るろうに使い魔‐ハルケギニア剣客浪漫譚‐   作:お団子

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第八十三幕『サウスゴータ攻略戦 後編』

 

「殺っちまえええええええええええええ!!」

 怒号と共に、魔法が飛び交う、魔力が空気を圧する。

「ギーシュ! ワルキューレを盾にしてみんなを守れ!」

 剣心はギーシュにそう言い置くと、一切の動揺を見せることなく亜人とメイジの群れへと突っ込んでいった。

 一振り。それだけで五人が宙を舞う。二振り。今度は十人が空を泳いだ。

 殺意の叫びが、悲鳴と戸惑いで変わっていくのも、そう遅くはなかった。

「ぐおぅっ!」「がああっ!」「ブフィィッ!」「ブギャアアアア!」

 それは亜人すら例外ではない。オーク鬼の情けない声が広場に響く。オグル鬼の呻き声が発されてはすぐに消える。

 軍勢の中心地にあえて突っ込むことで、魔法での同士討ちを上手い具合に発生させ、結果戸惑いながら倒れるメイジも多かった。

 

 

 

 

 

第八十三幕『サウスゴータ攻略戦 後編』

 

 

 

 

 

「なにあいつ、え、本当になんなのあいつ……?」

 マリコルヌは、ただ戸惑いの声を上げていた。

 魔力の流れで分かる。相手は皆、スクウェアか最低でもトライアングルクラス。例えるならワルドやフーケが徒党を組んで襲っているようなものだ。

 そんな中、剣心は剣一本で突っ込み、尚且つ無双を続けている。相変わらず、傷一つどころか息一つ乱していない。

 今回、剣心はルイズ達から必要以上に離れぬよう、動きの速さについては其処までではない。かろうじて学生たちでも追える程度だ。

 その分、『剣の振り』と『読みの鋭さ』にガンダールヴの力を割り振っているため、予知能力のような動きで相手の攻撃を見切り、そして的確な剣裁きで相手を、杖を吹き飛ばしていた。

 その威力は、飛んでいった相手の何人かは木造の壁に突っ込むほど。壁に穴を開け下半身だけ露出したメイジもいれば、屋根の上まで打ち上げられ、大の字になって寝ている亜人もいた。

 まるで示し合わせたように相手の動きに合わせて杖をへし折り、その魔力の行き先を剣心たちではなく、相手に当てて同士討ちも誘っている。無論殺傷能力の低い『風槌』や『土弾』、『水砲』のみに限ってだが。

 火力の高い『炎弾』や面倒になりそうな『偏在』は、声が聞こえた瞬間一気に詰めて叩き伏せている。

 

 剣心ももう、メイジとの戦いを続けて長い。呪文の口上に関してはある程度覚えていた。

 

 加えて、ガンダールヴの力を使い唇の動きで何を撃とうとしているのか瞬時に察知。相手からすれば、全てが剣心の思いのままなのかと錯覚するような現象がこの戦いではまかり通っていた。

 

 そんな様相を見ていたマリコルヌは、ふとギーシュがヴェストリの広場で決闘をしていたことを思い出した。

 あの時も、こんな感じでワルキューレの猛攻を捌いていたが、今回は状況が全く違う。相手はどいつもこいつも精鋭中の精鋭だ。この中のたった一人でも自分が挑んだら、一秒持つか否かの。

 なのに、あの……、落ちこぼれの『ゼロの』ルイズの使い魔は、いつものように憮然とした態度で叩きのめしている。空戦の時から何かがおかしいと思っていたが、間近で見てハッキリとそれが分かった。こいつヤバい。

 他の生徒も同じ感想なのだろう。レイナールがぼそりとギーシュにつぶやく。

「なあ……ギーシュ。きみ、よくあんなのに決闘を挑もうと思ったよな……」

「えっ!? あぁ……ハハハ。 まあ、若気の至り……ということにしておいてくれたまえよ」

 呪文を唱えるルイズや自分たちを守るように、ワルキューレを展開していたギーシュもまた、冷や汗交じりにそう答えた。

「でもこれで分かったろう。彼の凄まじさが」

「まあなぁ。これは……キュルケも惚れるわなぁ」

 隣では諦観の境地に立ったかのような口調で、ギムリがため息をついていた。

 夜這いをかけた時、キュルケの隣にいた剣心を見た時は何だコイツと思ったものだが……これを見ると、いかにそんな考えが下らないものであったかがよく分かる。

 こんな風に敵を颯爽と叩きのめす姿に、男女問わず見惚れぬ者などいない。

「いいなあ……」

 ふと、マリコルヌはそう呟いた。格好いい。ただただ格好いい。

 自分だって、あんな風に格好良く戦いたい。

 ギーシュが彼の真似事をするのも、今となってはよく分かる。

(いつかはぼくも、あんな風になりたいなぁ……!!)

 青春真っただ中の学生たちにとって、剣一本で無双をする剣心の姿はまさに『光の劇物』なのであった。

 

 さて、そんな学生たちの尊敬を持った視線とは裏腹に、剣心は淡々と敵を処理していく。

 三桁はいた敵はもう、半数を切った。皆身体を地面もしくは壁に預け動かなくなっていった。

「うがあああ!!」

 杖を振り上げ突進するメイジの膝を蹴りつけ、体勢を崩す。

 別の方向から風の刃を纏わせた男が斬りかかるも、身体をそらして的確に顎を打ち抜く。

 さらに背後から襲い来るオーク鬼には、脳天からの一撃で意識を奪った。

 ここで体勢を立て直したメイジが起き上がるも、柄尻を顎に当てて昏倒させる。

 空から『フライ』で襲い来る風使いには、『龍巣閃』で的確に急所を叩いた。叩かれたメイジは派手に一回転して地面に倒れ伏す。

 

(腰? 脇? 首? 速過ぎて見えない……!?)

 ただ、的確な急所への殴打ということだけは、レイナールも理解した。ずり落ちた眼鏡をあげて、再び剣心を凝視する。

 

 敵に囲まれそうになった際は素早く離脱し仕切り直す。オグル鬼を首筋を掴み、Uターンをかまし、追いかけてくる敵と再び衝突する。

 腰に差した敵メイジの軍杖の鞘をひっつかみ、体勢を崩させる。その後ろで更に追撃してこようとする敵には、『龍巻閃』を撃ち当てた。

 

「うわっ!! あれは痛い……!」

 首を打ち据えられ崩れ落ちる敵を見て、思わずマリコルヌは身震いした。自分の風よりもよほど鋭く研ぎすまされた巻撃。どうやったらぼくもあれを撃てるのだろう?

 

 その間にも剣心の猛攻は続く。

 剣の余波に圧倒され、オーク鬼はよろけて壁にもたれかかる。一撃ではなかなか寝付いてくれないので、あと三発ほど首を叩いて入念に寝かせる。

 次いで襲ってくる、八メイルはありそうなオグル鬼には顎先に向けて『龍翔閃』を放ち、宙に浮かせる。

 その巨体故、近くにいた他の亜人を纏めて押しつぶした。どこまでも計算されつくした動き。

「うおっ! 豪快だなこりゃあ!!」

 これを見ていたギムリは呻いた。自分もあんな風に打ちあげたら、どれだけ楽しいのだろうか? そう思わずにはいられなかった。

 

 気づけば、呪文を唱える声もめっきり減った。というより、ほぼ聞こえなくなったと言ってもいい。

 代わりに、痛みで呻く声や戦慄く悲鳴が圧倒的に増えた。

 痛みをこらえ立ち上がる『死人』もいたが、皆杖をへし折られており、もはや戦力足りえない。

 残り少なくなった敵は、僅かな戦意を振るい立たせる。しかし、友ウェールズの家族を、家臣を晒す蛮行への怒りで、剣心のガンダールヴの力は過去最高潮に漲っていた。

 そんな彼に対し、今更勝ちの目が拾えるはずもなく、木の葉の如く薙ぎ払われていく。

「うわああああああ!!」

 オグル鬼を背後に控えた最後の軍勢……数にして十いるかいないかが突貫する。

 剣心もまた、突進と共に蹴散らし、倒れた兵士を踏み台にオグル鬼に突っ込み、そして――。

 

 

「飛天御剣流 -九 頭 龍 閃-!」

 

 

 九撃一瞬の突進術。

 飛天御剣流最強の連撃を食らい、五メイルはあろうかというオグル鬼もまた、悲鳴を上げながら仰向けに倒れる。

「すっご……!」

 それを見ていたギーシュもまた、憧れと尊敬の眼で剣心を見るのだった。

(いつかはぼくも、あの境地に……!!)

 

 残るは一人。

「ひっ、うわあああああああ!」

 膝が震えながらも、それでも杖を取る。

 魔法を放とうとする。しかし膝を蹴られ体勢が崩れ、杖先があらぬ方向へ動いてしまう。

「うわああ!」

 再度呪文を唱えようとする。しかしもう、全てが遅すぎる。

 肩、腹、脇を叩かれ、止めとばかりに首を横なぎで叩かれ真横に吹き飛ばされる。

 梯子に顔を預けながら、白い泡を吐いて最後の一人も昏倒した。

 

 後に残ったのは、痛みで呻く、メイジや亜人たちの群れ。

 後になって聞いてみれば、これで全員『殺してない』と言われ、更に驚かされた。

 生殺与奪を自分で完全に握っているくらいに強いということなのだから……。

 しばらくして、何人かは起き上がる。『死人』の群れだ。

 しかしもう、その時にはルイズの呪文詠唱も完了していた。

 

「――『解除(ディスペル)』!!」

 

 一瞬、視界を覆うほどの閃光が放たれる。それを最後に、『アンドバリの指輪』で蘇らされた、『元王党派』の哀れな操り人形も全て倒れた。

 

 

「…………」

 静寂が辺りを支配する。戦いは終わった。

 剣心は逆刃刀を肩に添えながら、ギーシュ達の元に向かっている。

 興奮冷めやらずの学生たちをまずは脇に置き、剣心はルイズへ駆け寄った。

「大丈夫でござるか? ルイズ殿」

「……うん。ちょっと、眠いかな」

 先の『解除』の光は、サウスゴータ全体を覆うくらいの威力だった。精神力を使い果たしたのだろう。

 他で操られている『死人』もみんな、倒れた筈だ。

「ケンシン、わたし……頑張った、よね?」

 瞼が降りるのと格闘しながら、ルイズは問いかける。自分が剣心や皆の役に立てたか……それを聞きたかった。

「お疲れでござるよ。ルイズ殿。後は拙者が」

「うん。お願いね……」

 にっこりと微笑む剣心を見て、ルイズもまた安堵の表情を浮かべながら眠りにつく。

 剣心は彼女を支え、背負いながら、今度はギーシュ達の方を向いて言った。

「ギーシュ。彼らを。早く降ろしてあげるでござるよ」

「え? あ、ああぁ! そうだね!!」

 ルイズを背負った状態で、剣心は器用にジェームズたちの遺体を下ろしていく。

 吊るしていた縄を斬り、ゆっくりと地面に降ろす。ギーシュのワルキューレも手伝った。

 呆然としていた学生たちも、それに倣う。『レビテーション』を使い、辱められていた王党派の忠勇たちを助けた。

 剣心はジェームズ一世の顔を見た。

『無念』。

 そう語りかける表情だった。

 軽く手を合わせ、開いていた目を閉じさせる。

(助けられず、済まないでござる……)

 せめて、彼らの無念は自分が払ってあげよう。意を決し、ジェームズの遺体を広場中央の壇上に寝かせた。

 

 戦場の声が、徐々に大きくなるのを感じる。時期ここにも、連合軍の軍勢が駆けつけてくるだろう。ここにいては面倒なことになる。

「お主ら、ここを去るでござるよ」

 剣心はギーシュ達に呼びかける。しかし、この言葉に彼らは驚いた。

「えっ、何でだい!? こんな大殊勲を上げたのに……! きみの名が、一気に轟くチャンスなんだよ!」

 その声に、マリコルヌ一同も大いに頷く。『名誉』と『手柄』に何よりも貪欲な彼らは、何故剣心がそんなことを言い出すのか、心底理解できないようであった。

 しかし、剣心はゆっくりと首を振る。

「拙者はただの流浪人で、今はルイズ殿の使い魔。それ以上の称号など望まないでござる」

「なんで!? この手柄が女王陛下の耳に届けば……もしかしたら貴族にだって、『シュヴァリエ』だって夢じゃないのに!」

 トリステインで平民が貴族になれることは、基本的にない。しかし、この無双っぷりを見てしまってはそんな考えすら吹き飛んでいた。

「『シュヴァリエ』ならアンリエッタ殿にも何度か打診されたでござるよ。でも拙者にとっては過ぎたもの。拙者が望むはこの戦の終結ただ一つ」

「そんな、おかしいよきみ!?」

「そうだよ!」

「そんなに強いのに、納得いかねえ!」

 剣心からアンリエッタの名前が出たことにも驚いたが……何処までも無欲を貫き通す剣心の対応に、納得できなかったのはマリコルヌやレイナール、ギムリも同じだった。

 何度も首を横に振るギーシュに向かって、それでも剣心は力強い目をして言った。

「ギーシュ、お主が前に『飛天御剣流』を教えてほしいって言った時、拙者は断ったでござるな。あの時の言葉、覚えているか?」

「えっ、ええと、『剣は凶器、剣術は殺人術』……だっけかい?」

 確かにこの言葉は、今も記憶に残っている。

 でも今なぜそれを言ってくるのだろう? ギーシュは首を傾げた。

「そしてその後に言ったでござるな。『お主は一体何になりたいのか?』と」

「あっ! うん、言ってたね」

「手柄を立て、名を知らしめる。それがお主ら貴族の在り様であることは否定せぬ。……しかし」

 諭すような口調だった。ギーシュも、他の皆も思わず聞き入る。

「それは手段であって、目的ではない」

「どういう意味だい?」

「名前も、実績も、すべては中身が伴ってからこそ、後からついてくる。お主らは若い。今は中身を磨き、何を目指しそして戦うのか? その『答え』を見つけた方が、本当の意味で強くなれるでござるよ」

「なら、ぼくは……」

 剣心になりたい。剣心を目指したい。

 そう言おうとして、彼の手に阻まれた。

 微笑んでいたけど、裏に悲しさを湛えた顔だった。

「拙者はよした方が良い」

「何故だい!? 僕はきみに憧れているんだ!! きみのような強さを……『飛天御剣流』を極めたい!!」

 どれだけ言われても、やはりこれだけは譲れない。ギーシュは言葉に力を乗せてそう叫んだ。

 剣心は何か言おうとして……もう時間が無いことに気付く。そろそろ第一陣がここに到着するだろう。

 仕方がない。またこの話はあとでするとしよう。今はここから離れねば。

 

「ではギーシュ、お主は拙者のようになりたいと言うことでござるな」

「うん!」

「では先ほども言ったように、拙者が望むものはこの戦の終結一つ。そしてルイズ殿は、詳しくは明かせぬが敵から狙われている立場にある。王室直属の新兵器開発部門『ゼロ機関』。聞いたことは?」

「……ない」

 これには博識のレイナールも、首を横に振った。

「すごい危険かつ秘密実験を行う機関でござるよ。アカデミーとは比べ物にならぬほどの。ルイズ殿の先ほどの光も、それによる成果でござる。明るみには出せぬ機関故、決して、他言無用でござるよ。このことが漏れたら最悪死刑になると、言っていたでござるな」

「わ、 わかった!」

「始祖に誓って誰にもバラさないよ!」

 自分たちの副隊長が、ゼロ機関とやらの新型魔法を扱う者だとする。そうすれば周囲も、伝説の『虚無』の存在など想像すらしないだろう。

 先ほどの『解除』の光に対する疑問に対し、もっともらしい嘘を述べ、真実から好奇の目をそらしたのである。うまいこと情報を操作したのだ。

 ちなみに『ゼロ機関』云々は嘘である。もしもの時用の方便を、アンリエッタと示し合わせたに過ぎなかった。

「こういった事情故、拙者はルイズ殿の存在はなるべく秘匿したい。であれば、拙者がここに長居する理由は何処にもない」

「いや、そうだけどさ……」

「ギーシュ、これも戦いでござる。目の前の手柄に飛びつき、結果仲間を危険にさらしては本末転倒。で、ござろう?」

 そう言われてしまっては、ギーシュ達も納得せざるを得なかった。功労者の剣心を差し置いて、何もしていない自分たちが『手柄』のお零れにあずかろうと、考える人間はここには皆無であった。

 結果的には、剣心の口車にまんまと乗っかる形となってと言えよう。お得意の口八丁は、ここハルケギニアでも健在であった。

「では、さっそくここを去るでござるよ」

 ギーシュ達もそれに頷く。そして、先程作った土壁を壊して再び狭い路地へと躍り出た。

 それに遅れて連合軍の騎士隊がやってきた。彼らが目の当たりにしたのは……。

「なっ……」

「何だこれは! 誰がこんなことを……!?」

 完膚なきまでに叩きのめされ、気絶している。この街の精鋭部隊……その、哀れな姿のみが残されていた。

 

 

 その日、ゲルマニア・トリステイン連合軍は無事、シティオブサウスゴータを制圧した。

 損害は軽微であった。街の主戦力であった巨大な亜人たちは、人間用に整備された市街地ではうまく動くことができずに、一匹、また一匹と始末されていった。

 結局誰がこの街の精鋭を潰したのか、それは議論の分かれるところであったが、尋問で「一人の剣士にやられた」と聞いてからは、上層部はそれ以上自体の追及を止めていた。

 

「剣士一人に全滅だと? ジョークもそこまでくれば過ぎたものだな」

「全くもって。そういう話は平民が作るお伽話の世界だけにしてほしいものですな」

 

 魔法至上主義がまかり通っているド・ポワチエ含む指令部にとって、「剣士にやられた」という話は面白くないことこの上ない。『死人』を鎮めた謎の光も、「我らには始祖の恩寵がついている」という形で済ませてしまった。

 手柄も当然、第一に中央広場へと参じた隊のものへとした。多くの者は何もしていないのに……と釈然としなかったが、勲章や賞金などが出てからはそんな声も消えていった。

 そういう意味では、剣心の思惑通りに事は進んだと、言ってもよいだろう。

 また街をスムーズに占領できたのは、住人たちの協力もあった。食料を取り上げられた 街の住人はアルビオン軍を恨み、連合軍に協力する者が続出した。

 しかし――。

「くっ来るな!」

「わしらの平穏を崩す気か!!」

 何人かは、気が触れたかのようにそう叫ぶ者もいた。『弱肉強食』の地獄に当てられ、生きることだけが目的となり、誇りも、尊厳も失った哀れな弱者。

 中には神聖アルビオン共和国を恐れすぎるあまり、情勢が変わったことを俄かに受け入れらない者もいた。

 

 彼らは知っていた。このままでは絶対に済まされないと。必ず、『暗殺』という報復が帰ってくることを。

 

 ただ、それでも多くの人々は『飢餓』に耐えきれず、今の連合軍を歓待した。

 そして年末はウィンの月の第四週、イングの曜日。シティオブサウスゴータの中央広場 で、街の『解放』が宣言された。

 

「シティオブサウスゴータ市議会に対し、トリステイン、およびゲルマニア政府監督のもと、限定的な自治権を与えるものとする」

 

 ぱちぱちと、市民たちからはまばらな拍手が聞こえる。素直に歓迎する者、邪魔に感じている者、そんな元気がない者が大半を占めているため、拍手に力がないのも致し方ないであろう。

 予想と違う歓待にド・ポワチエはフンと鼻を鳴らすと、続いて解放に貢献した貴族たちの表彰へ移った。

 壇上には中央へいの一番に向かった騎士隊を中心に、次々上がる。その中には竜騎士として活躍したジュリオや、ニコラの指示により一番槍に上がった生徒たちの姿もあった。

 

 彼らはこのシティオブサウスゴータの解放戦において、伝説の勇者にも引けをとらない云々かんぬん……と、紹介を続ける。その後、主だった者に対し『杖付白毛精霊勲章』の授与式が始まった。

 拍手と共に、呼び出し役の士官が、叙勲者の名前を呼び上げる。

「ド・ヴィヌイーユ独立銃歩兵大隊、第三小隊『水精霊騎士隊』、 ヴィリエ・ド・ロレーヌ!」

「は、 はいっ!」

 そう言って学生の一人が将軍の前に立つ。風系統の名門家系で、僅か数名のエリート、ラインメイジである。

 結果的に彼が一番槍を果たしたので、そのまま勲章を授与されることとなった。

 

 

「……はぁ」

 勲章を受け取り、取り巻きと狂喜乱舞するド・ロレーヌを遠巻きに見ていたギーシュは、何か思うようなため息をついた。

 その周りには、剣心やルイズと一緒に潜入作戦に行った、マリコルヌ、レイナール、ギムリの姿もあった。

「悔しいかい? 隊長より先に手柄を上げたド・ロレーヌが」

 レイナールがそう言葉を投げかけてくる。隊長より先に手柄を上げたのだ。これから鬼の首を取ったかのように自慢してくることだろう。ド・ロレーヌはそういうやつだ。

 だが、そんなこともギーシュは何故かどうでもよく感じていた。

「いや別に。彼がひとりで一番槍を果たせたとはどうしても思えないしね」

「それは言えてる」

 ギムリはくっくっと笑う。エリート家系と言われているが、一年前ほどか、何故か数人の女子たちと共に、髪や服を燃やされ塔から逆さ吊りにされていたことを思い出したからだ。

 なんでそんな目に遭ったかは皆目見当がつかないが……、いつも風自慢をしてうざったかったため、その時は溜飲が下がる心地尾を覚えたものだ。要は、それくらい鬱陶しくみているのである。

 ふと、ギーシュは背伸びする。そして、真剣な眼差しで彼らを見て言った。

 

「手柄を立てる。か……、ぼく間違ったこと言ってないよね?」

「言ってないよ。ぼくらにはそれが全てさ」

 

 女王陛下のため、国のため、家のため、ひいては名誉のため……。それが彼らの貴族としての真の在り様。剣心もそこまでは理解してくれている。

 でも――――。

「何だか彼と会話すると、それが全てじゃないんじゃないかって、思うようになっていくんだ」

 それに関して、悪い気はしない。むしろ自分の知らない、今まで見てこなかった考えに目を向けさせてくれるようで、少し楽しいという思いもある。

 だが、それでも譲れないものはある。自分が戦う理由。それは国と、家と、そしてモンモランシーのためだ。彼女だって、自分が手柄を上げれば納得してくれるはず。

 だが、そこまで考えが至った時、ふと思う。

 

(ぼくが手柄を立てたら、モンモランシーは素直に喜んでくれるのかな?)

 

 彼女には、手紙で一方的に告げたのみだ。直に顔色を窺ったわけでは無い。

 出撃前は、疑問にすら思わなかったのに……、何故か剣心と話していくと、彼女の顔がよく浮かぶようになった。

(戦う理由……か。本当に何だろうなぁ……)

 何が足らないんだろうなぁ。

 そんな風に呟いて、ふと気づく。

 

「あれ、そういえばケンシンは?」

「あぁ、あいつならルイズを寝かせに行った後、どこかへ消えたよ」

「えぇ……。どこ行ったか分かるかい?」

「さっき、ド・ヴィヌイーユ大隊と一緒に街の外へ行ってたね」

 本当に授与式に興味がないんだな。そう思いながらもギーシュは、やることもないので剣心を探しに行くことにした。

 そしてその後を、残りの三人も追っていった。

 

 

 シティオブサウスゴータの外は、それはもう悲惨の一言であった。

 あちこちに刺さったバリスタの槍、火砲の跡、濛々と隊込める煙。そして、倒れる死体の数々。

 街の城壁を突破できるまでの攻城戦は、割と激戦区でもあった。

「うわぁ……」

「ひぃ、死んでる……」

 マリコルヌは小さな悲鳴を上げた。ギーシュも、思わず顔をしかめる。

 死屍累々。亡くなっているのは何も敵軍だけではない。自軍の兵士や騎士もまた、それなりの被害が出ていた。

 しかし、それを公にすれば士気にかかわる。なので当然、授与式でそんな話が出てくることもない。

 街の中央で煌びやかに授与式を行う一方で、ただただ無情な痕を残す戦地に、ギーシュ達は立っていた。

「あ、ほら、あそこに……」

 そして彼もまたそう。

 

 レイナールが指さした方には、ド・ヴィヌイーユ隊が戦地の後片付けをさせられていた。

 ひとまず大きな戦いが終わった上に、寄せ集めの独立部隊なので、授与式に関係ない兵士はこういった仕事にすぐ駆り出されていた。

 そして、その中央に剣心はいた。

「すみませんね。あなたにも手伝っていただいて」

「いやいや、拙者が進んでやっているまで。ニコラ殿が気を使うことはないでござるよ」

「全く、色んな戦地を見てきやしたが……、なかなかどうして、人の死に顔だけは未だ直視できやせんね……」

「それが正常だと拙者は思うでござるよ」

 剣心はシャベルを使って土を掘っていた。そして、その穴の中へ丁寧に死んだ人々を寝かせていく。

 それを見たギーシュは、思わず剣心に駆け寄った。

「なっ、何しているんだいこんなところで?」

「おおギーシュ。お主らも来たのでござるな」

「あら、これはこれは隊長殿。駄目ですぜ。貴族の方がこんな汚い所へ来ちゃ」

 ギーシュ達を気遣っての発言なのだろう。ニコラは諫めるようにそう言った。

 隣にいたレイナールが、この光景を見てすぐに理解する。

「その遺体を……、埋めているのかい?」

「こんな規模の戦ですからね。中には顔が焼けて、身元の判別ができない兵が何人もいやすが……、このまま野ざらしにするわけにもいかんでしょう」

 ニコラの足元には、認識票代わりに作られた鉛の小板が何枚もある。どの兵が死んだかを、ちゃんと確認しながら埋めているのだった。

「名のある貴族様ならちゃんとした弔いをするのでしょうが……。こんな場末の兵士の死体など、誰も見向きもしやせんからね。おっと、書生さんたちが気分を害する話になってしまいましたね」

 そう言って二コラは頭を下げる。ギーシュは次いで、剣心の方を見た。

 彼は黙々と遺体を埋めている。認識票があれば事前にそれを外し、目が見開いていたらちゃんと閉じさせてからきちんと寝かせる。

 飛んでいた腕や足があるときは、体の上にちゃんと置いてから埋めていた。

 これが初めてじゃない。慣れている。ギーシュは震えた。

 

「ギーシュ、これが、死でござる」

 

 剣心はギーシュの方を向かず、そう続ける。

「彼らもまた、名誉や手柄。もしくは大切な人の安寧を思って武器を取り戦った。そこに違いはないでござろう?」

「うん……」

「名誉のために命を懸けて戦うことを、悪いとは言わない。ただ、これだけは覚えてほしい」

 剣心は立ち上がって、身震いするギーシュ、マリコルヌ、レイナール、ギムリに向かって、こう言った。

 

 

「死に慣れるな」

 

 

 その言葉に、ギーシュは思わず背筋を凍らせる。決闘で、杖を奪いながら迫ってきた時のことを思い出した。

 

「人の死に慣れるな。戦に慣れるな。殺し合いに慣れるな。それを当たり前と思うな。思った瞬間、何かが壊れる」

 

 左頬の傷を無意志になぞりながら……剣心はそう続ける。

 

「お主らには勿論、ルイズ殿もそうでござるが……。拙者のようにはなってほしくはない。数多の人を殺し、結果大きな罪を追った拙者のようには」

「ケンシン……」

 剣心は、顔を俯かせていた。だから今どんな表情をしているのか、それは分からない。

 だけど、とても悲しい目をしているんだろうな…というのは、何となく理解した。

 だが、それでも言いたかった。

「きみの気持ちはわかるよ。でもやっぱり憧れは止まらないんだ」

「ギーシュ……」

「昔のきみがどうだったのかは知らないよ、けど、今のきみに憧れるくらいならいいだろう?」

 ギーシュはそう言って、意を決したように杖を捨てた。そして、遺体を持ち上げ剣心たちの手伝いをし始めた。

「何にせよ、ここまで来て共に戦う仲間たちの仕事を手伝わないわけにはいかない。そうだろう!!」

「ギーシュ、お主……!」

「いけませんぜ隊長殿! 貴族のあなたが杖を捨ててまでこんなことしちゃあ……」

「いいんだ! ぼくがやりたいんだ!」

 ギーシュは意固地になって叫んだ。いつも小ぎれいにしている服がどんどん汚れていく。それでも気にしないようであった。

 それに遅れて、マリコルヌたちも動き出す。彼らもまた、杖を使わず自分の手で土を掘り、遺体を運んでいく。

「ちょっと間違えば、ぼくが彼らのようになっていたのかもしれない。他人事じゃないんだ。だからちゃんとした敬意をもって、ヴァルハラへ旅立つのを見送ってあげたい」

 真摯的な目だった。そうまで言われては、ニコラも止める通りがなかった。

「では、すいやせん。隊長殿は自分のお手伝いをお願いします」

「うん。分かった」

 そう言って、ギーシュ達は本格的に作業に入った。

 こんなことをして、誰からも褒められるわけでもない。むしろ、他の貴族や学生からは馬鹿にされるだろう。

 兵士がやるような仕事を、魔法も使わずしているのだから。

 だが、自分の中にある抗いがたい何かが、ギーシュ達を動かしていた。

 今はただ、その本能に、従ってみたかった。

 認識票をABC順に並べ直していたニコラが、不意にギーシュに尋ねる。

「隊長殿、失礼ですが……見たところかなり良いとこの出なんじゃないですか?」

「ああ、グラモンの末っ子だ」

 ギーシュがそう答えると、ニコラは目を丸くした。

「元帥の! おったまげた! なんでまた、最初はこの鉄砲大隊なんかに入ろうと思ったので? 父上のお名前を借りれば、近衛の騎士隊だろうが、一流の連隊参謀部だろうが、お望みのままでしょうが!」

「父の名前を使ったら、ぼくの手柄にならんじゃないか」

 目の前の土を見つめたまま、ギーシュは言った。ニコラは唖然としていたが、そのうち、にっこりと笑みを浮かべてギーシュの肩を叩いた。

「気に入りましたよぼっちゃん! ぼっちゃんなら、いずれは国の行く末を左右する大物になる! 自分が保証しまさ!」

「あ、ありがとう」

 純粋に褒められたのは初めてだ。ギーシュはちょっと嬉し気にそう返す。

「ぼっちゃん、今は何が大事で大切かという目を養って下せえ。そうすればもっともっと伸びると思いやす。なに、ぼっちゃん達なら今頃中央広場で騒いでいる書生さんなんか、アッと言う間に追い越せますぜ」

 ニコラはそう言って、一緒に働く剣心の姿を指さす。

 黙々と土を掘る彼を見て、ギーシュはまた一段と決意するかのように、土を掘る手に力を込めた。

(誰が何と言おうと……ぼくはきみのようになりたいんだ。ケンシン!)

 

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