恋姫†袁紹♂伝   作:masa兄

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閑話―袁隗―

 私の名は袁隗、兄袁逢の下で普段は文官として政務に携わっている…ところで私には一人甥がいる。

名は袁紹、真名は麗覇だ 実は私は真名を預かったがまだ呼んだことは無い。これは兄上のと同じ理由だが、

真名で呼ばず敬語で接する事によって『袁家当主』の兄上と『袁家次期当主』である袁紹と私の立場を明確にするための処置だったりする。

 袁家は名族の名に恥じずとても人員が多い、だからこそ派閥などで大きく袁家が割れたりしないように気を付けなければならない…、だが最近はそんな処置が必要ないのでは無いのかと疑問に思っている。なぜなら――

 

「叔母上、問題を解き終わりましたぞ!」

 

「うそもう!?……全問正解です。さすがの神童ぶりですね袁紹様」

 

その日、休日で暇を持て余した私は勉学に励む甥の姿をみつけ、昔使っていた算術の問題書を興味本位でやらせてみせた。

 袁紹お付の勉学の先生は『袁紹様は真の神童でございます』と評価していたがまさかこれほどとは…

 

「うむ、この袁紹にかかればこのくらい当然である。フハハハハハ!」

 

腰に手を当て胸を突き出すようにして高笑いする我が甥、事情を知らない者が見れば褒められた子供が増長しているようにしか見えないその光景は、たゆまぬ努力と才に裏づけされた自信だということは袁家の中では周知の事実である。

 なぜか本人は努力している所を隠そうとするのだが…

 

(本初様が隠した気になっている擦り切れるほどに使い込み手垢のついた沢山の書物は袁家の皆にばれていますよ?)

 

高笑いを続ける甥に、その事実を知らせたらどのような反応をするだろうか?――、そんないたずら心をすんでのところで何とか思いとどまる。

 

(それにしても隠し場所が寝台の裏だなんて…。そんな所は兄上にそっくりね。隠している物と用途に雲泥の差があるのだけれど――)

 

「――上?叔母上っ!聞いているのですか?」

 

「…え?、あ、ああごめんなさいもう一度言ってもらえるかしら?」

 

声をかけられ意識を戻すとそこには高笑いを終え、しかし腰に手を当てた格好のままこちらを覗き込んで来る甥がいた。

 

「もう一度言いますが我は父上に用事があるのでこれで失礼しますぞ」

 

「あら、そうだったの、わかったわ引き止めてしまってごめんなさいね?」

 

「なんのっ、実に有意義な時間でしたぞ!フハハハハハ」

 

そう言ってふたたび高笑いをしながら部屋から袁紹は出て行った。

 

『袁紹様、お疲れ様です!』

 

『おお、欄塊あいかわらず真面目よな』

 

『こんにちは、袁紹様』

 

『こんにちは零款、妻は息災か?確か身重だったな』

 

『はい!おかげさまで自分も妻も充実しております』

 

『ならばよし!フハハハハハ』

 

部屋から出てすぐに声をかけられそれに応対しながら袁紹の高笑いが遠ざかっていく…

ちなみに先ほど声をかけた者達は、名のある武将や文官などではなく 只の『警備兵』である。

 実は袁紹は袁家の兵達から莫大な人気をもっている。通常他の一般的に名家や名門と呼ばれる家はそこらの太守よりも兵が多く、言い方は悪いが替わりはいくらでもいる。そのため袁逢をはじめ他の血族達も特に兵達を気遣うような事はしない、だが袁紹はそんな彼らに積極的に声をかけた。

 

『見張りご苦労である!立ち仕事ゆえ疲れておろう、我のアメ玉をやろう 疲労には甘味ぞ!』

 

『そこの者、そんな辛気臭い顔で屋敷を歩いていては袁家の威光が下がるではないか!それで?… 何を呆けておる悩みがあるのだろう?我に聞かせよ、話すだけでもいくらか気が晴れるだろう、可能なら我が解決してやろうぞ!遠慮するでない、この袁紹にかかれば出来ないことのほうが少ないゆえなっフハハハハハ』

 

『おお各麗、訓練所で見たお前の弓の腕見事であったぞ!』

 

―――最初の内は袁紹に返事できる兵は少なかった、それもそのはず次期当主候補の袁紹と警備兵の自分達とは天と地ほどの差があり、まさに雲の上の存在である。

 だが袁紹は話しかけ続けた、時には挨拶し、時には褒め、時には悩みを聞き、時には叱咤する。するとどうであろう

気が付けば兵の方から話しかけるようになっていた。 無論反発もあった、ある兵士達は袁紹を『人気取りに必死だ』と馬鹿にしていたが実際に袁紹を前にして声をかけられた反発者達もやがて袁紹を慕っていった。

 

そんなある日、ふと袁紹に聞いたことがある。

 

『袁紹様は屋敷の警備兵の人数を知っているのですか?』

 

袁家の屋敷はとても広大で、それに比例するかのように警備兵も沢山いる。彼等は日ごとに持ち場を変えるため、ほとんど毎日が新顔の兵達のようなものであり、さすがの袁隗も正確な人数は知らなかった。

 

『153人…いや確かその内の一人零款は新婚で暇を貰っている故152人ですぞ!』

 

『………』

 

そんな袁隗に袁紹は人数はおろか名前まで覚えていると言ってのけた

 

『…?、一度名を聞けば覚えて当然ではないですか!フハハハハハ』

 

これには袁隗も顔を引きつらせた表情をしたが、袁紹はそんな袁隗の表情に気がつかず。兵達との会話の内容を満面の笑みで語り続けた―――

 

 

 

 

 

 

 

………

……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハハハッ、美項は線が細いからな」

 

「あら?それはどこを見ながら出た言葉ですか?」

 

「それはもちろんム―――、ああいかんっこれから来客があるのだった!失礼するっ」

 

袁紹の戦闘訓練をみる事になっていた私は体が昂るのを感じそれを必死に抑えていた

 

「逃げられてしまいましたか、しかたありませんねぇ…では袁紹様中に入って準備したのち 

始めましょうか」

 

私の様子に何か感づいたのか、袁紹は顔を引きつらせながら引きずられるように訓練所へと 

入っていった

 

 

 

 

 

 

「では袁紹様、訓練用の武器があちらにありますので習いたい物を持ってきて下さい」

 

「叔母上、着替えなどはしないのですか?」

 

現在袁紹は普段着、ひらひらとした高級服を身にまとっているがお世辞にも動きやすい格好ではない、そのためその疑問は当然のものであったが―――

 

「はい、武の鍛練は基本普段着や私服で行っていただきます。理由としてですがまず袁紹様は戦場に出ることはあっても直接戦闘に参加しない総大将だからです。さて、ではどういった時にこの鍛練が役に立つと思いますか?」

 

質問に質問で返す形となってしまったものの、袁紹は腕を組み目を閉じ少し間をおいたあと口を開いた

 

「屋敷内では暗殺者、街では犯罪者、さらに他の地域への移動中に現れる賊などとの突発的な―――叔母上?」

 

「っ!? え、ええあっています流石袁紹様」

 

齢五才の甥の理解力の高さに改めて舌を巻きつつ「無論、そのような事態には護衛の方達がさせませんが」と補足した

 

「さすが叔母上、感服しましたぞ!」

 

こっちが感服したわよっ!と心の中でツッコミつつ武器置き場の方に歩いていく甥を目で追いかける。

 その先には剣を始めとして槍、矛、大斧といったものからおよそ人には振り回せそうに無い大剣や大槌などもあるが―

袁紹は特に迷う素振りもみせず。剣を手にして戻ってきた

 

「あら?剣にするなんて派手好きな袁紹様には珍しく無難な選択ですね。理由を聞いても?」

 

「なに、突発的な戦闘には取出しや持ち運びが簡単で小回りの利くものをと思ったのです。それに―――」

 

「それに?」

 

「我の中でティン!ときたのですっっ剣を見たとき!」

 

「え、てぃ、てぃん?なにそ「忘れてくだされ」………わ、わかりました。では実際少し振ってみてください」

 

実は袁隗はこの瞬間を楽しみにしていた。五才にして大人顔負けの知識と洞察力を持つ甥の袁紹、もしかしたら武才もそうとう高いのでは?と常々思っていたからだ。

 袁隗の言葉に「わかりました!」と元気良く返事した袁紹は、片手で構えゆっくりと剣を 

頭上に上げ――

 

(あら、なかなか様に――)

 

そして縦に振り落とし――

 

「ふっ、おわぁっ!?」

 

――たものの剣先に重心をもっていかれ、前方に顔から倒れた

 

「………」

 

「………」

 

二人の間に短い沈黙が流れ

 

「…プッ、フフフッアハハハハハハハ!!」

 

袁隗の大笑いによってその沈黙は破られた

 

「ひどいですぞぉ叔母上ぇ…」

 

立ち上がり顔や服についた埃を叩きながら笑い続ける袁隗を憎らしそうに睨む袁紹であったが、袁隗には悪気はなかった

 というのも袁隗は今まで何でも出来る袁紹に舌を巻きつつもどこか恐ろしいと思っていたからだ。 言うまでもないが袁隗は優秀な人物である。だがその優秀さ故に袁紹の傑出した才の異常性には敏感に反応していた。

 高い知力を示してきた袁紹は武も最上なのかも―――と、期待しつつもどこかそれを恐れていた…が、初めての素振りで顔面から豪快に倒れた袁紹を見て、今まで抱いていたわずかな恐れは杞憂だった――、それがわかって嬉しくなりたまらず大笑いしてしまったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――しかし袁隗のそんな胸中は袁紹にはわかるはずもなく、大いに傷ついていた。彼からしてみれば敬愛する叔母にいいところを見せようとした結果、顔面ダイブしてしまいそれを笑われたのだ。 

 

「うぬぅ…」

 

たまらず呻いてしまったが袁紹は恥を一旦忘れ先ほどの失敗を振り帰る。

 

(我の今の筋力ではとても片手では振ることは出来ぬ…、両の手でしっかり持ち剣先に重心が持っていかれぬよう足を…ってこれ思いっきりあの構えだ、―――良しこれなら!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っ!?」

 

袁隗は袁紹の構えを見て息をのんだ、見たことの無いその構えは袁隗に未来の知識があれば『剣道』といわれる競技の構えだとわかっただろうが、もちろんそんな事わかるはずもなく正眼に構えた袁紹を見て

 

(す、隙が無い、まるで緻密に隙を消していった結果これにいたったような構え…、この短時間でこの構えを編み出したっていうの!?)

 

絶賛勘違い中だった

 

「ふっ、はっ、ふっ」

 

そして袁紹はそのまま素振りを始めた…が

 

(あまりに完成された構えを見てもしかしたらっておもったけど振りの鋭さは普通ね…どちらかというと粗末な方、でも

さっき構えた時に感じた隙の無さ、この子に武の才があるのは間違いないわ…まいったわね、まさか知の才だけでなく武の方も金剛石の原石だなんて―――、はぁしょうがないわね、この原石を泥土の中に埋もれさせるわけにはいかないわ

初日だから軽く済ませようと思っていたけど予定変更、最初から全力よ!)

 

「むっ、何か寒気が…」

 

素振りで体が温まっていたはずなのに寒気を感じた袁紹には叔母の顔が満面の笑みになっているのに気づくことなくそのまま素振りを続けていた。

 その後から地獄の日々が始まり―――その初日に袁逢の春本が巻き込まれたのだった。

 

 

 

 

 


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