るろうに使い魔‐ハルケギニア剣客浪漫譚‐   作:お団子

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第七十八幕『アルビオン大戦 勃発』

 

「しかしきみ、その恰好は一体何だい? もしかして男装のつもりかい?」

 おどけた仕草で、ジュリオはルイズの今の格好をまじまじと見つめた。

「だとしたら、もう少し『野暮』を身に着けた方が良いよ。今のきみは、高貴な真珠を武骨な剣にはめて見せようとする……、そんなちぐはぐさを感じるからね」

 失礼。と、ルイズの手の甲にキスをする。そのどこまでも気障な態度に、当然学生たちは怪訝な顔をした。

「ロマリアの坊さんが、こんなとこまで何の用だよ」

「辻説法なら間にあってるぞ」とヤジを飛ばす。

 しかしジュリオはそんな罵声を気にも留めず、再びルイズと向き合う。

「ケンシンはどこだい? きみがいるということは、彼もここにいるのだろう?」

「……あによ、あんたも結局ケンシンなの? あいつなら今だ~いっじな話の途中でございますの」

 ボーウッドとの会話に入れてもらえなかった反動から、すねた様子でルイズは口を窄めた。

 逆にジュリオはそれを聞くと、悪戯っぽい笑みを浮かべてこう続けた。

「成程、それは好都合」

「……どういう意味よ」

「実はね。ぼくが会いに来たのはきみなんだ。きみと、少し話をしたいと思ってね」

 ジュリオはじっとルイズを見つめてそう言った。

『月目』と呼ばれる、両方で色彩の違う瞳を見て、ルイズは少し言葉を詰まらせた。

 

 

 

 

 

第七十八幕『アルビオン大戦 勃発』

 

 

 

 

 

「なによ、話って」

 甲板から別室に映った後、藪から棒にルイズは尋ねた。

 宗教国家ロマリア。

 ブリミル教の総本山であり、その教えこそ第一と考え、日夜動いている国。

 聖堂騎士(パラディン)と呼ばれる騎士団を擁してはいるが、今回の戦についてはほぼ静観を決めこんでいた。

 ただ、ジュリオは『竜が上手く操れるから』という理由で、非メイジでありながら今は竜騎士第三中隊の隊長を務めているようだ。

 そんな彼が、今更自分に何の用だろう? 怪訝な目をジュリオに向ける。

 するとジュリオは、微笑みを見せながらこう切り出した。

「怒っているのかい?」

「はあ? いきなり何よ。怒ってなんて―――」

「言ったろう?『野暮』をもう少し覚えた方が良いと。きみは普段の振る舞いが洗練されているが故にすごく分かりやすい。戦の場に出るのであれば、もう少し駆け引きを覚えた方が良いよ」

 彼のようにね。とジュリオは付け加えた。ルイズはぐむっ、と口ごもる。

 どうやら、今の自分の心境はすべてジュリオには御見通しのようだ。剣心に若干の嫉妬を抱いている事にも。

「気持ちはわかるよ。彼は凄く強い。そして厳しくも優しい。そして大抵のことはすぐに見抜いてくる。……正直かなりやりづらい相手さ」

「……え?」

 最後の言葉だけ、小声の所為で何言ったか聞こえなかった。

 何て言ったか思わず聞き返そうとしたが、それを取りなすかのようにジュリオは笑顔で続ける。

「だが、それゆえにきみの事をどうしても過小評価しがちなところは、彼の欠点だね。まあ、それはおいおい見せていけばいいさ。きみの魔法が、どれだけ本当はすごいのかを」

「……あなた、何が言いたいの?」

 いまいち、ジュリオが何を話したいのかが見えてこない。ただ、何か不穏な雰囲気は覚えつつあった。

 それに気付いてるのかいないのか、ジュリオは船端に寄りかかりながら、夜空を眺めて言った。

「きみは、『レコン・キスタ』をどう見るかい?」

「は? 今度はなに?」

「いいから、どう思う?」

 真剣な口調だった。さっきのおどけるような様子は何処にもない。

 しばし考え込んだ後……、ルイズは無意識に拳を握り締めながら告げた。

「絶対に許せないわ。あいつらは……、ウェールズ殿下を殺して国を乗っ取っただけに飽き足らず、姫さまを、わたし達を何度も亡き者にしようとしてきた。たとえ始祖ブリミルがお許しになろうとも、わたしも姫さまも、あいつらには絶対に、しかるべき報いを受けさせる」

「まあ、そうだろうね。きみたち視点では、そうだろうね」

 若干苦笑染みた声で、ジュリオはそう言った。その態度が癪に障ったルイズは「なによ」と睨み据えた。

 その睨みに怯むことなく、ジュリオはこう続ける。

 

「だが『力』はある。それは事実だ」

 

 再び、真剣な声でそう告げる。碧眼と鳶色の両目が、爛々と光っていた。

「王様になりたがる愚か者共の集まり。それだけの奴らであればどうとでも料理できるのであろうが……、なかなかどうして、奴らは本気だ。本気で世界を、ハルケギニアを『統一』しようとしている。そしてその牙は、いずれは『聖地』にも届くことだろう。それが非常に厄介な点さ」

「…………」

「だからこそ、我々は力を合わせねばならない。奴らが『強さ』の下にすべてを従えさせようとしているのであれば、此方は古来より続きし『伝統』。それによる結束が必要だ。そうは、思わないかい?」

「ジュリオ、あなた……」

 ここでルイズも、ジュリオが何を言いたいのか……薄々だが、察する。

 おそらく、自分の『虚無』と何か関連性があるということも。

 ジュリオが再び口を開こうとした瞬間――――。

 

 

 艦隊全域に、鐘楼の音が鳴り響いた。

 続けて、哨戒に出ていた竜騎士が、杖で『ライト』の光を明滅させながら、輸送船団の上空でこう告げる。

『敵艦見ゆ』と――――。

 

 

「今の鐘の音は!?」

「まさか、もう接敵があったのか!?」

 遅れて船内の様子が慌ただしくなる。舵を取ろうとしている船員たちが、ひっきりなしに騒ぎ立てては動き出していた。

 ルイズも、会話を打ち切って甲板に戻る。そこでは急な鐘楼であわあわしている学生たちがいた。

「ギーシュ! あんた隊長でしょ!? いつまで寝てんのよ起きなさい!!」

 そう叫んで、未だ気絶中だったギーシュの頬を何度も張る。

「ふにゃあ、モンモランシぃぃ……そんな大胆な……」

「起、き、ろ、って、言ってんの!!」

 次いで鳩尾にグーパン。それでギーシュ呻きながらよろよろと起き上がった。

「ったぁぁぁ。な、何だね一体、何が起き――」

 おぼつかない視線で真上を見上げたギーシュは、まばゆい明りで目が覚める。

 そして驚愕した。

「なっ……――」

「焼き討ち船だぁぁぁ!!」

 誰かがそう叫ぶのが聞こえる。

 今ルイズ達が乗る輸送船。その両隣と前後には更に別の輸送船があり、その端を護衛用の戦列艦が固めている。

 しかし、焼き討ち船は真上から落ちてきていた。

 どうやらずっと準備していたらしい。船団のはるか上の雲の隙間から、狙いすましたかのように落としてきた。

 真上は死角であった。本来なら上下にも戦列艦を敷く予定だったが、そんな緻密な連携を取る指揮は、今の連合軍には無かったからだ。

 したがって、真っ赤に燃えた火船は今……、輸送船の真上に落ちてくる…―――。

 

 ドゴォォォン!!

 

「ひいっ!!」

「い、一体なんだ!?」

「うわあああああああああ!!」

 叫び声があちこちで広がる。恐怖の入り混じった声だ。正直学生たちには、何が起こっているのかすら、よく分かってはいなかった。

 ただ、初めての『空戦』に、なすすべなく震えていた。ルイズもそれは例外ではなかった。

 すぐ隣の輸送船に、火船が直撃した。船は燃え、もうもうと火を上げながらゆっくりと下降していく。

 輸送船に乗っていた人たちの悲鳴と怒号が、ひっきりなしに聞こえてくる。『死』を隣で見つめる感触……それがとても恐ろしく感じた。

 そして、危機はルイズ達にも訪れる。

 

「火だ! 火が移った!」

「消化しろ! 風石蔵(かざいしぐら)には間違っても通すな!!」

 

 ルイズは泡を食ったようにその方向へ見やる。船尾楼甲板が燃えている。今の爆撃の飛び火が、こっちへ来たらしい。

 船には『固定化』がかかっているとはいえ、木造船で火がどれだけ危険なのかは、学生たちでも分かる。

「坊ちゃん達! メイジなんでしょ! 速く『水』で消化してくだせえ!」

 ニコラが的確な指示を下しながら、学生たちにそう呼びかけてくる。しかし生徒たちは困ったように顔を見合わせた。『水』系統専門のメイジが、ここにはいなかったのである。

 どうしよう……。ただうろたえるように杖をいじる彼らの上を、二つの影が飛び交った。

「ボーウッド殿! 水を!!」

「承知!」

 影は剣心とボーウッドであった。剣心は飛天の動きで、ボーウッドは『フライ』で、すぐさま船尾まで駆けていく。

 ボーウッドは水魔法を唱える。『水鞭』だ。彼は水系統のトライアングルメイジであった。

 それを素早く、剣心の逆刃刀に纏わせる。その流れ、まさに阿吽の呼吸。

 剣心は『ガンダールヴ』の力を開放し、水を纏わせた逆刃を竜巻のごとく撃ち放つ。

 

「飛天御剣流 -龍巻閃-!」

 

 水の巻撃は、一気に炎を消化していく。ド・ヴィヌイーユ大隊の兵が歓喜の声で沸き立った。

「うおっ!! スゲえぇや!」

「助かりやした!」

 逆刃を振り上げながら優雅に着地する剣心。そんな彼に拍手が巻き起こる。ルイズ達学生組は唯々ポカンとしていた。

「御見事。腕前を疑うつもりはなかったが、やはりきみは別格だな」

「いや、ボーウッド殿こそ、拙者に合わせて貰って忝い」

 隣に降り立つボーウッドを見て、学生たちはにわかに殺気立った。あいつはアルビオン人じゃないか。そんな奴に命を助けられたのか……等々。

 しかし、二人はそんな目すらどこ吹く風、すぐさま状況判断の会話を続けた。

「予定より、随分早い会敵でござるな。いや、これは待ち伏せか?」

「ああ、此方の進路を読み取られていたのか? でなくばこうも上手く虚を突かれるだろうか?」

「船内に裏切り者が?」

「……いないと思いたい。そうなったら真っ先にぼくが疑われるだろうね」

「今頃、戦列艦の方も開戦しているでござろうな」

「ああ、ぼくも早く持ち場につかなければ」

「竜は?」

「あそこに……っ、てああ、今の衝撃で逃げてしまったか。流石に『フライ』で帰るには遠すぎるし、困ったものだな」

 残りの火を素早く消しながら、冷静に会話を続ける二人。これを見た学生たちは、瞬時にまた先ほどまでの負の認識を改めた。

 何ていうかもう……、アルビオン人だとか、平民だとか、そんなことがどうでもよく感じるぐらい、堂々とするこの二人が、すごく格好良く、そして頼もしく見えたのだ。

 そんな中、剣心はすぐまた上を見上げた。今度は小舟型の火船が垂直に落ちてきた。

 内三艘が、今度は船首甲板へ落ちて行くのが見える。

「ボーウッド殿!」

「了解!」

 再び、二人は駆けだす。『ガンダールヴ』の力を自在に引き出せるようになった剣心は、今までよりもさらに『速く』なっていた。

 ルイズ達学生組の視界にはただ、左手のルーンの残光だけが残っていた。

「嘘だろ!?」

「速ぇええ!!」

「本当に何だアイツ!?」

「全然見えない……」

 誰よりも速く動き出すその姿勢に、ルイズ達はただそう口々にしながら慌てて追いかけるしかできなかった。

(わたし、何の役にも立ってない……)

 自分も独り立ちしたい。だから頑張ろうとさっきまで意気込んでいたのに……。なのに、どこまでも剣心頼り。

 それがルイズは悔しくって、思わず歯噛みした。

(ケンシン、お願いだから、あの時のようにもっとわたしを頼ってよ…)

 今のルイズには、力を合わせて『元素の兄弟』を撃退したのがもう、遠い過去のように感じていた。

 

 

「飛天御剣流 -龍巻閃・旋-!」

 火船の一艘を視認。すぐさま剣心は先ほどのように剣を水に纏わせ、技を放つ。

 それにより火船は消化。さらにバラバラに何ながら甲板へと降りかかる。

「-龍巻閃・凩-!!」

 その破片を振り払いながら、すぐさま別の火船を破壊。今度は破片が降りかからないよう、甲板の外へ押しやるように吹き飛ばす。

 後一艘―――。それに目をやって駆けようとして、ここで剣に纏わりついていた水が切れてしまったことに気付く。

(致し方ない……!)

 ならば強引に吹き飛ばすまで。先ほどよりも更にルーンの力を解放しようとして――――。

「きゅーい!!」

 船端で器用に立っていたアズーロが、その大きな翼をはためかせて火船を強引に押しやった。

 軌道が変わった小舟は、そのまま真下の海へと落下していく。

「アズーロ!? 何でここに?」

 剣心はここで、アズーロの姿に目が行った。この竜がいるということは……。

「やあ兄弟。心なしか更に速くなってないかい?」

「ジュリオ殿。お主もこの戦に参じたのでござるか?」

「まあね。……っていうか今気づいたんだねきみ。さっきからずっときみのご主人様の隣にいたんだけど」

 船端へ優雅に着地した剣心の前に、若干呆れたように肩をすくめるジュリオが現れた。

 その隣には、これまたすごく分かりやすくむすっとしたルイズが、此方を睨みつけていた。

「ルイズ殿……」

「………」

 完全に拗ねている。剣心はどう言い繕おうか頭を働かせた瞬間であった。

 

「おお!! 竜がいる! これはいったい誰のだね!?」

 

 剣心の背後からやってきたボーウッドが、アズーロを見て喜びの声を上げた。これで戦列艦方面(持ち場)へと帰れると思ったのだろう。

 先ほどのボーウッドの問いには、ジュリオが手を上げて答える。

「ああ、それはぼくの竜ですよ」

「きみかね? 見たところロマリアの神官のようだが……魔法を使えるのかい?」

「いいえ、ぼくはメイジではありません。ですが、竜の扱いになら誰にも負けない自信がありますよ。サー」

 恭しいお辞儀でそう続ける。

 メイジでもないのにどうやって竜を? と普段なら聞いただろうが、今は非常事態。ボーウッドは頼み込む。

「済まない。きみ、この竜でわたしを『レドウタブール』まで運んでくれないかね?」

「ええ、構いませんよ。ぼくも持ち場につかなくちゃいけませんし」

「なら早速――――」

 そう言いかけた時、再び上空を舞っていた竜騎士が、『ライト』で発光信号を送る。それを見て、ボーウッドは顔を青ざめた。

 

「『敵艦確認』だと!? バカな!!」

 

 ボーウッドは『遠見』の魔法で、遠くの積乱雲を見やる。

 そこでは……これまた雲に隠れていた敵艦が姿を現し、輸送船団を護衛する戦列艦と砲撃戦を始めていた。

 的確に輸送船団を狙った……、用意周到な布陣。もう確定だ。船内に間諜がいる。

「心当たりは、ござらんか?」

 隣に詰めた剣心が問う。彼も同じ考えのようだ。

 それに対し、申し訳なさそうにボーウッドは首を振る。

「すまない。……ていうかきみは私を疑わないのだね?」

「ボーウッド殿ではござらんよ。それは先ほどの会話でもう、確信しているでござる」

 剣心の脳裏に過るのは……『アンドバリの指輪』だ。

 貴族殺しの裏で、何人か蘇らせて間諜要員に使う。奴等ならやりかねないことだろう。

 アンリエッタはかなり入念に調べたと言っていたが……、それでも漏れてしまった可能性はある。

「死人を蘇らせ使役する……か。今思い返せば、ウェールズ殿下もそれで操られていたのであろうな。あの時、それに気付いていれば……」

 ボーウッドはギリッと歯を食いしばった。どうやら彼は死人のウェールズと会ったことがあるらしい。

「ネズミのあぶり出しは、また今度だ。今はあの艦隊にどうやって対応するか……」

 しかし、流石の剣心も空戦となると、思うように動きが取れない。

 竜に乗って無理やり船に乗り込む……という手もあるが、いかんせん竜に乗るのは初めてだ。

 どうするか……と真剣な表情で考え込む剣心を見て、ルイズもまた、チクリと心を痛めた。

 何だかんだ言って、剣心はずっと頼りにしているのだ。彼の悩む姿は、見たくない。

 そんなルイズに、ジュリオが軽く肘で小突いた。

「な、何よ…?」

「今こそ、じゃないのかい?」

「はあ? 何が……」

「きみの力を、彼にもきちんと分かってもらえるチャンスってこそさ」

 ルイズはハッとした。そうだ、今こそ自分の……『虚無』の力を見せる時じゃないのか?

 慌ててルイズは、懐から『始祖の祈祷書』を取り出し、頁をめくる。あった。光っている文字が見つかった。

 

 

 初歩の初歩『幻影(イリュージョン)

 

 描きたい光景を強く心に思い描くべし。

 なんとなれば、詠唱者は、空をも作り出すであろう。

 

 

 いける! ルイズは内心叫んだ。

「ジュリオ! あんたの竜にわたしも乗せて!!」

「なっ!」

「ルイズ殿!?」

 ルイズの、その声に剣心とボーウッドは驚く。対するジュリオは予定調和とばかりに「いいよ」と、笑顔で返した。

「ならもう動いた方が良い。囲まれて接近戦になったら厄介だ。サーも、どうぞ」

「あ、ああ。助かるが……」

 すぐさまジュリオは行動に移す。口笛を吹いて、アズーロに離陸の準備をさせ、颯爽とまたがる。それにルイズもぴょんと飛び乗った。

「待つでござるルイズ殿!!」

 無論慌てたのは剣心だ。砲撃戦の中を、行かせるなんて賛成できない。しかしルイズも譲らない。

「お願いケンシン! ここはわたしを信じて!!」

「しかし……」

「新しい『呪文』が出てきたの!! 上手くいけば、あの艦隊を捌けるかもしれない!」

 剣心は驚いた。『虚無』の魔法……、今度は一体何が出たのだ?

 雰囲気からして『爆発』のような攻撃魔法を放つわけではなさそうだが……。

「まあ、こう言っているんだ。きみも少し、彼女を信頼したほうが良いんじゃないのかい?」

「なれば拙者も……」

「ケンシンはここにいて! またいつどこから火船や艦隊が来るとも限らないわ!」

 ルイズはそう叫ぶ。確かに周囲は未だ火船の雨が降り注いでいる。幸い此方には飛んできていないが、先程から爆発音がひっきりなしに響いていた。

 そうこうしているうちに、今度は砲撃音まで混じり始める。敵艦が砲弾を撃ちながら、こちらへ向かって来ているのだった。

 議論している暇は、無い。

「さあ速く!! サーを送り届けた後、ぼくらはあの艦隊を対処します!!」

 ジュリオは叫んだ。ボーウッドは……一瞬悩み続ける剣心に目をやったが、覚悟を決めて風竜に乗りこむ。

「済まない。頼むよ」

「ええ、二人とも、しっかりと掴まってください!!」

 そう叫んで、三人を乗せた風竜は翼を広げて飛び立つ。結局、ずっと思案していた剣心を置いたまま……。

 その姿を見たルイズは、若干彼に申し訳なさそうにしながらも……それでもここは自分に任せてほしいとばかりに、今は前を向いた。

 

 

 輸送船団の遥か前を走る戦列艦隊は今、敵艦との至近距離の砲撃を始めていた。

 周りは黒色火薬の爆発が生み出す、もうもうと立ち込める煙と、雷鳴の如く飛び交う大砲の光以外、何も見えない。 船体が敵艦とぶつかり、軋みをあげ、また離れた音が聞こえるのみ。

 一瞬でルイズが入りこむ事になってしまった戦場は、想像を絶する世界だった。何が起こっているのか、さっぱり理解できない。ただ、敵艦隊と自艦隊が入り乱れ、剣士のように至近距離で切りあっていることだけが理解できた。

「ひどい……」

 初めて体験する戦火に、思わず喚く。

「戦なんてこんなものだよ」

 ジュリオはそう言った。ボーウッドもまた、それに頷く。

「あった。『レドウタブール』号。あれだね」

 すぐさま戦列艦の甲板まで近づくと、ボーウッドは杖を引き抜き『フライ』で浮遊する。

 そしてそのまま、優雅に甲板へと着地した。

「済まない。恩に着るよ!!」

 そう叫んだ後は、すぐさま船内へと消えていった。

 それを見届けたジュリオたちは、すぐにアズーロに、輸送船団の所へ戻るように告げた。

「で、どうするつもりなんだい?」

 アズーロは優雅な動きで戦列艦の合間を縫って通る。途中敵の竜騎士が『マジックアロー』を放ってくるが、ルイズに負担をかけない最小限の動きで、見事やり過ごしていた。

 その竜捌きを見て、思わずルイズは尋ねる。この動き、普通じゃない。

「あなた、なんでそんなに竜の扱いがうまいの?」

「神の奇跡……、って言ったら?」

「バカ言わないで」

 神の奇跡? 冗談にもほどがある。神は形而上の存在。魔法が世の理を司る現世に、力を及ぼすなどありえない。

「なんてね! 冗談だよ! ただ人よりちょっと、獣の気持ちが分かるだけさ!」

 なぁ、アズーロ! ジュリオがそう呼びかければ、風竜はきゅい、と一声鳴く。そしてぐんぐん速度をあげた。

 

 今度は輸送船を守る戦列艦と、敵艦隊との砲撃戦が見える場所にまでやってきた。

 こちらは先頭と違い、まだ距離がある。互いに弾は着弾せず、けん制しあっているようだ。

「夾叉射撃か。いつ捕まってもおかしくは無いな」

 いずれはここも血みどろの砲撃戦を始めるだろう。だが、此方には戦列艦がそんなにない。重要な戦力を乗せた輸送船の護衛は豪華だが、こちらはぶっちゃけ切り捨てても良いと思える程質の低い兵を乗せている……という事情もあった。

 とにかく、絶対に止めないといけない。ルイズは集中する前に、ジュリオに命じる。

「真上に飛んで。思いっきり高く」

「冗談だろ? 敵に見つかりやすくなる」

「神の奇跡なんでしょ? だったらやり過ごすことぐらい、朝飯前でしょう?」

「……やれやれ、了解しましたよ。お嬢さま」

 仕方なさそうな素振りで、ジュリオは頷いた。

 それを聞いたルイズは、すぐさまルーンを紡ぎ始める。それと共に周囲の声も、視界も、何も聞こえなく、そして見えなくなった。

 それと同時に、アズーロはルイズを振り落とさないよう気を使いながら、真上へと上昇した。

 二つの月の灯りを浴びて、影のように作られる白竜とその乗り手の姿は……。まるで絵画のような美しさを誇っていた。

「……うん?」

 真上に上がったジュリオは、ふと下に目を落として気付く。

 気のせいか、海上の霧が一瞬、光ったように見えたが……。

「おいおい、冗談だろ?」

 気のせいじゃない。流石のジュリオも、冷や汗を流し始める。

 海上の霧……やけに深いと思ったが、そこから真上へと飛行を始める敵の戦列艦が、見えた。

 それは真っすぐ、後方の輸送船団の船底へと向かっていく。

「真下にも伏兵を忍ばせていたか。それにあの濃霧……魔法で予め作っていたな?」

 ただ真正面からではなく、巧みに横に上に、そして真下からの奇襲を狙ってきた。

 トリステインとゲルマニア両国の遥か上を行く采配に、流石のジュリオも肝を冷やすのであった。

「マジでやばいな『レコン・キスタ』……。これはうかうかしていたら、『聖地』がどうのこうの言ってられなくなるぞ……」

 自分に能力を授けた『教皇』に向けて、声にならない声で、そう呟いた。

 

 

 アルビオンとの空戦中。その真下は、闇のように真っ黒な海がさざ波のように揺れていた。

 しかし一部分だけは、白い靄のような霧が揺蕩っている。

 火魔法で海上をあぶり、生み出した水蒸気を水と風の魔法で拡散させ、巨大な霧を発生させていたのだ。

『敵艦みゆ』。

 連合軍が自分達の真上を通り過ぎたと連絡があった。すぐさま艦長たちは指示を出す。

 五隻ほどの戦列艦が、靄の中から顔を出し、最後方の輸送船団に砲撃を加え始めた。

 

 

「おい、あれを見ろ!」

 『遠見』をしていたマリコルヌが叫んだ。

 学生たちも一斉に真下を見やる。そこには伏兵の船がこっちに向かって来ていた。

 真下は完全な死角だ。もう逃げられない。片や、向こうは砲撃を打ち込み放題ときたものだ。

「嘘だろ? ぼく達、ここで死ぬのか?」

「死ぬなら、せめてちゃんとした戦場で死にたかった……」

 学生の何人かは、絶望の表情を浮かべた。ギーシュでさえ、どうしようとただオロオロするばかり。

 思わず、剣心に助けを求めてしまう。

「ケ、ケンシン……どうしよう?」

 ルイズが風竜と飛び去って以降、ずっと剣心は物思いに耽ったままだ。

 だが、今のギーシュの呼び声でやっと反応を示す。

「……伏兵か」

 船端まで向かい、学生たちと同じく真下を見て、瞬時に判断を下す。

 だが、剣心だけはその瞳に一切の絶望を映さず、すぐにギーシュの方を向いた。

「ギーシュ、お主は今、ワルキューレを幾つまで出せるのでござるか?」

「えっ、ええと……七つまでなら」

「七つか。なら、いけるか……」

 顎に手を添え考えを巡らせる。ギーシュや学生たちは、そんな剣心が凄く頼もしく思えた。

 そして剣心は、周囲を飛び交う一匹の敵竜騎士に目を向ける。

 恐らく哨戒役だろう。そして連絡係を兼ねているようだ。先ほどから上と下を往ったり来たりしている。

「……ケンシン?」

「ではギーシュ、ワルキューレを七つ、今ここに出してくれぬか?」

「分かった!」

 剣心が何を考えているのか、ギーシュはさっぱり分からない。

 だが、彼のことだ。何か案があるのだろう。ギーシュは言われた通りにバラ状の杖を振った。

 花弁を媒介に、『錬成』するワルキューレは、木造船の中でも唯一召喚可能なゴーレムだ。

 それが七体、ずらりと並ぶ。

「で、どうするんだい?」

「全部を肩車させることは、可能でござるか?」

「え? 全部を??」

 思わず聞き返したが……、剣心の方は「できるのか?」という目で此方を見てくる。

「まあ、できなくはないけど……」

 杖を振り、ワルキューレ同士を肩車させ始める。やがて縦に連なったワルキューレが完成した。はたから見れば、ただの大道芸にしか見えない。

「そのまま船端に」

「……うん」

 一番下のワルキューレに移動を命じる。ガシャンガシャンと音を立てて、ふらつかせながらも、ワルキューレ軍団は船端に立った。

「……で、後は?」

「そのままで大丈夫。後は拙者がやるでござる」

 そして剣心は、ニコラに学生組の面倒を最後に頼むと、数珠つなぎのワルキューレの背後に立ち、目をつむった。

 何がしたいのか、さっぱり分からない。学生組は唯々剣心を見つめる。

 そんな剣心を見て、今度はデルフが鍔を鳴らした。

「なあ相棒……、俺分かっちゃったんだが。相当無茶じゃねえかこれ……」

「無茶は承知。あの敵艦の群れは、ルイズ殿たちに任せるでござるよ」

 未だにルイズをどう扱ったものか……。と思い悩みながらも、剣心はとりあえず、目の前の問題に意識を傾けた。

 やがて、哨戒役の敵竜騎士が、輸送船の真下へ向かう。

 その刹那の瞬間で、敵の呼吸、そして動きの先を見据える。

 飛天御剣流の『読み』を最大限に発揮させながら、剣心は待った。

 そして―――。

 

 目を開き、刹那の瞬間で抜刀。一番下を支えていたワルキューレの足を、逆刃刀で斬った。

 

「へっ、え……?」

 ギーシュはただ唖然とした。ワルキューレは何も言わず、ただ重力に従い落ちて行く。

 肩車した乙女騎士が真横になり……一瞬『橋』のようになった瞬間、再び剣心は動いた。

「はい―――――?」

 

 そのままワルキューレを足場に駆け抜け、そして思いきり頭から飛び降りたからだ。

 

「ええええええええええええええええええええぇぇぇっ!!」

 誰もが一瞬。呆気にとられる。

 ギーシュは慌てて、船端から見下ろした。

「嘘だろ!!? 何をやっているんだいケンシン―――!!」

 気が狂ったか、そう思わざるを得ない行動。

 しかし、ギーシュの視界には、先程の竜騎士の背中を取る剣心の姿が、目に映った。

 

 

「何だ貴様っ…!!」

 哨戒役をやっていた竜騎士は、学生組よりももっと唖然としていた。

 戦場の様子を連絡しようと、真下の船団へ向かおうとした矢先―――急に衝撃が走ったかと思いきや、真後ろに人が乗ってきたからだ。

「ちょっと失敬」

 気軽な口調でその乱入者はつぶやくと、背中の剣の柄で一撃。杖を抜く暇もなくガツンと後頭部を殴られた。

 そしてそのまま、視界は暗転していった。

 

 

「相棒! マジで無茶しすぎだって!!」

 デルフリンガーは思わずそう叫んだ。やっとのことで使ってくれたという、そんな感動すら今は吹き飛んでいた。

「竜に騎乗したことあんのかよ!」

「いや、これが初めてでござる」

「はあ!? 落ちるぞ!!」

「それでいいのでござる」

 馬は乗ったことあるが……、流石に竜は初めてだ。

 そして主を変えた竜は、当然今の乗り手を嫌がった。

 何とか振り落とそうと、もがき続けるも、乗り手も乗り手で結構力強く、反発してくる。

 力で振り落とせないと悟った竜は、背中からたたきつけようと戦列艦に向かって一直線へと下降していった。

「ああああああああああああああっ!」

 振り回されているせいか、デルフがそんなことを叫ぶ。

 剣心はあえて、逆刃刀ではなくデルフリンガーを抜いていた。

 真下から放ってくる、魔法の矢や炎の球に対応するためだった。

「もう少しでござる!!」

 竜と……、あと気絶した敵騎士を傷つけないよう飛んでくる魔法はデルフで吸収する。

 その間にも竜は、急加速で下降を続けている。

 真下の戦列艦の一隻、その甲板をとらえた。タイミングを見計らい、剣心はデルフの峰で竜を気絶させる。

 無意識に広がった翼を用いて一瞬、滑空状態にさせると、そのまま滑るように敵艦の甲板へと突っ込んでいった。

「うわあああああああああ!!」

「ひっ!! 何だあああああああああ!!」

 そんな叫びが口々に聞こえてくる。衝撃の瞬間、剣心は敵騎士を抱えて跳躍した。

 後に残った風竜は、甲板で仰向けに伸びていた。

「て、敵か!!?」

 乗組員の一人が杖を向けて叫ぶ。甲板上は大慌ての様相だった。だがそれも仕方のないこと。

 

 敵輸送船上で誰かが落っこちたと思ったら、竜騎士を乗っ取りそのまま此方へと向かうなんて、想定する方が難しい。

 

 周囲の乗員達も、臨戦態勢に映る。中には騒動を聞きつけたメイジが、おっとり刀で駆けつけてきた。

 次の瞬間、乗員が見たものは……。台風の如き動きまくる一人の剣士と、その剣で巻き上げられる自分の視界。

 そして暗転だった。

 

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