翌朝
「やらかしたなぁ…」
朝っぱらからキラはそう呟かずにはいられなかった。
というのも、昨日の自分の迂闊な発言のせいで自分の首を絞めてしまったからである。
昨日の会社で、「この街にいる魔法使いを調べる」なんてことを思いつきで大佐の前で言ってみたはいいものの、その時はその方法、手段までは全く考えていなかった。
帰り道、シノ先輩と今後の方針について軽く作戦会議をし始めた時、冷静になって初めて気がつく。
「じゃあ、まずは情報収集から始めなきゃいけないし学校のみんなに聞き込みして回ろう!私は3年生を聞いて回るから、君は1、2年の方をよろしくね!」
会話の流れからシノ先輩がそう言うのは予想できることだが、生憎キラには学校での友達が一人もいない。
言わばボッチマンなのである。
ただでさえ聞きにくい状況だというのにも関わらず、質問しなきゃいけない内容も内容だ。
まさか直接「この街の封印って何かないですか」と聞くわけには行かない。
とはいえ、自分から言い出した事なので友達いないんでやっぱり無理ですなんて先輩に言えるわけもない。
さり気なく1年生をこちらに押し付けて来たシノ先輩を恨みつつ、いつものようにお弁当を作っていたが、考え込んでいたからか予想以上に時間が経っていたことに気づく。
「やっば、遅刻じゃん!」
キラは慌てて出かける支度をすると、急ぎ足で学校へ走っていくのであった。
市の名前が桜ヶ丘って名前だけに、学校も何故か丘の上に建っている。
更には、丘のふもとは上に店をあげるのが大変などの理由から多くの建物や店舗が並んでおり進みにくい。
徹底的に遅刻ギリギリの奴には厳しい立地だ。おのれ桜ヶ丘。
馬鹿正直に正規ルートで学校に向かっても間に合う確率は半分といったところなので、キラは仕事で覚えた店と店の間の細い裏道などを利用してショートカットを狙う。
道が狭く、人通りも少ないので事件が起こりやすい穴場と言ったところだろうか?
しかし、朝っぱらで遅刻ギリギリの現状の自分にとっては味方。
人が誰もいないので全力で走ると一気に学校までの距離を詰める。
「ま、このペースなら余裕だな。」
そう一安心し、学校までの最後の曲がり角を曲がろうとするとそこで事件は起こった。
ゴチン
と鈍い音がすると、体に激しい痛みが走り、視界が急に転倒すると何も見えなくなる。
倒れた?
視界が暗くなり、一瞬状況判断が遅れる。
自分は何かにぶつかって倒れたはずなのだが、何故かモチモチした柔らかい感触が顔中に広がっており甘酸っぱい良い匂いがする。
それに何か女の子がんー!んー!って唸ってるような声も聞こえるし…
………え、女の子の声?
今までに経験したことがなかったため判断が遅れたが最悪のパターンが脳裏によぎり、まさかと思ってがばっと顔をあげると、案の定自分の頭は小柄な女子高生のミニスカートの中から出てきた。
「ってことは今の感触はこの子の太ももとパ…パ…うわぁぁぁぁぁっ!!!!」
「………!?」
頭の中がパニック状態になっていきなり大声を出すと、目の前で顔を真っ赤にしている子を余計に怖がらせるだけだった。
相手の子をよく見てみると、口にトーストをくわえており、先程自分と衝突したせいか両手を後ろにつき、腰が引けて完全に立てなくなってしまっている。
これでは喋るに喋れなかったのだろう。
キラは相手の子を抱き起こすと、トーストを手に持たせてやり全力で謝罪する。
「本当に申し訳なかった!俺の事は引っぱたくなり通報するなり好きにしてくれ!!」
俺、桐城 煌は生まれて初めて土下座をした。
「あ、あの…センパイ…えと…大丈夫…です…から…」
顔を真っ赤にして俯きながら答える女子高生。
自分と同じ学校の制服を着ていたから女子高生と判別できたものの、そうでなければもっと年下と勘違いしたかもしれない。
身長はおそらく150あるかないか、地毛にしてはかなり珍しい真っピンクで、腰辺りまで伸びている長くて綺麗な髪をツインテールに分けている。
ロングツインテールとでも言うのだろうか?
胸はお世辞にも大きいとは言えず、体も痩せ型なのでシノのような自分の周りの同年代と比較すると小さく見えてしまう。
「えーっと、やっぱ俺先輩だよね?その髪の色、凄く珍しいから同級生じゃないなって思ったんだけど…」
嫌われているの覚悟でダメ元で話しかけてみると、少女ははっとした様子で周りを見渡し、少し離れていた所に落ちている紅色のベレー帽を拾うと慌てて頭にかぶり直した。
どうやら、ぶつかった際に落とした私物はこれだけではなかったらしい。
「私の髪目立つから…変、ですよね…?」
帽子はどうやら目立つ髪の色を少しでも誤魔化すためのものだったらしい。だとすると、余計に嫌がられることを言ってしまっただろう。
何やってんだ俺と思いつつもどうにかフォローを入れようとする。
「そ、そんなことないよ!確かに珍しいとは思うけど、凄く似合ってて可愛いし!」
「わ、私が可愛い!?」
まるでアニメのようにボンっと爆発したように更に赤面する少女。
遅刻ギリギリで急いでいる登校中、曲がり角で美少女とぶつかり、スカートの中に顔面を突っ込みそのままその相手を口説き落とす。
「って、こんなToLO○Eるみたいな展開があってたまるかぁぁぁぁっ!!!!」
「…センパイはよく奇声をあげる人?」
おまけに頭のおかしい奴認定されました。
痛い…その青く透き通った純粋な瞳が俺には痛い…
相手は既に冷静になっていたため、今なら少しまともな話ができそうな気がする。
「えっと、俺は桐城 煌。見ての通り桜ヶ丘高校生で2年生。それより、どうして俺がセンパイだってわかったの?1年生なら、昨日学校始まったばかりだよね?」
「ネクタイの色…1年生は赤で2年生は青です…」
昨日シノ先輩に学年のことで散々言っておきながら、そんなことにも気づけないくらい自分の判断能力は鈍っていたらしい。
「名前はなんていうの?」
「メルディ…あ、じゃなくて、やっぱり瑠奈(ルナ)です!」
………
何か物凄くあたふたしているように見えなくもないが、普通こんなあからさまに自分の名前を間違える奴がいるだろうか?
普通の人間なら、ニックネームとか、ネットで使ってる名前か何かかと思うのだろうが、キラは職業柄、こっちの方に発想が行ってしまう。
「もしかして、偽名?」
図星なのか、今までで一番ビクってした気がする。
瑠奈?さんは再び赤面し、しばらく考え込む仕草をした後返事をした。
「はい… 学校では瑠奈でお願いします…」
「わ、わかった… さっきのこともあるし、黙ってるよ… 」
お互い、さっきの出来事のせいか、ギクシャクしながら何とか会話を続けようとしていると忘れた頃にお互いの本来の目的を思い出させられることになる。
キーンコーンカーンコーン
「あ…」
「終わり…ましたね…」
その後、二人して新学期早々何をやっているんだと先生にガッツリ怒られましたとさ。
その日の昼、お昼休みに突入した時、キラは仕事の事を考えていた。
自分の不注意でパンツを見たり、転ばせたり、遅刻させたりと散々酷いことをした為、頼み事をするなど本来なら言語道断だが、学校でシノ先輩以外の人間と話をしたのなんて本当にいつ以来だろう?
今朝のお詫びをしつつ、瑠奈にこの街のことをそれとなく聞いてみようと思ったキラは、普段行かない購買に立ち寄り、普段絶対に買わない女子に人気のスイーツを乱暴に買い占めた。
後ろから殺気だった視線を感じたがそんなこと知るか。
「それにしても、あれだけ酷いことをしておきながら全然怒ってなかったよな… 俺の周りにはああいうタイプはいないし、逆に怖いんだけど…」
そういえば、どこのクラスかまでは聞いていなかった。
目立つ髪の色をしているし、適当に教室を覗けばいるかいないかは直ぐにわかるだろうと判断すると、端の教室から順に見ていく。
「瑠奈ちゃんいるかな…」
教室の前で思わずそう呟いた瞬間、キランと目を光らせた瑠奈同様小柄の生徒がこちらに向かってダダダダと走ってくる。
間違いなくキャラ濃いな。
そう嫌な予感をしていると、案の定その子は話しかけてきた。
「今、瑠奈ちゃんっていいました!?言いましたよね!?キャーっ!王子様なのかな!?」
「え、ちょっ… どういうこと?」
「お探しの瑠奈ちゃんならこのクラスにいますよ!! さあ、レッツゴー!!」
「って、ちょっと待ってくれぇぇぇぇ!!」
突然目の前に現れたその子は、キラの腕を強引に掴むと、教室内にそのまま凄い勢いで入っていく。
気まずかったが、心の準備も何もあったものじゃない。
瑠奈は教室の中の一番後ろの席に座っており、昼ご飯も食べずに本を読んでいた。
「しっののっめさーん!! 今度こそお話だー!!」
自分の事を教室内に連れ込んだ方の少女が瑠奈に話しかける。
てっきり仲が良いのかと思ったが、そういうわけではないらしく、瑠奈はその声を無視して本を読み続けていた。
こちらの少女も地毛かどうか疑わしいレベルのエメラルドグリーンの髪の色をしていて、髪型は肩にかかるくらいのストレート。
二人が横に並ぶと、自分はアニメの世界にでも来たのではないかと錯覚する。
組織内の噂話で、自身の魔法能力を究極まで高めた魔法使いは自分の体の一部が変化することがあり、それが原因で髪の色が変質する場合がある…
などと言う話を聞いたことがある。
一瞬、まさかなと思うがこの若い年齢ではまずありえないし、強者から出る独特のオーラや魔力の漏れもない。
何か事があると、すぐに仕事関連で想像してしまうのはキラの悪い癖だ。
話が脱線してしまったが、状況を目の前に戻そう。
瑠奈はかなり面倒そうな様子で渋々顔を上げると、その少女を睨みつけている。
今朝見せたような笑顔や赤面が嘘のようだった。
「朝山さんしつこい…私には話しかけないでと何度も言ってるはず。友達とかそういうの、要らない…」
「ふっふっふ!そうはいかないよ!今回は君の彼氏連れてきたんだから!!」
「「ブーッ!!!!」」
瑠奈が朝山さんと呼んだ子のいきなりの爆弾発言に、思わずキラと瑠奈が同時に吹いた。
その可愛らしい容姿と、物静かな様子からやはり瑠奈はクラスで人気だったのか、クラス中の男子からは殺意を持った目で睨まれ、女子からはキラキラした熱い視線を受けた。
…キラだけに。
というか、新学期二日目で、同学年だけでなく一年生まで敵に回したくはない。
勘弁してくれ…
「って、キラ先輩!?」
「や、やあ… ごめんね、瑠奈ちゃんにちょっと用事があって…」
「わ、わかりました… 場所を変えませんか? どこかの誰かのせいで教室が騒がしくなってしまって…」
そう言って朝山さんを睨みつける瑠奈。
怒ってるところも少し可愛いと思ってしまったのは内緒だ。
そんな混乱を巻き起こした本人はというと、てへっ☆とやってやったぜ風に舌を出すだけだった。
瑠奈に連れられて、キラは中庭に移動してきたわけだが。
「どうして貴女がついてくるの?」
「えー!だって気になるもん!気になるもん!」
「2回言わなくていい。関係ないでしょう?」
「そんな露骨に嫌がらなくても… 2人ともお昼はもう食べた?」
「いーえ?この子を誘いたかったんだけど無視されてて…」
「待って!それだと私が悪い人みたいじゃない!」
「あはは… じゃあ、3人で食べようか… 瑠奈ちゃんも、話もしないで嫌いになるのは流石に良くないと思うよ?」
「…センパイがそう言うなら。」
2年で省かれ者の自分が何を言ってるんだと思ったが、瑠奈は渋々承諾してくれ、場を収めることができたのでよしとしよう。
「わーい!先輩大好き!私、朝山結愛(アサヤマユア)って言います。よろしくお願いしますね?キラ先輩!」
「いきなり下の名前か… まあ、いいけど…」
「えー、でも東雲さんだって先輩のことキラ先輩って呼んでたし、先輩だって瑠奈ちゃんって言ってたじゃないですかー やっぱり付き合ってるからですか?」
「ち、ちがっ…///」
「俺は瑠奈ちゃんの名字が東雲だって知らなかったんだよ… いきなり呼び捨てにするわけにも行かなかったし、そう呼ぶしかなかったってわけ…」
「なーんだ… もしそうなら話のネタにして東雲さんと仲良くなりたかったのに…」
そこらの女子のように食いついてくると思ったが、結愛は案外素直に引いた。
というより、それは話のネタというより弄るネタだろう…
「そんなことより、お菓子たくさん買ってきたからよかったら食べてよ。瑠奈ちゃんには今朝のお詫び…になるかはわからないけどってことで。どうせ余っちゃうから朝山さんもどうぞ。」
「わーい!先輩気が利く!!じゃあ、チーズケーキ確保で!!」
「へえ、朝山さんはチーズケーキが好きなんだ…」
「はいっ!もう大好物なんです!!…って東雲さん貰わないの?元々は貴女の物なんだし、私だけ貰ってると何というか空気読めない人みたいになっちゃうんだけど…」
「その…お弁当忘れちゃって…」
「「あー…」」
思いついた理由はそれぞれ違うが、二人共納得。
キラは今朝の彼女の様子を見てだろう。朝食を加えながら通学路を走っていた彼女がなにか忘れ物をしていても不思議ではないという点。
一方で結愛は、昼休みになっても食事を摂ろうとしない彼女を思い出したようだ。
流石に、甘いものだけでお昼というのは苦しいのだろうか、瑠奈は遠慮していたというわけだ。
「俺の弁当のおかずでよければ、好きに食べてくれて構わないよ?」
「私は料理苦手だから、コンビニのサンドイッチだけど、先輩のお菓子あるし半分食べていいけど…」
「…どうして?」
瑠奈には分からなかった。
この二人が何故ここまで親切にしてくれるのかが分からなかった。
キラに関しては、ぶつかった所で知らない顔をして走り去ればいいだけ、結愛は誰とでも話せる性格からか今やクラス中の人気者だ。
付き合いの悪い私なんて放って置いて、もっと話しの合う人間と仲良くなればいい。
なのに…どうして?
「それはもちろん!友達だからだよ?」
「俺は正直、謝罪したかっただけだけど、瑠奈ちゃんがそう思ってくれるなら、友達になりたいと思う。」
「…どう………して…」
その言葉を聞くと、突然瑠奈は泣き出してしまった。
「いいよ…私たちのこと信じてもいいよ?」
「朝山さんは何か知ってるの?」
「いいえ?何も?ただ、東雲さんは別に誰かが嫌いなわけでもないのに、意図的に人と話すのを避けてるように見えたから放って置けなくて…。でも、先輩のお陰でこうしてちゃんと話せる機会をもらえましたし、感謝してますよ!」
「その割にはかなり強引だった気もするけどね… 瑠奈ちゃん。もう一度言うけど、俺は瑠奈ちゃんさえよければ友達になるから、いつでも頼ってくれていいよ?一応、先輩だしね…。」
「はい…取り乱してすみませんでした。キラ先輩…、ゆ、ゆあ…」
「キャー!!可愛い!!この慣れないのに頑張って名前で呼んでくれようとするこの健気さが可愛い!!」
まだ泣き顔で照れてる瑠奈に容赦なく抱きつく結愛。
何か、悪い方の面だけシノ先輩に似てるような気がする…
「も、もういいからお昼にしよう?二人のお弁当、遠慮なくもらいますので。」
そういって、サンドイッチをパクリと食べる瑠奈。
「あーっ!BLTは一番楽しみにしてたのに!!」
「食べていいって言ったのは結愛。それと、さり気なく抱きついた罰。」
「そ、そんなぁ~…」
とにかく、二人が仲良くなれてよかったと思うキラだった。
結愛に感謝されたように、その過程に自分が関われたというのはなんだか少し嬉しいものがある。
「そういえば、キラ先輩の聞きたいことって何だったんですか?」
「あ、えーっと…何ていうのかな。二人は、この街の噂話って何か知らないかな?怪談とか、七不思議とかそういうのでいいんだけど…。」
「私はこの街には学校に通うために引っ越して来たばかりなので何も…。 …結愛?」
「えっ!? あ、ごめん、ぼーっとしてたよ…。私も、街の噂話はよく聞くけど、夜は人気の無いところに怖いお兄さんが集まってるとかそういう現実的な話ばかりだから…。キラ先輩が知りたいのは、そういうことじゃないですよね?」
「残念ながら違うかな。もっと現実離れしたありえなさそうな話が聞きたかったんだけど… 変なこと聞いてごめん。お昼を楽しもうか。」
それ以降は、3人で特に変な話もせず、ワイワイとご飯やお菓子を食べて盛り上がった。
基本的に1人で過ごしていたキラにとっては、久々に楽しい時間を過ごせたので、たまには友達と過ごすのも悪くないんだなと改めて実感するのであった。
予鈴も鳴ったので、流れ的に解散になり、教室に戻ろうとした時、瑠奈が急に近づくと耳打ちしてきた。
「青き日、太陽が天に最も近い時、キルシュバウムの元で。 …待ってます、センパイ。」