題名のない迷宮会   作:カツカレーカツカレーライス抜き

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感想で多く触れられていた点について。
まぁここでやっても予定に変化は無いかなぁ、と思ったので。


第13話

 欠伸を一つ。それから、背伸びを少し。数度自身の額を叩き、ジュディアは周囲を見回した。

 

「あー……いないかぁ」

 自身の居る部屋、狭い四人部屋に人数分置かれたベッドのうち、三つは既に空になっていた。室内は常より少し明るく、窓を眺めると、そこにはいつもより高い場所にある陽が見える。

 

「……だれてるなぁ」

 自身でも、そう思う。迷宮を一つ踏破して以来、どうも彼女達は立ち止まりがちだ。規格外のゴーレム一体、そしてそれ以上の規格外二人に遭遇し、彼女達の自信や常識に皹が入ったと言うのもあるが、それ以上に蓄積された疲労がある。

 早く進みすぎたのだ。

 

 ――まぁ、一応の出世頭だもんね。

 

 少女だけで構成された彼女のグループは、つい二年ほど前に結成されたいわゆる新参だ。普通二年と言えば、やっとゴミ漁りを卒業して、どうにか冒険者を名乗り、武器や鎧を新調し、脱落や事故で失われた欠員を補い、今後はどうするかと考え始める頃である。

 彼女達の後輩にあたるリーヤも早い方だが、彼女は成人を前にゴミ漁りになったくちであるから、その進行速度は常識内のものだ。規格外、という事はない。

 

 では、何故ジュディア達が早くに中堅までなったかというと、それは今ここに居ない少女のお陰だ。ジュディアはその少女のベッド、その脇に置かれたプレートアーマーをぼうっと見つめる。

 

 恒常的な火力を持つ冒険者を有するグループは、他より進みが速くなりやすい。詠唱魔術師、キャスターやシンガーの様に、発動までの短くは無い時間や、詠唱の間護衛を必要としない攻撃力は驚異的だ。ジュディアの脳裏に、年頃の少女にしては少し――いや、大分逞しい姿が過ぎる。

 

「レスタンフェイルの、お嬢様、ねぇ?」

 実質的な奴隷階級、またそれから解放された者達、そして傭兵達の守護者を祭る土地の、狼の部族が娘。世界に数振りしかない貴重な魔法剣が得物、となればどういった家柄の少女か、ジュディアでもおおよその見当はつく。

 敵対する者を言葉通り一刀両断していく、なかなかの腕利きだが、その辺は脳筋らしく気が回っていない様だ。或いは、気にもしていないのかも知れない。冒険者となれば出自などほとんど関係ない。

 

 また体重が増えた、と嘆く仲間の相を思い浮かべ、くすりとジュディアは笑う。筋肉は脂肪より重いのだから、仕方ないのだろうが。

 

「んー……まぁ、いうほどごついわけでもなく、健康的な体ではあるんだろうけど」

 水浴びの際等で目にする仲間の体は、実際鍛えられた健康的な肢体だ。腕が太くなった、腹筋がまた割れた、と歳相応に嘆く事もあるようだが、無駄の無い体は見る分にはそう悪いものではない。

 が、ジュディアはそんな体になりたいかと言われれば、絶対に首を横に振る。勢い良く首を横に振る。彼女の目指す美と、それはまた別なのだ。

 

 普段着を手に取り、手早く着替える。一階のフロアからはざわめきなど感じられず、常通りの暇な朝なんだろうと彼女は思った。そして、木製の分厚いドアを押して廊下へ出ると。

 

「おはよう御座います、ジュディア様」

「あ、うん……おはよう、ございます」

 白い肌のメイド、自身が目指す美を持つ一人、ミレットがはたきを手に天井の埃を払っていた。

 

 

 ○      ○      ○

 

 

「いやそれ、どうなのよ?」

「なにが?」

「いや、なにがってあんた」

 いつものカウンター席、その自身がそこ、と決めた特等席に腰を下ろして、ジュディアはカウンターの向こうで皿を洗う、暢気な男に剣呑な様で問うていた。問われた男は、何が何やら、ときょとんとしていたが。

 

「あんたねぇ、私あの時話したでしょ……? あの人、あぁ見えてゴーレム八つに分ける様な……その、あれなのよ?」

 今は珍しく男の傍に居ない二人のメイドを警戒しながら、ジュディアは声を落として続ける。

 

「それをあんた、こんなちっさい店で掃除に使うとか……」

「メイドなんだから、掃除は仕事だろう?」

「間違ってはいないけども……ッ!」

 確かにそうだが、しかし何故あれがメイドだと誰も認めてしまうのだろうか。と思ってはみても、彼女自身確かにあれはメイドだと認めてしまっているところがある。

 服装がそうであるから、などという理由ではない。

 在り方だ。主人に仕え、所作に無駄が無く、無理も無い。経験の無い者がメイドを装っている、といったところは一つも無く、言葉遣いも動作も、その全てが一流のメイドなのだ。

 

 例えそれが、迷宮でゴーレムを軽くぽんと浮かせ、挙句八つに分けた人外じみた強さと、ジュディアさえ呆然とさせた美を持つモノだとしても。

 

 そして頭を抱えて呻きだしたジュディアは、ふとどうでも言い事に気付いて頭を上げた。男の後ろに常に居るメイド二人が、掃除という仕事で傍にいないのは分かるが、だとしたらもう一人、常にこの店に居る人影がない。

 この時間帯はジュディアには馴染みの無い時間ではあるが、気になると聞いてみたくなる。

 

「……バズさんは?」

「あぁ、でっかい荷物を持って、外に出て行った」

 洗い終えた皿を脇に置き、男はまた別の皿を手に取り洗いはじめる。そのまま、何気ない顔で男は、

 

「で、タリサさんは裏で誰かの大好きな果実酒を仕込んでる最中」

「うむ、実に結構。今日も期待しているわ」

 とは言え、今日仕込んだ果実酒なら、飲むのは最低でも三日後だ。酒はある程度寝かせなければ旨みが出てこない。

 そして、どうでもいい事が気になると、もう一つ二つ、そういったモノがあると彼女は思い至り、目の前の男にこの際それを問いただしてみる事にした。

 

「あんた、エリー……あぁ、エリザヴェータを綺麗って言ったんだっけ?」

「ん? エリザヴェータから聞いたのか?」

「うん、偉く喜んでたわよ」

 

 ついでに、キていたと、同類を歓迎していた事を伝えようかと思い、やめた。同類同士で話し合えば良い事で、普通の感性しか持たない自身が踏み込むべき場所ではないと思ったからだ。

 

「まぁ、個人同士の事だから、応えたくないならいいわ。私も別に、踏み込みたい訳じゃないから」

 興味で聞くそれと、踏み込んで暴く事は似て非なる物なのだから。ジュディアの問う声に、気遣いのような色を見た男は、苦笑を浮かべて首を横に振った。

 

「そんな大それたモンじゃない。ただ、綺麗だって言っただけだし、それに、全面的に綺麗だと断定した訳じゃないし」

「そうなの?」

 エリザヴェータからは、綺麗といわれた、としか聞いていないジュディアには、寝耳に水だ。どうにもエリザヴェータは、口にしていない部分があったらしい。

 

「えーっと、確か……うん、気持ち悪いくらい、綺麗だって言ったはずだ、確か」

「……気持ち悪いのに、綺麗なの?」

 眉を顰めて男の相を見る。なんとも分かるような、分からないような言葉だ。

 

「言葉は悪いけど、気持ち悪いだろう、やっぱり。目が無いなんて、普通じゃない」

「そうよね……でも、綺麗なんでしょ?」

「……そう、だな。深い洞窟にいる、日に当たらない動物ってな、肌が病的に白くて、目が無いんだ。俺はそういう単一の方向に尖った生物、嫌いじゃない」

 

 稀に、男のいた世界ではそういった生物がひょこりと顔を出す事がある。洞窟の奥に住まうそれは、大量の雨が降った後など、流されて原野に出てしまい、人に見つかり珍種だと重宝され、または新種だと喜ばれ捕獲される。

 場所によっては、竜の子供だといわれ、食すれば不老を得るとさえ言われていた。

 そういった生物と、エリザヴェータを、男は同列に扱い、綺麗だと言ったのだ。

 

「……それ、女に向かって言う事?」

「でも、綺麗だと思ったんだから、仕方ないだろう? それに、その方向に尖るまで、そこにはきっと努力があったんだ。それは、やっぱり綺麗だろ?」

「あんた、エリィもそういった感じで綺麗って言ったの?」

「いや、あれは正真正銘、女性として綺麗だと思ったんだけど?」

 

 と、簡単に口にするあたり、それは色恋沙汰のそれではない。愛情や恋慕が言葉に含まれるのなら、らしい言い方がある。男はジュディアの問いに、常通りの相で応じた。

 とすれば、これは単純に愛しい女として見た発言ではないという事だ。

 

「目が無い女に向かって、綺麗で……エリィはエリィで、ぽろっと簡単に綺麗って……あんた、分からないわよ……」

「難しく考えるからだろ? というかな、目が無い、なんて言うけど、そんながどの程度の物なんだよ」

 男は目を閉じて軽く鼻から息を吐いた。中で渦巻く少量の火を逃すかの様な仕草に見えたのは、ジュディアの気のせいだろうか。

 

「目が無いって、女としては十分なハンデじゃない」

 そうだろう。相貌の大半は、目にある。瞳は口よりも雄弁だ。相を語り、物を請い、事を促す。宝石のような、とさえ称される事も在る瞳がないというそれは、女性として覆しがたい完全なハンデだ。だが、男はせせら笑った。それがどうした、と。

 

「名前も無い人間が、ここに居るんだけどな」

 冷たい声だ。誰もが持つ、当たり前の物が男にはない。生まれた子でも、大抵その日に名がつけられる。親も無い孤児だとしても、誰かがその孤児に通り名、或いは個別する為の皮肉めいた名をつける。

 名前が無い、というのは、どんな気分なのだろうか。ジュディアには、名を当たり前に持つジュディアには分からない。

 

 名前が無いと、いつかの自己紹介でこの男は言った。では、それを捨てたのだろうか、過去と共にその名前を。

 だとしたら、それはおかしいのではないか。ジュディアは男をじっと見つめる。そこに自身で、選択して、或いは迫られて、名を捨てたという色は見えない。むしろ、自身の荷物を奪われて戸惑う子供の姿をジュディアに連想させる。

 稚気を多く漂わせる男は、確かに子供だったのだ。

 

「いじめるな、って事?」

「……いや、何が?」

「なんでもない」

 ジュディアはそう呟くと、自身の結われた髪の一房を指ではじいた。弱い者虐めは趣味ではない。泣きそうな子供を叩いて、早く続きを言えと強引に促すような悪癖はない。

 しかし、それでもまだ男に聞きたい事がある自身は、どこか男に魅かれているのではないか、とジュディアは思わないでもない。

 

 どこにでも居る相に、ひ弱そうな体躯。子供的な雰囲気は、好みそうな者ならば受け入れるだろうが、大半は脆弱だとなじってしまうだけだ。異性として見るには大分双方に努力が必要な、無理の在る存在だ。が、だからこそ、とも言える。

 そんな男が、確かに違っているのだ。大きく、どこかが。

 歯車だけの機械に、釘を打ち込んで完成した、といえばこんな物なのかも知れない。それがどんな用途で使われるのか、想像したジュディアにもさっぱりだが。

 

「で、まぁ、最後なんだけどさ」

「言うけどさ……そっちもよく分からないなぁ」

「うっさい」

 歯を剥き威嚇して黙らせる。ジュディア必殺の、お願い、的な顔をしても、気のない男には意味が無い。こういった相しか効果が無いからだ。

 

「ミレットさんと、ウィルナさん……」

 そう声に出して、ジュディアは左右と、そして後ろを見た。そこに名を上げた二人のメイドの姿は見えない。彼女は仲間の、エリザヴェータの様に軽く肩をすくめて、男に顔を向けなおし、

 

「何が気持ち悪いの?」

「自分の理想像の異性が目の前に出てきたら、どう思う?」

 問うたのはジュディアだ。しかし問われたのもジュディアだ。唖然、としたジュディアに、男は意地の悪い笑みを浮かべ、洗っていた皿を脇に置き、また新しい皿を手に取る。

 

 ジュディアは、男が言う理想の異性像を脳裏に浮かべ、明確な形にした。なるほど、我ながら高望みだ、という姿が出来上がったが、それが突然自身の前に出てきたら、どうするだろうか。

 一も二も無くその腕に飛び込むだろうか。それとも笑顔で迎え入れるだろうか。何かが違うような、そんな気がジュディアはした。おそらく、いや、きっと、自身はそれを警戒する。何事か、と。自身の為にあつらえられた様な存在を、あぁそうですかと喜んで受け入れられるほど、彼女はお目出度い頭をしていない。

 

「剣が欲しい、盾が欲しい、自分を認めてくれる人が欲しい。メイド服もなかなかじゃん、だ。あぁ、思った、思いはした。誰が、それが形になるって思う?」

 自嘲を頬にはりつけて、男は腕を止めることなく、吐き捨てる様に口を動かし続けた。

 

「エリザヴェータの言う供物だなんだ、なんてのは興味ない。でもな、多分、勝手に使われたんだ。誰かに。勝手に奪われて、奪われたモンでそんな事されたら、こっちだって頭には来るんだよ。使ったら、多分減るだろうが、奪われたそれが。なぁ、願ってみたって、それは願い事なんだ、ジュディア」

 はっきりと自身の名を口にする男には、相がなかった。在ったはずの自嘲も、今はどこか遠い。何かを理解してしまった男の相は、酷く、遠い。

 

「あれはな、つまりどっちかって言うと、ミレットとウィルナの向こう側に居る、あんな二人を俺に差し向けた誰かに対して、唾吐いただけなんだよ」

 それは本心からの言葉だろうか。じっと見つめても、ジュディアには分からない。踏み込むつもりのないジュディアには、判然としない。あと半歩前、そこまでは近づいていた。

 だが、これ以上は引き返すべきだ。ジュディアの中にいる、冷静なジュディアが呟く。

 

「俺のいた国の隣にある大きな国の古い言葉じゃ、望むってのはまじないの……まぁ、呪いを含んだ言葉だったんだ」

 古代中国の古代文字である。その頃望という字は目の様な形であり、目で見る、という事は呪術的な意味を多く持っていた。故に人は頭をたれ、主を、后を、伯を、王をみだりに直視しなかった。そして頭を垂れれば、無造作に首を見せる事になる。非礼があればいつでも斬って頂きたいと無言で表していたのが、それだ。

 

「俺は……まぁ、なんだろうな……あの二人に、呪いをみたんだろうなぁ」

 だから、気持ち悪いのだろう。男はそこで口つぐみ、やはり洗い終えた皿を脇に置き、新しい皿に手を伸ばした。だが、それは空しく宙を切った。もう洗うべき皿は無い。

 それを、宙を切った自身の手を寂しそうに眺めて、男は自身のうなじを軽く叩く。

 

「子供なんだろうな、これ」

 自覚して、尚子供である。男の世界なら、この年頃は実際子供だ。だが、ここは違う。

 この世界では、男は大人として生きなければならない。

 

 ジュディアに、男の語った言葉の意味は半分以上分からない。供物だなんだといわれても、分からない。ただ、男は多分、自身を認めてくれる人を得た今でさえ、孤独なのだという事だけは、分かった。

 

 名も無い、奪われた、それを供物にして用意された剣と盾を率いてただ、ずっと孤独に。

 

 ジュディアは、昔見た文字を思い出した。意味は違うが、文字だけ見れば同じ言葉だ。

 

 ――いくたりがふれようか。

 

 ジュディアの背後で、人の気配が動いた。彼女は振り返らなかった。それはやがて、男の背後まで歩み寄り、そこで影の様にひっそりと佇むだけだと分かっていたからだ。

 

 自身の理想とする異性が完璧な物として形に成ったとき、それまでの自身が遠くに行くかもしれない。ジュディアはそれを、悲しいとも苦しいとも思わない。

 なにせそれは、無意味な問いなのだ。人の理想は、願望の中にしかない。それは決して、形には成らない。願いは願いだ。

 完全な壁などない。どこかに、僅かばかりでも圭角は必ず在る。完璧な願望が現実を侵す事はほぼ――いや、無い。形として見てしまったものだけが、あぁなるのだ。

 

 ――幾人が、触れようか。

 

 触れてはならない物が、きっと在る。




一応、自分はド素人とは言え創作家です。ですので、本編以外での解答はやはり形に出来かねます。感想で、あれはこうでね、これはあぁでね、等と詳細に書きたくは無いのです。
どうしても疑問に思われたこと以外は、ある程度察していただければ、と思います。
こちらも、脳内とはいえ、プロットにしたがって書いておりますので。
とは言え、もやもやするなぁ、と思ったら是非どうぞ。ウェルカムで御座います。大歓迎です。僕個人では、見落とす事もありますので。

が、脳内は所詮脳内です。おいここなんか設定ちげぇ、かわってるじゃねぇか、まだあそこかゆいの? ってのがありましたら、どうぞご一報下さい。

追記
これだけでは文字が足りないと思いましたので。
まかべ様、土蜘蛛様、玉露3様、僕の至らない文章力、また遅々とした話の進め方で大変ご迷惑をおかけしました。今後もまた、お暇な時に眺めて、おや、と思った事等がございましたら、感想などでお願いいたします。ありがとうございました。

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