恋姫†袁紹♂伝   作:masa兄

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いつもより長くなったから、分けて楽しようと思ったけど、誘惑は振り切ったよ!

……もう、ゴールしてもいいよね?


閑話―荀彧―

 大陸屈指の名門、荀家に一人の才女がいた。名前は荀彧、真名を桂花、頭脳明晰で毎日勉学に励む彼女は、母に一つの質問をした。

 

「お母様、何故後世に名を残す者や、現在活躍している者達のほとんどが女性なのでしょうか?」

 

「その答えは私にはわからないわ、今度行く私塾で見つかるかも……ね?」

 

「……」

 

娘の質問に対する答えを母親は持ち合わせていなかった。たまたま女性が活躍する時代と言うにしても、男との対比がありすぎて説得力に欠ける。

 今まで活躍してきた者達の中に男の名は余りにも少ない、これではまるで―――

 しかしそんな歪んだ先入観を持たせるわけにもいかず、荀彧が私塾で独自の答えを見つけることに賭けた。

 

………

……

 

「お母様!私わかったわ!!」

 

「あら、何がわかったの?」

 

私塾に通い始めて一週間ほど経ったその日、荀彧は母親に自分の答えを自信たっぷりに聞かせる。

 

「男は女よりも大分劣った生き物なのよ!」

 

「っ!?」

 

荀彧の頭の中で、これまでの私塾での出来事が思い出される。

 

………

……

 

今まで余り男性と触れ合うことが無かった彼女は、私塾に入ってから同い年の男達を観察する事にした。余談だが、桂花が通うことになった私塾は、大陸各地から将来有望とされた人物達が集まる場所である。

 だがその中にも例外がおり、その者達は家柄で私塾に招かれていた。そしてそのほとんどが男達であった。

 

『………』

 

しかしそれだけでは軽蔑の対象にはなるはずもない。家柄で招かれたとしても、無能と決まったわけではないのだ。

 荀彧は自分にそう言い聞かせ、彼等を上から下まで観察した。まず、彼女が気になったのは彼等の容姿だ。

 どの男もこれといった特徴が無く、よく言えば平均的な顔、彼等の名前と顔を一致させるのが、私塾で一番難題だったと荀彧は語った。

 それに比べて女性達は何と華やかだろうか、講師の女性を含め、女の塾生達は容姿や体型が優れており、男達とは纏う雰囲気がまるで違っていた。

 

『……でもまぁ、男の文官も多いし、頭の出来は悪くないかも』

 

―――悪かった。単純な算術なら出来ていたが、少しでも難易度が上がると音を上げ始める。

 指を使って計算しだし、それでも間違えたのを目撃したときは、我慢できずに吹き出してしまったほどだ。

 とてもではないが彼等に兵糧の管理や、政務を任せたいとは思えない。そしてこの面でも女性の塾生達は優秀な成績を修めてみせた。

 ならば戦術はどうか?―――凡庸だ、優れた教本があるので、それに載っている策を理解出来てはいるが応用が出来ない。ただただ無難な策しか提案出来ず、それらの策を組み合わせてみたり、少し内容を弄るといった柔軟さを持ち合わせていなかった。

 彼等の策が通用するのは、せいぜい同程度の相手か、賊といった類だろう。

 

『そうだわ!男は力が強いって、確かお母様が――』

 

―――弱かった。武官希望の男が自分の力を自慢していたので、同じく武官希望の少女が手合わせを提案し、彼はそれを受けた。

 その後、庭で手合わせが行われたのだが―――、男は手も足も出せずあっという間に無力化されてしまった。

 男は恥をかいたと言い、そのまま私塾を後にした。それもご丁寧に捨て台詞付だ。

 単純な腕力であれば、鍛練をしていない女は男には力で勝てない。しかし、鍛練をした者同士で、女性に勝てる男はいなかった。

 

『……』

 

ここまで来ると荀彧の目には、欠点しか映らなくなっていた。容姿、知能、武力、そして―――彼等の目だ。

 見た目麗しい少女達に、舐めるような視線を毎日送っている。特に胸と尻に目がいく様で、目を見て話す事は稀だ。

 ちなみに講師の女性は豊満な胸を持っており、彼女が入ってくると、決まって男達の視線は胸を凝視している。

 

『何よあれ、まるで猿じゃない……』 

 

色欲を好み、己たちの研鑽をも後回しにして胸を凝視する彼等は、もはや荀彧にとって滑稽な存在でしかない。

 その後も、男達の愚かな場面を見続けてきた。そしてほぼ同時期に賊達の活動が活発になる。

 その賊に身を堕とす者達も決まって男がほとんどだ。それを知った荀彧は、自分の判断に確信を持った。

 

 

………

……

 

『桂花さんは、仕えたい人がいるのですか?』

 

『もちろんいるわよ、私は曹操様がいいわね』

 

幼少から才覚ある人物、そして自身と同じく合理的な考え方、きっと相性が良いに違いない。

 

『袁家が一番人気あるけど……』

 

『当主も跡継ぎも男じゃない、愚鈍な主は嫌よ!』

 

『でも、跡継ぎの袁紹様は神童だって噂だよ?』

 

『どうせ周りに持ち上げられているだけでしょう?ここの男達のように』

 

『一応彼等も、幼い頃から英才教育を施されてきたはずなのに、どうしてここまで差が開くんだろうね……』

 

『そんなの決まっているじゃない』

 

そこで言葉を切り、男達に冷ややかな視線を向ける。

 

『下半身に頭のある猿だからよ!!』

 

荀彧の塾生活は、彼女に男を嫌悪させたまま終わりを迎えた―――

 

 

………

……

 

 

 

「はぁ……、曹操様」

 

いよいよ何処かに仕官する時期になり、憧れの女性に想いを馳せる。

 

「貴方は相変わらず曹操様好きね」

 

「覇王の器にして傾国の美女だって噂じゃないですか、素晴らしい方に違いないわ!」

 

「悪いけど桂花の仕官先は決まっているわよ?」

 

「なっ!?初耳です!!」

 

「言ってなかったもの」

 

「~~っっ、ちなみに何処ですか?」

 

「南皮よ」

 

「南皮って、確か袁―――」

 

袁紹の性別を思い出した荀彧は、男の主君の下で働く自分を想像して気を失う。

 

「……大げさねぇ、でも丁度いいからこのまま馬車に乗せてしまいましょう。後は人たらしと噂の袁紹様に期待ね!」

 

こうして、荀彧の母親による荒治療的な仕官は決められた。

 

 

………

……

 

 

「こちらの謁見の間にて、袁紹様はお待ちでございます」

 

「ありがとう」

 

案内をしてくれた侍女に笑顔で会釈し、中に入る。

 すると、重鎮らしい者達の目線が突き刺さった。

 

(結構いるわね、しかも男も多い……、まるで舐めまわす様な視線、嫌になるわ)

 

一瞬、顔を歪めそうになり何とか笑顔を保つ、そしてそのまま玉座の前まで移動した。

 

(あれが……袁紹)

 

荀彧の瞳が袁紹を捉える。―――なるほど、美形だ。それだけでも今まで見てきた男達とは異なる。

 女顔で長髪なため、一見間違えそうだが、体が良く引き締められており、袖口から覗く腕の太さや、筋肉により盛り上りを見せる他の各所が彼を男だと認識させる。それでいて大きすぎない無駄を省いた、しなやかな体躯だ。

 

「お初にお目にかかります袁紹様。荀彧と申します――」

 

(見た目は噂通りって感じね、でも男には仕える気にはなれないわ)

 

「母達ての希望により参りましたが、私は非才なる身、余りご期待に応えられるとは思えません」

 

荀彧はまず自身が考えていた、皮肉めいた言葉を口にする。

 伝わればよし、伝わらなければ一時的に仕官し、此処の政策に難癖つけて追い出させる算段だった。

 

―――おおっ、なんと謙虚な

 

―――荀家一の才女なのに驕った様子が無いとは

 

―――最近の若者にしては立派ですな!

 

―――左様、謙虚さこそが若者の美徳である

 

彼女の一言に重鎮達が感慨の言葉を口にする。まさか自分達の主でもある袁家当主を邪険にするものなど、想像すらしたことが無かった。

 

(ふん!やっぱり無能ね、今の真意がわからないなんて)

 

「面を上げよ」

 

「はっ」

 

ゆっくり顔を上げると袁紹と一瞬目が合った。そして慌てて視線を逸らす。

 

(何よあの目、まるで外ではなく内を覗き込もうとするような――、やましい考えがあるに違いないわ!)

 

「よく来てくれた我はお前を歓迎する――、と言いたい所ではあるが一つ聞きたいことがある」

 

「何なりと」

 

(私の才を量る問答かしら?何にしても所詮男の――)

 

「お主が男を嫌う理由は何だ?」

 

「っ!?」

 

ざわっ、と謁見の間は騒然としだした。そして当の荀彧はさすがに予想外の質問だったらしく、目を白黒させている。

 

(い、いきなりなんて事を聞くのよ、これだから男は!?この状況でその質問に答えられるわけないじゃない!!)

 

「い、いえ私は別に――「申せ」っ!」

 

何とか場を取り持とうとした荀彧だが袁紹は彼女の言葉を遮り答えを促す。

 

「お主ほどの才女が無意味に男を嫌うとは思えぬ、我はその理由が知りたい。

 もう一度聞く、―――男が嫌いか?」

 

「……」

 

そこまで聞いた荀彧の心は、どす黒い何かで埋まっていく。

 

(何で……勝手に仕官させられた先で、大嫌いな男達の視線に晒されながら、大嫌いな男に頭を下げ、大嫌いな男に男嫌いを告白しなきゃいけないのよ、私が何をしたっていうの?―――もう、我慢出来ないわ!)

 

「いえ……大っっっ嫌いよ!!」

 

………

……

 

 

―――好感度0%―――

 

 

次の日、荀彧は斗詩と街にくりだしていた。

 前日の一件や、長旅による疲労、『その状態で働かせるというのは酷だろう』と、袁紹による計らいであった。

 

「……さっきから巡回の兵を良く見るわね、そんなに人を割いているの?」

 

「いえ、警邏所なる施設が各所に設置されていまして、そこから決まった区画だけを警邏させているので、目に付く頻度が高いんだと思います」

 

「ふぅん……いい案ね」

 

伊達に名族を名乗っているわけではなさそうだ。少なくともこれを手掛けた優秀な文官がいる。

 素直に感心した様子でそう考えていると――

 

「提案したのは麗――袁紹様ですよ」

 

「……冗談でしょう?」

 

「真顔で聞き返されるなんて……本当ですよ!」

 

「……」

 

信じられないといった表情で警邏隊に目を向ける。するとまた疑問が生まれた。

 

「何故警邏隊がここまで溶け込んでいるの?」

 

荀彧の目に映った警邏の兵達は、民達と笑顔で挨拶を交し合っており、軽く談笑を始める者までいた。

 

「袁家の警邏隊は『地域に基づく警邏』を掲げておりまして――」

 

警邏は犯罪抑止のため、高圧的に行われるのが一般的だ。しかし、守る対象である民衆に避けられては遣り甲斐も無い。

 そこで犯罪の取り締まり以外でも、道案内や軽作業の手伝いなども業務として行うことで、自分達を抑制する者達という認識から、自分達を犯罪から守る者として認識させるのが狙いだ。

 そしてこれは大当たりした。今では武器を片手に歩く警邏隊の横で、子供達が楽しそうに遊びだすほどだ。

 

「提案者は袁紹様です」

 

「……」

 

斗詩の強めな口調で放たれた名前に、一瞬思考が停止する。

 しかしすぐに蘇り欠点を口にした。

 

「警邏の目は行き届いているけど、これでは舐められて影の犯罪の抑止にならないじゃない!」

 

荀彧のその言葉に、待ってましたと言わんばかりに斗詩が口を開く

 

「袁家には私服警邏隊がいるんですよ~」

 

「私服……警邏?」

 

これもまた聞きなれない単語だ、荀彧の知識欲が刺激される。

 

「その名の通り、普段着で警邏を担当する人たちです。彼等は―――」

 

私服警邏隊、彼等の殆どは一般人だった。そのため直接犯罪鎮圧に動いたりはしない。

 彼等の役目は日常生活に溶け込み、普通に生活していく上で目にする犯罪を、警邏隊に報告するというものだ。

 その報告により解決した犯罪の規模により、報奨金などが手渡されていたが、虚偽の報告は厳しく処罰されるため、情報の正確性は高かった。

 報告自体は一般の民衆も可能だが、犯罪行為に目を光らせながら日常生活を営む彼等の犯罪検挙率は、規模も数も多かった。

 

「まさかそれも……」

 

「はい、袁紹様が」

 

「……よそ者にそこまで聞かせて良いの?」

 

「袁紹様が『どうせ袁家に仕えることになるのだ、疑問には全て答えてやれ』って」

 

「あいつの自信は何処から来てるのよ……」

 

 

………

……

 

 

―――好感度10%―――

 

 

 

 

「ちょっと!この『千歯扱き』を開発した者はどこ!?」

 

「ここにいるぞーー!!」

 

「あな――袁紹様なのですか!?」

 

「使いたくなければ、敬語外してもよいぞ?」

 

「……しかし」

 

「良い、許す」

 

「そう、なら言わせてもらうけど―――」

 

「無礼者!衛兵!!」

 

「~~~っ、あなたが許可したんでしょうがぁぁぁっ!!」

 

「おおっ、手も出ている分、白蓮よりツッコミが激しいではないか!」

 

「く、このっ」

 

頭に血を上らせながら手を振るうが、簡単に避けられる。

 

「この千歯扱きのせいで失業者が溢れているじゃない!!」

 

「その為の職業斡旋所と私服警邏隊よ!」

 

「それからこの『楽市楽座』の発案者は!?」

 

「ここにいるぞーー!!」

 

「これもあなたなの!?犯罪が増加するじゃない!!」

 

「警邏所と私服警邏隊により対処済みである!」

 

「……対処済みと言う事は、事後に動いたのね?」

 

「……」

 

(やっぱり!何故行う前に対策を立てないのかしら、いや、立てれる者がいなかったのね。

 革新的な政策に革新的な対処、従来通りの考えでは難しいわ、―――面白いじゃない)

 

………

……

 

―――好感度20%―――

 

「むぅ……、我の政策をここまで改善するとは……流石は王佐の才だな」

 

「王佐?ふ、ふん、このくらい当然よ!」

 

「次はこの案件を頼む」

 

「任せなさい!この王佐の才で最良の結果を生み出してあげるわ!!」

 

 

………

……

 

―――好感度30%―――

 

「いつの間にか敬語で話すようになったな……」

 

「……何か問題がありますか袁紹様?」

 

「様付けは初耳だぞ」

 

「気のせいです」

 

………

……

 

 

―――好感度40%―――

 

「ええっ!?この魚醤を開発したのも袁紹様なのですか!!」

 

「フハハハハハ、我である!」

 

「……すごいです」

 

「王佐の才に認められるとは、我も鼻が高いぞ」

 

「……」

 

「そろそろ心は決まったか?」

 

「っ!?」

 

「我には目指している目標がある――それには王佐の才が必要不可欠だ」

 

「わ、私は」

 

「近いうちに答えを聞かせてくれ、たとえ仕官を断ったとしても我は責めぬ」

 

「……」

 

 

 

………

……

 

―――好感度50%―――

 

 

 

「私は、袁紹様の下ではお仕え出来ません」

 

「……」

 

やっとの思いでそう口にする。昨夜決心したにも関わらず後悔の念が襲ってくる。

 できればすぐにこの場、いや、この地から離れたかった。

 

「面を上げよ」

 

「はい」

 

その言葉に恐る恐る顔を上げる。彼はどんな表情をしているだろうか?落胆か、憤怒か、あるいは―――

 

(ああ、やっぱり)

 

彼の表情は荀彧の想像通り、とても悲しそうなものだった――

 きっとその表情の下で、荀彧を繋ぎ止められなかった自分を叱咤しているに違いない。

 荀彧の胸が締め付けられる。本当にこのままで良いのだろうか?

 

(でも、私は)

 

「今の言葉は本心か?」

 

「……」

 

まるで見透かすように聞いてくる。その言葉に肩が震え口が渇く、荀彧は心の何処かで本心を暴いてもらいたいと思い始めていた。

 

「……怖いか?荀彧」

 

「え、怖い?」

 

「どういうことですか?麗覇様」

 

斗詩と猪々子が言葉の意味を聞こうとするが袁紹は構わず続ける。

 

「『男嫌い』であった自分を否定するのが」

 

「っ!?」

 

袁紹の言葉に目を見開く、またもや核心を突かれ思わず彼を凝視する。

 初日に核心を突いた時の彼の目は、鷹のように鋭くこちらを観察していたのだが今はどうか―

目は細められているが鋭さは無い、むしろ父親が愛娘を見守るような慈愛に溢れた眼差しをしていた。

 

「!!……」

 

そんな眼差しに対してばつが悪くなった荀彧は、視線から逃れるように再び頭を下げる。

 そうでもしなければ気持ちが溢れそうだ。

 

「フハハハハハ!お主はそこまで我につむじを見せたいのか?いや、被り物で見えぬがな」

 

「っ!?し、失礼しました!」

 

袁紹のおどけた発言に張り詰めた空気は弛緩し、荀彧は気持ちが少し軽くなるのを感じた。

 

「荀彧、我は過去では無く今の本心が聞きたい」

 

「今の……私の……」

 

「荀文若は袁本初に仕えたいのか?仕えたくないのか?」

 

「わ、私は……」

 

まっすぐ荀彧の目を見つめる袁紹、何故だかその瞳の前ではどのような嘘も看破されてしまう予感がした。

 

「仕え……たいです」

 

そして気が付くと本心を口にしてしまい慌てて発言する。

 

「し、しかし私は今まで多大な無礼を犯してしまいました!!」

 

「荀彧――」

 

袁紹は玉座から立ち上がり静かに歩み寄る。

 

「人間は大小の差はあれど過ちを繰り返す生き物だ、大事なのはそれを言い訳にして立ち止まらず、糧にして前に進むことよ」

 

「……」

 

そして荀彧の前まで来た袁紹はさらに言葉を続けた。

 

「それに、我にとっては手のかかる猫のようなものであったぞ!!フハハハハハ」

 

「お、お戯れを」

 

いつの間にか差し出された袁紹の手をとり立ち上がる。自分から男性に触れるのはいつぶりだろうか、

もしかしたら初めてかもしれない。

 握った袁紹の手はとても暖かく、荀彧の心を溶かすほどに心地良かった。

 

「本当に私は……仕えてもよろしいのですか?」

 

「くどい!もとよりお主ほど有能な者を今更手放す気など毛頭ないわ!!」

 

その言葉に荀彧の迷いは完全に消え去り一歩さがる。

 

「―――私の名は荀彧、真名を桂花、今この時より袁紹様を生涯の主とし仕える事を誓います」

 

そして改めて臣下の礼をとった。

 

「うむ、我が真名は麗覇、お主の今後に期待してこの真名を預ける。頼りにさせてもらうぞ桂花!!」

 

「―――はい!!」

 

 

 

………

……

 

 

「桂花、少しいいか?」

 

「は、はい、何でしょう?」

 

「この報告書なのだがな――」

 

桂花が改めて仕官し、互いに真名を交換して数日が過ぎた。

 以前に比べ、大分距離が近くなったものの、どこか遠慮がちだ。

 

「……まだ慣れぬか?」

 

袁紹は彼女の男嫌いが払拭されきっていないと思っていた。

 

「違います!え、えっと、申し訳ありませんでした!」

 

突然謝りだした桂花に、袁紹は頭を傾げる。

 

「何をだ?」

 

「いろいろです!まだしっかり謝罪していませんでした!!……初めてお会いした時の態度とか」

 

「もう改善されている。それに、謝られるほど我は気にしていない」

 

「……麗覇様の政策を酷評しました」

 

「実際問題だらけだったな、お主の知恵が無ければ危うかったぞ」

 

「……麗覇様に、その、失礼な言葉を」

 

「フハハハハハ、猫の鳴き声のようなものよ」

 

「ま、またお戯れを」

 

「すまぬな……、しかし懐かしいな」

 

「何がですか?」

 

「実は我も今のように、昔慰められてな――」

 

………

……

 

「……そのような事が」

 

「事実だ、だが我はそれを糧にして前に進む事が出来た。我に出来て桂花に出来ぬ道理は無い」

 

「私も……」

 

「何、それでも進めなければ我が引いてやる。安心するが良い」

 

「――いえ、自分で歩きます!麗覇様の荷物には、なりたくないですから!!」

 

「ならばよし!頼りにするぞ桂花」

 

「お任せください!」

 

 

 

 

 

………

……

 

 

 

―――好感度75%―――

 

 

「荀彧様、武芸大会の会場ですが―――」

 

「それについては、此処に書いてあるわ」

 

「荀彧様、各地域に宣伝用の掲示板、設置完了の報告がありました」

 

「そう、担当した人達に褒美を、あとで私も顔を出すわ」

 

「それはあいつらも喜びます!是非踏んでやって下さい!」

 

「するわけないでしょ!?いいから行きなさい!」

 

「ハッ、失礼しました!」

 

袁家に来て数ヶ月、最初は重鎮達に敬遠され孤立しがちだったが、彼等に当初の態度を謝り、対話を重ねることで打ち解けていった。

 いまでは男嫌いは鳴りを潜め、兵達と冗談を言い合えるほどだ。

 そして、一ヵ月後に行われる武芸大会の企画を進めていた彼女の元に、一人の兵士が飛び込むようにやってきた。

 

「荀彧様!袁紹様がご乱心!!」

 

「あら、斗詩達は?」

 

「その顔良様からの救援要請です!」

 

「すぐに向かうわ!」

 

袁紹は政務などで鬱憤が溜まると暴走する癖があった。最近は桂花が補佐に入っていたためその回数は減っていたが、武芸大会を担当しているため政務の補佐まで手が回らなかった。

 

「ああっ、桂花さん、来てくれてありがとうございます!」

 

「ハァハァ……、れ、麗覇様は?」

 

「うぅー、あそこです」

 

「え?」

 

桂花の目に映ったのは、百は超えるであろう袁家の兵士達と、御輿の上に座り手を組みながら対峙する主の姿だった。

 

「……何よあれ」

 

「御輿部隊です……」

 

「み、御輿!?」

 

桂花が驚愕の声を上げると同時に御輿は動き出した。そして百人の兵達もそれに向かって動き出す。

 

「危ない!」

 

正面から当たりそうになるその光景に、思わず叫んでしまったが

 

「――え?」

 

次の瞬間には、御輿が兵達の背後を駆け抜けていた。

 

「何よあの機動力……」

 

「あれで敵陣に突っ込んで大将首を狙うそうです」

 

「総大将が突っ込む気!?」

 

「危険だと止めようとしているのですが、あれでは……」

 

会話の最中も兵士達を避けて駆け回る御輿、触れることもままならないようだ。

 

「――私が指揮をとるわ、皆!指示に従って動いてちょうだい!」

 

桂花の言葉に、浮き足立っていた兵達の足並みが揃い始める。

 

「ほほう、我に挑むとは笑止!皆のもの!!」

 

『ぶっころすっっ!!』

 

「『YEAH!!』」

 

「な、何よあの士気の高さは!?絶対止めるわよ皆!」

 

『 応!!』

 

………

……

 

「つ、疲れた」

 

その後何とか辛勝した桂花は、自室の寝台に倒れこんだ。

 袁紹の暴走を、理論付けや、周りの者達を指揮して止められるのは現在彼女一人だ。

 以前までは斗詩が担当していたが、完全には止められず大変な思いをしていたらしい。

 

「……フフッ」

 

何かと周りに同情される彼女だが、袁紹の暴走を止めるのが嫌いではない、むしろ好きだった。

 暴走といっても満足すれば袁紹は正気に戻るため、これといって被害は無い。

 袁家にとって彼の暴走と、それを鎮圧するのは一種の遊びのような物である。事実、今日の対決には多くの見学人がいた。それを肴に酒を飲む者もいるほどだ。

 この袁紹が度々おこす暴走と、それを鎮圧する事は、桂花にとって自分が袁家の一員であると再認識できる大事な行事であった。

 

 

………

……

 

 

「昨日は、……その、すまなかった」

 

そして翌日には、こうして謝罪しにやって来る。

 

(普段の凛々しい麗覇様もいいけど、目じりを下げて申し訳なさそうな顔もいいわね!!)

 

桂花は笑顔で会釈する。彼女は袁家に毒されているのかもしれない。

 しかし不快感は無く、むしろ心地良い、彼になら盲目的に献身するのも悪くない。そしていつかは――

 

「しかし良く止めてくれた、感謝するぞ桂花」

 

そう言っておもむろに右手を桂花の頭の上に――

 

「あっ」

 

置きそうになった所で戻される。

 

「危ない危ない、すまないな桂花、所用がある故にもう行くぞ」

 

「え?あ、はい」

 

そう言って袁紹は部屋を後にした。

 

「……撫でようとしたのかしら?」

 

彼に撫でられる場面を思い浮かべる。身長差もあってか、兄が妹を褒めているような光景だ。

 

「~~っ、想像してみると結構恥ずかしいわね……でも悪くない、悪くないわ!」

 

桂花の目標に、袁紹に撫でてもらう、が追加された瞬間だった。

 

 

 

 

………

……

 

 

 

―――好感度100%―――

 

 

目標は一ヵ月後に、反射的にという形ではあったが達成された。

 そしてその翌日、袁紹から三日の休暇を貰った桂花は、緊張の糸が切れたのか、風邪をひいてしまった。

 

「はぁ……、せめて休暇中だというのが不幸中の幸いね」

 

「鬼のかくら……なんでもないですぞ!」

 

看病に来ていた音々音の言葉を視線で止め、口を開く

 

「何とか休暇中に、いや、明日には治したいわ」

 

「桂花殿は働きすぎですぞ、たまには休むのも重要なのです」

 

「その通りだ」

 

「れ、麗覇様!?」

 

そこに袁紹が当たり前のように顔を出す。彼は桂花が抜けた分の仕事もあり、忙しいはずだ。

 

「見舞いにきたぞ桂花、ああ、起き上がらなくて良い」

 

「しかし――」

 

「桂花、これはめい――いや、我の願いだ、横になってくれぬか?」

 

「う……その言い方はなんかずるいです」

 

その言葉に素直に体を寝かせる桂花、袁紹は少しむくれた様子の彼女に苦笑しながら、寝台の隣にある椅子に腰掛ける。

 

「えー、用事を思い出したので、ねねは行くのです」

 

「ちょ、ちよっと音々音!?」

 

二人が醸し出す雰囲気に耐えられず、「お大事にーー」という言葉と共に音々音はその場を後にした。

 そして二人きりになり、少し気まずい空気が流れた。

 

「麗覇様……聞きたいことが」

 

「む、どうした?」

 

「何故、音々音は普通に撫でるのですか?」

 

―――私のときは躊躇したのに、という言葉を飲み込む、さきほど入室した袁紹は、寝台に近づきながら音々音の頭を撫でていた。それも反射的にではなく自然に、それに対して桂花は軽く嫉妬していた。

 

「……」

 

「わ、私何言ってるのかしら、麗覇様気にしないで下さい!」

 

(普段なら胸にしまうのに、風邪のせい?)

 

羞恥心を感じた彼女は、すぐに質問を撤回するように口を開いたが、袁紹はその質問に答えた。

 

「音々音はまだ子供であろう?桂花は若いがもう立派な女性だ。軽々しく触れるべきでは無いと思って……な」

 

そう口にして、少し恥ずかしそうに顔をそむける袁紹

 

(これって―――私を女として見てくれているって事?)

 

言葉を理解した桂花の胸に、熱い何かがこみ上げて来る。

 

「あの、麗覇様」

 

「どうした?何でも言うが良い。大抵の事は叶えよう」

 

「では、撫でて欲しいです」

 

「……そんな事でいいのか?」

 

「はい、麗覇様に撫でられるの……私は好きです」

 

「フッ、そうか」

 

少し困ったように笑った袁紹は、そのまま桂花の頭に手を当て、優しく撫でる。

 

「あぅ……」

 

前回とは違い頭巾を被っていないので、直接頭に体温を感じる。彼の手は少し硬く、鍛練を怠っていない証として剣だこの感触もあった。

 

(ずっとこの時のままならいいのに――)

 

そう願わずにはいられなかった。しかし時は無常に過ぎていく、やがて桂花は心地よいまどろみに身を任せ、静かに寝息をたてはじめた。

 

 

………

……

 

 

その翌日、桂花は昨日までの状態が嘘のように元気になっていた。今は笑顔で鼻歌を口ずさみながら歩いている。

 もしも外だったならスキップしていたに違いない。

 

「あっ、麗覇様!」

 

そして目当ての人物を見つけ声を上げる。

 

「おお桂花、元気になったようだな!」

 

「はい!麗覇様!!」

 

少し距離があったので小走りで近寄ろうとした桂花だが――

 

「おおっ、今日はまるで子犬のようだな、よし来い!我の胸で受け止めようぞ!!」

 

「っ!?行きます!」

 

思わず両手を広げた袁紹に向かって加速した。

 

「なにっ!?さらに速く、さながら某アイシール――ぐぼぁ!?」

 

そして彼の胸に頭から文字通り飛び込んだ。思わず後ずさった袁紹だが、何とか踏み止まり彼女を抱きとめる。

 

「麗覇様麗覇様!昨日は本当にありがとうございました!!」

 

「ご、ゴホッ、うむ、元気そうで―――ゴホッゴホッ」

 

「れ、麗覇様?もしや私の風邪が!?」

 

「い、いや大事無い、少しのどが渇いただけだ」

 

「それはいけません!すぐに水をお持ちいたします!!」

 

「ああ、頼む……」

 

「お任せください!」

 

そして40ヤードを4,2秒で走り抜けるような速度で水を取りに行った。

 

「桂花と……離れた位置から……手を広げるのは……禁、止」

 

その言葉を最後に袁紹は気を失う。彼女に好かれる代償として、手を広げて待機する行為は禁忌となった。

 

 

 

 

 




まるでメインヒロインみたいだ、たまげたなぁ……
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