月から降り注ぐ淡い光は、氷像と化したオレンジを静かに照らしていた。
四天王達が立ち去ってから数時間が経過したが、ボーマンダ、ざんぐぐ、はがるるの三体は、未だに地面に倒れたままであり、意識は無かった。
オレンジとボーマンダ、ざんぐぐ、はがるるは完全に停止し、かすかに動いたり物音を立てたりすることは一切無かった。しかし──オレンジの手持ちであるくちととはシバにやられた傷など気にすることも無く、涙を流しながら氷像となったオレンジを助けだそうと、その顎で何度もオレンジの氷を割ろうと試みていた。
オレンジは氷漬けになる直前に、四天王達に気が付かれないように、くちととの入ったモンスターボールを、足下へと落としたのだ。そのため、四天王達が立ち去った後、自力でボールから出たくちととはずっと──少なくとも夕方から、深夜になる間オレンジの氷を割ろうとしていたのだ。
最初は“ソーラービーム”や“きあいパンチ”などの技を使って氷を砕こうとしていたが、砕ける様子はおろか、ヒビの一つすらも入らなかった。それほどに、オレンジを包んでいる氷は硬かったのだ。
しかし、それでもくちととは諦めずに氷を砕こうと、技を放ち続けていた。──しかし、ほんの数十分もすると技の
その上、くちととのHPもシバのイワークによってほとんど残っていない状態であり、いつ“ひんし”状態となってもおかしくはなかった。──それを証明するかのように、氷を殴り続けたくちととの拳には血にじみ出ているし、自慢の鋼のアゴも、思うように開閉できなくなっていた。つまり、くちととの肉体はもはや限界に達していたのだ。
それでもなお、くちととは目に涙を浮かべながら、己のトレーナーであるオレンジを助けるべく氷を割ろうとし続けていた。
この草原において、動くものといえばくちととと時折風に揺られる草木ぐらいのものだし、ボーマンダ、はがるる、ざんぐぐの三体を回復させる手段をくちととは持たなかったし、彼らにいくら声をかけても応答は一切無かった。
そして──唯一動くことが可能だったくちととの体力もまた、尽きようとしていた。
「やっと見つけた! ……アラ、思ったよりも酷い状況ね」
と──フラフラになり、今にも意識を失いそうだったくちととは、その声を耳にするなり倒れるのをこらえて、この場に登場した人間を睨み付けた。
ブルーは、睨み付けるくちととを見ると、笑顔で言った。
「ご主人様を守ろうとしているのね? 大丈夫よ。アタシは味方。さ! まずはこの氷を割っちゃわないとね。──カメちゃん、お願い!」
ブルーはモンスターボールからカメックスを取り出し、オレンジを覆っている氷を砕くように指示を送った。
クチバシティ |
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クチバは オレンジ ゆうやけのいろ |
ロケット団がレッド達によって壊滅させられてからも、マチス、キョウ、ナツメの三人を中心とした残党達は、密かにロケット団再興のために暗躍していた。
その活動の最中、マチス達は四天王達の存在を掴み、彼らの目的を理解していた。四天王達の目的は、ロケット団にとってはおおよそ相成れない──というよりは、このカントーを手始めに、いずれは世界を征服せんとしているロケット団にとって、優秀なトレーナーのみを残してポケモン達が過ごしやすい世界を創り出すという四天王達の目的は、目障りかつ邪魔でしかないのだ。
故に、ロケット団残党たちは四天王と戦うことを選択した。そして、マチス達は四天王の一人であるワタルがクチバシティに居るという情報を手にしていた。これを好機とみたマチス達は、ワタルと戦うための準備を進めていた。
例えば──豪華客船、サントアンヌ号をシージャックし、奪い取るのも計画の一端だった。
しかし、その計画はあっさりとご破算となった。なぜならば、ロケット団が四天王達の動きを掴んでいるのと同じように、四天王達もまたロケット団の動きを掴んでいたからだ。
キクコは己の手下であるゴーストタイプのポケモンを放ち、サントアンヌ号にいる人間達を無差別に昏睡状態に陥らせた。それはもちろん、ロケット団や四天王達となんら関わりの無い一般の乗員や、船員たちも例外ではなかった。
操縦をする者が居なくなったサントアンヌ号は、ゴーストタイプのポケモンによって、さながら独りでに舵を切り、マチスが指定した寄港場所へと移動した。
このことを全く知らないマチスは、サントアンヌ号を己の部下たちが見事乗っ取り、手に入れたと思い、サントアンヌ号──ひいては、タラップから降りてくる部下たちを無防備な状態で出迎えた。
それが致命となった。
タラップから降りてくる部下たちは、皆ゴーストタイプのポケモンによって操られており、自らの意識とは全く違う動きをしてみせた。すなわち──マチスに容赦ない攻撃を加えて見せたのだ。
パンチや蹴りはもちろん、ポケモンの技を使った無慈悲かつ容赦ない攻撃に、マチスの体はあっという間にボロボロになった。数カ所の骨が折れ、肉体は火傷や切り傷、打ち身などあらゆる種類の傷が刻まれていた。
「何が……」
ボロボロになっても、その持ち前の頑丈さによって何とか意識を保ち、立っているマチスは戸惑いを隠せずに、困惑するばかりだった。
「お前達、裏切りやがったな!?」
「ふぇふぇ……薄情だねえ! この子たちは、アタシに操られているだけだっていうのに……」
と、キクコの声が辺りに響いた。マチスは辺りを見回したが、その声の主の姿を見つけることはおろか、どこから声が発されているのかを突き止めることもできなかった。声はあらゆる方向から聞こえていたからだ。
「何者だ!? 姿を現しやがれ、卑怯者!」
「お断りだよ。マチス、アンタはここで朽ち果てる運命なのさ! さあ、もっと痛めつけておやり!」
キクコの号令により、操られていた部下たちと、そのポケモンはマチスへと襲いかかった。しかし、マチスに攻撃が繰り出されることは無かった。
なぜならば、部下たちとそのポケモンは、キョウとナツメによってたちまちの内に倒されたからだ。キョウは、倒れ伏す部下たちをよそに、不適な笑みを浮かべた。
「フフフ……情けない姿だな? マチス。ロケット団幹部の名が泣くぞ?」
「うるせえよ、キョウ。なんでテメエ等がここにいやがる?」
「決まっているじゃない」
とナツメはマチスの問いかけに答えた。
「私の超能力を舐めて貰っては困るわね。『虫の知らせ』ってやつかしら? あなたにはおとりになってもらったの」
「ともかく──マチスよ。お前はその状態では戦えなかろう。ここはオレ達に任せるがいい」
「チッ、勝手にしろ」
かくして──ロケット団幹部、キョウ、ナツメ、そしてマチス達と、四天王が一人、
キクコとの戦いは、ほとんど一方的といっても良いだろう。マチス、キョウ、ナツメたちのポケモンは、次々と倒れ伏していった。
というのも、キクコ本人は戦うことはなく、彼女の手下であるゴーストタイプのポケモン達によって洗脳した、サントアンヌ号の乗員、ひいてはそのポケモン達に戦わせていた。サントアンヌ号に乗っていた人の数はかなりのものであり、豪華客船なだけあって腕利きのトレーナーも少なからず存在していたのだ。それを抜きにしても──己の数を遙かに上回る物量に、ロケット団の幹部たちは押されていた。
現在も、マチスのレアコイルが作りだした電気の救助ポッドに、ナツメやキョウ達を乗せ、上空を浮遊する程に追い詰められていた。
マチスは二人に問いかけた。
「……残っているポケモン達は何体だ?」
「オレはこのゴルバットとアーボックのみだ」
「私はモルフォンのみね。マチス、あなたは?」
「見ての通り、このレアコイル達だけだ」
──このように、マチスたちは追い詰められていた。
しかし、一方で彼らに対する洗脳された人々やトレーナーの数は沢山おり、電気の救助ポッドに乗っているマチス達を打ち落とそうと、次々と攻撃を放っていた。
オツキミやまの奥地 |
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周囲は崖に覆われ、地面も大量の岩が転がっているためまともに歩けるような平地の方が珍しいといった場所であり、凶暴な野生のポケモン達もうろついているこの場所にたどり着くには、通常の登山ルートからは大きく外れ、いくつかの難所を乗り越え得なくてはならない。
たとえ優秀なやまおとこであろうとも、かつてレッドと四天王達が戦ったこの場所までたどり着くには容易ではない。
しかし、そうしたオツキミやまの奥地に一人の男が立っていた。その男は漆黒のスーツを身につけ、その目つきは鬼のごとく鋭く、凶悪なものだった。口は硬く結ばれており、見るものを圧倒させる威厳があった。
スーツの胸には、『R』の文字が刺繍されていた。
──ロケット団
空には巨大な満月が浮かび、辺りを照らしていた。
「……このオツキミやまは、カントー地方で最も天に近い場所とされている。故に──大地を見下ろせば、広大なカントーの地を見下ろすことができる」
「まさしく──絶景というヤツだ。それだけに惜しい。惜しいな」
と──カイリューの背に乗った四天王が一人。
「この大地には愚かな人間で溢れている。ポケモン達の住処を破壊し、己の領域を広げる傲慢かつ不遜極まりない愚かな人間の様子が見えてしまう」
「確かに──そうなのだろうな。人間共はポケモン達の領域を侵し、ポケモン達を追いやった。……四天王ワタル。貴様は何が目的だ?」
「決まったことだ。優秀なトレーナーを除き、愚かな人間共にはこの大地から消えて貰う」
「……そうか」
サカキはモンスターボールをゆっくりと取り出し、開いた。それが開戦の合図となった。
すなわち──ロケット団
サカキが繰り出したポケモンはゴローニャだった。
「“いわなだれ”だ」
ゴローニャはサカキの指示を素早く実行に移した。
地面に転がっている無数の岩をカイリューの遙か上方へと打ち上げ、無数の岩塊がカイリューとその背に乗っているワタルに降り注いだ。
「ぐ……! カイリュー、“はかいこうせん”!」
カイリューの口から、膨大なエネルギーの籠もった光線が放たれた。その光線はひとたび触れれば、岩であろうともたちまちのうちに砕け散る程の破壊力を持っていた。まさしく、破壊光線の名に相応しい攻撃と言えるだろう。
しかし、ゴローニャはその球体の肉体を駆使し、辺り一面を自由自在、縦横無尽に転がって移動することにより、“はかいこうせん”を回避してみせた。
「無駄だ。オレの“はかいこうせん”は自在にその軌道を変化させる!」
ワタルの宣言通り、放たれた“はかいこうせん”はまるで意思があるかのように曲がり、転がって回避行動を続けるゴローニャを徐々に追い詰め、攻撃を命中させた。
ゴローニャの肉体を覆う岩は粉々に砕け散った。しかし、サカキはとりわけ驚いた様子は見せず、ワタルをその鋭い眼で睨み付けるばかりだった。
「……拍子抜けだな。ロケット団
「フ……」
サカキは口の端を釣り上げた。
「それはこちらのセリフだ。四天王よ」
「何!?」
ワタルは驚きの叫びを上げた。というのも、粉々に砕け散ったハズのゴローニャは未だ健在であり、ゴローニャはカイリューの頭を踏みつけていたからだ。ゴローニャの“のしかかり”による一撃は、カイリューを地面に落下させるには十分な威力を持っていた。
カイリューの背に乗っていたワタルは、未だ驚きを隠せない様子で呟いた。
「いつの間にカイリューの上に移動していた?」
「フン、ゴローニャの体を覆う岩が砕け散ったのは、“はかいこうせん”によるモノではない。ただ、自ら爆発させ、その勢いを利用してカイリューの上方へと移動していただけだ」
「……なるほど。どうやら一筋縄ではいかないようだ。だが! その程度でこのワタルに勝てると思うなよ?」
「やってみるがいい。四天王ワタル。この大地は貴様の好きなようにはさせんよ……」
──サカキとワタルとの戦いは苛烈を極めた。
ワタルのカイリューは体力は未だ残ってはいるが、ほとんど限界寸前であった。対するサカキは、ゴローニャがひんし状態となり、現在はニドクインがカイリューと対峙していた。
この二匹のポケモンがぶつかり合うたびに、辺りに突風が発生し、衝撃が地面を転がる岩を破壊し、オツキミやまを揺るがした。それほどに、この二体の戦いは激しかったのだ。
しかし、ゴローニャの攻撃によって体力を削られていたカイリューよりも、体力が有り余っているニドクインの方が有利となり、カイリューは後一撃で倒れる状態だった。
だが、ワタルは余裕の笑みを浮かべ、カイリューに手をかざした。
淡い光が発生したかと思うと、カイリューの傷はたちまちの内に回復し、体力を取り戻したのだ。そして、回復したカイリューは、ニドクインを一撃で葬り去った。
「今のは……!?」
これに流石のサカキも驚きは隠せなかった。
ワタルは余裕綽々といった笑みを浮かべて見せた。
「キサマがオレに勝つことは不可能だ。フフフ……オレには力がある! 見せてやろう、絶望というものを! 圧倒的な力というものを!」
ワタルは己のモンスターボールの中に潜む
──
この
しかし、サカキはワタルの手持ちを全て見ても、己が敗北するというイメージを持つことは無かった。
「四天王ワタル……繰り返し聞こう。お前の目的は何だ?」
「知れたことを……この地を蝕む人間達を殲滅し、ポケモン達を解放する」
「くだらん」
「何だと!?」
「下らん。この地を支配するのは、オレ様だ。このオレ──ロケット団だ。『
サカキは邪悪な笑みを浮かべて見せた。
その笑みに、ワタルは気圧された──その瞬間を利用し、サカキはモンスターボールから一匹のポケモンを繰り出した。
そのポケモンは全身がプロテクターに覆われていた。最大の特徴といえば、巨大なツノが変形したドリルであろうか──そのポケモン、ドサイドンは咆哮した。
「何だ……! そのポケモンは!?」
「ドサイドン──クク、どこぞの研究者が最近新たに発見した、サイドンの最終進化体だそうだ……! さあ、ドサイドンよ、あの
ドサイドンは巨大な岩を軽々と持ち上げ、ワタルの
「終わりだ……“じしん”!」
サカキの指示によって放たれた地震は、オツキミやま全体はおろか、その麓にあるニビシティをも揺らして見せた。ワタルと、大地に打ち落とされた
次回、オレンジと正義のジムリーダー達のターン。イエローの出番もあるよ!