恋姫†袁紹♂伝   作:masa兄

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~前回までのあらすじ~

魏軍「馬鹿野郎お前、岸辺なら俺は勝つぞお前!!(天下無双)
   どけお前!コラ!」

陽軍「繰り出すぞ!(切り札)」




魏軍「誰ぞ、この状況を覆せる者はいないのか!?」

天「ここにいるぞーッ!」

陽軍「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛(ひで)」


大体あってる


第49話

 豪雨により後退した陽軍。その主たる者達は、陣の指揮もそこそこに軍儀を開いていた。

 この天候では次の戦は明日以降になる。故に、本来なら日が沈んだ後行われるべき軍儀。

 その場を要請したのは華雄だ。渋る面々に重要な提案があるとして開かせた。

 

 そして――

 

「危険よ!」

 

「無謀です~」

 

「……馬鹿じゃないの?」

 

 華雄の提案を聞いた軍師達は、にべも無くそれを否定した。

 

「危険だからこそ活路がある」

 

「にしたって、この天候の中を船で奇襲だなんて……!」

 

 華雄が説いた案は、この豪雨に紛れての少数精鋭を使った奇襲だった。

 両軍共に次戦は明日以降という、暗黙の了解を突いた作戦だ。

 

 しかし、両軍に一時停戦を強制した、悪天候の影響は伊達ではない。

 河の増水は元より、水かさが大橋に迫る勢いで増えている。風も強い。

 激しい雨により視界不良で、大橋を使って渡る事も難しい。

 

 仮に渡河に成功したとしても、敵は五万近い大軍だ。

 雨天で火付けの類が使えないとあれば、少数精鋭で与えられる被害などたかが知れている。

 ハイリスク、ローリターンだ。余りにも割に合わない。

 

「このまま指を咥えていると? 天が向こうについていると認めるのか?」

 

「私達が優位であることに変わりは無いわ!」

 

「だが、下がった士気は回復しない。そうだろう?」

 

『!』

 

 士気の低下、それはこの場に居た誰もが危惧した問題だった。

 無理も無い。後一歩で勝負を決定付ける手前で、雨が降り出すという、文字通り天に見放された形で後退したのだから……。

 

 天に祝福された豊かな国、袁陽。君主である袁紹はさしずめ、天下を約束された人間だ。

 その袁紹率いる陽軍の策が、天の変化により破綻する。

 なまじ信心深い者が多い時代だけに、予想外な程、陽軍全体の士気が下がった。

 

「だからこそ、その天を味方につけて奇襲するのだ!」

 

『……』

 

 華雄の策は、魏軍に被害を与えるだけでなく、自軍の士気を回復させる目的もあった。

 彼女の言い分はもっともだ。士気の低下は見過ごせない問題であるし。仮に奇襲が成功すれば、雨天に紛れたことで、天を味方にしたと言い換えることが出来る。

 

 しかしそれでも――

 

「無謀であることに変わりは無いわ。

 虎穴どころか、貴方は谷底に飛び込もうとしているのよ!」

 

「落ちつ桂花」

 

「きゃん!?」

 

 ヒートアップした猫耳を持ち上げ、膝の上に乗せて頭を撫でる。

 突然の事に桂花は目を白黒させていたが、しばらくして、喉をゴロゴロと鳴らしだした。

 調教は順調である。周りの目が痛いが、それで止まるようでは名族は務まらない。

 

「何も考えなしに提案したとは思えん、展望があるのだろう?」

 

「……さすがだ、袁紹殿」

 

 ニヤリと犬歯を見せた華雄は、背後の部下に言伝を頼んで送り出す。

 少しして、彼女の部下は見知らぬ男を数人連れてきた。身格好からして軍属ではないようだ。

 

「紹介する、彼等はこの地で漁師を営む水夫達だ。

 あの大河で船を繰らせて、この者達の右に出る者は居ない」

 

「ほう、真か?」

 

「へ、へぇ……」

 

 突然連れて来られた軍儀の場。そして雲の上の存在から言葉を掛けられ、水夫達は完全に萎縮していた。

 

「彼の力を持ってすれば、あの河を渡れるはずだ」

 

「ま、待ってくだせぇ! 俺達は聞きたい事があると連れて来られただけでさあ!

 この天候の中、船頭をやらされるなんて聞いてねぇです!!」

 

 水夫達の代表者である男が、搾り出すように口にする。一般人は発言すら憚れる軍儀の場ではあるが、なぁなぁで決定される事を恐れたのだろう。彼らだって命は惜しいのだ。

 華雄が舌打ちしている所を見ると、その言は事実らしい。

 

「華雄が推した、お主達でも難しいのか?」

 

「む、難しいどころじゃ……。こんな急流の中で船を使うなんて、正気の沙汰じゃねぇ。

 ましてやあんな小船じゃ……」

 

「船ならある、ですな袁紹殿」

 

「……どこでそれを?」

 

「小さな軍師様が教えてくれた」

 

 目を向けられた音々音は、反射的に目を逸らす。別に彼女を攻める気は無い。

 中型の存在を隠蔽していた訳でもなし、教えたのも味方である華雄だ。

 このような展開になるとは、露にも思わなかっただろう。音々音に非は無い。

 

 袁紹は音々音を呼び寄せ、桂花同様、膝の上に乗せて頭を撫でた。

 連合軍の遠征時に身に付けた、片膝一人乗せだ。両手に花で実にすんばらしい。

 

 それを見ていた水夫の数人が拳を震わせていたが、華麗にスルーする。

 

『おうおう兄ちゃんよ、軍議の場でイチャつくとはいい度胸だぜ』

 

「妬いているのか? 風」

 

「……今のは宝譿ですよ」

 

「そうか、なら宝譿を愛でてやる」

 

「あっ……、むー!!」

 

「フハハハハハ! こそばゆいぞ」

 

 風に背中をポカポカと叩かれ、袁紹は楽しそうに笑い声を上げる。

 その羨まけしからん光景に、水夫が数人天幕外へ走って出て行く。世の中不公平にも程がある。

 

 彼らのやりとりで、天幕内は弛緩した空気が流れ出したが、次の華雄の一声で引き締まった。

 

「私が狙うは将兵では無く、あの目障りな投石機だ」

 

「! ……なるほど」

 

 華雄の目的に合点がいく。確かに、投石機さえ退けることが出来るなら、大炎を使って敵陣を切り崩し、数を持って圧殺すればそれで終わりだ。

 次戦は恐ろしく簡単に決着が付くだろう。ハイリスク、ハイリターンになったわけだ。

 

「だが、恐ろしく分の悪い賭けになる」

 

 空は分厚い雨雲で覆われ月明かりは無く、刷り炭をまぶしたかのような真っ暗闇。

 この作戦は隠密性が重要になる。船で渡る際は、敵に悟られぬよう明かりの類は使えない。

 暗闇と急流の中を、水夫達の腕のみを頼りに渡る。

 

 仮に渡れたとしても問題は山積みだ。少数で奇襲する為、ギリギリまで気付かれずに敵陣に潜入する必要がある。この雨の中で視界不良とはいえ、そう簡単には見張り達を出し抜けないだろう。

 苦労して魏陣に接近した後は、軍勢約五万の中を少数で進み、投石機を見つけ出す必要がある。

 投石機は魏軍の要となる兵器だ。手練れの護衛が居ることも容易に想像できる。

 それらを退けて投石機を破壊した後、速やかに自陣まで撤退する。

 

「……」

 

 華雄達の動きを頭の中でシミュレーションしていた袁紹は、嫌な汗を額に滲まながら続けた。

 

 旨い事、投石機まで魏軍に悟られなかったとしても、破壊に動けば気付かれる。

 魏軍は必死に阻止しようとするはずだ、郭嘉なら万一に備えて包囲網も作るだろう。

 約五万の魏軍が、僅か数百の華雄達に牙を剥く。そうなれば突破は――

 

「頼む、この好機、どうしてもモノにしたいんだ!」

 

「何故そこまで、武功を欲する」

 

「……我ら元董卓軍は、どう取り繕ったところで外様の武官に過ぎない」

 

 華雄は大炎の副将、元華雄軍の精鋭は大炎に取り込まれ。

 大炎入りを逃した者達も、準大炎要員として切磋琢磨している。

 敵対した間柄にもかかわらず、陽国は元董卓軍を重宝してくれた。その事に不満は無い。

 だが心の片隅で、後ろめたさがあるのも事実だ。

 

 突然合流し大炎要員となる自分達を、古株の陽軍達はどう見るだろうか。

 大炎は陽軍の花形、言わばエリート部隊だ。そこに横から割ってはいる元敵兵。

 面白くないに違いない。事実、一部の者達から向けられる目には、厳しいものがある。

 

 だからこそ――

 

「だからこそ私には、私たちには、自分達が陽軍の一員であると胸を張れる何かが必要なんだ!」

 

「それが、この危険を伴った策による武功か」

 

「そうだ。いくら腕に自信があろうとも、結果が伴わなければ誰も認めてはくれない。

 我ら元董卓軍が上を目指すには、周りに認められる結果と、胸を張れる武功が必要だ!

 陽軍として生きる為に、袁陽に骨を埋める覚悟を得るために……!

 頼む、袁紹殿、私達に名誉返上の好機を授けてくれ!!」

 

 華雄の熱意、決意からくる覚悟に、その場に居た者達が思わず涙ぐむ。

 彼女とは犬猿の仲である詠でさえ、目頭を押さえていた。

 

「く……、将軍様にここまで言わせて、腰を抜かしているようじゃ男じゃねぇ!

 俺らは乗るぜ華雄将軍! あんたらの命、無事に向こう岸まで運んでみせらぁ!!」

 

「お前達……!?」

 

 熱に当てられた水夫の代表者が豪語する。

 他の水夫達が頷いているのを見ると、彼らの総意に間違いないようだ。

 

「では、後は麗覇様次第です」

 

『!』

 

 桂花の一言で、その場に居た全員の視線が、瞑目したまま動かない袁紹に向けられた。

 決行の空気が流れているが、それを決めるのは総大将である彼だ。

 いくら他の者達の総意でも、彼が否と言えば否、是と言えば是である。

 とりわけ、袁本初と呼ばれる男は、見た目と言動に反して慎重に事を進める特徴がある。

 

 皆が息を呑み言葉を待つ中、袁紹は静かに口を開いた。

 

「名誉を返上したらいかんでしょ」

 

「……………………わざとだ」

 

「ダウト!」

 

 結局、 華雄の熱意に負けた袁紹は、条件付で作戦の決行を許可した。

 

 

 

 

 

 

 その夜、未だ豪雨が降り注ぐ中、華雄とその兵士三百人、船頭である水夫達が河岸に集結、荒れ狂う河の流れに戦慄していた。

 

「す、すげぇ水流だ」

 

「流れに身を任せたら遠くまで行けそうやんけ!」

 

「そうだね、二度と帰って来れないね……」

 

「えっ!! この大雨の中で船頭を!?」

 

 合流したての水夫も居るようだ。有無を言わさず船に乗せられている、哀れ。

 

 

「どうしたお前達、まさか怖気づいた訳ではあるまい?」

 

「べらぼうめぇ! 武者震いでぃ!」

 

「あ、こら、姉御に何て口を利くんだ!」

 

「そんな口利くのはこれか? ん?」

 

「やめろぉ! ……やめて」

 

 士気は上々、怖気づいている者はいない。つくづく頼りになる者達だ。

 華雄はさらに彼らの士気を上げるべく、部下の槍を取りあげ、前に出る。

 思い出すのは、袁紹に聞かされ感心した逸話。

 

「皆見ろ! この槍一つではこのように、(ベキッ!)簡単にへし折る事ができるが――」

 

「それが出来るのは、将軍含め少数かと……」

 

「鉄芯入りの柄が……さすが華雄様!」

 

「……………俺の愛槍」

 

 想像していた反応とは少し違うが、華雄は構わず続ける。

 

「そんな槍もこうして、三本束ねれば――」

 

 ベキベキベキィッ!!

 

「……」

 

『……』

 

「黙って私に付いて来い!」

 

『オオオオォォーーーーッッ!!』

 

 檄は大成功だ。

 それから少しして、陽軍の中型船六隻は闇夜に紛れて出立、対岸を目指した。

 

 

 

 

 

 

 

 


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