題名のない迷宮会   作:カツカレーカツカレーライス抜き

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かなりの文章が足りていなかった、また唐突過ぎたと仕事中に気付き、帰宅と同時に文章の修正、追加いたしました。
今後はこんな事が無いよう、注意いたします。


第22話(大幅修正版)

 人々が行き交う通路で、一人の少女が所在無げに佇んでいた。

 少女は、足元に在った石を蹴って、短く息を吐く。ついていない、と少女は肩を落とした。

 その姿は、少女特有の愛らしさを多分に含んでおり、道行く人々はなんとなく目で追ってしまう。少女の身を包む貧相な鎧と、腰にある片手剣が、その少女が冒険者、それもまだ新人のそれである事を物語っている。

 仕事を取り損ねたのか、それとも失敗でもしたのか、等と思い彼らが歩きながら眺めていると、その少女に近づいていく四人、これもまた継ぎ接ぎだらけの皮鎧を身にまとった、一見して冒険者達と分かる姿が見えた。

 

 そして、少女と四人組は少しばかり話を交え、やがてお互いに頷き。

 ゆっくりと道行く人々の視界から去っていった。誰も止めようとは思わない。危ないとも思わない。道を歩いていた皆は、そのまま各々が目的とする場所まで何事もなく進んでいく。十歩も歩けば、大抵の者は少女と四人組の事など忘れ、これからの仕事、用意しなければならない家族への料理等へと思いを馳せた。

 今しがた彼ら、彼女らが見た物は、この都市、ヴァスゲルドでは良くある風景なのだから。

 

 

  ○      ○      ○

 

 

 薄暗く狭い室内で、彼らは食料を探していた。

 陽のあたらぬ世界であれど、目は機能を失っていない。目をぎょろぎょろと小刻みに動かし辺りを見回すと、苔があった。彼らは四つの足を使って跳ねながらそれに近づき、口をあけて長い舌を伸ばした。

 彼らの食事は、大抵そんな粗末なものだ。迷宮、それもゴミ漁り御用達と呼ばれる最低難易度の場所でさえ、彼らは食物連鎖の最下層に位置するモンスターでしかない。

 故に、飢えを凌ぐ為なら彼らはなんでも食べた。今口にしている苔などは常から食すもので、ゴミ漁りの死体、それにわいた虫などは彼らからすれば偶のご馳走である。

 どれだけ知能が低かろうと、糧となれば本能は忠実だ。美味い物を口にしたい、という欲求は強く、あぁどこかにご馳走はない物か、と不満げに苔を貪る彼らの耳を、音が打った。

 

 一斉に動きを止め、彼らは音がしたであろう場所を、ぎょろりと見る。こつこつと鳴る音は、迷宮でよく見かける、二本足の生き物の足音だ。

 どうするか、と目で合図をしあい、彼らは最後にリーダー格の一回り体の大きな存在を見た。

 瞳孔が開き、舌を伸ばして振るっていた。やる気だ。

 そう感じた彼らは、もう苔など見向きもせず、ただじっと足音がした方向を睨みつけ、そして二本足の影が狭い室内に入ってきた瞬間後ろ足に大きく力を入れて飛び掛った。

 

 上手くいけば、ご馳走が食べられる、と。そう信じて飛び掛り。

 彼らは全員、死に絶えた。

 

 

  ○      ○      ○

 

 

「ヒューム、そっちに――って、終わってるか」

「当たり前だ」

 名を呼ばれた冒険者、ヒュームは、自身の名を呼んだ中衛弓士ディスタに振り返り、手に持っている片手剣を軽く振ってこびり付いた血を払った。

 床に散乱したモンスター――フロッグの死体、今しがた殆ど自身一人で倒したそれらを一瞥して、肩を落とす。

「……なんだってんだ、こりゃあ」

「ま、仕方ねーよなぁー」

 零れ出た力ない呟きに、カンテラを持って立つベルージが応じる。先程ヒュームの名を呼んだディスタも同じ様な姿であるし、ブレイストも言わずもがな、だ。

 そのなんとも、力の抜け切った仲間達の態度にヒュームは眉を顰めて

「いや、お前らちょっとは警戒しろよ」

 と言っては見ても、彼自身警戒など全くしてない自然体だ。片手剣を下げた姿は力みなど一切無く、達人ゆえの無駄な力を行使しない姿と言うよりは……

「お前が言えるか、それ?」

「……まぁ、な」

 仲間達と同じ、無警戒が為だ。

 

 あの後、彼らは『魔王の翼』亭に居辛くなった為、店を出て四人で適当に道を歩いていると、何故かとある迷宮の中に入ってしまっていた。

 そこは彼らが普段攻略しているような難易度の高い場所ではない。

 では、どうしてそんな場所に、と思えど、ヒューム達には思い当たる節がある。在りすぎた。

 

「こんな気分で歩けば、そりゃここに来るか……」

 ヒュームの声に、他の仲間達は何とも言えない相で辺りに目を這わせた。

 石造りの薄暗い地下迷宮。そこそこに広く長い通路。罠など殆ど無く、偶に出てくるモンスターも貧弱で脅威足りえない温い空間。

 そこはかつて、彼らが何度も潜った場所であり、一番苦戦した場所であった。

 

「信じられねぇよな。俺達、こんなのにまごついてたんだぜ?」

 自身達の居る、狭いフロアの天井を見上げてシニカルな笑みを浮かべるブレイストに、ディスタが頷く。

「あの頃は失敗ばっかで、バズさんによく怒られたよなぁ」

 あの頃、と言うのはゴミ漁り時代の事だ。彼らとて最初から強かった訳ではない。むしろスタートは遅かった方だろう。純粋な前衛はヒューム一人で、中衛のディスタは弓が仲間に当たるのではないかと常に弱腰で、ブレイストも魔法を冷静に行使出来ずにまごつき、ベルージは効果的なサポートスキルの使い方も分からず、上がりの無い日が何日も続いた、そんな頃だ。

 

 ぼろぼろになってバズの店に戻り、彼らは店主に怒鳴られ、そして余り物だと言われた食べ物をよく貰った。

 嬉しくて、情けなくて、傍目も気にせず何度泣いただろうか。ヒュームにはもう、そんな事は多すぎて分からない。

 首を横に振り、長大息を漏らした。

 そんな気分であるから、気持ちであるから。かつてを、苦しい時間を長く味わったこんな場所に来てしまったのだ。

 

 冒険者、または傭兵という生き方を選んだ人間は、どこか偏った人間が多い。生来そうであったのか、環境がそうさせたのか、偏屈で不器用で、どうにも一般的な枠に入れない人間ばかりだ。

 それも当然と言えるかもしれない。普通に生きられるなら、普通に生きていける。

 それを態々冒険者、傭兵、そんな生き方を選んだ時点で違っているのだ。それ以外生きる道が無かったと苦しみ、嘆き、後悔の果てに受け入れたのだとしても、命を糧に金を得ようとする事は、普通ではない。間違いなく偏りが在るのだ。

 感情を上手く処理できず、謝罪する機会を逸し、かつて散々苦しめられた迷宮に呆っと入ってしまうなど、まず普通の人間はやらない。そしてそれは、元冒険者、彼らの恩人であるバズも同じである。なにせバズは、若い頃競争相手に抜かれたと言う理由だけで、仲間達の制止を振り切り一人迷宮へと転がり込み、結局新調したばかりの斧を駄目にしたのだ。

 もっともこの辺りの話は、どんな冒険者にも大なり小なりある馬鹿話だ。ヒュームやバズだけがおかしいという訳でもない。前述の通り、彼らは大抵馬鹿か不器用、どちらかに振り切って、偏っているのだから。

 

「馬鹿だよなぁ」

「いや、もう言うな」

 ディスタの言葉に、ヒュームはまた首を横に振る。言わねば気がすまないとばかりに。

「朝、さっさと降りてすいませんでした、って頭下げりゃ、良かったんだ。それを俺達は、下手にプライドなんて持ったから言い訳なんて考えて、時間を無駄にした挙句、これだ」

 周囲に散乱したモンスターの、その真っ二つに分かれた死体の一つを片手剣で軽く叩いて、ヒュームは鼻で笑った。モンスターに対する嘲笑ではない。

「結局俺達は、ゴミ漁りのままだ」

 自身に対する物だ。

 

 その言葉に、ディスタは片眉を跳ね上げたが、結局何も言わなかった。リーダーがこうなった以上、サブリーダー格である彼がヒュームの気持ちを切り替えさせなくてはいけないが、その彼自身ヒュームの言葉に否定的な感情を抱けない。

 何より、結局何も考えないまま、体の動くままにゴミ漁り御用達と言われる迷宮に入ってしまったのだから、何も言う権利は無い。それは皆、同じだ。

 それでも、こんな場合誰かが動く。

 

「ま、それはいーからさ」

 いつだってエールを飲むベルージが、軽く手を叩いて皆の視線を集める。

「来ちまったもんは、仕方ねーからよー……、久しぶりに歩こうや。今の俺達には、多分ここがお似合いって事だろうし、な?」

 片目を瞑って不器用にウィンクするベルージの顔を、ヒューム達は凝視し――大笑いした。

 

「どこの色男だ、お前」

「えー……」

「いや、今のは良かったぞ。あれなら娼婦も落とせるぜ?」

「えぇー……」

「それミレットさん達にやってくれよ。反応確かめさせろ。で、良い方向に行くなら今度俺がやる」

「ええぇー……」

 ヒューム、ディスタ、ブレイスト、仲間達の言葉に一々応えるベルージの相は、げんなりとした物であったが、そこには笑いを誘う愛嬌があった。

 それにまた彼らは大笑いし、ヒュームが目じりに浮かんだ涙を乱暴に手の甲で拭い口を開く。

 

「そうだな、歩くか」

 彼らは頷き、そして歩き出した。が、その足はすぐに動きを止めた。

 ヒュームは僅かに腰を落とし、体を半身に構え、ディスタは前方を睨みつけ、弓に矢を番え。ブレイストはロッドを前に突き出し、ベルージは左手のカンテラを床に置き、メイスを右手に後方へ下がった。通常であればカンテラは必要だが、弓士であるディスタの一撃から始まる彼らには、光は必要なかったからだ。

 

 足音だ。

 まとまりも無い、ただ全力で走っていると一聴して分かる物だ。それが、彼らの前方、長く暗いみすぼらしい石造りの廊下、その光も届かない向こうから迫ってくる。

 小さかった音はやがて瞭然と彼らの鼓膜を振るわせ始め、目に飛び込んできた人影は――

 

 去っていった。

 

 振り返りもしない。全力で、怯えきった表情が、四人。

 一目で安い鎧だと分かる物を着込んだ四人が、恐怖に貌を引き攣らせてヒューム達の隣を我先にと通り抜け、去っていったのだ。

 一番最初に肩から力を抜いたディスタは、体を前に向けたまま目だけ後ろへ向け、耳に神経を集中させる。

 足音は小さくなっていくだけだ。戻ってくる気配が無い事を確認してから、ディスタは肩を落とした。

「ゴミ漁りだな」

「うん……あれは、逃げたな」

 ベルージの言葉に、何から、と返す者は無い。ここは迷宮で、今しがた必死の形相で去って行ったのはゴミ漁りだ。であれば、判然とさせるにさしたる思考は必要ない。

 

「この先だな……行くか」

 ブレイストの声に、ヒュームは、おや、と相を崩した。声に妙な緊張が含まれていたからだ。

 ヒュームの相を見たブレイストは、神妙な相を態々創り上げ、声を落とし

「おいおい、俺達は今、なんだ? ゴミ漁りのグループなんだぜ?」

 なんだそれは、とヒュームは口を開きかけたが、あぁ、なるほどとすぐに思い直し頷いた。

 その程度が相応しいと言ったのは、他ならぬ彼自身だ。

「よし、じゃあ行くぞゴミ漁り共!」

「お前もだよ、ゴミ漁りのヒューム」

「あぁ、そうさ」

 ヒュームはベルージを一度見てから、にやりと笑って片目を閉じた。

 馴れていないヒュームのウィンクを見て、彼らがどうなったか等、言うまでもないだろう。

 

 

  ○      ○      ○

 

 

 冒険者未満の冒険者、と呼ばれるゴミ漁りは、所謂お試し期間だ。

 どこまでやれそうか、どこまで行けそうか。それを確かめる為の見習い時代である。

 そんな見習いの間にやはり無理だ、と辞めてしまう者も少なくはなく、また続けるつもりであっても、怪我や実家の都合で抜けてしまう者も居る。

 そうなると、そのゴミ漁りが抜けた分を補わなければ成らない。時には喧嘩別れや、パーティバランスの為に再編成を余儀なくされたグループもあるので、この頃が一番面子が変わりやすい。同じ宿に居るゴミ漁り、町で見かけた少数だけのゴミ漁り等に声をかけ、彼らは再び頭数を補充し迷宮へと向かっていく。とりあえず、一回組んで様子を見るのだ。一回だけの補充要員、と言うのもある。

 それもまた、お試し期間と言われる所以であろう。

 そして、今長く貧相な廊下を走るリーヤも、再編成を迫られたグループに声を掛けられ、とりあえず今回だけでも、と補填された頭数の一人であった。

 

「あぁもうこれはねぇだろ! あいつらもう二度と組まねぇ!!」

 酸素が必要な走行中に、怒りの余り大声が出てしまう程度に彼女は憤慨していた。

 これでまた、生存時間が短くなったと理解は出来ても、感情が爆発せぬ事をよしとしなかったのである。短気な性分は本当に損だ、とリーヤは走りながら毒づき、背後に目をちらりと動かした。

 迫ってくる影は三つ。四本足で硬い石造りの廊下を軽快に走るのは、灰色の狼だ。

 グレイウルフ。モンスターレベル7。単体対単体撃破難易度7。集団対単体撃破難易度5。集団体対集団撃破難易度9。

 狭い範囲での集団戦を得意とする、見た目通りの名を持つモンスターである。

 だが、そんなデータはどうでも良い事だ。そんなデータ以上に、出会った瞬間彼女を置いて逃げ出した、今日組んだばかりのゴミ漁り達よりも、まず彼女には納得のいかない事がある。

 

「なんで! お前らがここに居るんだよ!!」

 またも口からでた声と酸素が、彼女の顔を更に赤くさせ、肺を締め付ける。

 

 グレイウルフは本来ここに居ない存在だ。モンスターレベル7と言えば、中堅冒険者なら軽く、といった物で、ゴミ漁り卒業後の新米なら、同数同士でなんとか、といったところだ。

 どう考えてもゴミ漁りには荷が重い。そんな存在が居るなら、ここはゴミ漁り御用達迷宮とは呼ばれていないだろう。

 だからこそ、リーヤを誘った者達は一目散で逃げ出した。そしてそれを、リーヤは分からないでもない、と冷静な部分で感じていた。

 

 まずは生き残る事。それがルールだ。初心者だろうが、ベテランだろうが、一流だろうが、死ねばそこまでだ。敵わない相手を向こうに回したとき、兎に角逃げる、と言う事は冒険者として間違った事ではない。むしろ発見に遅れた自身が悪い、とさえ思う。だがそれとは別に、冒険者ではない、一人の少女としての部分が、納得いかぬと吼えさせている。

 

 何よりも、甘く見ていた自身に彼女は怒りを覚えた。

 最近の迷宮はおかしい、と知っていた筈であるのに、対岸の火事と考え、自身の身を焼く事は在り得ないと、なんの確証もなく決め付けていた。

 

 走りながら、リーヤは自身の手に在る片手剣に目を落とした。

 研ぎ直されたそれは、リーヤの纏まらぬ感情とは違い、無骨に一つの為だけに鈍く輝いている。敵を倒す為に、と。

 では足を止めて剣を振るうのか、と問われれば、リーヤは否と首を横に振る。それが出来るなら、逃げては居ない。噛み切られて死にたくは無い。爪で切り裂かれて死にたくは無い。

 ――死にたくなんか! ねぇ!!

 

 偶然、いつも組む仲間達が宿屋や店の仕事で体があかず、一人で暇をしていた所に声を掛けられ、これだ。簡単な気持ちで頷いた自身を、彼女は恨んだ。死ぬに死ねない。死に切れない。

 気心のしれた仲間達に詫びながら、彼女は奥歯が砕けるかと言うほどに強く噛み締め、ただ前を見た。暗い、代わり映えのしない通路が、ただそこに在るだけだ。

 ――前髪だけなら! 今触れさせろよ!!

 

 遠い昔、どこかで聞いた勝利の女神の話を思い出しながら彼女は走り続け、ただ走り続け――やがて手足は痺れ、顔は上がり、肺と心臓は限界だと脳に信号を送り。

 目を閉じた。リーヤは、確かに目を閉じたのだ。

 ――もう、無理だ、畜生。

 声にならぬそれを、胸中だけで呟き。ならばせめて、と手に最後の力全てをつぎ込み、片手剣を強く握り締めた。

 目を開き、足を止め。ゆっくりと振り返り、口を真一文字に閉ざして、迫ってくるグレイウルフを睨みつけた彼女は。

 

「は?」

 自身の隣を走った風切り音と、それに少しばかり遅れて奔った銀色の影を目にした。

 一瞬であった。ディスタの放った矢がグレイウルフ一体の額に深々と刺さり、未だ駆ける二体の灰色狼の首と胴体を、鈍い光を放つ片手剣が切り裂いた。

 息をしていない事を確認してから、リーヤの隣を走りぬけ一瞬で二体仕留めた人影、ヒュームは、血が付いた片手剣を軽く振るって鞘に戻した。

「よう、大丈夫か?」

「あ、あ、あ、あれー? ヒュームさんが居る……あれこれもしかして最後に見る走馬灯とかいう奴?」

 だとしたら、歳若い乙女としては納得出来ぬ最後であれど、満足だ。リーヤの冒険者としての憧れは、ヒュームだ。特に強力な火力を有したわけでもなく、強力なスキルを持つでもなく、冒険者として凡庸であるヒュームは、中堅最強の一人として一つの頂に立っているのだ。

 そこが小さな山であろうとも、リーヤからすれば見上げても尚見えぬ雲の向こう、果てである。そんな風になれるのなら、と何度リーヤは胸を高鳴らせ、頬を紅く染め思った事だろう。

「くそ……最後になんてもん見せるんだよ……死に切れねぇじゃねぇか……こんなの」

 俯いて、涙をボロボロと零すリーヤに、ヒュームは怪訝な相を浮かべて近づいた。

 

「おい、本当に大丈夫か?」

 頭をぺしぺしと叩くヒュームを、涙の浮かんだ瞳で呆然と見上げたまま、リーヤは叩かれた頭を数度撫で、

「ほ、本物だー!?」

 顔を赤く染めて勢い良く後ろに跳び退いた。

「当たり前だろうが」

「いやここに居るのがおかしいっていうかなんでここにヒュームさん!?」

「俺達も居るんだけれどな?」

 リーヤとヒュームの背後から、弓を持ったディスタ、にやけ顔のブレイスト、カンテラを持ったベルージが現れる。

 リーヤは目を見開き、自身の頬を捻った。

 

「本物だって」

 ヒュームの言葉に、リーヤは涙の浮かんだ目を、乱暴に手の甲で何度も拭いながら頷いた。

「いやまぁ、お邪魔でしたかなぁ」

「う、うっせーなぁブレイストさん!」

 にやにやと笑うブレイストに、リーヤは鋭い目を向けて迫力無い一喝をした。本気で怒鳴ったところで、ヒューム達の身を竦ませる事など不可能ではあるのだが。

 

「どういう事情かは、お互い道々しよう。まだ進むなら手伝うが?」

 ヒュームから掛けられた言葉に、リーヤはすぐに応えず、暗い通路の向こうを黙って見つめた。 小さく息を吐き、リーヤはヒュームの顔を見上げた。熱くなる頬を意識せず、出来る限りゆっくりと、落ち着いて声を出す。

「ここは。仲間達と一緒に進みますです」

 おかしな言葉遣いに触れず、ヒュームと仲間達は軽く頷き、そうか、とだけ零した。

 さて、じゃあ帰るか、と呟いたディスタは、振り返ろうとして動きを止めた。

 一瞬で腰を落とし、背に担いだ矢筒から矢を一本抜き取り、弓に番える。まさに一瞬だ。

「どうしたッ!」

 小さな声で叫び、腰を落として片手剣の柄に手を置いたヒュームに、ディスタは短く応える。

「何か居た」

 ブレイストがロッドを手に持って使う図式をイメージし始め、ベルージは後退する。リーヤは足手まといになるだろうと、ベルージの傍まで下がり、全員が息を殺した。

 数秒、じっと前方を睨みつけ、ディスタは首を伸ばして視界に広がる闇の世界を凝視し続ける。目と耳に全神経を集中させ――彼は引き絞っていた弓の弦を緩めた。

 

「くそ……なんだ、これ」

 首を伝う、やけに温い汗を慌てて拭い、矢を矢筒へと戻し立ち上がる。

「何が居た?」

 未だ闇を睨み続けてたまま問うヒュームに、ディスタは首を横に振った。

「何か嫌な感じだった……一瞬だけ視界にはいったのは……そうだな、白一つと……黒二つだった」

 中衛弓士が持つパッシブスキル、ナイトビジョンを持つディスタの言葉だ。ヒューム達は疑いをも持たない。

「白と黒のモンスターか」

「……」

 ブレイストの漏らした溜息交じりのそれに、ディスタは応えなかった。応えれば、妙な事を口にしなければならなくなるからだ。

 

 ――なんだ、あれは。

 

 一瞥、一瞬だけの捕捉だった。それはモンスターではなく、白い服を着た一人と、黒い服を着た二人だった。

 そう、彼の目には、確かに人が見えたのだ。それだけなら、同業者が居たと思うだけで済むはずだ。だと言うのに、ディスタの経験が、勘が、警鐘を嫌と言うほど鳴らしている。深く触れるなと、多くを語るなと。

 それ以上に、彼は自身の深い場所へと侵食する恐怖に怯えた。日常が音を立てて崩れて行く様な錯覚が眩暈さえ感じさせる。

 何か、一瞬見ただけでも忘れる事が出来ないような、最近どこかで見ている何かの様な、そんな物が。

 確かに、見えたのだ。

 

 

  ○      ○      ○

 

 

 迷宮から出て、中央区へ出る道を歩む。

 そこには草臥れた様子の冒険者や、意気揚々とした冒険者達が歩き、それぞれの成果などを大きな声で、また小さな声で語り合っていた。

 そんな中、リーヤ達はというと。

 

「なんですそれ」

「まぁ、なんだ。あんまり突っ込んでくれるな。ちょっと自分が今情けない」

「そんなの最初に頭下げてりゃあバズさんならあぁそうかですませてますってばです」

「それが分からないほど、こっちも馬鹿になっててな。中途半端なプライドが、邪魔した……あぁいや、もう言い訳はやめよう」

「……はい。そっちの方がヒュームさんらしいですよ」

「そうか」

「はい」

 会話を交わしていた。

 といっても、交わしているのは二人だけだ。他の三人、ディスタ達は少しばかり後ろを歩き、黙ってヒュームとリーヤを見ている。

 いや、黙っては居なかった。彼らは小さな声で

 

「で、あれいつくっつく?」

「うちのリーダーはあぁいうのとことん駄目だからなぁ……この前娼婦に出す手紙の内容相談したら、天気の話でもしたらどうだ、で返した男だぜ?」

「それはひどい」

 そんな言葉を交わしていた。

 幸いヒュームの耳には届いていない。が、リーヤの耳にはしっかりと届いていた。

 ――ブレイストさんはほんとに碌な事しねぇ。

 

 と、胸中で苦く零す彼女の耳に、聞きなれぬ声が届いた。

 

「よう、ヒューム」

「あぁ、ジータ。久しぶりだな」

 目を声がした方向に動かすと、様々な迷宮へと向かうための道、その交差点となる場所に置かれた道しるべの傍に、冒険者達が四人居た。

 一見して高級品と分かる装備で身を纏った冒険者達だ。その彼らは、ヒュームの隣にいるリーヤを一瞥し、笑みを浮かべた。

 

「相変わらず、古いルール守ってるのか? そんなだから、出遅れるんだぜ?」

「誰かに回してる時間を自分達の為に使うのが、そんなに嫌か?」

 ジータ、と呼ばれた男と、その隣にいる男の言葉に、ヒュームは首を横に振る。

「こっちの方が、誰かの役に立ってるって実感できるんだ。馬鹿にするか?」

「いや」

 ジータは、意外にも否定せずヒュームの言葉に頷いた。

「むきにならないっていうのは、お前らが無理をしてない証拠だからな。迷宮の潜り方も、やり方も、ルールも色々だな。ただ……」

 ただ、とジータは空を仰いだ。

 

「お前らなら、もっと先に、もっと早く行けるんだ。それも忘れるなよ?」

「これくらいで丁度良い、って事だ。潜る速度もそれぞれ、だろ?」

「そうか」

 ジータはヒュームににやりと笑いかけ、歩き始めた。続いていく仲間達を引き連れて去っていく彼の背中、そこに背負われたいかつい斧を見つめ、リーヤはヒュームに問うた。バズの店、彼女が使っているホイザーの店に居ない顔故に、だ。

 

「あれは?」

「俺達の二つほど先輩、かな。一流って呼ばれてる冒険者だぞ?」

「んー……二つ名とかは?」

「戦斧だ」

「あぁあれか」

 リーヤでも聞いた事がある名だ。ただ、会った事もなかったので、流石に分からなかった。ピンきりで、おまけに減ってもまた増える冒険者社会だ。人の顔と名を一致させるのは難しい。

「今時の冒険者って奴でな。まぁ何度か一緒に仕事もしたし、悪い奴じゃない」

 すこしばかり離れた所に立っているディスタからの言葉に、リーヤはなるほどと頷く。リーヤを一瞥してきた時、彼らの目に侮蔑や嘲笑の色は無かった。ただ、ゴミ漁りを助けてどうするんだ、と純粋に思っていただけなのだろう。

 見返りなど無い事であるのだから、迷宮攻略や収入の安定をまず第一に考える今時の冒険者からすれば、古いルール等守る必要はそうない物だ。

 

 リーヤ達に背を向けていたジータは、何か言い忘れていた事でもあったのか。立ち止まって振り返った。大きな声をあげ、ジータは口を動かす。

「そうだ、ヒューム」

「ん?」

「お前、火焔竜の迷宮の話、知ってるか?」

「火焔竜……? あぁ、あれか」

 冒険者の間には、都市伝説的な話は多い。隠された十番目の迷宮、迷宮の王、徘徊する不死の騎士、そして火焔竜の迷宮と言えば。

 

「そうだ、一流殺し、だ」

 そんな場所がある。比較的踏破難易度の低い、火焔竜クリムゾンソードの迷宮、そこの最深部には、他と同じ様に竜の彫像が置かれている。その真紅に染められた竜の彫像が在るフロアには、一つの扉があるのだが、そこが妙なのだ。

 

「大抵の冒険者が入っても何も無い。が……」

「一流と呼ばれる冒険者が入ると、生きて出て来れない」

 そんな間だ。それの何が恐ろしいかと言えば、それが真実だからだ。

 かつて、武器を強化する為の素材集めにその迷宮へと向かった一流どころが、いつまで経っても迷宮から帰ってこないと言う事があった。帰ってこれない訳が無い。迷宮へと潜ったのは名うての者達なのだ。

 それを不審に思ったギルド役員が、他の冒険者に探索を依頼したのだが、仕事を請けた者達は、最下層のフロア、その扉の奥に転がっていた、真っ二つに両断され、或いは壁や床に押し潰れてこびり付いていた一流冒険者達の死体を発見してしまったのである。

 

 それ以来、ならば自分達がそのフロアを踏破してやろうと多くの者達が向かって行ったが、帰ってこなかったのは全て一流と呼ばれた冒険者達だけであった。

 故に、一流殺し、と安直に呼ばれる様になったのである。

 

「で、それが?」

「……いや。ただ、最強は誰か、ってのをそろそろ証明したくてな」

「やめとけよ。あれは噂話の類じゃない。一流の冒険者が帰ってこないってのは、事実なんだぞ」

「潜り方はそれぞれ、だ」

 もう言い残した事はないのだろう。ジータは、今度は振り返る素振りも無く、去っていった。

 小さくなっていく背に、ヒュームは何か声を掛けようとして、首を横に振った。決めたのだろう。一流と呼ばれて尚足りぬと、それを。ならばもう、言うべき事は彼にはなにもない。ヒュームはジータが先程見せたように空を仰いだ。

 

 沈みかけの陽は紅く、ヒュームはそれが血の様に見えた。




結局今日更新みたいなもんなわけで。
更新スピード落として、もっと見直すようにしないとなぁ、と思う次第です。
……本当に申し訳ありません。

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