るろうに使い魔‐ハルケギニア剣客浪漫譚‐   作:お団子

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第九十三幕『レコン・キスタの策』

 

 降臨祭九日目、午前零時七分頃―――。

「ぐぅお、あぁっ……っ」

 その言葉を最後に、哀れな操り人形は息絶える。

「終わり、ましたの?」

 アンリエッタはか細い声で呟く。剣心はゆっくりと、斃れた侯爵の最期をみる。起き上がってくる様子は皆無だった。

「そうのようでござるな」

 剣心のこの言葉で、周囲に安どの声が漏れる。元気な学生組は慌ててアンリエッタに駆け寄った。

「陛下! 怪我はないでしょうか!?」

「ええ。わたくしは大丈夫です」

 アンリエッタはにこやかな顔で応える。学生組は嬉しさの敬礼をした。女王を間近で見れただけではあく、直にお礼を言われるなんてこの上ない名誉だ。

「そうだ、彼も診てあげないと」

 ここでアンリエッタは、壁にもたれかかっているギーシュの方へと駆け寄った。

 

「へへっ、やったあ……」

 今のギーシュはボロボロながらも、晴れやかな声だ。そんな彼に、アンリエッタは水魔法で治療を施す。

「よく健闘しました。待っていてくださいね。今治しますので」

「へっ、陛下がぼくに!! はぁあああ……」

 親愛なる女王陛下に治療を施され、夢見心地の様子でギーシュは気絶した。

 一方、剣心達はハルデンベルグ侯爵の遺体を検分する。

 最終的な死因は出血死のようだった。アニエスが抉った傷が致命になったようだ。

「……惨いものでござるな」

 死因ではく、思いのままに操る外法を指しながら、剣心は呟いた。白目を剝いてカッとした瞳を、手で下ろして閉じさせる。

「これが、吸血鬼のやり方よ」

 隣で同じく、哀悼の意を示していたルイズが剣心に伝える。

「吸血鬼?」

「ええ、血を吸って人一人を意のままに操るの」

 勉学で得た知識を、剣心にも披露するルイズ。人に紛れ、血を奪って殺す。狡猾で残忍な妖魔だと。

「……そうか」

 通りで、ずっと周囲を探っても気配を掴ませないわけだ。剣心は思案する。

 護衛として参加した学生組はギーシュ達だけではない。他にも間諜が逃げ出さないよう、様々な路地の監視を当たらせていた。

 そして剣心自身はルイズ達に気付かれない裏で、部屋の監視をしていた。いわゆる二重監視である。

 危険があったら、すぐに助けられるように構えていたのである。事実、アンリエッタの危地にはすぐに参じた。

「ああそうそう、あんた、もしかしてずっとわたしたちに内緒で見張ってたの?」

「まあ……そうでござるな」

 剣心は申し訳なさそうに頬を掻く。ルイズはため息をついた。

「お願いだからさ、そういうことは事前に教えてよ」

「済まぬでござるな。ギーシュ達の実戦経験を積む良い機会と思ったのでざる」

「まあ、あんたなりに考えているのは分かっているわよ。でもね……」

 そこまで言いながら、ルイズは二の句を考える。黙っていたことに対するちょっとの怒りと、最後は自分を信じて闘わせたことに対する、ちょっとの嬉しさで言葉がなかなか出てこない。

 そんな折である。

「陛下? これは一体!?」

 路地の異変を駆け付けた巡邏の兵たちが、大慌てで此方へやってきた。

「落ち着きなさい! 異変はもう、片付きましたので」

 そう言ってアンリエッタは、威厳ある声でこの場をおさめた。

 

 

 

 

 

第九十三幕『レコン・キスタの策』

 

 

 

 

 

 降臨祭九日目、午前四時頃―――。

「なんということだ。あのハルデンベルグ侯爵が……」

 サウスゴータの司令部にて、ド・ポワチエ元帥は頭を抱えた。

 間諜の正体がまさかの『屍人鬼』であるという事実に、本気で悩んでいるのである。

 これが事実ならば、最低でも一匹は吸血鬼が、軍に紛れ込んでいるということになるのだから。

「侯爵の遺体を改めた結果、右肩に吸血鬼のものと思しき歯痕がありました。吸血鬼が軍の中に潜んでいるのは確定かと」

 報告書を読み上げながら、アンリエッタは淡々と告げる。この話に首脳部は騒然とした。

 アンリエッタは嘆息する。ようやっと、ここの首脳部も緊張感を持ってくれたようだ。まあ、遅すぎるのであるが。

「元帥! これは由々しき事態ですぞ!!」

 ウィンプフェン参謀総長が叫んだ。元々勇猛とは程遠い人物である。吸血鬼が紛れていると知って、震えているようであった。

「うむ、どうしたものか……」

 ド・ポワチエは、大きな机に肘をつきながら両手を組んだ。アンリエッタもまた、思案を続けながら言った。

「とりあえず、相手は『屍人鬼』という手駒を失いました。操れる上限は一体までと聞いております。どこかで人員を補充してくることでしょう。それは阻止せねばなりません」

「しかし、あてが全くないことには……」

「明後日の総攻撃案はどうなる? ここで手を拱いては敵の思う壺だろう!」

「それは白紙にせよと陛下が仰っていただろう!」

「だが、ここまで来たのですぞ! いっそのこと犠牲を覚悟で短期決戦に持ち込んで――」

「ガリアだ! ガリアへ救援を頼みましょう!!」

 やいのやいのと、首脳部は騒ぎ始める。どれも聞くに堪えない愚案ばかり。アンリエッタは内心頭を抱えた。

 今この首脳部にいるのは、二流どころか三流……いや四流にも当たらない軍人ばかり。わずかばかりの勇猛な兵は、皆刃衛に葬られてしまった。

 いっそのこと、退却命令でも出してみるか? と考える。実際、その方が被害も出なくて良いのだろう。

 だが、今の熱気ではそれはまず受け入れらないだろう。そもそも戦を決め込んだのは自分の意思もあるのだが、他の貴族の総意でもある。女王とはいえ、自分の一存ですべてを決められないのが戦なのである。

「静まりなさい! 静まれ!!」

 アンリエッタは叫んだ。それでやいのやいのと喚いていた首脳部は静かになる。

「とにかく、この貴重な時間を無駄に消費するわけにはいきませぬ。今後ここへ入ってくる者は、噛まれていないかの徹底した確認を」

 吸血鬼は太陽の光が苦手。今なら動きも鈍いだろう。本格的に動き出すのは夜の帳が降りてから。それが彼らの定石なのである。

「今の所、打てる手はそれぐらいしかありませぬな……」

 気落ちした表情で、ド・ポワチエ元帥は言った。アンリエッタも苦しそうな顔で頷く。

「とにかく、今なら間諜の手もないでしょう。進められるところまで、防衛の策を講じましょう」

 アンリエッタはそう言いながら、剣心の顔を思い浮かべた。

 やはり、こうなった時に頼れるのは彼しかない。ギーシュたちのことも勿論信頼しているが、何処までも彼は『特別』なのであった。

 

 

 

 降臨祭九日目、午後一時五十分頃―――。

 剣心とルイズは中央広場の路を歩いていた。

「たまには店で一緒に食事したい」というルイズの要望に、剣心が付きあった格好である。

「吸血鬼の配下、でござるか……」

「普通はありえないことなんだけどね。吸血鬼は皆プライドが高いし、人間自体を食料にするから」

 そんなことを話しながら、剣心達は人々の往来に目を向けた。

 楽しそうに昼間から酔っぱらう住人たちもいるが、その中には忙しなく動く兵隊や巡邏が多く目についた。

 それを見てひそひそ声で話す人もいる。何かあると、気付いた人もそこここにいるようだ。

「アンドバリの指輪でも使ったのかしら? 死体を動かしているとか……」

「拙者は何とも。魔法は門外漢でござるからなぁ……」

 剣心も首をひねって考える。

 そう、敵は魔法についても、妖魔の知識もかなり得ているようだ。やはりこういった、魔法や幻獣といった知識面ではどうしても遅れを取ってしまう。

 どこまでが魔法なのか、そして何処までが志々雄の手腕によるものなのか――。

「ねえ、そのシシオって奴は、向こうの世界ではどんなふうに軍を動かしていたの?」

 ルイズは尋ねる。思えば志々雄については剣心の言葉でしか知らない。恐ろしく強い宿敵だと聞いてはいたが、そこに何かヒントがあるのでは? と考えたからだ。

「拙者のいた世界での奴は、全国に諜報を張り巡らせて、得た情報を利用し犯罪を犯していた。一斉蜂起までのらりくらりを身を隠し、徐々に力を削いでいくやりかたでござった」

「……まさに今、やっていることじゃないの」

 ルイズは呻いた。敵はどうやら、吸血鬼と同じかそれ以上に狡猾だというのが嫌でも察せられる。

「あと、アンリエッタ殿達の前でも話したでござるな。奴の懐刀について」

「あ、言ってたわね。確か『十本刀』……だっけ?」

 ルイズはふと思い返す。出撃前、自分達の配属を決めていた時に、志々雄の情報の一つとしてあった話。

 

 

 (いびつ)で凶《まがつ》な十本の刀。要人暗殺用の特攻部隊。『十本刀(じゅっぽんがたな)』。

 それぞれが単騎で強大な戦力を持つ、個性的な面々の集まり。

 

 

「ケンシンも、その中の何人かと闘ったって、言ってたわね」

「ああ、特にその中でも……、上位三名の連中は、拙者でも一筋縄ではいかぬ強者たちでござった」

 十本刀三強。とりわけ最強を謳われたあどけない青年の顔を強く思い返しながら、剣心は言う。

「あ奴のことだ。この世界でも(いびつ)で凶《まがつ》な曲者を揃えているやもしれぬ。もしかしたら(くだん)の吸血鬼も、その配下にはいっているのかもしれぬでござるな」

「吸血鬼クラスのやつらが十人……、いるっていうの?」

「もしかしたら、奴らはサウスゴータを占領するところまでは、予定調和なのでござろうな…」

 あえて敵地を占領させてから、奇襲や暗殺等、断続的な攻撃で戦力を減らす。それが奴らの作戦なのかもしれない。剣心は思案する。

 実際、吸血鬼の特性を聞くとそう思ってしまう。正体を探る手立てが見つからないのだ。もう向こうも、安易な挑発には乗ってこないだろう。

「さて、本当にどうしたものか……」

 本気で悩んでいるような表情。そんな剣心を見ると、ルイズまで心が暗くなってしまう。

 そんな時だ。

 

「あら、ケンシンちゃん! ルイズちゃん! お久しぶりねえぇ!」

「おろ!?」

「あ、あの声は!」

 

 聞き覚えのある野太い声を聞いて、剣心とルイズは同時に振り返った。

「スカロン殿!」

「ジェシカ! あんたたち何でここに!」

「えっへへー、まあいいじゃないのそんなこと!」

『魅惑の妖精』亭の店長、スカロンとその娘、ジェシカが気さくな表情で此方に声をかけてきたのだ。

「ケンシンさん! 叔父さま! 今ケンシンさんって……!」

 次いで可愛らしい、聞きなれた声が再び聞こえてくる。ルイズをそれを聞いてうげっ……とした顔をした。

「ケンシンさん!! …と、ミス・ヴァリエール!! やっと会えました!!」

()って何よ()って!! 何でわたしがケンシンより後ろなのよシエスタ!」

「まあまあ。……しかしシエスタ殿も、何ゆえここに?」

 思いもがけぬシエスタたちの再会に、しばしわいわいとルイズ達は騒いだ。

 

 

 降臨祭九日目、午後二時頃――。

「慰問隊?」

「そうよぉ!」

 街の外、『魅惑の妖精』亭の天幕にて、剣心とルイズは案内された。

 昼食を済ませながら、スカロンはジョッキの酒を一口含んで言う。

「まったく! こんなまずい麦酒ばっかり飲まされたんじゃ、舌の肥えたトリステイン人 はたまらないわ! だから何軒ものトリスタニアの居酒屋が出張してくることになったのよ。そんでもって、わたしのお店にも白羽の矢がたったというわけよぉ!」

 スカロンは身を震わせた。連れてきた店の女の子たちが、元気な声で唱和する。

「名誉なことね! ミ・マドモワゼル!」スカロンはテーブルの上に立って、ぷるぷるとポージング。あまりのキモさにルイズは泣きそうになる。

 剣心もまた、苦笑をしながらも、すっかり元気そうになったスカロンに目をやった。

「どうやらもう、大事なさそうでござるな」

「ええ。すっかり治ったわ! 寝込んでた分、ここでガンガン稼ぐつもりよぉ!!」

 商魂逞しく張り切るスカロン。パスタにフォークを絡めながら、今度はジェシカが面白そうな表情でルイズを見る。

「ていうかルイズ、あなた何その恰好? 男装のつもりなの?」

「ううぅ……わたしにもいろいろあるのよ!」

 気恥ずかしそうに、ルイズは呻いた。着ることに抵抗はないが、まだ指摘されると気恥ずかしさがこみあげてくる。

 ジェシカもまた、あまり詮索しようとはせず、続いて剣心の方を見た。

「そうそう聞いたんだけどさ、この街の攻略戦で、主力のメイジたちが、『一人の剣士に』全員叩き伏せられてたって話。あれあんたでしょケンシン?」

「おろぉぉ……」

 ずいっと詰め寄るジェシカ。剣心は困ってしまった。どうやら中央広場の精鋭を壊滅させたという噂は、平民の間で広まっているようだ。

「いやー、拙者はただの雇われ傭兵で……、そのような大それたこと……」

「大丈夫よ、言いふらしたりしないし。だから本当のことを教えて?」

 刃衛を倒した話は前に聞いたことがあるから、確信を持った目でジェシカは言ってくる。スカロンも、何も言わないがこの噂を信じているようだった。

 結局、剣心は渋々と折れる。

「……本当に、内緒で頼むでござる」

「やっぱりねー! この手の噂を聞いた時から、ずっとそうだと思ってたのよ!」

「そうなのよ! だから言ったでしょ! ケンシンさんは本当に強くってすごくって優しくて格好良くて偉ぶらなくって……!」

 と、今度はきゃあきゃあ楽しそうに喚くシエスタ。そして剣心を見て思い切り顔を赤くした。完全に恋する乙女の瞳である。

 それを察したジェシカ、にやついた表情で剣心を小突いた。

「ねーどうなのよーケンシンー」

「おろ? どう、とは……?」

「んもーとぼけちゃってさぁ。うちの可愛い従妹をあんなにトロトロにしちゃって、それはないんじゃないのぉ?」

 剣心は困った顔をした。シエスタが完全にホの字でいるのは分かっている。そしてその背後で、ルイズが凄まじい殺気を飛ばしてくるのも察していた。

 会話の選択肢を誤れば、すぐにでも『爆発』が飛んできそうな空気感が場を支配する。それをジェシカはすごく面白がっているようだった。

「そ、そう言えばシエスタ殿……は、どうしてここに? 学院の仕事はどうしたのでござる?」

 とりあえず、「話を逸らす」という選択肢を取った。どうやらこれは穏便に済む選択だったらしい。シエスタは恍惚な表情から一転、真剣な表情で語りかける。

「ええ、実はそれなのですが――」

 

 

「学院が襲われたぁ!!?」

 ルイズは思わすそう叫んだ。周囲が何事か、と一瞬此方看見る。気恥ずかしくなって再び席についた。

「はい。ケンシンさんたちが出発してすぐ、学院が賊に襲われたんです」

 悲しそうな表情で、シエスタは言った。軍の士気を考慮してか、こういった類の話は基本、戦地には届かない。

「わたしたちは何がなんやら分からなくって、宿舎で震えてたんですけど……、大変な騒ぎだったみたいで……。何人か人死も出たみたいで……」と、シエスタ。

 剣心は複雑そうな表情を浮かべた。『十本刀』に当たる精鋭でも来たのだろうか? タバサやコルベールもいる状況で、人死にが出るほどの闘いだと、そうとしか思えない。

「いったい、誰が犠牲になったの?」 同じく心配そうな表情を浮かべて、ルイズ。

「さあ、わたしたち平民には、詳しいことを教えてくれなかったものですから……、あ、ただ……」

 シエスタは其処で、言葉を切る。当時のことを思い起こしているようだった。

 

「凄まじい寒さで、起きたことは覚えてます。突然吹雪の中に放り込まれたような感じで……」

「……!」

「そして、学院の外に出たのですが……その、窓や部屋が凍り付いていたんです。本当に、一面が銀世界になっていて……」

 そう言うシエスタは、少しカタカタ身震いしていた。

 剣心はその結果を生み出した正体に、すぐ当たりをつける。恐らく……タバサだろう。

 魔法の力がそれをさせたというのであれば、それぐらいに彼女が追い込まれるほどの闘いだったということ。『人死に』が彼女やコルベールではないことを、祈るしかなかった。

 一方のシエスタは、自分で自分を抱きしめながら、震える声で言った。

「ケンシンさんがいたら、こんなことにはならなかったんじゃないかって思うと……、すごく怖かったんです……」

 ごめんなさい。とすぐにシエスタは剣心に謝った。

「ケンシンさんの所為なんて、言うつもりは全くありません。ですけど……」

「そうでござるか……。こっちこそ、そんな大事な時におらず、申し訳ないでござる」

 剣心は優しい声でそう言う。するとシエスタはすっと剣心の懐まで一気に詰めた。

 

「あっ……!」

「おろ!?」

「あらら」

「やるわねえさすが従妹」

 各々、そんな感想を同時に発した。

 

「ケンシンさん。あったかい……。外は寒いです……、しばらくここに……」

「おろぉぉ!!」

 シエスタは完全に剣心の中へしなだれかかった。転んでもただでは起きないシエスタである。さり気無く脱いだらすごい胸の弾力を、腕に押し当ててもいる。

 剣心は再び冷や汗をかいた。だが、状況はさらにまずい。

「ぐぅぎっぎぎぎっぎぎぃいいいいい!!」

 獣のような唸り声を、今のルイズは発していた。目は爛々と光っており、髪がゆらゆらと広がり始める。

 ……会ったことはまだないが、多分吸血鬼よりも恐ろしい存在へと、今のルイズはなり掛けつつあるのだろう。

「さあどうするのかしら、ケンシン?」

「お手並み拝見ね」

 完全に傍観者に徹した様子で、此方面白げに眺めるスカロンとジェシカ。

 吸血鬼への対策よりも数倍頭をフル回転させながら、この状況をどう上手く対処するかを思案していた矢先――。

 

「ほーほー!」

 一羽のフクロウが、天幕の中へ入ってきた。足には手紙がくくられている。

 どうやら剣心を訪ねに来たらしい。彼の肩に止まると、足の手紙を取れとばかりに剣心の頭をくちばしでつつき始める。

「あたっ……と、これはボーウッド殿からでござるかあだっ……!」

 額を何度もつつかれながらも、何とか手紙を受け取る。フクロウはすぐさま飛び立っていった。

「さて、何が書かれているのかなあっ、と……」

 シエスタをスッと少し距離を取りながら、剣心は手紙を広げる。

 シエスタは凄く不満そう(逆にルイズは一気にニヤけた表情になった)にしながらも、軍人からの手紙ということは察していたので、渋々離れた。

「上手く回避したわね」

「もう、タイミング読みなさいってのあのフクロウめぇ……」

 ひそひそ話でそんなことを言うスカロンとジェシカ。

 暫く、剣心は真剣な表情で手紙を読み始めた。ルイズも覗こうとしていたのだが、対面の席だったのでなかなか見れない。

 手紙には、まず最初に、こう書かれていた。

 

 

『例の港に動きアリ――――』

 

 

(やはり、当たりか!!)

 剣心の表情は一気に変わった。輸送船の中で彼と交わした会話。秘密の港について。

 これが当たりならば、輸送船団を狙った、ホーキンス率いる攻撃船団がどこへ消えていったのかも見当がつく。

(いや待てよ、もしかしたら――――)

 ここでさらに、剣心はハッとした。大まかであるが、志々雄が何を狙っているかが、分かったかもしれない。

 ただ、これは推測だ。魔法を使えば可能なのかどうか、アンリエッタに聞かねばならない。

 こうしてはいられない。剣心は立ち上がった。

「えっ!?」

「ケンシンさん……!?」

 呆気にとられる周囲。しかし剣心は止まらない。

「スカロン殿、済まぬ! 火急の用ができた! 拙者はこれにて!!」

「え、えっ!」

 それだけ告げると剣心はすぐさま駆けだしてしまった。シエスタはただひたすらに呆然としていた。

「あぁはい。いってらっしゃい……」

 ぽつりと、そう呟くスカロンの声が寂しく響いた。

 

 

 ハッとしたルイズは、大いに慌てた。

「ちょっと待ってよケンシン!」

 同じように席を立ち、剣心の後を追おうとする。

 しかし本気で走っている剣心に、ルイズが追い付ける筈もない。すぐに人混みの中に紛れて消えた。

「もう! どこ行くのか教えなさいよ――!!」

 その時だ。足元で何かとぶつかった。

「きゃっ!!」

 ルイズはこけた。「ぎゃぅっ!!」という声が、後ろから聞こえてくる。

「いたた、何よもう!!」

 呻きながら、何にぶつかったのかを確かめようとするルイズ。

「うぅ……、痛いよぉ。お母さん……」

 振り返ると、フードを被った子供がさめざめと泣いていた。声からして少女のようだ。彼女に当たってこけてしまったらしい。

「あ……、大丈夫?」

 流石のルイズも、心配そうな表情を浮かべて少女に駆け寄った。見れば膝に擦り傷ができている。剣心のことで頭がいっぱいだったが、目の前の困った子供を置き去りにする程、薄情ではなかった。

 剣心だったら、間違いなく助けに入るだろうから。

「痛いよう、お母さん、お父さん……」

 孤児なのだろうか? それとも迷子なのだろうか? それは分からないが、ルイズは少女を抱き起し、再び『魅惑の妖精』亭へと引き返した。

「とにかく、傷の手当てをしないと。立てる?」

「うん、ありがとう……、ございます」

 全くどうしたのかしら…? 剣心の突然の行動に不満を抱きながら、ルイズは最後に剣心が走っていた方向を一瞬、眺めた。

 

 

 

 降臨祭九日目、午後三時頃―――。

「ですから、ここに防御陣構築を―――」

「そんな今更、守りに入ってどうするのですか? 後はもうロンディニウムを落とすだけですよ!」

「その前に吸血鬼をどうやって炙り出すかが、目下の課題かと」

「吸血鬼など捨て置け! 奴らは夜にしか活動せぬ! 触れを出して夜の酒肴を禁じれば――」

「そんなことをしたら兵が暴動を起こしますぞ! 降臨祭の楽しみは誰にも邪魔できませぬ!」

「貴殿が楽しめぬからそう言っているのだろう!? 大体ゲルマニアがしっかりせぬからこんなことになったのだ!」

「なんだと我が国を愚弄するか貴様!!」

 喧々囂々。ああでもないこうでもないという声が首脳部を支配する。

 アンリエッタは眉根を寄せながら、様々な地図や指令所、報告書の山に目を通す。

 様々な案が浮かんでは消える。大まかには吸血鬼対策、防御陣構築、攻撃部隊の編制諸々。

 だがどれも有効だとは言い難い。敵の策が読めない以上、どう動けばいいのか自信がないのだ。

 どうすべきか――――。と必死になって考えている矢先。

 

「陛下!」

 アニエスが指令室より入ってくる。平民上がりの彼女に良い印象を抱いていない彼らは「邪魔だ」と言わんばかりの視線を、一斉に彼女に送った。

 アンリエッタもまた、「そんなことする暇があったら案を考えろ」という目で周囲を威圧し返す。さすがに女王にそんな表情をされては、と軍人からアニエスへの威圧が消えた。

「どうしました? アニエス」

「ええ、『例の件』で」

 それだけでアンリエッタは立ち上がった。踵を返し、アニエスと共に部屋を出る。

『例の件』は符丁である。「彼」からの連絡があった際、すぐに対応できるように。アニエスを隣部屋に控えさせているのも、それが理由だ。

 司令部室のすぐ隣にある個室に、足早で二人は向かう。

 窓と、机だけがある簡素な部屋。そこには二階の窓から侵入したのか、緋村剣心が立っていた。

「何か進展がありましたか? ケンシン殿!」

 期待を込めるような目を剣心に送りながら、アンリエッタは問うた。

「アンリエッタ殿に聞きたいことがあって、参上した次第」

「聞きたいこと? ですか」

「そう。もしかしたら、志々雄の策が読めたかも知れぬでござる」

 それを聞いて、アンリエッタは目を見開かせた。やはり彼は頼りになる。

 机にアルビオン全体と、シティオブサウスゴータのみを記した地図を広げながら、アンリエッタは言った。

「是非、聞かせてくださいまし」

 剣心は一息ついて、そして話し始めた。

 

 

 それは、アルビオンへ向かう途中の話。

「ニューカッスル?」

「そう。拙者らは以前、極秘任務で一度そこの港に訪れたことがあるのでござる」

 輸送船の室内にて、剣心はボーウッドにそう話していた。

『婚姻の手紙』を求めてウェールズのいるニューカッスルへ赴いた際、彼らが動かしていた秘密の港。

 貴族派にバレぬよう、雲中を通り大陸の下に作っていた港だ。

「ボーウッド殿は、そのことを知っているでござるか?」

「いや初耳だ。なるほど王党派はどうやって資材の補給をしていたのかと軍議していたのだが……、そういう方法で得ていたのだな」

 王子自ら空賊に身をやつしてまで、資材補給を行っていたと聞いて、素直に感心するボーウッド。

「貴族派の奴らはそこを発見し、利用しているかもしれぬと?」

「主要な港は今向かっているロサイスとダータルネスの二つ、と聞いているでござる」

 そしてダータルネスはガリアが占領に動いていることも、ボーウッドから聞いていた。

「もし主要の港二つを抑えられたら、向こうは制空権を取られることとなる」

「ああ、こちらもそれを狙って動いている。空さえ抑えられれば……とな」

 だが、とボーウッドはワインを注ぎながら考える。秘密の港を抑えていれば別だと。要は表の港は取られてもいいわけだ。

「そうやって油断を誘おうと、向こうは考えていると」

「推測に過ぎぬでござるが。奴らがニューカッスルを占拠したとなると、秘密の港についても当然気付いている筈」

「成程ね……了解した。もし無事にロサイスに到着した暁には、その例の港についての調査を、こちらでも提案するとしよう」

「お願いするでござるよ」

 剣心とボーウッドはそう言って握手を交わす。その時に火船による衝撃が船全体に走ったため、慌てて甲板へと出たという流れになったのである。

 

 

 

「そんなことがあったのですね」

 一連の話を聞いたアンリエッタは、地図上のニューカッスルを指さし呟いた。

「先ほどボーウッド殿から連絡があったのでござるよ。例の港……つまりニューカッスル城跡方面へ向かう、船が密かに動いていると」

「では輸送船団を襲ったかの敵船は、この港へ戻っていったと」

「恐らくは」

 剣心は港の内部を思い返しながら言った。発光性のコケに覆われた、巨大な鍾乳洞の中で作られた港。

 ただ、今思い返してみても決して大きい港ではない。主力艦隊を編成できるような設備が整っているようには見えなかった。

 それでも、拡張性はあるようにも思えた。洞窟に穴をあけ更に大きくすれば、出来ない事はないだろう。

 そこで剣心は、アンリエッタに尋ねた。

「この港を、艦隊が設備できるような大きさに拡張できる魔法などは、あるでござるか?」

「うーん……、どうでしょうか……」

 アンリエッタは悩んだ。正直、是とも否とも言えないのだ。直接その目で見たわけでは無いのだから。

「推測交じりにはなりますが……、鍾乳洞で作られた港なら、土系統のメイジがいれば、出来るやもしれませぬ」

「不可能ではないと?」

「しかし、相当数の作業要員が必要でしょう。スクウェアクラスが良くて数百人程。それに地理を把握できる人間もいります。古くよりこの国に住む、王党派の者であるなら可能でしょうが――――」

 そこまで言った時、アンリエッタははたと気付いた。剣心は彼女の表情を見据えながら、心苦しそうに告げる。

 

「そう、アンドバリの指輪でござる」

「王党派の死人を蘇らせて……、戦力ではなく、作業要員に当てていると?」

 

 悍ましい発想に、アンリエッタは顔を覆った。だが、奴らならやりかねない。

 死人が戦力足りえていないのは、向こうもよく知っている事だろう。だから諜報ではなく、戦力としてでもなく、作業力に当てていると。

 それならば可能かもしれない。なぜなら彼らは、無限に復活する肉体と精神力を備えている。食わせず休ませず、日中働かせても問題なく、不平不満も一切述べない。

 そういった死兵……、おそらく王党派の人間だろう。を使えば、長い時間をかければ、港の拡張も不可能ではないだろう。

 

「なんて恥知らずな人たちなの! あの人たちは、ウェールズ殿たちが築き上げきた伝統や誇りを、どこまで踏みにじれば済むの!?」

 

 満面の笑みでかつての敵相手に、意気揚々として働く王党派の面々を思い浮かべながら、アンリエッタはやるせなさそうに机を叩いた。

 あいつらは、利用できるものは何でも利用してくる。節操も何もあったものじゃない。

 死後も尊厳を壊す今の貴族派のやり方を、心底唾棄していた。アニエスも同じ気持ちなのか、怒りで顔を歪める。

「可能……、ととらえても、良いでござるか?」

 伺うような声で、剣心。アンリエッタは暫く俯いていた。問いには答えない。

 ただ、反応を見る限り不可能ではないと察した。剣心は一息ついて、女王の意気の回復を待った。

「……それで、ケンシン殿は、奴らの考えをどう、察したのですか?」

 震えるような声で、アンリエッタは問うた。剣心が想定している、志々雄真実の策を聞きたかった。

「『この港が、艦隊を編成できるほどの巨大な港』であるという、前提の上での話にはなるでござるが」

「構いませぬ。聞かせてくださいまし」

 では、と剣心は話し始めた。

「これだけの港だ。当然ながら今後の空戦力を動かす、重要拠点となっているでござろう。……もしや奴らの本拠地はロンディニウムではなく、ここニューカッスルに定めているのではないかと思った次第」

「―――!!」

 アンリエッタは驚いた。アニエスもまた、驚愕で目を見開く。

 

「そして奴らは、空でも地上でもなく、地中を掘ってここサウスゴータを襲撃するのではないのかと、思ったのでござる」

「まさか……、そんなこと!?」

 

 そう言いかけて、アンリエッタは地図に目をやった。ここサウスゴータとロンディニウムは、一日の行軍で事足りる距離にある。対してニューカッスルは大陸の岬にある。ロンディニウムよりは遥かに遠く、途中には未占拠の砦や街がまばらに点在している。

 哨戒で確認させたところ、ニューカッスルは依然戦場跡として悲惨な顔を残している様子。だから上層部は誰も、ここに大将首が潜んでいるなどとは一切考えなかった。アンリエッタもそうだ。

 ニューカッスル、敵の砦、砦、そしてサウスゴータを順に指さす。……ありうるのか? と、否定できない方向へとアンリエッタは考え始めていた。

 距離は遠いが、砦を中継地点にして人員を効率よく配置できれば、やれないことはないようにも思えてきた。

「手紙に書かれていたのでござるが、ニューカッスル付近を動いていた不審な船を捕まえたところ、どうやら商船だという報告があったでござる。取引内容は『土石』やガーゴイルなどとのこと」

「ゴーレムを精製して……更なる作業要員に用いていると」

 ならばもう、あり得るのかもしれない。様々な形の定規を使い、測量を始めるアンリエッタ。

 そこまでした時、ふとため息をついた。

「……ウェールズさまから、もっと船や地理、測量について学んでおくべきでしたわ」

 どうやら分からないなりにやっていたようだ。アンリエッタは憂いの瞳でそう零す。

 恋人としての逢瀬を重ねていた時、彼はよく船のことを話していた。そういった話に楽しみを見いだせず、適当に相槌を打っていたことを心底後悔する。

 ただ、彼が楽しそうに話す顔が、すごい好きだったから。それだけでアンリエッタは何時間も彼の隣にいれたのだ。

「有意義な情報提供、大変感謝いたします。ケンシン殿」

 アンリエッタは優雅にお辞儀をした。

「制空権を取られた状態でどう反撃に転じるか、ずっと考えておりましたが、成程地中ならば関係ありませんわね」

 すぐ専門の者で測量に当たらせます。アンリエッタは其処まで告げる。

「あ、そうそう。これを。先ほどのボーウッドの手紙を渡しておくでござる」

 剣心はそこで、ボーウッドから受け取った手紙と、後も一つの羊皮紙も取り出した。

「その羊皮紙は何です?」

「ここへ来る途中に、拾ったのでござる。エレオノール殿のようでござるな……」

 羊皮紙自体は魔法の紐で丸まっており、読めないようになっている。裏面にエレオノールの名前が綴られていた。

 

 彼女が落としたのだろうか? と剣心は拾った際、周囲を見渡したが、彼女の姿は見当たらなかった。

 

 ルイズを連れ戻しに彼女が、ここアルビオンに来ていたことは聞いている。まだここで会ってはいなかったが。

 アンリエッタはそれを見て、ふと彼女が「鉱石発掘でこの国に来た」という話を思い出した。

「ケンシン殿、ちょっとその羊皮紙を頂いても?」

「了解でござる」

 受け取った羊皮紙に杖を振り、紐を解く。中身はサウスゴータの地図であった。幾つか丸印が書かれており、そこに地名と思しき文字が綴られている。

「どうやら地下洞窟を記した地図のようですわね」

「エレオノール殿は何ゆえここまで来たのでござる?」

 まさか本気でルイズを連れ戻すだけではないだろうとは、剣心も思っていた。

「ええ、何でも『アカデミー』から受けた依頼で、活性化している風石の採掘を頼まれたようです」

「アカデミー……と風石の採掘、でござるか?」

「ええ、最近の研究によると、アルビオン大陸はその活性した巨大な『風石』で浮いているとのこと。その資料が欲しいようで」

 鉱山か……と、剣心はサウスゴータの地図を何と無しに見つめた。

 そしてふと、あることに気付き徐々に顔色を変えた。

「アンリエッタ殿、これってもしや……」

「どうしました? ケンシン殿」

 まだ彼女は気付いていないらしい。だが、剣心が尋常じゃない顔をし始めたので、その理由に頭を働かせた。

 そして……同じく気付く。

 

 ここサウスゴータは、円形に配置された城壁の中に、五芒星状の大通りで作られている。

 その五芒星の左側……そ壁内部の端の一つが丸で記されていた。他より大きく囲っており、その下に「第一候補」と簡潔につづられている。

 

 もし……もしもだ。敵が地中から攻撃するとしよう。そしたらこの鉱山にも必然的に当たるだろう。

 敵がどの地点から攻撃するかまでは予測できない、いやそれ以前に、地中から攻撃してくるとまだ、決まったわけでもない。

 杞憂の一言で片づけることも可能だ。だが……。

 

「もしこの鉱山が、敵の侵入経路とかみ合っていたとしたら…」

 

 そこまで言った瞬間、アンリエッタは顔を一気に青くした。もしこの不安が的中するとしたら、採掘に行ったエレオノールが危ない。

 こうしてはいられない。剣心は羊皮紙を手に、窓を開ける。

「アンリエッタ殿! 拙者はエレオノール殿の安否を確認しに行く!!」

「わ、分かりました! どうかお気を付けて!!」

 それを最後に、剣心は再び指令室から姿を消した。

 

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