題名のない迷宮会   作:カツカレーカツカレーライス抜き

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プロットもないとか見切りにも程がある。


第2話

 なんだここ。どこだここ。なんだここ。どこだここ。

 

 なんであんなのが出るんだ。なんでこの子達はあんな風に動けるんだ。

 

 なんだここ。どこだここ。なんだこれ。どこだこれ。

 

 分からない。分かる筈ない。あぁ、けど、これだけは分かった。

 

 ――ここに居たら死ぬ。

 

 それだけは良く分かった。

 

 

 ○      ○      ○

 

 

 これほど慎重に歩いたのはいつ以来だろうか。

 

 ――あぁ、初めの頃かしら。

 

 まだ初心者丸出しで、冒険者とも呼ばれずゴミ漁りと呼ばれていた時以来だ。身に纏う防具もみすぼらしい中古の皮鎧で、分厚いだけのブーツなどは本当に辟易とさせられたし、腰に下げた錆びた剣など、今腰にある二振りに比べたらゴミも同然だと思い知らされる。

 しかしそれ故というべきか。彼女はどこまでも慎重だった。カンテラに照らされた狭い視界の中で息を殺して足を進め、眼前に現われる迷宮のモンスター、怪異、全てを恐れた。

 死にたくない。傷など負いたくない。自身は綺麗であるからジュディアなのだと言い聞かせ、臆病に行き続けた。

 

 が、今はもう昔、だ。体を覆う部分鎧はそれなりの物であるし、ゴミ漁りなどと嘲笑を向けられる事もない。彼女達四人は中堅として、それなりに成功を収めた冒険者なのだ。

 

 それなのに――

 

 ジュディアは自身の二つ前に居る男の背中を一分の隙無く見つめた。

 細い体だ。鍛えて居るようにも見えないし、何かしらの戦闘的技術を修めているようには到底見えない。その癖暢気であった。

 男は先頭に居るエリィに話しかけたり、すぐ前に居るフードを目深に被った少女に笑いかけたり、すぐ後ろにいる少女に振り返って驚かせてしまったりと随分と忙しなかった。

 

 過去形である。

 

 今は身を竦め、落ち着きも無く周囲に視線を走らせ、物音一つで喉から小さな悲鳴を零している。一人の夜を怖がる子供のような姿だ。つい先ほどにあった戦闘のせいだろう。

 

 気概も無い。

 

 ――あんなのただの雑魚じゃない。

 

 ジュディアは脳裏に先ほど斬ったモンスター、フロッグを思い浮かべた。同時にフロッグの情報を思い出す。

 モンスターレベル1。単体対単体撃破難易度1。集団対単体撃破難易度1。集団体対集団撃破難易度1。

 冒険者未満とされるゴミ漁り――スカベンジャーでもどうにかなる相手に過ぎない。そんな物を相手に回して、あぁも怯える迷宮探求者はいないだろう。

 

 だが、だからこそ。だからこそ異常さが目立つ。そんな男がどうしてあんな下層部にいたのか、と。

 

 自由都市ヴァスゲルド南東部迷宮、踏破難易度も比較的低い場所とは言えども、身軽な――と言うよりは一般的な冒険者からすれば男の装備は裸も同然と言えるが――装いで来る事は不可能だ。一流なら或いは、と言ったところだが、男はどう見てもずぶの素人であり、この都市の一般的な男性と見比べても脆弱すぎた。

 

 ――どこかの貴族のバカ息子? そういうのが誘拐されて、ここに置いて行かれた……とか?

 

 思い浮かんだそれは、しかし目を伏せて口元に浮かんだ嘲笑に消される。

 どんな貴族であれ、剣は最低限教えられるし、貴族的な空気と言うものがある筈だ。所謂、貴族の生きる場所は見栄の市場、と言う奴だ。尊大に構えて見栄を張るのが貴族であり、平民や冒険者の前で怯えるような貴族は居ない。

 

 見栄も無い。

 

 では何があるのだろうか。男の背中から感じ取られる物は、ただの怯えと恐怖しかない。

 

 覚悟も無い。技術も無い。

 

 無い、無い、無い、無いばかりだ。大きく、本当に大きくジュディアは溜息を吐いた。彼女の前を歩く少女が、それに気づき目だけを向けてくる。それにジュディアは、笑って見せた。

 

 もうすぐ迷宮の入り口だ。カンテラだけでは不確だった視界は、迷宮入り口から射しこむ日の光によって徐々に確かな物になっていく。ならば。

 

 ――もう関係ないことなんでしょうし?

 

 その筈だ。正体不明の異常な男との関係は、ここまでだ。ここを出れば知った事ではない。これ以上の世話は必要ない。こんな初心者のような慎重な歩みも、お荷物の解放と共に終わる。

 

 その筈だ。

 

 ○      ○      ○

 

 その筈だった。

 

「いや……ここ、どこだよ?」

「はぁ?」

 

 迷宮を出て男が発した言葉に、ジュディアは眉間に皺を寄せて応えた。少なくとも彼女は応えたつもりである。

 

「いや、だからここ、どこ?」

「あのねぇ」

 

 いまだ怯えたように周囲を忙しなく見回す男に、ジュディアは苛立ちも隠さず詰め寄る。と、男は逃げるように一歩下がる。それまで動き回り過ぎていた男の視線が、ジュディアの腰にある二振りの剣に注がれた。

 

 ――そこはまぁ、及第点か。

 

 ジュディアは冒険者的な立場からそんな事を思った。しかしそれは口を止める理由には勿論なり得ない。

 

「優しい優しいジュディア達は、貴方を、ここまで、無償で送ってさし上げたのよ? 感謝の言葉も無いわけ?」

「あ……そか、ごめん」

 男はジュディアが呆れるほど簡単に頭を下げた。

 

「男が簡単に頭を下げるとか……あんたどこの出身なのよ……」

 眉間に寄った皺を揉みながら、ジュディアは肩を落とした。どうにも、この拾った男は男臭さと言うか、らしさがない。

 実際、男が傍に居るのに比較的落ち着いた仲間の一人を見る限り、その辺りの物を持ち合わせては居ないのだろう。暴力的でも粗野でもない。それは一応の美点であるが、過ぎれば――

 

「あと……ありがとう、助かった」

 脆弱にしか見えない。

 

 またしても簡単に頭を下げた男に、ジュディアはもう何を言う気も無くなった。これを放り出すのは、なんというか酷く気が乗らない。だからと言って、面倒を見るのも嫌だ。

 我侭と言われるかも知れないが、これでも随分甘いと彼女は思う。身包みを剥いだわけでも、金銭を要求した訳でもないのだから。一般的な冒険者の常識から見れば、これはもう優しさの大盤振る舞いだ。ジュディア的には一年分くらいを使い切った感じである。これ以上の慈悲は必要ない筈だ。

 

 ただどうにも、これは――この男は、なんというか、保護欲を刺激してくるとでも言うのか、罪悪感を押し付けてくるのが嫌なのだ。

 誰かどうにかしてくれ、と自身の周りを見回すと、少しばかり離れたところに立つ男嫌いの仲間と、憎らしいほどに常通りといった佇まいのフードを目深に被った仲間。そして、何やら普段と違って所在無げな仲間の背中が目に入り――

 

「あぁ、そっか」

 小さく呟いた。そのジュディアの小さな呟きを、開かれたフルフェイスヘルムは遮らなかった。

 

「あなた、これのお気にじゃない」

 今度ははっきりと聞こえる声で。びくり、と震えた仲間――エリィの背中に満足し、彼女は続けた。

 

「じゃあ、任せたからね。ジュディア達は手に入れた素材とかその辺換金していつもの酒場に居るから、終わったら来てよね?」

 そう言って、ひらひらと手を振って歩き出す。

「え、ちょ!!」

「では」

「えーっと……その、頑張ってください?」

 エリィを除く少女達はジュディアに続けと言わんばかりにそう口にして去っていく。去り際、男にちらりと視線を向けた少女は男と目が合い、慌てて顔を背けた。

 

「ちょ! お前らなぁ! これはなんか酷いぞ!? おい!?」

 エリィのそのなんとも言えない叫びに誰も振り返らず、彼女達の背中は小さくなっていった。本当に任せるつもりらしい。

 

 エリィはフルフェイスヘルムを左手で脱ぎ、右手で乱暴に頭を掻いた。それから、弱々しく男の方に目を向ける。

「……えーっと?」

「……あー」

 

 お互い、建設的な言葉は出てこない。出てこないが、まずはだいたい、こういった場合する事は決まっている。

 

「……自己紹介」

「?」

「だからさぁ」

 エリィはもう一度乱暴に頭を掻き、体こと男に向き直った。

 

「私とあんたの、自己紹介!」

「あ、あぁ……そっか」

 

 男はエリィの言葉に頷いた。その素直さが、純な物に見えてエリィは頬を朱に染めた。好みの仕草ではないし、好ましいタイプでもない。それでも、迷宮内で聞いた男の呟きはエリィに気恥ずかしさを抱かせてしまうし、意識させてしまう。緊張だってしてしまう。カンテラだけの光源では見えなかった様々な物が日の光の下では見える。

 黒い髪は珍しいが、それが綺麗な髪となれば少々珍しい。黒い瞳も良く見れば茶色が混じって少し面白いし、怯え居ている色以外にも、奥底に何か強い知性の彩度が見えた。

 

 しかし、それ以上何がある訳でもない。深みを感じさせない、浅いものだ。

 エリィの父親はもっと深い色を持っていた。ただし、その色は酷く濁った光を帯びて、娘の目から見ても気持ちの良い物ではなかったが。

 

 ――いや、もう親父はいい。

 少しばかり日に焼け、常に周囲を睥睨する父の相を頭から追いやり、エリィは一度唾を口内に溜め、嚥下する。

 

「私の名前はエリィ。レスタンフェイルの狼の部族の出で、今は冒険者。で、前衛の重戦士だ」

 

 するり、と縺れることなく言葉は転び出た。緊張していても自己紹介程度は出来る。年頃の少女としてはいいだろうが、冒険者として出来なくては不味い。何事もここから始まるのだから。とはいえ、男は冒険者でも無さそうなのだから必要な事でもない。本当にただ、間を持たせたかっただけの事だ。或いは、取っ掛かり探しか。エリィの言葉に続いて、男が口を開く。

 

「えーっと、日本出身のただの高校生で、名前は……」

 そこで、間が空いた。

「……」

 まだ間が空き、

「――……」

 ずっと間が空く。

 

「いや、ニホンってのは知らないし……コウコウセイ? んー……まぁ、いいけどさ? 自分の名前は?」

 エリィはだから、続きを促した。促したが、男は黙ったままで、その相に先ほど以上の落ち着きの無さが見てとれる。微動だにせず、目だけが檻に閉じ込められ狂乱した鼠のように動き続け、顔色は青に染まり始め……やがて男は大きく息を吐いて――

 

「……ない?」

 

 息と共に吐き出された言葉は、余りに頼りない物だった。




次で若干チートするかも。
この世界的な意味で。

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