るろうに使い魔‐ハルケギニア剣客浪漫譚‐   作:お団子

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第八十五幕『水精霊騎士隊 剣術指南』

 

「……あ」

 ここでルイズは目を覚ました。

 天幕とは違う、安宿のような部屋と天井がまず目に映る。

 身体を起き上がらせる。古いタイプのベッドとシーツで寝かせられていたようであった。

 隣の小机には、蓋が開いた『白梅香』の香水瓶が置いてある。また、剣心が気を利かせて置いていてくれたのだろうか。

 だがこの香りは、嫌でも彼女の事を思い出してしまう。

「トモエ……」

 雪代巴。

 彼女は一体何なのだろう?

 あの夜以来、するりと剣心の隣にやってきては甲斐甲斐しく世話を始めた彼女。

 ただ、その表情だけは何を考えているのか、さっぱり分からない。

 でも…彼女の存在が当時の剣心を良い方向に導いているような、そんな雰囲気だけは察していた。

 知りたい。あの後どうなるのか…でも、知りたくない。

 そんな相反する矛盾を抱えつつも、ルイズはとりあえず着替えの準備を始めた。

 

 

 

 

 

第八十五幕『水精霊騎士隊 剣術指南』

 

 

 

 

 

 シティオブサウスゴータ攻略戦から、数日経った。

 街は完全に連合軍が完全占領を果たし。その後レコン・キスタによる攻撃も行われていないようだった。

 いよいよ彼らの住む首都ロンディニウムへの足掛かりが確保された格好だ。チェスで例えるなら、『チェック』の状態に入ったと言ってもいいだろう。

 ただ、良い情報だけではなかった。

 街の食糧庫は空っぽだったため、住民たちへ施しを与えたために兵糧の消費がかなり激しく、補給の必要に迫られていたのだった。

 そして明後日より、『降臨祭』が始まる。

 やはりというか、相手は恥知らずにもこれを機に休戦を申し出たのである。

 降臨祭は十日ほど続く、ハルケギニア最大のお祭り。その間、両軍の一切の攻撃は停止する。勿論、向こうから殴ってくるなら話は別だろうが…。

 ただ、連合軍側も、向こうが休戦を申し出てくれたことには正直ありがたいと思っていた。消耗した軍備や兵糧の確保をしたかったからだ。

 そんなわけで、十日ほどは一旦剣や杖を手放し、代わりに瓶を片手に街を謳歌する人々で、今は賑わっていた。

 

 

 ルイズはその中を悠々と歩いていく。昼間っから出来上がった兵士と貴族が、肩を手に回し祖国の歌を口ずさみながら進む。そんな感じの人々の往来を、ちょっと複雑気に見ていた。

「まったく朝から飲んでばっかり…なんでこう男の人って緊張感がないのかしら?」

 まだ戦争は終わっていないのに、街は妙にうわついた雰囲気に包まれていた。いや、戦時だからこそ派手に騒ぎたいのかもしれない。

 この街に住むアルビオンの民にとって、この一年は心休まる日がなかっただろう。

 始祖からのプレゼントのような休戦期間を、シティオブサウスゴータの市民も、トリステインやゲルマニアの兵士も、十分に楽しむつもりのようであった。

 そんな風にうきうきと街を行く人々の装いは、随分と厚着になっている。高度三千メイルに位置しているために、アルビオンの冬は早い。

 やせっぽちのルイズは寒がりである。初めて体験するアルビオンの冬はたまらなかった。

 本当だったら、ぬくぬくと暖炉の前で毛布を引っ被り、丸まっていたかった。

 ただ、一応自分は『水精霊騎士隊』の副隊長である。

 男装して入隊した以上、日課の訓練には必ず顔を出さねばならない。

 

 

「はあ、ちゃんとやれるのかしら」

 ルイズの中では様々な不安が渦巻いている。戦は今の所順調とは言え、相手は狡猾なレコン・キスタ。いつどんな手で此方に危害を加えるか、分かったものではない。間諜のことも気になる。

 幸いにも自分を狙ってくるような輩はいないため、上手く隠れているのだろうとは思うのだけど。

 まあそれ以上に気になるのは夢の方…。雪代巴の存在なのだが。

 なんか、彼女のことを考えるとすごくやきもきしてしまう。

 だからといって、自分がどうにかできるような存在じゃない。それが一番、頭を悩ませる。

 できることなら、一度会って話してみたい。剣心のことどう思っているのか、なんでそんな剣心に近づこうとするのか……。

(何とかしてトモエに会えないかしら?)

『虚無』ならなんとかならないだろうか? そんなことを考えつつ、学生隊たちが使っている練兵場へ足を運んだ。

 

 

「たあっ!」

「どおっりゃあ!」

「これでどうだ!」

『水精霊騎士隊』が占拠している練兵場は、街の外にあった。

 子供とは言えメイジの集まり。魔法を使って簡易的な陣を創り、その中で各自訓練を行っていた。

 大体の子供は、自作ゴーレムに向けて魔法を当てる練習を行っている。クラスは大半がドット。いてもラインが数人といった体だ。

「どうだい? これが杖付白毛精霊勲章さ」

 その中では、練習もせずに勲章をひけらかす者もいた。ニコラによって一番槍という成果を上げたド・ロレーヌだ。

 数少ないラインクラスのメイジである彼は、取り巻きに自慢話だけしている。

 ルイズはそちらに一切の視線をやらず、ギーシュが作った簡易的な部屋に入っていく。

「ギーシュ、いるの?」

「やあっ! とおおっ! おおルイズ、もういいのかい?」

 ギーシュはその小屋の中で、他の生徒と共に木剣を振っていた。

 天井からロープで吊るした薪を相手に、剣を当てていたのだった。

 朝からずっと続けているのだろう。かなり汗だくな様子のギーシュを見て、ルイズは意外に思う。

「あんた、ずっと剣振ってたの?」

「ああ。ぼくもやっぱり彼のようになりたくてさ。こうやって剣を振ってみれば、何か別の景色が見えてくるんじゃないかと思ってね」

 部屋にいる人数は外にいる学生ほど多くは無いが、それでも数人はいる。

 その中にはマリコルヌもいた。ただ、彼は剣の重さについて行けてないのか、振るたび身体をぐらつかせていたが。

「ほらそこ!! 重さで木剣に負けてどうする!! もっと腰から構えろ!!」

 そんな彼らに指導をするのがデルフリンガーだった。

「そこの眼鏡!! お前は剣の持ち方からやり直せ!! 左手は右手につけないで柄尻を握るんだよ! ほらお前もそこ!! 小指立てるな!! 普段力を入れない小指や薬指にこそ力を込めろ!!」

 戦場で役に立てない鬱憤をぶつけるかのような激しい口調で、デルフは喚き続ける。壁に刀身を晒して熱血指導しているようでった。

「うるさいな!! 剣を握ったのこれで初めてなんだから仕方ないだろ!!」

「馬鹿野郎!! 剣はなぁ、一にも二にも三にも十にも百にも千にも振って覚えるんだ!! 近道なんざねえ!! 文句言ってる暇があったら素振りだ素振り!!」

 口調が口調なので、たまにそんな口論になる。

 ぶつくさ言いながらも、結局また剣を振り始める。

 ルイズはデルフの方によりながら、こっそりと話す。

「あんた、そうやってみんなの面倒見てるってワケ?」

「まあな。みんな相棒のようになりてえって。今は魔法じゃなくて剣を、体を鍛えてぇっていうから、こうしてみてやってんだけどな」

 勿論最初は、皆『飛天御剣流』を教えてくれと、それはもう何度も剣心に頼み込んできたという。

 だが当然、剣心は却下した。剣においては一家言を持つアニエスでさえ駄目なのだから、この結果もさもあり何といったところなのではあるが。

代わりに剣心が出した案が、「まずは体を鍛えてはどうか?」というものであった。

 戦場において、体力や胆力がつくのは悪いことではない。ただ一部は、「剣心の出す案を全てクリアすれば、飛天御剣流を教えてもらえるのかもしれない」という、勝手な期待を抱いていた者もいたが。

 というか、ギーシュもまたそのクチであった。やはり飛天御剣流は忘れられないらしい。

 とりあえず、やるならまずは素振りから。そう言った意味では剣をやって六千年の大ベテラン? のデルフが監督役にはうってつけと言えた。

「まあ意外と楽しいぜ。正直貴族の坊ちゃん共はすぐ飽きてやめるって思ってたからな。今日で四日目、どうやら三日坊主にはならなさそうだ」

 特にギーシュ、マリコルヌ、レイナール、ギムリは真剣になっているようであった。

 彼らは間近で剣心を見てきた。だからこそ、剣という平民が使う得物に対して真摯に目を向けているようであった。

 幸い、休戦協定により十日間ほど暇ができた。これを機に身体を鍛えるのも悪くはない。

「で、娘っ子はどうすんだ?」

「へ? わたし?」

「ロサイスの時のように魔法の練習するのか? それともあいつらみたいに剣を振るのか? 正直体を鍛えるってえのは悪い選択肢じゃないと思うぜ? 単純に動けるってことだからな」

「わたし…今男装しているとはいえ女なんだけど…」

「関係ねえさ。アニエスって隊長も女だてらに剣一本で成り上がってるんだ。それに、戦場で女だ男だどうだこうだはさして意味がねえのは、娘っ子ももうわかっているだろ?」

「……まあ、そうね」

 戦場ではそんな言葉、言い訳にもならないのはもうルイズも分かっている。

 ただ、そう思っていても「剣は平民、もしくは男が振るもの」という先入観が、どうしても抜けなかった。自分が大貴族というのもあるのだろうが。

「握られて思ったんだが、娘っ子も、本気で鍛えようと思えば良い線行くと思うけどな」

「え?」

「娘っ子の父ちゃん、かなり剣できるだろ? 母ちゃんはあの通りだし、呼び出した相棒は語るまでもねえ。『才能』という土台はきっちり出来上がっていると俺は思ってるぜ」

「……」

 確かに、昔の父ヴァリエール公爵は王国一の剣達者と聞いている。

 ルイズはふと、視線を腰の…レイピアのような軍杖にやった。在りし日の母が使っていたという逸品。今は母の契約から離れている。

 騎士が杖を差していないのはおかしいと、アンリエッタからそのまま貰い受けてとりあえず腰から下げている。とはいえ、使う予定はなかった。

 杖の二本使いは、しようと思えばできなくもない。基本は一本使いが主流だが、父も昔は杖を二本使っていたと言っていた。

 勿論相当器用でなくばできないようであるが。幼き日より才能がないと思っていたルイズは、当然ながら杖を二本も使おうなんて考え、思いもしなかった。

「おお! ルイズ、きみも剣を学ぶのかい? いいんじゃないかい? 本物の『戦乙女』って感じで、様になると思うけどなあ」

 隣でギーシュがそんなことを言ってくる。う~~~ん、と、ルイズは唸りに唸った。

 そんな時。

「精が出ているようでござるな。ギーシュ」

「おおケンシン!! 来てくれたのかい!!」

 ルイズはハッとして小屋の入り口を見る。そこは己が使い魔緋村剣心が立っていた。

 手には、何か袋のようなものを持っている。

「それは?」

「丁度お腹が空くころと思って、軽く作ってきたでござる」

 そう言って、袋から弁当箱のような容器を取り出し、ギーシュ達に配る。

 中には炒った豆や焼いた鶏肉などが入っていた。その匂いにつられ、学生たちは一度剣を下ろした。

 

「美味い! これもきみが作ったのか、料理もできるのかい!?」

「まあ、手習いでござるよ。米があれば、握り飯でも…とも思ったのでござるが」

「コメ?」

「拙者の国にある穀物でござる。炊いて塩をふりかけ海苔で巻いて食べるのでござるよ」

「へえええ! それも『東方』の料理なのかい? 一回食べてみたいものだなあ」

 そんなことを言いながら、ぐるりと輪を作りながら回って学生たちは鶏肉にかぶりつく。ルイズもまた、彼の持ってきた食事に口を付けた。

 美味しい。本当に何でもできるのね…と、ルイズは剣心をまじまじと見つめる。

「どうでござるか? ルイズ殿」

 その視線に気づいていたのだろう、にこやかな微笑みで此方を見てくる。

 いつもの微笑み。だけど、ふと巴の顔が頭に過る。

「なっ、あんまりジロジロ見ないでよ!!」

「おろ?」

 思わず、ぷいと顔をそむけてしまう。でもご飯を作って貰っておきながら、この態度はないわよねと、軽く自己嫌悪が入った。

「美味しいわよ。あり、がとう……」

「なら、良かったでござる」

 とりあえず、お礼はちゃんと述べておく。剣心もまた、あまり詮索せず、今度はギーシュの方に顔を向けた。

「してギーシュ、あの戦の件だが…」

「分かってるさ。ここにいる者だけの秘密にするよ。杖に誓って言わないさ」

 広場で暴れたのは自分達だということを、改めてギーシュに口止めさせる剣心。

 そして改めて、『解除』の光に関してはゼロ機関云々の話ですり合わせたことをルイズにも伝えた。

「ああそれよギーシュ。わたしがあんたを探してたの。絶対言うんじゃないわよ。じゃないと死刑だからね。あんたもよかぜっぴき」

「分かった、分かったから……!」

 何故かマリコルヌに圧ある視線を向けながら、ルイズもそう言った。

 冷や汗をかいたギーシュは、とりあえず話題を変えようと別の話を振る。

「ところでさケンシン。ぼくはどうだい? 少しは変わったかな…」

 アルビオンに来てからというもの、素振りは欠かしていないつもりだった。少しは変わったのだろうか、期待を込めた視線を剣心に送る。

「う~ん、どうでござるデルフ?」

「三日四日続いたからってすぐ変わるかい。しかも剣振っているだけじゃねえか。二時間ですぐへばるくせしていっちょ前のこと言うんじゃねえ」

 手厳しいデルフの言葉に、ちょっとギーシュはむっとした。

「きみに聞いてないんだが? 剣のくせに偉そうにしてくれて…」

「へっ。相棒と比べようって考えがそもそも浅はかで愚かで阿呆くせえってんだ。相棒がドラゴンならお前らはミミズよミミズ。そんぐらいの差があることをまずは自覚しろってんだ」

 そう言われると、学生たちも押し黙ってしまった。…実際、魔法込みでもそれぐらいの差はあるのだろう。あの戦いぶりを見れば納得せざるを得ない。

「まあまあ」と、剣心はデルフとギーシュ達をなだめた。

「まあ、せめて剣の稽古ができるような相手がいりゃあなあ…」

「拙者を見ないでほしいでござるよ」

 先にくぎを刺すかのような発言に、ギーシュやデルフはがっくりとする。

「拙者が教えるとどうしても飛天御剣流の影がちらついて、実入りがないでござろう。簡単な稽古に付き合うのは良いでござるが、今はまだ早い。…とはいえ、剣を振るだけでは経験を積めないのも事実」

 粗方食事が終わったのを見計らい、剣心は立ち上がった。空になった容器を集めながら、ギーシュに言った。

「故にギーシュ。お主に少し助言をするでござる」

「助言! 何だい!?」

「もしこれをこなせることができたのなら、拙者も軽い稽古に付き合うことを約束するでござるよ」

 その声におお!! とどよめきが起こった。百人の、それも亜人含む精鋭相手に無双する男からの稽古。彼らからすれば嬉しいご褒美なことこの上ない。

「一体、何をすればいいんだい?」

 ギーシュは期待を込めた目で、剣心を見た。強さに憧れる、無垢な瞳だった。

 その表情に、どこか勝気なかの少年を投影しながら…剣心は口を開いた。

「単純明快。お主のワルキューレの出番でござる」

 

 

「いくぞ!!」

 そう叫ぶのはギムリだ。豪快な彼は人一倍、剣心の飛天御剣流に憧れた。

 故にギーシュと同じくらい剣を振っている。おかげで腕力に関しては学生たちの中でもかなり高い。しかし――。

「ぐおっ!!」

 そんな彼の剣も、青銅の戦乙女にはまだ及ばない。

 瞬時に懐を詰められ、横なぎに吹き飛ばされてしまった。

「一本!」

 レイナールが手を上げて叫ぶ。「ちょっと待て!!」とギムリはすぐ立ち上がった。

「まだ吹っ飛ばされただけじゃねえか! もう一回!」

「いや、そう言ってこれでもう三回目じゃん。次ぼくだから」

「待ってくれもう一回!! なあギーシュ!!」

 懇願の声で頼み込む。しかし、ギーシュは首を振った。

「まあまあ。最初は試験だと思ってだね、とりあえずレイナールの実力を見ようじゃないか」

 剣心が伝えたアドバイス。それは「ワルキューレに剣で勝つ」というものだった、

 もちろん魔法の使用は禁止。最初は一対一だが、慣れてきたら三体。それをすべて撃破出来たら稽古をつける。というものだ。

「まあ悪くねえ考えかもな」と、デルフもこれに賛成した。

 何だかんだ言って、ワルキューレは強い。

 相手が超人ばかりだからこそ目立たないが、学生の…それも昨日今日始めたばかりの剣のみなら流石に青銅の人形はかなりの強敵だった。

「よし、いくぞ!」

 今度はレイナールが準備する。木剣は細身のものを使用。詰将棋のように敵を詰めるのが得意だったからだ。

 しかし―――。

「あっ!! しまった!!」

 ワルキューレの隙間を狙おうとして、あっさり木剣は折れた。

 呆気にとられた彼の顔面を、思い切り青銅の拳が打ち据える。

「ぐおっ!」と呻き、レイナールは仰向けに倒れた。

「軽い剣ばかり振ってたツケだな。もっと頑丈な剣を振るえるように腕力を上げな」

 それを見ていたデルフがそう補足する。次はマリコルヌだ。

「て、手加減してくれよギーシュ…」

「いやいや、それじゃ試験にならないだろうマリコルヌ? ほらいくよ」

 マリコルヌは剣を構える。しかし、ワルキューレを前にした途端急に体を震わせた。腰が引けているのが目に見えて分かる。

「おいおい! 大丈夫かよ!!」

 ギムリがヤジを飛ばす。「うるさいな!」とマリコルヌが叫び返すも、剣先が震えは止まらない。

「ああいう手合いはまず一発、打ってみろ。それでどういう性格かわかる」

「分かった」

 一方奥では、ギーシュがデルフとそんな話をする。得心したようにギーシュは杖を振り、青銅人形を襲い掛からせた。

「ちょまっ!!」

 驚くマリコルヌに一発、腹に打ち込む。軽いジャブ変わり。しかしマリコルヌは蹲った。

(やりすぎたかな…)

「うぅ……」

 次の瞬間、マリコルヌは叫びながら剣を振ってきた。

「うわあああ! ぼくだってなああああ!!」

「おおっ!?」

 やたらめったらな剣の振りだが、思いの外速い。ガツンとワルキューレの首が少し曲がった。

「うわっ! この!」

 とっさにギーシュは杖を切る。今度は思い切り木剣で打ち据えた。

「ぐぎゃあっ!!」

 頭を強かに打たれたマリコルヌは白目をむいて倒れる。今度こそやりすぎたかな…とギーシュは独り言ちる。

「まあこれで分かったぜ。大体の性格が」

 ルイズの隣で一部始終を見ていたデルフは、改めて皆を集めた。

「まずギムリ。おめえさん腕は悪くねえ。体力も気迫もある。だが振りが単調だ。剣を知っている奴だとまず当たらねえなそりゃ」

「ぐぅ……」

 ギムリは唸った。

「次にレイナール。お前は敵の弱点をまず見ようとする。その戦法自体は悪くねえ。ただ体力不足だ。もっと体を鍛えろ」

 レイナールは眼鏡をあげた。痛いけど正確な助言である。

「んで、そこのぽっちゃり君。まあさっきのように土壇場の爆発力は凄まじいものがあるわな。それをものにすりゃあ化けると思うぜ」

「あ、ありがとう…」

 自信がつくような言葉をかけられ、先程目を覚ましたマリコルヌはそう呟く。しかしデルフの言葉は次のように続く。

「とりあえず、その脂肪を筋肉に変えるぐらい鍛えろ。あと心もな。以上」

「……はい」

 ダメ出しが飛んできてちょっとシュンとするマリコルヌ。それを見て次にギーシュはルイズの方を見た。

「で、きみはどうするんだい?」

「はい?」

「いや、たしかにきみは女の子だ。とはいえ名目上は男になっているし、肩書はぼくの部下なわけで。とりあえず、何か訓練しとかないと周りがまたうるさくなると思うし」

「う~ん、剣ねぇ……」

 ルイズは腰に下げた軍杖を見る。触っては見たが、軽くて不思議と手に馴染む。ルイズはそれを抜いた。

「おおー!」「立派な拵えだね!」「かなりの業物じゃん!」と、男共がキラキラした目つきでレイピア状の杖を見てくる。実際、見栄えはしっかりしつつも余計な装飾はない。質実剛健が似合う作りだ。

 ルイズは何度か振った。ヒュンヒュンと鋭い音が部屋中に響く。

「おお怖っ!」マリコルヌが呻いた。

 実際、動きは悪くない。フェンシングに近い的確な動作で確認した後、ワルキューレを見て言った。

「いいわ。やるだけやってみる」

 まさか、こんなところで『また』することになるなんてね…。小さい声でそう呟く。

「何か言ったかい?」

「別に」

 そっけない返事をしつつワルキューレの前に出る。

 やはり自分に剣なんて…って思いは今もある。平民用…というか、男が振るものだという先入観が、どうしても抜けない。

 

(ルイズ、あなた、もし魔法の才がないのならそちらの才を伸ばしてみては?)

 

 ふと、昔の母の言葉が脳裏に過る。

 それを聞いて、たまらず池の小舟まで全力ダッシュしたことを思い出した。

 昔母が男装して武者修行していたのは知っていたが、なぜ自分が? 大貴族ラ・ヴァリエールのお嬢様として生まれてまで、何故汗や泥と涙に塗れなければいけないのか? と。

 でも…。

(それでケンシンや姫さまの負担を減らせるなら…。それに自衛ができて悪いことはないし…それに…)

 一瞬、脳裏に巴の顔がよぎる。

 剣を鍛える。確かに…それはシエスタでもキュルケでも、そして巴にもできない事だろう。

 それに…タバサのように剣心の隣に立ってみたいという気持ちも、少しはある。だからこそ…。

(トモエにできない事で、わたしは勝つ! いつか会った時、気後れしないように…)

 真正面からワルキューレを見据える。剣を、杖を構える。

「…ってそれ、軍杖じゃん! 木剣でやれよ木剣で」

「構わないさ。魔法を使わないことを約束してくれるのであれば、それでいい」

「心配しなくても、まだこの杖と契約してないわ」

 スッと剣を構える。堂に入っていて、優雅さを感じさせる。

 ルイズの元々の美貌と合わせて、まるで絵画の中の世界のように、男たちを魅了した。

「ほら早く。ワルキューレを動かしなさいよ」

 思わず見惚れていたギーシュは、その言葉で我に返る。ぶっちゃけた話、ルイズを見て顔を赤くするのは初めてだ。

(黙ってたら綺麗だよな、本当にこいつ)

「何か言いたげねかぜっぴき」

「まあまあ、じゃあ行くよ!」

 そう言ってギーシュは杖を切る。お手並み拝見。…とはいえ、本気で女性を殴るつもりもない。最初は脅かすくらいの寸止めを放とうとして――。

 

 ――そして思い切り空を切った。

 

「――へっ!?」

 ギーシュは一瞬、目をぱちくりする。

 ルイズは猫のようなしなやかさと素早さをもって、正確に壊れかけたワルキューレの頭に突きを放った。

 マリコルヌが当てたとはいえ、正確な刺突が青銅の戦乙女を射抜き、ガラガラと崩れていった。

「はっ…!?」

「速っ!!」

 自分たちが倒せなかったワルキューレをいとも簡単に倒したことに、男たちは口をあんぐりと空ける。

 ギーシュもまた、大いに驚いていた。こんなに動けるのか…と。

「やっぱりな。娘っ子は何かやってたのか? 明らかに誰かからレッスンを受けただろ?」

デルフだけは、あまり驚かずにルイズにそう尋ねる。

ルイズは若干顔を赤くしながら、ぼそりと告げる。

 

「叩き込まれたのよ。まだ子供だった頃、母さまに…」

 

 そう言ってルイズは昔を振り返る。苦い記憶でしかないため、あまり思い返したくはなかったが。

 

 

 魔法が碌に使えず、何か別のことで才を見出させないかと、親が色々試した教育の一環。その一つに、『剣』があった。

 父はトリステイン一の剣達者。母もまた強力な風と剣技の持ち主。

 ラ・ヴァリエール家は男児に恵まれなかったのもあって、宙に浮いていたその剣の稽古を、末っ子だったルイズに当てたのだった。

(な、なあカリーヌや…もう少しこう…手心をだな…)

(あなたは黙っていてください)

(はいぃ!!)

(魔法の才がなければ、剣を磨いて魔法騎士隊を目指す道もあるのですよ。ルイズ)

(ひぃいいいいいいいいいい!!!)

 もうそっから先は地獄だった。

 母の峻烈な剣裁きを必死に耐えて受け流し、時に暴風を叩きつけられる。

(その爆発の魔法も、裏を返せば強力な攻撃となる。失敗と侮らず、それをうまく活用できる術を探しなさい)

(やめて母さま!! 死ぬ!! 本気で死んじゃうううううう!!!)

(なあカリーヌ!! ルイズを魔法学院に通わせるというのはどうだ! あそこでなら…)

(あなたは黙って! 今稽古中よ!!)

(すいませんでしたぁぁぁあああ!!)

 稽古に熱が入った母はもう、誰にも止められなかった。

 身体が消し飛ぶのを耐える思いで、好きでもない剣術を叩きこまれた。

 学院に通うのも相当に嫌だったが…もしこれを拒否した場合、本格的に母にしごかれた後騎士隊入りルートが目に見えていたので、渋々…本当に渋々学院へ通うことを決めたのだった。

 

 

「…その時の手習いよ」

 ぶすーっとした様子で、ルイズはそう締める。

 彼女の下には、三体ほどのワルキューレが残骸となって散らばっている。

 真っ先に剣心の提案をこなしたのがルイズだという事実に、学生たちは何ともやるせない思いに駆られた。

「…ルイズの母さまって…『烈風』カリン殿だったの…?」

「そうよ」

 流暢に軍杖を鞘に納める。野暮を感じさせない、整った動きだ。

「父上がよく仰ってたよ。あの『烈風』だけは相手にしたくないって。…そうかあ、だったら頷ける話だね…」

「一人でドラゴンの群れをやっつけたこともあるんだろ?」

「あれ? ってことは男装して衛士隊入りしたってこと? それもまた凄いなあ…」

「ケンシンとどっちが強いのかな…?」「いやあ流石に『烈風』殿でしょ…いやでも…」

 やいのやいのと、そんな話で盛り上がる。ルイズはもう、その結果を知っているが特段ギーシュ達に教えようとはしなかった。

 ただ、憂いの表情で一言。

「…正直もう、剣なんて二度と振るもんかって思ってたのに…人生何が役に立つか分かったものじゃないわ…」

「まあだが、一番才能があるのはやっぱりお前さんだぜ、ルイズ」

「剣の才能なんかあっても、全然嬉しくないのよ…」

 何とも複雑な気分である。

『魔法の才』という扉は南京錠が何重にも掛けられて絶対に開かないのに、背中にある『剣才』という扉は鍵一つかかってない。そんな気持ち。

 扉自体は重くてこじ開けるのに時間はかかるけど、決して開かないわけじゃあない。

 とはいえ、剣心を見てこなかったらまず間違いなく、目を向けなかったであろう扉だった。

「ま、強いっていっても坊ちゃん共がミミズなら娘っ子は精々モグラってとこだけどな。剣を知ってはいるが実戦は知らねえド素人って点では坊主共とそう大差がないからな」

「モグラって……」

「何だい? 良いじゃないかモグラなんて!!」

 モグラを使い魔にしているからこそ、切なげにギーシュはそう呟いた。

「参考までにアニエスの隊長あたりがまあ、サラマンダーあたりだな。あそこまで行けたら魔法と組み合わせた戦法を考えても良いかもしれんね。まあ俺魔法はようわからんけど」

 いつかはあいつに剣を教わってみたらいいんじゃねえか? とデルフは続けた。

 

「ま、それで相棒を越えられるかって言ったら、まずありえねえ! って断言は先にしておいてやるぜ!」

 

 そこだけ大声でデルフは叫んだ。学生たちも納得するような呆れたような反応をデルフにした。

「あんた、なんだかんだ言ってケンシンのこと好きなのね」

「あたぼうよ! あんな面白い奴六千年の中でも一人いるかいないかってもんだぜ! 何より強いし! 剣の達人ときたもんだ! まあ、俺を使ってくれりゃあ最高なんだけどなあ…おのれ逆刃刀…」

「いっそあんたも『逆刃』になったら? そうしたらケンシンも使ってくれるかも」

「……それは『アリ』だな、いやいっそのこと……」

 何かぶつぶつ言い始めたデルフを置いて、ルイズは改めてギーシュを見る。

「いやあ、これで皆の実力が分かったってことだね! これで…」

「いや、あんたは?」

「はい?」

「そうだよギーシュ。お前まだやってねえじゃん」

「え? いやいやぼくが自分のワルキューレと戦うってことかい?」

 しどろもどろな表情で、ギーシュ。

 それにマリコルヌがずいっと詰め寄る。

「そうだよ。まさか自分の造るワルキューレに負けるなんてことないよなあ!」

「ほらほら早く」

「いっとくけど加減はなしよ。見たらすぐ分かるんだからね」

 ルイズにそう詰められ、仕方なくギーシュは杖を振った。

 ワルキューレは木剣を拾い構える。ギーシュは意を決し、杖を地面に置き剣を取った。

「目の前の相手を叩く」という軽い指令だけ与えることで、ある程度杖無しでも操作可能にしていた。

「ようし! いくぞ!!」

 とああああああああああああ!! と叫んでギーシュは飛び掛かる。

「見様見真似! ‐龍鎚閃‐!!」

 その瞬間、自分のゴーレムがバラバラになる瞬間を、確かにこの目で目撃した。

 やった! やったぞ! どうだ見たまえこのぼくが……。

 そこまで言って、ギーシュの思考は暗転した。

 

 

「……結局負けてるじゃないの」

 ルイズが呆れたように、仰向けになって星を回すギーシュを見つめた。

 隣のワルキューレは粉々になっている。使い手のギーシュが倒れたことで、魔力の供給が断たれたのである。

 

 ルイズ達が見た光景。それはギーシュが飛び掛かるより先にワルキューレが高く飛び、そしてギーシュよりも先に『龍鎚閃』を放った――というものだった。

 

 ようは、ギーシュ本体よりもワルキューレの方が余程洗練された『龍鎚閃』を放っていたということである。

「ま、筋は悪くねえな。この坊ちゃんも体を鍛えろってとこだ。今ので相棒の『龍鎚閃』を名乗るにゃあ、烏滸がましいにもほどがあらあ」

「そりゃそうでしょ」「うんうん」「確かに」「うぬぼれが過ぎるぜ」

 本当に、剣心クラスになるのはどれぐらい剣を振る必要があるのだろうか? そこまで考えていた時、ふと気づく。

「あれ、そう言えばケンシンは?」

「薪を割りに行ったよ。夕日も落ちて寒くなるからってな。裏手の暖炉に火ぃつけておくってよ」

「あぁ、そうなの」

 あれだけ強いのに、何処までも裏方に徹する剣心を少し可笑しく思いながら、ルイズは一度外に出る。

 確かにもう、夕日が降りてきている。凍えるような寒さで体を窄めた。

「ほらほらボケってねえで特訓だガキども!! 手にたん瘤創るまで剣を振れ! 寝る間も惜しんで剣を振るんだ!!」

 デルフの怒号と再び活気あふれる学生たちの声を背に、一旦ルイズは剣心を探しに行った。

 

 

「よっ、ほっ、はっ、とっ」

 剣心はそう呟きながら、リズムよく薪を割っていた。

 逆刃の刃の部分を巧みに使い、かなり手慣れた様子で。

「…飛天御剣流の無駄遣いもいい所ね」

「おろ、ルイズ殿でござったか」

 剣心は微笑みながら、斬った薪を外にあった暖炉にくべる。魔法で運べる簡易暖炉である。

「寒くないでござるか?」

「……うん、実を言うとかなり寒い」

 寒がりであるルイズは、そそくさと暖炉の前でしゃがみ手を当てる。

 吐く息は白くなった。

「ねえ、見てた?」

「無論でござる」

「わたし、剣の才はあるんですって」

「そのようでござるな」

 薪を割りながら、それを放り込みながら、剣心。火にあたった木が、バチバチと爆ぜる。

「ルイズ殿は、これを機に剣を?」

「う~ん……、正直まだ悩んでる」

 ルイズは焚火の方に目をやりながらそう答える。ちろちろと焚火の明かりが、鳶色の瞳と混ざり合い、憂いという別の色を作り出した。

正直な話、剣心にずっと守ってもらいたい…というのが素直な気持ちだった。

 自分は虚無の担い手。そして剣心はそれを守る盾。それがずっと続くと思っていた。

 でも…その考えばかりに固執して、結果剣心の足手まといにはなりたくない。

 多分、今後の戦いで自分が窮地に陥った時『あの時体を鍛えていれば』という後悔がずっと付き纏ってくるのだろう。

 自分には別の才がある。それを知ってしまったのだから。

「でも、わたし、ケンシンと一緒に戦いたい。この戦争……あんたの宿敵との因縁でもあるんでしょう? わたしはあんたの主人なんだから、そんな因縁をきちんと払ってあげるのも、役目だと思っているの」

「ルイズ殿……」

「だからわたし。頑張る。頑張ってみる」

 決意した瞳を見て、剣心も何を言おうとしたか、一瞬忘れてしまう。

 ただ、ルイズのこの明るい決意に水を差すようなことはあまりしたくはない。

「わかった。拙者もできる限り、力になるでござるよ。ルイズ殿は先に拙者の条件を満たしたでござるからな…けど」

「分かってるわ。飛天御剣流を教えろなんて言わない。わたしはわたしの剣で、強くなってみる」

 実際、剣で最強にまで登りつめようとまでは思っていない。あくまで剣心の役に立ちたいという一心だった。

 だからこそ、飛天御剣流にはあまり固執しなかった。まあ、もう虚無という強大な力を授かってしまったが故に、これ以上強大な力を会得するのを怖がった、という理由もあるのだが。

「そうでござるか。なら――――」

 そう言って、ふと頭上から風がかかる。

 見上げてみれば、一匹の風竜、アズーロが大きく翼を羽ばたかせていた。

「御取込み中悪いけど、僕も混ざって良いかな?」

 そのうえで、にこやかな微笑みを湛えながらジュリオは、剣心達にそう呼びかけた。

 

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