「あ~やっと着いた」
洞窟から持ってきた物を置いて肩を回す。と、その時ググゥと腹の虫が鳴く音が聞こえてきた。見てみれば司馬懿がお腹を押さえている。
「まずは飯にするか。星、そこの通りを真っ直ぐ行ったところに【泰山】って料理屋があるからそこで待っててくれ。俺はこれを金に換えてくるから」
「分かりました。それでは司馬懿、行こうか」
「‥‥‥またね」
盗賊の頭の首の入った皮袋を掲げて見せると星は司馬懿を引き連れて通りの奥にへと進んでいった。別れるときに司馬懿が手を振ってくれたのでそれに手を振り返してこの町の太守が住む城に向かう。
衛兵に盗賊のことを伝え、その証拠の首を見せると何故か太守に会わされた。太守は小肥りの人の良さそうな男で、太守自ら感謝の言葉と懸賞金を手渡しし、俺に自分のところで仕えてみないかと誘ってきた。
しかし俺にはそれを受ける理由も無く、仕えたいと思えるような人物ではなかったので適当に断っておいた。太守はそれを聞いて悲しそうな顔をしていたがしょうがないと言って、気が変わったら何時でも言ってくれと言ってこの会談は終わった。
ってか、気がついたら凄いことしたよな俺って。太守って言ったら元の世界で言うところの県知事クラスの人間、それに頭を下げさせるとか優越感半端無いです。
まぁ変わったところと言えばそれだけ。貰った懸賞金を片手に星と司馬懿の待つ【泰山】に向かう。
見えてきたのは少し派手な装飾の施されている料理屋、看板にはデカデカとした文字で【泰山】と書かれている。横浜にある中華街の店がこんな感じだろう、まるで中国っぽい雰囲気で良いんじゃないかと軽く考えたデザイナーが作った店だな。
扉を潜ると聞こえてくるのは罵声歓声。掻き入れ時だろう昼を過ぎてこの盛況っぷりは凄いと思うのだが何でこんなに騒いでいるのか、
店の一角に出来ている人だかりを興味本位で覗いてみる。するとそこには盃に並々と注がれた酒を飲んでいる衛兵らしき男の姿と星の姿が見えた。
「嬢ちゃん頑張れよ!!」
「ゴラァてめぇ!!負けてんじゃねえぞ!!」
「てめぇに幾ら賭けたと思ってんだ!!」
「ふぅ‥‥なかなかやるな。そんなに飛ばして大丈夫か?俺はまだまだ余裕だが?」
「貴方こそ良い飲みっぷりですな。私もまだ行けますが?」
「‥‥‥‥」
「‥‥‥‥」
「「店主!!樽ごと持ってこい!!!」」
何だ、ただの飲み比べか。別段珍しい物でも無いのでそのまま放置しておくことにする。
「‥‥‥お帰り」
「ん、ただいま」
飲み比べ会場から少し離れた場所で司馬懿がモシャモシャと炒飯を頬張っていたのでその席に座り、やって来た給仕さんに白飯と青椒肉絲と酒を頼む。
「ここの飯は美味いだろ?」
「‥‥‥味がする食べ物は久しぶり」
「思いの外過酷な環境だったみたいだな。お兄さん目から汗が出てきちゃう。我慢しなくて良いし、誰も横取りしないからゆっくり沢山食べなさい」
「‥‥‥ん」
樽にダイレクトに口を着けて飲むという離れ業を披露している二人をボケェっと眺めながら待っていると頼んでいた物が来た。青椒肉絲を口に入れて白飯をかっ込んで飲み込む。考えてみれば朝に食ったものが大根一本だったから今日食べるマトモな物だな。青椒肉絲が半分くらい余ったところで白飯が無くなるが、後は残った青椒肉絲を肴に酒を楽しむつもりなのでこれでいい。
「あ~酒うめ~‥‥‥‥んで司馬懿ちゃんよう。お前はこれからどうするつもりだい?行く宛が無いならこの町にある孤児院紹介してやるが?」
「‥‥‥この国を見てみたい。どんな風になってるか、この眼で確かめたい」
「ふーん、まぁ良いんじゃないの?人の人生は人それぞれだし、一度しか無い物だから楽しんだ者勝ちだよって人生の先輩である俺は言ってやろう」
「‥‥‥貴方に着いていっても良い?」
「そうしたいなら拒まないよ。着いてこれるならだけど」
「‥‥‥いざとなったら雅と神楽に乗せてもらう」
「あらやだこの娘ったら強か」
二つ目の樽に突入した二人を眺めながら司馬懿の今後を決めていると酒が無くなったので給仕さん呼んで酒とついでに司馬懿用に幾つか甘味を頼んでおく。
「む、何やら楽しそうなことになっているな」
「よぉ遊利か、久しぶり」
「久しいな、八雲」
酒を楽しんでいると垂れ目で髭を生やした男がやって来た‥‥‥‥いいな、髭。
「ところで八雲、この娘は誰だ?遂に幼女趣味に走ったか?」
「キレちまったぜ‥‥!!表出ろや‥‥‥‥!!」
「ふっ、相変わらず手の早い奴だな。考えてみろ、この俺が殴り合いでお前に勝てるわけ無いだろうが!!」
「胸張って言えることかよ‥‥‥‥こいつは司馬懿。盗賊に虐待してきた親殺されて天涯孤独になった幼女だ」
「‥‥‥よろ」
「軽い口調で重たいこと語るよなお前‥‥‥‥!!俺の名前は李儒、字は無いからそう呼んでくれ」
片手で杏仁豆腐をつつき、片手でピースを決めている幼女と髭生やした男の絵面‥‥‥‥衛兵さん、こっちです。
「言っとくが八雲と司馬懿の絵面も相当危ないからな」
「こいつ、俺の考えを‥‥‥‥!?」
「お前が考えてることなど何となく分かる。どれくらいの付き合いになると思ってるんだ?」
「10年かそこらだろ?気がついたらそこそこに長い付き合いになってるよな」
俺に向かい合う席に李儒、真名遊利が座る。そうなると司馬懿と遊利が隣り合うような形になるのだが‥‥‥‥司馬懿は杏仁豆腐を持って俺の隣に移動してきた。
「‥‥‥‥嫌われたか?」
「警戒してるだけだろ」
「?」
「ちょい待て、口の周りが汚れてるぞ。動くな」
懐から布を出して司馬懿の口の周りを拭ってやる。司馬懿は嫌そうに逃げようとしていたが無理矢理拭わせてもらおう。
「‥‥‥‥そうしていると親子か兄妹みたいに見えるな」
「‥‥‥お父さん?お兄ちゃん?」
「待とうか、まだ子供作ってないのに父親呼びされるのは正直辛い。兄でいいだろ‥‥‥‥で遊利さんや、なんか面白い話は聞けたか?」
「あぁ、商人から聞いたんだが特別に面白そうな話を持ってきたぞ」
「張三姉妹って聞いたことがあるか?」
給仕さんに運ばれてきた酒で喉を潤しながら遊利はそう切り出した。その名前なら聞いたことはある。
「確か旅芸者だろ?いろんなところを渡り歩いて歌って踊ってる奴らだよな?」
「そうそう。で、旅商人から聞いた話ってのはこの間近くの町でその三姉妹が歌ってたんだと」
「それだけか?」
「話はここからだ。張三姉妹が歌い終わった後で悪ふざけなのか本気なのかは知らないが『この国が欲しい』って言ったらしいぞ」
「‥‥‥‥あ、成る程。そう言うことか。確かにそれは面白そうな話だ」
「だろう?」
「‥‥‥?どういうこと?」
司馬懿は遊利が言いたいことを理解できていないようだ。張三姉妹のことを知っているのなら分かりそうなのだが司馬懿は知らないらしい。まぁ父親から虐待されていたなら知らなくても当然かもしれないけど。
「張三姉妹ってのは人気の旅芸者でな、容姿は良いし歌も上手いらしい。それらに惹かれて追っかけをする奴らが沢山いるんだよ。それこそ、自分の仕事を放り投げて三姉妹に着いていく程にな。そこで質問だ、そんな追っかけ達が三姉妹の冗談かもしれないこの国が欲しいと言う言葉を聞いた。どうなると思う?」
「‥‥‥本気にして、国を取ろうとする?」
「正解だ。おい八雲、この子供見かけによらず賢いな」
「凄いだろ?」
司馬懿だから頭の回転が早いと分かっている俺でも僅かなヒントからその答えを持ってきた司馬懿は凄いと思う。現代風で言うなら張三姉妹はアイドル、追っかけは過激なファンだな。ファンはアイドルに気に入られようと色々と貢ぐ。金やら花やら物やら。そのアイドルが国が欲しいと言ったなら過激なファンたちは本気で国を取ろうとするだろう。
「三姉妹は旅芸者をしていた、それはつまり各地に追っかけかもしくはそれに近い奴らがいると言うことだ。そいつらがその発言を聞いたらどうなると思う?分かりきったことだ、各地で暴徒となる」
「んで、それに山賊盗賊たちが便乗して大事に早変わりだ。多分万は越える人数が集まるだろうな」
「‥‥‥でも、漢王朝が動く」
「動いたとしても今の王朝にそれを治めるだけの力は無いさ。上は悪巧みに大忙し、下は異民族の侵略の対処に眼が回る。きっと最初は小さな盗賊の仕業だと断言するだろう。そして連中が大きくなりだした頃に気づいて手遅れになる」
「半年か、遅くて1年ってところだな。そして王朝は各地の有力者たちに命令を下すだろうよ。それで、力のあるやつは気がつく、『今の王朝にこの国を治めるだけの力は残っていない』とな。そうなれば帝を立てるなりなんなりして群雄割拠の戦乱の始まりだ」
「分かるか司馬懿、これは始まりに過ぎない。今の国が無くなり、新しい時代の幕開けの始まりにな」
「ーーーーーーー」
司馬懿は言葉を無くしていた。それはそうだろう、ただの旅芸者の話から国が無くなる話になるなんて誰が想像できるか。それに張三姉妹と聞いて俺に思い当たる人物が一人だけいる。
張角、宗教集団を指揮して王朝を滅ぼそうとした人物だっけ?確か『蒼天既に死す、黄巾立つべし』とか言ってたような気がする。それで王朝は黄巾を賊と見なして軍隊を作って、三国志で有名な劉備、曹操、孫堅が出てくる訳だ。
それにしても、俺には前の世界の前知識があるからだが遊利の推察力には脱帽物だ。まさか俺と同じ考えにまで辿り着くとは。
「でだ、俺としてはどこかの権力者に身を寄せた方がいいと思うが八雲はどう思う?」
「同感だ。いきなり仕官じゃなくて客将という手もあるし、こっちが気に入ってあっちも気に入ればそのまま仕えるってのありだ。俺は武官として入ればいいし、遊利は文官だな」
「当たり前だ、俺は自慢じゃないが切った張ったの荒事は苦手だし武の才も欠片も無いからな!!」
「‥‥‥それは胸を張って言うことじゃない」
「ま、取りあえずはあれだな。一生物になるかもしれないし、時間はまだあるんだ。ゆっくりこれからの身の振り方を考えていこうじゃないか」
酒を盃に注いでそれを一気に飲み干す。変な世界に連れられてきたがこの事実は変えられないし、元の世界に戻ることも出来ない。なら今を楽しむ。詰まらないことだろうが悲しいことだろうが、その一切をすべて楽しむ。
「まずは、そうだな」
樽4つを飲み干してダブルノックダウンしている星と衛兵の姿を見て楽しむとしようか。