刑から開放されたその日は、思い通りに動かない体を気合で動かしてサーゼクスが連れてきた騎竜に乗ってグレモリー家の屋敷へと向かった。
数百年ぶりということもあってか、冥界の景色は様変わりしていた。道中、兄のご同輩であるセラフォルー・レヴィアタンの護衛(という名の監視)が加わり、かなりの大編成飛行連隊と化した一行に、居心地の悪さを感じつつも冥界の大高原を駆ける。
「久しぶりねー。アクスレア」
「お久しぶりです、セラフォルー」
「あ、覚えててくれたー? よかったぁ、忘れられてたらどうしようかな~、ッて思ってたところよー☆」
「随分と、変わりましたね、貴女は」
「うふふ、そうかしら?」
いや、こう、今は目がチカチカしそうな変な格好をしているが、こいつは昔、冷徹に得意な氷魔法を行使し、大殺戮をかの戦争で繰り広げた女悪魔だった。サーゼクスの妻であるグレイフィアと、最強の女悪魔はどちらか、という名目で戦って幾つものクレーターをぶち開けた基地外女だと、そう思っていたんだが、今は……。
「アクスレアー? ここで悪い事したら、私が月に変わってお仕置きしちゃうから☆ 絶対に変なことしちゃダメよっ!」
こうである。
昔の彼女に今と同じセリフを言わせれば
「少しでも動けば…………殺します」
たぶんこんな感じだったはずである。
流石に、変わりすぎてはいないか。
「ああ、わかっているさ」
ある意味、変わりすぎているこいつに恐怖を抱きつつ、おそらく怒らせれば相当やらかす性格は変わっていない、と目に見えて明らかなため、逆らわないようにしておこう。そう心に誓う。
移動中、思いの外私の身体は冥界中の魔力を取り込み、急速にあらゆる細胞の働きを再活動させていた。死滅していた魔力呼吸器官が、急激に活動を開始するために貧血に似た眩みと息苦しさに、騎竜にまたがりつつも感じていたが、その麻薬を吸引する行為に似た、魔力の取り込みに恍惚とした気分になる。元来、私の身体は世界に存在する魔力の素、所謂魔素を取り込みやすい体質をしており、更にその取り込んだ魔力を通常の悪魔の数百倍量、貯蓄することが可能だった。だからこそ、
「やはり、アクスの魔力吸収量は凄まじいな。アクスを中心に魔力の渦が巻き起こっているのが見て取れる」
懐かしそうに、目を細めて言ったのは兄、サーゼクスだった。
「そうですね。まだ開放されて二時間ほど。ですがアクスレア様の魔力総量は格段に上がっております。ここ数十年間ほどは、隠しておいたほうがよろしいかと」
「ふむ、グレイフィアもそう思うか」
「……大丈夫なのですか、兄上、義姉上?」
「何を言っているのさ、アクス、お前は僕の弟だぞ。本当に監視づくしの日々を遅らせてなるものか」
「私が、させませんよ」
「ありがとう、ございます」
良い兄と姉を持ったものである。
だがしかし、あまり兄とグレイフィアに手間はかけさせられない。魔力波動をできるだけ抑え、相互消滅の頻度を上昇させなければならない。だが、難点がひとつある。魔力をバアルの消滅の力で打ち消す事は、私本来の体力、わかりやすく言えばスタミナを極端に消費する。そのため、私がディゴニアの拘束刑に処される前は体力増強を主点に起き、魔法鍛錬をしていたほどだ。成長すればするほど増える魔素吸収力に、消滅の力も自然と量が増えていく。私が生まれて15年経った時が一番酷く、周りに悪影響を与える程に、魔素消滅運動による反発波動が周りの悪魔達の魔力器官に誤作動を引き起こし、失神させることもあった。幸い、その時期から消滅の力が強くなったことや、体力増強の甲斐もあってか、そんな時期は一年程度で済んだけれど。
話を戻す。おそらく、というまでもなくだろうが、体力はこの数百年で相当数落ちている。ディゴニアの力は、最上級魔王からすれば大したものではないが数百年の拘束となると話は変わってくる。
「もうすぐ到着いたします」
グレイフィアの声を合図に騎竜連隊が高度を急速に下げていく。騎竜が普通のドラゴン種と比べ、鳥のような甲高い特有の鳴き声を冥界の空へと響き渡らせると、見覚えがある屋敷が雲を割いて姿を見せた。そして、その屋敷から紅色の魔力によって作られた光注が立つ。
「あれ……は」
「ははは、父上も洒落たことをするね」
すぐに分かった。我が父の魔力であると。
我が父、父上のであると。
「……っく」
涙が、溢れて止まらなかった。
♠ ♥
こう、数百年生きている悪魔でも、やはり両親という存在は大きいものだった。ホームシックなどというものは、投獄後100年で克服したものだと思っていたが、そんなことはなかった。屋敷の入口で大粒の涙を零しながら、両親が待っていた時、散々悩みに悩みまくった両親との再会の言葉も全く出ずに、ただただ「ただいま」の一言が自然と出た時は、まだまだ自分が子供だと実感させられた瞬間だった。
「随分と、痩せたわね」
「ええ、流石に、堪えましたよ、母上」
「……すまんな、辛い思いをさせたな。息子よ」
「いえ、今、この場にいられるのです。それだけで十分です」
「……そうか、まあ食べなさい。存分に、な」
数百年ぶりのグレモリー邸での食事である。豪華絢爛を極めた人間界に存在するコース料理というものを家族全員、ではなないのだが頂いていた。全員でない、というのも、どうやら私が太陽暦で数えて7年ほど会いたい、と渇望していた妹のリアスが、自室から出てこないようなのである。それは、そうだろう。いきなり見知らぬ男が屋敷に上がり、両親や兄と親しげに話している光景は、心身共に未熟な7歳児からすれば恐怖以外の何物でも無いはずである。屋敷に入ったら、「兄上」と呼んで駆け寄ってくれるか、とディゴニアの中で妄想していたが、そう簡単に打ち解けはしないということか。
「すまんな。年頃でな」
「き、気にしていませんよ」
口ではこう言いつつも、割とショックを受けている事は周りにはバレているようだった。
「私が呼んできます」
「そうしてくれ、グレイフィア」
「べ、別にだいじょ……!」
こく、っと頷いたグレイフィアは私の静止の声が届く前に、風のように去っていった。はあ、恥ずかしい。
「最近、リアスも学校に通い始めてな。所謂、思春期というやつなのだろう。私も最近昔みたいに、おとうさまー!と甘えてくることが少なくなってな、寂しい」
「僕もそれは思っていました、さーぜくすおにーさま! といってだな、僕がここに魔王の勤務から帰ってくると駆け寄ってくれたのだが……」
グレモリー男児ふたりのそのショボくれた姿に、母ヴェネラナがため息を吐く。72家ある(現在は半分に減ったが)ソロモン悪魔の中でも、グレモリー家は眷属愛の度合いが相当に高い。眷属というのは、三竦みの戦争以来義務付けられた、72柱血族の悪魔は自身が王として、配下を作る制度である。三竦み戦争以前も、もちろん眷属制度はあったが、純血悪魔のみに限られていた。そう、純血ではない悪魔ももちろんいるのだ。その大半を占めるのは転生悪魔、という存在である。
王に入るのは、ほとんど72柱に血盟する純血悪魔か、転生悪魔にして最上級悪魔にのし上がった者達で、その王が自分なりに人間や魔物、精霊、ドラゴンなどとある意味契約し、悪魔にするという、三竦みの戦争後減少した悪魔の救済政策に用いられており、その成果は目に見えて明らかとなっている。その反面、悪魔は純血のみだ、という貴族主義思想を持った悪魔たちからは、悪魔の駒で成った転生悪魔は忌み嫌われている節があるけれど。
「リアス、早く来なさい」
「嫌ぁ、嫌です! 離してくださいおねーさま!」
「変な意地を張るのはやめなさい!」
ナイフとフォークで、食用竜肉のステーキを切り分けながら、転生悪魔について思いを馳せていると、廊下へとつながる扉の向こうから、グレイフィアと可愛らしい女の子の声がダイニングホールに響き渡る。
「………っ」
つい、喉を鳴らしてしまう。
どんな子なのだろう、初めての下の兄弟であるし、心臓の鼓動が止まらなかった。まるで、初恋のような心持ちだ。
だが、なんだ。リアスちゃん、嫌がってないか。
「嫌なのおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
「 リ ア ス ッ ! 」
・・・・・・。
どう、私は反応すべきなのだろうかな。
これは、その、まさか、嫌われている、の、だろうか。
「だ、大丈夫さぁアクス! リアスは恥ずかしがっているだけだよ!」
「そ、そうだぞ息子よ。思春期だからな、思春期!」
父と兄のフォローは、全く耳に入らなかった。
かなりのショックを受けつつも、ガチャリ、と扉が開くのは待ってくれなかった。グレイフィアも中々に強引……というより空気が読めない。
グレイフィアが先に部屋に入る。
「さあ」
部屋に入ったグレイフィアの表情は、鬼気迫るものがあって怖かった。サーゼクスもビビってた。
その覇気に圧されたのか、コツコツと歩幅の小さい足音とともに、廊下から父と兄と同じ紅髪の少女が、仏頂面で入ってくる。室内ドレスに身を包み、少女ながらも気品のある佇まいの彼女は、私の想像を超え、かなり、可愛らしかった。
「グレモリー家の淑女たるもの、挨拶ぐらいしなさいな」
母上の言葉に、嫌そうながらも、口を開く少女。
「……リアス・グレモリーですわ。以後、お見知り置きを」
「リアス! なんて他人行儀な挨拶ですか! アクスレアは貴方の実の兄ですよ!」
「グレイフィア! 構いません、最初から、兄と思えなど無理でしょう」
「ですが……っ!」
気が立つグレイフィアを手で制す。
「私はアクスレア・グレモリー。こちらこそ、お見知り置きを、リアス嬢」
礼儀には礼儀を、他人行儀といえど挨拶はしっかりと返さねばなるまい。席を立ち、お辞儀をしながら挨拶を返す。
初コンタクトとしては上々、そう思った瞬間だった。
「……。覚えたくもないわ、同族殺しの名前だなんて」
「…………えっ?」
「みんな言っているわ! 『リアスのお兄ちゃんは同族殺しだ』って!」
呆然とする私を尻目に、彼女は部屋からそう言い残して走って出て行く。グレイフィアと、母上が血相を変えてリアスを追いかける。二人のリアスを恫喝する声も私は聞こえず、ただただ予想を軽く越えるこの初対面は、私自身気づかぬ内に目尻が熱くなるほどには衝撃的だった。
「申し訳ありません父上、兄上。少し、席を外します」
「あ、ああ、ゆっくりしてきなさい」
「はい」
頭を下げ、私も部屋を出た。
小さい頃から、嫌なことがあると私は屋敷の外にある庭園によく出た。数百年経って尚、その庭園は私が幼い頃よりあった庭園とあまり変わっては居なかった。その庭園の中でも、お気に入りだったのが庭園の中央に存在する湖の湖畔だった。精霊が住み着いた森林の魔力を溜め込んだその湖は、若干魔素を当てただけで発光する。夜にその湖に一心の魔力を放出すると幻想的な光景を映し出す。
母上に嫌なことがあれば、その鬱憤をここで晴らしなさい。と数百年前に言われてから度々来ていた。
「………」
はあ、なんというか、虚しい。
世間一般では私のことは同族殺しによって処された大犯罪者、ということになっている事に、初めて会う妹に気付かされるという……。惨めという言葉他何もない。
初コンタクトは最悪の結果に終わった、湖面に映る自分の顔の酷さがそれをいやというほどわかりやすく教えてくれる。確かに、目の下には濃い隈があって、頬骨が見え隠れしている、悪人の顔だ。
リアスの気持ちになって考えれば、彼女があのような態度を取る事は明らかだったことだろうに。自分の身内が大虐殺を引き起こしたとなれば、それに対する周りからの目も、自然とそうなっていくだろう。学校に入ってからは特にその影響は顕著なものになったはずなのだ。
「アークスレア☆」
「なっ!?」
突然後ろからかけられた声に、驚く。
振り向くと、いたのは私の護衛兼監視役である四大魔王の一人、セラフォルーだった。
「貴女ですか、セラフォルー」
「そうよぉー! なんだか元気なかったから話しかけちゃった♪」
妙に彼女と話すと気が抜ける。
昔は気を張り詰めて話したというのに……主に命の駆け引き的な意味で。
「リアスちゃんと、上手くいかなかったのー?」
「まあ。ですね」
「そうなのー、大変ねー」
「ええ」
私の単調な返事が気に入らないのか、口を尖らせてセラフォルーが私の後ろから手を回そうとする。
「何をするんですか!?」
「だってー、面白くないじゃなーい! 昔はもっと、アクスレアはしっかりしていたし面白かったわょ?」
「そっくりそのまま、面白かったという言葉を除いてお返ししますよ」
「そうなの? 私、しっかりしてた?」
「ええ、してましたよ。一体どうしたっていうんですか、そのキャラ」
「うんとねー♪ 人間界でぇー、今大人気のー、魔法少女ミルキースパイラルっていうアニメのねー、ミルキーっていう魔法少女のなりきりなのっ♥」
みるきー……なんだって?
「よく、わかりませんね」
「そぉー? 今度一緒に見ればわかるわょ★」
「考えておくよ」
人間界か、あまり私は行くことは少なかったが。そこまでいいところでも無かったはずだ。人間と契約して力を得る悪魔は多いが、私はあまり人間との契約は好きではなかった。というより人間が好きではないのだ。狡猾であるが、賢く、勇気に満ち満ちている。悪魔や天使、堕天使のように魔力を使えるものは少ないが、神に最も愛される存在として、世界の仮の支配者として君臨している彼らは恐るべき者達だ。
ある日は星々が鍛えた剣を操る、ある日は神の血を持つ槍を振るう。ある日はそれらの武器を使って竜や妖だけでなく、神までも斃してしまうのだ。
「そういえば、アクスレア、人間好きじゃなかったね」
「ええ、まあ、嫌い、でもないけれど」
「昔、人間界にデートした時も、あまり楽しそうじゃなかったわよねー★」
「あれはただのはぐれ悪魔討伐の任務だったのでしょう?」
「えへっ♥」
あざとい。
あの時は、ほとんど真逆の立場だったでしょうに。私が硬い空気を解すために冗談で初デートですね、とか言って無視された挙句任務帰還後に任務中の不適切な発言をした、と兄上に報告までした癖に。
恨みがましい目線を向けると、セラフォルーは「てへっ★」と年齢不相応、しかし可愛らしさは抜群のスマイルで誤魔化した。
「けどね、アクスレア」
「?」
「私も、妹ができたんだけどね」
「そうなのか、おめでとう」
「あはっ、ありがと★ 話戻すけどね、兄妹っていうのは上手くいかないことのほうが多いのよ!」
そう、なのか。
「うんうん、私もぉー、ソーナちゃん、っていう妹がいるんだけど、なかなかうまくいかないの(´・ω・`)」
なんだ最後の。セラフォルーの頭上に不可思議な文字が浮かんだような気がしたんだけれど。
だけど、そうか、どこの家もそうなのか……な?(この後数年後に、それが違うということを知るとは言えない)
――――突然、だった。
尋常ではない、おそらく自然的なものではない地響きと揺れが湖面を掻き乱した。そして遅れてやってくるように、魔力波が庭園の木々をざわめかし、葉を散らす。魔力波に篭っている性質は、『悪意』だった。
幼い頃から魔力と消滅の力を操作することを強いられていた私は、自然と魔力自体にも詳しくなっていった。先ほどのように、行使された魔法が敵のものか、味方のものか、それを魔法に宿る性質が善意か悪意を見極めることができる。
「な、なになに? サーゼクスのお家からよね!?」
嫌な予感しかしなかった。
咄嗟に悪魔の翼を展開し、宙に飛び立つ。高度500メートルほどに到達し、屋敷を眺めると、屋敷の東館から火が出ていた。先程の夕食会での出来事がフラッシュバックする。
リアスとの初対面の時、『彼女がダイニングホールから出て向かった方角』は…………ッ!
「アクスレア! ダメだよ! 今ここで力を使ったら、またディゴニアに逆戻りすることになるの!」
「セラフォルーは兄上達の方に向かってください! 私は……私はリアスの方に向かいます!」
「ダメよ! 貴方がまた戻ったら、グレモリー夫妻が悲しむのよ!」
打って変わって真剣な眼差しで、私を牽制するセラフォルー。
「私は、リアスの兄なんだ。彼女から、どう思われていようと、ね」
私のその言葉に、ため息をついたセラフォルーは、仕方ないわねー! と笑顔になって何処からかステッキのようなピンク色の棒を取り出した。
「みるみるみるみる♪ スパイラル★ 魔王少女レヴィアたん、BURSTモーーーード!」
特に、よくわからないが戦闘モードになったらしい。現に彼女から溢れ出る魔力は外敵への害意へと変化している。
「頼みました、セラフォルー」
「頼まれちゃった、てへっ♥」
素直に、可愛いと思ってしまう事に照れより苛立ちが勝る。だが、彼女以外に適任はいない。忘れているかもしれないが、彼女はこれでも魔王の一人。氷の魔法の扱いに長け、尚且つ私に負けず劣らずの極大魔法は、女性悪魔として最強の名を誇るに相応しい。
それも、忘れてはいけないのは、今私が話すことが数百年前の話だ、ということだ。
「では、行ってくる」
「いってらっしゃい★」
出火中の東館へと降下する。炎の勢いは酷く、辺り一帯を燃やし尽くすまで絶対に消火されない呪いがかけられていた。おそらく、鎮火させることは可能には可能だが、莫大な水系魔法をぶつけなければならない。館内にいるかもしれないリアスのことを考えれば、それは不可。導き出される選択肢はただひとつだった。
「リアス……ッ!」
東館の燃え尽きて崩れ落ちた屋根から進入する。
目を瞑って、一度だけだが確かに覚えたリアスの魔力を探し出す。探知ソナーのように私の魔力を館内に渡らせるのだ。数秒で、リアスの魔力らしき幼くも気高く強く鼓動するかのような魔力が見つかった。隣には母上とグレイフィアの魔力、そして……。
「見知らぬ悪魔、か」
害意のある魔力が5つ、確認できた。
「消滅よッ!」
床に手を向け、魔法陣を展開、消滅の力を中範囲に展開、使用する。淡く仄かに、大気中の魔素が発光し、木製の床が静かに元素に還元され、この世の存在としての定義からも外れていく。1秒も立たずに現在いる階から3階分の存在が消滅した。
この真下に、床を一枚挟んでリアス、母上、グレイフィアがいるのだ。先ほどの魔力探知の際に、父や兄の方にも飛ばしてみたが、どうやら交戦中らしく数分は手が離せないと確認している。
飛び降りる。魔力の行使が悟られないよう穴を開けた。かなり大胆で荒々しいが奇襲作戦を開始する。
飛び降りた際の落下力で床を魔力で強化した右足で蹴破り、部屋に突入すると、まずはじめに確認したのはグレイフィアを無効化しようと、魔法を行使しようとしていた、ローブに身を包んだ悪魔二人。
「アクスレア様!?」
「アクス!」
母とグレイフィアが驚き声を荒げるのを黙殺し、こちらもこちらで、突然の侵入者に殺気を荒立てる見知らぬ悪魔5人に目を向ける。上級レベル2、中級レベル3,といったところか。
内なる自身の中で発生している消滅の力を弱め、魔素吸収を逆に上昇させる。それを察知したグレイフィアが悲鳴にも似た叫び声をあげる。
「やめてッ! アクス! もう貴方を、弟を、失いたくないのですッ!」
申し訳ない、グレイフィア。
「
詠唱、というものは魔法を行使する上では最も大切な作業である、と私は確信している。無詠唱魔法に関しては確かに戦争時では、即座の魔法行使が可能なために重宝されていた。しかし、どんな時でも私はこの詠唱だけは外すことはない。
何故ならば。これは。
「
――――私の、引き金であるからだ。
詠唱が終了した刹那、右掌を向けていた敵が文字通り弾け飛ぶ。臓物を跡形もなく、弾け飛んだ。行使してから気づく、ここにはリアスがいた事に。つい、グレイフィアの危機だと焦って、昔自分が虐殺を繰り返した時の様に無慈悲に、残虐に、やってしまった。だが、躊躇は命とりである。
もう、私なんかどうでもいい。ただただ、リアスと、母と、グレイフィアが守れれば、私の自由など。
「いらないッ!」
続けて二人目の処理に移行する。空気中の魔素によって構成した、魔腕を使って首を絞めて捻り折る。三人目、魔法を行使してきたためその魔法と同程度ではあるが、反対の魔力を込めて相殺させ、続けさまに頭部に向けて放つ。消滅の力の魔弾は三人目の頭部を吹き飛ばす。四人目、接近戦に持込み腹部を魔力強化した貫手で風穴を開ける。そして最後、五人目の頭を二人目を殺した魔腕で掴み、浮かせる。この間、10秒も経つことはなかった。
「ヒぃッ! た、助けてくれッ!」
五人目の悪魔は自分の命が、現在進行形で他者によって握られていることに恐怖しか抱かなかった。
「雇い主は、誰だ」
「……っ」
「もう一度聞ぃ、雇い主は、誰だ」
頭を握る力を強める。
「がっ、うぎぁ……っ」
「言え」
「……か、カテレア、レヴィアタ……ン!!」
「そうか」
握り潰した。
短くも、恐怖の詰まった息を呑む悲鳴が、後ろから否が応でも聞こえてきた。現在、魔力開放の詠唱することで、抑えていた魔素吸収力の枷が外れ、私の中の魔力は垂れ流しになっている。私が未だ15であった時のように、周りに禍々しい魔力を強制的に感じさせてしまっていた。
母上や、グレイフィアは慣れているし、この程度ではびくともしない。だが、あの子は、リアスは。
「や、っぱり………化け、モノッ!」
ああ、辛い。
「そうさ、私は化け物さ」
「アクスッ!?」
母上の嘆きに、申し訳ないとしか思えない。
なぜ母上が嘆くのか、それは簡単な話だった。私の今さっき行った行動は魔力の開放である。普通の悪魔の数百倍の魔素吸収力と貯蓄量を持った私が、その魔力を開放するとなると、言わずともしれたことである。
バアル大王家は、このことに気づいているだろう。いくらセラフォルーという魔王がついていようと、魔王一人だけに私の監視を行わせるわけはない。今頃バアル大王家の監視がバアル本家へと報告し、私の処理について議論を交わしていることだろう。
また、ディゴニアに逆戻りか。
――――いや。
「私は、こわーい化け物さ。リアス、君は、こんな化け物を忌嫌い、滅しなさいな」
「近づかないでッ!」
私は不器用だ。
おそらく、私が彼女にしてあげられることなど、ほとんど無くて、唯一できることといったら、私が反面教師になる、ぐらいしか思いつかなかった。
ぽん、とリアスの頭に手を置く。
だけれど、最後に少しだけ、最初で最後でいい。彼女の顔を、よく見せておくれ。
「嫌ぁ……触ら、ないでぇ……ッ!」
恐怖のあまり失神してしまったリアスの顔は、泣き顔で酷いものだった。
ああ、辛いな。
「母上、私ははぐれになります」
「そう、ね。それが一番いいかもしれないわね」
「また、私がディゴニアにいるよりかは迷惑はかけないかと、グレモリー家からも絶縁という形にしてください」
「……アクス」
「申し訳ございませんでした母上、会えて嬉しかった」
「アクス、貴方は犠牲になり過ぎよ。今回の件は誰かが絶対に仕組んでいる、私の息子を貶めようと、画策した物に決まっているわ」
怒りの形相を崩さない母上は、元はバアル大王家出身といえどやはりグレモリー家の一員だった。私という息子のために、そこまで愛を与えてくれ、害する誰かに怒りを感じてくれる。それだけで、私には十分過ぎた。
「いいんです、逆に、動きやすくなりました」
「私は、何もできなかったわ。いつも、私達は頼ってしまう」
「それが、私の使命ですから。いやしかし、リアスに会えて良かった。グレイフィア……いえ、姉上。兄と妹を宜しく頼みます」
「はい、わかりました。どうか、無事でいてください、私の弟と、いうのなら、文を、文を、送りなさい」
グレイフィアとは、兄と結婚し、義姉となるまでは無二の親友だった。戦争が始まる前、所謂新旧魔王の派閥争いが始まる前までは。グレイフィアを兄に紹介したのは実は私だったりする。出会いは戦争前の学校、一つ上の学年だった彼女と私は経緯はとうの昔だったから忘れたが、話すようになったのがきっかけだった。色恋的な要素は不思議なほど何もなかったけど、兄よりグレイフィアとは付き合いが長い筈だ。ディゴニアにいる時間を抜けばね。姉のように彼女を私は慕ったし、彼女は魔力を上手く操れない私を支えてもくれた。
「うん、分かった。ごめんフィア」
「はやく、リアスが起きる前に、行って!!」
最後に、懐かしき呼名でグレイフィアに謝罪した後、リアスの顔を一瞥し、飛翔する。グレモリー家の屋敷から全速力で飛び立とうと高く高く浮遊すると、後を追うように青い光が私に向かってくる。魔力を確かめると、それはセラフォルーのだった。
「ちょっとストップストーーップ! アクスレア待って★」
「何ですか?」
「これ、サーゼクスちゃんから預かってきたの」
セラフォルーが私に差し出したのは、グレモリーの紋章が刻まれた木箱と鍵だった。
「……これは?」
「
「悪魔の駒、悪魔転生システムの、あれですか」
「そー! こっちは任せろ、っていつもにはない剣幕で、伝えてくれって言われたわ~、ちょっとレヴィアたん怖かった(´・ω・`)」
やはり、兄は甘いな。
僕を愛してくれるのはありがたい、その気持ちも今日リアスと出会ってよく分かる。リアスは私より優先されるべき未来の星だ。そう、大げさだろうと考えてしまうのだ。
「わかった、と言っていたと伝えて下さい」
「うん、了解★ あ、それとねー」
「はい?」
「アクスレア、身を隠すなら人間界がオススメよっ♪ 私、一応、外交役の魔王も、魔王少女の副業でやってるからぁ、人間界には色々と顔が利くのよ★ 気が向いたらここが指す方に来て♥」
渡されたのはピンク色のコンパスだった。
「これは私を常に指すちょーすっごーいコンパスなの! アジュカちゃんがアクスレアの監視用に作ったアクスレア探知機の、私バージョン!★ これがあればお互い場所がわかるってわけ♪」
「そうですか」
「そう! てへっ♥」
頭が痛くなってきた。
「まあ、けどアクスレア。気をつけてね、ほんとに、私、頼ってね?」
同じ笑顔ではあるが、ふざけた感情などなく、真剣だった。こういうところは、やっぱり昔と変わっていない。
魅力的だった。
「わかった」
「よかった♪ それじゃあ、バイバーイ!」
私の返事に満足したのか、えへへーっと笑ったセラフォルーは屋敷の方に帰っていく。
早い、一日だった。
牢から出て、又すぐにお尋ね者になってしまうとは、親不孝な息子だ。とにかく、私は襲撃者が話した「カテレア・レヴィアタン」について調べなければなるまい。おそらく旧魔王派の彼らが、何を考えているのか、私が、調べなければ。
――――これが、冥界史でも特に有名な出来事として記される『魔王襲撃事件』である。旧魔王派による魔王ルシファー襲撃事件として知名度が高いそれの記録には、アクスレア・グレモリーについて記述は一切なく、この事件を治めたのは魔王サーゼクス・ルシファーであるとだけ記されている。
その意図は全く以て不明である――――。
セラフォルーが一番かわいいと思います(小声
あと、急展開ですみません(土下座
一応、ここまでがプロローグになります。
次回から、時系列を一気に原作開始まで持っていきます。