

 彼の目の前には、今まさに黒笠を被って出口の扉を開けようとする……鵜堂刃衛がいた。

「抜刀斎はどうやら、あの時以上に腑抜けになっているようだからな。俺が行って、目を覚まさせてやるよ」

 志々雄は何も言わず、懐から煙管を取り出し火をつける。

 彼が何も言わないので、刃衛は更にこう続ける。

「ありがとうよ、お前さんと出会えたおかげで俺はまた、あの男とギリギリの殺し合いを愉しめる」

「別に構わねえよ。俺もお前のおかげでずいぶん楽させてもらった。……だがいいのか?」

 煙をくゆらせながら、志々雄は尋ねる。

「ルーンを碌に制御できねえ抜刀斎が相手で。お前は満足できるのか?」

 どうせやるならそのルーンの力を使いこなした緋村剣心だろう。志々雄の言に、しかし刃衛は否と首を振る。

「これ以上はやはり、待ちきれなくてな。お前さんがこの滾りを鎮めてくれるというのであれば、もう少し付き合ってやってもいいが」

「フッ、そうかい。お前さんが新撰組から追放されるのが、なんとなく分かった気がするぜ」

 腕は立つが、やはり狂犬か。

 人斬り集団と恐れられた壬生狼ですら、持て余していたのも納得だと志々雄は思った。

 こういう輩はいずれ、組織破綻の鍵となる。こいつは間違いなく、かつての四乃森蒼紫と同じく、孤高に生きる手合いだ。

 なので志々雄自身は、刃衛を最大の手駒である『十本杖』に加えず、外部の傭兵という形で、『同盟』という形で刃衛を使っていた。

 だが、アルビオンでは最前線で数多の将軍、トリステインでも数多くの貴族を討ち取ってきた彼の功績は、素晴らしいものがあったのも事実。

 抜刀斎討伐を直に刃衛に命じたのは、そうした礼も兼ねているというのもある。

「おそらく俺はもう、ここには戻らんだろう。力を完全に使いこなした抜刀斎とは、あんたがやればいい」

 そう言って刃衛は扉を開ける。その背中に向けて、志々雄は言った。

 

「刃衛。お前はメイジじゃ満足できなかったか?」

「……ああ、どいつもこいつも木偶の坊ばかりだった。俺の『心の一方』をはねつけられる奴は、終ぞいなかったな」

 

 心底つまらなさそうな声だ。魔法の才に胡坐をかいて、心を、身体を鍛錬してこなかった貴族(ブタ)共の今わの際を、思い出しているのであろう。

 それを聞いた志々雄は顔を天井に向けて、しばし思いにふける。

 何故か脳裏に、彼女……、修羅に目覚めかけていた、青髪の少女の顔が過ったからだろう。

 あいつと刃衛が出会った時、どんなことが起こるだろうか?

 そんな疑問がふと浮かんだ志々雄は、もったいつけるようにこう続ける。

 

「これは俺の予感なんだが、お前を殺すのは案外、抜刀斎なんかじゃなく」

「ふむ?」

「お前が見下すメイジかもしれねえぜ」

 

 それを聞いた刃衛は、黒笠の奥で静かに笑った。

 この盤面において、志々雄が適当を言う性格じゃないのはもう、分かっているからこそだろう。

 

「魔法という不可思議な現象で訳も分からず殺される……か。それもまた一興かもな。うふふ……!」

 

 そう嘯きながら、刃衛は去っていく。

 そしてこれが、志々雄が見る、最後の刃衛の姿となった。

 

 

 

るろうに使い魔

 

-アルビオン動乱編-

 

 

 

 アルビオン首都、ロンディニウム。ハヴィランド宮殿。

 志々雄真実は、ふと目を開けた。

 いつの間にか眠ってたらしい。組んでいた腕を解き、周囲を見渡す。

 特に何も変わった様子のない、見慣れた王室。かつてテューダー王家から奪い取った部屋だ。

 だが、何かしら言いようのない予感があった。だから目が覚めたのかもしれない。

 そしてその予感の正体を、探ってみる。

 

(刃衛の奴、くたばったか?)

 

 何故か、そんな予感があった。自分に近いものを持ちながら、だからこそ決して自分とも、抜刀斎とも相容れなさそうな剣客。

 結局、奴がどこからこの世界へ来たのかは……分からないままだった。そういう『門』が時折開くのか、何かしらの偶然が重なったのか。

 だがまあ、どうでもいいことだ。

 何となく奴は、奴自身が満足しながら逝ったのだろうという、確信だけはあった。

 懐からキセルを取り出す。火をつけ、何と無しに煙を吹かせた。

 やがて、コンコンと扉を叩く音が聞こえてきた。

「失礼します」

 そう言ってやってきたのは、最初に『十本の杖』の一人に加えてやった男、オリヴァー・クロムウェルだった。

 

「オリヴァーか? 何だ?」

「ええ、例の作戦の件と、あと少しお話をさせて頂ければと」

 あの後……、青い焔を見たクロムウェルは、どこか澄ませたような表情で淡々と雑務に励んでいた。

 トリステイン、ゲルマニア、そしてガリア。

 これから三国の敵軍が、自分を吊るそうと迫ってきているのに、もうそんなことすら、どうでもいいことと感じているような顔。

 煉獄の如き強さの炎に魅せられ、内に秘めた黒い情景を……、どこまでも発散させているかのような、そんな感じの笑みを今は湛えていた。

「この『瓶』、全てこの私が使ってもよいとお聞きしましたが、本当によろしいので?」

 オリヴァーは、小瓶を手に志々雄に伺う。その中には血の付いた刃物が何本か入っていた。

 

 ラ・ヴァリエール襲撃事件時で得た、抜刀斎の血が付いた刃物だ。

 

「ああ、構わねえ。『スキルニル』でもすれば、それなりに使える私兵になるだろうぜ」

 スキルニル……、血を垂らすことで、その者そっくりに変化する魔法人形。

 たとえ凝固したとしても、突き刺せるのであれば発動するのは確認済みだ。

 下手なメイジの軍団より、はるかに手ごわいであろう『剣士の種』を見やりつつ、オリヴァーは続ける。

「ありがとうございます。それともう一つ。ガリアの件ですが……」

 恭しい顔から一転、鋭い視線を今度は投げ放つ。それはもう、『皇帝』という重責に扱い兼ねているような、悲壮感溢れる顔ではない。

 この戦いの裏に、様々な策謀が、折り紙のように重なり合っている。それを察しているかのような目だった。

(人間、何で変わるか分かったもんじゃねえな)

 そう思いながら、『修羅』の力に目覚めかかっている……元は貧弱だったはずの、この一司教の話に耳を傾ける。

「数日前、ガリアは我らに対し宣戦を布告しました。あぁいやいやご心配なく。浮足立っている貴族派の連中は、私がどうとでも抑えて見せましょう。そんなことよりも――――」

「ジョゼフが何を企んでいるかを、聞きてえのか」

「はい。――――と、答えられれば詮無きこと。一つ、私の推測をお聞き頂ければと」

 そう言って一つ咳をする。そして、いきなり確信をつく一言を発した。

 

 

「この国には、まだ『種』が眠っている。大きな火を生む種だ。それをジョゼフ王は察した。だからそれだけでも先に掬いあげようと、仕掛けてきた。……どうでしょう?」

 

 

 ここで志々雄は窓を見た。まだ二つの月が明るく此方を照らしている。

 時間通りであれば、今はダータルネス方面でガリア、ロサイス方面でトリステイン・ゲルマニア連合との小競り合いが行われている事だろう。

 実際、そこまで空戦には期待してなかった。というより、あえて白の国に足を踏み入れることを、許可してやっていた。と言ってもいい。

 何だったら奴らは、サウスゴータまで吸引しても良いとまで、思っていた。

 奴らは間違いなくそこまで来る。なれば、そこに向けて罠を張る。巨大な罠だ。

 その罠にはまり、身動きできなくなったところを叩き潰す。その準備は既に、できている。

 快進撃を続けていると思わせ、油断している顔を一気に絶望で染め上げる。その瞬間が今から楽しみだ。

 最初はその捨て身の案に……、身の安全から反対していたクロムウェルだったが、今となってはもう、「こうしてはどうか」という案を投げかけてくるぐらいには積極的になっていた。

 

 さて、クロムウェルの今の質問に、志々雄はあえて尋ねることで返す。

「どうしてそう思った?」

「そうですね。単語で上げるとすると『虚無』、『王権』、『ブリミル』、『血筋』……、そして『エルフ』と、『マチルダ』。といったところでしょうか? それらの単語をつなぎ合わせて、今の回答に至りました」

 クロムウェルも当然、『虚無』の事を知っている。だが必要以上の情報は与えてなかった。

 特に理由はない。強いて言えば……、ここからこの司教が、本当の意味で『十本杖』の一員足りえるのか、それを見極める判断材料にしていた。

 志々雄もまた、軍略や政略を考える人間も必須だということは、勿論弁えている。

 前者は才槌、後者は方治が担っていたが……、こいつははてさて、奴らの域にまで至れるのか。それを確かめている途中でもあった。

 

 クロムウェルの方も、それは薄々察していた。『皇帝』の地位も、傀儡としての適性を見るためだということを、十分に理解している。

 最近は扱い兼ねて潰れかかっていたが……、今は違う。ただ、ひたすらに志々雄のために。そのためならば、もう己が命すら、惜しくはない。

「マチルダ。――ああフーケですな。あの時の彼女の顔。あれは間違いなく隠している(・・・・・)顔でした。私でもそれは分かります」

「別に追い詰めたつもりはないんだがな」

 これ自体は本心だった。だが『エルフ』の単語が出た時、誰が見ても分かるぐらいに、彼女は顔を青くしていた。相当、危機感を抱いたらしい。

「その時、ふと思ったのです。この『革命』の、そもそもの起こりは何だったか」

「俺たちが討ち取った王様、ジェームズ一世っつったか。奴はてめぇの弟を粛清したんだったな」

 ふと、志々雄の脳裏にジョゼフとシャルル兄弟がよぎった。あいつらも、よくここまでこじれにこじれたもんだなと、つまらなさそうに頭の片隅で感想を残す。

「はい。私はアルビオンの全ての貴族を、頭に入れております。系図、紋章、土地の所有権……、管区を預かる司教時代に、全て諳んじました」

 事も無げに、クロムウェルは言ってのける。

 

「ジェームズ一世の弟、モード大公はかつて、サウスゴータを含む広大な土地を治め、王家財宝の管理を任される高い地位におりました。しかし――――」

「兄王によって、牢獄にぶち込まれた」

「はい、大公自身が特にやらかしたわけではありません。問題は彼ではなく、その妾」

 

 志々雄はキセルの煙を吐き出した。そのままクロムウェルの話を聞く。

 

「何を隠そう、妾の正体は『エルフ』でした。それがある日、白日の下に晒された。王は弟からすべてを取り上げ、軍を使い妾を消した。そこまでは、確かに記録にも残っています」

「で?」

「そこから、この『革命』は火種のように燻ぶりました。シシオ様もご存知でしょう。『始祖ブリミルから賜りし王権を、こともあろうに仇敵たるエルフに授けるとは何事だ!』と。そのように噂を流し、そこから不満を抱えた貴族を誘惑し、それが戦になり、そして最後にシシオ様が」

「滅ぼした。そうだったな」

 

 思い返すと遠くへ来たもんだ。そんな風に紫煙を燻らせる。

 振り返りも、もういいだろう。志々雄は改めて、クロムウェルが何を言いたいのかを問う。

「その火種を振り返って、どうして先の結論に至った?」

「はい、反乱が起きるとあっさりと、王権は崩壊しました。まるで始祖の恩寵など存在しなかったかのように。恐らくここでしょう。シシオ様が疑問に思った点は」

 そう、ずっと疑問に持っていた。タルブで起こった『あの光』の時……、否、ルイズが人斬り抜刀斎を召喚したという連絡が入った時から。

 

 

「この国の『虚無』のご加護は、何処へ行ったか? そうでしょう? もし既に加護に目覚めているのであれば、こうは簡単に王家を落とせなかった筈でしょうからな」

 

 

 クロムウェルは一度、此方を窺う。志々雄もまた「先に進めろ」という視線をやった。

「ここからは、私も様々な本を漁り、調べました。始祖のこと、王国三権のこと、そして……過去には同じような『虚無』の担い手が、現れては消えていったことを」

「ふむ」

「しかし、過去に現れた担い手は必ず『王家』、もしくはその血の流れを汲む者に限られた。ルイズという娘も、遡れば王位継承権を争える家の出だとか。成程血筋としては合格点でしょう」

「ジョゼフの野郎は、言うまでもねぇと」

「その通り。ではこの国の担い手は何処へ? そんな疑問が、後にあのマチルダ女史の反応と、結びつきました」

 そこでクロムウェルは一呼吸置いた。そして、目を見開かせこう締めた。

 

 

「『虚無』という王家と、『エルフ』の血を受け継ぐ者が、この国で隠遁している。それを隠しているのがマチルダ女史。そしてガリアもまた、その答えにたどり着いた。いわば、この戦は王か貴族か、どちらが優れているかを競うものではない。その『虚無』を炙り出し、奪い合う戦だと思いました。どうでしょう?」

 

 

「よく辿り着いたじゃねえか。一応褒めてやるぜオリヴァー」

 クロムウェルの推測に対し、志々雄は軽い拍手で返す。

「ただ、一つ間違いがある。それは――――」

 ここで立ち上がり、拳を前に、力強く握って続ける。

 

「ジョゼフに、この国に『虚無』の担い手が隠れていると、そう告げたのは他ならぬこの俺だということだ」

「なんと!!」

 

 流石にクロムウェルも驚いたようだ。

「しかし、なぜそのようなことを?」

「奴とは一応『ダチ』だからな。こういうのは対等であるのが筋ってもんだろ。あと、強いて言えば――――」

 そう言って志々雄は部屋を出ようとする。これからクロムウェルと『例の作戦』について、うち合わせするためだった。

 クロムウェルとすれ違う。その時に顔だけ振り返ってこう告げた。

 

 

「『祭り』は派手な方が、より楽しい。そうだろ?」

「………然り。まったくもってその通りでございます」

 

 

 クロムウェルはにっこりと微笑んだ。何処までも、壊れた笑顔だ。

 そして共に、王室を一旦後にする。

「ミス・サウスゴータはどうするので?」

「特に何もしなくていいぜ。どうせあの反応じゃ近々勝手に動き出すだろう。それとなく網を張っておくだけでいい」

「承知いたしました」

「何にせよ、マチルダの奴が本格的に動き始めてからだな。この『戦』の、本当の始まりは」

 志々雄は笑った。クロムウェルももう、気後れするような表情もなく、澄ませた感じで後を追った。

 

 

 まともな精神ではとても生きてはいけない。

『修羅』とは、そういう生き物だ。

 

 

 

 

 

第七十七幕『それぞれの思惑』

 

 

 

 

 

 

 さて、視点を連合軍出立前へと遡る。

 ド・ポワチエ将軍の訓示が終わり、これから数多の軍隊が、フネに乗り込もうとしてたところでの、ラ・ロシェーヌにて。

「もし」

「おろ?」

 これから輸送船に、水精霊騎士隊やド・ヴィヌイーユ大隊と共に乗船しようとした時だった。

 ふと、剣心は背後からかかった声で立ち止まる。

「拙者のことでござるか?」

「ああ、呼び止めて済まない」

 振り向くと、そこには美髯を蓄えた、押し出しの強い初老の男性が立っていた。

 格好からして空海軍……それもかなり高い地位にいるであろう風格を醸し出している。

 はて、と剣心は首をかしげる。完全な初対面だ。少なくとも会ったような記憶はない。

「はは、きみはぼくの事を知らないだろうが、ぼくはきみの事を知っているよ。かのタルブでの戦で、風竜に乗ったワルドを倒したのを、この目で見させてもらった」

 軍人は、にこやかな顔でそう言った。

 タルブの名が出てきたことで、剣心もハッとした表情を作る。

「もしかしてお主、あの時の……『レキシントン』の乗組員でござったか?」

「ああ、正確には『ロイヤル・ソヴリン』だが……。まあ、そこの艦長を務めていたんだ。ヘンリ・ボーウッド。よろしく」

 そう言って、ボーウッドは手を差し出す。

 それを見て、剣心は改めて彼の瞳を見据える。どうやらあの時の戦の恨みをぶつけに来たわけではない。むしろ好奇と興味を持ったような光だ。

 タルブの戦で、捕虜になった元アルビオン士官を雇い入れたことは、アンリエッタから聞いている。勿論、アルビオンの現政権に不満を持つ者に限って……、だが。

 あの巨艦の艦長なれば、トリステインとしても是が非でも欲しい人材であろう。

 それに、話しぶりからわかる。彼自身は今のアルビオン政権を快く思っていないようだ。頑なに『レキシントン』を『ロイヤル・ソヴリン』と訂正するところからも、それは伺えた。

 信用しても大丈夫そうだ。剣心はにこやかな笑みを浮かべて、握手に応じた。

「こちらこそ、よろしくでござるよボーウッド殿。拙者は緋村剣心でござる」

「ケンシン君か。少しきみと話がしたくてきたんだが、よろしいかい?」

「拙者は問題ないでござるが、ボーウッド殿は大丈夫なのでござるか?」

「ああ、意外と暇を持て余してね。なんせ肩書が立派なれど、かつての敵だ。何処へ行っても冷たい目で睨まれる。まあ、それは覚悟しているけどね」

 苦笑染みた顔で、ボーウッドはちらりと船の方を見る。剣心も気づいてはいた。

 背後では、さっそく学生たちがこそこそと噂している。なんでアルビオン人が船に乗るんだと、話し合っているのであろう。

「夕方ごろには時間ができる。いいかい?」

「承知したでござる」

 そう言って、ボーウッドとは一回別れる。隣ではルイズが緊張した面持ちでやってきていた。

「あの人、アルビオン人じゃないの。ケンシンに何の用なの?」

「それを、これから聞くでござるよ」

 

 そしてついに、二つの国の紋章を掲げた、六万の兵を乗せた大船団が、空へと飛び立った。

 

 ルイズや剣心ら『学生組』を擁する輸送船団は、軍艦の遥か後方にあった。

 船上では、人を乗せた竜がひっきりなしに飛び交っている。ここに来てなお、まともな人員配置が決まっていないかのような感じであった。

「やはり、色々性急すぎたのでござろうな」

「きみもそう思うかね。まあ、かなり忙しないようだな」

 その輸送船の一室、あまり整備されてない雑務室にて、剣心はボーウッドと話をしていた。

 ルイズも本当は加わりたそうにしていたが……、ボーウッド自身が「彼と話したいのだ」と言ってきたので、渋々退室していた。

「急で本当にすまないね。まあ、接敵は明日の朝十時頃を見込んでいるようだから、その合間にと思ってね」

 どうやら夜には、遥か先を進む戦列艦の方に戻るらしい。その間に、剣心と話をしに来たようであった。

 ワインを注ぎながら、ボーウッドは切り出す。

「かのタルブでの戦い。見事だったよ。『ロイヤル・ソヴリン』上とはいえ、風竜を撃ち落とすとは。ああいうのを『敵ながらあっぱれ』と、言うのかな」

「何、そんな大したことではござらぬ」

「謙遜も過ぎれば嫌味に聞こえるよ。相手はハルケギニアに住まうドラゴンの中でも、屈強と呼ばれるアルビオン産の風竜だ。ぼくだって同じ条件でもなければやり合おうとは考えない。それを剣一本で、本当に大したものだよ」

 そう言って笑いながら、ボーウッドはワイングラスを剣心に渡す。グラスを受け取り、軽く乾杯した。

「いやはやトリステインの酒は旨いなあ。自分でいうのもなんだが、アルビオンの飲料は麦酒と茶ばかりだからね。きみ、酒はいけるクチかい?」

「問題ないでござるよ。気遣い忝い」

 西洋の酒はあまり慣れないが、程よい口どけなのは剣心もよく分かる。

 ワインの味をしばし堪能した後、ボーウッドは真剣な眼差しで問うた。

 

「単刀直入に聞きたい。きみと、あの包帯男は何者なんだね?」

 

 ボーウッドは思い返す。ロイヤル・ソヴリンでの船上の闘いを。

 あの時、剣心と志々雄、ふたりの話を遠くで聞いていたのだ。

 その内容から、二人はどうやら、浅からぬ因縁があるのは理解できた。そしてボーウッドもまた、クロムウェルではなく志々雄真実が、本当の意味でのアルビオンを簒奪した元凶なのだということも、薄っすらとだが察していたのであった。

 それを聞いた剣心は、しばらく押し黙る。何処まで話してよいものか……。

 するとボーウッドは、「安心したまえ」と前置きして、

「あくまでぼくの好奇に過ぎないんだ。杖に誓って、ここでの話を他の者に明かすことはしない。それに、ぼく自身が納得したいんだ。この戦いの正義は、一体どこにあるのか……とね」

 そう言ってボーウッドは杖先を真上に掲げる。貴族として最大限の礼儀をする時のポーズだ。

 そこまでするのであれば、喩え拷問されようと、他人に話すことはしないのであろう。剣心は改めて、口を開いた。

「奴は拙者と同じ『東方』から来た者。そして、かつて己の信念を交え合った宿敵でござる」

 流石に『異世界』というと突飛が過ぎるので、『出身地は東方』という点だけ誤魔化して、後はアンリエッタやルイズに話した事柄を、ボーウッドに話した。

 

「『弱肉強食』か……成程、節操がない。奴らにとっては、我らが築き上げてきた誇りや尊厳など、ちり芥に等しいということか」

 

 一連の話を聞いた後、震える声でボーウッドは呟き、拳を握り締める。

 その震えは、怒りによる震えであった。

「ありがとう。ようやくぼくも、正面を見据えて今の貴族派に杖を向けられそうだ。迷いが……晴れたよ」

 すっきりとした瞳で、ボーウッドは言ってきた。剣心もまた、無理もないと思っていた。

 何せこれから、同じ国の人間と戦わねばならない。今までずっと、納得できる理由を探していたのであろう。

 ボーウッドはワインを再び口にする。落ち着いたタイミングを見計らって、今度は剣心が尋ねる。

「先ほど、明日十時に会敵すると言っていたでござるな。ボーウッド殿は、どう見るでござる?」

「あくまで予想さ、経験則、と言ってもいい。自分でいうのもなんだが……、アルビオン人は律儀で生真面目だからね」

 苦笑染みた声で、ボーウッドは答える。

 

 ド・ポワチエ将軍は、ガリア空軍が先んじて『ダータルネス』の港を目指しているのを知って、此方の軍は南方の港『ロサイス』を抑える予定であるという。

 敵の死角を突くように、なるべく犠牲を出さないように、雲の合間を縫って移動しているようだ。

 雲中航海は、常に危険と隣り合わせの博打なのだが、将軍が強引に押し切った。それほどまでに、空戦での消耗を極力避けている。

 そのため、移動スピードはかなり落としていた。

 上記二つの港は大規模な港湾設備を持ち、これを奪えれば空軍の動きを抑えられる。その上で『奇襲』を行おうとしているのであった。

 

「我々に必要なのは、敵の抵抗を受けずに六万を上陸させる『奇襲』。ド・ポワチエ将軍はそう触れ回っているが……」

 

 ここでボーウッドは、顔を俯ける。

 トリステイン・ゲルマニアは六十の戦列艦を持つが、二国混合艦隊のため、指揮上の混乱が予想された。しかし、こうして実際に動いてみると、その混乱は予想以上であったと言ってもいい。

 何せ、指揮を担う軍人や将校は……殆どが『黒笠事件』で犠牲になっていた。ゲルマニアでも同様の『焦熱事件』が起こっていたという。狙われた貴族は皆黒焦げの焼死体にされていたそうだ。おまけに下手人は終ぞ捕まらなかったという。

 志々雄が仕掛けた暗殺作戦は思いのほか、ボディブローのように効いていたのである。

 艦隊の速度が遅いのは、隠れて移動するという理由以上に……これが原因であった。すぐに陣形が崩れるから、素早く動かせないのであった。

 

 剣心は冷や汗を垂らした。現状、手伝えることが何もない。

 空軍に関しては門外漢に等しい。加えて、ルイズ達の様子も見なければならない。思った以上に精神をすり減らしそうだ。

 だがもう、乗り掛かった舟だ。やるしかない。

(とりあえず、空軍に詳しい者と交流を深めるのは、悪いことではござらんな)

 志々雄真実ははたしてどう打ってくるか……。頭の片隅で思案を続けながら、剣心はボーウッドとの交流を渡りに船と捉えた。

 話しても分かる。彼はできる人物だと。彼ならいずれ、空海軍でも高い信頼をすぐに得られるだろう。

 ルイズの『虚無』や『ガンダールヴ』を話せない以上、剣心の立場は何処までいっても『傭兵の一剣士』でしかない。日本の時は、抜刀斎の雷鳴が良くも悪くも作用していたが……。この世界では現状、上層部に意見することなど、不可能に近いだろう。

 そんな中、此方に親身になってくれている、高い地位に登れそうな人物と顔つなぎしておくのは悪くはない。

 時間いっぱいまで、彼と話をすり合わせてみよう。そう意を決し、剣心は別の質問をぶつけた。

「ああ、それともう一つ、港で気になったのでござるが……」

「うん? 何だね――――」

 

 

 

「はぁ……」

 輸送船甲板にて。

 ルイズは頬杖をつきながら、水平線へと消えていく太陽を眺めていた。

 桃色のブロンドをひっつめたその表情は、見る人が見れば物憂げな美少年……という感じにも見えなくはない。

「飛天御剣流! りゅーついせーん! とおっ!」

「おいおい!! ケンシンはもっと高く跳んでたろ!! もう一回!!」

「落っこちんなよギーシュ!」

 その背後では、出兵することになった男子生徒たちがわいわいがやがや騒いでいる。

 隊長のギーシュが、剣心の技の真似事をしているようだ。

 当然、ルイズはその中に交わろうという気はなかった。

 

(本当にもう、みんなしてケンシンなのね……)

 ギーシュもそう、先程のボーウッドもそう。皆剣心を頼りに来る。皆、みんな剣心だ。

 はたから見ればただの平民なのに……、そんなことは関係ないと言わんばかりにみんな、剣心を心の拠り所にしている。

 剣心が誰よりも頼りになるのは、自分もよく知っている。知っているけど……、それを独占したいという気持ちが無意識に、やはりあるのかもしれなかった。

 でもそれ以上に正直、悔しい。

 剣心は、自分が持ってないモノ、持ちたいと思っているモノを、みんな持っている。

 自分もそんな剣心に憧れているのだから、それは仕方のないことなのは分かっている。

 でもこういった感情もまた、理屈じゃないのかもしれない。

 だからこそ、どこか、どこかで剣心にきちんと教えてあげたい。屋敷で力を合わせた時のように、一緒にずっと、戦いたい。

 そして、本当の意味で剣心の隣に立ちたい。それがルイズの、切なる願いであった。

 

 何故なら、自分は緋村剣心の主人なのだから。使い魔に劣る主人なんて、そう呼ばれるのだけは嫌だった。

 

(ほかに、何かないのかしら…?)

 習得した魔法は『爆発(エクスプロージョン)』と『解除(ディスペル)』。この二つだけ。

『爆発』はむやみやたらに乱用できないし、『解除』は状況が限られる。

 他に何かないかと、『始祖の祈祷書』をめくっていた時だ。

「おーいルイズ! きみが一番ケンシンを見てきたんだろ! ちょっとぼく達に飛天御剣流の技を教えてくれよ!」

 と、ギーシュが呼びかけてきたけど無視をする。仮にも隊長で上司なのだが……、そんなことはおかまいなしであった。

 

「何だよブーたれちゃってさ。本当になんでルイズが副隊長になったんだろうな?」

「使い魔が優秀だからだろ? 本人が優秀なわけないのになぁ……」

 

 そんな声が聞こえてくる。ルイズは思わず歯噛みした。

 いっそのこと、自分が『虚無』の担い手だと、伝えられたらこいつらは少しは見直すのかしら?

 そんなことも考えたがまあ、「どうせ嘘だろ?」って答えが返ってくるのは容易に想像できた。

 だからこそ、隠れ蓑としては丁度いいと、いうことなのであろうが……。

 でも、いつまでもそんな屈辱に甘んじる気はない。ルイズは後ろを振り返り、力強い声で言った。

「ふんだ! 今に見てなさい! 姫さまもケンシンもあんたたちも! わたしがどれだけすごいのか、戦場できっちり見せてあげるんだから!」

『虚無』のことは言えないから、とりあえずそう宣言する。するともっと可笑しげな声でルイズを笑う者たちが出てきた。

 

「ふん、碌に『錬金』や『着火』もできないろくでなしの『ゼロ』のきみが、一体どんな活躍ができるのか、是非教えてほしいものだね」

 風の名門、ド・ロネーヌとその取り巻き達であった。

 自身がこの『水精霊騎士隊』でも、数少ないライン・クラスということもあり、周囲からも一応、一目置かれる存在ではあった。

 だがそれ以上に、鬱陶しい風自慢で顰蹙を買っていることでも有名な生徒でもあったが。

「女王陛下の御差配に口出しする気はないけど、どうしてこんな落ちこぼれを上司として仰がなきゃいけないのか……、まだ『ラインクラス』であるぼくの方が適任だろうに」

 やれやれと、ルイズに対しグチグチとこき下ろすド・ロレーヌ。ルイズはただ、何も言えず(言うと虚無のことが関わるため)、拳を握って耐えていた。

 しかしここでギーシュが、杖を前に掲げて、

 

「練兵場でも言ったはずだよ。ぼくは副隊長がルイズであることに、些かの問題と思ってもいないと。これ以上彼女を侮辱することは、このギーシュ・ド・グラモンも侮辱するということ、よく覚えておきたまえ」

 

「ギーシュ、あんた……」

 ちょっとルイズは目を丸くした。ギーシュは真剣な眼差しで、あざ笑っていた生徒、主にド・ロネーヌを黙らせたのだ。

 もちろんこれも、ヴェストリの決闘で交わした「ルイズをもうバカにしない」という剣心との約束のためでもあるが……、それでもちゃんとそれを覚えていたことに、ルイズは素直に驚いていた。

 次いでギーシュは、

「きみも、何かしらの事情があるのだろう? だったらきみはそれにまい進したらいいさ。ぼくはきみたちの邪魔をしたりはしない。それは杖にかけて誓うよ」

「……うん、ありがとう」

 にこやかな笑顔で言われると、ちょっと悪い気がしないのは自分がトリステイン人だからであろう。そう思うことにした。少しだけ…少しだけだけどルイズは、ギーシュの事を見直した。

 一方、ド・ロネーヌはというと、

「チッ、平民にあしらわれたドットごときが」

 と、捨て台詞を吐きながら、それ以上の闘争には発展せず、そのまま去っていく。

 

 ド・ロネーヌたちがいなくなったあと、ギーシュはここで一転、好奇の目でルイズに詰め寄る。

「でさ! さっきの話に戻るんだけどさ! ケンシンの技をもっと教えてくれないかい!? ぼくもあんな風に剣を振ってみたいんだ!!」

 見れば、ギーシュの後ろには四つん這いになったワルキューレが何体かあった。さっきまではあの青銅を土台にして、跳んでいたのである。

 子供ね……。とルイズは思うも、かばってくれた礼はちゃんとしないと。律儀なルイズはそう考えていた。

「じゃあわたしが見ててあげるから、龍鎚閃、やってみなさい」

 壁によっかかって、ギーシュの見様見真似『龍鎚閃』を見せてもらうことにした。

「よし! じゃあ見ててくれ!!」

 ギーシュはすかさず。ワルキューレが精製された。

 それに乗っかかり、すかさずジャンプ。予め作っていた青銅の剣を手に、高々と跳び……。

「飛天御剣流!! 龍つぃ――――」

 次の瞬間、突如発生した強風にあおられた。

「うわっ! うわあああああああああああああああああ!」

 誰もが呆気にとられた。そのままギーシュは船から落ちて行ったからだ。

「ちょっ!?」

「ギーシュ!?」

「バカお前!! そっち跳ぶのはあぶねえって言ったろうが!!」

 しかし生徒達の悲鳴もむなしく……、ギーシュの姿はすでに夜の彼方へと吸い込まれていった。

「嘘でしょ! ギーシュ!! ギーシュぅぅうう!!」

 ルイズも慌てて船端から真下を見て叫んだ。しかしもう、常闇となった視界に彼の姿は映ってない。

 どうしよう。

 顔を真っ青にしたルイズは、とにかく剣心に助けを求めようとして――――。

 

 

「おやおや、誰かが落ちてきたと思ったらいつぞやの。こういうのは美女と相場が決まっているんだけどまあ、仕方がない

 

 

 そんな声が船の下から聞こえてきた。

「えっ――!?」

 次の瞬間、一匹の風竜が船の上へと踊り出した。

 この竜、ルイズは見覚えがあった。

「……アズーロ?」

 白くも美しい風のドラゴンは、そのまま器用に足を船の端にかけ、翼を閉じて身体を休める。

 その口には、落ちていったはずのギーシュを加えていた。アズーロはそのまま、咥えていたギーシュを適当に放り投げる。

 ルイズは慌ててギーシュに駆け寄った。

「ギーシュ!!」

「ははっ……、死ぬかと思った、よ……」

 一方のギーシュはガクッと気絶する。やっぱりギーシュはギーシュね。ルイズは上げた評価を再び元に戻した。

 それよりも、この竜がいるということは――。

「タルブ以来かね? ミス・ヴァリエール。ケンシンもいるのかい?」

「ジュリオ、あんたも来てたのね」

 風竜から優雅に下りて一礼をする。いちゃもんすらつけられない、流暢で無駄がない仕草だ。

 そしてジュリオはあどけない笑みを、男装したルイズへと向けた。

 

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