るろうに使い魔‐ハルケギニア剣客浪漫譚‐   作:お団子

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第九十二幕『屍死鬼(グール)

 

 降臨祭八日、午後十一時三十分頃――。

 夜も更け、漆黒の闇がサウスゴータを彩っている。

 大通りではこれからが本番とばかりに『慰問隊』による賑わいを見せていたが、流石に路地のような細道だとその喧噪も届かない。

 そんな静寂が場を支配する、安宿のあつまりの一室。そこにアンリエッタ女王陛下はベッドで寝静まっていた。

 正確には、寝ているのはアンリエッタではない。彼女そっくりの姿と髪型をしたアニエスである。彼女は寝たふりをしながら、剣を抱いて横になっている。いつでも襲撃を迎えられる状態だ。

 ルイズと本物のアンリエッタは、別室から小さな穴をあけてこの様子を見守っていた。ぼろ宿を取っていたのは、こういうことができるという利点もあった。一応、家主からの許可は取っている。

 息を潜めて待つ。敵が、間諜が動き出すのを。来るという保証が無いとはいえ、今はそれぐらいしか賭ける策が無いのだから―――。

 

 

 

 

 

第九十二幕『屍死鬼(グール)

 

 

 

 

 

「今夜はずっとこうするおつもりで?」

「ええ、折角二人いるんですもの。交代で見張りましょう」

 ひそひそ話で、ルイズとアンリエッタは話し合っていた。

 敵は何時襲てくるか分からない。夜通しで隣の部屋を監視するつもりだった。

「こうしていると、昔を思い出しますわね」

 アンリエッタはクスクス笑いでルイズに言った。人目に隠れて行動するのが思いの外楽しいようだ。

 ルイズもまた、はにかんだ様子で答える。

「こうやって女官の目を盗んでは、よく外へ一緒に参りましたわね」

「ええ、今でも思い出しますの。あの時は本当に楽しかったわ……」

 遠い目をしながら、アンリエッタは呟いた。悩みもしがらみもなく、ルイズと遊んでいた日々。ウェールズ亡き今、その思い出だけがアンリエッタの全てだった。

「あなたは変わりましたわね。ルイズ・フランソワーズ」

「…そう見えますでしょうか?」

「ええ。何て言うか、良い意味で吹っ切れているというか。迷いを晴らしたような印象を受けますわ」

「姫さまがこの服を着せたから、でしょうね」

「もうルイズ、まだ根に持っているの?」

 苦笑交じりにアンリエッタは尋ねる。勿論、ルイズももうそのことに対して恨みなど持つはずもない。

「いいえ、寧ろ良かったと思うのです。この服に袖を通した時から、少しずつわたしの中の何かが、変わっていくように感じていますので」

「そう、それはよかったわ。でもね、お姉さんのことはもう少し優しくしてあげなさい」

 昼間の騒動を思い出し、少ししおらしくするルイズ。あれから姉は、何も言ってこない。

 でも、自分の決めた道にはケチをつけないでほしい。その気持ちだけは今も変わってない。

「……分かりました。昼間はお騒がせしすみません」

 そして女王から下賜された軍杖を見る。壁を背に腰かけているため、今は腰ではなく鞘ごと抜いて肩にかけ、手で持っている。いつも剣心が寝ている時と同じ格好である。

 何となく、剣心のような感じになれてちょっと楽しくなるルイズだったが、同時に今彼は何をしているのか、それに思いを馳せる。

 

(ていうかケンシン、一体何をしているのかしら?)

 

 ルイズは不満顔で使い魔のことを考える。

「すぐ戻る」って言った割にはいつまでも帰ってこないのだ。『策』というのも分からない。流石に何かあったとは思ってはいないけど、不安にはなってくる。

「そう言えばルイズ、あなたその杖は使えるの?」

 しばしの沈黙の後、アンリエッタは再び尋ねる。杖を使うには契約が必要だ。場合によっては何日もかけて馴染ませる必要がある。

「実を言うと、まだです。使おうとは思っているのですが……」

 ルイズは少し黙り込んでしまった。契約自体はこの杖を使うと決めた時からしているのであるが、杖からの反応はまだない。

 やはり父のような二本使いなんて無理なのだろうか? そこまで考えた時、ルイズは首を振った。なるべくネガティブな考えはしたくない。

(今は、この任務に集中しなきゃ――)

 そんな時だった。

 

 

 降臨祭九日目、午前零時頃――。

 ゆっくりと、アニエスが寝ている部屋の扉は開かれた。ルイズ、アンリエッタ、アニエスの三人に緊張が走る。

(来た!?)

(ええ、来ましたね……!)

 相手は音もなく、影武者となった女王のベッドにやってくる。暗いせいで誰かまでは分からない。

 ただ、懐から杖を取り出す動作をした。メイジなのは確かなようだ。

 それを膨らんだ毛布に向けている。影武者なのは気付いていないらしい。

 ルーンを唱え始める。魔力が殺気に置き換わっていくのを感じる。

 ルイズとアンリエッタは互いに顔を見合わせ、頷いた。ルイズは懐から、いつも使っている杖を取り出し『爆発』を唱えた。

 

 爆発音と共に壁に大穴を開けた。

「そこまでよ!」アンリエッタは怒号を上げる。

 

 襲撃者は面食らったような顔で、本物の女王に杖を向ける。その背後を狙って、寝ていたアニエスは剣を突き立てた。

「ぐおぁっ!!」

 悲痛な声が漏れる。剣先は背中から胸を貫通した。間違いなく致命の筈だった。

 しかし――。

 

「ぐぅおうわああああああああああああ!!」

 およそ人とは思えない叫びで、振り回していた杖から魔力を開放する。それは『炎』だった。

 巨大な炎の鞭が、閉所を覆う。ルイズは慌てて、アンリエッタをかばって屈んだ。その上を、火が通り過ぎる。

「ぐっ!?」

 アニエスは呻いた。危険を感じ、剣の柄から手を放してしまう。かつての気迫ある彼女なら、決して剣を放さなかっただろう。だが、炎を見て臆してしまった。

 襲撃者は胸に剣を刺されたまま、元は二部屋だった室内を暴れまわる。一瞬光る明かりを見て、アンリエッタは呻いた。

 

「……ハルデンベルグ侯爵!?」

 

 そう、アンリエッタを害そうとした間者は……首脳部の一人、ハルデンベルグ侯爵であった。しかし、昼間見せた威厳ある様子は完全に消え失せ、白目をむき凶暴な声で此方を威圧してくる。

 ただならぬ様相。敵は一瞬歯を食いしばる。

 その時確かにルイズは見た。口からちろりと、牙が覗くのを。

 あの特徴的な牙は、資料越しではあるが忘れようもない。勉強時の記憶を揺り動かしながら、ルイズは叫んだ。

 

「姫さま! こいつ『屍人鬼』に成り果ていますわ!!?」

 

屍人鬼(グール)

 それは、吸血鬼が使役する妖魔の総称。血を吸われ、一度死した人間を、生前のように意のままに操る外法の術。

「なん、ですって!?」

 アンリエッタは叫んだ。ということはつまり……これを使役する『吸血鬼』がいるということ。

(通りで、ディテクト・マジックが通じない筈ですわ!!)

 ハルケギニアに住む怪物や妖魔の中で、吸血鬼ほど手ごわい相手もいない。

 単純な力なら、トロル鬼やオーク鬼が上回る。同じ先住魔法の使い手としてなら、エルフのほうが上だ。

 しかし吸血鬼は、そのたった一つの特徴で、最悪の妖魔となりえていた。

 

『人と、見分けがつかない』

 

 血を吸う直前まで、牙さえも引っ込めておける。メイジのディテクト・マジックはもちろん、あらゆる呪文を駆使しても、正体は暴けない。残忍で狡猾な、夜の人狩人(マン・イーター)……、それが吸血鬼なのであった。

 そしてそれは、この屍人鬼も同じこと。敵が挑発に乗ってきた理由についても、この時アンリエッタは察した。

 要はこう言っているからだ。『探せるものなら探してみろ』と。

 

(敵はオーク鬼たちだけでは飽き足らず……吸血鬼まで僕にしているということ?)

 宿が燃えないよう、炎を『水の鞭』で防ぎながら、アンリエッタは考える。もし軍隊に『吸血鬼』が紛れているなどと知れれば、パニックになることだろう。

 吸血鬼について綴った本の中には、『屍人鬼』を巧みに使い街一つ壊滅させたという話も伝わっている。

 要は、間諜役がばれても問題が無いわけだ。『吸血鬼が紛れ込んでいる』。それだけで軍の動きを鈍らせるほどのアドバンテージを得られるのだから。

「とにかく今は、彼を止めないとっ―!?」

 そう叫んだ時だ。気を張って発現した『水の盾』が蒸発し、勢いの残った炎の鞭が飛んでくる。

 相手は生前、名の知れた『炎』の使い手だ。ランクも当然、ワルド同様スクウェアクラスはある。

 トライアングルクラスのアンリエッタが打ち負けるのは、ある種必然でもあった。

「姫さま!」

「陛下!」

 ルイズ達が助けに行くも間に合わない。アンリエッタは思わず目をつむる。

 その瞬間、今度は体全体を押し倒されるような感触に襲われた。

 

 

「大丈夫でござるか? アンリエッタ殿」

 その声を聞いて、アンリエッタは再び目を開けた。

 見れば、剣心がいつもの微笑みを浮かべていた。

 炎の鞭が殺到する瞬間、部屋の扉が開かれそこから剣心がやってきたのである。そして彼女をかばいながら炎を避けたのである。

「ケンシン殿!」

「バカぁ! 遅いのよ! 何やってたの!?」

 ルイズとアンリエッタは、思い思いの丈を剣心にぶつける。剣心は少し申し訳なさそうにしながら、ルイズに謝る。

「申し訳ない。けど、準備は整ったでござるよ」

 そう言うと、抜刀一閃。剣心はハルデンベルグ侯爵と成り果てた屍人鬼に斬りかかる。

「ぐるうああああああああああああ!!」

 予備の短刀を持ったアニエスと、杖で鍔ぜり合っていた敵は、剣心を見るなり『炎球』を放つ。

 そうなることを既に『読んでいた』剣心は、逆刃刀ではなくデルフの方で応じる。

 

「いやっほおおおおおおおおお! 出番が来たぜえええええええええ相棒おお!!」

 

 久々に『剣』として振るわれるのが嬉しいのか、デルフのけたたましい声が部屋中に響きった。

 余波や爆発を起こさせないように、非常に流麗な動きで炎を吸い取り消化させる。

 それを見て分が悪いと悟ったのか、侯爵は身を翻し、窓を突き破った。

「外へ出た! 拙者らも追うでござるよ!!」

 剣心はそう叫び、ハルデンベルグ侯爵の後を追う。

 

(ケンシン、何を考えているのかしら…?)

 ルイズは少し考える。

 今の剣心なら、屍人鬼など一瞬一撃で倒せただろう。これは信頼とかではない。事実と言っても差し支えない。何というか、わざと外へ追い立てたような気がしたのだ。

 しかも先ほどの言葉……今までの彼はあんなことは言わなかった。全て自分の力で片付くように動く筈だ。周りに呼びかけるのは、少なくとも初めてだった。

 

 剣心の言っていた『策』が関係しているのであろうか?

 そう思いながら、ルイズやアンリエッタ、アニエスは後に続いた。

 

 

 

「ぐるわああああああああ!」

 吸血鬼の僕は、猛りながら細道を走り出す。間者としてバレた以上、街に出て混乱を作り多くの兵を葬らんとする『死兵』と成り果てていた。

 その背後を、ぴったりと剣心が後を追う。

 屍人鬼になった人間の足は、森の獣並みだ。人間の足では追いつけないが、飛天御剣流継承者の速力は人間のそれをはるかに凌駕する。

 撒くことができない。そう感じたハルデンベルグ侯爵だった(・・・)男は、杖を抜き再び剣心と対峙する。

「ごおおおおおおお!」

 怒号を放ちながら、『ブレイド』で斬りかかる。対する剣心は一瞬で懐まで詰めると、デルフをしまい逆刃刀で反撃した。

 

「あれ、俺の出番これだけなのあいぼ――――」

 

 デルフの呆けた声が納刀した瞬間途切れる。それに構わず、お互い剣を打ち合う。

「そうか、もう人ではなくなってしまったのでござるな……」

 寂寥を含んだ声で、剣心は屍人鬼に目を向ける。相手は技量ではなく、強化された純粋な腕力で叩き伏せようと襲い掛かる。

 操り人形になる前までは、剣の技術も相当なものだったのだろうということが、動きの端々で伺える。しかし今はただ力のままに、振るっていた。

(力は脅威だが、技は無いに等しいか――)

 

 なら、作戦通り任せても(・・・・)大丈夫か。

 そこまで逡巡した剣心は、炎を生み出す『杖』を狙った。いわゆる武器破壊である。

 

 相手はブレイドをさらに強化させ、火柱のような剣を振るう。剣心もまた、逆刃刀を裏返し『逆刃』で反撃した。

「はあっ!!」

『ガンダールヴ』の力を、一瞬開放する。鋼鉄をも切り裂く鋭い斬撃が、火柱を、杖を真っ二つにした。

「があぁっ!?」

 若干、驚いたような表情を浮かべる屍人鬼。剣心は再び逆刃を返し、峰の横薙ぎを放った。

「ぐぅおおあああっ!」

 まるで爆撃を食らったかのような衝撃が、鬼を襲った。そのまま吹っ飛び、剣心との距離が離れていく。

 怪物はこれ幸いと逃げていく。傷は負ったが、まだ動けぬほどではない。今ならまだ、逃られる。

 そんな屍の人形に向けて、剣心は叫んだ。

「ギーシュ! 行ったぞ!」

 

「おう! 任せてくれたまえ!!」

 路地の出口から、ギーシュ率いる学生組が躍り出た。

 薔薇の杖を振り、ワルキューレを展開する。青銅の剣を携えた青銅のゴーレムが、グールに殺到した。

「ぐるおおおおおおおお!!」

 しかしグールも粘った。胸に刺さったままの剣を強引に抜き取り、それで力任せに薙ぎ払った。

 熊の如き膂力である。強化されたとはいえ、まだワルキューレはそれに耐えられず吹っ飛んでいった。

 加えて狭い路地である。一斉に展開できるのは二体ほど、囲んで倒す戦法が取れない。

「ぐっ! 駄目か!?」

 青銅の破片が足元に転がってくる。ギーシュは戦慄いた。

 こいつも剣心のような剣の達人なのか? そんな考えが一瞬過ったからだ。

 しかし――――。

(……いや、違う)

 剣心に言われた通り、冷静に見ると相手はただ力任せに剣を振り回しているだけ。決して、及ばぬ相手じゃない。ギーシュは、木刀ではない本物の鉄剣を握り締め、初の実戦に臨む。

 

 

「女王陛下の護衛だって!?」

「そう、お主らもどうでござる?」

 夕日も傾き、鍛錬も明日にしようと各々生徒たちが解散していた頃、剣心はギーシュたちに尋ねてきた。

 そしてまだ残っていたギーシュら鍛錬組は、そこで剣心がアンリエッタの護衛任務を受けたこと、そしてそれを一緒にしてみないかという誘いを受けたのだった。

「今アンリエッタ殿は、敵の間諜に狙われている。護衛は多いに越したことはないでござろう?」

「勿論、やらせてもらうさ!! なあみんな!!」

 ギーシュは周りに呼びかける。敬愛する女王陛下の護衛なんて名誉、早々預かれるものではない。鍛錬の成果を見せる時だと、これまた周囲もやいのやいのと騒いだ。

 しかし、その中でレイナールは不思議そうな顔をして言った。

「ちょっと疑問に思ったんだけどさ、今更間諜なんてケンシンならちょちょいのちょいだろ? 何でぼくたちを頼ってきたの?」

「実戦経験を積む、良い機会と思って、でござる」

 剣心もまた、彼らに経験を積ませる機会だと思い、呼びかけたのだ。

 勿論、彼らが敵うか見るためにまず自分が先陣を切るつもりだ。それで行けそうだったら、ギーシュ達に任せるつもりだったのである。

「ケンシン、そこまでぼくたちのことを考えてくれて……」

「けど行けると判断したら、拙者は一切手出しをせぬ。お主らが各々考えながら動くでござるよ」

 ギーシュは、自分達のことを考えてくれて嬉しく思う反面、少し身震いをした。

 

「それはつまり……、ケンシンの助けは期待しないでくれってことかい?」

「そうでござるな。無理だと判断したら助太刀するつもりでござるが。無論、無理強いはせぬよ」

 

 決闘の時も、剣心は一切介入しなかった。それを思い出し、ギーシュは少し臆する。自分が音を上げるまでは、絶対に剣心は助太刀には入らないのは身に染みて分かっている。

 だが、同時に自分達のことを考えてくれているということ。彼の期待にも応えたかった

「いや、是非ともやらせてくれ。少なくともぼくは行くよ」

「おいおい! 隊長一人だけで良いカッコなんざさせねえぜ!」

「ぼくも、ぼくも行くさ!」

「いよいよ実戦か、緊張してくるな……!」

 気を引き締め直す、若き芽たち。

 それを、微笑ましそうに剣心は見ていた。

(アンリエッタ殿、彼らは強く、そして頼りになっていくでござるよ)

 

 

「ぐうわぁおおお!!」

「来るぞ! ギムリ!」

「応よ!!」

 ギーシュはそう叫んで、口にバラの杖を加えた。別に格好つけているわけでは無い。両手で剣を振りながらだと、こうしたほうが動きが取れるからだ。

 体力も胆力もあるギーシュとギムリがまず、前衛に立った。相手はもう魔法は使ってこれないとはいえ、壁を平気で粉々にする膂力は健在だ。

 加えて、ちょっとやそっとの攻撃ではひるまないタフさ。強さを見誤ったらまず、即死することだろう。

「ぐうぅああああああああああ!!」

 叫びと共に、アニエスから奪った剣を振り下ろす。ギーシュとギムリは左右に回避する。

 そしてそのまま、二人は剣を突き立て突進する。

「ぜあっ!!」「だあっ!!」

 しかし、敵もまた素早く身を翻して回避する。そんな攻撃は喰らわないと言わんばかりの態度。

 軍人たちは皆、剣による訓練を須らく受ける。詠唱の隙を無くすためだ。杖を剣のように扱いつつ詠唱を完成させる。軍人の基本中の基本。

 故に、詠唱を持たせるために防御と回避に特化した動きになる。屍人鬼になったことで殆どの技を忘れたとはいえ、その動きが体に染みついているのだろう。

 良い練習相手になるな。剣心は逆刃刀を納めて、戦いの経過を見守っていた。

「ケンシン! 何してんのよ!!」

 遅れて、ルイズやアニエス、アンリエッタがやってくる。もう変装する意味がないと思っているのか、二人はかつらを取ったようだ。

 アニエスも、魔法によって変えられた顔は再び元に戻っていた。

「追手は奴一人の様子。ギーシュ達に任せてみようと思ったのでござるよ」

「それがあんたの言っていた『策』なの?」

 剣心は頷いた。ふとルイズはギーシュとド・ロレーヌの決闘を思い出す。どうやら本格的に鍛えているようであった。

 しかし、アンリエッタは叫ぶ。

「いけませぬ! あれは『屍人鬼』なのですよ!! メイジとは言え、まだ書生の彼らには荷が重いはず――」

「アンリエッタ殿」

 剣心は優しい声で、アンリエッタに微笑みかける。いつもの不安を吹き飛ばすかのような笑みだ。

「かつて言っていたでござるな。『もう魔法を使うものは信用できぬ』と」

「ケンシン殿、何を?」

「今一度だけ、信じてもらえぬでござるか? 彼らの『これから』を、彼らの『力』を」

 剣心はそう言って、若き『水精霊騎士隊』の面々を見る。皆、必死になって強くなろうとする、強い意志が感じられた。

 今はまだまだ弱いけど、いずれはトリステインという国を、引っ張っていくのは彼らなのではないかと思うほどに――――。

 その時だ。

 

「うわっ!!」

 闘っていたギーシュの剣が折れた。膂力に負け真っ二つに折られる。

「交代だ! 行くよマリコルヌ!」

「お、おう!!」

 それに伴い、控えていたレイナールとマリコルヌが前衛に出てくる。逆にギーシュとギムリは後ろに下がった。

 不利だと感じたら即座に交代する。そう言ったフォーメーションを組んで相手しているのであった。

「あれ、ケンシンが教えたの?」

「いや、どうやら自分たちで考え編み出したのでござろうな」

 剣心も素直に賞賛する。ちゃんと自分の言ったとおりに無理をせず、個人でできることを最大限発揮させるように話し合って決めたのだろう。

 ふと、弥彦の顔が頭に過る。

 若い芽が強く成長していくさまを見るのは、本当に楽しい。

 彼らなら、先走って失敗することはあっても、『自分』のように間違った道を行ったりはしないだろう。

 そんなことを考えながら、戦いの経過を見守っていた。

 

「よし! もういけるよ!」

 ギーシュは『錬金』を用いて、折れた剣を再び復元させた。ギムリも呼吸を整え、剣を構え直した。

 別に魔法を縛っているわけでは無い。ただ、学生組は鍛えた実力がちゃんと糧になっているのか、それを確かめたくて剣を中心とした立ち回りをしていた。

「分かった! 頼む!」

「ひぃ! もう無理!」

 学生組は再び、前衛後衛を入れ替える。怪物となり、力が遥かに増した剣劇を、二人の剣で受け止める。

「ギーシュ! 剣を『錬金』で壊せないかい!?」

 レイナールが指示を出す。確かに、剣さえ壊せば戦力は落ちるだろう。

 しかしなかなかタイミングがつかめない。相手は豪風のように振り回すのだ。そもそも、剣を使いながら詠唱をする練習を積んではいないため、その芸当は熾烈と言えた。

 そう、言えた。そうであるが……。

(ここで臆してたら、永遠にケンシンには及ばない!!)

 ギーシュは己を奮い立たせた。彼は魔法も使えないのに、自分達が恐ろしいと思える状況にも果敢に戦い、そして勝利を収める。

 彼のようになりたい。それがまた、ギーシュの強さをさらに上げた。

 

「ギムリ、隙を作れるかい?」

「良し来た! 任せとけ!!」

 ギムリは快諾で応じる。そしてしばらくの間、一人で屍人鬼の剣劇を捌き続けた。

 ギーシュは剣を狙おうと、杖を向ける。だが真夜中の上に剣が速過ぎて捉えられない。

(どうすれば、いや、待てよ?)

「ぐわっ!」

 ギーシュの脳内に光が灯る。それと同時に耐えられなくなったギムリが吹き飛ばされた。

 慌てて起き上がるギムリに追撃をしてくる屍人鬼。それを見たギーシュは叫んだ。

「おいこっちだ! うすのろゲルマニア人!」

 敵は追撃を止め、ギーシュを見た。この行動を見て、剣心は彼が何をしようとしているのかを察する。

「そんなのろまな剣なんて一生当たんないさ! ほおら! 悔しかったら当ててみろ!」

 小ばかにしたような笑みを浮かべて、わざとらしく頭を差し出す。

「があっ!!」

 相手は挑発に乗ってきた。目標をギムリからギーシュに変える。渾身の唐竹割りが、ギーシュの脳天をとらえる。

「ギーシュ!!」

 学生組が叫んだ。ギーシュはすぅ……と、息を整える。既に詠唱は終えている。後は放つだけだ。

 いくら速いとはいえ、あらかじめ飛んでくるのが分かっているなら対処できるはず。

 そう考えたギーシュは、わざと挑発して、剣の動きを「自分の頭に向かってくるように」仕向けたのだった。

(そこだ!!!)

 ギーシュは杖を向け『錬金』を放った。パァン!! と剣が粉みじんになっていく。敵の獲物はこれで無くなった。

「やった!! これで――」

 そう言った時だ。相手は構わず、壊れた剣を捨て、ギーシュの頭をわしづかみにした。

「があああ!!」

 そしてそのまま、持ち上げて背中から地面に叩きつけたのだ。

「がっ――!!」

 内臓が悲鳴を上げる。呼吸ができない。激痛が体中を駆け巡る。

 目がちかちかする。今にも視界が暗転しそうになるのを、必死でこらえた。

 大の字になって倒れるギーシュに止めを刺そうと、屍人鬼は拳を振り上げる。剣心は静かに鯉口を切った。

「やめろおおおお!!」

 次の瞬間、マリコルヌの怒号が飛んだ。強力な風の魔法が、屍人鬼を少し押しのける。土壇場の爆発力が、ここで活きた格好だった。剣心は再び、刀を鞘に戻した。

「大丈夫か? ギーシュ!!?」

 ギムリがギーシュを助けに入る。比較的柔い地面だったとはいえ、追ったダメージは相当なものだろう。

 しかしギーシュは立ち上がった。息も絶え絶えだったが、握り締める杖にはまだ、力がある。

「まだだ、まだやれる……!」

 そう言って、ワルキューレを一体召喚した。その青銅の人形に、自分が使っていた剣を持たせた。

「ギムリ、後は『任せる』!」

「! 了解!!」

 何かを打ち合わせるような会話を交わしたのち、再びギムリは得物が無くなった屍人鬼に斬りかかった。

 先のフォーメーション然り、彼らなりの『連携』があるのだろう。剣心は引き続き、彼らの動向を見守った。

「だあっ!」

「ぐぅおおおおおおおお!」

 渾身の縦斬りを放つ。敵は両手で、持ち前の怪力でそれを受け止めた。剣の動きは完全に止まる。このままでは、また得物を奪われることだろう。

「ギーシュ!! 今だ!!」

 一瞬の膠着。そこでギムリは叫んだ。ワルキューレは次の瞬間、ギムリの背を台にして高く跳躍する。

 ワルキューレは、剣を上段に構えたまま、屍人鬼の頭に殺到する。

「……喰らえ」

 ニヤリと笑いながら、ギーシュは叫んだ。

 

「見様見真似 -龍鎚閃-!!」

 

 何度も思い描いた。彼の跳躍、殺到してくる時の気迫。

 ヴェストリの広場で決闘した時、最後のワルキューレを蹴散らしたあの剣閃。自分は誰よりも間近で見ていたから。

 魔法はイメージだ。内容が具体的かつ鮮明であればある程、より強く反映される。

 完全に模倣できたとは思っていない。だが、ただの屍人鬼相手ならばこれでも十分通じる筈――――。

 果たしてワルキューレは、上空から殺到してくる。そして相手はその襲い来る剣閃を、受け流す余力はなかった。

 攻撃と同時にギムリは下がる。その瞬間、強力な唐竹割りがガン!! と頭に当たった。

「ぐぅおあああああああ!!」

 初めて入った一撃に、屍人鬼は大いに呻いた。頭から血を流す。刃引きした剣であったため、真っ二つとまではいかなかった。

 頭から、胸から血がどんどん零れ落ちていく。屍人鬼は呻いた。もう永くはない。ならばせめて一人ぐらいは道連れに――。

「ごぉおおおおお!!」

「なっ――!!」

「陛下!!」

 そうした瞬間、屍人鬼は最後の気力を振り絞ってアンリエッタに襲い掛かった。だが、その間には剣心がいる。今度こそ逆刃刀を抜こうとして――。

 

「させないわ!!」

 女王の前に、ルイズが盾のように立ちはだかった。軍杖を手に、アンリエッタを守る騎士のように。

「ルイズ殿!」

「ケンシン、わたし()信じて!!」

 剣心が動こうとする前に、くぎを刺すかのようにルイズは叫んだ。自分だって鍛えてきたのだ。魔法は唱えられなくとも、やれるはずだ。

 剣心は一瞬惑う。こういう考えをするのはやはり、『ガンダールヴ』の所為もあるのだろう。だが、今はそれをはねのける。虚無の担い手ではない、騎士として覚醒しつつある、今のルイズ・フランソワーズを信じることにした。

 そうこうする内、屍人鬼は剣心の隣を通り過ぎて、向かい側にいるアンリエッタとルイズを狙った。

「はっ――!!」

 ルイズはレイピア状の鋭い突きを見舞った。刺突は見事な動きで屍人鬼の喉元を捕らえる。軍杖自体は鉄ではなく、魔法を通す頑丈な木で作られていたため、貫通して血が流れるということはなかった。

「ルイズ!!」

 アンリエッタは叫ぶ。彼女をかばうように、アニエスが前に出る。

 一瞬、敵の動きは止まった。しかし、再び敵は動き出す。

「がぁああああああ!!!」

「きゃっ――!」

 腕を振るって軍杖を払いのける。杖はあらぬ方向へ飛んでいく。勝ちを確信した屍人鬼は、再び拳を振り上げた。

 だがルイズもひるまなかった。ギーシュや皆があれだけ頑張ったのだ。自分だって、それに応えたい。その思いが、自棄ではなく正確な次の一手を生み出した。

 

 

「―――『爆発』!」

 

 

 懐から、使い慣らした杖を取り出し、叫ぶ。実はギーシュ達が戦っている間、こっそりと呪文を唱えていたのである。

 勿論、今回は広い範囲を狙うわけでは無いため、時間はそんなにかからなかった。

 

 ドゴン! という炸裂音が路地に木霊した。そして屍人鬼も、声なき声を上げて吹っ飛んでいく。

 

 それを最後に、屍人鬼も動かなくなった。

 

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