夜の闇に息を潜める化け物がある。名称、喰種。人と比べるのも烏滸がましい程高い身体能力と特殊な攻撃器官である赫子。彼奴等は街の暗い場所にて眼を爛々と輝かせる。獲物が無防備を晒した瞬間、一息の内に仕留める為に。
ここにも一人の喰種があった。
彼の者、廃墟と化した工場に居を構え、闘争と惰眠の日々を営む者なり。
時刻は深夜。
適度に食事を終えたその食種は、いつも通りに眠ろうとしていた。
キャンプ地にて喰種の被害にあった者の持ち物であろうキャンプ道具一式、その中でもテントは彼の愛用品である。粗大ごみの日にゴミ捨て場で見かけたまだ使えそうな素材で幾多の改修を受け、それは継ぎ接ぎながらも立派にテントとして機能している。
懐中電灯とコンビニ袋で作った即席ランタンの電源を消すと視界が一気に暗くなる。しかし数秒もすれば次第に周囲の輪郭を把握出来る様になった。その特性上、捕食行動は夜間に行われるため夜目が効く様になるのも当然の進化であると言える。
テントの中に敷かれたマットレスに喰種は横になった。彼の引き締まった腕や足の筋肉は、どこかスポーツ選手を連想させる外観の持ち、肩甲骨辺りまで伸びる長い黒髪を後ろで無造作に纏めている。
数分で寝息を発てはじめた喰種。彼の好物は戦闘と昼寝であるが故に、眠りとは彼にとって至福の時なのである。
眠りを至福とする喰種が、暗闇の中で突如その眼を見開いた。
爛々と輝く赫眼は、喰種が察知した音の方へとその視線を底座に移動させる。
喰種は己の住処に何者かが到来する感覚を察知した。
聴覚でもなく嗅覚でもない、彼の特有の索敵感覚。
長らく闘争に身を置き続けた結果、彼は一定以上の力を持つ者が己に近付くと赫胞が疼く様になった。その感覚が到来するときは、決まって敵が来訪するのだ。
即座に起立し、枕元のマスクを装着する。
マスクは鳥類の嘴を連想させる形状をしており、その色は暗い赤である。
準備の整った喰種はテントから這い出しその様子を確認し、そして驚愕に眼を見開いた。
廃工場の、本来であれば大型車による品物の搬入口として使用される広大な空間。そこには沢山の赫眼が爛々と光を灯していた。
暗闇で光る多くの瞳。その光景を見て喰種は、昔見たアニメ映画に登場するダンゴムシの化け物を思い出す。
ダンゴムシの事は思考の片隅に置き、喰種は状況を解析する。
集団は大きく二つに分かれ、それぞれ似通った意匠の服装で容姿を統一している事から、この場で起きているのは喰種の派閥争いか何かであろうと結論付ける。
赫胞の疼き、その強さから両陣営とも中々に精鋭を揃えているのではと予測し、睨みあいを続ける様子から次の瞬間にも抗争が勃発するだろうと結論付け、喰種はマスクで覆われた口元に笑みを浮かべた。
◇
その夜その場所では、二つの集団が衝突しようとしていた。
一つは魔猿率いる集団、『猿』。
もう一つは黒狗率いる集団、『ブラックドーベル』。
両陣営とも敵意に満ち溢れ、装填された弾丸の如く撃鉄の降ろされる瞬間を今か今かと待っている。
「なぁおい、その喧嘩俺も混ぜろよ」
『!?』
両陣営が睨み合いを行っている最中、そこへ割って入る様に人影が姿を現した。
低い身長と、それに反して鍛え抜かれたと言って良い程の筋肉を持つ肉体。その肉体を包むのは漆黒の学ラン。後ろで纏められた黒髪と、口元を覆う暗い赤色のマスク。そして爛々と輝く赫眼。
突如姿を現したその喰種に両陣営は驚き硬直するも、次の瞬間には敵意を向けていた。
「テメェ、俺達を『猿』と知って言ってんのか!?」
「あなた、目障りよ。調子に乗って、……死にたいのかしら?」
「猿に犬。そして俺は鳥。……桃太郎が居れば完璧だな」
『…………』
魔猿と黒狗の放つ言葉に鳥の喰種は軽口で返す。
その言葉に魔猿と黒狗は怒りを覚え、その様子に両陣営の仲間達は冷や汗を流した。やがて魔猿と黒狗が前進み出て言葉を放った。
「テメェら、手ぇ出すな。これは俺の喧嘩だ」
「貴方達、大人しく待ってなさい。このふざけたガキは私が直々にお仕置きするわ」
「いいねぇ、面白い」
進み出る猿と狗、それを両手を広げて歓迎する様な素振りを見せる鳥の喰種。
三人の位置は、丁度正三角形の頂点に位置している。場の緊張は高まり、魔猿と黒狗の部下達は息を飲む。
敵意を向ける二人とは対照的に、鳥の喰種はとても楽しそうに微笑んでいる。その様子に二人はまた苛つきを覚えるが、それを戦いで発散しようと己の内へ秘める。
ふと、魔猿が口を開いた。
「俺は魔猿だ。名乗れよ、ガキ。それが作法ってもんだ」
「黒狗。貴方は?」
「決まった名前はないかな。ただ、まぁ、強いて名乗るなら……」
鳥の喰種は数秒ほど顎に手を当て考えた後、その名前を告げる。
「つば、め。そう、ツバメと呼んでくれ。あの鳥の飛び方ってとっても格好良いんだ。気に入ってる鳥なんだ。どうせ呼ばれるなら、そう呼ばれたい」
「いいぞ、ガキ。お前の名前、ツバメを覚えといてやる」
「まだ子供だもの、お仕置きと躾で済ませて上げるわ。感謝しなさい? ツバメちゃん」
「上等。いいね、最高だ。やはり戦いとはこうあるべきだ」
三者は構え、次の瞬間、最初の攻撃が繰り出された。
一番槍は黒狗。
高速で接敵し、ツバメの顎目掛けて掌底を打ち上げる。しかしツバメはそれを見切り、余裕を持ってその場を離脱。距離を取って次の行動に移れるよう構えを取る。
その構えを見る者が見れば、何か武術の心得があると解るだろう。しかしこの場に居るのは喰種であり、暴力は振るえど武術に精通している者は極めて希である。
この動きに魔猿も黒狗も表情を変える。
力を加減していたとはいえ、並の喰種なら十分に意識を刈り取れる一撃だった。そして速力を自慢とする黒狗がそれを放つのだから到底避けられるものでは無い。それがこの場に居る者の認識だった。
その認識をツバメは覆し、尚も余裕を持ちこの状況を楽しんでいる。
逸早く認識を変えたのは魔猿だった。
「ハッ、大口叩くだけの事はあるってか? よぉガキ、俺の傘下に入る気はねぇか? 今なら頭下げるだけで許してやるぜ」
『ま、魔猿!?』
魔猿の言葉に『猿』のメンバーは素っ頓狂な声を上げた。
彼らの絆とは即ち闘争の共有である。共闘であれ敵対であれ、存分に戦いその戦いを気に入ったのならばそこで絆が形成される。そんな暑苦しい絆を持つ彼らは、多かれ少なかれ『猿』に所属する際に痛みを伴った。だというのに眼の前のツバメという喰種は何の痛みも受けずに勧誘の言葉を受けた。
理不尽だと思う一方で、ツバメは黒狗の一撃を回避するという結果を見せつけていた。その理不尽が許されるだけの力はあるかもしれないと、各員いっそう集中してその場を見守る。
しかしツバメは、心底白けたと言わんばかりの視線と共に異を唱えた。
「なんだそれ、下らないな。俺達は暴力によって生まれ暴力によって生き暴力によって死ぬ。多かれ少なかれ安らぎは有るだろうが、醍醐味とは即ち闘争だろうが。だったら戦え。俺を傘下に加えたいなら殴って言う事聞かせりゃいい。……違うか?」
「かははっ、その通りだ!! ……だがな、ガキ。吐いた唾は飲み込めねぇぞ?」
「だから言ってる、望む所だと」
「そうかそうかそうか。じゃあ、行くぜ?」
「応」
魔猿が躍り出る。
疾走から跳躍し、己の赫子をで廃工場内の様々な物を掴みトリッキーな動きを見せる。視線が泳いでしまいそうなその動きを見て、しかしツバメはその笑みを深めるばかりだ。
「オラァッ!!」
「見えてる。鈍いッ!!」
「なっ、ガァ!?」
頭上から振り下ろされる踵落としを半身で回避すると、その際の回転運動を利用し拳を突きだす。拳は魔猿の胸板を捉え、その身体を遥か後方へと殴り飛ばした。
「ま、魔猿が……」
「飛ばされた!?」
『猿』のメンバーから驚きの声が上がる。いや、『猿』だけではない。驚きの声は『ブラックドーベル』からも上がっていた。魔猿が吹き飛ばされたという事実は、この場に居る者達にとってそれだけ衝撃だったのだ。
「あら、起き上がって来ないわね。死んだのかしら?」
「いや、死んではいない。肺を狙ったから呼吸が出来なくてのた打ち回ってるだけだ」
「…………」
淡々と言ってのけるツバメに、黒狗は得体のしれない不気味さを感じ頬に冷や汗を流す。
肺に入っていた空気が吐き出されてしまう程の一撃。黒狗は様々な闘争の場を渡ってきた。だが、呼吸器系統にダメージを与える、そんな戦い方をする喰種は初めてだった。
「暫く起き上がって来ないだろうな、パニクって。それじゃ、次は俺の番だ。――――行くぞ?」
「ッ!?」
黒狗へ向けて、ツバメが疾走する。
その疾走は素早く、黒狗の様に優れた感覚器官を持つ喰種でなければ補足する事は出来なかっただろう。
黒狗の眼前には既にツバメの姿がある。接敵に大した時間を要さず、ツバメはその射程圏に黒狗を捉えた。空気を引き裂く音と共に拳が放たれる。中段の位置から、腕とは反対側にある足の踏込と腰に捻りによってしっかりと力の乗った拳が黒狗の腹部へ吸い込まれる様に刺さろうとする。
その一撃を、黒狗は先程のツバメの様に後方へ飛び退く事により回避した。
しかし黒狗が着地するのとほぼ同時にツバメが再び突撃する。
顔面を狙っての正拳突き。黒狗はこれを、頭部を揺らす事で回避。
放った拳を引いた勢いを利用しての二撃目を腹部へ。突き出された腕を外側から殴りつつこれを回避。
尚も追いすがり、次は蹴りを放つツバメ。先程経験した一連の攻撃よりも素早く鋭い一撃は黒狗に回避を許さず、黒狗は胸の前で腕を交差させ防御の体勢を取る。その防御ごと、ツバメは黒狗を蹴り飛ばした。
衝撃で空中に踊り出す黒狗の身体。上体の逸れる勢いを利用し空中で回転、そして両腕両足を上手く利用し黒狗は着地する。
「ぐぅっ!?」
その際に右腕に激痛を感じる。右腕は先程の防御で腕を交差させた際に前面に配置した方の腕であり、ものの見事に折れていた。
折れた腕を庇いながら立ち上がる黒狗。熱した鉄を当てられた様な感覚から、損傷個所の修復が始まった事を感じ取る。
「良い一撃ね。速さには自信が有ったんだけど……」
「攻撃の届く最短距離、そこへ喰種の力を乗せればどんな雑魚だってそれなりの一撃を打てる様になる。要は戦い方が成ってないんだよ、喰種って。生れ付き力を持っているから、どいつもこいつもそれに振り回される。アンタの性能を見るに、もっと素早い一撃が打てるだろうよ」
「嬉しい事言ってくれるじゃない」
笑顔で賞賛するツバメに少々気を良くしながらも、次の攻撃手段を考える黒狗。
(格闘戦はどう考えても不利、か。ツバメちゃんも私に負けないくらいに速く、その上近接戦における心得があるみたい。となると、取れる攻撃手段は……)
黒狗の頭に過るのは赫子を使った攻撃だった。
赫子を出せば基礎的な身体能力も増幅し、羽赫である黒狗は遠距離攻撃も可能となる。しかし、ツバメもまだ赫子を出していない。先に手札を晒す事に伴う危険性が黒狗の頭を過る。
黒狗が攻撃手段について考えているその時、魔猿が咳き込みながら立ち上がった。
「げほっ、ったく、やってくれるじゃねぇか。こりゃ、手を抜けそうにないな」
「応、手を抜かず全部使ってくると良い。その方が楽しいし」
「なら、遠慮しねぇぞッ!!」
突撃する魔猿。拳を構え迎え撃つ姿勢のツバメ。
駆け寄り繰り出される、振りかぶってからの拳撃。それを逸らし後方へ移動するツバメ。追い縋る魔猿は地を跳ね、その勢いを利用して殴りと蹴りを連続して繰り出すが、ツバメは時にそれを逸らし、回避し、その連撃を掻い潜った。
黒狗はその様子を観察し、子供だと侮っていたツバメが恐ろしい存在だと気が付く。魔猿の攻撃を全て躱し涼しい表情を浮かべる余裕など、自分にすら出来ないと認識しているからだ。
ひょっとすれば、己や魔猿よりもとんでもない存在なのかもしれない。
ふと脳裏に過ったその考えはこびり付き、頭を振ろうとも思考回路に居座り続ける。
仮に己を凌駕しうる存在だとして、それと戦うとしても、黒狗の持つ選択肢に協力の文字はない。一度啖呵を切った以上、その責任は全て己に帰属する。故に、利用する事はあれど協力などしない。
黒狗は次に攻撃を仕掛けるタイミングを決めた。それは魔猿が仕切り直すか吹き飛ばされるかしてツバメから距離を離した時。可能ならば攻撃動作を行い体勢が固まっている状況が望ましい。
「それ、カウンター」
「ぐぉっ!?」
殴りかかった腕を掴まれた魔猿はそのまま体勢を崩され、ふら付きにより上体が後方へ逸れる。無防備になる上半身。防御の無い空間を、ツバメの拳が唸りを上げて通過した。
拳は魔猿の顎を捉え、その身体を空中へと跳ね上げた。
(やるなら……、――――今ッ!!)
赫子が展開される事により、黒狗の身体に備わる駆動出力が増大する。
それを感じ取ったのか、魔猿を殴り飛ばした体勢で硬直するツバメが驚きに目を見開いた。
「今は、――――貴方の方が遅い!!」
「おぉっ!?」
赫子を展開した事により更にその速度を上げた黒狗は瞬時にツバメの後方へと踏み込み、首や腹等の急所を狙った攻撃を繰り出す。
ツバメはその眼に喜悦の色を浮かべながら黒狗の繰り出す攻撃に対応する。しかし赫子を出されると分が悪いのか、先程までの余裕はなく、だんだんと黒狗の攻撃がその身を掠める様になっていく。
(クソッ、攻めきれない……ッ!!)
一方で黒狗はその内心に焦りを抱えていた。
間違いなく現在放っている最中の連撃は黒狗の全力であり、だというのにそれは有効打に成り得ない。加えてツバメは赫子を出していない。
詰り、赫子を出していない状態のツバメが赫子を出している状態の黒狗とほぼ同程度なのであり、赫子を出されてしまえば黒狗に勝ち目はない。
攻撃の合間に向けられるその赫眼を見て黒狗は考える。コイツが赫子を出す前に蹴りを付けなければならない、と。
「そろそろ、スタミナが切れるか?」
「ッのぉ、舐めるなッ!!」
「ぬっ?」
裂帛の気合と共に、黒狗は突貫する。
全体重を乗せ、それを自慢の速力で十分に加速させた一撃は、これまで様々な攻撃を捌いてきたツバメを以てしても回避できないだけの重さが有った。
両腕を交差させガードの姿勢を取るツバメへ突撃した黒狗。ツバメは衝撃を殺しきれず後方へ後ずさる。その際、両腕から軽快な音が響く。腕の骨が砕ける音だった
「我ながら脆い!?」
「オオォォォォッ!!」
使い物にならなくなった腕で、常時の感覚を引き摺りながら黒狗へ攻撃を繰り出そうとするツバメ。
しかし先程までとは違い鋭さが一段と鈍ったその攻撃を黒狗は容易く弾き、その損傷した両腕を掴む。
そして次の瞬間、黒狗の羽赫が膨張する。
それは猟犬の咢さながらにに開かれ、両腕を拘束されたツバメへと殺到する。
「――――楽しいな」
「ッ!?」
しかし巨大な咢は一瞬の内に掻き消えた。
その原因を、黒狗は己の肩に走る痛みから悟る。視線を向ければ、ツバメの腰辺りから赤い何かが伸び、それは己の背中に回っている。
「鱗、赫ッ」
そう、ツバメは攻撃を喰らう直前に己の赫子を展開し黒狗の両肩を抉ったのだ。
気体上にRcを放出する羽赫の特性上、供給源である赫胞と断絶してしまえば数秒と持たずにその輪郭は消え失せる。これによりツバメは、黒狗の一撃を無効化したのだ。
だが、黒狗はそれだけに驚いたのではない。
黒狗は先程己が展開した咢と全く同じ形状のモノを目にしていた。
「羽赫までっ」
「そう、ハイブリットなのよ、俺ってば」
一対の羽赫と一対の鱗赫。
それこそがツバメがその身に備える赫子だった。
「良い攻撃だった。この一撃は、その礼だ」
「があぁぁぁぁっ!?」
咢の如く膨張していた羽赫が収束し、気体状のRcを鋭いモノへ変貌させていく。
それを例えるならば炎が最も解り易いだろうか。
通常の羽赫とは蝋燭の火である。蝋と酸素により燃焼し、熱と揺らめく光を発生させる。それに対して現状のツバメが巻き起こしているのはガスバーナーのそれである。燃焼させる為に必要な酸素が十分に、或いは過剰に供給されている状態なのだ。
その威力の差は、歴然である。
ごうと音を発てる羽赫が黒狗の両腕を肩から両断した。
その壮絶な痛みに堪らず悲鳴を上げる黒狗。ツバメは両腕を失くした黒狗を『ブラックドーベル』の方へと蹴り飛ばした。
「う、ぐうぅぅぅっ」
「俺の勝ちだ、黒狗。再戦は何時でも歓迎する。……さて、次だ」
黒狗を蹴り飛ばした後、ツバメは後方へと振り返る。
その赫眼が見つめる先には力強く拳を手で多い音を鳴らす魔猿が立っていた。
「緋色の赫子。一対の羽赫は力強い翼であり、腰から伸びる一対の鱗赫は、さながら燕尾の如し。加えてツバメか……」
「? 何だよブツブツ呟いて」
「いやなに、色々考えさせられてな。緋色の燕で『緋燕』。そんな言葉を思い浮かべただけだ」
「――――――――」
魔猿の言葉に、ツバメは唖然とした表情を見せる。
そして数秒後愉快げに笑みを浮かべた。
「いいなそれ。うん、『緋燕』か。素晴らしいセンスだ。是非使わせてもらおう」
「お褒めに預かり光栄ってか? そんでもってまぁ、お喋りはここまでだ。殺しに掛かるぜ?」
「応ともよ」
全力の姿を晒す緋燕に、魔猿は身震いしながらも突貫する。
◇
「それで、どうなったんですか……?」
「結局魔猿は負けてしまいましたとさ。その後の彼と魔猿の関係は、何というのかねぇ。……喧嘩仲間? けど同時に戦い方を教わっていた気がするよ。座学なしの実戦だけどね。ちなみに黒狗と彼はベッドの上でわんわんと泣かせる関係に」
「古間君? 死にたいのかしら?」
「そいつは勘弁してもらいたい、かな?」
喫茶店、あんていくの午後。
金木 研は古間 円児の昔語りを聞いていた。
半喰種という異質な存在となった彼は、新しく所属する事となった集団であるあんていくの人々に喰種の話を聞いて回っており、今回の魔猿the昔語りもその一環である。
いつもの調子で話すなら金木もスルーしていたのだが、今回の魔猿が導入が良かった。ここにも一人の喰種があったという言い回しが文学少年である金木の興味を掻き立てたのだ。
まあその話の内容はヤング・ジャ○プのバトル漫画調だったのだが。
食事という観点から切り離され純粋に戦いや暴力に没頭する喰種という情報は、金木の中に新しい喰種像を生み出した。
人間と喰種の両面から物事を見つめようとしている彼にとって、これもまた一つの進展と言えた。
「あ、いらっしゃいませ!」
カウンターの向こうで入見 カヤにアイアンクローを喰らっている魔猿を無視して、霧嶋 董香が入ってきた客に対応する。
「あ、ツバメさん! 随分久しぶりじゃないですか。ひなみなんか最近会えないって拗ねてましたよ?」
「ありゃ、それだとまた齧られそうだな。あ、マサル! コーヒー一杯!」
「はいよ!」
ツバメと呼ばれた者の来店に金木は椅子から転げ落ちそうになった。
そんな漫才みたいな挙動が目に留まったのか、ツバメは金木の方へと歩み寄り口を開く。
「新入りかい? 妙な匂いしてるな。まあ初めまして、俺はツバメ。お前さんは?」
「あ、金木。金木 研です。あのツバメさん……」
「ん? 何だい?」
「その、……貴方が『緋燕』ですか?」
金木は思わず問いかけた。
金木と同程度の身長、後ろで纏められた黒髪、そして服の上からでも鍛えられていると解るほどの筋肉を見て、またその名前から先程魔猿が語った喰種を思わせたのだ。
囁かれる様に聞かれたツバメは眼を丸くした後、口元に凶暴な笑みを浮かべて返答する。
「魔猿にでも聞いたか? ――――そうだ、俺が『緋燕』さ。それで金木とやら。その『緋燕』に何用だい?」
「え、あ、いえ、用という程のものではなくて、さっき丁度話を聞いたモノでしたから」
「話?」
「はい。魔猿と黒狗との出会いについて」
「あー、あの時か。いや、あの時は楽しかった。黒狗は何より速いし、魔猿は根性の固まりみたいでさぁ。アイツ凄いぜ? 深夜二時頃からやり合ってたら、気が付いたら朝日登ってるんだもん。あの時は朝日が眩しかった」
うんうんと頷きながらツバメが回想している。
その様子に、金木は話で聞いた『緋燕』とのイメージに若干の齟齬を覚えた。
「はい、コーヒーお待ち」
「さんきゅ、マサル」
「マサ、ル?」
「ん? ああ、魔猿だからマサル。俺なりの愛称みたいなもんさ」
「やれやれ、君のその呼び方もすっかり定着した様だね」
コーヒーを楽しむツバメと、カウンターの向こう側でコーヒーの用意をする魔猿。その静かな、それでいて暖かい空間を見て、金木はどこか微笑ましい気持ちを抱くのだった。
◆~本編で使用していない未使用の設定や各原作キャラとの関係を以下にしるす~
※『緋燕』の設定
・己をツバメと名乗る喰種。一対の羽赫と一対の鱗赫を持ち、高速・器用・怪力の三要素を備えた個体である。
・羽赫と鱗赫の特性が複雑に絡み合った結果、赫子を出さない状態で喰種を圧倒する程の戦闘力を持つに至る。
・ハイスピード&ハイパワーと、一見すれば強いのだが、その分脆い。辛うじて自分の繰り出す攻撃に耐えられる強度であり、外部からの衝撃に滅法弱い。特に赫子の攻撃は一撃喰らうだけで致命傷に成り得る。
・羽赫と鱗赫の特性が合わさった結果物凄い自己修復能力を獲得するが、その分脆い。金木と同程度の回復速度を持ち、金木より脆い。
・赫子を全開にした戦闘では体内のRcが急速に消費され、全力での戦闘は持って十分といった所である。限界時間を越えて赫子を駆動させた場合、強靭な身体を構成する為に細胞に織り交ぜられたRcすら抽出して戦闘を行う。その状態で戦闘を継続すると、『緋燕』の肉体はボロボロと崩壊を始める。天空の城もびっくりなくらいにボロボロ崩れる。
・赫子の特性を考慮した結果、『緋燕』は人間の使う武術へ辿り着いた。
・13区の出身。あんていくと接触してからは20区に拠点を置く様になる。
※『緋燕』の周辺環境
○ヤクザの一味
・人の集まる所に喰種あり。つまり東京は日本の中で最も喰種の多い地域である。そんな魔境を拠点に活動しているヤクザの一味がいた。緋燕は子供の頃にそのヤクザと知り合い、その他の組への鉄砲玉を買って出て、ついでにつまみ食いする生活をしていた。
・ヤクザとの関係は良好であり、ヤクザに対して喰種の弱点を教え、共に対抗策を考えたりする仲である。例えば眼球や口内を狙った狙撃、スタンガンに因って生み出される電流で喰種の赫子を誤作動させる等などが最も有効である。
・このヤクザ共は対喰種用として日本刀とスタンガンを合体させた武器、通称『痺刃』を常備している。CCGを除けば最も喰種を葬ってきた集団と言える。
・彼らの訓練相手は勿論『緋燕』である。事務所には、時たまジェイソンとかナキとかが遊びに来る。そのせいでジェイソンの拷問に電気椅子が追加されている。
・ヤクザの事務所は13区にあり、構成員の何人かは下手な捜査官よりも強い。
○風俗店
・ヤクザの一味が経営する風俗店であり、訳有の女性が構成員の大半を占める。
・たとえば妊娠が発覚して彼氏に捨てられた中学生であったり、己の武器とは即ち身体なりと艶美を極める女性などだ。
・そんな訳有女性の中で母乳が出る人から、幼少期の『緋燕』は授乳を受けて育った。僅か八歳にして授乳プレイに目覚め(この先は削り取られていて読めない)
・そのせいかどうかは定かではないが、彼の味は特殊らしい。(金木曰く、「血の味がマッ○シェイクのバニラ」だとか)
・時たま言葉の中に英語やフランス語の混じる変態っぽい喰種が尋ねて来て母乳を買い取りに来る。物凄い高額で売れるらしい。
○スワローズネスト
・緋燕の寝床であり隠れ家である。
・緋燕の趣味で収集された様々な書物がある。が、その半数以上がラノベとマンガ本である。特にマンガは文字を読めずとも内容が解り易く、彼と親交のある喰種は良く入り浸ってマンガを読んでいく。
・ヤクザの一味が用意した物件であり、四回建てのアパートである。最上階がスワローズネストと呼ばれ、下の階は身寄りのない喰種に貸し与えられている。
・主に『猿』や『ブラックドーベル』の構成員が利用していく。
・近頃眼帯を付けた優しそうな少年が目撃されたとか。
・時たま、ひなみちゃんが変な言葉を覚えて帰ってくるのはここのせいに違いない。
・笛口親子は、このアパートの周辺でアイドル的な扱いを受けていたりする。
※『猿』と『ブラックドーベル』へ武力介入した時の背景
・もともと主人公はお世話になっているヤクザの一味に仕事を依頼されて20区まで遠征に来ていた。適当な河川敷や廃墟等にテントを設営し、仕事を終えるまでの仮拠点とするのは、彼の日常とも言えた。
・さて、いよいよ明日は仕事だとお気に入りのマンガを読み終えてから就寝しようとしたら喰種の団体戦に遭遇。俺も仲間にいーれーてーとばかりに突貫した。
※鳥、狗、猿
・緋燕との戦闘で敗北した二人は、己の率いる組織ごと緋燕の軍門に下った。魔猿は緋燕の右腕として暴れ回ると同時に戦い方を学んだ。黒狗は緋燕と男女の関係になっていた。狗のお面被るだけあって頂点に立ちたい気持ちと征服されたい気持ちが綯交ぜになった結果夜はベッドでお腹を見せてわんわんと語尾にハートとか付けて鳴くとか鳴かないとか。
・なおその後、店長にボコられてあんていくの傘下に加わった。