題名のない迷宮会   作:カツカレーカツカレーライス抜き

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第14話

 軽くなった肩を揉みながら道を歩くと、所々で声が上がる。

 

「おや、バズさん。いい果物が入ったんだよ。今度持って行こうか?」

「いや、こっちから行かせて貰うよ」

「あぁ、バズ。おまえんとこの、ブレイスト。この前ギルドの受付嬢ナンパして、見事に玉砕してたぞ」

「またか、あいつは」

「お、久しぶりだな。今度また飲みに行くから、美味いの用意しておいてくれよ?」

「お前も、しっかり稼いでこいよ」

 

 掛けられる老若男女、それぞれの声にバズは無愛想な相ながら、どこか人好きする顔で応じていく。軽く手を挙げ、或いは肩を揺らし、ゆっくりと歩いていく彼に皆が好意的に接する。

 それを人柄、と言えば呆気ない物だが、その人柄が練られるまで、また人々に浸透するまでの時間や経緯を思えば、呆気なく済まされるべき物ではない。

 

 ――あぁ、昔は馬鹿ばっかやったもんだ。

 

 経験者が良く酒の席などで後輩達に語る、昔の悪い事自慢、等を、バズは好まない。結局それは自慢であり、自己満足だ。かつてあったそれを、その程度に語ってしまえるほどバズはまだ馬鹿話を過去の物にしたくはないのだ。

 

 ――もう現役を引いて何年にもなるってのになぁ。

 ただ、それも条件次第だ。例えば、昔の冒険者仲間達に会えば、やはり話の中心はそれになってしまうし、

 

「おー、バズじゃねーか。ひっさしぶりだなー、おい」

「……おぉ、なんだホイザー。また生きてやがったのか」

「おまえもな。んで、こんなとこでどうしたんだ?」

「あぁ、おやっさんとこに、ちょっと用事があってなぁ」

 昔の競争相手、そして現在の同業者に会えば。

 

 

  ○      ○      ○

 

 

「で、お前がよー、斧片手にアス公に一人で突っ込んだって聞いて、もう俺たちは大笑いしちまってよー。馬鹿じゃねーかって」

「あれはお前、新調した斧の調子みたくて突っ込んだら、誰も付いて来てなくて、一人になっちまってたんだよ」

「馬鹿やろー、ちゃんとその辺の事聞いてんだぞ、こっちはよー」

「……けッ。くだらねぇ事を耳に入れてやがるじゃねぇか」

 そうなってしまう。

 

 ホイザー。そうバズが呼んだ同じ年頃の男と、適当にあった飲食店に足を運び、二人は昼食を共にしていた。周囲にいる他の客達、特に鎧などに身を包んだ連中は、二人を見て驚き、そして遠巻きに黙って見つめている。

 そんな中、怪訝な相を浮かべた客の一人が、小声で同席に座る仲間に問いかけた。

 

「な、なぁ……なんでそんなにおっさん二人を見てるんだよ……誰なんだよ、あれ?」

「お、お前、知らないのかよ……?」

「……ゆ、有名な奴らなのか?」

「有名って言うか……お前、あの二人……鉄槌と疾風だぞ?」

 

 うぇッ。と上がった奇妙な声と、そのしっかりと聞こえていた会話に、バズとホイザーは苦笑いを浮かべた。昔、まだ冒険者として第一線に居た頃つけられた、懐かしい名だ。その馬鹿げた、今聞けば苦笑が相を覆う名に、あの頃の全てが詰まっているからだ。

 

「懐かしいな……俺が鉄槌で、お前が」

「疾風だったなー、まぁ、お前は確かに鉄槌だったよ。全力振りつーか」

 冒険者につく名は、大抵そのままの物が多い。全身を特注のフルプレートアーマーで覆った者等は城砦と呼ばれ、剣に優れた者は、戦い方で剣鬼、剣聖と呼ばれた。そんな一流の証である名を求める者が多い中、バズとホイザーはある共通点を有していた事から、特に有名である。

 

「別にほしかなかったけどなぁ」

「しらねーうちについてたな、そーいや」

 

 名を求めなかったのだ。そんな物はどうでも良かった。自身の成功を称える名など放って、彼らはただ走り、ただ戦い、ただ競い合った。同じチームに属する事も無かった二人は、鉄槌――前衛重戦士であるバズと、疾風――前衛双剣士であるホイザーは、その戦い方もチームも違うまま、何故か競い合うという仲になっていた。

 彼らのその戦闘スタイルに、いつしか名がつき誰もが称えたが、彼らは変わらぬままだった。

 前へ、前へ。相手より前へ。

 

 ホイザーがミノタウロスの上位種、アステリオス、さらにはその亜種、伝え聞いただけで相当の大物と分かるそれを単独撃破したと知った時など、バズは新調した片手斧を手に仲間の制止を振り切って迷宮へと突っ込んでいったほどだ。走りこんだところで、その亜種に優る亜種がそうそう居ないと分かっていながら、彼は気炎を吐いて突っ込んだのであるから、本当に馬鹿げた事だ。

 おまけにその新調した斧は、結局アステリオス亜種に出会えず、悔しさの余り何度も壁に向かって振り続け、折ってしまった。どうしょうもなく馬鹿であるが、そこにはやはり譲れない何かがあったのだ。

 とは言え。

 

「……しかしまさか、冒険者やめたあとも、競い合う事になるとは思わなかったな」

「あー……確かになぁー……」

 バズが今、『魔王の翼』亭の主であるように、ホイザーもまた宿屋兼酒場の主だ。この縁は、切れそうで切れない物なのだろう。バズはコップを手に取り、軽く呷る。ホイザーもそれに続く。

 同時にコップをテーブルに戻して、バズは今も競う相手に、聞いてみた。

 

「お前のところ、どうなんだ?」

「んー……まぁなんだ。おまえのとこに居たガイラムのチームが、ゴミ漁り共の面倒見てるなー」

「そうか」

 バズは腕を組んで頷き、ホイザーはそれを見て、悔しそうに顔を歪めた。

 

「俺は結局、お前にかてねーのかもなー……」

「なんでだ? ガイラムのチームは、今のトップだろうが」

「そのガイラムが元々居たのは、おまえのところじゃねーかよ」

 ガイラム、と呼ばれる冒険者は、現在の冒険者達の中でもトップクラスに座する一流だ。その冒険者は元バズの『魔王の翼』亭の客であり、言わばバズの弟子に近い。実際、バズはあれやこれやと教えたのものだ。

 

「……それでも、今はお前のところにいるんだろう? それは、勝ち負けじゃねぇだろ?」

「お前のそーゆーところがまた、勝ちたくなるところだっつーによ」

 ホイザーは言う口程には辛らつな顔もせず、苦笑交じりで返した。

 

 現在、ヴァスゲルドの中央部には四つの宿屋兼酒場がある。ホイザーの店はその四つの中では上から二つ目であり、一流と呼ばれるガイラムのチームを擁し、客層は親ガイラム派、そしてそれに教えを請うゴミ漁りだ。

 バズの店は四つの中では一番の小規模、一番の腕利きはヒューム達のチームであり、客層は中堅どころの冒険者達だ。

 共通点といえば、客が古い考え、『新人は育てる』というルールを守る者達であるという事だろう。ホイザーにしても、バズにしても、現役時代その教えを守り続けた者達だ。自然、通う客はその考え方に染まってしまうし、またその考え方に共感を覚えるからこそ、彼らはバズ達の店を選ぶ。

 そういった人間が集まる事から、一番過ごしやすいのがバズの店、二番目に過ごしやすいのがホイザーの店、となってしまった。だからこそ、バズの店には少女だけのチーム、おまけに男が苦手、等という変り種の冒険者も寄ってくる訳である。

 

「ってもなぁ……ホイザー、そろそろヒューム達もそっちに行くかもしれないから、その時は頼むぜ?」

「おまえなー……」

 現役時代に比べ、広くなった額に手をあて、嘆いて見せるホイザーにバズは笑った。バズにしても、ホイザーにしても、それは分かっていた事なのだから、これはじゃれあいだ。

 

 一流と呼ばれる冒険者は、大抵その冒険の中で自分の学んだ事に意味を持たせたがる。戦い方、迷宮へのもぐり方、武器の手入れ一つにしても、それは立派な知識だ。それらを、彼らは次に繋がねば、という意思を強く持つ。

 一流となれば、与えられる仕事は生半可なものではない。第一線の激戦区で戦い続ける事になったが故に、更に死へと近づく。せめて死ぬ前に、彼らは自身の学んだそれらを残さねばならない。義務ではない。それはただのルールだ。

 バズとホイザーが育てた彼らは、次へと続くまだ弱い新人達を、守りたいのだ。自分達が経験で覚えたそれらで。それ以上に、教えを与えてくれた偉大な先達と同じ場所に、自身の身を置きたいのだ。誇りたいのだ。在り方を。

 昔、バズ達にそれを教えてくれた冒険者達が居た。そしてバズ達は、それを後輩達に教えた。親と子、そんな血縁による繋がりではないそれは、文字通り命で繋がり、巡っていくこれこそが、古いルールを今も守る冒険者達の中に脈々と流れ続ける絆だ。誇りなのだ。

 

 覚えた事、学んだ事、意味を持たせたそれらを新人達に伝える為、一流となった彼らは新人達の屯する場所に向かっていく。その先が、つまりゴミ漁りの多く居るホイザーの店だ。

 

「しかし、ヒュームもそろそろ、か……じゃあ、次のお前のところの稼ぎ頭は、あのお嬢ちゃん達か?」

「ホイザー、分かってて聞いてるな?」

「まぁ、無理だわなー……」

 二人の脳裏に、お嬢ちゃん達、と呼ばれた少女達四人の姿が浮かぶ。

 

「武器に頼りすぎだ。エリィが崩れたら、全滅に近いだろう」

「あと、経験がなさ過ぎるか……ちょっとデカイのが来たら、固まって潰されるなー」

 

 ホイザーの言は、まさに事実である。彼女達は迷宮でキャノンボールに出会った際、固まった。絶望で思考を放棄し、喚き、諦めたのだ。ミレットとウィルナが現れなければ、まず間違いなく全滅――死んでいただろう。

 これがヒューム達なら、また違った筈だ。全滅という事実は覆らなくとも、彼らは生きる事を諦めず、全ての可能性を視野に入れて、あらゆる全てと戦い続けた筈だ。それが、彼女達とヒューム達の決定的な差でも在る。

 恵まれたが故に、彼女達は苦しむという経験を、自身達が苦しんだ、と思う程には積んでいない。

 

 バズとホイザーは、その後もなんとなく自分達の店にいる連中を、あぁだ、こうだ、等と冗談交じりで寸評し合い、ふと、ホイザーが思い出したような顔でバズに問うた。

 

「そーいやバズ。おまえのとこ、面白い新人雇ったって?」

「あー……」

 くるか、と思っていた言葉に、分かっていながらバズはこめかみを中指で掻きながら顔を顰めた。

 

「……なんだ、妙に気になる顔だなー、おい。なんか面倒な奴なのか?」

「ホイザー、お前どこまで知ってる?」

 バズの言葉に、ホイザーは軽く頷いてから応えた。

 

「妙に算術に強い、細い男だってのは聞いた。あとなんだ……リーヤが、なー」

 バズの店で偶に働く、そしてホイザーの店で宿をとる少女の名を口にして、続ける。

 

「えらくこう、ひ弱いって聞いたがよー? あとなんだ、名前がねーんだって?」

「まぁ、そんなもんだ」

「そんなもんかよ……お前はなんというか、現役引いても貧乏くじひくなぁー。んなモン拾い上げて、どうすんだよ? 雑用以外じゃ能無しじゃねーか」

 

 そのホイザーの、若干馬鹿にしたかのような声色に、バズは目を細めた。力を信奉する冒険者ならば、重視するのはどうしても強さだ。体力、精神、忍耐、そして生きて行くという強さを持たない人間に対して、侮蔑的に見てしまう事は、仕方ないのだろう。

 事実、バズの目から見ても男は脆弱すぎる。それでも、とバズは思うのだ。それだけで全てを決めてしまうには、あの男は余りに違いすぎるのだ、と。まるで違う生物だと言わんばかりの弱さと。必死に本を漁り、何かを探す姿に。美しいメイド二人に対して、拒絶的な態度で接する在り方と。

 だが、それとはまた別に、彼には我慢できない物が在る。目を細め、相手を射抜くように見てしまうほどに、我慢出来かねる物が、心の奥底にあるのだ。

 

「……かわんねーな。お前は。自分が馬鹿にされるより、誰かが馬鹿にされるのが、そんな嫌か?」

「分かってるなら、やるんじゃねぇよ。趣味が悪いぜ、それは」

 ふん、とそっぽ向くバズに、ホイザーは朗らかに笑った。肩を揺すって、面白くて仕方ない、といった感じで、だ。

「そーゆーお前だから、ガイラム達もお前の言うことを全部覚えて、おれんとこに来てゴミ漁りに物教えてるんだろうなー……こりゃ、現役通して、俺の負け越しかもしれねぇーや」

 

 目じりに浮かんだ涙を乱暴に手の甲で拭いながら、ホイザーは軽く言う。だが、その言葉は決して軽い物ではない。競い合った仲だ。共に、同じ時代を苦しみ、時に助け合った仲だ。次々と仲間を失っていく中、運よく残った同期だからこそ、嫌でも分かる。それは本当に敵わないと、心底から出た言葉だと、バズには分かってしまう。

 だから、彼は言うのだ。元競争相手で、現同業者に。

 

「だとしても、俺のとこから出てった奴らが、今もそうやって変わらないのは、お前のとこに居るからだろうが」

 ホイザーのそれが心底からの物なら、バズのこれも心底からの物だ。ホイザーはバズをじっと見つめ、自身の肩を二度三度叩いてバズから視線をずらし、軽く首を横に振って、広い額を叩いた。

 落ち着きの無いそんな仕草を終えてから、ホイザーはゆっくりとコップを掴み、バズの前まで持っていく。

 

「まー……なんだ、あいつらと、そのおまえんとこの新人に」

「……」

 バズは無言で、コップを掴みそれをホイザーのコップに軽くぶつけた。

 

「乾杯だ」

「お互いになー」

 

 コップの中を飲み干しながら、バズは思う。男にもこんな風に過去を語り合い、心底をぶつけ合ってもいい相手が傍に居れば良いと。

 だが、そのバズの思いはまったく無駄だ。

 

 彼は、男はただの異邦人だ。ここに、男の過去はない。奪われたのが名前なら、失ったのは男の傍にあった"当たり前"という全てだ。

 ここには、男の何もない。男が動いて創り上げない限り、何も無い。

 

 そして。

 創り上げても、潰され、奪われるのだ。迷宮の奥底で蠢く、何かに。


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