るろうに使い魔‐ハルケギニア剣客浪漫譚‐   作:お団子

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第七十九幕『月夜に輝くMIRAGE(ミラージュ)

 

「うっそお……」

 輸送船団、船上にて。

 この戦から『水精霊騎士隊』の隊長となったギーシュ・ド・グラモンは、真下へと落ちて行った緋村剣心の、その後の行動を見て唯々唖然としてた。

 彼が、あらゆる意味で規格外なのはアルビオンの密命時に分かっていたつもりだったが……。それでも敵の竜に乗ってそのまま敵船に攻撃を仕掛けるなど、思ってもみなかった。

 下から向かって来た敵船の一隻は今、煙をあちこち上げながらゆっくりと下降していく。砲撃の音も止んで、もはや戦力足りえていないようだ。

 そしてその感想は、隣で同じく見つめていた学生たちも同じだった。

「ねえ、あいつ何やってんの……?」

 と、マリコルヌが冷や汗交じりに問えば。

「敵船で大暴れ? いや、ぼくもよく分かんない……」

 と、レイナールが朧気ながらの推測を答え、

「いやいや、ありえねえだろ……。あいつ平民だぞ! 船にはメイジもいっぱいいるだろうに……」

 と、スティクスが現実逃避するように否定すれば、

「だがよう、キュルケの奴がよく言ってたぜ。彼は別格だって。散々聞かされたからなあいつの事……」

 と、ギムリが何とか現実を直視する発言を残す。

 混乱で呆然とする学生組。ただ、彼らでもこれだけは分かる。

 アイツは只の平民じゃない。自分達とは遥かに別の次元の強さと大胆さを兼ね備えている強者ということに。ようやく気付きかけていた。

 

「坊ちゃん達、呆然としている所すみませんが、ちょっとこっちを手伝ってもらえねえでしょうか?」

 そんな彼らに声をかけたのはニコラだ。見れば、消火作業は終わっているものの、その後の修繕作業を行っているらしい。

 普段ならばなぜ貴族の自分がそんな事……、と思ったかもしれない。しかし、この数分で味わった途方もない無力感が、彼らを素直にさせた。

「あ、ああ。待っててくれ」

 ギーシュはそう言って、杖を振り再びワルキューレを生成させる。青銅の戦乙女が木材運びに従事するのは中々に滑稽に見えたが、ギーシュは文句一つ垂れず巧みに指示した。

 ありがとうございやす。とニコラは頭を下げ、そしてギーシュに小声でこう続けた。

「隊長さん、気持ちはわかりやす。しかし……、間違っても彼の真似事はしてはいかんですぜ」

「……何故だい?」

 先ほどの剣心の動きを思い返していたギーシュは、その言葉で現実に帰る。対するニコラは少しため息をついた後、こう続けた。

「あの人は……、自分よりもはるかに恐ろしい戦場を、沢山潜り抜けてきた。だからあんなにも大胆に動けるんでさ」

「……今のぼくでは無理だと?」

「はっきり言います。年季の問題じゃないんでさ。何で生きているのか不思議に思うような地獄を見てこなきゃ……ああはなれないんです。隊長があんな無茶をやったら、みんなが悲しむようなことになりやす。くれぐれも、自分が隊長という自覚をもって下せえ」

 ギーシュはふと、雑務に黙々と勤しむ学生たちを見やり……、そして自分が『隊長』という重荷を背負ったことに、ゆっくりと自覚が芽生え始めていった。

 

 

 

 

 

第七十九幕『月夜に輝くMIRAGE(ミラージュ)

 

 

 

 

 

 敵船の一隻で暴れまわった剣心は、最低限フネの移動に支障をきたさない船員や医者、非戦闘員や少年兵には何もせず、その場を後にした。

 彼の周囲には、杖を折られ、痛みで呻く戦闘員やメイジたちがあちこちに倒れている。戦に駆り出された少年たちは、無傷ではあったが船内の隅で震えていた。

 

 皆、唯々何が起こったのかわからなかった。

 理不尽な台風に遭ったかのような……、そんな感想しか抱かせなかった。

 

 その台風を生み出した張本人。剣心は最後に、浮遊に必要な風石を集めた蔵を襲撃。

 最低限の浮力を残して後はすべて破壊した。これ以上追ってこれないよう、かつ海面に着水しても沈むことが無いようにという、措置である。

 そして船上に再び戻ると、今度は船端から真下を見た。

 

 あと四隻。下から上がってくる戦列艦がある。剣心は全部潰すつもりだった。

 

「行くぞデルフ!!」

「えっ、行くって、竜はもう……って!!」

 デルフの言葉など待たず、剣心は一気に跳躍して船から飛び降りた。

 

「相棒!! だから!! 無茶しすぎだってぇぇええええええええええ!!」

 二つの月が光る闇夜。デルフは再び叫んだ。

 

 真上の戦列艦の異変には、とっくに気付いたのだろう。メイジたちは泡を食ったように砲撃や魔法を撃ち放った。

 しかし、相手が無機物ならば、剣心は容赦なくデルフを振るえる。魔法は吸収し、砲弾は爆発する前に全て真っ二つになった。

 背後で遅れて発生する爆発に、剣心は上手く乗っかりさらに加速させる。

 そしてマストの帆に上手く身体を埋め、回転しつつ滑りながら優雅に二隻目へと着地した。

「なっ何だ貴様!!」

「や、やれ! 殺せ!」

 焦りと怒りが混じった声とともに、魔法での攻撃が始まる。

 しかし、今の『ガンダールヴ』の力を自在に操れるようになった剣心の前には、全ての動きが止まって(・・・・)見えた。

 デルフを戻し、今度は逆刃刀に手を添える。その隙ですら、敵メイジからすれば視界にとらえられない。

 そして逆に相手からすれば、剣心の今の動きは……、まさに『台風』そのものであった。

 それもただの台風ではない。

 

 

 神速。故に、静止する『龍巻』――――。

 それが、迫ってくる。

 

 

「ひっひいいいいいいい! 来るな! 来るなあああああああああああ!!」

 そんな絶叫も、飛び交う魔法も、銃声も……、全てが飲み込み消えていく。

 唯々理不尽な『現象』に、抗える者は皆無であった。

 

 二隻目の戦列艦が、もうもうと火の手を上げていく。

 それは、風竜アズーロにまたがるジュリオからもはっきりと見えた。

「……彼だけは敵にしたくないなぁ」

 ジュリオはぼそりとつぶやく。戦列艦上で暴れまくっている光景を見れば、そう思うのも致し方ないことなのだろう。

「やっぱり、この戦の命運を分けるのは、彼とこの子か……」

 と、今度は後ろのルイズを見る。彼女は今、目をつむって朗々とルーンを唱えている。

 その声を聞くとえもいえない浮遊感を味わうのは……自分も『虚無の使い魔』だからであろうか。

 子守歌のようで、心地いい。

 そして一瞬、思い返す。自分を使い魔にしてくれた『教皇』……。彼の虚無は何時、目覚めるのだろうか……と。

 彼の母が持っていったという『火のルビー』。あれの所味が掴めなくば……真の意味でロマリアは動き出せない。

 そのために一度タルブへ向かったけど、結局は空振りで終わってしまったことも同時に思い出した。

 

 『虚無』の力、『聖地』。そして『ガリア』に『レコン・キスタ』……。現状、問題は山積みだ。

 

 だが、今だけはその呪縛から解放されるかのような……そんな高揚感が心を満たしていた。

 

 そんなことを考えている間に、呪文を唱える声が静かに消えた。詠唱が完了したのだろう。ルイズの周りに、見えない圧がまとわりついていくのを感じる。

「さてと、きみは一体、何を見せてくれるのかな!?」

 それを合図に、ジュリオはアズールに命じてさらに高く飛び上がった。

 

 

 一匹の風竜は、今の艦隊の状況が俯瞰できる程の高さまで飛び上がった。

 そこまで来た時、ルイズは目を見開いた。

 そして……輸送船団へと横殴りに接近してくる戦列艦を見やりながら、杖を振った。

 

幻影(イリュージョン)!!』

 

 刹那、アズールやジュリオの目から、自軍の艦隊の姿が消えた。……否、雲と霧だけになった。

 

 

「将軍! ホーキンス将軍!!」

「何事だ!!」

「艦隊が、敵輸送船団が消えました!」

 これから敵輸送船団へ殴り込みをかけようとした時、見張りからの報告を受けたホーキンス将軍は、「バカな!」と叫んだ。

 いくら夜で視界が効き辛いとはいえ、先ほどまで竜騎士による『ライト』の観測で、輸送船の影は確認できた。それが消えた!?

 慌てて外に出るが……、確かに敵船の姿は影も形もない。砲撃音すらも、かき消えていた。

 混乱する将軍をよそに、更なる混迷が訪れる。

「将軍! ホーキンス将軍!!」

「今度は何だ!?」

「艦隊が、敵船が我が船団の背後に現れました!!」

 再びホーキンス将軍は「バカな!?」と、先程よりも大声で叫んだ。

 慌てて船尾に向かうと……、なんと連合の戦列艦隊が、此方へ向けて攻撃を仕掛けているではないか。

 砲撃音とその閃光がひっきりなしに聞こえてくる。まだ着弾はしていないようだが……、このまま背後を取られていたら一気に不利になる。

「どうしますか!? 将軍!!」

「指示を、お願いいたします!!」

 数少ない生き残りの精鋭部隊の部下ですら、自分に指示を仰ぐ始末。実際、自分も最高司令でなかったら誰かに指示を仰ぎたい所であった。

 

 いきなり艦隊が、背後に『瞬間移動』したように見えたのだから。

 

 ふと、将軍の脳裏に過るのはタルブで起こったという『奇跡の光』。

『レキシントン』を筆頭に、アルビオンでも屈指の空軍が、あの光ですべて葬られた。

 もしやこれは……、それに類する現象なのだろうか。

 だとすれば……、この戦い、勝ち目はないのでは…?

『虚無』について、何一つ分からないホーキンス将軍だからこそ、今巻き起こっている謎の現象の詳細が分からず、心底恐怖を感じていた。

「将軍! ご命令を!!」

 部下の叫びで、ホーキンス将軍は我に返る。とりあえず、このまま呆然と立ち竦んでいるわけにはいかない。

 すぐさま、指令を伝える。

「全軍反転!」

 敵軍がアルビオンに上陸する前に蹴りを付けないと、『ロサイス』に帰れなくなる。

 まだ別の港もないことはないが……、それでも主要の港、特に北の『ダータルネス』はガリアに取られてしまっている。そして新皇帝クロムウェルは……、何を考えているのかさっぱり分からない。

 だからこそホーキンスは、この戦いこそアルビオンと連合軍のその後を分かつ、天下分け目の戦いだと思っていた。

 一瞬の判断も許されない。だからこそ反転して背後に回った敵軍へと攻勢を加えようとしていた。

「もう二度と遅れを取るな! 連合軍に目にものを見せてやれ!!」

 

 

 

「なるほどね。敵船の背後に幻影を出して『瞬間移動』したと見せかけたわけか」

 真上から敵艦の様子を俯瞰していたジュリオは、冷静に分析しながら一人で呟く。

 輸送船団含む自軍の艦隊全ては、雲で覆い隠し、横殴りに来た敵戦列艦の背後に、砲撃を加える自軍の戦艦を見せつける。

 これにより『背後に回った』と錯覚した敵艦は今、Uターンをしながら元来た道へと戻っていく。

 おそらく輸送船に乗っている人たちから見れば、『アルビオン軍が慌ただしく勝手に帰っていく』ように見えているだろう。

 そして真下からの奇襲は、ルイズの使い魔緋村剣心が全滅させている。

 正面で戦っている艦隊も、徐々に戦火の匂いが弱まっているのを感じる。山場は通り過ぎたと、ジュリオははっきりと肌で感じた。

「……ふにゃぁ」

 さて、強力な虚無の魔法を使ったルイズは、ふらふらとした様子でジュリオの背中に身を預けた。

「お疲れ様、流石だね。あれならいずれやり過ごせるだろう」

「……本当?」

「ああ、疲れたろう? 今は寝ると良い」

「……ケンシン、は?」

「彼なら大丈夫さ。それはきみもよく知っているだろ?」

「そう、ね……」

 やがて力尽きるかのように、ルイズは目を閉じる。

 それを見届けたジュリオは、彼女の頭を撫でながら、こう言った。

「ゆっくりとお休み。ミス『虚無(ゼロ)』」

 

 

 

 

 

「……やっぱり、あんた、知ってたのね。わたしが『虚無』……だって、こと」

 

 

 

 

 

「――――!?」

 ジュリオは驚いて目を見開いた。もう寝たのかと思って油断した。

 見ればルイズは、必死に手に力を込めながら、ジュリオの服を掴んでいる。

 本当に眠いだろうに、それを芝居として利用してきたことに、ジュリオは呆気にとられた。

「……寝てなかったのかい?」

「お生憎様、あなたが言ったのよ……。『駆け引きは覚えた方が良い』って……」

 襲撃前に交わした話を思い出し、あちゃあ……、とジュリオは頭を叩く。

「教えて……? あなた達ロマリアは、何を企んでいるの……? 何であなたは『虚無』を知っているの?」

 その問いに対し、ジュリオは無言で返す。一瞬にこやかな笑顔が冷たくなるのを、ルイズは見逃さなかった。

 ワルドとの邂逅以降、ルイズは『人の笑顔』に、かなり敏感になっていた。ずっと使い魔のニコニコ顔を見てきた……というのもあるが、そのおかげでジュリオの笑顔も、ワルドのそれに類するものだと、薄っすらとだが察していたのだった。

 人を利用するため、油断させるためにする笑顔。ルイズだってもう、二度は騙されない。

「……いつか答えるさ。今はまだ、時期尚早ってことで、納得してくれ」

 先ほどの問いに、やや遅れてジュリオは答える。

 ルイズも、大した答えは期待してなかったのか、すぐに続けてこう言った。

「……ケンシンを、迎えに行って」

「何言ってるんだい? まだ寝ないつもりかい? 疲れただろ?」

「あなたの背中の上で、寝たくないの。何されるか……分かったものじゃないでしょう? それに……」

 今にも瞼が降りてきそうな様子なのに……、それでも必死でルイズは起き続けていた。

「呪文を唱えている時に、ケンシンの視界が見えたの。今、真下からくる敵船で戦っているんでしょう?」

「……」

「あれじゃあ帰れない。だから、あなたが迎えに行くの。いい?」

 ジュリオは無言で頷いた。どの道、剣心は迎えに行くつもりではあったのだが……、なんか面白くない。

 だが、今はそういった負の感情を振り払い、にこやかな笑顔を務めて作って、ジュリオは言った。

「了解。精々途中で寝ないよう気を付けてくれよ!」

 そう言って、今度はアズーロに急降下を命じた。

 

 

 

「ぐわぁ!?」

 戦列艦船上。船内にて。

 剣心は今、最後のメイジの杖をへし折っていたところであった。

 杖の持ち主は、更なる逆刃の追撃を受けて、白目をむいて倒れていく。

 これで五隻目。奇襲船団は無事撃破。輸送船が急襲を受けることはなくなった。

「あとは風石蔵でござるな」

「あぁ、そうだな……」

 デルフが鍔越しに呻いた。どうやら剣心の無茶ぶりに相当ドン引きしているようだ。

「ったく、無茶しすぎだぜ本当に。乗ったこともねえ竜にまたがるしよぉ……」

「まあまあ。なんにせよ、これ以上船団が被害を受けることはないでござろう」

「何にしても、もうこんな無茶は勘弁願いてぇもんだ。サーシャの奴だって、こんな馬鹿やらなかったぞ…」

 ぽろっと、不意に出てきたかのような単語。

 デルフの口から聞きなれない人の言葉を聞いた剣心は、目を丸くした。

 

「サーシャ?」

 

 それを聞いたデルフは、ハッとしたような様子で鍔を一際大きく鳴らした。

「サーシャ、おおサーシャ!! 懐かしいなぁその名前!! 大昔の相棒!!」

「そのサーシャ……殿が? 昔のお主を使っていたのでござるか?」

「おうよ! エルフだったんだけどな。ブリミルの『ガンダールヴ』として、その背中を守ってたんだ。懐かしいなあ……」

 しれっと爆弾発言を続けるデルフ。この世界の人間ではない剣心ですら、その言葉を聞いてあんぐりとした。

 

「ブリミルがエルフを使い魔にしていたってござるか? 拙者のように? でもエルフって……」

 

 学院で、歴史の授業をルイズの隣で聞いていたことを思い出す。この世界でいう『エルフ』という種族は、高い能力を持ち何千年にもわたって『聖地』をめぐり争ってきた不倶戴天の敵だと、そう教えていたのだ。

 勿論、その授業だけで『エルフは敵』という認識までは持っていない。実際に会うまでその考えは保留にしていた。

 しかし、始祖とエルフがそんな密接な関係にあったということに、少し驚く。

「まあね。とにかくサーシャとおりゃあ、いいコンビだった。二人して、散々暴れたもんだ。まっすぐな子だったなあ……。ちょっと気が強くって、プライドが高くって、そんで泣き虫で……」

「なんだか、ルイズ殿のような御仁でござるな」

「おお! 言われてみりゃああの娘っ子に近かったな!!」

 風石蔵まで歩きながら、剣心はデルフの思い出話に耳を傾けていた。

「色んな冒険をしたのでござるか?」

「それがよお……結構断片的なんだわ。つまらねえことは覚えているんだが、細かいところまでは靄みてぇのがかかってなあ……けど」

 それからデルフリンガーは、どことなく寂しそうな声で、こう続ける。

 

「ぼんやりと……、だけどな。とても悲しいことがあったのは覚えてる」

 

 それを聞いた剣心は、済まなさそうに頭を少し下げる。

「……失敬、踏み込みすぎたでござるか?」

「いや、相棒が謝るこっちゃねえ。ああそうだ……」

 ここでデルフは、何か思い当たるような節でこう続けた。

 

 

「何つうか……そうだ。サーシャの剣技。なんか相棒の『飛天御剣流』に……、なんか似てるっていうか……、いや、はっきり言っちまおう。似てた(・・・)。そんな事だけは今思い出したぜ」

 

 

「…………??」

 どういうことだ?

『飛天御剣流』を、サーシャが使っていた可能性が?

 接触があったっていうことか? 六千年も前の過去に? いったいどういう事なのか?

 流石にその言葉には、剣心も反応せざるを得なかった。

「済まぬデルフ。先ほど謝ったばかりでござるが……もっと思い出せぬか?」

「わりぃ。本当に所感でしかねえんだ。でも、近かった。何だろうな……。もっと俺を振ってくれれば、思い出せるかもしれね――――」

 刹那、剣心はデルフリンガーを引き抜いて縦に、床に突き刺した。

 遅れて飛んできた『炎球』が、刀身に当たり吸収していった。

 

「あぁ、ぁぁ……っ!」

 射線の先には、おびえて杖を振っていたメイジがいた。

 見た目からして少年兵。剣心を蔵へ行かせないようにと、勇気を振り絞って魔法を放ったのだろう。

 しかし、その攻撃もあっさりと防がれてしまった。がちがちがち……と歯の根が合わず震えている音が、こちらからも聞こえてくるようだった。

「…………」

 剣心は無言で少年兵を見る。少年は、泣きながら目を閉じた。返り討ちに遭うこともまた、覚悟の上であろう。

 一方で剣心はデルフを納めると、少年には何もせず最後にこう言った。

「済まぬでござるな。だがお主らはこんなところで命を捨てず、この戦の先を生きるでござるよ。投降するのであれば、アンリエッタ殿なら悪いようにはしないでござる」

 そして、この船の者はみな気絶だけで生きている事だけを伝え、速足で蔵へと向かった。

「やれやれ、相棒って、無茶する癖に甘々なんだからねぇ」

 

 

 船を浮かす風石蔵は、大体最下層に存在する。

 そこへ向かう扉を開け、貯蔵している風石にデルフを直接突き刺して魔力を吸収する手法を使い、浮力を落としていた。

 これなら、船を必要以上に破壊することなく着水できる。無論、大砲などの武装はきっちり全て壊しており、他所の被害も出ないようにしていた。

「さて、後は……」

 どう帰るか。

 そんな思案をしながら、剣心は甲板に出た。

 周囲には伸びたままの船員があちらこちらにいるが、皆ちゃんと逆刃で叩いているので生きている。

 気絶した船員たちの間を通るように、剣心は歩く。ここでデルフが疑問の声を上げた。

「なあ相棒、もしかしてだけど……帰る方法考えてなかった?」

「…………」

 無言。デルフは思いっきり、ため息をついた。

「相棒って、勘も頭もいいくせに、肝心なところは勢い任せなところあるよな……」

「…………」

 剣心は何も言わず、輸送船団があった(・・・)方を見やる。

 今は雲に覆われ、船団が見えない。だが砲火らしき音は消えている。

 横殴りに襲ってきた敵艦は、船の向きを百八十度変えながら、あらぬ方向へと砲弾を撃っていた。

「ルイズ殿の魔法、どうやら『幻影』を見せる類のようでござるな」

「みてえだな。相棒ちょっとホッとしたろ? 娘っ子が人を傷つけるような魔法を覚えてなかったようで」

「そうでござるな」

 剣心は頷いた。今の所、一番の懸念事項がそれだったからだ。

 彼女には絶対、人殺しの魔法を覚えてほしくはない。味を占めてほしくない。

 その先にある『咎』を、背負わせたくなかった。心優しい彼女は、絶対それに耐えられないだろうから―――。

 

「……――?」

 一人思案に暮れていた考えていた矢先……。剣心の視界に、一匹の風竜が見えた。

 グングンとこちらに向かってくる。アズーロだ。

「ケンシン! 乗って!!」

 アズーロの上、ジュリオの背後に乗ったルイズが、手を此方に差し出してくる。

 剣心は跳躍し、彼女の手を取った。

「あれは、ルイズ殿がやったのでござるか?」

「うん。『幻影(イリュージョン)』っていう魔法。幻を見せるんだって……」

 剣心はルイズの背後、アズーロの最後列に乗る。

 前にジュリオ、後ろに剣心。二人に挟まれる位置にいたルイズは、ジュリオではなく剣心の方へ身を寄せた。剣心の胸元に向けて、ぽんと後頭部を、背中を預ける。

「やれやれ」と肩を竦めるジュリオをよそに、ルイズはゆっくりと船をこぎ始めた。どうやら自分が来るまで、ずっと眠気を抑えていたらしい。

「ケン、シン、わたしも、戦える、よ。だから……」

 もっと頼って……。

 それを最後に、ルイズは寝息を立て始めた。

(ルイズ殿、今はゆっくり休むでござるよ)

 彼女の髪を撫でながら、険しい顔で船団の向かう先……まだ見えないアルビオン大陸を見つめた。

「もう気付いていると思うけど、彼女。きみが来るまでずっと起きてたんだよ」

「……そうでござるか」

「きみもわかっただろ? 彼女……ルイズは、きみの想像を絶する力を持つと。もうちょっと信を置いてみたらどうだい?」

「……して、お主()はルイズ殿の『虚無』で、何をさせたいのでござるか?」

 一瞬、沈黙が流れる。剣心は再び口を開いた。

「タルブからずっと考えていたでござるよ。お主が本当に求めていたもの。それは気球などではなく『始祖の祈祷書』なのではござらんか?」

「何故そう思うんだい? ぼくは何も言ってないのに……」

「ルイズ殿の、マントの裾」

 ぎょっとして、ジュリオは後ろを振り返る。確かに、ルイズのマントの端に、何か文字が書かれていた。

 眠気に襲われながらも、振り絞って杖で刻んだのであろう。そこには『ロマリア、わたしが虚無と気付いている』と、小さく書かれていた。

 剣心は真剣な眼差しで、ジュリオを見つめた。思わず背筋が凍りそうな、鋭い目だ。

「まったく、きみたちは本当に……敵にしたくない相手だよ」

 剣心はともかく、正直ルイズは舐めていた。ここまで考え動くなんて……。それもこれも、全て『剣心なら気付いてくれる』という信頼の上での行動なのだろう。

 ジュリオは苦笑して両手を上げた。『今は』なにもしない。そういう意思表示のようだ。

「彼女にも行ったけど、時期が来たらいずれ話すさ。すごく大事な話だ。今はまず、『レコン・キスタ』をどうにかしないと……ね」

 そう言って、アズーロのスピードを上げさせる。

 ルイズが気絶したため、『幻影』の効果が切れ、再び姿を現した連合軍の船団向けて、飛んでいった。

 

 

 

 戦列艦同士の殴り合いも、遂に終結の兆しが見えてきた。

 艦の辺りは出撃時の三分の二に減った、戦列艦隊がよろよろと、這うようにしてアルビオン大陸を目指していた。

 トリステイン・ゲルマニア艦隊は戦闘に勝利したのだった。突っ込んできたアルビオン艦隊をなんとか退けたのである。アルビオン艦隊はその数を半分以下に減らし、ほうほうの体で逃げ出したのである。

 

 なお、この勝利の真の立役者である……、虚無の担い手ルイズ・フランソワーズとその使い魔、緋村剣心の名が出ることはなかった。

 

 横殴りに輸送船団を攻撃した戦列艦が、勝手にUターンしたことについては『なんか敵が勘違いしたのだろう』という理由で、上層部はあっさりと処理した。

 それがまかり通るぐらい、戦列艦同士の殴り合いは熾烈を極めていたのであった。

 

『ヴュセンタール』号の作戦会議室で、ド・ポワチエ将軍は報告を受け取った。ロサイスに偵察に向かっていた、第一竜騎士中隊の一騎士からのものであった。

 ド・ポワチエはにっこりと、満足げな笑みを将軍は浮かべる。参謀総長のウィンプフェンが、上官の顔を見つめ「朗報のようですな」と呟いた。

「ロサイス付近は、も抜けのからとの報告だ」

「これで第一の関門は通過できましたかな」

 ド・ポワチエは頷いて、命令を発する。

「これから艦隊は全速をもってロサイスに向かう。上陸の打ち合わせをせにゃあならん。 各隊の指揮官を集めろ」

 将軍の命令を受けて、伝令がすっ飛んでいった。

 やがてド・ポワチエはニヤリと笑る。

「さて、オレが元帥になれるかどうか、今後の一週間にかかっているな」

 上陸は成功しても、苦しい戦いになるだろう。ガリアが先にダータルネスを占領したとは言っても、アルビオンにはまだ手つかずの五万が眠っているのであるのだから。

 だが、ド・ポワチエは気づかない。

 自身の昇進だけしか見えていない彼の背後で……、怪しげに笑う人影がいるということに。

 

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