るろうに使い魔‐ハルケギニア剣客浪漫譚‐   作:お団子

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第八十一幕『アルビオン到着』

 

「――――はっ!」

 ここでルイズは目を覚ました。

 天井が見える。輸送船室内の天井だ。

 ゆっくりと身体を起き上がらせる。急場で作ったカーテン越しから、男学生たちの寝息やいびきがまだ聞こえていた。

 男装して入った以上、船の一室を借りた雑魚寝になっているのであるが……、剣心が気を利かせて簡易的な個室を作ってくれたのだ。

 船の外では人が大勢動く音が聞こえる。どうやら無事、アルビオンへと到着したようだ。

「この香り……」

 ルイズは隣に置いてあった小瓶を見る。カトレアから貰った白梅香の香りが、辺りに漂っていた。

「おはようでござるルイズ殿。入っても?」

 カーテン越しから、剣心の声が聞こえる。どうやらもう朝らしい。

 夢の中の抜刀斎とは違う、いつもの優しい声に、ルイズはほっと胸をなでおろす。

「今起きたの。着替えるからちょっと待ってて」

「承知したでござるよ」

 剣心は再び、静かにその場を去る。恐らくまだ寝ているギーシュ達を起こしに行ったのだろう。

 ルイズは身体を起こしながら、いつもの騎士装束に着替え始める。

 そして……、あの夢を思い返していた。

(ケンシン。本当に人斬りだったんだ……)

 確かに、あれならたくさんの人から恨みを買っても仕方のないことなのだろう。

 自分も、一歩間違ったらあんな風になるのかな……。と、さしものルイズも考える。

 昔の自分だったら、使命感や承認欲求に溺れて……こんなことは考えなかったと思う。でも、ふと姫さまや、本当は大事に想ってくれた家族の顔を思い出す。

 

 夢の中の剣心のように、血みどろになった姿を見たら、みんなは何て顔をするのだろう……。

 そう思うと、身震いが止まらなかった。

 

 そして考える。自分もまた、一歩間違ったら大勢の人の命を奪うことになるかもしれないと。

 

 もし戦いが激化した時、『爆発』を上回る……それこそ大量殺戮をするような魔法を覚えたら、どうなるのであろうか?

 もし覚えてしまった場合、自分はその魔法を敵に向かって撃つことになるのだろうか?

 果たしてそれは、正しい行いになるのであろうか……。

 ゆっくりとルイズの中で、忠誠心とは違った道徳心が、心の中で芽生えようとしていた。

 服を着替え終える。ルイズは最後に自慢の桃髪をポニーテールにひっつめ、個室を出た。

 

 

 

 

 

第八十一幕『アルビオン到着』

 

 

 

 

 

「おまたせ、ケンシン」

「おはようでござる、ルイズ殿」

 剣心は朗らかな顔で出迎えてきた。それを見て、ルイズはようやく陽の光を浴びるような気持ちに包まれる。

 彼の笑顔が隣にあるのが、こんなに嬉しいと強く感じられるのはやはり、あの夢の所為だろう。

「ギーシュは?」

「学生たちを起こしに回っているでござる。まあ、そのギーシュは先ほど拙者が起こしに行ったのでござるが」

 おかげで今、別の隊の人に生徒共々説教を食らっているようであった。

「たるんどる!!」「まあまあ」と、ニコラがなだめているのであろう声が、別室の扉越しに聞こえてくる。

「わたしは大丈夫だったの? 今まで寝てたけど」

「ルイズ殿が先の戦の功労者なのは拙者もよく分かってる。故にお目こぼししてもらうように告げたのでござるよ」

 それを聞いて、ルイズは顔を朱に染めた。ちゃんと剣心も、自分の力を理解してくれているようで嬉しかったのだ。

 そして、ふとジュリオの事を思い出す。

「あ、そうだケンシン!! ジュリオのことだけど……」

「大丈夫。ルイズ殿が昨日、教えてくれたことでござろう?」

 やっぱり気付いててくれた。流石ね。と内心剣心をほめた。

「そうロマリア。わたしがどうやら『虚無』であることに気付いてたみたいなの……」

「確かロマリアは此度の戦、静観を決めているのでござったな」

「ええ、殆どは義勇軍だって、言ってた。ジュリオもてっきりその一人だと思ったんだけど……」

 ジュリオはあの後どこへ行ったのだろう? 剣心に尋ねる。

「ジュリオ殿は竜騎士隊に戻ったでござるよ。後で話があるとだけ、伝えて去っていったでござる」

「なんだろう、話って……」

「拙者も何とも。ただ、これだけは言えるでござる」

 剣心は鋭い目線を空に投げかけながら、思うようにつぶやいた。

 

「この戦は、単に『レコン・キスタ』と、『ガリア』、そして『トリステイン・ゲルマニア連合』との戦いではない。もっと何か別の目的が絡んだ戦いになると、見てるでござるよ」

 

 ガリアの参戦然り、ルイズの虚無を知って暗躍するロマリア然り。

 この戦いには、何か大きなものが含まれている。今はまだ漠然としたものであったが……、剣心もそれは察していた。

「うん。そうね」

「ルイズ殿。例えそうなったとしても――――」

「分かってる。わたしも、少しは自分の立場ってものを理解しているつもりだから」

「おろ?」

 それを聞いて、剣心は少し目を丸くする。今までのルイズだったら、こういった説教染みた話になると怒り口調で反論してくると思ったからだ。

 一方のルイズも、自分が驚くほど素直に剣心の言葉に耳を貸すのは……、やはり、あの夢の所為だと思った。

 

 剣心には悪いけど、わたしは『人斬り抜刀斎』にはなりたくはない。今の『緋村剣心』のようになりたい。それが自分の思い描く、『立派な貴族』の理想像だから。

 

 だから、今は素直に剣心の言葉に、耳を傾けようとも思っていた。

「だからケンシン、お願い、力を貸してほしいの。その代わり、ケンシンが困ったらわたしが力になる。それだけは忘れないで」

「承知したでござるよ」

 どういう心境の変化だろうか。剣心はそう思いながらも、思うよりずっといい兆候なのは確かだ。

 

 これなら、自分のような『二の轍』は踏まないだろう。

 後は、彼女が笑顔で独り立ちできれば-―――。

 

 そう、剣心が思った時であった。

「あ、そうだ、ケンシン―――」

 ルイズは剣心に何か、尋ねたそうな表情を一瞬だけする。

「何でござる?」

 だが――――、

 

「……―――ううん、何でもない。」

 やめた。

 

「おろ?」と、不思議な顔をする剣心をよそに、ルイズは先を歩いた。

 

 

 本当は、記憶の中で会った女性の事を、聞きたかった。

 あの人は誰で、その後どうなったのか――――。

 

 

 でも、今聞くべきことじゃない。今その質問をすると、嫉妬も混じりそうだったから……。あの人に、自分の剣心を取られるような……、そんな嫌な予感が、漠然としてだがあったのかもしれない。

 今はとにかく、前を向こう。早く戦を、終わらせよう。

「ほら、早く行くわよ! ケンシン!!」

 

 

 トリステイン・ゲルマニア連合軍が上陸して布陣した港町ロサイスは、アルビオンの首都ロンディニウムの南方三百リーグに位置している。

 ロサイス空軍基地、一年で三度も主を変えた、赤レンガ造りの由緒ある建物の中、その二階の大ホール。

 ここで今後の侵攻作戦をめぐって、軍儀が開かれていた。

 上陸直後、連合軍は敵の反撃を予想した。軍を揚陸させてすぐに、まずはロサイスを中心とした円陣を築いた。

 昨夜の空戦により、連合軍は多大な消耗戦を強いられた。下手を打てば、殆どの主力部隊はアルビオンの土を踏むことはなかったであろう。

 しかし、敵の本命である輸送船団への攻撃部隊は、よく分からない謎のUターンをしたため、その損傷も回避できた。本命の六万を、何とかロサイスにそのまま送り届けることに成功したのである。

 

 が、ここで上層部が予想していたであろう、アルビオン軍の反撃は行われなかった。

 

 連合軍総司令官のド・ポワチエ将軍ら、侵攻軍首脳部は拍子抜けした。彼らは上陸早々、敵の攻撃を予想して作戦をたてていたのだった。ロサイス周辺で『決戦』を行い、敵の大軍を撃滅し、一気呵成にロンディニウムに進軍する。

 ほぼ三週間後に控えた、年が明けるヤラの月の初日、つまりは元日である『降臨祭』までにロンディニウムを落とす計画であった。

 要は短期決戦を企図していたのである。……というより、それしか取れなかったと言ってもいい。

 六万もの大軍を維持するためには、大量の兵糧が必須。秘薬や火薬、銃や大砲の弾といった軍需物資も、それを本国から前線の部隊に運ばねばならない。ただでさえ、空路のせいで補給路が伸びに伸びているのに。また、それを狙う空賊にも気を払う必要がある。

 敵地で長期戦を行うなど、悪夢以外の何物でもない。

 哨戒役の報告では、ホーキンス将軍率いる戦列艦部隊は、そのままいずこへと姿を消したようであった。ガリアが抑えている『ダータルネス』ではないようだが、何処へ消えてしまったのか……。

 そのガリアも、ダータルネスを占拠して以降、ろくに動きを取っていない。

 周辺の小さな砦や街に軍をけしかけた程度だ。

 何度か、連携ができないかと使者をやったことがあったが……にべもなく断られた。

 あくまで、同盟は組まずに独自で動く腹積もりのようである。

 

「流石は『無能王』を頭に据える国だ。戦というものをまるっきり、理解していないらしい」

 

 攻めねば勝てぬのに……。司令部はもう、ガリアを当てにするのを止めていた。

 そして――――。もう一つ、ふと思うこと。

「昨夜のクロムウェルのあの行動、奴は何を考えているのか……」

 総司令官ド・ポワチエは指で額をつつく。主要な港だ。当然守備隊が置かれていると想定していた。ふと、その時の占領時の出来事を思い返す。

 

 占領前のロサイスには、人っ子一人いなかった。まるでお好きなようにお使いくださいと、言わんばかりの態度。

 そして連合軍を待っていたのは、かの大敵オリヴァー・クロムウェル……、を模した『人形』。

 

「ようこそ我が国(アルビオン)へ。あの大軍を破りよくぞこの地へ足を踏み入れましたな。その勇気と胆力だけは褒めて差し上げましょう」

 

 ぱちぱちぱちと、拍手だけが夜空に響き渡る。

 慇懃無礼な態度だ。遠隔操作の人形であることを差し引いても、その表情は邪悪な笑顔で満ち満ちている。

『親善訪問』の件といい、貴族の作法も知らん奴なだけある。何故貴族派はコイツを頭として祭り上げているのか甚だ疑問であったが、まあいい。

「帰って本体の貴様に伝えろ。我が親愛なる女王陛下は大変お怒りである。今に貴様の首を衆目の面前で吊るし、ロンディニウムに我が青の百合紋を掲げてやる。この国は貴様に過ぎた代物だ」

「それは結構。楽しみにしていますぞ将軍殿。……いずれ、『おともだち』として、再会しましょう」

 ド・ポワチエは眉を潜めた。『アンドバリの指輪』の件は聞いてはいるが……、所詮は子供だまし。数多の戦火をくぐってきた私には通じん。

 ド・ポワチエは片手を上げる。それを合図に、騎士の一人が風魔法を唱え、クロムウェルの人形をバラバラにした。

 

 

 そんなことが起こってから八日経った。そしてこの日の会議を持って、敵軍の意図をこう判断する。

 敵軍はどうやら『決戦』を回避する心積もりのようであった。つまりはアルビオン空軍に与えた損害が、想像以上だったのだと。

 空を制されていては、戦の主導権は握れない。ために、アルビオン軍は反撃を断念したのであろう。

 連合軍はそんなアルビオン軍に対し、攻勢の準備を行っていた。予想が外れて具体的な損害が発生したわけではなかったが、決戦に備えて無駄な陣地を構築したので、その分の時間が取られた。

 結果、一週間分の兵糧を、無駄にしてしまったのである。

 そんな緊張の中、連合軍がアルビオン大陸に上陸してから八日後の今日……。

 

「進軍です。進軍! 進軍! 我らには残り四週間分の兵糧しかないのですぞ! 途中の 砦や城など迂回して、とにかくロンディニウムを目指すのです!」

「降臨祭までに終わる、と言って終わった戦がハルケギニアの歴史にありましたかな? ここは根気強くガリアと連携を取って――――」

「フン、無能王に傅く奴らに何を期待するのだ!! 歴史が何だ! 我らが先例になればよい!」

「進軍途中の砦や城を晒すのは定石ではありませぬ。ここは兵力で勝るガリアと連携を取り、我らの横や背後を守るよう契約を交わす。もしくは飛び石を慎重に踏んでいくように、途中の城や要塞を一つ一つ攻略していくか……」

 主に口論をしているのは、ゲルマニアの将軍、ハルデンベルグ公爵と、参謀総長のウィンプフェン。進軍か否か、そこが今回の議論の要であった。

 ボーウッドは、その光景を遠目で眺めていた。席には座れず端に立っていたが、この会議に参加する権限と信頼を先の空戦で得た。まあ、アルビオン人である自分の意見を聞きたい、というものあるのであろうが。

 

 ふと、ボーウッドはあの戦を一人振り返って……『裏切り者』について、考える。

 

 自分達が進んでいる航路を、的確に読んで伏兵を敷いてきた。あれは間違いなく、情報漏洩があったと見ていい。

 そして、それは上層部に近い人間であることもまた、間違いないと踏んでいた。

 この作戦指令室に入る際、『ディテクト・マジック』を使って、魔法で変装していないか否かについては確認しあっていた。話によると、『死人』はこの探索魔法で引っ掛かるようだ。

 ということは、少なくとも間諜は『アンドバリの指輪』の支配下にはない。トリステインでいうワルド元子爵のように……、純粋に寝返った人間がいると見るべきだろう。

 何とか炙り出したいが……、この様子の中自分がその話を振ると、間違いなく火の粉が飛んでくる。一番怪しいのはアルビオン人である自分なのだから。

 今はタイミングを読むべき。どうやら司令部は、間諜がいることにすら気付いていないようだ。

 そういう議題が出ないようにさりげなく話を、軍議を持っていっている。総司令官に耳心地の良い言葉を並べ立て、次への作戦についての話をひっきりなしに押していた。

 となれば、自然目につくのが――――。

 

(ハルデンベルグ侯爵と、ウィンプフェン参謀総長。あの二人か……?)

 

 今ひっきりなしに話を進めている二人に、注目が行くのは至極当然な事。

 確かにあの二人なら、航路についても頭に入っている事だろう。

「……なまじ系統が『風』だと、すぐに臆病風が吹くようだの」

「威勢ばっかりよくって、あっという間に燃え尽きる『火』の数倍マシかと」

 見れば議論が行き過ぎて、二人は杖を抜き始めた。慌てたド・ポワチエが割って入る。

「我らが争って何とする! 侯爵! 侯爵! ゲルマニアの勇気は戦場で示されい! ウィンプフェン! わたしに恥をかかす気か!」

 トップからの諫言を受け、二人はようやくおさまった。

「とりあえず当初の計画は崩れたことを、認める必要があるようだ。アルビオン軍主力を決戦で打ち破り、余波をかってロンディニウムに進撃。クロムウェルの首をあげ、ホワイトホールに百合の旗を掲げる……。やはり計画通りに進む戦などありえんな」

 ド・ポワチエの様子に、ボーウッドは違和感を覚える。敵をクロムウェルしか認識していない。この裏には志々雄真実がいることは、剣心から聞いていたが……。

(知って尚敵をクロムウェルとしてしか見据えてないのか、それとも単に知らされていないのか……)

 実を言うと後者である。アンリエッタは、これ以上仮想敵増えて混乱するのを防ぐために。あえて言わなかったのであった。

 単に、そんな話をする価値がない、という裏の事情もあるのだが。それぐらい剣心の方に、アンリエッタは信頼を置いていた。

 何にせよ、トップがこれでは足元をすくわれるのは、目に見えている。ボーウッドにはすぐわかった。

 唇を噛んで案を探すあの目は……自身の昇格にしか興味のない目だ。この戦で晴れて元帥になれる、そんな未来の自分にしか思いを馳せていない。

「決戦一つで片付けば楽だったのにな。何故クロムウェルはロンディニウムに立てこもり、打って出ぬ? 国土を敵に蹂躙されておるのだぞ? 閣僚に対する見栄も、貴族に対する示しも、民意もあるだろうに……」

 指令に見えない角度でボーウッドはため息をつく。今更……、そんなことを考える連中ではないことは自分が一番よく知っている。

 奴らが求めるのは何処までも純粋な『力』。強さのみだ。その前では見栄も、示しも、民意も全てが塵に等しい。

 

 それは、サウスゴータで身に染みて分かっている。あの苛烈さは……、尋常じゃない。

 奴らは進んで『地獄』を作っているのだ。そしていずれは――――。

 

「決戦はなくなったが、計画は実行されねばならん。とにかくハヴィランド宮殿に、女王陛下と皇帝陛下の旗を翻さねばならんからな。……さて、一気呵成にロンディニウムを攻めるのは危険が過ぎる。かといって一つずつ城を落としていったらこの戦、十年はかかるぞ。そこでだ……」

 ド・ポワチエ将軍はここでボーウッドに目をやった。

「ミスタ・ボーウッド。元レコン・キスタの人間としてきみの意見を聞きたい。主要な都市を落として次なる拠点を立てようと思うのだが……、きみならどこが良いと思うね?」

 その言葉に、他の官僚もこちらに注目する。まあ、そのために呼ばれたのは容易に想像できる。ただ、『元レコン・キスタ』が余計と感じるが……。

(やはり、あまり良い印象は持っていないようだな。当然と言えば当然だが)

 ボーウッドは一歩前に出て、テーブルの上に広げた地図の一点を指さした。

「なれば、シティオブサウスゴータが良いかと」

 シティオブサウスゴータ。ロサイスとロンディニウムを結ぶ線上に、それはある。

 アルビオンでも屈指の観光名所の古都であり、街道の終結点でもある。ここを取れば他の城や街にも睨みを利かせられるし、降臨祭が過ぎた後でも決着がつかなかった場合、持久戦もしやすい。

「まあ、そうなるな」

「どっちつかずにはなるが……他に名案も無し」

 苦い顔で二人は頷く。反対意見も上がらないので、将軍は顔を上げて告げた。

「よし。ならばここを取ってロンディニウム攻略の足がかりとする。五千をロサイスに残して補給路と退路を確保。残りは攻略に参加する。空軍は全力を持ってこれを支援。もちろん敵の主力が出てくれば、決戦に持ち込む」

 それで一旦、会議は終わった。ボーウッドもまた、他の官僚と共に部屋を後にする。

 会議中、怪しい動きをする者がいないか探っていたが……結局そんな人間は皆無であった。

 外部と連絡を取り合っている風でもない。

 やはり簡単に尻尾は出さないか。そう思いながら、やがて赤レンガの建物を出た。

 ボーウッドはここロサイスの居残り組となった。貴重な空海軍の人間であるから……という尤もらしい理由を述べていたが、その裏では『単に信用ならない』という匂いをかぎ取った。

 別に、それに関しては異を唱えるつもりもない。剣心が言っていた『とある港』の件での調査と、連合の空海軍の信頼をもっと勝ち得とこうと思ったからだ。

 空海軍は王軍や諸侯軍とはまた別の結束と序列がある。信頼さえ勝ち取れれば、過去のことは水に流して家族のように扱ってくれる。先の空戦では、『レドウタブール』を巧みに操船し、巡洋艦三隻を鎮圧したことで実績も得た。

 今は自分の立場を、もっと上げておこうと思った。それが今後に繋がるだろうから――――。

(攻略戦においては、あちらに任せるとしよう)

 サウスゴータの『あれ』を見れば、少しはあの能天気な指令も、肝を冷やして真面目になってくれるだろう。

 そうなることを願った。

(やはり、こうなると頼りになるのは……いや、この軍の本当の主力は『彼』だな)

 彼こと緋村剣心の顔を思い起こしながら、折角つないだこの縁を大事しようと、再確認した。

 

 

「…………」

 ロサイスの建物。練兵場にて。

 ゴーレムを使っての魔法当てに勤しむ『水精霊騎士隊』の面々を置いて、剣心はその端っこで一人、手紙を読んでいた。

 三角状に積まれた丸太に腰掛け、その隣にデルフを置いている。

 ルイズやシエスタ、キュルケとのお勉強会のおかげで、何とか文字は読めるようになった。アルビオンなまりが強かったが、その部分はデルフに補足してもらった。

「んで、なんて書いてあんだよ相棒?」

 まさか翻訳係で終わらせる気じゃねえだろうな? そんな負の感情を醸し出しながら、デルフは問う。

「まあ簡単にいうと、これからシティオブサウスゴータを攻めると、軍議で決まったそうでござるよ」

「そうなの?」

 そう尋ねるのはルイズだ。一応彼女も『水精霊騎士隊』の副隊長。ギーシュ達と一緒に土人形への魔法当ての練習をしていた。

 別の隊が製作した大きな土ゴーレムを借り受け、それに向かって攻撃魔法をぶつけるのである。学生たちは魔法を次々唱え、やれ当たった外れただの、ぼくの魔法がとどめをさしたいやぼくのだ、と大騒ぎである。

 その中でもやはりルイズの爆発魔法は結構目を引いたが、ここには幸い、他の兵隊の姿はない。いるのは雑用任務をこなすド・ヴィヌイーユ大隊の連中だ。

 その練習を終えたのだろう、汗をタオルで拭きながら、剣心に近づいてそう尋ねてきた。

「てかそれって、もしかしてあのアルビオンの軍人から? 信用していいの?」

「ボーウッド殿は上官が貴族派ゆえ、渋々従っていたようでござるよ。『ロイヤル・ソヴリン』でも逃げようと思えば逃げられたけど、進んで投降したと言っていたでござる」

 実際、もし貴族派であるなら志々雄と共に逃げることは可能だったであろう。それをしなかったということは、それほど今のアルビオン政府にはほとほと愛想をつかしているということ。

 アルビオン伝統のノブレッス・オブリージュ。高貴なものの義務を体現するべく努力 する彼にとって、未だアルビオンは王国であるのだった。そんな彼にとって、志々雄やクロムウェルは忌むべき王権の簒奪者であるといえよう。

「でもホント、あんたって、どこからそういった縁を持ち込むのよ? わたしに内緒でさ」

「まあ、今回は拙者も驚いたでござるよ」

 ちょっと苦笑しながら、剣心。とはいえ、この繋がりは大事にしたい。

 文章の最後には、『会議に怪しい動きなし。だが将軍の側近二人が疑わしいと睨む』と書かれている。

 少し険しい顔しながら、ルイズやデルフに聞こえるくらいの小声で、再び口を開いた。

「このことは他言無用でお願いするでござるよ。この連合軍の中に、間諜が潜んでいる」

「なっ、なんですって!?」

「マジか!?」

 結構二人(?)は大きな声を出した。その声に気付いた学生の何人かは怪訝な顔をする。

 それをうまくやりすごしながら、再びひそひそ話で続けた。

「間諜って……ワルドやリッシュモンみたいな?」

「そうでござるな。巧妙に姿を隠している。一筋縄ではいかぬでござろう」

 剣心がこう言うのだ。余程の手練れなのだろう。ルイズは少し身震いする。

「少なくともあの艦隊の待ち伏せは、航路が割れてなければまず不可能。可能性は高いと見て、動く必要があるでござるよ」

「……分かった。周囲により一層気を配れって、言いたいわけね」

「左様。ギーシュ達にはまだ伝えぬよう。彼らはこう言った腹芸は向かぬ」

「確かに……」

 土人形に向かって、魔法ではなく『龍鎚閃』をかまそうとして、見事失敗しているギーシュを見やりながら、ルイズはぼそりとつぶやいた。

「思ったのでござるが、何故ギーシュは魔法ではなく剣を?」

「憧れじゃない? ほら、あいつだけじゃないわよ」

 ルイズが指さすと、成程他にもギーシュの真似事をしている学生はそこそこいる。

 でもまあ、気持ちは分からないわけでもないとルイズは思っていた。

 強い男に憧れるのは、少年なら当然ある感情だろう。

 中にはそんな彼らを嘲笑する生徒もいたが、彼らは気にせず剣の練習に明け暮れている。

 それ見て、少し考えるような風をする剣心であった。

「どうしたよ相棒? あいつらに『飛天御剣流』でも教える気になったのか?」

「いや、流石に御剣流は教えぬよ。けど……」

 立ち上がり、こけたギーシュの方を見ながら、こう続けた。

「これからいつ激戦になってもおかしくはない。なればこそ、自分から身体を鍛えるのは悪いことではござらんよ」

「……それもそうね」

 ルイズもまた、特に異はなさそうな表情を浮かべて言った。

「おろ?」

 剣心は疑問に思う。やっぱり戦争に行く前と比べると、あまりに物分かりが良くなったように思ったのだ。

「何かあったのでござるかルイズ殿?」

「え? い、いやなんでもないわよ!」

 ルイズは思わず、デルフをひっつかんで剣心から離れていった。

「一体、なにがあったのでござるかなぁ……」

 ぼやく剣心だけが、その場に残された。

 

 

「どうしたんだ娘っ子。俺なんか担ぎ出して」

 デルフは思わず、ルイズに尋ねた。

「じょ、条件反射よ!」と、ルイズはデルフの切っ先を地面に引きずりながら、言い訳じみた口調で広場へ向かった。

「もう魔法の訓練は止めるのか?」

「……ねえデルフ」

 やがて、神妙な声で尋ねる。

「やっぱり斬られるのって、痛いじゃすまないのかしら?」

 しばし、沈黙が流れる。やがてデルフはこう言った・

「さあな。俺りゃあ剣だ。される側の気持ちはどうしたって分からんね」

 ただ……、とデルフはさらに続けた。

「肉や骨がずぶずぶと斬り裂かれていく感触は、まあ、気持ちいいとは言えねえな」

「そうよね、あんたは六千年前から生きているんだし、そんな感触もたくさん味わってきたんだもんね」

「なんだどうした娘っ子、いつになくセンチメンタルになってるじゃねえか。俺の気持ちなんか慮ったりして」

「そうじゃないわよ、ただ……」

 ルイズは振り返る。こっちを不思議そうな目で見ている剣心のことを。その彼の裏に隠れた、『人斬り』としての顔を。

 剣心でさえ、あれほど強かったにもかかわらず、大きな間違いを犯していた。

 いや、強いからこそだろう。強くて、有能だからこそ、使い潰されてしまったと、ルイズは思っていた。

 だから――――、

「なんていうのかしら、後悔したくない強さを、身に着けたいの。そしてそれは多分だけど……、『虚無』じゃ得られないような気がして……」

「俺を掴んでみたってワケか」

 まあ、剣心をみてきたから、というのもあるのだろう。

 しかし、ここに来て(おれ)を掴んでみるとはぁ……、とデルフはちょっと考え込む。

「ふ~ん、なるほどねぇ」

「なによ、言いたいことがあるならはっきり言いなさいよ」

「いや、なんでもねえ。いいんじゃねえか? 剣の強さはもう、疑っちゃいねえだろ?」

 デルフは自慢げに鍔をぱちんと鳴らす。

 ルイズは「なによ……」と、煮え切らなさそうに呟いた。ただ、ゆっくりとデルフの刀身を引き抜き、刀身に映った自分の鏡面を、しばし見つめていた。

 

「……そうね、あんな後悔しないためにも」

(もしかしたら、ちょっと面白いことになるかもしれねえな。こりゃ)

 デルフはそんなルイズを見つめながら、思うようにそう呟いた。

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