アメリカ、ラスベガス。
仮初の楽園、亡者が集う場所。そこは悪魔達にとっても格好の仕事場でもあった。物欲、性欲、独占欲……、悪魔が人間を惑わす上で必要なものは全て揃っていた。ベガスの闇には悪魔がいる、それはギャンブラー、売女達が心に刻む言葉通りの戒めでもある。
いるのだ。ここには、悪魔が、本当の悪魔が。
アクスレア・グレモリーはここ数年間、ラスベガスの一等ディーラーとして名を馳せていた。紅髪のイケメンディーラーというのは、それだけで女性ギャンブラーを呼び出す、更にディーラーとしての腕も一級品………。オーナーからしても私という存在は外せないもの、そこまでの地位まで私は登りつめていた。
あの一件、悪魔的世間では魔王襲撃事件主犯として冥界中を震撼させたアクスレア・グレモリーは特一級指名手配犯として、悪魔に狙われる日々を送っていた。どうやら魔王襲撃事件は私、アクスレア・グレモリーが旧魔王派と結託してサーゼクス・ルシファーを暗殺しようとした、という結論に至ったらしい。半年に一度、グレイフィアの使い魔を通して文通をして知ったことであるが、やはり『バアル大王家』がネックらしく、私を投獄した復讐を相当に恐れているらしい。
なにせ、私が言うのも何だが私は『
――――
同族殺し、神をも傷つけた。そんな悪魔だと信じているバアル大王家が、私を恐れ、消そうとすることは必然と言えた。全て、元はといえばバアル大王家からの任務が始まりだったというのに。
まあ、そんな私もかれこれ10年があの一件から経ち、随分と人間界での生活にも慣れてきた。環境適応性の高いことで知られる悪魔であるが、私自身人間があまり好きではないこと、悪魔の監視が相当執拗であることが起因して、隠れ潜む事に苦労したよ。いつかは忘れたけれど、同じものを隠すのには同じ物が多くある場所が推奨される、というどこか東方の言葉を耳にし、上手くラスベガスに住み着くことが出来た。それも、セラフォルーの助けがあってのことだが。
住み着いて実感したことであるが、やはり人間という存在は恐ろしかった。この金渦の都に来る人間等の目は悪魔が遠に忘れた純粋な「狂欲」があった。少し道筋を教えてやれば簡単に手玉に取れてしまう情弱性を持つ……………‥が、その狂欲の行き着く先は限りなく無限であり、悪魔と比べて寿命が短い分、彼ら一人一人の持つ因果を歪める力、というのは強大だった。
そんな私にも、契約する人間、なんてものもある程度できた。ルックスも凡人と比べてかなりのものであるから女も寄ってきたし、逆に私の持つ地位を求めて強欲なビジネスマンが近づいてきたりもした。
最初の契約は確か人間の女との性交、なんていうものもあったが、未だ社会的地位を確立できず、文無しだった私には適当な商売だったのかもしれない。簡単にいえば男娼です、すみません、セラフォルーにはクズを見る眼差しで見られました、ちょっと興奮した(推定年齢1000歳のクズ)。あの時ばかりは、数百年前のセラフォルーの片鱗を見れた気がした。
そうだ、人間といえば悪魔の駒、である。あの事件の直後に、兄から頂いた悪魔の駒は、未だ
特殊部隊『ネイビー・シールズ』出身の強面の30歳おっさんに与えた。
元々、人間にしては屈強で俊敏性に富んで、精神面でも鍛えられていた彼は、悪魔になることで自身に秘めていた魔力を爆発的に増加させた。セラフォルーもそれは普通ではありえないことだ、驚きつつも彼を調べてみたところ、悪魔に転生した時に生じる、私からの魔力譲渡の際、私の魔力器官に保管されていた魔力発生器官が彼に一部転移したらしい。とにかく、元人間にしては魔力を生成する力が上級悪魔レベルに上昇し、尚且つ悪魔の駒、騎士の力の影響で俊敏性に磨きがかかった。初眷属にしてはあたりを引いたね、アクスレア♪、とセラフォルーも喜んでくれた。
「お疲れですな、主よ」
「ん? まあね。どうだった、バアルの尖兵さんは」
「ここ一ヶ月、少し多くなったような気がしますが」
「そう、か」
今話している彼が悪魔にした彼である。
私と彼――――ディランとの出会いは、私が人間を侮らぬように、脅威度が高かった人間である彼を契約により殺害したところから始まる。
とりあえず、ディラン・H・マクスウェルのことを、簡単に語ってみる。
ディラン・H・マクスウェル、アメリカのシカゴ出身、元SEALs所属、35歳、男。身体能力は人間でいえば最上値、精神能力も常に落ち着きがあり、突発的事象に対する判断処理能力も高い人間。そして、”化け物”に妹と義弟を殺された悲運の男。
彼と私が結んだ契約の内容は化け物を殺す、所謂復讐だった。『化け物を殺す力を』、それが彼が望んだ願いであり、ソレに対する対価は彼の命。結果彼は化け物を殺し、命を失くし、私が悪魔の駒を使って悪魔として転生させた、という流れだ。
「そろそろ、身元も危険に晒されるかと」
「やっと、
「申し訳ありません」
「いいさ、二年持っただけ上々だ」
こうなったのも、ディランの契約を遂行し、悪魔の駒を使った際に起きた莫大な魔力渦が察知されたからに他ならない。頭のよく回る彼は、自分自身が悪魔に成ったこともあって、察しが良かった。
「そろそろ、前の手紙から半年が経つ頃‥‥‥か」
「魔王の妃殿からのお手紙ですか」
「そう、一応、場所を変える前に受け取っておきたいんだけどね」
「俺の探知結界を強くしておきます」
「頼むよ」
ラスベガスの超高層ビルの一室での一幕は、こうして静かに幕を閉じた。
一週間が経った。
待ち望んだグレイフィアからの手紙が届き、バアル大王家が数日以内にラスベガスの悪魔を一斉調査する旨が記されていた。そして、ある気になることも。
「テロ、リスト?」
「今、なんと?」
「テロリスト」
「……‥こういう世界にも、やはりそういうものはあるのか」
「ディランはSEALsに所属していた時に、テロリストと交戦したことはあるのかい?」
「ええ、一応。タリバン及びアルカイダ兵との戦闘を二度」
タリバン、アルカイダ共に人間界のテロ集団である。悪魔の私からすれば、お互い言い分は暴力的であるし、五十歩百歩であると思う他無いが、悪魔の新旧魔王派閥のいざこざも同レベルなのだろう。
「悪魔には、おおまかな派閥が2つあると、前に話したね」
「ええ、主の兄殿が一柱に数えられる新四大魔王を支持するか否かの派閥、でしたね」
「そう、その旧体制派によるテロ行為が、最近活発になってきているのさ」
「カテレア、レヴィアタンですか」
「……‥だね」
あれから色々と調べたところ、カテレア・レヴィアタンは旧魔王派の中でもかなりの重鎮であると発覚した。旧レヴィアタンの血を第一継承者として持つ彼女は、大戦争直後、現在の体制に移行する際、セラフォルーと対立していた。とにかく我侭の限りを尽くす彼女にバアル大王家が下した裁断は”72柱からの追放”だった。冥界の奥深くに潜んでいるとされていたが、人間界に2百年前に転移して何やらを企ててると思ったが………。
「どうやら、リアスが現在預けられている東方の龍国に、堕天使コカビエルが来襲したようだ。リアスや、彼の眷属が事を治めたようだが、世界が、少々揺れたみたいだね」
「
「いや、陽と龍の昇る国、日本さ」
「なるほど」
「領地の場所が記されているんだ、日本の駒王という土地らしい」
私がグレモリー家の次男坊として血を分けていた時には、人間界での仕事場で日本を選ぶことはなかった。それは京都という呪われた魔街に潜む
人間界に上ってから10年近く過ぎ、現代を理解してきたことからわかるが、日本という国は多種多様な宗教に寛容、悪魔も潜みやすくなった、ということだろう。
「まさか、そこで?」
「――――うん、戦争が……始まるかもしれないね」
事の詳細はしっかりと記されてはいないが、この手紙には「お越しくださいませ」と端的にかかれてあった。事の重大性はそれからでも明らか、若干均衡を保ちつつあった三大勢力、悪魔、天使、堕天使のバランスが崩壊する畏れがあるという危機は目に見て取れた。
「支度をしときますよ」
「うん、至急ね。僕は空便を手配しておくから、身支度頼むよディラン」
「Yes,sir」
音も無く去っていったディランを見届けると、時代遅れの黒電話の受話器を手に持つ。そして魔力を込め、今や世界中のほとんどをつなぐ《ネットワーク》に侵入し、接続する。
魔力と光による回線というのは、密接な関係性があった。魔力というのも、地域によって呼名は様々ではあるが、回線のようなものはある。魔脈、龍脈、魔流、竜溜まり、などという簡単にいえば魔力のケーブルのようなものだ。当然、同じ性質を持つために介入は簡単、電話回線に侵入し、通話をすることだって可能だ。おそらく、自分の体を魔素に変換できる力を持つ者は、その回線を利用して瞬間的に移動する、転移と呼ばれるものもおそらく媒体があれば可能になるだろう。
私が人間界に前にいた時には考えられないことだ。
「セラフォルー、少し、頼みたいことがあるんだけれど」
『あら! アクスレアから頼み事なんて、久しぶりね!』
「空便の手配を、頼みたい」
『………。オッケー☆ チャーター機を手配しておくわね、行き先は?』
「わかってるんだろ?」
『うふふ、リアスちゃんと、私の妹のソーナちゃんに、よろしくね! 私も、少ししたら後を追うからっ』
「了解」
『いってらっしゃい♥』
そう言い残すと、セラフォルーは電話を切った。
数分後、窓から鳥の形に折られた紙が飛んでくる。ゆっくりと私の掌に着地したその紙鳥を開く。
「マッカラン国際空港、PM4時発、か」
現在の時刻を確認すると2時、ここから空港までは半刻もかからずとたどり着けるだろう。家賃400万ドルのマンションの立地は伊達ではない。ここ10年での苦労の結晶と言っても過言ではないこの部屋を手放すのは、いささか口惜しい気でもあるが背に腹は変えられない。
「主、準備が終わりました」
「うん、じゃあ、行こうか」
日本までの十数時間の旅が始まった。
♥ ♠
大昔は国を渡る場合は船を使うのが一般的だった。人間界は冥界のように竜が飛び交っているわけでもないし、当時は苦労をしたものだった。けど今やどうだ、嵐や高波の心配をせずとも悠々と優雅に空を旅することができる。その結果、わずか十数時間で広大な中央海(人間でいう太平洋)を渡りきってしまった。
「便利になったものだ、妙に息苦しいがね」
「主が最後に人間の地を踏んだのは、ちょうど私達が海を行き交い始めた時期。もしかしなくとも、数百年前の主も同じ言葉を言ったのではないですかね」
「………かも、しれないね。 どうしよう、私が疎いだけなのかな」
「………」
黙りこむディランの額に拳骨程度の威力の魔弾を当てる。
現在に慣れるのもそうだが、この十数年間で魔力操作もディゴニアから開放されて以来から考えれば、数十倍にまで上昇し、慣れてきた。今では判別能力が最上級悪魔級でなければ一般人と何ら変わらない魔力量に見えるように抑えることも可能になった。
『次は、駒王。駒王、お降りの際は足元にご注意下さい。松羽でお降りの方は――――』
空港からの直通急行列車は、50kmの道のりをディランと二言三言話を交わすだけの時間で私達を駒王へとたどり着かせた。
「着いたようですね、最近は殆どの国で英語表記がしてあり、助かりますな」
「君はそろそろ悪魔としての力を多少頼るべきだと思うんだけど」
「主が魔力を抑えているのに、その下僕が魔力に頼り切るのは、どうかと思うのですよ」
「固い固い、もっと柔らかく考えてくれなきゃ困るよ」
勤勉、真面目、そんな言葉が似合うディランは悪魔特有のあらゆる言語を使いこなす能力を頑なに使うことを拒んだ。元々、英語、フランス語、スペイン語のバイリンガルである彼であるし、そのうち日本語も覚えるだろうと思ってあまり気にしてはいないが。
「ふむ、グレモリー家、そしてシトリー家の魔結界を感じるね。リアスと、セラフォルーの妹による統治は順調のようだね」
「多少、異物の気配はしますが、ベガスと比べれば可愛いものですな」
「確かにね、だが気になるのはやはり、この大きな魔力使用の痕跡………街を瞬く間に吹き飛ばすレベルの魔力痕跡だね」
「聖なる光、いえ汚れた悪意の光………堕天使ですか」
どうやら、兄が私を呼んだ理由がつかめてきた。
痕跡には性欲、戦いへの追求が感じられる。ふむ、人間の女との性交によって堕ちた天使、そして好戦的でかなりの猛者、幹部か。
堕天使の組織『
「妹達がコカビエルと矛を交え、コカビエルを下し、勢力の均衡が揺れた、というシナリオのようだね」
「最上級堕天使を下すとは、主の妹殿は中々の強者でありますな」
「あはは、そのようだね」
全く、お転婆な子に育ったようで、兄も大変だろう。
「それにしても、ふむ。この痕跡は歪だね」
「というと?」
「わからないかい? この赤き力の爪痕が」
爪のようなもので引き裂くが如く、兎に角異常と呼ぶに相応しい痕跡がそこには在った。並大抵の悪魔によるソレではない、力の権化によるものだ。竜脈と呼ばれる魔力の原泉が衝撃によって傷んでいる。もし、駒王近くの山が活火山だった場合、駒王一体が灰に包まれていたことだろう。
「竜、かな。最上級悪魔に匹敵する竜、何故こんな何も無いところに?」
地殻解析をしても地下深くに強大な竜溜まり(魔力の原泉)があるわけでもなく、竜が巣作りに好む巨大な塔や地下洞窟の存在は見当たらない。
痕跡はそれまでだった。
わかったことは一週間ほど前に、ここで妹とコカビエルが大規模な戦闘をしたこと、そして竜が暴れまわったこと、か。
「どうやら、思った以上に深刻な状況のようだねぇ」
「主よ、取り敢えず妹殿の屋敷へと向かっては?」
「そうだね………だが」
「だが??」
もう一度、グレイフィアからの手紙を見てため息をつく。
「………屋敷、何処だろ」
「はい?」
「屋敷の場所、書いてないんだよね」
「oh………」
僕とディランが途方に暮れた時だった。
「イッセーさん、ここですかね」
「おう、駅前ワクドナルド前ってサーゼクス様言ってたし。えと、部長とサーゼクス様と同じ髪は紅で短髪、容貌は20代前後で左目下の泣きぼくろ、部長の面影あり………最初は優しい仲間のフリをしているが実は黒幕だった、みたいな雰囲気を持っている。この人、絶対に部長の親戚か誰かだよなぁ」
「すぐ見つかりそうですけど………。リアス部長になんで内緒なんでしょう??」
………ん?
声の方に視線を動かすと、日本にしては珍しい組み合わせの男女がキョロキョロと誰か、いやおそらく私を探していた。ブロンド髪の少女と素朴な日本人の少年、か。
「お? あの人じゃねーか、アーシア」
「ふえ? どこですかぁ? あ、本当です!」
どうやら、僕をその『最初は優しい仲間のフリをしているが実は黒幕っぽい男』と見定めたようである。兄が私をそういう目で見ていたことに若干納得いがないが。
「あの、アクスレアさん……ですか?」
少年が不安そうに聞く。
「ああ、そうだよ。アクスレアだ、呼ばれて来た」
「や、やっぱりですか! 俺は兵藤一誠です、リアス・グレモリー様の
「アーシア・アルジェントです、
リアスの眷属たちか。
「アクスレア、一応、最上級悪魔やってるよ。よろしく」
「アクスレア様の下僕、ディラン・ハーレン・マクスウェル、アメリカ人だ」
「よろしくっす! それじゃあ早速部長の所に案内します!」
彼らによって案内された場所は学校だった。なるほど、と思いつつ別館に案内されていく僕ら。
その建物に入ったところからか、十年前を思い起こさせる懐かしき魔力を感じ始める。
――――リアスだ。
あの時のようだ、しかし今度は私が扉を通る。
あの時のようだ、扉が開くのは止められない。
ゆっくりと、扉をリアスの眷属が開けた。
「貴方がお兄様のお客様ね、私はリアス・グレモリー、以後お見知り置き………を………」
成長した彼女は、大きく、綺麗な美女へと変貌を遂げていた。
「……あな、たは」
「久し振りだね、リアス」
彼女の魔力が、恐怖と他の何かに染まった。