るろうに使い魔‐ハルケギニア剣客浪漫譚‐   作:お団子

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第八十幕『追憶① -The beginning-』

 

「山を下りることは許さん!!」

「何故ですか、師匠!?」

 その声で、ルイズは目を覚ました。少し凍えるような肌寒さが伝わってくる。

(なんの声? ここどこ?)

 ルイズは身体を起こす。

 船上ではないのかしら? それとももうアルビオンについたの?

 そんなことを考えながら周囲を見渡す。どうやら小屋の中にいるらしい。立ち上がって、出口から外を見る。

 そこにあるのは、一面の雪景色と……、幼き剣心が、あの伝説の外套を身に纏った男と、口論をしている現場であった。

(もしかしてこれ……、ケンシンの、過去の記憶?)

 ルイズは目を見開かせる。

 どうやら自分は再び、使い魔の過去の記憶の中に、迷い込んでしまったようだ。

 

 

「こうしている間にも、大勢の人が動乱に巻き込まれて死んでいるのですよ! 今こそこの力を……、御剣流を人々のために使う時でしょう!?」

 そう叫ぶのは剣心だ。年は今のルイズより少し下ぐらいに見えた。あどけない顔ながら、情熱を湛えた目を見開いて必死に叫ぶ。

「その動乱の世にお前が一人で出て行ってどうする? この乱世を変えたくば、いずれかの体制に組するしか策はない。……だがそれはすなわち、権力に利用されるということだ。俺はそんなことのために、お前に御剣流を教えたわけでは無い」

 そう冷静に諭すのは、剣心の師匠。『英雄の外套』を見に纏った大男だ。

 確か名前は……。

(ヒコ……、って言ってたっけ)

 ルイズは二人の言い争いを、ただただ聞きに回っていた。

 しかし今度は……、この夢は、何を見せようというのであろうか? そんなことを考えながら。

「お前は外のことなど気にせず、修行に励めばいい」

 どうやらこの比古という男は……、剣心が言う『動乱の世』へ向かうのに反対なようだ。そして剣心は何故わかってくれないのか、やりきれなさそうに叫んでいた。

(ケンシンも、あんな風に感情をむき出しにすること、あるんだ……)

 なんだかわたしみたいね。と、どこか客観視して今の幼い剣心を見る。

「目の前の人が苦しんでいる。多くの人が悲しんでいる。それを放っておくなど、俺にはできない!」

 ああでも、根っこは今も変わっていないのね。とルイズは胸をなでおろした。

 私利私欲などではなく、人助けするために剣を振るおうとしている。順当に『心太』の頃から成長したであろう剣心の姿に、ちょっと安堵する。

「そうよ! ケンシンは人々のために戦おうとしているんじゃないの! 何で止めるのよ!」

 ルイズもそう、比古に食って掛かった。

 すると比古は剣心の方へと向き直り、こう告げる。

「飛天御剣流は比類なき最強の流派。例えるなら『陸の黒船』」

「だからその力を今こそ使うべきでしょう!? 時代の苦難から人々を守るために!! それが御剣流の―――」

「剣は凶器! 剣術は殺人術! どんな綺麗事やお題目を口にしてもそれが真実!! 人を守るために人を斬る。人を生かすために人を殺す。それが剣術の真の理!」

 比古は語気を強めて言い返してきた。その気迫に、ルイズも若干気後れしてしまう。

 何ていうか……、『虚無』という強大な力をどう使うか考えているだけに、自分も説教されている感覚に陥ってしまったのだ。

(なによ、なんでわたしも怒られているような感じになるの……?)

 ルイズは分からなかった。何故比古はこんなにも止めるのか。多分今の幼き剣心と同じ感想を抱いていた。

 しかも剣心は、自分と違って『見返してやりたい』という動機ではない。ただただ『人々のため』という、何処までも立派なものだ。なのに何で……?

 しかし、ルイズがそう思う中でも、比古の説教は続く。

「俺はお前を助けた時にも、何百人もの悪党を斬り殺してきた。……が、奴らもまた人間。この荒んだ時代の中で精一杯生きようとしていたに過ぎん」

 それを聞いて、ルイズはふと思い出す。三人の女性が、剣心をかばって死んでいったことを。

 そして剣心を殺そうとした……、あの野盗の目を。一生自分にはできないような……、必死の形相を。同時に過り、身震いする。

「この山を一歩出れば、待っているのは各々の相容れない正義に突き動かされた、飽くことのない殺し合いのみ。――それに身を投じれば、『御剣流』はお前を、大量殺人者にしてしまうだろう」

(あ、そうか……! 人斬り抜刀斎……!)

 それを聞いて、ようやくルイズも分かった。比古は、剣心を『人斬り』にさせたくないのだと。

 次に脳裏に過るのは……清里を殺したあの夜。あの、冷徹で無慈悲な殺人鬼のような目をした剣心の表情。

 比古は、彼がああなってしまうということを、予期していたのだろう。

「ケ、ケンシン……」

 先程とは一転、ルイズは不安の目で剣心を見る。確かに剣心が『人斬り抜刀齋』になんて、なってほしくない。

 でも分かっている。これは夢であり、彼の『記憶』の一部。自分が干渉なんてできるわけもない。事実、二人はルイズの存在などないかのように話し合っている。剣心に触れても、幻影のようにすり抜けるだけだった。

 ただ、晴天の中で煌めく雪原の上に立つ感覚だけは……しっかり伝わってくる。まるで本当に自分がこの場にいるかのよう。

「それでも、俺は……この力で、苦しんでいる人々を救いたいんです! 一人でも多くの人を、多くの命をこの手で、守りたい……!」

 一方の剣心も、決して引かなかった。聞き分けられず我を貫く強情な感じが……、今の自分と本当に似通っていて、ルイズを不思議な気持ちにさせるのである。

 わたしも、今の剣心からはこう見えているのかしら? そう思ってしまうぐらい、この幼き剣心も譲らなかった。

 やがて、それを聞いた比古は背を向け歩き去る。

「お前のような馬鹿はもう知らん! どこへでもさっさと行ってしまえ」

 最後にそう、言い残して。

 そしてここで一度、ルイズの視界は暗転した。

 

 

 

 

 

第七十八幕『追憶① -The beginning-』

 

 

 

 

 

「あれ……、ここは?」

 次にルイズの視界に映ったのは雨の中、沢山の人々がにぎわう、どこかの畑の中で設けたであろう訓練場であった。

 今ルイズの目の前には、あの幼い剣心が刀を一本手に、巻藁の前に立っている。

 ルイズはふと周りを見渡した。いかにもな力自慢を謳っているような男たちで溢れかえっている。

 格好は皆貴族とは程遠い、農村のような人々しかいない。そんな彼らが巻藁に向かって、各々持ち寄った武器をぶつけていた。

 端の看板には、ルイズはこの国の文字は読めなかったが……、剣心が一瞬そちらに目をやった瞬間、脳内で文字の意味が流れてきた。

 

『奇兵隊 練兵場』

 

(キヘイタイ? ってことはケンシン、ここで働くつもりなのかしら?)

 何故剣心が『奇兵隊』を選んだのかはさっぱり分からない。ただ、その歩みだけは迷いがなく毅然とした様子。

 そして巻藁の前で一瞬、構えると――。抜刀一閃。見事真っ二つに斬り飛ばした。

「……すごい」

 いつ見ても、剣心の抜刀術は惚れ惚れする。流暢で、それでいて一切の無駄がない。この時点でかなり極めているのであろう。

 自分よりも年下に見えるのに……、剣も極めると、感嘆としたものしか浮かばないから不思議である。

 見れば、他の力自慢の人たちも、剣心の技に驚いているようであった。そしてその中を割って出るかのように、二人の男が姿を現した。

 

 

「急に呼び出して済まなかったね。遠目で君の技、見させてもらったよ」

 やがて剣心は、やってきた二人に誘われる形で、別の部屋へとやってきた。

 目の前には、物優しい雰囲気を纏わせた男性が、酒を汲みながら剣心と話しているようだ。その彼の右隣りには、三味線(ルイズは分からなかったが)を弾いている、斜に構えたような男が無言で話を聞いていた。

 

 

 後の維新の三傑の一人。長州派維新志士筆頭『桂小五郎』と奇兵隊結成者『高杉晋作』だ。

 

 

「あれが飛天御剣流か。話に聞いていたがまさか本当に存在するとは……」

 無論、ルイズは彼らがその後の偉人になるという事を知らない。なので、剣心の視点で彼らの雰囲気を推し量るしかなかった。

 まあ、偉い人なんだろうなあ……。というのは漠然と理解してはいたのだが。

 そんな中、桂は問う。

「一つ聞くが、飛天御剣流で人を斬った事はあるか?」

「いいえ」

「では、人を斬れるかと思うか?」

 

 え?

 あまりに突飛な質問に、ルイズは若干口が半開きとなってしまった。

 いきなり剣心に対して、闇を背負わせるかのような発言。ルイズでさえ、この雰囲気を異常に感じていた。

 しかし、真剣な様子で桂は続ける。

「綺麗事を言うつもりはない。これは人殺しだ。だが新たな世を作るには、古きものを打ち壊さねばならない。……嫌な役回りだが、誰かがこれをやらねばならん」

 桂の言葉には熱と力があった。それだけ、今の世を憂い、そして変えることに躍起になっているのはルイズも、何となくだが理解する。

 

(けど! それをケンシンに全てを負わせるのはどうなのよ!!)

 そんな気持ちが、どんどん強くなっていく。

 しかし、周囲はルイズの存在など無いかのように、話は進んでいく。

「お前は自分の力を、人々を守るために使いたいと言った。ならばその力、俺に貸してほしい。新時代のため、君は人を斬れるか?」

 ルイズは怖くなっていった。桂の目にあるのは、綺麗な筈なのにどこか『狂』のようなものを感じていた。そして狂気の先鋒を、剣心に押し付けようとしてる。

「ねえケンシン! 断りなさいよ。駄目よこんな奴らの話に乗っちゃ……!!」

 思わず身を乗り出してそう告げる。勿論……そんな行動を見とがめる者はここにはいない。

 しかし、剣心は何処までも純朴な瞳を湛えて、桂を見据えてこう言うのであった。

 

 自分の汚れた血刀と、犠牲になった命の向こうに……、

 

「えっ…!?」

 瞬間、ルイズの目の前が真っ赤に染まった。

 剣心が……、初めて人を斬り殺した現場に、立っていたからであった。

 目の前には、脳天を真っ二つに割られた死体が、地面に倒れている。

 鳥居の下、陽が遮る森の中で、燦然と人殺しが行われているのだった。

「あっ、ああぁ……」

 再び、桃髪が真っ赤に染まる。手に、血がかかる。

 身体が震えた。

 

 誰もが安心して暮らせる『新時代』があるんだったら、俺は――――、

 

 次いで、ルイズの視界は目まぐるしく変わる。闇夜に身を預け、相手に悟らせず、唯々無表情で人を斬り殺す。

 そのたびルイズの顔に、髪に、体に……真っ赤な塗料が、何度も被るのであった。

 まるで、自分も人を殺しているかのような感触……。

 

 

 天に代わって、人を斬る。

 

 

「やめてよ……ケンシン……!」

 こんなの間違っている。

 だが、剣心はルイズの心情とは裏腹に、どんどん人を斬り殺していく。

 その中には清里―――あの、剣心の左頬に傷をつけた青年もいた。

「やめて……、やめてえええええええ!!!」

 剣心が決して私利私欲ではない、大義のために人を殺すのは、ルイズも流れの中で、頭の中で理解はしている。

 彼……、清里も、その大きな流れの中に飲まれた犠牲者に過ぎない。それは分かっていても、剣心が人を殺すのを、ルイズはもう見たくはなかった。

 そして、次にルイズが剣心を見た時は、もう……、あの時のような、見る者全てを凍てつかせるような、あの怖い目に仕上がっていた。

 

 

『人斬り抜刀斎』に、なってしまった。

 その瞬間を目撃したルイズは、ただただ悲しい思いで心が押し潰されそうになっていた。

 

 

「――――はあっ!! はぁ……」

 ルイズの視点は、再び変わる。

 今背後にいる剣心は、桶の水で手を洗っている所であった。左頬に一筋の傷があることから、清里殺害後の記憶の中にいるようだ。

 その表情は険しく、冷たい。あのあどけない表情が完全に消えてしまったことに、チクリと胸を痛ませる。

「オウ、抜刀斎。こんなトコにいたか」

 そう言って呼びかけてくるのは……、確か飯塚だっけか? よく剣心の殺しの検分役をやっていたので、記憶に残っている。

「早く来いよ。桂先生がお待ちかねだぞ」

 桂……あいつね。ルイズは顔しかめた。

 偉い人なのは何となくわかるけど…今のルイズからすると『ケンシンを人殺しの顔にした張本人』としかまだ、認識できてなかった。

 

 

「ほう、お前に太刀を浴びせる者がいたか」

「不覚を取りました」

 側近を連れた桂は、朗らかな様子でそう尋ねる。

 それから、桂と剣心は冷静な目で『この世界』の現状を話し始める。

 

 記憶の中で垣間見る、剣心の世界。幕末の世情。

 諸外国からの脅威に対抗すべく、今国を支える屋台骨こと幕府を、倒壊させるか否か。

 話の流れから、剣心の所属する『長州藩』なる連中は、今の幕府は軟弱そのものと、徹底的な破壊を狙う過激派のようであった。

 

(なんていうか、ケンシンのやろうとしている事って……、本当に『レコン・キスタ』そのまんまね)

 以前剣心から、『日本』という国の世情について、聞いたことがあったけど……、本当に剣心は当時の革命軍の一員だったんだなと。

「『バクフ』っていうのはよく分からないけど……正直あんたたちのやってることって、それってどうなのよ?」

 そう言うが、誰もルイズの言葉に反応を示さない。ちょっぴり切ない気持ちになるルイズであった。

 自分も、この世界に生まれたらこのような考えになるのが普通なのかしら? 頭の片隅で、ふと過る疑問。

 自分はこの世界では、剣心の言う『異世界人』に当たるからかもしれない。客観視ができるからこそ、彼らのやっていることは正しいのか、そんな疑問がずっとついて回っている。

 そしてこの疑問は、今自分がやろうとしていることを、そのまま客観視できる土台を構築していくことになる。

 

 やがて剣心は、神妙な顔つきでこう告げる。

「幕府方の武装強化は日に日に強くなっています。特に、壬生に現れた狼」

「『新撰組』……か」

「恐らく、実力は幕府方の最強かと」

 新撰組。

 そういえば、浮遊船での戦いで刃衛もそこでどうたらこうたら……みたいな会話を剣心と交わしていたことを思い出す。

 経緯を聞いてみれば、成程トリステインでいう『銃士隊』と同じような流れでできたようだ。警備強化のために作られた平民だけの組織。ここで自分たちの言う『貴族』は『武士』と呼ぶらしいので、それに能わない人たちの集まり。

 だが、それ故に苛烈らしいと、剣心がかなり警戒している所を見るに、相当強い剣士達を揃えているのかもしれない。

(もしかして、ジンエみたいなのが何人もいるのかしら……)

 そう考えると、ルイズは思わず両腕で自分を抱きしめた。

 そして、会話は最後に「極秘裏の会合に出席してみてはどうか?」というものになった。

 しかし、それを聞いて剣心はすぐ断った。

「歴史にも名誉にも興味ありません。誰もが安心して暮らせる『新時代』があれば、それで十分です」

 そうだけ答えて、剣心は藩邸を後にする。

「待ってよ! ケンシン!!」

 ルイズは慌てて、その背を追った。

 

 

 剣心とルイズは今、京都の路を歩いている。

 その異国情緒あふれる光景は、ルイズにとって何もかもが新鮮に映った。

 先ほどまで血みどろの暗殺劇しか見れなかったのもあって、段々と心に『楽しさ』という余裕が生まれていく。

「トリスタニアと同じくらいの道幅? いやちょっと広いかしら……?」

 なにせ、こうしてまじまじと剣心の世界を見るのは初めてだ。先ほどの会話といい、ルイズはもう、剣心が異世界から来たというのを全く疑わなくなっていた。

 むしろ、自分もここにいつかは行ってみたいなぁ……、とすら思うようになっていく。

 こうまで賑やかなのは、『祇園祭』というものが近々行われるから、というのもあるらしい。町々の人が、そんな話をしていた。

 これも夢……というか、剣心の記憶を追っているからだろう。話の流れが自然とルイズもつかめるようになっているようだ。

 

「そういえば、こっちもそろそろ『降臨祭』が近くなっていたわね……」

 

 始祖ブリミルがやってきたと言われる、ハルケギニア最大のお祭り。降臨祭の間は、戦も休むのが慣例であった。

 もしかしたら、あの恥知らずな連中たちも、休みを申し出るのかもしれない。そうなれば、十日間ほど休戦ということになるのだろう。その間に何かを仕掛けてくるのは確実と思った。

 そんなことを考えていた時、剣心はふと路をそれて身を隠す。

「どうしたのケンシン?」

 反応が返ってくるはずないのに、気付けば彼にそう話しかけている。不思議に思いながらも、ルイズも剣心に隣で同じように身を隠した。

 見れば、街の人たちも慌ただしくしている様子が伝わってくる。誰かを……何かを避けているようであった。

 

 やがてやってくるのは……腰に剣を差した、物々しい集団。

 ターコイズカラーのマントを身に纏った、武装した剣客集団の列であった。

 

 それを見たルイズも、一目で察する。

「あれが新撰組(シンセングミ)……」

 遠目だがはっきりと分かった。彼らは強いと。

 正直、銃士隊なんかとは比べちゃいけない。

 

 特に前列を歩く……頬こけた男と、柔和な笑みを浮かべた美青年の二人。

 

 あの二人からは、特に危険な雰囲気を身に纏っている。もしかしたら、これから剣心と何度も戦うのかもしれない。何故かルイズは、そう思わせられた。

「ホントにジンエが何人もいるような感じじゃないの……。どうなっているのよこの世界は……」

 剣一本の平民に、魔法を使える貴族がここまで恐れを感じさせる集団。新撰組。

 いや、剣一本だからこそ、それに特化した戦術や技術が編み出されているのかもしれない。そしてその技を、高練度で扱う超人も多いのだろう。

 動乱や戦争には、そういった『化け物』が何人も生まれてくると、どこかで聞いたことがあったが……、それは間違いなんかじゃないと、ルイズは強く感じるのだった。

 

 

 京都の夜。その日は曇りで、月の光も陰っていた。

 剣心とルイズは、とある酒場に入っていく。

 任務とは関係ない。ただ飲みに来ただけ。しかし剣心の顔は、何処までも憮然としていた。

「ケンシン……」

 ルイズは剣心の向かいの席に座って眺める。酒を注いで、それを凄くまずそうに飲んでいる剣心が、すごく居た堪れなく感じた。

「ねえ、もうやめましょうよ……、こんなこと……」

 ここが夢であっても、記憶の中の泡沫であっても、ルイズはそう言わずにはいられなかった。

「やだよわたし。ケンシンが、そんな顔していくの。やだ……」

 今になって、あのニコニコ顔が恋しく思うルイズであった。早く夢から覚めたい。早く現実の……、今の剣心に会いたかった。

 一筋の涙を流す、そんな時――――。

「いらっしゃいまし」

 戸が開く音がする。客が入ってきたようだ。

 剣心除く男共がにわかに活気づいたので、ルイズも思わず涙を拭いてそちらを見やる。

 

 

 

 入ってきたのは……、雪のように白い着物に身を包んだ女性だった。

 タバサのような無表情で、漆黒の瞳と黒髪。でも、目鼻が凄く整った麗人。

 

 

 

「綺麗……」

 思わずルイズもそう呟やいてしまうほど。

 その女性は、剣心の後ろの机に座ると「冷酒を一杯、頂戴します」と、店員に告げる。

(一人で飲みに来たのかしら?)

 誰かを待っているような風情でもない。酒が来ると、自分で酒を注ぎ、口につける。

 その様がまた明媚さを感じさせた。正直、そこらの貴族より所作が洗練されているようにも見える。

「あの人も貴族……、じゃなくて武家の人なのかしら?」

 少なくとも、ハルケギニアの出だったら間違いなく貴族……、それも高い地位の人だろう。それぐらいの印象を、この女性に抱いていた。

 気づけば仏頂面で固まっている剣心よりも、その女性の方に目が行ってしまった。酒場の雰囲気にあまりにもそぐわないというのもあるだろう。

 周囲も彼女が一人で来たのを察したようだ。男が二人、ずかずかと酒瓶を片手にやってきた。

「オイ女ぁ!」

「一杯ついでもらおうか!」

 何よコイツら。ルイズは顔をしかめる。女性も、顔には出さないが困った様子なのはピンときた。

(ケンシンの世界にも、こんな奴らはいるのね)

 そんなことを考えているうちに、男共は居丈高にこう告げる。

「俺らは会津藩預かりのキンノーの志士!」

「日夜お前ら下々の者どものために命を張っておる!」

「そのお礼にようく相手するのは至極当然のコトだろ!」

 それを聞いて、ルイズは憮然とした。さっきの桂と剣心の会話を思い出して叫ぶ。

「はぁ!? 『会津(アイヅ)』って確か『幕府(バクフ)』の側じゃなかったの!? 『新撰組(シンセングミ)』の親元なんでしょう!?」

 どうやら周囲もそう思っている者がいたのだろう。誰かがルイズと同じような言葉を発した。

「会津藩は幕府側だバァカ」

「んだコラ!! 何か言ったか!?」

 その声で静まり返る。どうやら刀を抜く動作で黙らせたようであった。

「それでいい。余計な口出しは無用」

「命拾いしたなぁ」

 二人の男はヘラヘラとそう笑う。

「あんたらねぇ! 自分の所属する組織も知らないとか、どういう了見よ!!」

 だが、ルイズだけは引き続き怒っていた。『魅惑の妖精亭』で、こんな奴らもまた掃いて捨てるほど見てきたからであった。

 

 高圧的に接する癖に、自分の属する派閥さえろくに知らないような傭兵崩れの連中。

 タルブでトリステインのためと、命を張って戦った『アルビオン貴族派』を名乗ってきた時は、ルイズも頭がくらくらするような思いに駆られたものだった。

 勿論、そんな奴は全て、蹴りやワインかけという強制(サービス)を施してやったが。

 

「もう許せない。ぶっ飛ばしてやるんだから!」

 どうやらどこに行ってもこんな奴らは出てくるらしい。ルイズは立ち上がり、杖を突きつけようとして――。

 

「確かに命拾いだな。抜き切っていたなら俺が相手をしていたところだ」

 

「ケンシン!」

 今まで黙々と酒を飲んでいた剣心が、遂に動き出す。

 切れて刀を抜こうとした男の懐に入り、柄を手にやって抜刀を封じる。

 それだけの所作で男共は押し黙ってしまった。

「一つ忠告してやる……。動乱はまだまだ激化する」

 ドスを聞かせた声で、剣心は汗だくの男に言い放つ。

「この先の京都にお前ら似非志士が生きる場はない。命が惜しくば早々に田舎にでも引き上げるコトだ」

 これを受けた二人の男も、泡を食ったように去っていく。最後に剣心は銭を机に置いて、そのまま女性の方には一瞥もくれずに出ていった。

「待ってケンシン! 待ってったら!」

 そしてその後を、慌ててルイズも追うのであった。

 

 

 曇天の闇の中、剣心は黙々と歩く。ルイズはその隣で剣心の視線と表情を追った。

 相変わらず微塵も動かない表情。近寄りがたいオーラ。本当に今の自分の使い魔と、同一人物とは思えない様相。

 でも――――。

(良かった。ケンシンはまだ、ケンシンのままで……)

 正直、人斬り抜刀斎になってから……剣心の心ももう、死んでしまっているのかという懸念があったのだが、あの様子を見る限り、まだその心根は変わっていない。

 それだけでルイズは幾許か安心ができた。単純な気もしないでもないけど……でも、ルイズはそれでよかった。

(けど、綺麗な人だったな……)

 結局、礼を聞く前に剣心は出て行ってしまった。あの女性は今、どうしているのだろう?

 まあでも、そんな事ここで考えても仕方がないか。

 そう考えていた時――――。

 

「ぎゃあああああ!!」

 

「なっ、何!!?」

 突然の悲鳴。ルイズは驚き声のする方を見た。

「助けて、助けてくれ!」

 すると一人の人影が此方に向かってくる。さっき酒場で騒がせていた男の一人だ。

「ど、どうしたの!?」

 必死にこちらへ助けを求める姿に、ルイズは思わず駆け寄ろうとして……。

「助け――――、グェッ!」

「ひぃっ!?」

 男の口元から、刃が姿を現した。口から真っ赤な血を吐きながら、男は斃れた。

 その背後から、一人の影が姿を現した。全身黒ずくめの装束をした、いかにも堅気ではないような出で立ち。手には鎖で繋がった二本の刀を持ち、その一本は鮮血で彩っている。

「な、何よあんた?」

 ルイズの問いに、男は答えない。ただ、剣心は察しているようであった。

「――幕府の手の者か」

 しかもまともな侍ではない、剣心と同様、歴史の表に決して表に出ることのない、影の刺客――。

「……どういうこと? ケンシンを殺しに来たって……こと?」

 何もかもが突飛すぎて、ルイズの思考は一瞬、彼らに遅れる。その間に、暗殺者が先に動いた。

 刀の一本を此方へ飛ばす。剣心は抜刀してそれを弾く。

 刀は地面に突き刺さる。それを見ずに、刺客は一瞬で懐に入ると、剣心の身体に鎖を巻き付け、屋根に上がった。

 鎖で締め付けられる音がする。その瞬間――――。

「ぎゃっ、……ぅ!」

 ルイズは呻いた。自分もまた、剣心と同じように鎖で締め付けられる感触を味わっているのだった。

 細腕にはしっかりと鎖の痕がつきまとっている。苦しくて、ルイズは思わずせき込んだ。

(な、何で? ケンシンの負傷が……、そのままわたしにも来ているってことなの?)

 痛い。

 ルイズは思わず目をつむる。隙ができたと思ったのだろう。刺客はそのまま頭上から剣心に斬りこんできた。

 しかし剣心もさるもの。鎖の端を引き寄せ、突き刺さっていた刀を手に取ると、そのまま交差法気味に斬り落とした。

 次にルイズが目を開けた時は、上から真っ赤な血が……、雨のように降り注ぐ光景だった。

 

「――はぁっ、はあっ……!」

 鎖で締め付けられる感触から解放され、思わずルイズは大きく息を吸って吐いた。

 次に目が行ったのは、死体となって倒れる刺客の姿。

 今回は正当防衛とはいえ……やはり血みどろの屍は正面から見れない。……見たくない。

 自分の髪や顔や服にも、血がかかっているのだろう。体中に生暖かい感触がまた、ねっとりと張り付いていた。

「うぅ……、何なのよアイツは一体」

 思わず、死体から目をそらす。その瞬間、何か花の匂いがツンときた。

(あれ、これって確か……、ちいねえさまから貰った香水の匂い……)

『白梅香』。

 それが血の匂いと、混ざり合うような独特の香り。

 

「先ほどのお礼をと思い、追ってまいりました」

 

 ルイズは思わず振り向いた。剣心もまた、驚きの表情を浮かべて声のする方へ顔を向ける。

 そこには酒場で会ったあの女性が……、血まみれの格好で佇んでいた。

 

 

「よく惨劇の場を、『血の雨が降る』と、表しますけど…」

 

 

 顔に、服に、髪に、自分と同じように血を被っているのに。

 まるで人形のように微動だにせず、淡々と……、剣心に話していた。

 

 

 

「あなたは本当に、血の雨を降らすのですね」

 

 

 

 瞬間、雨が降った。本物の雨だ。

 雨の音が、何もかもをかき消した。

 だが、雨の中で匂い立つ白梅香と血の香りが、どこまでもルイズを狂わせていくのであった。

「あなたは、一体……?」

 吸い込まれそうになる漆黒の瞳を直視できず、ルイズは思わずそう問いかける。

 しかし……、そこで彼女は糸が切れるかのように、その場で倒れ伏した。

 遅れてルイズもまた、視界が急速に暗転していくのであった。

 




追憶編の描写ですが、OVAをベースにしていますが、所々原作(今回でいえば酒場のやり取りなど)や実写部分なども取り入れています。
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