恋姫†袁紹♂伝   作:masa兄

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今更だけど時系列的には連合出兵前。


閑話―恋―

「恋とは試合った事が無いな」

 

「!」

 

 袁紹の一言に反応し、飛び起きるように上体を正す恋。

 一見何気ない言葉に思えるが、恋は武人、そして袁紹も曲りなりにも武人だとすれば、その言葉の意味する事は――

 

「やるか?」

 

「ッ……ッッ!」

 

 勢い良く立ち上がり、残像を生み出す速度で何度も頷く。

 呆気にとられている袁紹を他所に、壁に掛けてあった鍛錬用の矛を手に取った。

 

「そ、そんなにやる気を出さずとも良いと思う……ぞ?」

 

 刃引きされた得物の調子を確かめるべく何度か振るう。誰かの素振りよりも大きな風切り音を発生させるソレに、さしもの名族も頬を引き攣らせた。

 

 恋を突き動かす原動力は、単純な好奇心。

 彼女にとって、袁紹の武を一言にするなら「未知数」だ。

 飄々としているようで、戦場にあっては武人の空気を纏う。感じるは強者のソレ。

 前線に立つ事の無い彼は、猪々子等に比べれば格段に劣るはずだ。しかし影で研鑽しこうして相対する袁紹の気配は、今まで矛を交えてきた強敵達と遜色ない。

 自分達より劣ると推察する一方で、“もしかしたら”と思わせる何かを感じる。

 早い話、底が知れないのだ。

 

「……」

 

 準備万端で対極に立つ恋に対し、袁紹は手拭で汗を拭き始める。

 直ぐにでも始めたかった恋としては拍子抜けだ、一度構えを解き得物を下げ―――

 

 恋の視界が闇に染まった。

 

「!?」

 

 顔に感じる異物感、ソレが自身の視界を塞ぐべく投擲されたものと理解した恋は、己の本能が打ち鳴らす警鐘に従い得物を前に押し出した。

 

 鈍い衝撃音、誰の仕業かは考えるまでも無い。

 

「むぅ、これを防ぐか」

 

 視界を塞いでいた手拭が下に落ち、犯人の顔が映る。

 袁紹だ。先程まで納剣されていたソレをいつの間にか抜き放ち、抜刀と共に斬撃を繰り出した。

 

「……」

 

 恋は改めて構える。合図など無い、既に始まっていたのだ。

 恐らく手拭を出し始めた頃から袁紹の作戦、汗を拭く素振りで場を白けさせ、油断し得物を下げた瞬間仕掛ける。

 

 卑怯だ。星あたりがこの場に居たら激怒したかもしれない。

 恋は―――卑怯とは思わなかった。一瞬の攻防ではあるが、袁紹の武の本質を垣間見たからだ。

 勝つのでは無く生き残る為の武。自分にある手札を限りなく使い、最も勝率が高い方法で仕掛けてくる。例えそれが、卑怯と呼ばれる戦法であっても……

 

 厄介、限りなく厄介な相手だ。恋も“彼ら”には幾度か辛酸を舐めさせられている。

 戦場にあって生き残る事が第一目的の彼等は、殆どが恋と戦う前に逃走を図る。

 しかし、勝利以外に生き残る活路が無ければ―――彼等は悪鬼となる。

 相対すれば砂を投げ石を投げ。視界の外では死体に化け、味方の鎧を纏い背後から躊躇無く斬りかかる。恋が最も恐れる生き残る(勝つ)ために手段を選ばない人間、それが彼ら(袁紹)の正体。

 

「流石だな、だが勝負はこ――」

 

 言い終わるのを待たずして恋が仕掛ける。

 

 戦場で苦戦してきただけあって、彼等に対する有効打を知っている。

 攻勢に出る事だ。奇策を弄する間を与えず、武を持って叩き潰す。

 

「!?」

 

 再び袁紹が何かを投擲した――鞘だ!

 視界を遮るのが目的なのだろう、恋の顔に向かって飛んでくる。

 

 煩わしい。

 

 飛んできたソレを右に避ける。

 

「――ッ」

 

 避けた先に袁紹の突きが待ち受けていた、模造刀の先端が自身に向かって迫り来ている。

 

 彼女の行動は全て袁紹の予測通りであった。袁紹の武の危険性を理解した彼女は必ず攻勢に出る、恋が近づこうと右足を出した瞬間に鞘を投擲、同時に突きを放つ。

 恋が鞘を弾かず避けようとする事は計算済み、一瞬でも隙が生じるソレを回避するはずだ。

 そして―――右足が出た時点で避ける方向も……。

 

 袁紹は恋では無く、彼女の避ける先に突きを放った。

 

「!」

 

 咄嗟に突きを弾こうとした恋が驚愕に目を見開く。

 

 空振りに終わったのだ、突きの軌道と速度を理解したうえで振った得物が。

 

「隙ありだッ!」

 

 袁紹は、恋の動きを見越して得物を引いていた。

 目論見が外れた恋は無防備な胴体を晒し、其処に再び袁紹の突きが――

 

「むッ!?」

 

 そこで終わらないのが呂奉先である。

 空振りに終わった得物を握る右手に力を入れ、人体の限界を無視して振り下ろした。

 瞬きをするような刹那、弾くため振り上げ空振りに終わった矛を振り下ろす。

 最早人間業ではない。星の三連突きが可愛く見えてくるその離れ業を――

 

「ここだ」

 

 袁紹は待っていた。

 剣を横に構え、迫り来る矛の柄に添え―――模造刀のしなりを利用し受け流した。

 

 恋の体勢が崩れ、肉薄する。

 

「!」

 

 再び空振ったかのような感触に困惑する間も無く、恋は首に冷たい物を感じた。

 袁紹が受け流しの体勢のまま、肉薄した自身に模造刀を宛がえたのだ!

 

「我の勝ちだ、恋」

 

 初めての敗北であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうだ恋、我が武は卑劣だろう」

 

「……」

 

 袁紹の言葉を、首を横に振って否定する。

 文字通り常在戦場の中で生きてきた恋にとって、袁紹の戦法は戦場の武そのもの。手段を選ばない柔軟さに、本人の技量も加味された先程の戦いを思い出し、感心すらしている。

 

「フハハ! 気を使わずとも良い、我自身この戦い方に嫌悪している。

 だが……卑怯である事に意味があるのだ」

 

「?」

 

「総大将たる我は前線に出ることは無い。それは即ち実戦の機会が無いという事だ、ここまでは良いな?」

 

 恋が頷く。

 

「そんな我が剣を抜く場面があるとしたら……暗殺者、刺客の類との突発的な場だろう。

 恋も知っている通り、我が陣営の防備は尋常ではない」

 

 屋敷、遠征先、そして街の中までも警備が行き届いている。

 袁紹が気軽に屋敷から脱走できるのも、常に追従する手練れが居るからだ。

 

「その警備を掻い潜り我の元に届く刺客、恐ろしいほどの手練れだ、道場剣術の我が武では心もとない。故に先程の戦法だ。地形、装備、状況、あらゆる物を駆使して“生き残る”」

 

 袁紹は自分の存在があるからこそ、今の陣営が成り立っていると自負している。

 決して自惚れでは無い。事実、癖の強い人材は彼を中心に集っている。

 もしも袁紹の身に何かあれば――……今の勢力は維持できないだろう。隠居した袁逢を中心に一時的に纏まるかもしれないが、袁紹の理想を実現させようとする者達と、支柱亡き今、富国強兵に勤めるべきとした保守派に割れるはずだ。

 

 もしそうなれば、幾らでも袁家を弱体化させる策が思いつく。

 覇を唱える華琳、彼女は容赦しないだろう。

 

「我は自分の理想に向かって多くの者を巻き込み、数多を救い、又は犠牲にして来た。

 彼らに報いるためにも我が理想、満たされる世は実現せねばならぬ。

 その為に何としても生き残る、これこそが我が覚悟だ!」

 

「!」

 

「――と言えば聞こえは良いのだがな。なに、ただこの戦い方が骨身に沁みているだけだ」

 

 “覚悟”を口にした後で、自嘲気味に呟く袁紹。

 目を皿にしている恋に苦笑しながら、そこに至った経緯を話した。

 

 思い出されるのは私塾から戻った頃、当主就任後の地獄の日々だ。

 父、袁逢の働きにより反袁紹派を荊州へと追いやったが、その中には本性を隠し南皮に残る者達も少なからず居た。

 彼らの目的は若い当主を傀儡にすること。娯楽の味を覚えさせ、自分達の権力拡大と不正に目を瞑らせるのが狙いだ。無論失敗に終わった。

 私塾の生活を経て一回り大きくなった袁紹は、甘美な誘惑には耳を貸さず様々な改革を促進した。その中の一つが不正を罰し、禁止する事。

 

 叩けば埃が幾らでも出てくる彼等は焦った。それと同時に袁紹を傀儡に出来無い事を理解し――

 彼の暗殺を決意した。

 

 清廉潔白な当主が居なくなれば、後任はその妹である袁術が勤める。

 物心付く前の幼子なら左程苦労せずに教育を施せるだろう。幸い彼女は反袁紹派の手の内に居る。後は邪魔な現当主を退けるだけ――……。

 

 ある時は食事に毒を、ある時はすれ違う女中に、ある時は湯浴みの最中に襲われた。

 その熾烈な過去を袁紹は生き抜いた。

 

 料理人の顔色で毒を看破し、追従していた猪々子と斗詩に女中を取り押さえさせ、丸裸で対峙せざるを得なかった湯浴みでは、身体を幾度か斬られながらも致命傷を避け、刺客を組み伏せその頭を湯船に沈め――……。

 観察眼、懐刀、機転、上記の苦い過去が今の袁紹の武技を形作った。

 不意を打って来る刺客を相手に、正面から武で挑む事は出来ない。袁紹は常に周りにある物と、状況を利用して切り抜けてきたのだ。

 彼の言う“覚悟”の真意を突き詰めれば、生き残る為に嫌悪して止まない戦い方を受け入れる事でもあった。

 

「……」

 

 恋の胸の中に熱い何かが宿る。

 

 袁紹はその見た目と言動に反して、色々な物を抱えている。

 それは責任感だったり名族としての自負だったりと、多種多様だ。

 恋が見てきた今までの彼は、周りに悩みや不満を洩らす事無く眩い道標として在り続けた。

 恐らく余計な心配をかけまいとする、彼なりの心配りだろう。

 温かいと思うと同時に、もっと頼って欲しいと不満にも思う。

 

 袁紹としては、これ以上無いくらいに周りを頼っているつもりだ。

 武に関しても、知に関しても、皆の助けで今の勢力があると自覚している。

 しかし、彼の願いはどれも南皮と民に対するものであり、自分自身に使うことは無かった。

 

 そんな袁紹が胸中をさらけ出している、紛れも無い信頼の証。

 彼が―――堪らなく愛おしかった。

 

「大丈夫、恋が護る」

 

「む、恋が刺客を退けてくれるのか?」

 

 意図を解した袁紹の返事に嬉しそうに頷く。

 

「フハハ! 刺客が気の毒であるな、我も枕を高くして眠れると言うものだ!!」

 

 袁紹は自分を安心させる方便と解釈し――……

 恋の瞳に宿る熱を見逃した。

 

 

 

 

 

 

 ――どうしてこうなった!?

 

 場所を移って袁紹の寝所、寝台の上には恋が抱きつく様な形で添い寝していた。

 

 鍛練を終えた袁紹は軽く湯浴みで汗を流し、自室に戻ろうとしたのだが――何故か恋が追従してくる。

 とりあえず解散しようという提案を聞かず、そのまま袁紹の部屋に到着。

 寝台で横になる袁紹を何故か見続けていた。訳を聞くと、護衛としての役目を果たすとの事。

 まさか夜通し、それも部屋の中に入ってまで護衛してくれるとは考えていなかった袁紹。

 明日からで――と言った説得にも首を横に振られ、仕方なく寝台を譲ろうとしたがそれを拒否。

 

 袁紹が名族として、女性を床に寝させないのであれば。

 恋は家臣として、主の寝具を奪う訳にはいかない。

 

 堂々巡りのやり取りの末、二人で寝台を共にする事で妥協しあった。

 

 ――どうしてこうなった!?

 

 そこで話は現在へと戻る。

 恋は寝惚けているのか、袁紹の背に抱き付き豊満な身体を押し付けている。

 手は逃がさないようにきつく回され、そのまま筋肉質な主の肢体をまさぐり――

 

「!?」

 

 淫靡な情婦のような手つき、寝惚けて成せるわけがない。

 背後を振り返ると予想通り、恋の頬を上気させた顔が映った。

 

「恋、これは一体」

 

「……子作り?」

 

「な、あの純粋な恋が!? 誰がそれを」

 

「星」

 

 脳裏に浮かんだのはドヤ顔でサムズアップする星の姿。

 次にあった時はデコピン乱舞の刑に処そう。

 

「落ち着け恋、それは好いた者と――「好き」 !」

 

 袁紹も鈍感なわけではない、恋の好意を理解している。

 しかし、彼女が今まで自身に向けていた感情は親族に対するよなもの。

 今朝方までそれだったものが、急に異性に対する好意に変わるなど――

 

「もう辛抱たまらん! ウオオォォォッッッ!」

 

 ――とはいえ袁紹も健全な雄。目の前で雌の香りを嗅がされて我慢出来るほど枯れてはいない。

 据え膳食わぬは名族の恥、その日彼は野獣と化した。

 

 

 

 

 

 

 その日以降、恋は護衛と称して袁紹と行動を共にし。寂しさから音々音が大泣きするまで二人の蜜月は続いた。

 

 

 




袁家の大炎 恋

好感度 120%

犬度 クゥーン

状態 親愛

備考 食べ物には目もくれず駆け寄る(空腹時を除く)
   最近猫耳の視線が気になる。
   対MIKOSHI最終兵器

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