降臨祭、五日目――。
「ふん! はっ!」
「せやぁ!!」
気づけばもう、休日は折り返しまできていた。
軍備も食料も整いつつある昨今。アルビオン攻略への準備にそろそろ取り掛かる兵たちも増えてきた。
「だぁ!!」
「はい一本!」
そんな中、『水精霊騎士隊』は、今日も特訓に明け暮れていた。
剣を鍛える組は、毎朝百の素振りから始まる。その後朝食を挟んでサウスゴータ周辺をランニング、昼食後組み手を行った後に『ワルキューレ』を使った剣の稽古を行っていた。
「くそぉ! 卑怯だぞレイナール! すぐ逃げやがって! 男なら勝負しろ!」
「それは負け惜しみというものさ。初手で捕まえられないきみが悪い」
「ま、正論だな。戦場じゃ卑怯なんて言葉は存在しねえぞ坊主」
くそぉ! と声を荒げるのはギムリだ。そんな彼を事も無げに諭すのはレイナール、そしてコーチ役のデルフリンガーだ。
「とはいえ、体力ならまず間違いなくお前さんが一番あるんだから、もう少し頭を使うようにしな。そうすりゃこの眼鏡はすぐに倒せるぜ」
「ちょ! 人を雑魚呼ばわりしないでくれるかい!」
そんな会話を続けていると、隣で声が聞こえる。
「いだっ!」
「ほら直ぐ目をつむる! そんなんじゃ当たんないわよ!」
見れば、マリコルヌがルイズによって地面に倒されていた。手の軍杖を油断なく彼の首音に突き付けている。一方でマリコルヌの木剣はあらぬ方向へ転がっていた。
「いたたた、もう少し手心というか……」
「何言ってんのよ、手習いのわたしでそのザマなら、ケンシン越えなんて夢のまた夢よ!」
スパルタのようなコーチでマリコルヌに説教をかましている。「容赦ねぇな……」とギムリはぼそりと呟いた。
「まあ、『烈風』殿の手習いともなれば、ああもなるんじゃないか?」
「ま、確かにセンスはあるよなセンスは」
流石に体力腕力に関しては、ルイズは男性組とは遥かに劣る。ランニングも素振りもほぼ自分のペースで行っていた。
だが、技量に関しては鍛錬組の中でも一際輝いている。動きがネコのようにすばしこく、それでいて無駄がない。烈風カリンの手習いが活きている格好であった。
そのため、組み手ではもっぱら教える方に回っていた。
ルイズももう、自分を鍛えることに迷いがなくなってからは、積極的に鍛錬に顔を出すようになった。
「あたっ!」
「ほら早く立ちなさいっての!」
「うぅ、もう少し……」
「はあぁ!? 甘えるのもいい加減に……!」
ルイズは杖を振り上げる。ひぃ! と体を丸めるマリコルヌ。
「なああいつ、喜んでねえか?」
「間違いないね」
「変な覚醒してるなあの坊主」
見れば、マリコルヌはちょっと笑っているようにも見える。ルイズの罵倒に喜んでいるようだ。ピシピシと杖を振り回す。それに怯えているように見えて……中々立ち上がらない。
「そういやギーシュは?」
「あの坊主は自分のワルキューレ相手に組手だと」
「こういう時、土系統は便利だよなぁ。的や練習相手に事欠かないし」
自分のワルキューレに負けたのが余程ショックだったのか、暇あればギーシュは自分の青銅に挑んでいるようだ。相手を自作できるのは土系統ならではだろう。
「ぐわぁああ!!」
ふと、外の方を見やると、ワルキューレに吹き飛ばされているギーシュが目に映った。
「まぁたやられているよアイツ」
「ていうか、勝ったところ見たことないんだけど」
「くそぉ! まだまだぁ!!」
気障な格好をかなぐり捨てて、泥まみれになりながらも自分のワルキューレに挑みかかる。
自分たちがこうしてみている事にも気付いていないらしい。相当集中しているようであった。
「ほらお前らも、いつまでだべってんだ。さっさと組手始めろ」
デルフにそういわれ、渋々立ち上がるギムリとレイナール。隣ではルイズが未だ寝転がるマリコルヌをピシピシ叩き始めていた。
「あぁ、待ってくれ! そんなに叩かれたらボクハァぁぁぁ!!」
「何になるっているのよ、この変態!」
「変態! 変態ぃ!? このぼくが、あだぁあ!」
「もうバカ! 知らない!」
最後に思い切り脳天を叩いて気絶させてしまう。マリコルヌは至福の表情のまま昇天した。
「みんな、そろそろ昼食の準備が……って、おろ?」
丁度そのころになって、いつも通り弁当を持ってきた剣心がやってきたので、皆は一旦小休止に入るのだった。
「いつもありがとう、ケンシン」
「助かるぜ。平民にしとくには本当にもったいねえよ」
「よく噛んで食べるでござるよ」
そう言って、学生たちに配膳する剣心。ギムリやレイナールは打ち解けたように彼と言葉を交わしていた。
「はいルイズ殿」
「ありがと」
ルイズは一度、ポニーテールを解いた流麗な桃髪が広がる。それから剣心から弁当を受けとった。
「マリコルヌは、寝ているのでござるか?」
「変態へ進化しかけてたから止めてあげたの」
「……まあ、ほどほどにしてあげるでござるよ」
そう言って、寝ているマリコルヌに配膳を置いて、ギーシュの元に向かう。
「ぐあぁ! くそぉ……! これも駄目なのか!」
ギーシュはまだ組手の最中であった。どうやら剣心が来たことにすら気付いていないようだ。
「…………」
剣心はしばし、ギーシュとワルキューレの攻防を見て、やがて納得したかのようにふっと笑った。
「成程、これは手古摺るわけだ」
教えてあげるべきだろうか? と剣心は考えたが……汗と泥にまみれてもなお剣を構えて立ち上がるギーシュを見て、ふと弥彦の姿が頭に過った。
今の彼にはひたむきさがある。どこまでも純朴に強さを求めている。今声かけてしまっては邪魔になってしまうからこそ、しばし見守ることにした。
角材の山に腰かけ、ギーシュの配膳を手に彼の組手を見守る。
まあ、彼ならいずれ気付くだろう。この兆候は悪いものではない。むしろ良い方向に進んでいるのだ。だからこそ剣心ものんびりとした対応を取っていた。
「だっ、ぁぁ……っ」
剣の打ち合いに負け、ギーシュは吹っ飛ぶ。再び起き上がろうとして……、ここで剣心が見ていることに気付いたようだ。
「ああケンシン!! 見ていたのかい?」
「精が出ているようでござるなギーシュ」
「いやぁはは……。ぼくなんて全然さ。未だ自分のワルキューレに、一発も与えられてないのだからね」
フラフラとした足取りで、用意していた水桶を頭から被る。そして陣の端の壁にもたれかかった。
剣心はそんなギーシュに配膳を手渡す。「いつもすまないね」とギーシュはそれを受け取って食べ始める。
少し冷えたパンをかじりながら、少し消沈した顔で剣心に尋ねる。
「ねえケンシン。ぼくは強くなれるかな……?」
「どうしてそう思うでござるか?」
ギーシュの隣に腰かけ、剣心は逆に尋ね返す。
「だってさ、きみも見ていただろ? ぼくは未だゴーレム以下なんだ。何か……どんどん自信という名の風船がしぼんでいくのを感じるんだ」
「…………」
「きみみたいになりたくて、剣を振れば何かつかめると思っていた。でも全然駄目。何も分からないし感じない。道の見えない靄の中に突っ立っている気分だよ」
どうやら、自分の成長に自信を持てていないようだ。ギーシュはギーシュなりに、かなり悩んでいるような面持ちだった。
ただ、少なくとも先の攻防を見る限り、剣心はそう思わなかった。
だがあえてそれは教えず、これからを聞く。
「では、やめるでござるか?」
実際、メイジは剣より杖を振ったほうが強くはなるのは確かだろう。ルイズはまあ例外だが。魔法というのは剣心にとって未知の領域だからだ。どうすれば強くなれるかなんて、流石に読めない。
だから剣心は、ギーシュ達に鍛錬を強制もしないし、やめるようにも言わなかった。彼らの自主性に、委ねることにしていたのだ。
一方、それを聞いたギーシュはというと。
「……それも何度か考えたさ。でもやっぱりね、なにも掴めないまま終わらせてしまったら、なんて言うか、全てが無駄になるような気がするんだ。よく言葉に出来ないけど……、ぼくは何かを掴みたいからここにいる。それがはっきりするまでは、続けてみようと思うんだ」
「そうでござるか」
剣心は微笑んでそう言った。
「折角でござる。昼食を食べ終えたら、少し動きを教えるでござるよ」
「おお! 本当かい!!」
先の陰りのある顔とは一転、目をキラキラさせてギーシュは立ち上がった。
飛天御剣流を教えるつもりはないが、剣についての気構え位は教えてあげても良いと思ったからだ。
「いいでござるか、斬撃は基本九つ。唐竹、袈裟斬りに逆袈裟、右薙に左薙、右切上、左切上、逆風、そして最短距離の一点を貫く刺突」
ワルキューレ相手に、コツコツと木剣を当てながら簡単なレクチャーを始める剣心。
この周囲にはルイズ達が座りながら聞いている。その周囲ではギーシュやマリコルヌ、他鍛錬組もふむふむと頷きながら聞いていた。
「どの流派のいかなる技であれ、斬撃そのものはこの九つ以外には無い。故にこの九つの動きに対応して防御すれば、傷は最低限に抑えられる」
「成程ね」
「へー、そうなんだ」
「まずは、その防御法について教えるでござる」
そういうと、剣心はワルキューレ相手に向かい合った。お互いその手に木剣を握っている。
「ではギーシュ、初めて良いでござるよ」
「分かった、任せたまえ」
ギーシュは杖を振った。鋭い動きで青銅の戦乙女が駆ける。
(やはりな……)
剣心は内心呟きながら、木剣を受け流す。剣を交えながら、この時はどう動けばいいかを指摘する。
剣の教えは、自身の経験と『神谷活心流』をベースに敷いていた。よく薫が弥彦に稽古を教えているのを遠目で見ていたため、その防御術についてもある程度のことは分かる。
「戦闘で肝心なのは冷静でいること。相手が何を撃ってくるのか想定しながら、常に視野を広く持つこと」
この動きの時はこう対応すると、時折動きを止めつつその様子を見せてあげる。
「特にお主らは、名誉を重んずるあまり自分の命を軽く見る傾向にある。その癖は早めに直す必要がある」
防御策ばかりあえて教えているのは、そうした貴族ゆえの特攻精神を直すためでもあった。
何があろうと、絶望な状況に追い込まれようとも、生きることだけは捨てさせないように。
無様な突撃に逃げず、常に考える、思考を止めさせない。
闘いに臨む上での精神で、一番基本的なことにして、自信の奥義を扱う上でも重大な要素。それを若き子供たちに教える為であった。
「覚えておくでござるよ。『生きようとする意志は何よりも強い』。闘いにおいて精神の揺らぎは何よりも大事な資質。これをおろそかにしては、どんなに肉体や技が強くなろうとも、意味がござらん」
木剣でワルキューレの攻撃を防御しながら、巧みに反撃を繰り出し青銅の外見をへこませていく。
「おおっ!」
それを彼らは食い入るように見つめていた。
「生きる意思、かぁ……」
剣心のレクチャーもひと段落着いた頃。
ギーシュはふと、ぽつりととそう呟く。何故かまた、モンモランシーの顔が過ったからだ。
自分が死んだら、彼女は何を思うのか……。そんな考えが、頭の隅に住み込んだような気がした。
「拙者が今教えられるのはここまで。後はお主たちが、それぞれの道を見出し歩くでござるよ」
剣心はそう言うと、木剣をギーシュに返して端へと移動した。現段階で、教えられることは一通り教えたからだ。
ギーシュは、強かに打ちのめされたまま立っているワルキューレを見る。
よくよく観察すれば、至る所にへこんだ跡がある。教えている傍らで油断なく、色んな反撃を叩きこんでいたのが良く分かった。
こうしてみれば自分の剣など、まだまだ子供のように振り回しているだけに過ぎない。
(こんなんで自信がしぼむなんて、十年早いってことなんだろうな)
ギーシュは剣を構える。ワルキューレも同じように相対する。
剣先を相手の目に向けた『正眼の構え』で、油断なく見据える。
少しでも剣心の背中に追いつきたい。その一心で、今は杖ではなく剣を振る。
「やあっ――!」
そう叫んで、動こうとした時――。
不意に飛んできた風の鎚が、ワルキューレを吹っ飛ばしていった。
「何だ!?」
ギーシュは訳も分からず叫んだ。魔法を使った茶々なのは明らかだ。
だがマリコルヌやギムリ、レイナールではない。彼らもまた目をぱちくりとさせていた。
「まったく、ずぅぅっっと拝見していれば見苦しい鍛錬ばかり。きみたちはそれでも貴族かね」
代わりにそう言ってやってくるのは、数人ほどの取り巻き。同じく学生の貴族である。
その中心に立っているのはド・ロレーヌだった。サウスゴータ攻略で一番槍という成果を得たことで、すっかり増長しているようであった。
「特にギーシュ、きみは隊長だろう。そんな汗と泥にまみれる訓練など、魔法を使えばまるっきり意味などないじゃないか。剣より杖を振ればいいのに」
「……杖を振るだけじゃ見られない世界もある。ぼくはその世界を信じたいからこうしているんだ。分かったら放っておいてくれないかね? べつにきみたちの邪魔をしているわけでもないだろう」
そうだそうだ! とマリコルヌたちも同調する。しかしド・ロレーヌは厭味ったらしい顔を崩さなかった。
ギーシュ達よりもワンランク高い、風のラインメイジという点に加え、褒章を手にしたことで悪い方向に自信がついたようである。
「そうかい。だが隊長なら見栄も気にしてほしいものだね。きみが何の成果も出せずにそうやってあくせくやっている所為で、未だぼく達は『学生のお遊び部隊』などと影で言われているんだ。同じトリステインの貴族なら、これがどれだけ恥辱かわかるだろう」
成程、どうやら手柄を立てた自分より高い地位にいるギーシュを妬ましく思っているのだろう。
だがもう、ギーシュはあまりとり合おうとはせず、深くため息をつくだけに留める。
「分かったよ。ぼくの不手際を責めるならいくらでも責めてくれ。でもきみこそ、その勲章は本当に自分の力で得たものなのかい?」
「ぅぐっ……!」
聞いたド・ロネーヌは若干顔をゆがめる。そう言われると、若干痛いのは事実だ。
「その勲章を揚々と誇れる気概がないのであれば、余りこういうことはしないほうが良いよ。調子に乗れば痛い目を見る。子供でも分かることだ。……かつてのぼくが、そうだったように」
そう言って練習に戻ろうとする。そのギーシュの背中が気に入らなかったのか、鼻息荒くこう続けた。
「ふん、本当に何できみ如きが由緒ある『水精霊騎士』の隊長に任命されたか、理解に苦しむよ。しかもその副官は、魔法一つ使えない、公爵家の恥さらし『ゼロ』のルイズだ。全く今すぐにでも女王陛下に配置換えを上申したいぐらいだ――――」
そこまで言った瞬間、ギーシュは動いた。
杖を構える暇すら与えず、木剣をド・ロレーヌの鼻先に突き付ける。
先ほどとは一転、獰猛な瞳をもってギーシュは言った。
「二回目だぞ、ド・ロレーヌ。これ以上彼女の侮辱はぼくが許さん」
「ひっ!?」
一瞬ド・ロレーヌはすくみ上った。あまりに咄嗟だったのであらゆる点で後れを取っていた。
これが戦場なら、この木剣で頭を叩かれそれで終わりである。
しかしその事実にド・ロレーヌは気付かぬまま、慌てて杖を構える。
「ギーシュ!!」
ルイズは思わず立ち上がってそう叫ぶ。
一方ド・ロレーヌは、杖を構えたことで余裕ができたのか、再び口元をつり上げて言った。
「どうしてだい? 事実だろう? 隊長はくだらないことばかりに精を出して、片や副官は役立たず。これが今の『水精霊騎士』の現状だろう?」
「……あくまでもその減らず口を閉ざす気はないようだな」
「無論さ。ずっと言い続けてやるよ」
「ならば仕方がない。こうなった以上、我らがやることは一つ」
杖を掲げて、宣告した。
「『決闘』だ。きみに貴族としての礼儀を、改めて教えてやろう」
ド・ロレーヌはニヤリと笑った。最初からこれを狙っていたような表情を浮かべる。
「きみが負けたら、何とするかね?」
「ぼくは隊長をおりるさ。後任はきみがやればいい」
「その言葉、二言は無いな」
「当然だ」
それを聞いたド・ロレーヌは、学生たちに聞こえるような大声で叫んだ。
「諸君! 決闘だ! このぼくヴィリエ・ド・ロレーヌがギーシュ・ド・グラモンに決闘を申し込むぞ! 水精霊騎士隊長の座を懸けた闘いだ!!」
それを聞いて、何事かと学生たちがどっと集まる。ギーシュとド・ロレーヌを見て、わいわい騒ぎたてた。
ぶっちゃけた話、誰がどう勝つかに興味があって、隊長の行く末に興味を持つ者はほぼいない。ギーシュがよく分からないことに精を出しているのは知っていたが、特に干渉などはしてこないし、むしろ自慢話ばかりしてくるド・ロレーヌを鬱陶しがる者も少なくなかった。
ただ、今の学生たちは娯楽に飢えていた。なのでこの決闘自体はすごく楽しみにしている様子だった。
「では一刻後に陣の中央で。そこで派手にやり合おうじゃないか」
自分が勝つと信じて疑わない表情で、ド・ロレーヌは去っていった。
「もう! 言わせときなさいよギーシュ!! わたしは全然気にしてないから!!」
事が全部終わった後、ルイズは思わずギーシュに叫んだ。
しかし、ギーシュも頑なに首を振る。
「悪いが、こればかりは退けない。これは彼……、ケンシンとの約束もかかっているんだ。もう絶対、きみを馬鹿にしたりなどしないって」
「だからって、なんでそれであんたが怒るのよ!」
「これは男と男の約束だ。貴族である前に、ぼくも男だ。だからこそ、一度交わした約束は絶対に破りたくないし、それを嘲笑ってくる奴は許せない。それだけさ」
ギーシュはここで剣心を見た。剣心は終始、何も言わずに事態を見守っていたのだ。
ルイズはルイズで、そんな剣心にやきもきしていた。彼が出張れば、瞬時に事態が収束することを知っているからだろう。
だが剣心は動かず、ただ尋ねる。
「本気でござるな?」
「無論だ。手を出さないでくれたまえよケンシン?」
「承知」
それだけ告げると、剣心はその場を去ろうとする。
ルイズは慌てて彼の後を追う。
「待ってよケンシン! ねえ止めてあげなさいよ! ド・ロレーヌはあれでラインメイジよ! ドットで、しかも自分のワルキューレに勝ったことのないギーシュじゃ……」
「ルイズ殿」
ここで剣心は振り返る。その笑顔はギーシュの心配なんて、些かもしていない様子であった。
「先ほどギーシュは言っていたでござるな。『きみに貴族としての礼儀を、改めて教えてやろう』と」
「ふぇ? えぇ……それが?」
「以前、拙者に決闘を申し込んできた時にも、ギーシュはそう言っていた」
剣心は思い出していた。アルヴィーズの食堂で配膳をしていた時、ひょんなことから喧嘩を売ってきたギーシュのことを。
その時の言葉と表情は今でも鮮明に思い出せる。あの時と、そして今を比べて、こう続けた。
「そして先ほども全く同じことを言っていたが……、先ほどの宣告は、あの時とは重みが違う」
「ケンシン……」
「良い機会でござるよ。彼らにとっては良くも悪くも、この闘いは」
ルイズは「はぁ……」と、ため息をついた。何だかんだ言って。やはり剣心も男なんだなあと思った。
自分にはまだよく分からないことで勝手に怒り、そして闘う。それを今一つ理解できないのは自分が女だからだろうか? そんなことまで考えてしまう。
ただ、剣心はルイズの心境に気付いていたのだろう。微笑んだまま、優しく肩に手を置いた。
「ルイズ殿の心配は最もでござるよ。でもここは、ギーシュのことを信じてあげてほしいでござる」
そう言われてしまっては、もうルイズも何も言えなくなってしまった。
「分かったわよ。とりあえずここはギーシュに任せるわ」
ルイズはふと後ろを振り返る。ギムリ、レイナール、マリコルヌは彼に頑張れだの、大丈夫かだの銘々言葉を投げかけている。
だがギーシュはいつもの気障な態度が鳴りを潜め、静かな目で木剣を見据えていた。
その様子が思いの外頼りに見えたので、とりあえず剣心の言葉を信じることにした。
そして一刻後。
「それでは諸君! 決闘を始めるぞ!!」
太陽が斜に傾きかけている中、水精霊騎士専用の陣中の中心で、ギーシュとド・ロレーヌは向き合っていた。
その周囲を、学生たちがぐるりととり囲んでいる。隊長の座を懸けた決闘だ。俄然観戦にも熱が籠った。
「平民かぶれのギーシュに負けんなよ! ド・ロレーヌ!!」
「ラインの意地を見せてやれ!!」
ド・ロレーヌ派の学生はそう叫ぶ。彼らは剣ばかり鍛えるギーシュのことを『平民に被れた』とバカにしているのだ。
「おうギーシュ! 生意気なド・ロレーヌの奴なんかぶっ飛ばしてやれ!」
一方で、彼を応援する声も少なくない。日頃修行せず自慢話ばかりしてくるド・ロレーヌを鬱陶しがっている者もいたからだ。その中には当然、マリコルヌたちも入っている。
「負けそうになったら代わってやるぞギーシュ!」
豪快なギムリはそう叫んだ。実際本気でそう考えているのだろう。
だがギーシュは冷静に返す。
「心配しなくても、負けやしないさ」
しかし、内心では少し怯えていた。相手はラインクラス。自分よりも優秀な『風』を操る名門だ。
昔だったら、多分彼に挑もうとは思わなかったろう。
(だが、今は違う)
あの時……ヴェストリの広場で、剣心と決闘したことを思い出す。
七体のワルキューレを赤子のようにあしらい、杖を奪って負けを認めるよう迫ってくる。あの峻烈な表情は、今の数倍怖かった。
あれを真正面から見ているからこそ、次のさらなる無謀な行動にも、自然と移せたのだろう。
「では早速始めようか。杖を抜きたまえ」
厭味ったらしい顔で、ド・ロレーヌは杖を使って礼をする。決闘に慣れた所作だ。
これは貴族の決闘。相手の杖を吹き飛ばした方の勝ちである。昨今の情勢では、よりスマートに杖を飛ばした方が洗練されているとまで言われていた。
だが、これに対しギーシュは、杖を懐にしまい、木剣を前に突き付けた。
「ぼくは今これを鍛えている。だから、この決闘でも杖ではなく、剣でお相手仕る」
「……なんだそれは? ぼくを馬鹿にしているのか?」
魔法でも負けるとは微塵も思ってないからこそ、今のギーシュの対応は凄く癪に障った。しかし、ギーシュも譲らない。
「そう思うのならかかってきたまえ。きみは杖、ぼくは剣を飛ばされたら負け。それでいいじゃないか」
「後悔するなよ。その言葉」
ド・ロレーヌから笑みが消えた。そして思い切り風の魔法をギーシュに向かって放った。
「うおわぁ!!」
案の定、ギーシュはまともに喰らって吹き飛ばされる。強力な『風の鎚』であった。
「ふっ。これで終わりだ。なんとも呆気な――」
そこまで言いかけた時、ギーシュはむくりと起き上がった。そして再び剣を構える。
「効かないよ、そんな『風の鎚』なんて……ゲホッ。ケンシンの『龍鎚閃』に比べれば、児戯に等しい」
よろよろとした姿勢でそう言うギーシュは、ド・ロレーヌにとってすごく見苦しく見えた。
本当に彼はトリステインの貴族だろうか? およそ優雅とはかけ離れた言動……、これが一番、ド・ロレーヌをイラつかせる要因であった。
「さっきのは手加減してやっただけだ。そこまで言うのならもう容赦はしないぞ」
次いで呪文を唱える。今度は『ウィンド・ブレイク』だ。それを陣の外まで吹き飛ばす勢いで、ギーシュに撃つ。
「ぐおっ! ぐぅぅううううううううう!!!」
しかしギーシュは耐えた。剣を前にして、腰を屈めて、足に力を入れる。
剣術の動きの基礎ができているからこそ、抗いようのない風に耐えられているのである。修行前なら間違いなく陣の外まで飛ばされていたであろう。
「くそっ! ならこれでどうだ!!」
今度は『エア・カッター』だ。複数の風の刃が殺到する。
「あっ危ない!」
同じく見ていたルイズが思わず叫んだ。風の刃は容赦なくギーシュの体を裂いていく。
かすり傷とはいえ、腕、胸、足、頬などを切られ、血が噴き出す。思わず膝をついた。
「どうだ。これがラインクラスの実力だ。大体にして
高らかにそう宣言するド・ロレーヌ。ルイズはギリッと歯を食いしばり、マリコルヌたちも悔しそうに闘いを見守っている。
「ま、まだだ……、まだ……」
しかしギーシュは再び立ち上がった。流石のド・ロレーヌもイライラを隠さず叫ぶ。
「なんなんだ一体!? 何がきみをそこまで動かす!?」
「さあね……ぼくにも未だ分からないよ。でも……」
フラフラながらも剣を構える。
「ぼくの身体が、心が叫ぶんだ。『まだやれる、まだ動ける』って。その声が消えない限りは、ぼくは何度でも立ち上がってやるさ」
「そうかい、なら消してやるよ。そんなか細い声なんてなぁ!!」
ド・ロレーヌは再び、呪文を唱えた。
「ケンシン…」
ルイズは思わず、剣心に助けの視線を送っていた。
目の雨で繰り広げられているのは、一方的な『虐め』だったからだ。
ド・ロレーヌはもう、ギーシュを的当ての的のような認識で、風の魔法を放っていた。ギーシュはそれをまともに喰らっては、立ち上がる。その繰り返し。
彼の身体は既に血と泥で全身が汚れていた。息も絶え絶え、いつ倒れたっておかしくはない。
いい加減、見ていられない。だからこそ、剣心に助けを求めた。
「ねえ、助けてあげなさいよ。あのままじゃギーシュが……」
「…………」
しかし剣心は動かなかった。ただ静かに、事を静観している。
勿論、ギーシュ自身が助けを求めた時は、応じるようにいつでも動けるようにはしていた。
しかし彼の目に燃える闘志は、未だ消えていない。彼は何度吹き飛ばされ切り刻まれようとも、その手に持つ木剣だけは必死に握っていたのだ。
それが分かっているからこそ、剣心は動かなかった。
「ねえ、ケンシンったら……――」
その時、歓声が沸いた。渾身の『ウィンド・ブレイク』でギーシュは陣の端まで飛ばされたからだ。
もう、立ち上がらないだろう。そんな認識が全体に広まった。
剣心を除いて――――。
「はっはっは! どうだい!? これで隊長の座はぼくのもの―――」
「闘いの最中に、よそ見はいけないでござる」
えっ……? と、ふと振り返る。見れば、ギーシュは再び立ち上がってこちらに向かって来ていた。
「ま、まだ立つのか……」
ド・ロレーヌの中に言いようのない恐怖感が襲ってくる。もう十分は経過している。自分は未だ無傷だ。そして相手はもう、風前の灯。だというのに……。
この悪寒は、前に感じたことがある。そう。タバサに喧嘩を売った時。
相手が遥か格上という認識を全く持たないまま決闘を挑み、無様を晒したこと。それと似たような恐怖。
「いい加減にしろ! 何故立ち上がる!?」
「何故って、消えてないからさ……、まだ、声が……」
しかし、ギーシュの声は震えている。このまま続ければ、心より身体のほうが壊れてしまうだろう。
「ギーシュ」
ここで初めて、剣心は一歩前に出て声をかけた。
「まだ続けるつもりでござるか?」
決闘の時と全く同じ言葉。それを聞いて、ギーシュは血で濡れた剣の柄を握り締める。
「無論……だ!」
あの時は、剣心の実力を軽んじていた。だが彼を知り、闘いを知り、そして強さの果てを、一瞬だが知った。
だからこそ分かる。これは勝てる闘いだと。
ギーシュはずっと、機会を窺っていた。
決まれば、絶対決着がつく。だからこそ、冷静になって物事を俯瞰していた。
「……そうか」
それを聞いた剣心は、再び一歩後ろに下がる。少し嬉しそうな表情をして。
逆にこのやり取りを聞いたド・ロレーヌは、理解できないとばかりに叫んだ。
「……そんなに隊長の座が大事か? 一体何がきみを……」
「約束を侮辱された、ただそれだけさ。それに……」
剣を再び『正眼の構え』にしながら、一言。
「下げたくない頭は、下げられない。それが貴族だろう?」
「っこの! ドットの落ちこぼれがあああああ!」
再び、あらん限りの『エア・カッター』。大きな風の刃がギーシュに向かう。
「ギーシュ!!」
「危ない!!」
ルイズ達鍛錬組が叫んだ。当たれば胴体が真っ二つになるかもしれない、それほど巨大だったからだ。
しかし、それを目の前にしても、ギーシュの頭は冷静だった。
(ああ、遅い……なあ)
彼と比べれば、全てが遅すぎる。
緊張と恐怖で、最初はされるがままだったが、身体が熱を持ってからは、的確に防御ができるようになっていた。そんな今のギーシュからすれば、この刃すら、怖さを持ち得ない。
それにこの大きさ。止めを刺そうと放ってきた一撃だろう。相手の残心を全く感じなかった。
これだ。ギーシュは前に、風の刃に突っ込んだ。
「えっ――――!」
ド・ロレーヌと観衆。両方が叫びを上げる。
なんとギーシュは紙一重で風の刃を回避し、そのままド・ロレーヌの元へ突っ込んでいったからだ。
「うぉおおおおおおおおおおおおおお!」
「ひぃ!!」
呆気にとられたド・ロレーヌは、再び呪文を唱えようとする。幸いにもまだ距離がある。呪文の方が速い。
しかし、もう風の魔法は出てこなかった。
「なっ!! おい出ろ――――!!」
魔法は全て、精神力に寄与する。
ド・ロレーヌは気付いていなかったが、魔法を唱え続けてもう十分以上経過していた。加えて、ギーシュへの得体の知れなさに恐怖を感じていた……。というのもあった。
もう魔法は出てこない。精神力が、尽きてしまったからだ。
そうする内、遂にギーシュはついに懐に詰める。
「まっ、まって――」
「胴ォオオオオオオ!」
「ごふぅ!」
渾身の横薙ぎが胴体に入り、ド・ロレーヌはもんどりを打って倒れた。
「うごっ、あがっ……!」
ド・ロレーヌは呻いた。腹から襲う激痛で立ち上がれない。
霞んだ視界で周囲を探る。しばらくして、自分の目の前に何かが突き付けられているのを理解する。
ようやく視界がはっきりしてきた時には、ギーシュが此方に木剣の切っ先を差しているのに気づいた。
「杖を叩き落とした。……ぼくの勝ちだ」
その声に、ド・ロレーヌは慌てて自分の手に目をやった。そこには杖がない。
先ほどの衝撃で、落としてしまったらしい。
つまり、自分は負けたのだ。魔法のランクが自分より下のギーシュに。しかも剣だけで……。
「負けた? この、ぼくが……?」
ありえない。認めたくない。
周囲も、この結果に理解が追い付いていないようだった。沈黙が場を支配する。
そんな中、ギーシュはおぼつかない足取りで剣心達の元へ向かっていく。
「っあああああああああああああああ!!」
ド・ロレーヌは叫んだ。認められない気持ちが、枯渇した精神力を再び潤す。
もう決着がついているのに、気付けば杖を拾い上げて再びギーシュに『エア・カッター』を放っていた。
「ギーシュ!!あぶな……――」
ルイズ達がそこまで叫んだ時だった。
ド・ロレーヌに対し背を向けていたギーシュは、視界は一切其方にやらず、懐にしまった杖だけ突き付ける。
「あれ……?」
「――えっ!?」
今度はド・ロレーヌが驚いた。
落ちた花弁からワルキューレが三体、生成される。
一体は手に持った大盾で、風の刃を受け止めいなした。
そして残り二体は、槍を手にド・ロレーヌの首筋を押さえていた。
「ひっ!?」
速い。
見えなかった。
この事実は、ド・ロレーヌのみならずマリコルヌたちも驚かせた。
「お前、そんなにワルキューレを速く動かせるのかよ……?」
「いや、実を言うとぼくも驚いているんだ……??」
杖を振りかざしたまま、ギーシュも少し呆気にとられた表情をする。
あれ、こんなにキビキビ動かせたっけ?
呆然とするギーシュたちに、今度は剣心が歩み寄ってくる。
「拙者、魔法のことはよく分からぬが……、肝心なことは集中と想像が、より強く作用するでござろう?」
「え? あ、まあそうだね」
「なればこの結果も当然。今までのワルキューレは、ただ漫然と『速く動け』という指令しか出してなかったのでござろう」
そう言われるとそうだ。相手を攻撃するときは、特に細かい指令は出したことがなかった。ただ突撃、しか頭になかったのである。
「だが鍛錬を積み、具体的にどう動けばいいかの予想や想像がしやすくなった。故に無駄だらけだった動きが消え、速く進めるようになったのでござるよ」
剣心は、ギーシュの肩を軽くたたいた。
「お主も間違いなく強くなっている。ただ、それ以上にワルキューレも成長しているのでござるよ」
そうか、だから勝てなかったのか。ようやくギーシュは納得した。
鍛錬を積むことで、自然と魔法の技術も上がっていたという事実に、少し呆然としていた。
ギーシュはここで、ド・ロレーヌを見た。彼はもう、一転して戦意を失くしていた。
「まだやるかい?」
「まいった。ごめん……、謝るよ……」
今にも泣きそうな声で、ド・ロレーヌ。ギーシュもそれ以上、追及はしなかった。
ワルキューレを土くれに戻す。その後高らかに宣言した。
「この中に隊長の座を懸けて闘う者はもういないか!? ぼくは誰でも相手になるぞ!!」
その声に応える者は皆無だった。みな、ギーシュがここまで強くなっているという事実に茫然自失としていたからだろう。
「じゃあ、これで隊長の座はぼくの、もの……」
そこでギーシュはふらふらとよろけ始める。無理もない。体中傷だらけだったからだ。
それを支えたのは剣心だった。
「頑張ったでござるな。ギーシュ」
「へへ、きみとの約束を守っただけさ…」
そこまで言うとギーシュは気絶した。剣心は彼をおぶった。
「ルイズ殿、ちょっとギーシュを診てもらうように今から言ってくるでござる」
「ええ……」
ルイズは少し、もどかしそうな表情を見せる。やがて意を決したように言った。
「ねえ、あんたが出てくれればその……、ギーシュが傷つくこともなかったんじゃないの?」
「そうでござるな。けど、それではいつまでもギーシュは強くなれぬ」
それに応えたまで。と、普段優しい彼とは程遠い真剣な表情で、ルイズを見た。
「これはギーシュの闘い。拙者が出張るのは筋違い。そういうものでござるよ」
「あんたって、結構厳しいところあるのね……」
そう言えば、ヴァリエール公爵の時も、剣心は自分を助けようとはしなかったのを思い出す。
こういうところが、剣心の考える『弱い人』と『強くあろうとする人』との線引きなのだろう。
そういう意味では、剣心はギーシュのことを少なからず認めているようだった。だから、あんな無茶をさせたのだろう。
(わたしももっと、しっかりしなくちゃね……)
自分だってそうだ。いつまでも剣心に守られてばかりじゃ、成長しない。
真の貴族、ノブレス・オブリージュを全うできるようになるためにも、今の剣心と同じ境地に立ちたい。
ルイズはもう、何も言わずに剣心とギーシュの影を見やった。
「くそぉ! 何でだ! なんでぼくがドットなんかに……」
ド・ロレーヌは未だ悔しがっていた。何故彼はあんなにも強くなったのか。
しかも相手はただ剣を振っていただけだ。魔法の鍛錬をしていたわけじゃない。ギーシュのランクは未だドットのままなのは間違いなかった。
だからこそ、納得いかなかった。そんな彼の前に、ルイズが現れる。
「なんでって、あんたがギーシュを侮ってたってだけでしょ」
「ルイズ……っ!」
「まったく本当に、男ってばどうしてこうなのかしら? 元はわたしの侮辱だった筈なのに……」
ふくれっ面で、ルイズはそう言った。元はと言えば自分が侮辱されたのだから、それを払うのも自分だと思っていたからだ。
だというのに、気付けばそれを勝手にギーシュに取られてしまった。それに関してだけは、未だ納得がいってなかった。
「まあでも、もう終わったことよね。……で? あんたはどうすんの?」
「どうする……って?」
「負けたままでいるの? 這いつくばったままでいるの?」
明らかに挑発するような声。ド・ロレーヌは涙目で精一杯すごんだ。
「なんだよ、『ゼロ』のルイズのくせに。未だ魔法の一つも使えないくせに……」
「何とでも言いなさいよ。もう気にしてないし」
これに関しては事実だった。『虚無』の系統ということが判明したというのもあるが、今はそんな侮蔑の声すら、受け流す余裕があった。
多分、『剣』という別の路が示されているおかげなのかもしれない。
「でもね。そうやってずぅっと喚き続けるのなら、今度こそわたしが相手になるわよ」
ド・ロレーヌはルイズの鳶色の目を見た。本気だ。本気で自分をぶちのめすつもりの目だった。
魔法の才に恵まれず、癇癪ばかり起こしていたあの頃の彼女では、もうなかった。
まだまだ原石なれど磨けばとてつもない光を生み出すような『騎士』としての強さが、芽生え始めている目だった。
それを見て、ようやくド・ロレーヌも観念する。自分では、どうあがいても彼らに勝てないことをようやく悟った。
「どうすれば、きみたちみたいになれる……?」
代わりに出たのはそんな言葉。それに対し、ルイズはつっけんどんながらも簡潔な答えを示した。
「簡単よ、鍛えればいいじゃないの。ギーシュより、わたしよりもね」
それだけ告げると、ルイズは踵を返した。
それを見たド・ロレーヌは、涙を拭いて、ルイズの後を追った。