超兵器も爆発物も登場しません。誤解するような表現センセンシャル。
(投稿速度上げるから)お兄さん許して。
時を遡り魏が宣戦布告する前、日が沈んだ華琳の私室で重々しい空気が流れていた。
「……」
「……」
それを作り出しているのは華琳とその軍師郭嘉の両名。
二人だけの空間、普段であれば艶っぽい展開もあったが今回ばかりは在りえない。
なぜなら――。
「もう一度言います華琳様。我が魏軍は陽軍に勝てません」
郭嘉が開口一番に爆弾を落としたから。
自国は勝てない。およそ覇道を志す国の軍師とは思えない言動。
並の君主、もしくは未熟な私塾時代の華琳であれば激高しただろう。
今の彼女にそのような心配はいらない。不愉快そうに顔を顰めてはいるが、話を聞く度量はある。
「稟、私は貴方に陽軍を打倒する策を考えるように言ったわ」
「はい」
「……貴方は策が出来たと言って私の部屋に入った。間違いないわね?」
「はい。虚偽の類はありません」
「なら、“勝てない”とはどう言う事かしら」
華琳の言葉に郭嘉の瞳が揺れる。その光に感じるのは迷いと微かな怯え。
「なるほど。策の成否以前に、私が容認出来る様なモノではないのね」
「……お察しの通りです」
「まずは説明なさい。話はそれからよ」
主の
そして模擬駒を並べながら口を開く。
「私の策を御話しする前に、認識すべき前提の確認をします。
此度の戦、我が魏軍五万に対し、陽軍はどれほどの戦力で対峙すると思われますか?」
「地形の優劣を考慮して二十万は固いはね。万全を期す麗覇ならさらに五万かしら」
「それは楽観視しすぎです」
「……!」
あっさりと華琳の予想を切り捨てた言葉に目を見開く。
それもそのはず、倍以上の敵戦力予測を楽観視と一蹴出来る者など普通は居ない。
「問題は華琳様と袁紹殿の間柄と、大陸の現状にあります」
そこまで言って郭嘉は地形図がある台から離れ、近くにある勢力図の前に移動した。
「この勢力図が現している通り、現在の中華は袁陽一強です。
しかしそれに喰らい突く勢力、曹魏があります。
陽国ばかり目立ちますが、私達魏国はそれに次ぐ強国なのです」
強国、その言葉に華琳は笑みを浮かべる。
対して郭嘉は苦笑した。主が誇る強国であることこそが陽国との戦を難しくしているのだ。
「華琳様が覇道を成す最大の壁が陽であるように、陽の壁は私達魏国です。
仮に敗れ、魏が併合されれば、袁陽は驚くほどあっさりと全国を平定するでしょう」
「そうね。今の大陸に、私達以上に陽国と渡り合える軍は居ないわ」
「……本来であれば戦力差を利用し陽軍の油断を誘いたいところですが――」
「私と彼の間柄がそれを不可能にしていると」
「はい。華琳様が袁紹殿を理解しているのと同じく、袁紹殿も華琳様を良く知っている。
また、高く買っているでしょう。私塾で嫌というほどに華琳様の才を見てきたのですから」
「……」
「その華琳様と魏軍に対して倍程度の戦力では心もとありません。
確実に十倍以上の兵力五十万と、陽軍の主たる将兵を集結させます」
顔良、文醜の二枚看板。人中の呂布、神槍の趙雲、猛将華雄に器用万能な公孫賛。
荀彧、程昱、賈駆、陳宮といった豊富な軍師陣。大陸最強の騎馬隊大炎。
魏軍に勝るとも劣らない練度を誇る五十万の兵、それを率いるは天運に恵まれた袁紹。
冗談のような戦力だ、敵対する事すら馬鹿馬鹿しく感じる。
「その陽軍を相手に、白馬一帯の攻防では勝ち目はありません。
たとえ、切り札である投石機を使ったとしてもです」
「なら、地形の優位を利用する以外にあるのね。“勝てる”策が」
「――あります」
特殊な駒を手に取り地形図の方へ戻ると、その駒を白馬の対岸に居る陽軍の場に置いた。
魏軍が蒼、陽軍が黄で表されている模擬駒の中で異質の黒。
その見た目の特色から作られた大炎の駒だ。
「私の策を実現させる前に、邪魔になる部隊が居ます」
「大炎ね」
呂布が率いる千からなる騎馬隊。数だけ見れば唯の一部隊だが、その尋常ではない戦力を皆が知っている。
矢を弾き、刃を通さず、重装で固めた兵の壁すら吹き飛ばす突破力。
阿吽の呼吸で行われる連携に、一騎当千の将。一部隊で戦局を左右出来る怪物共だ。
陽軍と敵対する者達はまず、大炎に対して対抗策を講じなければならない。
すでに、兵力差で圧倒しているというのに――。
「第一段階として、この大炎の殲滅に全力を注ぎます。……白馬一帯を囮にして」
「それは、あの地を放棄するということかしら? だとしたら正気の沙汰じゃないわよ」
「ご指摘は最もです。しかし、白馬では大炎は討てません」
そこまで説明し、地形図上の駒を動かす。魏軍が防衛線を築き、陽軍が攻め立てる形だ。
「大炎は陽軍の宝にして鬼札です。強力無比な分、慎重に動かす必要があります。
大河に邪魔され橋での渡河を強要されたこの戦地、大炎がてでくることはまず無いでしょう。
橋落としや、連合戦で見せたカラクリ兵器を警戒するはずです。
たとえ折り畳み投石機を使わなかったとしても、警戒心の強い袁紹殿が大炎を投入することはありません。
そこで――投石機をわざと陽軍に晒します」
「!?」
「陽軍は大炎を使わなかった事に安堵するでしょう。やはりソレがあったかと笑みも浮かべます。
彼らには投石機が大炎の足止めの為だと思わせるのです。大炎が投入できず、陽軍は焦れるでしよう。方法はわかりませんが投石機の破壊に動きます」
「わざと破壊させる気?」
「いえ、私達は策を悟られないために全力で防ぎます。
これは賭けです。私たちの予想を陽軍が越え、投石機を破壊できるかが最大の山場でしょう」
「呆れた。自軍ではなく敵軍の手腕に期待するのね。……続けなさい」
促され、駒を動かす。陽軍が白馬一帯を占領し、魏軍が官渡まで下がった形だ。
「あっさり退いた我々を陽軍は警戒します。すぐに攻めては来ないでしょう、――そこで。
軍の立て直しと、官渡の住民を逃がす名目で敗走を演じます」
「!」
「陽軍は慌てて追いかけるでしょう。そして罠を疑います。
しかし連れている民衆が敗走の演技であるという嫌疑を晴らし、白馬という絶対優位な地形で投石機を破壊したという事実が、彼らを追撃へと駆り立てる」
「……それを天性の勘で見抜きかねない男がいるわよ?」
「そうですね。今まで華琳様から聞いた彼の逸話、これまでの実績を考えれば危険を察知するかもしれません。その瞬間こそ、彼の長所が短所になる場面です」
「……」
「袁紹殿は見た目と言動で誤解されがちですが、戦や政に対して非常に理知的です。
また、周囲の意見に耳を傾け取り入れられる器量がある。
そんな彼が大陸統一最大の壁となる魏軍に大打撃を与える好機を前にして、自身の不確かな勘に頼ると思いますか?
確かに、彼一人で軍を率いているならそれもあるかもしれません――が。
陽国自慢の軍師達が追撃を進言するでしょう。情報と状況こそが軍師の全てですから。
……袁紹殿の勘が鳴らす警鐘は彼女達には響かない」
「理知的な彼は追撃か否かを迷い、臣下の進言が背を押す――なるほどね。
でも、警戒して大炎を使うことは無いでしょう?」
「いいえ、必ず使います。何故なら陽軍の戦に半端はありませんから」
黄巾、連合、その他小競り合い。袁紹は常に最善を尽くしてきた。
そんな彼が迷いを振り払い追撃を行うのだ、必ず最善、大炎の騎突を選択する。
「そうして先行した大炎を、予めこの地に伏せたコレを使い殲滅します。
陽軍は混乱するでしょう、何故ソレがあるのか――と。
余りにも不合理で博打的、魏軍の性質と正反対をいく策。だからこそ陽軍を騙せる!」
――そして。
「大炎を退けた後に続く戦いの為……官渡の男を中心に武装させ、民兵として戦力にします」
「――ッ!?」
ここにきて郭嘉の“勝てない”という言葉が理解できた。
戦など、突き詰めれば領地や覇権を望んだ国同士のエゴだ。
その中において日々を生きる民衆は被害者でしかない。その民衆を巻き込み敗走に見せかけるのはまだ理解出来る。民が被った被害は金銭や物品で保証できるはずだ。しかし命は違う。
ただ生を謳歌したいだけの彼らを、逃げ往く家族を守るという名目で矢面に立たせ利用する。
とてもではないが許可を出せるような策ではない。
しかし――
「……」
郭嘉は静かに華琳を見つめる。その瞳は何かを量っているようだ。
それもそのはず、郭嘉が知りたいのは策の成否ではない、主の覇道に対する覚悟だ。
「……彼らを利用せずには勝てないというのね?」
「元々が詰んでいる盤面、尋常ならざる策を用いなければ勝機はありません」
華琳は目を閉じる、思い浮かべるは郭嘉の策を拒否した戦場。
白馬一帯と投石機で序盤は優位に進められる。しかし、討てども討てども陽軍の脅威が揺るがない。
ついには大河を越えて攻めてくる、別働隊を派遣して官渡側にまで回り込んできた。
魏軍の防衛線が瓦解、白馬での篭城戦に移行した。陽軍は魏軍を完全に包囲。
魏軍は善戦するも、砦内に突入した大炎の前に敗北した――。
場面が切り替わる。陽国の首都南皮で袁紹と華琳が謁見していた。
『陽軍として、我が国の将として、華琳の夢を叶えようではないか!』
彼は手を差し伸ばす、華琳はそれを手に取った。
また場面がが切り替わる。どこかの戦場だ。御輿の上で高笑いする彼の横で、少し不機嫌そうに華琳が指示を出している。良く見ると近くには白蓮も居た、どこか同情するような目で此方を見ている。
それが何となく気に入らず、彼女をからかう。白蓮は真面目に反応し返す。
程なくして敵軍が降伏する。当然だ、私
戦勝処理を有能な者達にまかせて夜は――
そこまで想像して華琳は目を開く。在りえた未来、悪くないと思う自分がいた。
それが気に入らない。
彼女の名は曹孟徳、大陸に覇を成すべく生まれた唯一無二の存在。
今までに培った軌跡、歩んできた道、賛同し付いて来てくれた家臣達。
華琳の目指す覇道は――一人の男に揺らぐほど軽くは無いのだ。
大体彼の下に付く事が気に入らない。私は覇者だ、必ずやこの戦に勝ち、“全てを”手にする。
水を打ったような静寂の中、意を決して口を開いた――