題名のない迷宮会   作:カツカレーカツカレーライス抜き

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今回、特に残酷な描写があります。ご注意下さい。


第15話

「あぁ、ありゃない」

 ヒュームは疲労に侵された相を隠そうともせず、テーブルに突っ伏した。彼の仲間達も同様の相で、同じ様に突っ伏し、或いは肩を落としてだらしなく椅子の背にもたれ掛かる。

 

「なんだよ、あれはよ。情報じゃ朝型だったのに、昼になっても動き落ちなかったぞ?」

 銀色のプレートアーマーを着込んだまま突っ伏すヒュームの隣で、このチームにおけるサブリーダー役、中衛弓士のディスタが乱暴に頭を掻きながら零した。

 その言に、後衛図式魔術師のブレイストが続く。

「しかもあれ、モンスターじゃなかっただろ」

「あぁー……ありゃもうその辺の害獣だ。冒険者が狩るもんじゃねぇわー……」

 最後に、後衛治癒士ベルージが応え、皆黙り込んだ。

 

 場所は彼らがいつも屯する『魔王の翼』亭、なんとなくいつも囲むテーブルである。周囲には人影はなく、まだ他の冒険者達が迷宮で仕事中だということが分かる。

 それもその筈だ。今は陽も高い昼を少し過ぎた程度の時間であるのだから、普通の冒険者達なら罠やモンスターを警戒しながら、カンテラの光を頼りに薄暗い地下世界をゆっくりと歩いている頃である。

 朝の早くから出かけたが故に、ヒューム達は皆より早くに宿に戻った訳だが、それでもこれは大分早い帰還だ。予定なら、陽が沈むくらいに戻ってくる筈だったのだが――

 

「あぁくそ、ミックスのミックスって時点で、考慮すべきだったんだよなぁ」

「だな」

 ヒュームの愚痴に、ディスタが頷く。と、その彼らの耳に、近づいてくる足音が一つ。

 彼らは一瞬肩を震わせて、同時に同じ場所を見た。視線の先はカウンターの入り口。

 そこから出て、こちらに寄ってくる男の姿を、男一人だけの姿を見て、ヒュームは溜息を吐いた。

 失意、ではない。安堵の、だ。

 

「なんだよ……坊主か」

「……す、すいません? えーっと……ミレットとウィルナに代わりましょうか?」

 手にはトレイと、そこに置かれたコップ四つ。それを持ったままカウンターの奥に引き返そうとする男に、ベルージが慌てて待ったをかける。

 

「い、いや、いいって。いいから、いいからそのまま坊主が持ってきてくれって、な?」

「……あぁ、はい」

 その様子に、男は得心がいった様子で頷き、彼らのテーブルに近づいていく。

 手に持っていたトレイからコップを一つ一つ取り、彼らの前に置いて行く。今や聞かれる前に出てくるいつも通りのオーダー、今朝も頼んだそれらが、ヒューム達の前に置かれた。

 

 ヒュームは甘みの少ない苦いコーヒーを軽く口に含み、舌の上で数度転がしてから嚥下した。喉を少しばかり焼いて通っていくコーヒーは、彼好みのものだ。それが、疲労を払拭していく。

 ディスタも、ブレイストも、ベルージも。それぞれの飲料を嚥下してヒュームと同様の相を浮かべていた。

 人心地ついた、と思ったその時、男の声が彼らの耳を打った。

 

「ミックスってなんです?」

 好奇心と言うよりも、何かを知らねば生きていけない、といったゴミ漁りに似た表情で問う男の目を一瞥して、ヒュームはコップを手にしたまま目で笑いかけた。

 

「坊主は知りたがりだな」

「知りたがりっていうか……あぁ、まぁ、そんなもんです」

「勉強なんて俺はまったく興味なかったけどなぁ……まぁいいや、ミックスってのは――」

 

 迷宮には様々な種が存在する。虫型、獣型、半人型、ゴーレム型、死人型、そしてそれ以外。

 それらは実に多種多様に迷宮に散らばり、冒険者の前に立ちふさがり、そして彼らの生活の糧となる素材を落としていく。ゴーレム等は胃袋が無い為、中を割いても硬貨は出てこないが、それでも石人形である。素材が石、となれば、その石は鉱石を含んでいたり貴重石の原石、という事もあって、十分糧になる。

 その糧になる、一括りにモンスターと呼ばれるモノには、種が近い存在がそれなりに多く居る。普通はばらけて迷宮に点在するそれが、何故か固まっている場所などがあると、そこには混血種が生まれる。

 

「で、普通はその混血――ミックスは、なんでかその代で終わるんだよ」

 ヒュームの言葉を継いだディスタに、男はなるほどと頷いた。男が居た世界で見た、虎と獅子の属間雑種、ライガーなどは繁殖力のない一代限りの生き物だ。メスのライガー等は繁殖能力を持つ事もあるようだが、その子はやはり一代限りだった。基本的に続かない命なのだ、それは。

 

「けど、たまにやらかすんだよなぁ」

 ベルージが右手で顔を覆って天井を仰ぎ見る。

 

 それが、ミックスのミックス。新種の誕生だ。こうなると、親の情報などなんの意味もなさない。それは新しいモンスターなのだから、ミックスである親のように、どちらかの行動を真似ると言った事は少なく、独自の動きを見せる。集団戦を得意とするモノから、単独戦闘を得意とするモノが生まれれば、見た目こそ既存のモンスターに近いが、まったく別の動きを見せると言う初見殺しの誕生となってしまう。チーム編成、モンスターとの戦闘経験、それらが噛み合えば、全滅や脱落者を防げるかもしれないが、経験が不足した者達や、ゴミ漁りがそれにあたってしまえば、もうどうしようもない。

 それを防ぐ為に、それなりの腕を持つチームがまず情報を集める、というのがギルドの規定なのだが、

 

「まず大前提の情報が違いやがった」

 ヒュームは一旦そこで言葉を切り、手に持っていたコップを口元に運んだ。ゆっくりと、味わうようにコーヒーを嚥下してから、彼は続ける。

「ギルドの話じゃ、朝型って話だったんだ。だから朝に追い込んで、昼あたりに捕獲しようって話だったのに、あいつら昼でもピンピンしてやがってな」

「挙句なぁ……、坊主、信じられるかー? あいつら、逃げる際にダンジョンから出ようとしたんだぜー……?」

 未だ天井を仰ぎ見たままのベルージの言葉に、男は首を傾げる。

 

「……出ようとすることも、あるんじゃ――」

「いや、ねぇよ。出るわけがねぇんだよ」

 男の言葉を、ブレイストが強い口調で遮った。彼は口調そのままの勢いで大和の濁り茶が入ったコップを呷り、飲み終えてから長い息を吐いた。

 

「モンスターは迷宮を生息地にするからモンスターなんだよ。外に出たらそれは害獣だ。狩人の獲物なんだよ、それは」

 定義、なのだ。

 

 モンスターと呼ばれるそれは、ダンジョンの中で巡り回る生物であり、外に出るべきモノではない。人に害為すといっても、モンスターは怪物と呼ばれ害獣とは決して呼ばれない。

 逆に、外に住まう害獣はどれだけ人を襲おうが、食らおうが、怪物とは呼ばれない。いかにその爪が鋭かろうが、その牙が何者をも噛み砕こうが、ただの害獣だ。

 地下世界の中で巡り、冒険者の糧となり、迷宮で完結した命こそが怪物であり、陽の下で生息するモノは獣なのだ。そこには明確な差があるのだろうか。いや、迷宮の中だけで終わろうとする生物は、確かに獣とはまた違ったモノなのだろう。出られる筈の、出ても良い筈のそこから出てこないのだから、怪物達には怪物達の本能で定められたルールがあるのだ。

 

「あれはもう、モンスターじゃねぇ……ただの害獣だ」

 ヒュームは呟き、男を見た。そこには疲れたと語る相がある。

 彼らの言葉が正しいのであれば、それは彼らが命を賭けて戦う意味の無い存在だからだろう。

 それでも、彼らは、

 

「ま、なんだ。それはそれ、これはこれ、だな。また明日にでも潜って、調べて、捕獲して、んでギルドに報告だ」

「めんでー」

「言うなって。肩が重くなっちまう」

「まったくだ」

 笑った。命を賭けるべき存在ではないとしても、一度受けた仕事だ。敵の動きが予想の範疇に在ろうと無かろうと、彼らはやると決めたのだから、やるだけだ。

 放棄して誰かに任せようとは、思わない。

 そんな彼らを、眺める目が一つ。男だ。彼は笑貌の彼らを眩しそうに見ていた。

 ヒュームには、そんな相に思い当たるモノがある。迷宮からの帰り道、仲間達と馬鹿話をしながら歩く彼らの前で、ボールを蹴って遊んでいた子供達が、その動きを止めてじっとヒューム達を見つめていた時に浮かべていた相は、今男の顔にあるモノと同じだ。

 

 憧憬。羨望。

 

 ヒュームはだから、自身の顔の前で軽く手を振った。

「俺達なんてたいしたモンじゃない。そんな顔はな、坊主。バズさんにでも見せとけ。あの人はな、今じゃこんなちっさい店の主だが、昔はそりゃあ、馬鹿みたいにでっかい槌を振ってモンスターを文字通りぶっ飛ばしてたんだぜ?」

「あぁ、一回見たけど、あれすげーよなぁ」

「あの、なんか文字の書かれたあれだろ? あれなんて読むんだ?」

「お前は、娼婦口説く文字はかけても、他のはよめねーのかよ」

 げたげた、げらげらと笑う彼らは、しかし僅か一瞬で動きを止めた。

 

「こちら、タリサ様からで御座います」

「……」

 麗人のメイド二人が、豚串が十本ほど乗った皿を持ってきたからだ。

 迷宮で苦しい経験を積み重ね、情報もないモンスターもどきを相手に回して得物を振るう彼らとしても、このメイド達は未だに馴れない。

 おまけに、彼女達がやって来る気配を一切読めなった。中堅最強の一角としては、大失態である。そのうえ、話していた内容が内容だ。

 娼婦云々等という話を、この美しすぎるが故に人間的匂いの少ない、と言うよりは一切無い、無表情なメイド二人に聞かれた、と言うのは、彼らとしては酷く辛い。胃にずっしりと来るモノがある。二日酔いの後、無理矢理肉料理を詰め込んだ、位には重い。

 

 だが。だが、である。

 彼らは一流を前にした、中堅の中でも最も力を持つ冒険者チームだ。いつまでも、一週間の時を経て尚、ただ固まっている訳にはいかないのだ。

 斬らねばならぬ。斬って路を拓かねばならぬ。目の前の敵を斬って捨てれず、何が冒険者か。

 

「み、ミレットさん! 疲れた俺達になんかサービスを!!」

 いったった。

 椅子から腰を上げ、拳を握りこみ、いったった。的な顔で、鼻の穴を大きくひらいてむふー、と息を吐くブレイストを、ヒューム達は、なんでそんなこといったし、的な表情で冷たく見ていた。

 ブレイストの相は、実際ひどいドヤ顔である。こんなドヤ顔、そうないだろう。

 男はサービスってなんぞ、的な顔であったが、その背後に佇むメイド二人は、やはり表情筋が息をしていない常通りの相であった。

 しかし、ヒューム達には常通りの相に見えても、男から見れば少々違う。そこに思案の色が見えるのだ。

 ミレットは恭しく一礼してから男を真っ直ぐと見つめ、

 

「皆様がメイド的なサービスをお求めですが、よろしいでしょうか、旦那様」

 問うた。

 男は逡巡し、だからメイド的なサービスって何、といった顔のまま頷いた。

 頷いてしまった。まさに、しまった、だ。

「では、旦那様のお許しも得ましたので」

「……」

 メイド二人は男の背後から歩み出て、ヒューム達の前まで寄る。いつ間にか口内に溜まった唾を嚥下し、身を堅くして構える彼らの前で、荘厳にメイド二人が

 

「おいしくな~れ、おいしくな~れ、萌え萌えきゅきゅ~ん」

 

 少しばかり腰を曲げ、その腰の辺りで両の手をハート型に模し、佇んでいた。

 その前に、一回転したのは何故だろうか。少しばかり逸らし気味な貌はなんだろうか。しかも何故、それを表情筋を一切動かさぬままやったのだろうか。

 

 驚愕すべきその一連の意味不明な舞いに、ヒューム達は目を点にし、口を大きく開けて、唖然としたまま動かない。その姿に、男はさもあらんと重々しく頷いた。

 目の前でいきなりあんな、腐った動きをされれば、普通そうなる。かつてパソコンのモニター越しにそれを見た男も、彼らと同じ顔でポカーンとさせられたのだから。

 

「とりあえず、今後それ禁止な」

「如何様、今後は俺の前だけでやれという遠まわしな命令で御座いますね」

「違うに決まってるだろ。あとなんだ、そのいかさまって」

「なるほど、また、同意、の意で御座いますが」

 ちなみに、どうでも良いことであるが、この会話の最中もミレットとウィルナはポーズを取り続けていた。

 

 

  ○      ○      ○

 

 

 頭が痛い。頭が痛い。ただでさえ息苦しいというのに、あぁ、頭が痛い。

 

「旦那様、お薬を用意いたしますか? 生憎と、優しさが半分を占めている薬はご用意できませんが」

「……頭痛の原因が用意する薬ってのも、怖いな」

「旦那様にそこまで思われて居ようとは、このミレットの目をもってしても見抜けませなんだわで御座います」

「凄い無理矢理感」

 あぁ、息苦しい。息苦しい。せめて夜なら、せめていつもの眠る部屋なら、狭いあそこならこの息苦しさも、頭の痛さも消えるのに、まだ時間は昼だ。まだ、まだまだ昼だ。

 

 結局、あのままいらん場所をずっぱり切り開いて、意味不明な舞踊を見せられ再起動しないヒュームさん達を置いて、俺達はカウンターの奥、厨房に戻った。料理を作っていたタリサさんも、今はまた果実酒の仕込みに戻っている。あの人はあれを見ずに済んだのだろうか。いや、済んだと思いたい。思わせてくれ。

 

 ここには今、俺とあの酷い台詞とポーズを見せたメイド二人しか居ない。

 しかし、それにしたって、あれは酷い。本当に酷い。

 

「あぁ、畜生……これではっきりした」

 はっきりしてしまった。してしまったのだ。確実なモノとして。確固たる事実として。

 思えば、俺はおかしな事ばっかりで気付いてしまう。バズさんの計算に戸惑う姿で、ここが異世界だとはっきり理解できた。目も無い少女を、気持ち悪くとも、それ以上に綺麗だと感じた事で自分の違った所を認識させられた。

 そして今度はこれだ。

 

「お前ら……やっぱり俺のために用意されたんだな?」

 俺の言葉に、ウィルナとミレットは一礼してから応える。

「初めてお会いした際、お呼びによりまかり越しまして御座います、と」

 呼んだ覚えは無い。けれど、願ったのは事実だ。それでも、もしかしたらと思いたかった。それも、砕け散った。

 

「あんな馬鹿なサブカルメイドの真似、どこで覚えた?」

「旦那様に願われ、この形となった時、情報としてここに」

 ミレットは自身の、薄めの胸に手を当てて応える。大きすぎるのは趣味じゃない。小さすぎるのも趣味じゃない。が、細身が好みの俺は、この位が一番好きだ。大好きだ。

 

 あぁ、馬鹿め。あぁ、馬鹿め。何を供物に、何を願ったのか。あぁ、大馬鹿者め。

 それでも、これは剣と盾だ。どんな姿であろうと、どんな奇矯な言動をとろうと。

 

「お前らは、俺が元の場所に戻るための……そういったモノか?」

「……旦那様、剣と盾があれば、どの様にされると願ったので御座いましょうか?」

「……あぁ、馬鹿だ」

 それがあれば、今の俺より好きになれる。それがあれば、と、願ってしまった。本当にしまった、だ。俺は帰るために、それを願った訳じゃない。違うことを願ってしまった。

 

 しまった、だ。畜生。

 

 泣きそうな俺を、二人のメイドがどんな顔で見ていたかなんて、俺は知らない。いつも通りの無表情であればいいんだ。だから。だから頼む。

 二人の悲しそうな顔なんて、俺は見てないんだ。知らないんだ。

 

 それでも多分。いつか受け入れなくてはならない。俺の願いが、わがままが二人を作ってしまったのなら。大人になれなくても、子供をやめなくてはいけない。




いやぁ、残酷な描写()でしたね。

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