遥か彼方で   作:アズマオウ

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第3話:孫悟空の最後の旅・後編

 雷鳴が轟き、暗雲が漂う地獄。あたりには針山が幾重にもそびえ、血の池からは鉄の臭いが撒き散らされている。

 地獄は当たり前ではあるが、悪人が来る場所である。そのため、秩序維持は困難を極めていた。過去には宇宙一と称される極悪人のフリーザやその部下、最強の人造人間のセルなどという強すぎる奴等もいて、抑えるのに一苦労したという。

 だが、最近は落ち着いてきている。というのも、強力で悪人でない戦士がこの地獄に降り立ったからである。仮に暴れても大体の敵は取り抑えられる。

 しかし悪人たちは懲りていないのか、今日もまた暴れ始めた。

 そのうちの一つに、大きな怪物が炎を吐きながら必死に、管理人の鬼達に叫んでいた。

 

「俺を地獄から出せっ!!」

 

 顔面は丸いが、目はかなりきつく怖い印象を持つ。鬼達はすっかり怯え、一目散に逃げ出した。見かねた緑色の皮膚をした、白のマントを羽織る戦士は舌打ちしながら近くにある岩に着地し、怪物を見下ろしながら呼び止めた。

 

「少しは落ち着いてみたらどうだ? 弱い犬にはよく吠えるってか?」

 

 怪物を挑発した戦士はまるで怯えていない。むしろ無防備に腕を組んでいる。怪物は頭に来たようで、ぎろっと睨み付けながら戦士に向かって炎を吐き出した。

 だが、戦士は素早く回避し、その場から姿を消す。どこに行ったのか分からず、怪物はきょろきょろと頭を振って居場所を探すも、見つからない。

 その時だった。戦士は突然背後に出現し、がら空きになった後頭部を思いきり蹴り飛ばしたのである。怪物よりも何倍も小さい戦士に大きく吹っ飛ばされて地面に大きな轍を刻み込んで、意識を失った。

 すたっと静かに着地した戦士が一息つくと、たちまち怯えていた鬼たちの喝采を受けることとなった。あまりこういうのが好きじゃない戦士に言わせれば、迷惑きわまりないものだが、秩序を守ることくらいしかやることはないので仕方なく受け入れている。

 

「さすがピッコロさんだー!」

「助かったぁ……」

「ありがとー!」

 

 戦士・ピッコロは鬱陶しさのあまり背を向けた。が、ふと横目をずらした瞬間、信じがたい光景を目にする。若干高い岩の上に、小さな少年の姿があった。特徴的な、横に伸びたヘアスタイルに、ボロボロになった胴着、そして無邪気な笑顔。どうみても、あいつだった。ここには存在しない、あいつだった。

 

「そ、孫!?」

「やるじゃねえかピッコロ!」

 

 悟空は先程のピッコロの戦闘を誉めながらぴょんぴょんと岩を飛び降りていく。本来彼は、孫悟空はここにいるはずがない。死んではいないからだ。

 

「何でお前がここにいるんだ!? また地獄に戻っちまったのか!? ……人がせっかく苦労して地球に戻してやったのに!」

 

 そう、悟空は前に地獄に落ちてしまったことがある。一度復活したドクターゲロによって悟空が強力な攻撃を喰らってしまったせいで地獄へと落ちてしまった(その時はあの世とこの世の境目が曖昧だった)。

 その際再び悟空を地球へと戻すため、 ピッコロと地球の神であるデンデが協力してどうにか地球へと戻したのだが、どういうわけかまた悟空がここに戻ってきてしまった。これでは元の木阿弥である。ピッコロは激昂するあまり、言葉も出なかった。

 しかしさらにピッコロを絶句させる出来事が起こる。突然悟空が手を差し出したのだ。まるで、握手しろとでも言うように。

 

「な、何だ?」

「いいから、握手だ」

 

 悟空は笑顔でそういった。なんの屈託もない表情で。ピッコロはますます歯噛みする。人の苦労を無駄にしたあげく、いきなり握手とは、普通ならば常識はずれだ。でも、それが悟空でもあった。悪人だったピッコロの心を砕いて穏やかなナメック星人へと戻したサイヤ人だった。

 ピッコロは恐る恐る緑色の手を伸ばし、悟空の小さな手を握る。その時、微かな電流に似た何かが伝わってきた。悟空の気か? いや、違うこれはーーー!

 

「孫……お前……」

 

 悟空は手を離すと、ピッコロの横を過ぎるように歩き始めた。

 

「オメエには、世話なりっぱなしでさ、借り返せなくて、ゴメンな」

 

 ピッコロは信じられなかった。先程握った悟空の手の感触は、信じられないほどに冷たかった。しかも、悟空の気を感じることも出来なかった。悟空は間違いなく死んでいる。でも何故今こうして存在しているんだ? それも、天使の輪すらつけていない。

 いや、その理由もすでに察していた。だけどそれを口にすることは、出来なかった。

 

 悟空は歩みを止めて、ピッコロの方を振り向いた。

 

「オメエのことは、一生忘れねえ」

「孫ッ!!」

 

 ピッコロは思わず悟空を呼び止めた。今さら自分が何をしようが、何を言おうが悟空の迎える運命は変えられない。でも、それでも、呼ばずにはいられなかった。

 しかし、ピッコロが振り向いて悟空の名を呼んだときには、姿はとっくに消えていた。地獄特有の冷たい空気は妙に寂しく、彼の白いマントをたなびかせていた。ピッコロの馳せる思いは、遥か彼方に旅立っていったサイヤ人に届いているかどうか、知る由もない。

 

 

 

 

 

***

 

 

 海のように深く、広い雲界を翔ていく神龍は、頭に乗る悟空に声をかけた。

 

「もう気はすんだか? もっとも、これが最後だからどんなに頼んでも譲る気はないが」

「ああ。もう気はすんだ。皆にもっと会いてえけど、オラにはもうそんな時間はねえだろ」

「そうだ……。悟空よ、覚悟はできてるな」

 

 悟空はうんとはっきりと頷く。すると、神龍の首の回りをぐるぐると周り続ける7つのドラゴンボールが突然輪を解き始めていき、悟空の周りへと集まってきた。

 その瞬間、悟空の体は少しずつ、少しずつ冷え始めていった。でもそれは心地いいものだった。体は暖を求め、自然に神龍の大きな頭へと身を任せた。すると、ほんわりと体に暖かさが染み渡り、浮かび上がるような気持ちよさが満たされていく。

 

「あったけえなぁ……神龍の背中……」

 

 悟空は目を閉じる。とたんに眠くなった。これが終わりかと、悟空は感じた。自身は消えて、仲間が残る、そんな最期だ。悟空は全く後悔していない。脳裏には、様々な楽しい記憶や、戦いの記録が走馬灯のように流れていく。

 そうしている間にも、ドラゴンボールは動いていく。

 六星球は左腕に、一星球は二の腕に。

 二星球は尻に、五星球は尻尾に。

 三星球は左の肩に、七星球は頭に。

 四星球は、頬に。

 入っていく。

 

 悟空は受け入れた。体の中にドラゴンボールが入っていくなど本来ならば嫌なものだけれども、その嫌な感じは一切しない。気づけば悟空の意識は霞み始めていきーーー。

 

 

 

 

 神龍と共に、遥か彼方にある世界へと、旅立っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

「ぅん……」

 

 糸が繋がる。像が作り出される。何度か瞼を開閉し、差していく光を受け入れていく。感覚が次々にスイッチをオンに切り替えていくのがわかる。背には柔らかく、くすぐったい感触があり、鼻腔には新鮮な空気が常に行き通っている。開いた視界には穏やかで薄い光が降り注いでいる草原が見えていた。

 悟空は立ち上がる。すると普段よりも視線が高い気がした。自身の体を見下ろしてみる。すると、長い足が見えた。悟空は確信する。自分は元の背に戻ったことを。

 いったいどうしてだろうと思う。でも、もう悟空には関係ない。自分はずっと、永遠にここで暮らすことになるから、どうであろうといい。空腹もなにも感じない、穏やかな世界で。

 そう悟ったとき、悟空は不意に涙が出た。頬に伝う感触に気づいたのは数秒もたっていた。

 

「何でオラは……泣いてんだ?」

 

 自問自答してみるも、頭の悪い悟空では分からない。けれど、悟空はこの気持ちに気づいていた。

 

 寂しい。

 誰もいないこの世界が悲しい。

 この選択は、間違っていたのかもしれない。

 

 地球を守るためにここに来たことを後悔はしていない。けれど、寂しかった。いやだった。チチもブルマもベジータも悟飯も悟天もクリリンピッコロもいない世界が、嫌だった。この、隔離された場所へとたった一人でいるのが堪らなく辛かった。

 悟空は指を二本立てて額に当てる。そして気を探りながら得意技、瞬間移動を発動しようとした。しかし、移動することはなかった。気を感知できない。自分の気しか、分からない。すなわち、皆のところには、行けない……。

 

「もう、オラは……皆に会えねえんだ……」

 

 これはずっと前に気づいたことだけれども、どこか他人事のように思っていた。だから今はっきりと自覚したときには、悲しさで胸が締め付けられた。もう、戻れないんだ……。あの頃に。今度こそ、もうどうやっても会えないんだ……。

 

 悟空は泣き続けた。嗚咽を漏らしながら、ただ永遠に続く草原に涙を溢し続けた。赤ん坊の頃以来流すことのなかった涙をすべて流しきるように、ただただ、項垂れていた。

 

 

 

 

「何をしているんだ、孫悟空」

 

 すたっと、破壊神・ビルスがこの地へと降り立つまで。

 




次回辺りでしょうか……その辺りで私なりの説を用意します。GT最終回に関しては色々となぞが多いので反論や異説などを唱えてもよろしいですが、仮に明らかに間違っていたとしても大幅には修正不可能です。多少ならば変えられますけど。

とにかく、感想やお気に入りお待ちしております。
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