るろうに使い魔‐ハルケギニア剣客浪漫譚‐   作:お団子

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第八十六幕『始祖の兄弟』

 

「ジュリオ!」

「やあルイズ。また一段とキレイになったかい?」

 軽く口説き文句を入れながら、ジュリオは風竜アズーロから颯爽と飛び降りた。

 優雅な着地を決めた後、口笛を吹くと、そのままアズーロは空へと去っていった。

「すごいわね。口笛だけで操れるの?」

「そういう芸を仕込んだんだ。なに、さして難しいことじゃない。レディとのダンスを誘うよりはね」

 綺麗で整った会釈だ。これだけで世の女から黄色い声を一手に浴びるのだろう。

 彼がロマリアで腹に何か一物抱えていなければ、ルイズも見惚れていたかもしれない。

「聞いてくれよ! 本当はもっと早くにきみたちに会うつもりだったんだけどさ、上層部がもうやいのやいのうるさくてさ。まったくトリステイン人は人使いが荒いね」

「ああ、そう。ご苦労様」

 そっけない表情で、ルイズ。ここでおもむろに剣心が立ち上がった。

「して、その内容は例の……でござるか?」

 剣呑な口調だ。だが目は笑っていない。ジュリオもまた、それを受けて真剣な表情になった。

 彼に嘘やおどけは通用しない。ならばこそ、ここはある程度『情報』というカードを切る。

「その通りだ。少しきみ達に話をと思ってね。『兄弟』」

 月目を爛々と光らせながら、不敵な笑みをジュリオは浮かべた。

 

「じゃあ最初に、何でわたしのことを『虚無』って知ってるの? 隠さず答えなさい」

 まずルイズが口火を切る。剣心も同じ考えの様で、何も言わず手に持っていた薪の片割れを暖炉に放り込む。

 そして、しゃがんで火の強さの調節をする。そんな彼を見やりながら、ジュリオは口を開いた。

「ぼくはロマリアの神官さ。神学の研究が一番進んでいる国から来たんだぜ。トリステインよりも、ガリアよりもね」

「…………」

「ま、タルブであの光を見せられちゃあね。僕だってピンとくる」

 確かに、アレを間近で見られたら仕方ないのかもしれない。ルイズは小さく首を振った。

「ほんとはきみを、迎えにきたんだ。でも、今はそれどころじゃないしね」

「神学なんか、犬にでも食われるがいいわ」

 ぶすっとした様子で、ルイズは噛みつく。

「神学の講義をしたくて連れて行くわけじゃない。現実として、ロマリアはきみを欲しがってる」

 一瞬、剣心の目から鋭い光が飛んできた。それに気付き、ジュリオは若干冷や汗を流す。

 本当に、彼と対面するのは思った以上に命懸けだ。

「ジュリオ殿にはタルブで手助けしてもらった故。あまり手荒なことにはなりたくはないでござるが」

「それはぼくもそうだ。きみと争うなんて悪夢でしかない」

 ジュリオも知っていた。中央広場で二百人もの精鋭を誰が叩きのめしていたのかを。

 仮に彼と争う場合、ロマリア主力の『聖堂騎士』が何十……いや何百、いや何千人と犠牲になるかもしれない。自分だってアズーロ付きでもこの男とはやり合いたくなかった。

 風竜付きのスクウェアクラスのワルドを一方的に叩きのめす手合いなのだ。そのすさまじさは遠目でも理解している。というより、正しく理解しなければならない。

 

(ただでさえ、教皇が召喚した『彼』の所為で、神官も騎士も疲弊しまくっているっていうのに……)

 

 今の教皇が本当に召喚したかの『男』の顔を思い浮かべながら、ジュリオは内心嘆息する。ロマリアは現在、かなり消耗していた。

 だからこそ、ルイズ達とは何とか表面上は穏やかな関係を構築しておきたい。それができない場合、かなり最悪な手段に出る必要も――。

 とはいえ、今はなるべくそれを悟らないようにしないと。

 ジュリオは不敵な表情を崩さぬまま、小さく首を振る。

「というより、きみと争う理由がない、と言い換えるべきかな?」

「どういう意味よ」

「言っただろう。ぼくたちは『兄弟』だと」

 そう言って、ジュリオは右手を前に突き出した。その後すぐ白手袋を外し、素手を見せた。

「あんた、それは!?」

「これは!?」

 剣心とルイズは同時に驚いた。ジュリオもまた、力強く答える。

「そう。これは『ヴィンダールヴ』。始祖より賜りし力の一端。きみの『ガンダールヴ』と同じさ。ぼくもまた『虚無の使い魔』なのさ」

 

 

 

 

 

第八十六幕『始祖の兄弟』

 

 

 

 

 

「あんたもまた、使い魔の力を持っていたのね」

 しばし、ルイズは茫然としていた。

 いや、剣心から聞かされた時から覚悟はしていたはずだ。自分以外に、『虚無の担い手』はいると。

 だが、こうして実際に相対すると、やはり少し心が留守になってしまう。

 一方のジュリオは、二人に聞こえない声でぼそりと、面白くないように一言。呟く。

 

「……貰いものだけどね」

 

「……え?」

 何て言ったか、ルイズ達には聞こえなかった。

 聞き返そうとするも、まくしたてるようにジュリオは続ける。

「『兄弟』っていうのはそういう意味なのさ。ケンシン。ぼくは右手に、きみは左手に、それぞれ始祖の力を宿している。もう分ったろう? 虚無の力『四の四』は今にも目覚めようとしているのさ。聖地の回復を目指して」

「聖地の回復?」

 剣心は目を細めた。レコン・キスタもそんなお題目を掲げているのを思い出す。

 とりあえず、虚無の力は四つ。あることはまず理解した。

「お主らロマリアは、始祖の遺志を何よりも拠り所にしていると聞く。聖地回復もその一環と、いうことでござるか?」

「一環、というと語弊があるね。それに文字通り、全てを懸けていると言ってもいい」

 ルイズはその言葉に少し窮する。本気で、文字通り命を懸けているかのような狂気の目だ。

 それを剣心は真正面から受け止めながらも、平然と話を続ける。

「……で、ルイズ殿に、教皇殿は何をさせようと?」

「……」

 若干、ジュリオは言葉に詰まった。だがそれは失策だったようだ。剣心はもう、今の反応で察したようだった。

「ルイズ殿、確かロマリアの事実上の頂点は……」

「聖エイジス三十二世。名前は確かヴィットーリオ・セレヴァレだったかしら。ハルケギニア中の神官と寺院の最高権威よ」

 すらすらとルイズは名前を述べる。座学ではタバサとためを張るため、知識は深いのである。

「推察するに、その者がお主に力を与えた『虚無の担い手』ということでござろう」

「っ……!」

 ルイズは固唾を飲んだ。ジュリオは「はぁ……」とため息をついた。

「全く、もう少しぼくの腹芸に付き合ってくれたっていいんじゃないかい?」

「生憎とルイズ殿のこれからがかかっている大事な話で、お主の腹芸などに乗る気はござらん」

(流石ケンシン、手厳しい……)

 とはいえ、純粋に心配してくれるのは素直に嬉しい。ルイズは少し頬を染めた。

 

 

 ジュリオは少し考えるように手を当てる。やがてこう言った。

「きみはレコン・キスタをどう見るかい?」

「はぁ!? またその質問なの?」

「今一度ケンシンの口から聞きたいんだ。きみの宿敵も関わっているんだろう?」

 今度は剣心が考える。この局面でこの質問。聖地回復云々にレコン・キスタがどの程度関わってくるのかを純粋に聞きたいのだろう。

「その様子だと、志々雄真実についても調べはついている。と?」

「う~~ん、正直そちらはまだ全然。推定で彼もまた『虚無の使い魔』なのかな……、ぐらいしか」

「生憎と、奴は使い魔だけで収まる器ではござらん。奴が望むのは弱肉強食という名の全国統一。聖地に関しても、面白半分に首を突っ込んで弄ぶことしか考えてはおらぬでござろう」

 というより、あの男が果たして『契約(コントラクト・サーヴァント)』を受け入れるのか甚だ疑問だった。碌なメリットも無しに主従関係を結ぼうと迫る手合いであるなら、まず滅ぼしにかかるだろう。

 だからこそ、志々雄真実の背後が今一つ不明瞭で怖い。何故あの男はここまでの勢力を得るに至ったか。独力でもまず成せるであろうが……、今回はどす黒い靄が後ろに見え隠れしている感じてならないのだ。

 

「面白半分に弄ぶかあ。……じゃあやっぱり受け入れられないな」

 

 ジュリオはジュリオで、何か考えるようにそう呟く。そして、今度は真剣な表情で言った。

「これ以上はまだ流石に話すのが早いから、ぼくの主人……、まあいいや。ヴィットーリオ・セレヴァレ教皇の目的についてはまた後日、ということにしておいてくれ。ただ、ここまでの会話でやはり『レコン・キスタを野放しには出来ない』ということは分かったよ」

「ジュリオ……」

 これは本当のことを言っているのだろう。ルイズにもそう思わせる笑みを、ジュリオは浮かべていた。

「今はただ、共通の敵を見ているということで納得してほしい。でもこれだけは言っておく。いずれ四の四は復活する。それと同時に未曽有の事態がきみたちを襲うと。そしていずれは、きみたちも共に聖地を目指すようになる。……必ずね」

「な、何でそんなこと言えるのよ! わたしもケンシンも絶対にあんたなんかと……」

「いいや必ず目指す。きみがその『逆刃刀』を、腰に差している限り」

 言いようのない気迫と共に、ジュリオはそう告げる。ルイズも少し、それに圧倒されてしまった。

 

 しばし、沈黙が流れる。話題を変えるように、今度は剣心が口を開いた。

「『四の四』。それはつまり、虚無の担い手は四人いるということでござるか」

「その通り」

「ルイズ殿、ロマリア教皇、あと二人……か」

 そのうちの一人は、恐らくガリアから来るのだろうと、剣心は何となく思っていた。

 となると後一人。

 そこまで来て、剣心はハッとした。

「まさか!? とするならこの戦……!?」

「え、何、どうしたの!?」

「ご名答。『四の四』だけでそこまで行きつくとは。流石の洞察力だね本当に」

 ジュリオは大きく拍手をする。素直な賞賛の気持ちを表したかのような音を奏でる。

 一方、ルイズは何が何やら分からない。

「どうしたのよ! 何が分かったのケンシン!?」

 剣心は急かすルイズに目をやりながら、言った。

 

 

「この戦は、もしやその最後の『担い手』を炙り出す戦、ということか!!」

 

 

「何ですって!?」

 ルイズは思わず叫んだ。月明かりの中、誰もいなくなった陣(ギーシュ達は特訓に明け暮れそのまま寝てしまった)に声が響き渡る。

「その通りさ。そしてぼくは、その最後の一人を見つけるためにこの国へ来た」

「……っ!」

「少なくとも、そのシシオという男の手に渡すわけにはいかない」

 成程、それが目的だったか。と、ルイズは『ヴィンダールヴ』となった使い魔を見つめる。

「もう一人の担い手はこのアルビオンにいるって確信はあるの?」

「無いけど、状況的には確実だろう。でなくばガリアがここまで動いたりはしない」

 そう、ガリアの動きはいまいちよく分からない。

 ダータルネスを占拠して、そこから先動いた様子は未だ見られない。

 むしろ何か別の建物を構築している……。と、斥候から連絡があったのを、ボーウッドの伝手から剣心は知った。

 奴らは、まず間違いなく何やら企んでいる。その理由が最後の担い手だとすれば、得心もいく。

「ジュリオ殿、最後の一人に心当たりは?」

「あったらこんなところで手を拱いてないさ」

 ジュリオはやれやれと肩を竦めた。

「今は皆、ああいや、連合軍の連中は純粋にクロムウェルの首だけだが……、拮抗状態に陥っている。誰かが何かしら動き出すのを、この『降臨祭』の間で待っているのさ」

 それを聞いて、ルイズは肝を冷やした。十日間の休みの裏で行われている、拘泥とした心理戦を間近で垣間見た気がしたからだった。

 いかに自分の軍が下らないことで一喜一憂しているかが、否応なく分かってしまった。

「今は待つしかない。それだけさ」

「……で、ござるな」

 最後の担い手。

 それは一体どんな人なのだろうか?

 自分が狙われているということを、分かっているのだろうか?

 ルイズはふとそんな思いに駆られる。だが、自分だって他人事じゃないのだ。

 その四のうちの一つに、入っているのだから。

 

 

 夜も更けた。気づけばもう、三時間以上は話し合っていた。

 二つの月も真上に伸びている。周囲はあっけらかんとしているほど静かであった。

 薪も全て燃えつくしてしまったらしい。肌寒さがルイズを襲う。

「そろそろ暗くなってきたね。今日はもう寝るといい。話の整理もしたいだろう?」

「そうでござるな」

 剣心は大丈夫だったが、ルイズがそろそろ限界そうだ。暖炉の火もない以上、汗で冷えた彼女を肌寒い夜に晒すわけにはいかない。

「最後に一曲、歌ってもいいかい?」

「おろ?」

「何よ急に」

 口笛を吹いてアズーロを再び呼び寄せる。その合間にて藪から棒に、ジュリオはそう言った。

「まあまあ、きみたちにも関連ある歌さ。そんなに長くもないしね」

 ジュリオは、朗々とした声で、歌い始めた。聖歌隊の指揮をつとめるだけあって、その歌声はたいしたものだった。

 

 神の左手ガンダールヴ。勇猛果敢な神の盾。左に握った大剣と、右に掴んだ長槍で、導きし我を守りきる。

 

 神の右手がヴィンダールヴ。心優しき神の笛。あらゆる獣を操りて、導きし我を運ぶは地海空。

 

 神の頭脳はミョズニトニルン。知恵のかたまり神の本。あらゆる知識を溜め込みて、導きし我に助言を呈す。

 

 そして最後にもう一人……。記すことさえはばかれる……。

 四人の僕を従えて、我はこの地にやってきた……。

 

 

「その歌は?」

「望郷……さ。始祖ブリミルのね」

「……ケンシン?」

 ルイズは剣心を見る。心なしか、少し彼は茫然としたようであった。

 無論剣心はこの歌を初めて聞いた。だが不思議と、故郷の土と風を思い出した。

 そして、あの道場の模様が一瞬、剣心の脳裏に過る。

 

(……薫殿)

 

「へ?」

 小さく、小声だったため、何を言ったかは聞き取れなかった。

 ただ、口元で三文字呟いた後に殿と言ったのは、何となくわかる。

 三文字。丁度『巴』も三文字だ。

「…………」

 思わず、ルイズは剣心の足を思い切り踏んだ。

「おろっ!?」

 それに思い切り剣心は跳ねた。

「な、何するでござるルイズ殿!?」

「ボケっとしてるんじゃないわよ! もう、だらしない顔してさ!!」

 とりあえず、これで夢の分のイライラを発散させておく。そんな二人を面白おかしく思いながら、ジュリオは言った。

「ま、この歌をどう解釈するかはきみたちに任せるよ。ちなみに『ヴィンダールヴ』はこの歌の通り、獣を魅了し操る術を持つ。ご婦人方もね。いや、こっちは獣ほど扱いは上手くないが」

「誰も聞いてないわよ」

 ツンと澄ましながら、ルイズ。「ほらね」とばかりにジュリオは剣心に向かって苦笑した。

「そしてきみは『ガンダールヴ』。ありとあらゆる武器を扱える。知っているかい、歌の文句にあった大剣。あれは恐らくデルフリンガーのことだよ」

「え!? あのボロ剣が?」

 確かに六千年近く生きているとは言っていたが、いざ言われるとピンとこないような顔をルイズはした。

 剣心はもう、疑ってはいなかったが。

「ガンダールヴは、左手の剣で主人を守った。そして余った右手で敵を攻撃を加えたのさ。当時考えうる最強の武器でね」

「最強?」

「きみにとっての最強は、何だと思うかい?」

 剣心は黙ってジュリオを見据える。一方のジュリオは、ここで颯爽と風竜にまたがった。

 

「ぼくは、飛天御剣流だと思っている」

 

「…………」

「あらゆる『間合い』を無視して敵に詰め寄り薙ぎ倒す。これは勝手な妄想何だけどさ。『ガンダールヴ』の力のルーツは案外、飛天御剣流にかかっているんじゃないかと思うんだ。だって似ているだろう? 素早く動いて敵を打ち倒すのっていうのは」

 確かにそうだ。どことなくだが、似てはいる。

「今のきみは、その右手に『逆刃刀』を携えている。それが飛天御剣流という最強の槍を遺憾なく振るう力にもなっているんだろう。ま、これもぼくの勝手な妄想。どう解釈するかはきみたちに任せるよ」

 そう言った時、丁度アズーロはきゅいと喚いて着地してきた。相棒の竜の頭を、ジュリオは優しく撫でる。

「じゃあ、今度こそお休み。また進展があったら知らせるよ。『兄弟』」

 それだけ言い残し、ジュリオはアズーロに跨ると、再び空へと去っていった。

 

 

「どう思う? ケンシン」

「今は何とも、でござるな」

 ジュリオが去った後、剣心とルイズは疲れ果てて寝ていたギーシュ達に毛布をかぶせた後、デルフを手に宿へと向かった。

 学生とはいえ、貴族の集まりである『水精霊騎士』にはそれなりの大きな宿が与えられていたのである。

 そこへ向かう途中、ルイズはおもむろにデルフを見る。

「ねえデルフ、あんた何かわかんないの? 虚無のこととかさ」

「わりぃ。本当に出てこねえんだ。ただ……」

 デルフもまた、思い出そうとしているのか、時々少し唸りながら、話を続ける。

「ブリミルは力を四つに分けた。三人の子供と一人の弟子に。それぞれがトリステイン、アルビオン、ガリア、ロマリアに別れて国を創った。秘宝を手にな」

「秘宝って、まさか『始祖の祈祷書』?」

「そうそれ。担い手は直系の子孫。だから、四人ってワケさ」

 成程、四の四というのは四人の虚無が、四つの秘宝を携えた状態のことを言うのか。剣心は考えを巡らせた。

「その秘宝、それはそれぞれの『ルビー』にもかかっているのでは?」

「あ、そうか。わたしも『水のルビー』を持っているわけだし、そうかもしれないわね」

 ルイズは思い出したかのように、指にかかった指輪を見やる。鮮やかな青の光を湛える宝石は、月夜に照らされコントラストな色合いを作り出す。

「ああ、確かに虚無の習得にはルビーも必要だな。それを付けた状態で秘宝を使うと、新たな虚無の呪文が出てくる。必ずってわけじゃねえけどな」

「ってことは、四の四っていうのは、四人の担い手、四つの秘宝、四つのルビー、あとは四の、使い魔? かしら……?」

「ああ、それで合ってるはずだ」

 デルフがそう補足した。それを聞いて、今度は剣心が思い当たるような顔をする。

「どうしたのよケンシン?」

「いや、多分それ、拙者が今持っているものと似ているような気が……」

 そう言って、袖から指輪を取り出しルイズに見せた。血のように深紅な宝石がついた指輪だ。

 ルイズとデルフは同時に声を上げた。

「こりゃあおでれーた! それは『火のルビー』じゃねえのか?」

「あんたそれ、どうして持っているのよ!!?」

 ルイズは思わず、水のルビーを火のルビーに近づけた。二つの宝石は共鳴する。

 水と火、相反する属性が絡み合い最後は消滅。決して、相容れぬかのような反応。

 間違いない本物だ。ルイズは驚きの目で剣心を見た。

「コルベール殿から預かったのでござるよ。何でもとある女性の遺品とのことで、親族所縁のある者に返してあげてほしいと」

「王家の秘宝を? てことはその女性も、たぶん高貴な人なのでしょうね」

 なんでその女性が、王家の家宝を持ちそしてトリステインの一教師の手に渡ったのかは、定かではない。

 だがこうして、今は剣心が持っている。これは何か重要なカギになるかもしれない。ルイズは思った。

「多分それはロマリアのだろうな。今思い出したぜ、あのいけすかねえフォルサテがつけてやがった」

「フォルサテ?」

「聖フォルサテ。ロマリア都市王国の祖王ね。歴史学で習ったわ」

 ロマリアは『始祖ブリミルが没した地』というお題目から作り上げた国だった。故に聖地に次ぐ神聖なる場所として規定し、結果ブリミル教の総本山という立ち位置を手にした。

 そのため、貴族以上に神官が幅を利かせている事でも有名だった。昔からの信者が酒池肉林をする裏で、あぶれた者たちは食事も仕事もままならない、何処までも二極に分かたれた国。それが今のロマリアである。

 ルイズはそこまで、剣心に講釈した。

「ロマリアか……では恐らく、ジュリオ殿が真に探していたのはもしや」

「ええ、間違いないでしょうね」

 タルブに足を運んだ理由。

『始祖の祈祷書』かと思ったが、もしかしてこれかもしれない。

 ルイズは力強い目で、剣心を見据えた。

「ケンシン、言わなくてももうわかってるでしょうけど」

「そうでござるな。今はまだ、これをジュリオ殿に渡すわけにはいかぬ」

 ロマリアの野望。それが明るみに出るまでは、まだ軽々には渡せない。

 少なくともこれが今剣心の手に渡っているのは、何かの導きなのかもしれない。

 周囲を見渡す。当然ながら自分たちを見る影は、誰もいないようだった。

「なんにせよ、そこまでロマリアに悩まされる心配もなくなったわね。教皇が虚無の力を得るのを防げるってことだし」

「だが、いずれ四の四は復活するという確信を、彼らは抱いている。油断はできぬでござるな」

 厳しい視線をもって、剣心はそう言った。再び火のルビーを袖にしまう。

「ねえデルフ? 他に何か思い出せることってない?」

「うーん、思い出すってなるとマジで何も出てこねんだよなこれが」

「何かきっかけがあれば、思い出せるってコトでござるか?」

「そうだなあ、きっかけ、例えば……」

「サーシャ殿のこととか」

 サーシャ? ルイズは聞き返す。女性の名前だというのは何となくわかり、自然と目じりが吊り上がった。

「ああそうサーシャ! 懐かしいなあ。長い耳の高貴な砂漠の娘……」

「長い耳ってもしかして、エルフなの?」

 剣心は軽くサーシャについてのあらましを説明した。始祖ブリミルに仕えたエルフの『ガンダールヴ』。デルフの最初の相棒で、飛天御剣流にも関連があったと。

 何の予告もなく降ってくる爆弾発言の連続に、ルイズは一瞬頭が真っ白になった。

「ちょっと待って、色々追いつかない。……ってことは何? 始祖とエルフは今のわたしたちのような関係だったってコトなの?」

 敬虔なブリミル教徒が聞いたら発狂するわね。ルイズはそこまで言った。

「しかも飛天御剣流も使ってたって? どういうコト?」

「まだ『使ってた』って断定できる訳じゃあねえさ。そこらへん凄い曖昧なんだ。正直言うと俺もようわからん。ただ、最近相棒の剣を見るとそう思うようになったって感じだな」

「でも、ジュリオは『ガンダールヴ』のルーツは飛天御剣流にあるんじゃないかって……」

「その神官のたわごとだろ? って片付けるにはそうだな、うん……似てはいるよなあ」

 ルイズとデルフは、疑問符を頭にたくさん浮かべながら会話を続ける。

「ねえケンシン、そこのところどうなのよ?」

 飛天御剣流のことは剣心しか分からない。とりあえず、ルイズは話を振った。

「そうでござるな……」

 剣心はしばし考える。ただ、比古清十郎がこの地に来ていたのは確定している。

 案外、関連性があるのかもしれない。

「実はフーケが一度持ち出した、学院の二つの秘宝。あれは元々比古清十郎の誰かが使っていたものであることは、間違いないでござる」

「ヒコ……ってあんたのお師匠?」

「師匠であると同時に、代々継承者によって襲名する通り名でござるよ」

「なるほどね。じゃあやっぱり……何か関係があるってことなのかしら?」

「あ、これだけは言えるぜ。使い魔は、担い手が『運命』が引き寄せる存在だと」

 運命。

 それを聞いて、ルイズは少し心が沈んだ。

 じゃあ何、剣心が自分の元に来たのは、飛天御剣流の継承者だからってことなの?

 自分の気持ちに、なんかケチを付けられた気分になる。

「ん? じゃあ相棒はなんで比古清十郎を名乗らねえんだ?」

「拙者は既に勘当された身。御剣流の理は受け継ぐなれど、襲名を受けられる身分ではござらんよ」

「奥義会得してんのにか? ふぅん、成程ね。かなり複雑な事情があるんだな」

 ふと、剣心の顔を見る。手に顎を乗せ何か思案に暮れる仕草。それを見て、在る気持ちが急激に沸き上がってくるのを覚えた。

 

 

 剣心は、自分のことを本当はどう思っているのだろうか?

 

 

 知りたい。確かめたい。

 でも、聞けない。聞き出す勇気がない。

 もし聞いて……あの三文字の答えが返ってきたら、自分がどんな顔になってしまうのか、それを見た剣心はどんな顔をするのか、想像すらしたくはなかった。

 一応、自分も『ルイズ』で三文字である。希望はある。

 でも……。

「もう寝ましょう。今日はなんだか疲れちゃった」

 様々な不安から逃げるように、ルイズは言った。いくじがない。我ながら情けないと思いながらも、この一歩だけは軽々と踏み出せなかった。

 暗闇の中、あるかもわからない橋を信じて崖から一歩進むようなものだ。

 踏み外したら最後、本当に正真正銘、奈落へと吸い込まれてしまう。そんな不安が、ルイズの心を侵していた。

「そうでござるな。今夜は色々あった」

 剣心もまた、大きく一息をついてそう言った。色々と考えを整理しなければならないことが山ほどあった。

 ただ、これだけは言える。

 

 この戦い、多分アルビオンだけでは収まらない。ハルケギニア中を巻き込む壮大な『大戦』になると。

 

 その中心にあるのは始祖ブリミル、そして使い魔として活躍したというエルフ、サーシャ。

 この二人が、今後の戦を握る重大なカギになる。

 もし自分が、飛天御剣流の運命によってこの地に召喚されたのであれば……。

(いずれは拙者にも、何か変化が訪れるのかもしれぬでござるな)

 左手の、伝説の使い魔の証を見る。

 古い記憶がもしくは、その答えを手繰ってくるのかもしれない。得も言われぬ予感だが、確信が不思議とあった。

 とにかく今は、目の前の問題を一つ一つ片付けよう。まずは志々雄真実。奴は絶対止めねばならない。

 そして奴やガリアが狙っている最後の一人。虚無の担い手。その正体にも思いを馳せる。

 剣心は月を見た。照り付ける光が、今は不思議と妖しくも美しい感じにさせた。

 

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