るろうに使い魔‐ハルケギニア剣客浪漫譚‐   作:お団子

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第八十九幕『アンリエッタの決断』

 

 降臨祭五日目――。

 トリステイン王宮。その執務室にて。

 アンリエッタはここで毎日、膝をついて祈りを捧げていた。目の前には祭壇があり、中には小さな始祖ブリミル像が飾られている。

 像と言っても、人の形には見えない、かなり抽象的な像だ。これは始祖の姿を正確に象ることなど不敬とされているという理由にも拠る。

「陛下、私です」

 ノックの音と共に、扉越しにマザリーニの声が聞こえてくる。

 アンリエッタは目を開けた。本当ならばずっと、こうやって祈りを捧げていたい。だが、そんな暇が許される身分ではないことも自覚している。

 なるべく毅然とした表情で、アンリエッタは扉に杖を振って『アンロック』を唱えた。

 

 

 

 

 

第八十九幕『アンリエッタの決断』

 

 

 

 

 

「これはこれは、お勤めの最中でございましたか」

「いいのです」

 アンリエッタはそう言って枢機卿を迎え入れる。

 彼がやってくるということは、何か進展があったということ。それはきちんとを耳目に触れねばならない。

「では失礼して……」

 マザリーニはコホンと咳をする。そして、現在の戦況についての報告を話し始めた。

「サウスゴータは無事攻略完了し、敵は降臨祭まで休戦を申し込んできた。ここまでは、陛下もお存知のことと思われます」

 アンリエッタは嘆息した。ハルケギニア最大のお祭り『降臨祭』。敵はそれを利用して停戦協定を申し出てきたのである。

 もしこれが、復讐で目が曇っていた頃であれば、なんとしてもそれまでに城を落とすよう声を荒げたことであろう。でも今は、そうではない。

 自軍も兵糧が少ないという話を聞いていたため、これ幸いと補給を整える機会と、そう前向きにとらえることでやり過ごした。

 むしろ一番の不安は、この休日中にある。何せ敵は伝統や歴史、それ全てに唾を吐く貴族派の連中。

 いつどこでこの休戦を一方的に破り、暗殺劇を仕掛けてくるか……想像に難くない。

 マザリーニの目を見る限り、とりあえず悲劇的な事が起こったわけではなさそうなので、そこは安心していた。

「今日で残り五日目。丁度折り返しですね」

「はい。報告を見るに、戦備も順調とのこと。これならば、残り五日で交戦に出られるでしょう。との報告が来ております」

「ガリアはその後どうです?」

「残念ながら、全くの動き無し。しかも斥候からの報告によると、何やらダータルネスに建築を施している様子」

「……この戦火の中、一人遊んでおられると?」

「どうにも…わたしも無能王の胸中は測りかねます」

 同盟もせぬまま、勝手にアルビオンに突っ込んだかと思いきや港で遊び始めるガリアの様子を聞いて、アンリエッタは眉根を寄せた。

 前線は、どうやらガリアは無いものとして作戦を進めているようである。

 ただ、やはりこうだと不気味なものを感じてならない。

(ガリアは恐らく、貴族派を討つために兵を起こしたのではない。何かを……、探し求めている?)

 それか、貴族派を討つ傍らで、何か裏事を行っているのかもしれない。だが……、それをして何の得があるのかが分からない。

 そんな風に一人思案に暮れている時だった。

「時に陛下、こちらを」

 マザリーニはそう言って、一通の手紙を差し出してきた。

「これは?」

「陛下の親愛なる方から、急ぎの手紙とのこと」

 それを聞いて、アンリエッタはすぐ受け取った。そして裏面を見る。

 そこには親友、ルイズのフルネームが綴られていた。

「マザリーニ! これは……」

「ええ、先程届きました。勿論、まだ封を開けてはおりません。魔法で確認済みです」

 そこまで聞いて、アンリエッタは早速封を開ける。親友の無事にも安堵しているが、彼女ならば……、正確には彼女とその使い魔の報告こそ、一番耳目に触れたい情報が載っているという確信があったからだ。

 そして案の定、その手紙の内容にアンリエッタは驚いた。

 

 

「これはまた、少し情報の整理が必要ですね……」

 手紙の内容はこうだった。

 ジュリオというロマリアの義勇兵が、此方に接触を図ってきたこと。彼らはルイズが『虚無の担い手』だと、既に知っていたということ。

 そこにはジュリオと話した一切合切がきちんと綴られていた。ガリアやアルビオン、ロマリアはこの戦の決着などすでに見てはいないということ。

 彼らの本当の目的は、覚醒しつつある『虚無の四の四』であること。そして一人はルイズ、一人はロマリアの現教皇。一人は予測交じりであるがガリア陣営の誰か、そして最後の一人……。

 

 そう、その最後の一人を探すために、彼らは軍を、空の国に向けているのだと。

 

 これを知って、ようやくガリアが何をしたいのかが、アンリエッタの中で鮮明になったような気がした。

 そして同時に……自分たちに気付かれずに裏でそこまで進めているという事実に、怖気が走った。

 誰が彼を無能王などと呼んでいるのだろう……、ここで警戒すべきはガリアとロマリアではないか。

「わたくしがやっていることは、本当に浅はかで愚かの極み……、なのでしょうね……」

 アンリエッタは椅子に座りながら、顔を天井の方へ向け額に手の甲を当てる。心底疲れたような表情をしていた。

 自分は所詮、壇上で踊り狂う糸操り人形(マリオネット)に過ぎない。それをまざまざと突き付けられた気がした。

 一連の話を聞いていたマザリーニは、ここで改めてルイズが『虚無の担い手』だと知る。とはいえ、薄々感づいてもいたようなので、そこまで驚いてもいない様子であったが。

「枢機卿、あなたは驚かれないのですね」

「まあ、タルブのあの奇跡の光を思えば……といったところですね」

「分かっているとは思いますが……」

「無論です。これは内密に、陛下の想いを無下には致しません」

 軍にも秘密にしている所から、ルイズの存在を余程大事と見ているのだろう。そう感じたマザリーニは、この情報は墓まで持っていく覚悟をこの時決めた。

「ロマリアはどう動くと見ていますか?」

「さあ、私も今のロマリアの情勢がどうなっているのか、いまひとつといったところなのでどうにも……」

 マザリーニは元ロマリアの僧でもある。本来ならば次期教皇にまで上り詰められる傑物でもあったのだが、今はもう、トリステインへ骨を埋める覚悟で仕えることにしたのだ。

「ただ、エイジス三十二世……ヴィットーリオ・セレヴァレ教皇は、貧民の者にも施しを与え貧富の差を無くそうと働きかける賢人と聞いています。巷では彼の行動を新教徒呼ばわりする者もいるそうですが、所詮は益を貪る者のやっかみでしょう」

「そんな彼が、実は虚無の担い手で、その使い魔をルイズの元に送らせたと」

 そこまで言った時、アンリエッタは一度目を伏せた。ここで一度、脳内で情報の整理をしたかったからだ。

 ロマリアも懸念事項だが、ここでアルビオンとの決着を放り出すにするわけにもいかない。

 止めるなら止める、戦うなら戦う。それをきちんとはっきりさせねば、戦に出ている者たちにも迷惑がかかる。

 

 そして最後の一人の担い手……勿論それを、ガリア、ロマリア、そして現アルビオンに渡すわけにもいかない。

 

 アンリエッタは自分の指にはまっている『風のルビー』を見つめた。これを求めている本当の継承者……それは自分と遠縁の人間なのだろう。

 ウェールズを失った今、彼の親族は絶対に助け出したい。その思いもあった。

 様々な思考を巡らせ、やがて一つの結論を導き出した。

 

 

「枢機卿、わたくしもアルビオンに向かいます」

 

 

「陛下、今なんと!?」

 流石にこれにはマザリーニも立ち上がった。優勢とはいえ、戦地に女王が直に向かうなど賛同できない。

 しかも報告によれば、軍には間諜が紛れているとも聞く。味方の軍でさえ安全ではないのだ。

「おそれながら陛下。その提案にはこのマザリーニ、賛同はできませぬ。敵は何時何処で、陛下の命を狙うかもわからぬ状況なのですぞ。タルブの時とはまた、勝手が違います」

「ええそうでしょう。ですがやはり、きちんとこの目で見定めたいのです。自分だけ安全圏でずっと祈りを捧げるよりも、やれることが向こうにあると感じたのです」

 総合的な判断を下すのは、女王である自分なのである。もし間諜が動いて、ド・ポワチエを害そうとした場合、間違いなく指揮系統が乱れる。

 どうやらかの将軍は、狙われているという自覚すらないらしい。

 故に、そうならないよう最大限の警戒を払った自分が向かうのは、間違いでもない筈。アンリエッタはそこまでマザリーニに話す。

「成程、確かにその話は一理あるかと思います。ですが……」

「これはわたくしが起こした戦なのですよ。わたくし自身がきちんと最後を見届けずして、何とするのですか」

 この戦はアンリエッタだけではない。他の貴族の総意でもある。しかし、アンリエッタは全ての責任を自分に集めているようだった。

 マザリーニは最後に、試すような言葉を投げかけた。

 

 

「もし陛下の前に、ウェールズ殿下の仇が現れた時……陛下は冷静を保てますか?」

 

 

「……っ!」

 アンリエッタは一瞬、言葉に詰まる。そして目をつむった。

 瞼の裏でウェールズではなく、剣心の微笑みを思い浮かべた。

 かつての恋人に申し訳ないと謝りながらも、アンリエッタは毅然とした表情で言った。

「はい。努力してみせます」

「……なればもう、私から申し上げることはありませぬ」

 止められないと悟ったのだろう。マザリーニはため息と共にそう言った。

「本来なら、ここは絶対止めるべきなのでしょう。しかし、私は今の陛下の成長を、嬉しく思います」

 最後に、アルビオンへ向かう船の手配をすると告げ、マザリーニはその場を去った。

 

 

 

 トリスタニアの西の端に、『魔法研究所(アカデミー)』の塔はある。その名のとおり、魔法に対する様々な研究を行う場所である。

 ここで行われる研究の多くは、神学の粋を出ない。変わった研究は『異端』とされ、すぐに廃止されてしまうからだ。

 エレオノールは、この魔法研究所の主席研究員の一人だ。

 彼女の専攻は土魔法。それを使って、美しい聖像を作るための研究に従事していた。

 

「はぁ……」

 エレオノールはため息をついた。今日で何回目なのか、数えるのも億劫になるぐらい、ついていた。

 そしてそのたびに羽ペンの動きが止まる。ここ最近はずっとこれの繰り返し。

 要は、自分の研究が全然進んでいないのであった。末の妹が戦争に行ったあの時から、ずっとこんな調子であった。

 視線を、山積みになった本に向ける。それに向かって杖を振り、『レビテーション』をかける。すると本はふわふわと元の棚の中へと収まっていった。

 そして自分の部屋を改めて見やる。色気のあまり感じられない、研究一辺倒の部屋。様々な土や触媒の入った壺が、壁際の棚に並び、棚の間にご先祖の肖像画が飾られている。

 装飾らしい装飾はそれだけだった。

「う~~~っ、ん!」

 エレオノールは背伸びする。羽ペンを置き、研究ノートを閉じる。

 もう陽が傾いている。今日は止めよう。どうせ実入りもないし……。そう思い、頬杖をついた。

 

 代わって脳裏に過るのは、ルイズのことだ。

 

 あの子がまさか、伝説の虚無の系統ってだけでもまだ理解が追い付いていないのに、さらに使い魔の平民に連れられて、そのまま戦争へと向かってしまった。

 バカバカしい。虚無だからなんだというのだ。戦争であの子に、一体何ができるのだろうか?

 エレオノールはずっとそう考えていた。

 嫉妬ではない、純粋な心配からくる思考なのであるが、父も、母も、カトレアも、みんな止めることはしなかった。

 おかしいのは自分なのか? そう考えてしまう。

 ただ、この考えも無理からぬこと。

 

 彼女だけ、未だ剣心の実力を間近で見てはいないのだから。偶然に偶然が重なった結果とはいえ、かの使い魔のことをよく知らないからこそ、心の中で靄が澱のようにたまっていた。

 

(なんとかして、あの子を連れ帰れないかしら?)

 なんにせよ、ルイズをこのまま戦場に出すのは未だ反対だった。どうにかして連れ戻せないだろうか? あんな男に妹は任せられない。

 だが今は戦時中。その中心地であるアルビオンに単身で向かうことなど、できはしない。

 どうしたものか……と思案にふける。その時である。

 扉越しにノックの音が聞こえる。エレオノールは顔を上げた。

「どうぞ」と促すと、扉が開いた。入ってきたのは同僚のヴァレリーだ。

 黒髪をひっつめ、メガネをかけた妙齢の女性は、エレオノールの姿を見るなりこう言った。

「あら。凄くご機嫌ななめね。エレオノール」

「妹が……、と、あなたに愚痴っても始まらないわね。ヴァレリー」

「妹さんがどうかして?」

 ここまで会話して、エレオノールは気付く。ルイズが戦争に行ったなどと、同僚といえど軽々に言えるものではない。

 まして虚無などと知られたら、どうなるか……ここはそういった未知なる技術を研究をする機関なのだ。下手を打てば妹は実験の道具にされかねない。勿論そんなことは望んでなどいない。

 なので少しお茶を濁すように、エレオノールは目を伏せる。

「まあ、あなたに話してもしょうがないわね」

「あらあら、どうかしたのかしら? もしや結婚が決まったとか……」

 エレオノールは眼鏡を光らせ、ヴァレリーに詰め寄った。結婚がご破算になった傷はまだ癒えていないのであるが、何より何故かルイズと剣心の顔が浮かんだからだ。

「わたしの前で、そういった類の言葉を軽々しく口に出さないでくださる?」

「ご、ごめん。ごめんなさい! 許して……!」

「結婚は人生の墓場と、おっしゃい」

「け、けっこんはじんせいのはかば……」

「よくってよ」

 エレオノールは、そこでヴァレリーを放し、より眉間にしわを寄せたまま椅子に座る。

 冷や汗を流すヴァレリーを見やりながら、どんな用件かを聞いた。

「で? 何の用かしら?」

「えぇ、ゴンドラン卿がお呼びとのことで」

「卿が、わたしに?」

 エレオノールは首をかしげる。ゴンドラン卿はこのアカデミー評議会の議長の名だ。

 研究機関のトップが一体、自分に何の用なのだろうか?

「あなた、何かやったんじゃないの?」

「何かって、なによ?」

「ほら、なんか最近泥棒が入って色んなマジック・アイテムを盗まれたことがあったじゃない?」

 もう数か月前になるか。そう言えばそんなことがあったなと思い出す。その中には、自分が作ったと『ある装置』や、ヴァレリーが前に作ったという『精神力を上げる秘薬』なども含まれていた。

「なによ、それをわたしの所為にするっていうのあなたは!?」

 エレオノールは怒鳴って立ち上がる。ヴァレリーも慌てて謝罪した。

「ごめんなさいそんなつもりじゃないの! ただ、最近のアカデミーっておかしいことだらけだからさ。あなたも何か巻き込まれているんじゃないかと思っただけで……」

「まあ、確かにそうね……」

 再び、エレオノールは椅子に戻る。

 アカデミーは基本的に神学に沿う研究をする。たまに知的好奇心が爆発する時があるが……、それにしたって最近の評議会はどこか変だ。

 

 エレオノールが作った装置も、あれは常時『錬金』を発動させるという、自分でもよく分からない道具だ。あまりに異端スレスレな要求だったため、それを求められたときは、直に卿へ取次に行ったことを思い出す。

 

 そしてそこまでして作った装置も、結果的に盗まれてしまって、今も戻ってこない。あまり愛着が無かったので気にはしてなかったが……この一連の流れに不信感を覚えたのは事実だった。

 

 まるで、最初から盗まれることすら予定調和だったのではないかと思うほどに――。

 

「まあ、ここで考えていても仕方ないわね」

 エレオノールは三度立ち上がる。杖で椅子を机の奥にしまい、鏡で軽くめかし込む。

「とりあえず、行ってくるわ。また何か作らされるのかもしれないけれど」

「ええ、エレオノール」

「分かってるわよ。あなたも、何か気付いたことがあったら知らせて頂戴」

「うん、気を付けてね」

 そう言葉を交わすと、ヴァレリーは先に部屋を出る。

 しばらくして化粧を終え、マントと帽子をかぶって研究員の姿になったエレオノールも、自室を後にした。

 

 

 

 アカデミーは三十階もある魔法の塔だ。円形の塔の周りに部屋が配置され、部屋に包まれるようにして廊下が走る。

 風石を使った昇降装置で最上階まで上がると、五芒星が描かれた鉄の扉が顔を出す。

 左右に控えたガーゴイルの目が光り、エレオノールを暗く照らす。しばらくして、扉が開いた。

(相変わらず不気味ねこれ。なんとかならないのかしら?)

 そんなことを考えながら、アカデミーの評議会長室の玄関に立つ。更に進んでいくと、扉の横で議会長秘書のミス・ヴァランタンが立っていた。

「お待ちしておりましたミス・ヴァリエール」

 ヴァランタンは畏まった口調でエレオノールを歓迎する。

 理知的で、冷たい感じのする瞳に気後れすることなく、つっけんどんな口調で言った。

「ゴンドラン卿が、わたしに用だとお聞きしましたわ」

「ええ、こちらへどうぞ」

 事務的な対応で、左手の扉を指す。それと同時に、ガチャリ……と、開錠したような音が聞こえた。

 エレオノールは臆することなく扉を開ける。

 執務室の中は、様々な魔道具や美術品で溢れていた。まるでおもちゃ箱をひっくり返し たような部屋の真ん中で、背の高い老紳士が椅子から立ち上がった。

 髪は銀色に光り、鼻の下には小さく刈り込まれたひげを蓄える。整ってはいるが、あまり覇気の感じられない顔立ちだ。それが、この老人の印象を薄いものにしていた。

「やあやあミス・ヴァリエール。よくきてくれた」

 アカデミー評議会議長、ゴンドラン卿は、そう言ってそそくさと椅子に座るよう勧める。

 エレオノールは険しい顔を崩さず、足を組んで優雅に腰かけた。

「それで一体、今度は何を作らせようとしてますの?」

 前に一度、そんなことがあったエレオノールは尖った口調で尋ねる。

 あの時は予算や新しい魔法炉の提供云々で根負けし、渋々折れたが……、自分を何でも屋みたいに思われるのは当然我慢ならない。何を言われようと「NO」を突きつけるつもりであった。

 一方、ゴンドラン卿は彼女の気迫に気圧される様に汗をかきつつも、きっぱりと告げた。

 

「で、でははっきりと言おうかね。エレオノール女史、きみには極秘でアルビオンに向かってほしいのだよ」

 

「はぁ!?」

 エレオノールはすかさず立ち上がった。何を言い出すのかと思いきや、まさか想像の斜め上を遥かに行った発言に眩暈を覚える。

「卿は研究に籠ってばかりで世界の情勢が見えておられないようですね!! 知っておりますか!? 今我が国とアルビオンは――」

「戦争中、そんなこと子供でも分かっておりますわよ。ミス・ヴァリエール」

 背後から冷ややかな声が聞こえて、エレオノールはキッと振り向く。

 紅茶入りカップを二つ、盆で携えたミス・ヴァランタンが、此方を向きながら立っていた。

「どうぞ」

「ああ、どうも……、助かるよ」

 小皿に乗せたカップを、ゴンドラン卿に手渡すヴァランタン。遅れて、エレオノールにも紅茶を差し出した。

「どうぞ」

「…………」

 エレオノールは受け取らない。彼女の心情を察するかのように、冷えた眼と声で言った。

「心配なさらずとも、洗脳するような薬など、入れておりませんよ」

 しばらくして、エレオノールは渋々紅茶を受け取り、軽く口にする。

 確かに何も入っていないようだ。気を取り直して、ゴンドラン卿を睨み据えた。

「それで、わたしに何故空の国へ行けなどと言い出すのですか?」

「いやなに……端的に言うと、『風石』が欲しいのだよ」

「風石? そんなの、鉱山へ行けばたくさん採れるでしょうに……」

 ハルケギニアの地中には多種多様な『風石』が眠っている。たまにそれらを使った実験をすることもある。石自体が欲しいのであれば王政府に要求すればいいだけのこと。

「卿が欲しておられるのはただの『風石』ではございません。空の国でのみ採れる特別な『風石』でございますの」

 ミス・ヴァランタンがそう補足する。「そんなことも分からないのか?」と、暗に告げるような態度に、一瞬エレオノールはキレそうになる。

 が、ここで我を失うほど子供でもない。空になったカップを突き返し、努めて冷静に問い返す。

「質問が悪かったようですわね。ではなぜそのような『特別な風石』を、わたしに採って来いと?」

「きみの専攻は土属性だろう?」

「ええ、それが?」

「なら分かる筈だ。何故アルビオンの『風石』が特別と言われる所以が」

 エレオノールはしばし黙考する。アルビオンはかつて、『風石』の暴走により浮いた大陸だと、研究で学んだことがある。

 と、いうことは……。

 

「トリステインで沈静化している物より、大陸を浮かすほどに活性化している風石が欲しいと?」

「その通り。ただの風石ではなく、強い力を現在も発揮している結晶が欲しいのだ。そしてそれを見分けられるのは、このアカデミーに於いてはきみしかいない」

 

 確かに、エレオノールはかつて、風石の鉱脈を探す魔法装置を開発したことがある。それを利用して採取してこいと。とりあえず、自分を抜擢した理由については分かった。

「それで、卿はその特別な風石を何に利用するおつもりで?」

「…………」

 だんまりである。それを見たエレオノールは椅子から立ち上がる。

「では、わたしはこれで」

「こ、これは高度な神学発展のために必要なのだよ。そ、それで分かってもらえないか?」

 エレオノールは扉へ向かう足を止めた。そしてゴンドランを見る。

 今理由を考えたような、そんな態度がありありと見えた。

「また異端に当たるようなことを、なさるおつもりじゃあないでしょうね?」

「いやいや、そんなことに使うつもりはないのだよ! かの『風石』があれば、トリステインの神学がより進む筈……」

「どうだか、防犯設備も頼りないと聞きますし」

 うぐ、とゴンドラン卿は声を詰まらせた。盗難事件で未だ多数のマジック・アイテムが返ってこないことを暗に糾弾しているのである。

「た、確かにあれはわしの失態だ。だから次回の宝物庫は厳重な防御魔法を多数構築する予定でいるつもりだ。なぁ頼むよエレオノールくん……」

 すがるような声で懇願するゴンドラン卿は、とてもアカデミーのトップとは思えない風貌をしていた。

「勿論タダとは言わん。最近極上の『土石』が手に入ってだね、その一部をきみに献上しようじゃないか」

「『土石』……ですか?」

 強力な錬成や精密なゴーレムを精製できる精霊石の話を聞いて、エレオノールは首をかしげる。

 確かにそれを貰えるのであれば、今自分がしている研究……美しい聖像の製作に、大いに役立つことだろう。

 だが、そんなメリットよりも、各地の精霊石を集めている卿の考えに疑問を持った。

 

(ゴンドラン卿は、もしかして四大系統の精霊石をすべて手中に収めるつもりなのかしら? だとしても何故……?)

 

「なあどうだね!?」

「…………」

 思案に暮れるエレオノール。すると背後からヴァランタンが再び口を開く。

「心配なさらずとも、現在我らの軍勢は優位という情報が入っております。中心街サウスゴータを落とし、後はもう首都ロンディニウムを滅ぼすのみとのこと」

「勝敗が決すると、主要都市の管理についてで、ゲルマニアやガリアなどと大いに揉めることだろう。まだ諸々が宙に浮いている今がチャンスなのだ」

「更に付け加えれば、今は敵味方共に『降臨祭』で休戦中とのこと。安全は十二分に保証されているとは思いませんか?」

 前から後ろから、やいのやいのと声をかけてくる。そんな現状に頭を痛めながらも、エレオノールは別のことをこの時考えていた。

 

(これって、ルイズを連れ戻す良い機会じゃないかしら?)

 

 丁度先程まで、ルイズのことで悶々としていたのである。そう考えれば、この提案は渡りに船ともいえる。

 頭ごなしに否定するのを止めて、エレオノールは問う。

「採取場所については?」

「おお! 行ってくれるのかいミス・ヴァリエール!」

「まだそこまで言っておりません。……が、場所によってはまあ、考えます」

「そうか! 採取地点はシティオブサウスゴータだ。あそこはアルビオンでも中心に位置するからね。さぞ極上の風石が採れることだろう!!」

(シティオブサウスゴータかぁ……)

 交易の中心街であり、今現在軍が駐屯しているとも聞く。そこならば、ルイズもいるだろう。

 そんなことを考えていると、ゴンドラン卿は二枚の用紙を手渡してきた。

 受け取ったエレオノールはそれを開く。一枚目には鉱山の詳細を記した、サウスゴータの地図であった。

「随分手際が良いことですね」

 皮肉交じりに、エレオノールは言った。続いて二枚目の用紙を見る。許可証みたいだ。

「鉱山を管理する者とは、手紙で既に話をつけてある。これを持っていけば、労せず鉱山へ入れるはずだ」

「……いくら払いましたの?」

「大事の前の小事さ。ま、まあそんな怖い顔しないでくれたまえ……」

 はぁ、とエレオノールは嘆息した。既に管理者を買収済みとは……。おろおろした姿勢のくせに、こういったことに関しては手抜かりがない。

 まあ、最低限の保証はちゃんとつけているのは分かった。

 エレオノールは額に指を置いて、しばらく固まった。……やがて、大きなため息を一つついて、ゴンドラン卿に向き直る。

「向こう五年分、土部門の研究予算の保証と、高速魔法炉をもう二つ。あとマンドラゴラの畑二つに、採取した風石の一部譲渡とそれから……」

「おいおい、ずいぶんがめるじゃないかね。土石だけじゃ不満かい?」

「いくら安全を保障されているとはいえ、戦地に赴くのですからこれくらいは当然でしょう。なんなら今ここで遺書を書きましょうか?」

「わ、分かった分かったよ!!」

 女王の命令であるのならば、従うことに意はない。けどこれはアカデミー個人の依頼なのだ。この対応も当然と言えた。

 この後やいのやいのと交渉で色々揉めた後、本当に渋々といった体で、エレオノールは承諾した。

「そうか行ってくれるか! ではよろしく頼むぞ!」

 心底ほっとしたかのような顔で、ゴンドラン卿はエレオノールを送りだした。

 執務室の扉を背に、エレオノールは決意するかのように呟く。

「待ってなさいよちびルイズ。あんたは絶対に連れ戻してやるんだから……!」

 家族が何と言おうと、あの男……緋村剣心などに、妹は任せられない。

 エレオノールは覚悟を決めたように歩き出した。

 

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