題名のない迷宮会   作:カツカレーカツカレーライス抜き

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第7話

 外食産業の昼時となれば、それはもう大層な稼ぎ時だ。

 と言うのは上の考えで、下の方――つまり現場はと言うと、軽く地獄に入る。フロアでは客が腹を空かせて唸り、カウンターの向こうの厨房ではキッチンスタッフが作っても作っても減らぬ仕事に唸り、そしてフロアスタッフは笑顔の下で唸る。新人がテーブルの番号を忘れる、皿を割る、落とす、新人があっちのお客様です、なんて指差す。落ちる拳骨と罵声。テーブル番号で言え。盛り付け間違えました。死ねお前。

 そんな世界が、そこに在る。

 

 そしてこの俺の新しい職場であり、仮の住まいである『魔王の翼』亭のお昼時はと言うと。

 

「叔父さんのまかないは、やっぱり大雑把な味付けさねぇ?」

「男の料理って感じですよね。こう、うん、大雑把で」

「うるせぇ。文句があるなら食うな」

 実にまったりしていた。

 

 どうでもいい話だが、バズさんのまかないは実に男らしい大雑把な感じで、タリサさんのまかないはなんとも男らしい手抜きな感じで、俺のまかないはそれの中間くらいな感じのモノになる。

 

 さて。冒険者御用達のこの店は、この時間が一番暇になる。冒険者である彼らは朝から迷宮、或いはギルドのクエストで休む暇も無く走り回っている最中で、昼なんてのは携帯食で済ませるのが殆どだ。

 偶に早くに仕事が終わった時に顔を出す連中もいるにはいるけども、彼らは夕食で腹を満たすつもりだから昼はさほど食べない。一日の終わりに、一日の仕事で得た金で喉を潤し、胃を満たすのが彼らの流儀なんだそうな。

 

 ちなみに、朝も腹に溜め込むほど食べる冒険者は少ない。

 動きが鈍るのを嫌うのと、腹を斬られ、或いは刺された場合、胃から消化不良の内容物が流れ出て、傷口を汚して傷の治りを遅くするから、それを避ける為だとバズさんは言っていた。

 その話を聞いた時、感染症対策に俺は吃驚した訳で、タリサさんにもちょっと聞いてみたんだが、その辺は医学的な根拠でそう言ったものを発見したのではなく、経験則上の範囲で、冒険者の常識になっているらしい、と彼女は俺に教えてくれた。飽く迄先人達の教え、でしかないのだ。

 

 とは言え、そこはそれぞれ、十人十色だ。朝にしっかり食わないと動けないという冒険者も居る。結局最後は、個人の自由でしかない。

 その日失うかもしれない自分の命なら、自分の価値観で全て決めてしまうのも良いんだろう。

 で、俺はと言うと朝もそれなりに食べる。三食それなりに食べないと動けないんだから、これは仕方ない事だ。

 それに俺は、冒険者じゃない。なれそうにもないし、なった所でどうなるか、分かりきっているじゃないか。

 

 俺はバズさんの作った肉と野菜を混ぜ込んで塩を振って炒めただけのものと、堅い黒色のパンを口の中に放り込んで咀嚼し、隣においてある木のコップに入った水で胃に流し込む。そんな俺をいつから見ていたのか、タリサさんがスプーンを持ったまま頬杖をついて眺めていた。

 

「……なんです?」

「いんやぁ……おまえさん、変わってるねぇ?」

「それ、昨日エリィの仲間にも言われたんですけど」

「ジュディアかい?」

「いえ、名前は知りませんけど、ほら、フードの」

「あぁ……そうか、普通は冒険者同士、気が合うか、一緒に仕事する時にしか名前は名乗らないからねぇ?」

 

 そんなモンか、と思い納得する。なにせ俺は、この店の客の名前なんてエリィとジュディアしか知らないのだ。エリィは最初の自己紹介で知ったけど、ジュディアはまぁ……いつも自分の事ジュディアって言ってるから覚えた。教えてもらったわけではない。

 そうなると、エリィと俺は、自分の中でも、相手の中でもちょっと特別なモノなのかも知れないなんて思うのは、自意識過剰なんだろうか。……それはそれとして。

 

「何が変わってるんです?」

「普通ねぇ、おまえさん? あれだけぱぱっと計算出来るなら、もっと稼げるところにいくもんだよ?」

 そう言ってから、タリサさんはスプーンの先を軽く振りながらバズさんに向け、口元を愉快気に歪めた。

「ねぇ、叔父さん?」

「うるせぇぞ、タリサ。また俺に計算で唸る毎日を送れってのか?」

「いやいや、んなこたぁ言って言ってないさね? ただ、なんも分かってない無垢な坊やを騙したまま使っていい気になってる叔父さんを見てるのは、姪として辛いって言いたいのさ?」

「……ふん」

 

 バズさんは鼻で息を吐き、自分の前にあるまかないの盛られた皿を左手で口元まで運ぶと、それを一気に掻っ込んだ。次いで、右手でコップを掴み、それを先程同様に口元まで運び、一気に煽る。三秒ほどしてから、バズさんはテーブルへコップを乱暴に戻した。

 そして、タリサさんを一瞥して、俺を睨んだ。

 

「おまえの、坊主の計算速度はその辺の学校出の奴より早いだろうな。そういう奴はな、普通こんなちっせぇ店じゃなくて、もっと客の来る……まぁ所謂一流って店に行くもんだ。王都のレストラン、帝国の皇族御用達のアクセサリーだのドレスだのと置いてある様な、そんな所だ」

「へー」

「いや、坊主、へぇーっておまえ……」

 

 俺の気の無い返事に、バズさんは心底驚いたのだろう。余り表情を動かさないこの人が、呆れたといった顔で俺をじっと見ている。隣を見ると、タリサさんなんかは面白いといった顔で俺を見ていた。

 

「変わってる、本当に変わってるよ、おまえさん? 一週間経っても、隣で寝てる私に何をする気配もないしねぇ?」

「いや、潰すとかいいましたよね?」

「んー……今なら、優しく潰すくらいにしとくよ?」

 なんとも加虐的な背筋にぶるりと来る笑顔を浮かべたタリサさんは、それはもうマジ怖かった。俺がその手のモノをご褒美と言える人間だったら惚れてしまいそうな笑みだ。

 

「仲がいいな、おまえらは」

「妬きなさんなよ、叔父さん? 飽きたらあげるから?」

「勘弁してください。マッチョは趣味じゃないんです」

「おまえらなぁ」

 呆れた顔で、しみじみと溜息をつくバズさんのその向こう――店の入り口で、扉の開く音がした。

 

「……さて、仕事だ。食い終わった奴から出ろ」

「はい」

「はいよー?」

 

 

 ○      ○      ○

 

 

「一週間掛かって、やって仕事終了かよ……たまらねぇなぁ」

「仕方ねぇだろ。ミックスの数が多すぎたんだよ、あれは」

「おぉーいー……エールくれー……」

 入ってきた男達は、適当な場所に座って項垂れ、或いは肩を落とし、頬杖をつきながら注文を始める。そんな彼らに男は近づき、オーダーをメモする為のペンとメモをポケットから取り出した。

 

「いつもの、ですかね?」

「ん? あぁ、いつもので分かるか、坊主?」

「いや、坊主て」

 銀色のプレートアーマーに身を包んだ若い冒険者の言葉に、男は軽く呻いた。

 

 男は、この店の客からはそう呼ばれる。バズがそう呼んでいると言うのも大きいが、一番の理由は男の物腰と体格のせいだ。

 一般的なこの世界の基準から見れば、男は細すぎる。おまけに全体的に稚気が富み過ぎている。ここは15歳で成人であるから、普通男位の年頃なら親元からはなれ、早ければ二人目の子供がいる頃だ。一個人の大人として社会に扱われれば、当然、考え方も落ち着きも相応の物になる。

 だと言うのに、男は"この歳になってもまだ"子供のような甘さが在るので、皆坊主扱いが順当だと思っているのだ。

 

しかし、それとは相反して。

 

「コーヒー、オレンジジュース、大和の濁り茶、あとたまにはエール、ですよね?」

「……何気にすげぇな、坊主」

「……まぁ、坊主でもいいですけれどね?」

 男にはこんな部分がある。聡いというか、順応能力が高いとでもいうか……立ち回り方に妙な慧敏さがある。

 自身のその場その場での役割を果たそうとするところは、この世界にはない空気を読む上手さ、とでも言うのかもしれない。自身の力量と、少数の集団を頼みに生きる冒険者の世界に身を置く彼らには、大きな集団――社会にあわせる事で無難に生きていく能力を伸ばすのは難しく、また思いもつかない事なのだろう。

 だからこそ、彼らには自身にない男のそれが、慧敏に見えたのだ。

 

「で……飲み物はそれで良いとして。食べ物はなんにします?」

「そうだなぁ……お勧めは?」

「バズさんとタリサさんが、今日は牛が余っていると言ってました」

「ならその辺でいいか……適当に四つほど頼む」

「はい」

 

 この冒険者達のリーダー格の言葉に、男は軽く頷いてメモにペンを走らせる。そのまま、少しばかり中空を睨み二三度一人で相槌を打ち、メモを彼らの居るテーブルに置いて厨房に入っていった。

 冒険者の一人が、男の置いていったメモを摘み上げ、目を細める。

 

「……どんな頭してんだよ、あの坊主」

「あぁ、今日もか?」

 八つの目が集まる先には、牛肉を使った料理が四人分、それからそれぞれの飲み物と、それらの合計金額が書かれていた。

 

「マスターも喜んでるから、いいんだろうがなぁ……これ、王都のレストランより計算速いよな?」

「……だな」

 彼らは驚嘆の隠しきれない声で、口々に囁いた。このヴァスゲルドの冒険者の中でも、彼らは中堅層で見ればトップクラスだ。この都市以外でも仕事を重ね、それなりの知名度を誇る有望株である。

 彼らは王都などに出向いた際には、一流程ではないが、それなりの食堂で食事をするわけだが、そこで雇われていた会計役よりも、男の清算の方が余程早く、ごく自然な仕草で見せた妙技に毎度舌を巻かされる。

 

「でも、坊主なんだよなぁ」

「不思議だよなぁー」

 通常、学校出は貴族か大富豪の息子だ。貴族の子息達、富豪の跡取り息子である長男等は他所へは出ないのだから、一流と言われる職場が招くのは次男、三男である。雇われた、と言うよりも請われて招かれた彼らは、職場での態度が酷く横柄であるのが常だ。

 清算に伝票をもってきた者を、計算も出来ない奴だと侮蔑の目で見る者もいる。本当の一流処となれば客も相応であるから、教育も確りと成されるが、冒険者風情が足を運べるそれなりの店程度では横柄者ばかりが目に付く。

 であるから、彼らにとって男は相当珍妙な生き物になる。

 

「普通に見るよな」

「少なくとも馬鹿にした様な目は無い」

「っていうか、どっちかって言うと尊敬されてるような気がしないでもない」

 彼らは、男が雇われた最初の日の朝に、一番最初に二階の宿屋部分から降りてきた連中だ。男が彼らを見ていた眼差しにも気付いていたし、その後も変わらぬ男の目の色には、気恥ずかしさを覚える位だ。

 それ以上に嬉しいのも確かではあるが。

 そんな会話の中、リーダー格の冒険者が軽く手を叩いた。

 

「ま、その辺でいいだろ。今日の稼ぎの分、四人分に割るぞ」

「うわ……めんでぇー」

「四人で割るってのも、難しいよなぁ……」

「また3ゴールド余ったらどうする?」

 共同用の硬貨袋を取り出し、テーブルの上に載せてひっくり返す。一斉に零れ出た硬貨の数に、彼らは眉を顰めた。少なくは無い。いや、寧ろ多い。その硬貨の山を、今から彼らは均等に分けなければならないのだ。

 毎度の事ではあるが、これは彼ら的に仕事よりも面倒な事なのだ。難しい、ではなく、時間をかければどうにか解決できる事だから、面倒なのだ。

 

「……坊主呼ぶか?」

 誰かの言葉に、リーダー格の冒険者は首を横に振った。

「それは酒場の人間の仕事じゃない」

 明確な言葉だった。仕事ではない事を頼むべきではない。当たり前に出た言葉に、それもそうかと皆が得心して頷く。仕事に文字通り命を賭けた彼らだからこその、瞭たる区別なのだ。だが、

 

「あ、手伝いましょうか?」

 そんな物、異世界出身の男にはなんら関係ないことだ。

 

「……は?」

 冒険者達は、いつの間にかトレーを持って傍にいた男の言葉に間抜けな声を返した。思考は完全に止まっている。今この男は、平然とした顔でこちらを窺う男は、何を言ったのだろう、と彼らは漠然としたまま調子はずれな声で問い返した。

 

「お、おま……いま、なんてった?」

「……面倒なら、手伝いましょうか?」

 男の言葉は、相は、やはり変わらない。常の、いつも通りの物でしかない。

 

「いやおまえ、坊主な。これは仕事じゃねぇから金で無いぞ?」

「まぁ、今暇なんで。それくらいは別にお金貰わなくても」

 十分金が取れる行為である。時間を金で買うとすれば、相当の無駄を省ける男の計算能力はかなりの金額になる筈だ。それをこうも簡単に、ぽんと無償で出すという男の姿に、彼らはもう返す言葉が無かった。

 彼らは一斉にバズに目を向けた。視線を受けたバズは、何も言わず、ただ腕を組んだまま頭を横に振るだけだ。何も言うつもりは無いらしい。

 

 ――それで良いのか雇い主。

 等と彼らが思っている間にも、男はトレーの上にある皿をテーブルに置き、それを置き終わると、

 

「……あー、じゃあ、目の前でやるんで。がめたりしないかちゃんと見といて下さいよ」

 そう言って計算を始めた。

「じゃあ、まず合計金額から出して――」

 

 そして。いつもなら大の大人四人が頭を突き合わせ、十本の指をフル稼働し唸りながら行う四分割を、男はあっさりと終わらせた。

 

「えっと、あとでちゃんと見直して下さいね? もしかしたら間違ってるかもしれないんで」

 結局は人の手だ。ミスと言うのは無くなる事はない。それを危惧して発せられた男の言葉にも、彼らは

「お、おう……」

 と応えるだけで精一杯だった。

「あと、四で割れなかったんで、3ゴールド余りましたけど……まぁ、これは皆で相談してください」

 恩着せがましくも無く、ただ当たり前にやったと言わんばかりの男の相に、リーダー格の冒険者は目を伏せた。それから、浅く呼吸をしてから、再び目を開ける。

 

「おい、お前ら」

「おう」

「あぁ……だいたいわかった」

「いい格好しいめ……」

「付き合うお前らも一緒だろうが……出せ」

「?」

 

 きょとん、とした男を置いてけぼりにして、彼らニヒルな笑みを頬に貼り付け、そのテーブルの上に残った3ゴールドに、それぞれ分けて置かれた自身の前にある硬貨の山から数枚を取り、足していく。皆が同時に頷き、リーダー格の冒険者は男に向かって強い口調で言葉を発した。

 

「おまえの取り分だ」

「……いや、でも、仕事じゃないんで」

「いいか、坊主」

 銀色のプレートアーマーを着込んだ、二十に成ったばかりに見える冒険者は、男の目をじっと見つめて、テーブルを軽く叩いた。

 

「おまえのそれは、十分仕事の範疇に入る物なんだよ。それから、な。俺達に都合よく使われたくないなら、これを貰わなきゃ駄目だ。線引きって言ってもいい。あと……俺達はお前の仕事に報いただけだ。誰かの仕事に相応の報酬も払えないような恥知らずに、俺達をしてくれるな」

 瞳の奥に、真剣な熱が在る。男は圧され、何も言えずただ立ち尽くし、冒険者達を見つめた。

 

「それと……」

 そこで、冒険者は頬を緩めて微笑んだ。

 

「俺はヒュームだ。お前の仕事に、感謝する」

「あ、俺ディスタってんだ」

「俺はブレイスト。また今度も頼むぜ?」

「あー……俺、ベルージ」

 

 突如教えられた彼らの名に、男は胸の奥から来る痛みをはっきりと感じた。名乗られても、返せる名前は無いのだ。

 それでも、痛みの中には確かな喜びがあるのも事実だ。認められたと言うそれが、痛みを越えて、男に笑みを浮かばせる事を良しとさせる。だから、彼は頭を下げた。

 言うべき事がある。名前が無いと伝え、そして、

 

「あ……ありがとう」

 知っている人の名前が増えた事の、この喜びを。言葉にしなければならない。

 例えたどたどしく、それを笑われようとも。




ハーレム的環境なのに男臭いッ
ラブコメ要素を対岸へと投げ捨てた拙作を、来年もよろしくお願いいたします。
はい、流石に今年はこれ以上の更新は無理です。

皆様、良いお年を。

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